『新世紀エヴァンゲリオン』〜 longing for different future 〜

〜第1章〜『過去と現実』 第7話 『過去の微笑み』



第7ゲイジに回収される初号機。
胸部装甲板は円形に穴が穿たれていた。

「ケイジに行くわ。後、よろしく」

言うなりミサトがエレベータで階下に下りていく
初号機をモニターしていた日向から現状が報告される。

「パイロット脳波乱れています。心音微弱」

「生命維持システム最大に」

リツコが心臓マッサージを行うよう指示を飛ばす。
電気マッサージにより、シンジの身体が跳ねる。

「パルス確認!」

「プラグ強制排除! 急いで!」

「はい!」

リツコの指示に即座に反応するマヤ。
救出作業に発令所が喧騒に包まれていた。



「いいから! ハッチを開けて、早く!」

ゲイジに到着したミサトは、開かれたハッチの中を覗く。
そこには、ピクリとも動かないシンジが横たわっていた。

「!! ...シンジ君!」

ミサトの口から叫びがあがる。

初号機の傍のリフトでは出撃準備のまま放置された零号機がいた。
レイはプラグ内からゲイジの様子を見ていた。
職員達はシンジの対応に追われ、零号機をモニターしていなかった。
モニターしていればレイの様子が普段と違う事に気が付いただろう。

「碇君...」

零号機の中でレイの顔が悲しみに歪んでいた。



シンジは命を取り留めたが、そのまま緊急入院となった。
だが、時間は停滞してはくれない。
第5使徒ラミエルは本部直上に停止していた。
掘削機のような光のシールドを地面に突き立てている。
本部を直接狙う作戦らしい。
シールドは徐々に地面を掘り進んでいく――

その間、ネルフが何もしなかったわけではない。
ラミエルに対し、ダミーバルーン、自走臼砲で調査が行われた。

「これまでに採取したデータによると、目標は一定距離内の外敵を自動排除するものと考えられます」

日向の報告に眉間に皺を寄せるミサト。

「ATフィールドは?」

「健在です。肉眼で確認できるほどの強力なものが展開されています」

モニターには自走臼砲攻撃時に展開されたラミエルのATフィールドが写し出されている。

「攻守共にほぼパーペキ......まさに空中要塞ね...」

「生半可な攻撃だと泣きをみるだけですね」

ミサトの呟きに日向が答える。

「で、問題のボーリングマシンは?」

「現在、直径17.5mのシールドがネルフ本部に向かい穿孔中。すでに第2装甲板まで達しています」

「しゃらくさいわね。それで、本部への到着予想時間は?」

「明日午前0時6分54秒です。それまでには全22層の装甲防御を貫通してネルフ本部へ到着するものと思われます」

「......あと、10時間たらず。こちらの手持ちは零号機だけ...か...」

『接近戦は無理ね。レイのATフィールドでは、使徒の加粒子砲は防げないわね』
ケイジのリツコからの通信に言葉に舌打ちするミサト。

「やっぱ、シンジ君に頼るしかないのね......」

ミサトの顔が苦痛の表情を浮かべる。
先の事があったばかりなのだ。出来ればシンジにはゆっくり安静にしていてほしいのだ。
が、現状はそんなに甘くはなかった。
ミサトは考えを纏めるかのように、目を瞑った後、マイクの先――ケイジにいるリツコに問いかける。

