『新世紀エヴァンゲリオン』〜 longing for different future 〜

〜第3章〜『運命の歯車』 第27話『別れ、去りし後に』



エヴァ三機はトライアングルのように配置されていた。左右に初号機と弐号機、後方に零号機という陣形だ。
ゲンドウに呼び出され、何の説明も受けないままの出撃だった。
とは言え、チルドレンが呼び出されるのは使徒が襲ってきたときだけだ。
アスカはそう理解している。
が、シンジは今回はそうではない事を知っている。
今回の相手は――松代に送られてきたエヴァ参号機が相手だろう。
それも使徒に乗っ取られた――である。そして搭乗者は――トウジではなく使徒である渚カヲルであるはずだ。
同時に二体の使徒が攻めてくるとは考えにくい。
確かにそうであると言う確証は無い。使徒が同時に攻めて来られない訳ではないのだ。
ただ使徒同士に繋がりが――絆がない。故に単独行動となってしまうのだ。
だが、今回はどうだろうか?
カヲルは使徒とは言え、姿形だけでなく、思考、行動理論に関してもヒトと大差ないのだ。
生と死に関する価値観は違えど――である。
戦略的に単独より複数による同時攻撃が有効である事は分りきっている。
一人より二人の方が戦術の幅も広がるのは必定。状況にもよるが、単純に考えても1+1=2ではないのだ。
そして、カヲルにはそれを考えるだけの思考能力もある。
故に、今回に限っては同時侵攻という可能性も無視できない。
しかし補完計画を考えれば、今現在で同時侵攻とはしっくり来ない。
何故、今という時期に二体の使徒が現れるのか?
正鵠を射た解答は得られない。
その事を知っているのは当人たるカヲルと、カヲルを送り込んできたゼーレだけであろう。
シンジは無論の事、レイも違和感を多大に感じていた。
唯一その事を知らないアスカだけが、いつもと同じ様に緊張感を感じさせない雰囲気で一人呟いていた。

「まったく、次から次に...懲りないわねぇ」

アスカはハァ〜っと溜息を吐きながらぼやく。

「何もミサトが居ないときに来なくってもさぁ...まぁ、居てもあんまり変わらないんだけどさ」

「アスカ!!」

緊張感の無いアスカの呟きにシンジが反応する。
声と同時にシンジの顔がプラグ内の脇にあるサブモニターに映し出される。
その瞳は真剣だった。何か決意が伝わってきそうなぐらいに――
シンジとてアスカが気を抜いているとは考えていない。だが、今回ばかりはシンジにとって失敗は許されないのだ。
シンジが行おうとしている事――それを知れば二人は黙っていないだろう。
必ず止めるはずだ。
そうシンジは考える。
レイは何か感づいているかもしれない。
故に沈黙を守ってシンジの行動に注目しているように感じる。
それに対してアスカは、内面は兎も角として、何ら変わった様子が見られない。
いつもだったらそれでもいい。
だが今回は――
だからこそ、アスカにいつも以上に緊張感を持って欲しいと感じていた。
そして、それが表情に表れている。
さすがにシンジの雰囲気にアスカが気付いたようだ。
あまりに真剣なシンジの瞳に気圧されたかの様に、アスカが戸惑いの声を上げる。

「な、何よ! 冗談でしょ! 冗談!」

「...気をつけて......」

だが、シンジは言葉ではそう言っただけだった。
が、瞳の光は変わっていない。
あまりにいつもと違う雰囲気を纏うシンジにアスカは思わずたじろいでしまう。

「んなっ...。ど、どうしたわけ」

「...ミサトさんが居ない。例え実験中でも...使徒が来たら作戦部長なんだから戻ってくるはず...」

決してアスカに感づかれる訳にはいかない。
なによりレイには感づかれてはいけないのだ。
感づかれれば、レイは何をおいても止めるだろう。それが分っているからこそ、シンジは本音の回りに何重にもオブラートを巻いて、決して本心を吐き出さない。
シンジはうまく本音を隠しながら、アスカに表面的な部分だけを説明する。
シンジの言いたい事が朧気に伝わってきて、アスカの表情が変わる。

