まったく憂鬱だな、、、、

、、、、本当、笑っちゃうわ、、、、









耳鳴りが止まない。
フライトアテンダントから貰った飴玉を舐めるのも、もううんざりした。
ちっとも効き目がない。

しょうがないから眼下の雲ばかり見ている。

加持さんが窓際の席を譲ってくれて、本当に助かった。
乗り物酔いしたみたいで格好悪いけど、それもまあ、仕方がない。
なんとも説明のしようがないもの。

下手に説明するよりも、ただの耳鳴りと頭痛と思われていた方が気が楽だ、、、、、。


窓に指先を押し当ててみる。
びりびりと振動が伝わってきて、なんだか少し安心する。
しばし、、、、
耳鳴りがおとなしくなる。

加持さんはとても静かにしてくれている。
本も読まず、映画も観ず、音楽も聴かずに、ただ静かに目を閉じている。
ワタシが話しかけない限り、口もきかない。
すごい精神力だな、と思う。
なんにしてもワタシにはできないことだ。

痛つつ

、、、、、、ホント、憂鬱だ、、、、

しょーもない話だけど、、、、

今更、どーしようもないじゃない、、、、



ここはどの辺りなのだろうか。

そんなことはどうでもいいけど、
とにかく青と白と黒だけで構成された景色が唯一の頼りだ。
どこぞの街並みでも見えたら、飛び降りたくなること間違いなしだから。

ふー。
もう少しだけ、、、、、、機内の壁面に触れる面積を増やしたい。
こんなことならエコノミーの方が良かったかな。
機内食だって食べてないし、映画だって観てないし、案外狭い方が落ち着いたかも、、、、。

とにかくびりびり揺すぶって欲しいのだ、

こんなに憂鬱なのだから。






She`s so lovely

第八話





あの頃より、少しは器用になったのかもしれない、、、、

なんて思ってみたりすることもある、、、、









後部座席に座る新しい同居人の威勢のいい声を聞きながら、
今更ながらに、『逆効果だったかな』、とミサトは思った。

短所も長所も、まるで共鏡のようだし、、、、

結構うまくやってくれるかもと思ったんだけどな、、、、

シンジの声はほとんど聞こえてこなかった。
空港ではそうでもなかったのだが、どんどん静かになっていく。
ちらっとバックミラーで確認してみると、
珍しくどこかむすっとした表情で、アスカの隣りにおさまっていた。

まあ無理もないかな、とミサトは思った。
なにしろ、初対面ののっけから『冴えないヤツ』扱いなのだから。
むしろ、よく我慢している、といってもいいぐらいだった。

なんにせよ、シンジに限って言えば、今回の企みは少々の戦果があったと言ってもよさそうだった。
例えそれが不機嫌そうな顔にしても、
こんなに表情がころころ変わるシンジを、ミサトは見たことがなかった。

何かといったらレイの事ばっかりだものね、、、、、

それが悪いことだとは、思わないんだけども、、、、、


がらがらに空いている初冬の昼下がりの高速を、
するするっと快調に、ミサトは車を滑らせていった。

同僚から借りたワゴンカーに積み込まれた幾つもの大きなトランク。
シンジを誘い出す口実に使った言葉が、図らずも、真実になった。

『え?荷物持ちですか?
いいですよ、なんにも予定入ってないですし』



ふむふむと、
シンジがアスカに相づちをうつ声をぼんやりと聞きながら、ミサトは少しだけ後悔していた。

自分のふとした行動がいちいち作為に満ちている事。
それが図にのっても、のらなくても、結局は後悔する自分。

頭を軽く降って、都合のいい後悔を振り落として、ハンドルを握り直した。

大丈夫、、、、

このことに関しては、ちょっとした確信があるもの、、、、





、、、、、、、、、、、

不意に、
ちょっと集中が乱れた。
運転の集中ではなく、意識の集中が。

今まで器用に隅に押しやっていた気持が舞台に上ってきてしまった。
もう一度、別の事に意識を移そうとして、
しばし格闘して、それからミサトは降参した。
まるまると太ってしまったソレは、最早どうやっても舞台から降りてくれそうもなかったから。

一瞬、自嘲の笑みがミサトの口元に浮かんだ。

何年ぶりかな、、、、

なんて、、、、、、数えるまでもないか、、、、、、

何度、数えたか分からない。
ミサトの秘め事。

ただ、あの頃と全然変わらない彼の微笑みがミサトの時間を狂わせていた。
いや、狂わせられていたのは、何も時間だけではなかった。
胸にこみ上げる激情。
器用に忘れ去ってしまうことさえ叶わない想い。
その想いが胸に突き刺さって痛かった。
ちょっとした屈辱は、想像していた通り、ほのかに甘美だった。