「初号機の状況はどうなってるの?」

『胸部第3装甲板まで融解。機能中枢をやられなかったのは不幸中の幸いね。換装作業終了には、あと3時間ってとこね』

「サードチルドレンの容態は?」

「身体に異常はありません。精神パルスが若干不安定ですが許容範囲内です」

「状況は芳しくないわねェ」

場の空気を和らげるように、おちゃらけたように呟く。

「いっその事、白旗でも挙げますか?」

「そうしたいのは山山だけど、やる事はやっておかなきゃ。 後で後悔しても仕方ないわ」

そう呟くと、ミサトは不敵な笑みを浮かべた。



「目標のレンジ外、長々距離からの直接射撃、かね」

「そうです」

広い司令室にミサトの声が響く。
ゲンドウと冬月の前に立つミサトの顔は、軍人のそれだった。

「目標のATフィールドを中和せず、高エネルギー集束帯による一点突破しか方法はありません」

「ふむ...MAGIはどう言っている?」

冬月が訊ねる。
ゲンドウは身動き一つせず、二人の会話を聞いていた。

「スーパーコンピューター『MAGI』による回答は、賛成が2、条件付き賛成が1でした」

「勝算は8.7%か」

「最も高い数値です」

ミサトに視線を向けられたゲンドウがいつものポーズのまま、落ち着いた声音で告げる。

「反対する理由はない...やりたまえ、葛城一尉」

「ハイ!」

退室しようとするミサトの背後で、ゲンドウがニヤリと微笑んでいた。



「...以上の理由により陽電子砲は本日15:00より特務機関NERVが押収させて頂きます」

戦略自衛隊つくば技術研究所本部――通称『戦自研』にミサトは来ていた。
手には徴発令状なるものが握られている。
ミサトの発言に研究所内がどよめく。

「か、かと言って......そんな無茶な...」

おどおどした態度の所員達にミサトは内心、不快感を覚えていた。
あんたら、ホントに軍人か! と叫びたくなるのを押さえつつ、徴発令状の意味を知らないかのように反論する所員に対し、ミサトが言葉を返そうとする。

「加藤君。まあ、いいではないかね」

「しょ、所長!」

恰幅の良い身体と相反して、柔和な表情を浮かべる初老の男が現れる。

「ほう、君がネルフの人かね?」

「はい、特務機関NERV本部戦術作戦部作戦局第一課所属、葛城ミサト一尉であります」

つい反射的に敬礼を返してしまうミサト。
それを軽く手を挙げて制すと挨拶を返す。

「戦略自衛隊つくば技術研究所、所長の平賀ツトム技術一尉だ。階級は変わらんのだから、かしこまる事は無いだろう?」

自分が敬礼していた事に気付いたミサトは、頬を赤く染めながらも敬礼を止め、平賀の目を見つめる。
平賀の目は笑っていたが、瞳の色は違っている。
ミサトが感じた通り、精悍な色をしていた。
瞳の色だけではない。まさに叩き上げの軍人といったような雰囲気すら受ける。
なぜ、戦自研の所長なのか? と、疑いたくなるくらい場違いな感じすら受ける。
ミサトはその瞳から視線を外せないでいた。

この眼差し...どこかで見たことがある気がする。
!! 先生の...だ!
何で、こんな人がこんな後方にいるのよ...。

ミサトはドイツで指導を受けた教官の、あの鋭い眼差しを思い出していた。
ミサトが銃器の使用法から戦略にいたるまで、教えを乞うた教官――退役間近と言うのに、その瞳の色は褪せていなかった。
その瞳の色を思い出す度、ミサトの背に冷たい汗が流れるのだった。