「...んじゃ何? 松代で何かあったって言うの?」

「...それは分らない。それに...父さんからは使徒が現れたとは言われていない」

「はぁ? 何言ってんのよ!! 使徒が攻めてきたからあたし達が呼び出されたんでしょうが!!」

シンジの台詞にアスカは訳が分らないという表情を浮かべる。

「...本当にそうだろうか? もし違っていたら?」

「ハン!! 何が言いたい訳よ! ま、もし仮にそうだとしても...それが何だっての。あたしは「...来るわ」」

アスカの言葉を遮り、緊張感の篭もった声をレイが発する。
レイの真剣な声に即座にアスカは言葉を切り、視線を前方に向けた。
夕日をバックに、エヴァの――陣形の中心に向かって、遠くから人影が近づいてくる。
何か奇妙な動きをしている。
まるで、関節が無いかのように、腕が――足が――奇妙に揺れている。

「な、何...エヴァ?」

アスカが戸惑いの声を上げる。

「そんな...まさか...」

「...あれが今回の敵...だね」

シンジの声が聞こえる。

「で、でも...エヴァ...よね...」

戸惑いを言葉に乗せてアスカが答えるが、

「...使徒に乗っ取られているのかもしれない」

冷静なシンジの声に混乱を増加させる。

「ね、ねぇ...人が乗ってんじゃないの? ほら...渚カヲル...って奴......」

「来る...」

レイの感情の篭もらない声が聞こえた。
不意にエヴァの動きが止まる――瞬間、アスカの視界からその姿が掻き消える。

「え?」

一瞬、使徒を見失うアスカ。

「......アスカ! 上だ!」

「!!」

アスカはシンジの声に、考えるより先に思わず左へ飛ぶ。

ドゴン!

凄まじい音と同時に元居た場所が陥没する。
その中心には、四つん這いになった使徒――

「なっ...こんのぉぉぉぉーーーー!」

突然の使徒の攻撃に頭に血が上ったアスカは思わず攻勢に出た。

「ダメ! アスカ!」

レイの静止の言葉も耳に入らない。アスカがスマッシュホークを振りかぶり突撃する。
それに合わせるかのように使徒が右腕を前に振り上げた。

「う、腕が...伸びる!?」

急制動をかけようとするが、勢いのついた弐号機は止まらない。
スマッシュホークを振り上げたままの状態で首を掴まれ、そのまま放物線を描いて、使徒対面の地面へ叩きつけられた。
弐号機を中心に地面が再び陥没した。
同じエヴァとは思えないパワーだ。

「ぐぅっっ...」

「アスカ!!」

思わず、苦痛の声を上げるアスカに、シンジはそう叫びながら使徒に体当たりを敢行し、見事に使途を吹き飛ばす。
シンジの攻撃に手加減は感じられない。
カヲルが乗って居ない事は先程自ら『観』て確認済みだった。
カヲルは乗っていないのだ――エントリープラグが挿入されていてもだ。
多分、考えるにダミープラグであろう。
これで一つの問題は解消されたのだ。
故に迷いは無い。
初号機の強烈な一撃に吹っ飛ばされた使徒は、背中から地面に激突した。が、次の瞬間にはその姿勢のまま、その場で重力を無視して反転し、初号機に反撃を試みようとする。
それ感じ取った零号機の援護射撃が使徒の攻撃を阻む。
たまらず後退し初号機と距離を取る使徒。

「大丈夫、アスカ」

弐号機を振り返らず声だけをかけるシンジ。
軽い脳震盪でも起こしたのか、サブモニターに移るアスカは左右に首を振っている。

「くっ、これくらい何でもないわ!」

アスカが苛立ちげに声を返す。が、その声と表情からは微妙に戸惑いが感じられた。
アスカもエヴァにエントリープラグが挿入されているのを確認したようだ。

だめだ。何とか使徒をアスカから引き離さないと......。
今のアスカに...相手が出来るとは思えない。
過去と同じ結果にさせる訳にはいかない!!
速攻で決める!!

じりじりと参号機との距離を詰めていくシンジ。
不意に使徒が両手を地面につける。

「しまっ...ぐぅ!」

次の瞬間、初号機直下の地面から両手が生え、初号機の首を鷲掴みにする。

「碇君!」

レイが使徒にライフルで攻撃するも、不意をついていない攻撃は、そのままATフィールドで弾かれ効果を与える事が出来ない。
思わず舌打ちをし、即座に使徒に近づくと、肩のパックから取り出したプログナイフを左手に構え、使徒に向け付き立てる。
レイの攻撃にも戸惑いは感じられない。
その思惑は分らないが、その容赦ない攻撃が一瞬の隙を作る。
シンジは使徒の意識が防御に移った隙を付き、首を掴まれたまま使徒に再びタックルを浴びせ、使徒ごと他の二機との間合いを取った。
二体とも倒れたままだったが、先に動いたのは使徒だった。
初号機の首から手を離し、すばやく初号機から離れると、未だ動きが散漫な弐号機に向けて再び腕を伸ばす。

