例えば
人の心に幾つもの部屋があるとして





手元の資料を閉じて、目元をそっと指で押さえてから、アスカは卓上スタンドの明かりを消した。
机上の時計が示すのは七時。
雨の金曜日。
朝日は雨雲に覆われてしまい、窓の外一面に降りしきる白糸が映っていた。

思わずこぼれるふとい溜息。
効率が良いからと、幼少から続けてきた朝の勉強も何故だか今朝ははかどらなかった。
気怠いような、おもはゆいような、そんなどこか焦点の狂った見知らぬ疲れを感じて、
少女は座りながらぐいっと背伸びをした。

違和感。
なにかがちぐはぐで、なにかが足りていないような、、、、、、、、。
それは、あるいは、ミュンヘンの空気なのかもしれかくて、ドイツの食べ物なのかもしれない。
もしかするとそれは、
歩き慣れた磨り減った石畳の街路なのかもしれなくて、使い慣れた手足のような言語なのかもしれない。
それは飢えではなく、もっと別の何か、、、、、。

そこでふと、アスカの脳裏にある単語が現れて、少女は思わず冷笑を浮かべた。

ドイツ人とも、アメリカ人とも、日本人ともアタシは違う
帰るべきトコロって、居てもいいバショって、それってどこ?

郷愁?笑っちゃうわよ、ホント

結局のところ、アタシが自己同一性に求めるべきものとは、

『それは血なのよ』

少女はそっと呟いた。
国籍でもなく、肌の色でもなく、信ずるべき神でもなく、赤い絆。

冷たい、冷凍された精子ではなく、温かい、ママの血

だからアタシには故郷も、我が家も、家族も、そんなものは必要ないの

そこで、

自分の掌を眺めて、白い肌の下の血潮を感じながら、母親の高潔な意志を思い出して、、、、、、、、
そして、自分が何を成すべきなのか、それを思い起こせば、それで少女の疲労は消え果てるはずだった。
今まで、そうすることで全てがうまくいっていた。

うまくいっていた、、、、、、、、、

、、、、、、、、、、、それなのに、、、、、、

なんだか、このまま考えを進めていくと恐ろしいことになってしまうような気がして、
アスカは席を立って、朝の身支度を始めることした。
既に洗顔も朝シャンも済ませていた。
そこで、部屋着から制服に着替えて、鏡台に向かって髪型を整えてから、マンションを出た。

ちょっといつもより早いけど、まあマメなアイツのことだからもう起きてるでしょ、、、、、、

十一階でエレベーターを降りて、1102号室の扉に手をかける。
ここのところ恒例になってしまった一連の行動。

そう言えば、いつからだっけ?
朝と夕
この部屋を訪ねる度にインターフォンを鳴らさなくなったのは、、、、、

扉のロックは、少女を迎え入れるべく、外れていた。
『まったく、こんなに朝早くから用意のいいことで』、
と悪態をついて、おもわず綻びそうになる顔を不機嫌に装った。

玄関で靴を脱いで、廊下を進んでいくと、匂いはじめるおみそ汁の香り。
やがて、リビングに出ると、キッチンからとんとんという包丁の音。
アスカは思わず、ひょいっとキッチンを覗き込んだ。

あ、、、、、、、、デジャビュ、、、、、、

ほっそりとした少年の後ろ姿、ちょっと大きめのエプロン、リズミカルに動かされる腕。
台所に立ちこめる味噌とネギの香り。

それは、既視感ではなくて。
ずーっと昔に見た、
ずーっと昔に見た、忘れられない光景にとてもよく似ていた。

「あれ?アスカ?
今朝は随分早いんだね。
、、、、、、、、、、、、あ、そうだ、ちょっと手が空いてたらさ、
そこにあるサヤエンドウの筋を取っておいてくれないかな、、、、、、、、、」

「え?べ、べ、別にいいけど、、、、、、、」

顔を見られたくなくて、少女は思わず顔を伏せた。






She`s so lovely

第十二話








暗闇の中、ゆっくりと移動するカンテラ。
焼けただれた壁面、原型を止めない大型の実験器具、煤けた鉄製の階段と手摺。
ぼんやりとした明かりに照らし出されたそれらの物達は全て、決して薄くはない透明のビニールシートに覆われていた。

カンテラの持ち主である老人が足を踏み出す度に、その靴底がシートの上で間の抜けた音をたて、
周囲の凄惨な光景とはそぐわないその響きはどこか滑稽なものにすら聞こえた。
それでも、老人は何物にも頓着しないかのように、静かに、だが確かに、歩みを進めていった。