「どうしたかね、葛城一尉?」

「い、いえ...。よ、陽電子砲は特務機関NERVが徴収させて頂きます」

平賀に慌てて返事を返すミサト

「ま、持ってくのは構わんが......壊してくれるなよ......嬢ちゃん」

ニヤリと笑う平賀。
キッと軍人の顔に戻るミサト。

「..・できるだけ原型を留めてお返しするよう心がけます」

「...そうしてくれるとありがたいな...葛城一尉」

頷く平賀。

「ハイ......いいわよレイ! 持ってって!」

ミサトが無線でレイに声を掛ける。
零号機が研究所倉庫の屋根を外し姿を現す。

「ほう......あれがNERVのエヴァかね......」

感心した声を上げる平賀。

「精密機械だから、そぉーっと運んでね」

零号機が危なげなく、陽電子砲をその手に抱え上げる。

「ご協力感謝します......平賀一尉」

「うむ。しっかりな...」

「はい!」

ようやく、本来の調子を取り戻したミサトが、微笑みながら平賀に敬礼する。
平賀も返礼し微笑み返すのだった。



シンジが気付いたのは見知った天井だった。
中央病院第3外科病棟
扉が開き、食事が乗ったワゴンを押しながらレイが入ってくる。

「綾波?」

シンジの問いには答えず、無表情のまま、ポケットからスケジュール帳を取り出し開く。

「明日、午前0時より発動されるヤシマ作戦のスケジュールを伝えます」

レイの口からヤシマ作戦のスケジュールが読み上げられる。

「...以上よ。これ、着替え」

ワゴンからクリーニングされたプラグスーツを取り出すとベットの上に置く。

「ありがとう」

レイは返事を返さず、真紅の瞳でシンジを見つめる。
シンジはレイの瞳に写った自分の姿を見ていたが、しばらくすると視線を布団に向ける。
室内に沈黙が流れる。
真紅の瞳はシンジを映したままだった。
シンジには時間が停滞したように感じられた
沈黙で数秒が数分にも感じられる。
沈黙の後、先に口を開いたのはレイだった。

「碇君...なぜ、目を瞑ったの...」

「えっ?」

シンジは思わずレイに視線を向ける。
視線と視線が絡み合う――

「使徒の攻撃の時、碇君は目を瞑ったわ」

無表情で問うレイに、シンジは自虐的な笑顔を向ける。

「どうせ避けられないから...だったら......それに...もし当たっても......自分がいても何も変わらないから」

シンジの答えにレイの眉がピクリと動く。
パシン! という甲高い音が室内に響いた。
頬を押さえたまま、驚きの表情を浮かべるシンジに、レイが言葉を投げかける。

「碇君......あなたは何の為にここにいるの? どうしたいの?」

いきなりの事にレイを戸惑いを感じたシンジだったが、レイの顔を見て再び驚愕の表情を浮かべる。
レイの頬を透明な雫が流れる。

......涙?