タクシーに乗り込む彼の背中を思い出しながら、ミサトは一人思った。

彼は、、、、彼はあの日の誓いを叶えることができたのだろうかと。

きっと、まだなのだろう。

彼の胸に潜む地獄が去ったのだとしたら、
その時は必ず自分に知らせにくると、そうミサトは確信していた。

この時代に生まれた誰もが抱えてる苦しみから、アナタだけが逃げ出したのよ。

あれこれと、おもうさまに罵ってやろうと思っていた。
けれども、何年もの間に用意していたはずの言葉は、結局、何一つ口から零れ出なかった。
そういうものなのかもしれない、と安易に納得できない何かがそこにはあった。

「誰かの苦しみを理解することなんてできないわ」

いつだったかリツコがそう言っていたのを、ミサトは思い出した。

そうなのかもしれなかった。

でも、、、、、、、、

、、、、、、でも、そもそもの始めから、私は私の悪夢を選んでいたのだから、、、、、

、、、、、だから、、、、、

、、、、、私には誰かを詰る権利なんてないのかもしれない、、、、、、、、



努めて無表情を装いつつ、目の前に続く白線をぼんやりと見つめながら、
遠くない未来に自分の身に確実に起こるだろう変化を、ミサトは予感していた。









、、この気持を、、、、、、

、、、、、この気持の、、、、、、名前を知りたいの、、、、、、









黒髪。

さらさらと揺れる前髪。
さわってみたい、と思う。

駄目、、、、、、起こしてしまうもの

それとも、起こした方がいいのだろうか。
普段なら、夕食の準備を始める時間。
葛城さんのお手伝いが大変だったのだろう。
ぐっすりと眠っている。

緩やかな寝息とともに、波打つ黒髪。

夕暮れのリビングから差し込むオレンジの光を受けても、やっぱり黒い髪のまま。

、、、、、きっと、私の髪はオレンジ色になっている。

黒い髪。

これは、、、、、、なんていう気持?

、、、、、少し、悲しい、、、、、、のだろうか、、、、、





お腹が鳴る。

顔がほてって温かい。

、、、、、これはきっと、恥ずかしい、という気持。

でも大丈夫。
誰も聞いていないもの。
碇君が寝ていてくれて、良かった。

お腹が空いたの。
お昼に食べてね、と作ってもらった焼きそばはもう食べてしまった。
碇君と私はキャベツが好き。
だから碇君が作る焼きそばには、キャベツが沢山入っている。

、、、、、、日曜のお昼を一人でとるのは久しぶりだった。

、、、、、、、、なんだろう、、、、これは、、、、なんていう気持?

、、、、、また、、、、、少し悲しい気持、、、、、、、




まだ、碇君は起きない。
とっても疲れているみたい。

、、、、、、、、、

初めて見る碇君の寝顔。

ごろりと碇君が寝返りを打つ。

、、、、、少し驚いてしまう


掛けておいた毛布がずれてしまったので、掛け直す。



、、、、、、、、、、、、、うん

やはりまだ眠っていてもらおう

大丈夫

先週、林檎の剥き方を習ったから
、、、、、まずはジャガイモから試してみよう
少しでこぼこしているけど、きっと問題ないと思うの、、、、


、、、、、この気持は、、、、、何ていうのだろう、、、、、

少しだけ、胸の鼓動が速くなるのが分かる












ひどく落胆している自分に気付いて、アスカは少しばかり呆然としてしまった。
いつもの颯爽とした足並みがちょっと鈍った。

これは、よーするに、アレね。
期待が大きすぎた、ってやつね。

目に入ってくる物。
そのどれもがなんだか気に入らなかった。
どこまで行っても品のない建物と広告ばかり。
さすがに京都、奈良のような街並を思い描いていたわけではなかったけれども、
それでも、母の生まれ故郷のこの国はアスカにとって特別な思いでもって縁取られていた。

それがどうだろう。
街の外観を損ねるだけののぼりや、立て看板、広告塔。
ドイツの一番猥雑とした繁華街でさえ、まだもう少し品があったように、アスカには思えた。

そうかといって自分が幻滅しているのを悟られるのもなんだかしゃくだったので、
アスカは踵を高く鳴らしながらいつものペースで歩き始めた。

これから日本で過ごす数年の間、誰にもなめられてはいけないのだと、アスカは口を引き締めながら思った。












「しかし、えらい騒ぎだったな、この一週間は」

「うーん。廊下側の席の人なんて大変だったと思うよ。
休み時間毎に『どこ?どこ?』って聞かれてたからね」

学生服姿のシンジとケンスケが夕暮れの繁華街を歩いていた。
二人とも手にはレコード店の袋を下げていた。

「まあ、分からないでもないけどね。ホントすごく目立つし。
なんか凄い数の注文きてんだよ。隣りの中学のヤツからメールきたりとかして」

「へー」

「相変わらず淡泊だなー、シンジのリアクションは」

「うーん、そうかな?」

「まあ、そんなもんかもね。毎日顔合わせてんだし」

「毎日ってわけじゃないけどさ」

「話聞いたら、喜んで変わりたいってヤツもいると思うぜ」

「そうかなー。毎日の献立考えるのって結構大変だよ。
僕なんてレパートリー少ないしさ、彼女注文多いいし、、、、、」

「しかし、青少年の悩みっぽくないな。そうやって淡々と話されるとさ、、、、」












なんだか視線が痛くて、アスカは自分の顔が少し強ばっているのを感じた。
幼い頃から、人に見られることには慣れているアスカだったけれども、
最近、この街に来てから感じるようになった感覚は馴染みのない物のように思えた。