「、、、、、、、また、こんな所でさぼっておるのか」

「、、、、、、、、、、」

老人が辿り着いた先は、その施設のほぼ中央に架け渡された連絡通路。
そこには、シートに覆われたバルコニーの手摺を握りしめながら、
最早何の機能も果たさなくなった実験器具の墓場を見下ろす、一人の男がいた。
老人が男の足下にカンテラを置くと、
恐らく男が持ってきたであろうスイッチの切られたランプが暗闇に浮かび上がった。

光の届かないこの地下施設の中で、この男は唯一の光源を消して、一体何を見ようとしていたのだろうか。

老人にとってその問いの答えはあまりにも明白であったので、ただ伝えに来た用件だけを口にした。

「赤木君から連絡が入った。
葛城君がローカルMHC(主要組織適合性抗原)の特定に成功したそうだ」

「、、、、、、、、そうか」

「引き続き調査を続けるとのことだったが、、、、、、、、、
どうやら調査に際して、『01』の抗原分子構造と抗原決定基成分データを使用したようだ」

「、、、、、、、、赤木博士の判断か?」

「いや、おそらくあの男の仕業だろうとのことだ。
一体何を考えて、彼が葛城君にデータを流したのかは分からんがな」

「、、、、、、、、、、、そうか。
あの二人になら知られたところで何も問題はない。
、、、、、、、いや、かえって好都合だ。
こちらのたてたスケジュールを半年も早めてくれたのだからな」

「、、、、、、、、だが本部に報告されたらどうする。
いや、むしろ既に報告を済ませたと考えるべきかもしれんが、、、、、、、」

「、、、、、、、あの男はあれを材料に我々と取引するつもりなのだ。
こちらに引き上げてくるまでは心配あるまい」

「ふむ、、、、、、、だがそう言い切れる根拠はあるのか?」

「、、、、、、、、、、、、、、、」

「感心せんな。
我々はここで危ない橋を渡るわけにはいかんのだぞ。
情報の流布は極力避けねばならんのではなかったのか?」

「、、、、、、、、、、、、、、、」

とりあえず釘を刺しておいて、老人は床に置いたカンテラを手に取った。
もはや、目の前にいる男には何を言っても無駄なのだと、老人は明確に理解していた。

それ以上何も言わずに、老人は自分の責任を全うするべく廃墟を後にした。
残されたのは濃密な闇。
そして、その闇に溶け込もうとするかのように一人佇む男。












雨の金曜日、
閑散とした市立図書館の一階では、しとしとと降る雨の音がひどく大きく響いていた。
窓際に並ぶ読書机の一隅。
シンジは音楽雑誌と家庭料理の本とを積み上げて、
今日はどれを借りて帰るのかをのんびりと吟味していた。

もしかすると雪になるかもしれないな

帰る時の外の寒さを思うと、活字を追うスピードは緩慢になり、自然と腰も重くなるのだった。
学校から歩いてやってくるまでに冷えてしまった手足や顔も今ではすっかり温まって、
ゆったりとした心持ちで少年は本を眺め読んでいた。

、、、、、、、うーん、これなんていいかもしれないな、、、、、、、

少年は『今日の献立 冬野菜特集号』を熱心に眺めていた。
美味しそうに盛りつけられた野菜中心の料理写真とそのレシピ。
少年の腕前でも手軽に作れそうな品が掲載されている雑誌を見つけたのだった。

よし、これは借りることにしよう

週七日、一日二食、少年はきちんと食事を作っていた。
中学生であるシンジにとって、それはなかなかに大変な負担であった。
料理は見た目以上に重労働なんだな、というのが家事を始めた当時の少年の感想だった。
今でも、その意見は変わっていない。

献立の決定。
食材の買いだし。
それと、もちろん、実際の調理。

散々苦労してつくった料理が失敗作だった、などということだって別に珍しくなかった。
最近では、失敗したとしても、なんとかごまかす方法も覚えてきたけれども。
また、なんやかやと疲れている時や、時間がない時は、外食や中食に頼ることだってあった。
けれども、少年の妹は外食するのがあまり好きではないようだったので、
(何故だか少女は外食先ではよく料理を残した)少年はできる限り自分でつくるようにしていた。