レイの顔には悲しみと怒りが浮かび――その紅い瞳は潤んでいた。

「あ...あやな...み......?」

シンジの様子から、自分の表情に気付いたレイは無表情に戻るとクルリと後ろを向く。

「...碇君、食事......少しでも、食べといた方が良いわ」

「......あ、いや......ほ、欲しくないんだ......」

「そう、60分後には出撃よ」

「う、うん......」

「......」

「......また、乗らなきゃいけないんだよね......」

俯きながら言葉を発するシンジに、扉へ移動しながらレイは言葉を返す。

「......戦いたくないのなら、そこで寝てればいいわ。私が...一人で戦うから......寝てなさい」
 
その言葉に反応するシンジ。

「綾波!」

「じゃ、葛城一尉と赤城博士がケイジで待っているから......」

当惑しているシンジを背に、病室の扉を開くとレイは一言呟いた。

「さよなら」

――扉が閉まる。
一人残されたシンジは呆然と閉まった扉を見ていた。



「えらい、遅いなぁ...もう非難せなあかん時間やで」

「パパのデータをちょろまかしたんだ。この時間に間違いないよ」

学校の屋上には数人の男子生徒が集まっていた。
もちろん中心となっている人物はトウジとケンスケだ。

「せやけど、出てけぇへんなぁ」

トウジがぼやく。
と、校舎奥の裏山から、大勢の鳥が飛び立つ。
裏山の一部が動いていた。

「や、山が動きよる...」

「エヴァンゲリオンだ!」

トウジとケンスケが叫ぶ。
他の生徒達も皆、驚きを口にしてる。
2体のエヴァがリフトから姿を現した。

「「「「がんばれよーーーー!!!」」」」

「「「「頼んだぞ!!!!」」」」」

口々に叫ぶ生徒達に見送られながら、2体のエヴァは双子山に向け移動を開始して行った。



「本作戦の各担当を伝達します。レイは零号機で砲手を担当、シンジ君は初号機で防御を担当して」

双子山の仮設基地で二人はミサトとリツコから作戦の説明を受けていた。
レイはいつもの無表情。
シンジの顔にも不安はなかった。

「いいわね、二人とも」

「はい」

ミサトの言葉にシンジが頷く。
だが、レイは違った。 手を挙げて、ミサトに質問を投げかける。

「どうしてですか?」

「えっ?」

ミサトが驚きの表情を浮かべる。
珍しくも、レイが作戦について質問してきたからだ。
隣で説明を聞いていたリツコも、ミサトと同じように驚きの表情を浮かべていた。

あのレイが意見するなんて...前回の出撃時といい...どうなってるの?

内心を隠しながら、リツコがレイに説明する。

「レイ。これはレイと零号機のほうがシンクロ率が高いからよ。この作戦はより精度の高いオペレーションが必要なの。陽電子は地球の自転、磁場、重力の影響で直進しません。 その誤差を修正するためにはより高いシンクロ率が必要なのよ」

ミサトもレイに戸惑いつつも、リツコをフォローする。

「そうよ、レイ。シンジ君はシンクロ率が安定していないわ。それに対してレイは、より高いシンクロ率を安定して叩き出している。どっちが正確な射撃が出来るか、ハッキリしてるでしょ?」

「...前回の作戦では初号機のATフィールドは簡単に貫かれました。いくら楯で守っても、初号機のATフィールドでは防げません」

「いいレイ。初号機は前回の出撃の影響で完全ではないわ。シンジ君の身体も万全の体調じゃない......。 今は外れた時の事より、一撃で使徒を仕留める事だけを考えなさい」

「......分かりました」

リツコの言葉に渋々という感じで納得するレイ。

「......時間よ、二人とも着替えて」

「「はい」」

二人が着替えに仮設所に移動するのをミサトは心配そうに眺めていた。
リツコもレイを冷めた眼差しで見つめていた。



タラップ上で待機する二人。
シンジはレイを見るがレイはシンジを見ようともしなかった。
病室での一件を気にしてか、シンジは居心地が悪く感じていた。
だが、声を掛けることはしなかった。
そして時は刻々と過ぎていく。

シンジは以前、二人でこの場所にいた時の事を思い出していた。
月を背負ったレイの姿を思い出す。その幻想的な姿を――
月の女神のようだった。かつてシンジはそう思った。
そして、この場所でレイに質問したのだ。『なぜ、EVAに乗るのか』と。
過去に聞いたときの答えは――絆――みんなとの絆。
では、感情のある今は?
なぜ、感情があるのか?

もしかして僕の知っている綾波なのか?

頭の中でグルグルと思考が回っている。

『あんたバカァ! あんたはファーストじゃないんだから、解りっこないじゃない。 そんなに知りたければ、本人に聞くしかないでしょーが!!』

ふふっ。そうだったね...アスカ。
僕は綾波じゃないんだから...解る訳がないんだよね。

「綾波......」

記憶の中のアスカに後押しされるように、シンジは思い切ってレイに同じ質問を投げかけようとした。
だが、口から出たのは違う言葉だった。

「なぜ...泣いていたの?」

「.........」

「.........」

「.........」

「.........」

「......時間よ...行きましょう」

答えは返ってこなかった。月光の元、俯いたレイの表情は窺い知れない。だが、その表情は悲しみに溢れていた。
二人はそれぞれの機体に移動を開始する。

「じゃ、さよなら」

別れ際のレイの言葉にシンジはレイを振り返った。
その姿はかつて見た、幻想的な姿と同じだった。

それぞれの紫と橙の巨人に搭乗する二人。
今回の役割は過去とは違う。
いや、以前、同じように役割を取り替えたことがある。
その時も自分が砲手を務めたときと同じ結果だった。
大破したのが零号機か初号機かの違いだけで――
レイが傷つくより自分が傷ついたほうがいい。
今回の役割だけは何故かうれしかった。
変えられない過去と考えている今でさえ...。
シンジは今回も過去と同じようにうまくいくと思っていた。
だが、神の試練か、悪魔の罠か――この時、シンジの予想とは違う状態が発生するのだった。



