『新世紀エヴァンゲリオン』〜 longing for different future 〜

〜第2章〜『家族の輪郭』 第17話『レイと初号機』



9月8日 第10使徒サハクイエル襲来

第3新東京市で二つの爆発が起こった。
まぶしい光と共に十字架が天にそびえ立つ。

「し、使徒...完全に沈黙......」

日向の上ずった声が発令所に響いた。その顔には恐怖と驚きが混じったような表情が浮かんでいる。
いや、それは日向だけではない――発令所にいた職員皆に言えることだった。
普段なら使徒殲滅後には歓声に包まれるはずの発令所内がシンと静まり返っている。
職員の視線は皆、中央モニターに注がれていた。
中央モニターに映し出されているのは初号機――巨大なクレーターの中心で炎をバックに悠然と立ち尽くす初号機の姿が映し出されていた。
沈黙に包まれていた発令所に、不意に女性の声が上がる。

「.........初号機のプラグ内のモニターどうなってるの?」

職員の視線が金髪の女性――リツコに集まる。

「あっ...モ、モニター回復します」

その声に反応したのはマヤだ。
サブモニターには砂嵐が映し出されていたが、マヤの言葉と共に画面が変わり、気を失っているのかグッタリとシートに倒れ込んでいる少年が映った。

「.........」

通常なら急いで救護班を向わせる状況である。が、誰一人として動こうとはしない。
その視線はエントリープラグの中の少年――シンジに注がれている。

「ほら、何してるの! 直ぐに救護班を向わせて! 初号機は零号機と弐号機で回収」

「りょ、了解!」

再び上げられたリツコの声で職員達はそれぞれの仕事に戻っていった。
それを見届けてから、未だに呆然としている隣に立つ女性――ミサトに声をかける。

「あなたも、ぼさっとしてる場合じゃないでしょう」

「え、ええ...そうね......」

ようやく再起動を果たしたミサトが戸惑ったような声で答えた。

ま、気持ちはよく分かるけど...。
ともあれ、今問題なのはミサトより初号機の方ね。
あのシンクロ率――あれはシンジ君が起こしたものなのか、それとも――『彼女』が起こしたものなのか。
人には操れない力...。
だけど、これで二度目...これは奇跡じゃない。
モニターできない事から推測して、初号機の覚醒の可能性が高い...か。
それとも...やはりシンジ君が?
いずれにしても、データのチェックとシンジ君の精密検査が必要ね。
判断はそれからだわ。

リツコは溜め息を吐くと、未だに呆然とした顔でシンジを見ているミサトに再び声をかけた。

「...ミサト!?」

「あ、作戦はこれで終了とします。みんなご苦労様...」

ミサトの言葉で使徒戦はようやく終わりを迎えた。



9月10日 ???

『どういう事だね、碇君』

『さよう、先の初号機の暴走――予定には無い事だよ』

「問題ありません」

『またかね。『彼女』の覚醒はまだ早い。今覚醒されるわけにはいかんのだよ』

「分っております。未だ『彼女』は覚醒に及んではおりません」

『覚醒前であの力かね? あれ程の力...制御は容易ではあるまい』

『碇...よもや、シナリオから逸脱される内容にはなっておるまいな』

「シナリオに変わりありません。今回の件は...イレギュラーです」

『ならばなおさら問題ではないのかね』

『さよう、駒に勝手に動いてもらっては困るよ』

「『彼女』の足かせは外れておりません。それに対する対応も取っております」

『制御は可能と言うわけかね』

『初号機の手綱をしっかり握ってもらわねばな。シナリオからの逸脱は認められん』

「......」

『碇君、約束の時はまだ訪れていない。シナリオに沿った行動を願うよ』

『ご苦労だった』



9月15日 ネルフ食堂

時計の針は午後1時を回っている。食堂のピーク時は12時だ。ようやく騒がしかった食堂にも落ち着きが戻って、訪れる職員もまばらになっていた。
その食堂でミサトとリツコはコーヒーを飲んでいた。

「で、シンジ君は!?」

訊ねてくるリツコに、コーヒーカップをソーサーに戻しながらミサトが答える。

「...あいかわらず......」

「...そう」

2人とも浮かない顔をしている。互いに溜め息を吐くと、テーブルのコーヒーを再び喉に運んだ。
リツコはコーヒーを口に運びながら、最近頓に行っているように、再び己に問いかけた。