「なっっ!! しまった!」

不意をつかれたアスカは顔面を手で掴まれ、楽々と空中に持ち上げられる。

「くぅぅぅぅぅぅぅぅ......」

あまりの苦痛にアスカが足掻くも、万力のように締め付けるその手を剥がすことが出来ないでいた。
使徒が弐号機を吊り上げたまま、伸ばした腕を引き戻そうとする。

「こぉのぉっっ!!」

その瞬間――腕を引き戻そうとする使徒の顔を、横合いから初号機が殴る。
参号機の左の頭部装甲が辺りに飛び散る。
弐号機を掴む力が抜け、アスカは地面に尻餅をつく格好で開放される。
シンジはそのままの体勢から連続攻撃を敢行――
肘から膝への連携に続き、側頭部に蹴りを入れ使徒を吹き飛ばす。
吹き飛んだ使徒にレイがパレットライフルで追い討ちをかける。放つ弾丸が次々と命中する。
だが使徒はレイの攻撃にひるまず、ATフィールドを張り対抗すると、次の目標を零号機に定めたかのように視線を零号機に向けた。
その一瞬の隙をシンジは見逃さない。
即座に使徒に飛びつき、両手両足を使い背後から使徒を羽交い絞めにする。

「シンジ!! そのまま動きを封じておきなさい!! アタシがプラグを抜くから」

アスカはそう叫ぶと、スマッシュホークを片手に構え、慎重に初号機と使徒に近づこうとする。

ダメだ!!
アスカを近づけさせる訳にはいかない!!

「アスカ!! 危ない!!」

思わずシンジが叫ぶ。
そして次の瞬間――
初号機と参号機の周りの空気が――大地が――異様に歪んだ。
レイの顔が驚愕に歪む。



発令所ではその様子が正面のメインスクリーンに映し出されていた。

「初号機との全てのパルス消失!」

「初号機モニター不能」

「パイロットの状態、把握できません!」

次々と日向、マヤから叫びとも思える報告が行われる。

「使徒周辺に高エネルギーの発生を確認。電子場マイナスを示しています......これは...」

青葉の叫びにマヤが反応する。

「まさか...ディラックの海!」

マヤの叫びに冬月の表情が険しくなる。

「碇......まずいぞ」

「.........」

モニター上で初号機と使徒は大地に開いた漆黒の闇に、ズブズブと沈んでいく映像が映し出される。

「碇君!」



碇くん...ダメ!!
そのままでは...力に飲み込まれてしまう。
早く!!

「シンジ!」



アタシがミスをしなければ...。
くっっ! 今度こそ、今度こそ助けてみせる!!
あの時の二の舞だけは...。

それぞれの思いが込められた叫びと共に駆け寄ろうとする二機のエヴァ。
だが――

「来るな!!」



シンジの厳しい声が響く。
一瞬二機のエヴァの動きが止まる。

「なっ...何言ってんのよ!! すぐ助けてあげるから感謝しなさいよ」

「今行くから...碇君」

即座に行動を再開する二機と二人の言葉に、シンジは微笑みながら柔らかな声で言葉を紡いだ。

「来ちゃダメだよ、二人とも。もう...遅い......」

すでに機体の半分以上が闇の中に沈んでいた。

「なっ、何諦めてんのよ!!」

「...碇君...ダメ!!」

二人の叫びも空しく、初号機と参号機はディラックの海へと消えていく。

「ゴメン...でも......」

シンジは二人に――発令所に居る皆に向かって微笑む。

「待ってて...」



初号機と参号機がディラックの海に沈む。
そして――
そのままディラックの海は消滅した。
後には何も変わらぬ町並みが残されていた。



その戦いの一部始終を『視て』いた者がいる。

「碇シンジ君......仲間を助ける為に自らが犠牲になる...か」

銀髪を風になびかせながら少年は呟いた。
真紅の瞳を細め、顔に満面の笑みを浮かべている。
少年は上空の強い風の中を自然に立って――いや、浮かんでいた。
遠くで行われていた戦闘を、まるで自らの眼前で行われたかの様に視ていた少年。
彼は風の様に言葉を紡ぐ。