「レイ。日本中のエネルギーあなたに預けるわ。がんばってね」

『......はい』
司令車のスピーカーから、ミサトに答えるレイの声が聞こえてくる。
レイの声に頷くと、ミサトが高らかに宣言する。

「ヤシマ作戦スタート!! 第一次接続開始!」

「了解! 第1から第803区まで接続開始」

日向の指示で接続が開始される。
双子山に並べられた変電器が異様な音を響かせる。

「電圧上昇中加圧域へ」

「全冷却システム出力最大へ」

冷却器のタービンからも、変電器と重奏するようにモーター音が響く。

「温度安定、問題なし」

「陽電子流入順調なり」

「第二次接続開始!」



スピーカーを通して、徐々に電圧が収束され、レイの持つポジトロンライフルに集まっていく様子が伝わってくる。
接続の様子を聞きながらも、シンジはただじっと、ラミエルを睨んでいた。
加粒子からレイを護る為に――いつでも、レイの前に飛び出せるように――
レイも目を閉じて神経を集中させていた。
そこにスピーカーから、ミサト達の指示が聞こえてくる。

『最終安全装置解除』

『撃鉄起こせ!』

レイは目を開くと零号機の持つライフルの撃鉄を起こす。
狙撃用ヘッドギアが、レイの頭部を覆う。
レイの目の前に▽とYのマークが動いていた。
レイのレバーを握る腕に力がこもる。



「目標に高エネルギー反応!」

「何ですって!!」

マヤの叫ぶような報告に声を荒げるリツコ。
だが、ポジトロンライフルのカウントダウンは続く。

「3...2...1...」

レイのヘッドモニターで、2つのマークが揃う。

「発射!!」

ミサトの叫びに反応するかのようにレイがトリガーを引く。
と、同時にラミエルが煌く。
ポジトロンライフルから発射された緑色の光を放つ陽電子と、ラミエルから発射された紫に輝く加粒子の光の軌跡が闇を照らす。交差した緑と紫の光は互いに干渉し、捻れ、再び分かれる。初弾は目標を外し、それぞれの背後着弾した。
2色の光の柱が闇夜をキャンバスに描き出された。

激震は司令車をも襲う。
窓が割れ、破片が車内に飛び散る。
リツコは振動に投げ出され地面に倒れる。
各コンピューター機器も火花を飛び散らせた。
真っ先に立ち直ったミサトが状況を確認し、戸惑いの声を上げる。

「ミスった!!」

そこへアラームと共に、急を告げる通信が送られてくる。

『敵シールド、ジオフロント内に進入!』

ミサトは舌打ちを一つすると、マイクに向かって叫ぶ。

「次弾、急いで!」

ミサトの声に反応し、レイが再び撃鉄を起こす。

「た、大変です! 先の攻撃によりケーブル断線! 次弾、発射できません!!」

「なんですって!!」

日向の悲鳴のような報告にミサトが叫ぶ!
加粒子の一部がポジトロンライフルの電源供給ケーブルを切断し、次弾が撃てなくなったのだ。

「目標に再び、高エネルギー反応を確認!」

「なっ、拙い!!」

追い討ちをかけるようなマヤの報告でざわつく司令車内。
再びラミエルから加粒子が吐き出された。

「レイ!」

ミサトが叫んだ。



紫の奔流が零号機を襲う。
襲いかかって来る衝撃に、レイは瞬間目を瞑る。
が、到達直前、何かに当たり、周囲に加粒子を拡散させる。
初号機が零号機の前に立ち塞がり、シールドとATフィールドで加粒子を防いだのだった。