あれは誰の仕業?
シンジ君?
それとも......。

1週間前、使徒戦を終えてから病院に運ばれたシンジは3日の間意識不明となった。
第5使徒の時と同様に、リツコによって検査が行われたが、シンジの身体は全く正常だった。詳しい検査結果は公表されていないが、実際にシンジの身体からは異常が全く見られなかった。
では何故公表されなかったのか?
それは計測に成功したシンクロ率にあった。
あの時、初号機とのシンクロ率は200%を超えていた。驚くべき数値だったが、200%では初号機が覚醒したとは言い切れない。ましてや、覚醒しているのであれば、初号機は理性の無い獣のようになるはずであった。
しかし、あの時の初号機は、贔屓目に見ても獣には見えなかった。普段の――シンジが動かしている時の初号機と何ら変わらないようにすら見えた。
だとしたら、シンジがあの現象を起こしたのか?
だから、意識不明で目を覚まさないのか?
答えは否。あらゆる検査結果から推測しても、シンジは普通の人間。
とてもではないが、普通の人間には無理だ。
リツコとしては、シンジが倒れているのは初号機からの接触・侵食によるもの、あの力は『彼女』が起こしたものだと結論付けるしかなかった。

だが3日後にようやく目を覚ましたシンジの態度は、リツコの自ら下した結論に疑問を投げ掛けるものだった。
目を覚まして以来、シンジの顔からは笑顔が消えた。
言われた事はこなすが、それ以上は何も反応を返してこない。『まるで、初めて会ったときのシンジ君みたい』とはミサトの弁だった。
シンジの身にあの時何かが起ったのは間違いない、そうリツコは確信していた。
あれ以来、学校にも行かず、部屋から殆ど姿を見せなくなったシンジ。
ミサトの家にも姿を現さなくなったらしい。
姿を見せるのはネルフに行く時だけ。
ミサトやアスカとも殆ど口を聞いていないというのだ。
ただ1つの例外は――レイだ。
見る限りでは、ミサトやアスカのように話をしている訳ではないようだが、ミサトの話によると、レイだけは何かが違うらしい。
シンジはあれ以来食事すらまともに取ろうとはしていない。健康を考えてシンジの部屋に3人で持ち回りで毎日料理を運んでいるそうだが、シンジは殆ど手をつけないとの事だった。
それでもミサトは料理を運び続けている。だが、食事を取るのは決まってレイが部屋に料理を運んだ時だけだというのだ。
レイとの間に何かあるのか? ミサトもそう思い、レイが料理を運ぶ時にこっそりと後をつけたらしいが、別段シンジに変わりはないようだった。レイも「少しでも良いから食べて」位しか話をしていないらしい。
ネルフに居る時も2人が会話をしている姿は見た事が無い。
では何故?

「...リツコ!? どうかした?」

ミサトの言葉で我に返る。

「ん、何でもないわよ」

リツコは微かに笑みを浮かべるとコーヒーを口に含んだ。
だが、飲み慣れたコーヒーはいつも以上に苦く感じるのだった。



9月25日 第11使徒イロウル襲来――だが、事実は、現在未確認

『いかんな...これは』

『さよう、使徒がネルフ本部へ侵入するとは予定外だよ』

『ましてやセントラルドグマへの侵入を許すとな』

『もし接触が起れば、全ての計画が水泡と化していたところだ...』

「委員会への報告は誤報...使徒侵入の事実はありませんが」

『では碇、第11使徒侵入の事実はない...というのだな』

「はい」

『気をつけて喋りたまえ碇君。この席での偽証は死に値するぞ』

「MAGIのレコーダーを調べてくれても結構です。その事実は記録されておりません」

『笑わせるな、事実の隠蔽は君の十八番ではないか』

「タイムスケジュールは『死海文書』の記載通りに進んでおります」

『...まあよい。今回の君の罪と責任は言及しまい。...だが、君が新たなシナリオを作る必要は...ない』

「分っております。全ては...『ゼーレ』のシナリオ通りに...」



9月27日 第1回機体相互互換試験

実験管制室ではリツコの指示の元、機体相互互換試験のデータ取りが行われていた。
最初の被験者は綾波レイ。すでに書き換えの終えた初号機のエントリープラグに入り、初号機とのコンタクトを行っていた。