「キミは好意に値するよ......早く会いたいね...」

歌うようにもう一度、その彼の名を呟く。

「そうだろう...碇シンジ君」



シンジがディラックの海に取り込まれた後、残されたエヴァはネルフ本部へと収容された。
ケイジに青と赤のエヴァの姿が見える。
が、その中央――初号機のスペースには何も無い。
一人の作業員の大きな掛け声がケイジに響き渡っている。
だが、その声にもいつもの張りは感じられない。苦虫を噛み締めたような表情を浮かべている。
そしてそれは、その作業員だけに言える事ではなかった。
全ての作業員――ケイジ全体が暗い雰囲気に包まれている。
ケイジ――そこに居るのは共に戦っていた少女達と、子供達を戦場へと駆り立てていた大人達だけだった。

零号機と弐号機のエントリープラグがイジェクトされLCLが拭き出す。
弐号機のプラグから現れたアスカの表情は悔しさと悲しさに溢れている。
アスカの背後からヒールの音が聞こえてくる。

「アスカ......」

声をかけたのは左手をギプスで固め、包帯で吊るしたミサトだった。
ミサトの後ろには、頭に包帯を巻いたリツコが立っている。
その瞳にも遣る瀬無い様な感じが漂ってはいるものの、しかし冷静な視線をアスカを注いでいる。
アスカがゆっくりとミサトを振り返る。

「ミサト...無事...だったんだ...」

酷く乾いた笑顔だった。

「!」

ミサトの表情が陰る。

アスカ...。

ミサトはこれほど悲愴な面持ちをしたアスカを見たことがなかった。
用意していた言葉が口から出てこない。
今のアスカに何を語ればいいのだろう。
そして、それはアスカも同じだった。
二人とも語る言葉がない。今口を開けば、辛い現実の話をしなければならないから...。
喋れない――
言葉を交わす事が出来ない――
ただ、沈黙が流れているだけだった。

「シンジ......消えちゃった......」

ようやく言葉を発したのはアスカだった。
顔を俯き言葉を吐き出している。
ミサトには懺悔の言葉に聞こえる。

「あの馬鹿...アタシ達に来るなって...」

「......」

「アタシがミスらなければ...」

「!! それは違うわアスカ!」

思わずミサトが叫ぶ。
が、アスカの耳に言葉は届いていない。その瞳には何も映っていない。
影が――闇が、光を遮っている。

「アイツ...いつも勝手なことして......誰も助けてくれなんて言ってないのに......」

「......」

ミサトは何も言えない。
言う事が出来ない。

「どうして......いつも...いつも私を助けるの......自分が居なくなって......」

居た堪れない気持ちになり、ギュッとアスカを抱きしめる。

「もういい...もういいのアスカ......」

「アタシ...ひっ...アイツに...助け...っっく...て...なんて...」

「もういいから...」

「いっ...て...ぐすっ...な...いの...に...」

アスカはミサトの胸に顔を埋めたまま声を殺して泣き出した。
そんな、アスカを無心で抱きしめる。
それしか今のミサトには出来なかった。
あの時――せめてその場にいれば、アスカに言葉をかける事が出来たかもしれない。
いや、出来ないにしても、まだ痛みを別けあう事は出来たかもしれない。
だが自分はその場に居なかったのだ...。
今の自分に何が言えるだろう。

アスカ...。
ごめんなさい。
私が...いえ、大人がしっかりしてないから、あなた達をこんな目に遭わせてしまう。
私達は...決して許されないわね。
子供の幸せを奪った上に成り立つ平和......。
それに何の価値があるのだろう。

ミサトの目からも雫が溢れ落ちた。



零号機は沈黙を守っている。
エントリープラグはイジェクトされているのにレイが降りてくる気配がない。
整備員も心配げにプラグを眺めている。
リツコは誰も近づく事が出来ずにいたプラグへと、ゆっくりとした歩調で近づいていく。
タラップを上がりプラグの中を覗き込む。
そこには、膝を抱え蹲っているレイの姿があった。

「......レイ」

乾いた声をレイに掛ける。
が、返事はない。
ふと違和感を感じる。
レイは無感情のはずだ。
そのように躾けてきたのだから当然であろう。
例えミサトの家に引き取られ、シンジが、アスカが傍にいても、レイが感情を沸き立たせるとは考えられなかった。

多少は、感情を『覚えた』かも知れないけどね。

自嘲気味に呟いてみる。
が、それだけである。
心に細波も感じていない。

私こそ、人間じゃないのかもね。

そう、当に人間の感情は捨て去ったのだ。
あの時――ゲンドウを知ってしまった時から。
常に科学者としての仮面を着けてきた。

母が愛した男を娘の私が好きになる。

背徳感。
自分が汚れたと感じた時に捨て去ったはずの感情。
いや、感情はある。ひどく歪んだ――ではあるが。
だが、全ては自分が望んだ結果。
誰に許しを請うつもりもない。
許してくれなくてもいい。