「! 碇君!?」

衝撃が来ない事に気付き目を開けたレイは、自分の目前で必死に加粒子に耐える初号機に驚きの表情を浮かべる。
楯もそろそろ限界だった。
次弾が撃てない以上どちらかが犠牲に為らなくてはいけない。
せめてレイだけでも逃がそうと思い、意識は加粒子砲に残したままレイを振り返ろうとしたその時――レイが楯と自分との間に割り込んで来る。
と同時に、楯が燃え尽きた。
レイの零号機に紫の波が注がれる。

「綾波!!!」

シンジが叫ぶ。
苦痛に耐えながらレイが呟いた。

「...碇君は......私が......守...る...」

そのまま意識を失うレイ。
加粒子によって熔け始める零号機。

綾波が――死ぬ――――

シンジの頭に最悪のイメージが浮かぶ。
頭の中がスパークする――

綾波を――守る!!

シンジは閃光に包まれた気がした。

ドクン!!

何かが反応した。次の瞬間、自分の体が自分の物ではない感覚に囚われる――体中から力が溢れ出してきた。
力の奔流――体が軽かった。重力が無いかのように思ったとおりに動く。
左手を前に突き出す。レイの前に光の壁が立ちはだかった様に加粒子を遮った。
零号機の前に現れた光の壁――眩い銀紅の輝きを放つATフィールド――
シンジの右手が電源ケーブルの切れたライフルを掴みトリガーを引く。
電源が供給されていないにも関わらず、ポジトロンライフルから高圧な陽電子が吐き出された。
銀紅の光は紫の光を押し戻し、狙い違わずラミエルを打ち抜く。
直後、ラミエルが四散する。



司令車は沈黙に包まれていた。

「て、敵...い、いえ、目標.........消滅」

日向の上ずった声が司令車内に響く。

「な......何なの...今の......」

日向の言葉に押されるかのようにミサトが呟く。

「あ、ありえないわ...電源は供給されていないのよ......それに...貫くはずが...何故.........消滅!?」

「で、でも...実際に......」

戸惑うリツコと怯えるマヤ。
再び、司令車に沈黙の帳が下りた。



シンジは使徒が消えた(?)のを確認する訳でもなく、ポジトロンライフルを投げ捨てると、零号機に近づく。
零号機の装甲板を引き千切り、エントリープラグを一気に引き抜くと、強制的にLCLを吐き出させた。
シンジはプラグをイジェクトさせ、初号機から一気に飛び降りる。

「綾波ぃぃぃ!!」

加熱したハッチの取手を握り、力任せに回す。
何故か手の火傷は全く気にならなかった。いや、熱さ自体感じていなかった。
シンジの頭の中はレイの事でいっぱいだった。

綾波が死ぬ!?
綾波が!?
......。
......。
いやだ!
そんなのはいやだ!
もう、失いたくないんだ......誰も。
綾波を......綾波を失うなんて......・
そんなの認めない!
綾波は......綾波を!!

ハッチを無理やり抉じ開けると、ハッチ内部に体を潜り込ませる。

「綾波!!!」

レイは身体をシートに投げ出したまま、うっすらと瞳を開く。
シンジの瞳に涙が溢れる。
一気に体中の力が失われていく。

「碇くん...泣いているの?」

心配そうなレイの表情。

「よかった........無事で...綾波が...無事で...ほん...と...に...」

「碇くん......」

「嫌だよ...サヨナラなんて......別れ際に...サヨナラなんて......う...うぐ......」

シンジは俯くと嗚咽を漏らす。
レイはそっとシンジの頬に手を当てる。

「ご、ごめんなさい......私......私は......」

シンジはレイの詰まるような声に顔を上げる。
そこには泣き顔のレイがいた

「泣かないで綾波......僕は...笑っていて欲しい......綾波には笑っていて欲しいんだ」

ゆっくりと、自らの頬に置かれたレイの手を、上から包み込むように握る。
真紅の瞳が細められ、柔らかな――月の女神のような微笑みが浮かぶ。

「......ありがとう.........碇くん」

シンジが思い描いていた――いつか見た、あの笑顔がそこにあった。

Please Mail to 葵 薫
( aokao_sec@yahoo.co.jp )

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