『第2次接続を開始』

実験管制室後方ではミサトが険しい顔で実験の様子を窺っている。
アスカとシンジも同様に管制室から実験の様子を見ていた。次の試験の為に2人ともプラグスーツ姿である。
ミサトは何気に視線を2人に向けた。
シンジはいつもと同様に無表情なのだが、気のせいか冷たい視線で初号機を睨んでいる印象を受ける。
アスカはというと、シンジから少し離れて実験の様子を見ているのだが、たまにシンジの様子を窺うように視線を送っている。
どうにも居心地が悪そうだ。
アスカは最初こそシンジの態度に腹を立て文句を言っていたものだが、最近では必要な事以外はシンジと会話を交わさなくなった。ミサトから見ればシンジを避けているというより、どう接していいのか分らなくなっているように思える。

ま、気持ちはよく分るけどね...。

それはミサトにしても同じなのだ。いや、ミサトだけではない。先の使徒戦の時の初号機の力を見たもの全てに言えることだった。
第5使徒戦の時も、初号機は同様に人外の力を見せた。だがシンジの態度は明るくなりこそすれ、他人との接触を断とうとはしなかった。だからこそ周りの人々も、シンジに変わらず接する事が出来たのだ。
だが今回は明らかにシンジ自身が周りから距離を取っている。アスカに限らず、シンジとどう接していいか分らなくなるのは当然であろう。
さらにアスカは過去のシンジを知らないのだ。あの全てに絶望しているかのように感じたシンジを――
急激なシンジの変化に戸惑うのは仕方がないだろう。

今はシンジ君をそっとしておくしかないのかもしれない。

ミサトはそう思う。
あれは人間に起こせるような現象ではない。あの現象は初号機が起こしたものだ。それは間違いないと思う。
リツコはシンジを疑っているようだが人間には無理な話だ。では、シンジは人間ではないのか。そう考えるほうがどうかしている。今まで一緒に暮らしてきたのだ。シンジがそんな事出来ないのはわかりきっている話だ。
あの現象は初号機が起こしたもの。だが、その初号機に乗っていたのは他でもないシンジ。モニターが回復した時シンジは気を失っていたが、あの時聞いた叫び声はシンジのモノに間違いない。もしかするとシンジは初号機から何か感じたのかもしれない。
つまり...答えはシンジの中にある。であれば、今は周りがとやかく言うのは得策ではないとミサトは思っていた。

「どう、レイは?」

ミサトはモニターを見ているリツコに声をかける。

「そうね...。やはり、零号機ほどのシンクロ率は出ないわね」

「そう...」

リツコの答えにもミサトは気にした様子は見られない。
その事に気がついたかどうか...リツコが言葉を続ける。

「とにかく、この試験は問題が起らない事が大切なのよ」

『第3次接続開始』



山――緑。自然。恵みを与えるモノ。安らぎを与えるモノ。大きなモノ。それは空。

空――駆け抜ける風。自由。何処までも広がるモノ。果てしないモノ。変わらないモノ。変わるモノ。それは水。

水――命を育むモノ。心が溢れるところ。魂が生まれたところ。それは海。

海――赤。血の色。始まりの場所。終わりの場所。赤い海。LCL。

LCL――血のにおい。漂うところ。私が生まれたところ。私を形作るモノ。

私――私。私は誰。私は彼女。彼女から生まれた存在。作られた存在。私は誰。私は私。私は綾波レイ。私は綾波レイと呼ばれる存在。

綾波レイ――私を現すモノ。与えられたモノ。偽りのモノ。仮の姿。魂の入れ物。私の名前。他人から呼ばれる名前。碇くんが私を呼ぶ名前。

碇くん――碇司令の息子。碇くんは碇くん。無くしたくないヒト。私がココに居る理由。それが私の絆。

絆――心と心を繋ぐモノ。私と碇くんを繋ぐモノ。唯一のモノ。私の存在理由。

存在理由――助けること。救うこと。解放すること。エヴァに乗ること。

エヴァ――ヒトが作り出したモノ。神が作り出したモノ。アダムから生まれたモノ。リリスから生まれたモノ。私から生まれたモノ。エヴァはエヴァ。エヴァはEVA。あなた誰。

あなた誰――この先にいるの? ユイさん? あなた誰? あなた誰? あなた誰?