異邦人。

賞賛やら、妬みやら、下心やら、歓心の上に、
異邦人に向けられる感情が、その視線には乗せられているように気がした。

「あっ、外人」

と言われたのが三回。
いきなり英語でナンパしてきたヤツが二人。

特に学校にいる間はひどかった。
休み時間は見せ物にされて、プライベートに立ち入ってくるセクハラまがいの質問まで受けた。

『あっちの子って進んでるんでしょー?』

とんだ幻想女がいたものだと、頭がくらくらするほどの憤りをなんとかかろうじて抑えた。

万全を期すつもりで選んだ留学と、一年ちょっとの猶予期間。

アスカにとって日本語を完全にマスターするには長すぎるくらいの時間だけれども、
どちらにしても法改正の遅れている日本では、
いくら統一大学資格試験を十三歳の時に通ったアスカとはいえ、
まだ十四歳の少女を受け入れてくれる大学は日本にはなかった。

この前代未聞の人手不足の時代に義務教育重視とは随分と暢気な話だな、
とアスカは幾らか嘲りの混じった笑いをこぼした。

長い目で見ればいいのよ、、、、、

十年後
まだアイツは現役なはずだもの、、、、
遠くない未来の為に、この街に来た
だから、退屈なクラスメートにも、理不尽な教育システムにも、負けるわけにはいかないのよ












「ええ!そうなの?」

「と、俺は思うけど、どうかな。
まあ、ストレートに聞いたら絶対否定するぜ、トウジの性格からいって」

「そうかー、うーん、そうだったのかー」

「まあ、そういうことだから、俺よりもトウジに聞いた方がいいんじゃないか、その手の質問は?」

「え、そ、そっか。なんか悪いね、変なこと聞いちゃって」

「いや、こっちこそ悪いな、ちゃんと答えられなくて。
ま、とにかく今度、トウジのやつを問いつめてやろうぜ。
じゃ、またな」

ケンスケは右手を上げて、シンジに挨拶をすると、夕暮れの街角を曲がっていった。
それを見届けてから、シンジも家路につくべく、街の雑踏に紛れていった。












なんなのよ、もっと速く歩きなさいよねー

新しい下宿先のミサトのマンションへの帰り道。
アスカの少し先をクラスメートの碇シンジが歩いていた。
まだこちらには気付いていない様子。
かさっ、かさっ、と買い物袋が音をたてるのを聞きながら、
アスカは気まずそうにして歩いていた。

また随分と買い込んだものだ。

少年のほっそりとした腕には膨れ上がった買い物袋はちょっと持て余す様子で、
シンジはしごくのんびりと歩いていた。
その後ろを行くアスカは少年にペースを合わせてゆっくりと足を進めていた。

まったく、なんでこのワタシが気を使わなきゃならないのよ

そう思いつつも、アスカには胸に浮かぶ気まずさの理由が分かっていた。

少年の手に提げられた沢山の食材の中にちらほらと見受けられる洋風の食材。
あんなこと言うんじゃなかったな、とがらにもない後悔を打ち消そうとして、
アスカはちょっと軽く空咳をしてみた。

しかし、シンジは振り向かなかった。

あー、もう
いっその事、むこうが気付いてくれたら楽なんだけどな

本当にいらだたしいと、アスカは思った。
嗜虐心を刺激する言動といい、綾波ユイの血を受け継いでいることといい、
それでいてぼんやりとした風貌をしていることといい、
ついわけもなく当たり散らしてしまう要素満載の少年。

それでいて、どこかさらっと受け流されてしまうのが、益々アスカの癇にさわった。
あれだけ理不尽に喚かれて、よくもまあリクエストに応える気になるものだと、
自分のしたことは棚にあげて、アスカは本当に呆れてしまった。

ただ、呆れてしまったからこそ、アスカは困っているのだった。

なんだか、こーゆうのって苦手だな

かといって避けて横道を行くのも躊躇われるし、仕方なくとぼとぼとシンジの後を歩くアスカ。
本当に仕方ないなー、とぼやきつつ、
もう一度、今度は少し大きめに空咳をしてみた。

しかし、シンジは振り向かなかった。

なんだかむきになって、更に大きく空咳をしてみた。


、、、、、、、、あ、どうしよう、、、、、、本当に振り向いちゃった、、、、、、






 

Please Mail to かぽて
( hajimesu@hotmail.com )

 

BACK INEDX NEXT

  

inserted by FC2 system