...あの人が愛してさえいてくれれば。
それだけでいいのに...。

だが、それが無理な注文である事も知っている。
ゲンドウは自分を見てはいない。

あの人が見ているのは唯一人。
そして、それを知っていて尚、彼の愛情に縋っている。
...縋ろうとしている。

だがそれは得られる事の無い愛。
そしてその事は最初から分っていた事だった。

そんな事は最初から知っていた。
でも...。
でも、止める事は出来なかった。

そして、少しでも彼の傍に居る為に、この手を汚してきた。
悪魔の囁き――甘い幻を追い求めてしまう。
そして、それは自分だけではない。

ゲンドウも同じなのだ。
失った妻を追い求めている男。
ごく普通の――弱く、脆く、儚い人間。それが彼――
歪んだ願いは神の領域をも汚してしまう。
その結果生み出されたのがレイ。
いや、レイではなく――リリス。

リリス――
神が創ったヒト。ヒトならざるモノ。
ヒトが作った人形。
ヒトが作った神。
ヒトが作ったリリス――それが――綾波レイ。
神を真似て作った人型――だがゲンドウは神を作りたかった訳ではないだろう。
だが、自分がそう望んだ。
そうでなければ、彼の愛を失ってしまうと思ったから。
神は全知全能である。と同時に零知零能で無ければならない。
そうでなければ、神で無くなってしまう。
神に感情はいらない。
故にレイをそう躾けてきた。そしてその結果、今のレイが居る。
神に似せた人形。
だが、本当に人形なのか?
疑問がある。
神はすでに身近に居るのではないだろうか?
そう感じる自分が居る。

碇...シンジ......。
あの人の息子。
あの女の子供。
そして...。

そして――自分が感じた神ならざる者――
彼の起こした現象は神の力。
そうとしか思えない。
であれば、レイは? レイは神では無い事になる。
ではレイは何?
私が育てたのは何?

プラグ内のレイの様子を訝しげに眺める。
よく見るとその体は小刻みに揺れていた。
感じる違和感に、ゆっくりと自らの身体をプラグに入ると、そっとレイの顔を覗きこんだ。
驚きに目を見開く。
その目は何も映していない。その瞳からは何もかもを失くしてしまった様な喪失感を感じる。
レイの姿は酷く儚げで怯えた子供のように見えた。

これが本当にあの『レイ』なの......。

いつもの作られた『人形』ではない『人間』を見ている気がした。
リツコは普段レイに感じる嫌悪感ではなく、優しい気持ちでいっぱいになっている自分に気付く。

何故?
何?
この感情は一体何なの?
私は何を考えているの?

違和感が襲い来る。
最初は細波のようだったものが、徐々に勢いを増してきている。
自分が自分の感情を抑えきれない。

感情なんて捨てたはずなのに...。

だが、身体が――心がそれを認めない。
口が、身体が勝手に動き出す。

「......レイ...さぁ、立ちなさい......此処から出るわよ」

壊れ物を扱うようにレイに触れる。
震えがレイの身体から伝わってくる。
何が此処までレイを変えたのだろう。
不意に今までの自分の行為が、酷く愚かなものに感じられる。
作られた生命――魂――だが、レイはすでに人間になっているのではないか?
しかし、自分は――もう後戻りできない。
全ては――あの人の為――レイを作ったのは自分。

でも、今くらいは......。

リツコは優しくレイを抱きかかえるとプラグの外に出た。



闇に覆われた司令室に将棋の駒の音が響く。

「いいのか......碇」

「.........」

「初号機を失った今...我らの望みは叶わんぞ」

片手に持った本から目線を傍らに座るゲンドウに移す。
ゲンドウはいつものようにテーブルに肘を突き両手を顔の前で組んだ状態で微動だにしない。

「初号機と共に...シンジ君まで失った......」

「...大丈夫ですよ......冬月先生......」

ゲンドウは静かに語る。

「...シンジは......必ず帰ってきます........」

「.........」

「......遣り残した事があるまま......消えはしません......」

「......」

「......」

「.........そうだな...」

沈黙の帳が下りた司令室に、再び駒の音が響き始めた。



初号機と参号機を失って二日が過ぎた頃、その少年はNERVに現れた。
少年はポケットに両手を入れ、鼻歌を歌っている。
目を細め、楽しそうに微笑む。

「さて、シンジ君はいつ帰ってくるのかな......」

少年――渚カヲルは静かに呟いた。



Please Mail to 葵 薫
( aokao_sec@yahoo.co.jp )

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