不意に実験ポットに拘束されていた初号機の腕が小さく動く。
緩慢に動き始めた初号機だったが、徐々にその動きは激しくものに変わっていった。
「パイロットのパルスに異常発生!」

管制室に緊急を告げるアラームが鳴り、次いでマヤが現状を報告する。

「何があったの?」

管制室の後ろで試験の状況を見ていたミサトが声を上げる。
それに答えるかのようにマヤが焦りを含んだ声を返す。

「神経汚染始まっています」

「まさか...このプラグ深度ではありえないわ!」

リツコもマヤのコンソールのモニターを見ながら戸惑いを含んだ声を上げた。

「プラグではありません! これは...エヴァからの侵食です」

管制室の強化ガラスの向うでは初号機が拘束具を引き千切りながら暴れだす。いや、暴れるというより、苦しんでいるようにも見える。

「初号機、制御不能!」

「全回路遮断!」

マヤの声にリツコが即座に指示を出す。

「エヴァ予備電源に変わりました」

「依然稼動中!」

まさか、『彼女』がレイを拒絶した?
そんな? 何故?
レイは『彼女』の――
やはり『彼女』が目覚めかけているって言うの?

「初号機、活動限界まで5...4...3...」

マヤの声で意識を現実に呼び戻されるリツコ。

とりあえず、今は初号機を停止させる事が先決ね。

リツコは内心で戸惑いを感じながらも、現実に注意を向ける。
その間もマヤのカウントは続いていた。

「...2...1...0! 初号機活動限界です」

初号機は急激に身体を震わせていたが、徐々にその動きは緩慢になり、ついにはその動きを停止させるに至った。

「パイロットの救出急いで! レイは無事なの? プラグ内の様子は?」

ミサトが引き攣った表情を浮かべながら、マヤに確認している。
リツコは冷めた目でその様子を眺めながら、これからの問題について考えをまとめる。

ダミープラグは難しくなったわね。
とにかく碇司令に報告する必要があるわね。

「レイを直ぐに病院へ移送! アスカのテストは中止、シンジ君は...」



「この事件...先の行為と何か関係があるの? あの第10使徒戦でのシンジくんの...」

「今は何も言えないわ。ただ...データをシンジ君に戻して、早急に初号機との追試...シンクロテストが必要ね」

「シンジ君に問題は起らないわよね」

「そうね...。大丈夫よ...」

そう、彼ならね...。



暗い司令室に将棋盤に駒を打ち付ける音が響いた。
冬月が将棋を指しながら、リツコとゲンドウの会話を聞いている。

「...という訳でダミープラグはもう少し時間がかかるかと...」

「そうか...ご苦労だった、赤木博士」

「ハイ...では」

リツコは一礼すると司令室から退室していく。
リツコの姿が司令室から消えたのを確認して、冬月がゲンドウに話しかけた。

「初号機の暴走。予定外の使徒侵入。その事実を知った人類補完委員会からの突き上げか...」

「切り札は全てこちらが擁している...彼らは何も出来んよ」

「だからと言って焦らす事もあるまい。今ゼーレが乗り出すと面倒だぞ...いろいろとな」

「全て我々のシナリオ通りだ。問題ない」

「初号機の暴走事故についてはどうなんだ? 先の使徒戦もそうだが、俺のシナリオには無い事だぞ」

「再シンクロは成功した。『足かせ』は役割を果たしている。が...」

ゲンドウの表情が初めて歪む。
将棋の駒の甲高い音が響く。

「ダミープラグについては問題か...。レイを拒絶するとはな。『彼女』の覚醒が早すぎるな」

「確かに今覚醒させるわけにはいかん」

「では...」

冬月とゲンドウは見つめ合うと互いの意思を確認する。

「やはり、『足かせ』の役割...1つ増やすか」

ゲンドウはいつものポーズのまま口元を歪めて笑うのだった。



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( aokao_sec@yahoo.co.jp )

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