思えば、そもそも少年が包丁を握り始めたのはただ一人の家族の為だった。
学校の帰り道、『あーあ、今日もご飯つくらなきゃいけないんだ』、などと思っていても、
なんとかめげずにやってこれたのも彼女の健康を思えばこそ。
それでも、今では、台所でまな板や鍋に向かっている間は余計なことを考えなくてすむので、
キッチンはシンジの数少ない憩いの場所となっていて、料理は趣味になりはじめていた。

そういえば『キッチンは人生の苦悩から開放される唯一の場所だ』って言ってたのは誰だっけ、、、、

思い出せそうで、思い出せないままに、シンジは雑誌から目を離して前方にある雑誌の書架に目を向けた。

驚いて、思わず目を見開いてしまった。
白髪に、薄いグレーのダッフルコート。
少年の妹は近眼の目を凝らしながら、熱心に何か雑誌を探しているようだった。

「綾波、、、、、、何を探してるの?」

レイが一冊の雑誌に手をやったところで、少女の後ろから、そっとシンジは声をかけた。

「、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、碇君」

「ご、ごめん。驚かすつもりじゃなかったんだけど、、、、」

本当はちょっと驚かそうと思っていたのだが、妹の狼狽した様子を見て取って、少年は謝った。

「それで、どうしたの?何か借りるの?」

「、、、、、、、、、う、うん」

珍しく口ごもるレイ。
少年は、ちょっと悪ふざけが過ぎたかな、と一瞬後悔しかけたが、少女の出方を待った。

「、、、、、、、、この雑誌を探していたのだけれど、殆ど借りられているの、、、、、」

「、、、、え?、、、、あ、これ。
これなら丁度僕が見てたところなんだ、あっちに置いてあるから一緒に見ていこうか?」

レイは大きく肯いてから、胸に『今日の献立 八月号』を抱いたまま、シンジの後について歩いた。

「えーと、こっちに積んであるのは全部料理の本だから、気になるのがあったら借りていこう」

正方形の読書机に向かい合って座りながら、シンジはレイに促した。
しばらく積み上げられた本を眺めていたレイは、
やがて一番上に置いてあった本を手にとって、熱心に読み始めた。

シンジは先程まで眺めていた雑誌の続きを読むのも忘れて、妹の様子を不思議そうに見つめた。
自分に輪をかけて感情表現が苦手な少年の妹。
こんなに熱心に何かをしているところを見るのは初めての事だった。

家庭科の授業でもあるのかな、、、、、、

少年の脳裏に幾つかの推測が浮かんでは消えていった。

もしかして、一人暮らしをしたくて、その準備とかで、、、、、いや、でも、まさかそれはないよね、、、
そうすると、あんまりにも僕のつくる食事が不味いものだから、仕方なくとか、、、、

それからしばらく妹の様子を眺めてから、少年は、

「綾波、、、、、、、何か作りたいものでもあるの?何か食べたいものとか、、、、
、、、、、、、その、僕あんまり料理上手じゃないけど、よかったら今度作ろうか?」

と、おさえた声で尋ねてみた。

「、、、、、、、、、、、、、、、、ううん、碇君の作る料理はとても温かい、、、、」

「え?、、、、そ、そうかな、、、、、ありがとう」

温かい?
温かいってどういう意味かな、、、、すくなくとも悪い意味じゃないよね、、、、、、

ちょっと気をよくしたシンジは、続けて訊いてみた。

「えーと、じゃあ、何かあったの?料理に興味がでてきたとか、、、、、」

「、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、」

今度は口をきゅっと引き絞って、レイは黙ってしまった。
余計な事を訊いてしまったかなと、シンジは後悔した。

「、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、私もお手伝い、、、、、、」

「、、、、、、、、、、、、、、、、、、え?」

「、、、、、、、、、、、、、あの人みたいに、食事の支度のお手伝いをしたいの、、、」

「、、、、、、え?、、、、、え?、、、、、、」

目の前の妹はちょっと拗ねているようにも見えた。












受話器を置いてから、リツコは脱力する体を手近にあったベッドにようやく受け止めさせた。
彼女の為に特別に宛われたホテルの一室。
それでもこの三ヶ月というもの、現地の研究所に籠もりっぱなしだったので、
このベッドを使うのは彼女にとって初めてだった。

疲労がこんこんと体から湧き出てくるのが分かって、リツコは自分も年をとったものだとせせら笑った。
数年前までは、どれだけ研究室に籠もっていようとも、倒れるまで疲弊することなど無かった。

それでも兎に角、インドネシアまで来た甲斐はあったのだからと、
珍しくも自分に慰労の言葉を投げかけながら、リツコはそっと目を閉じた。

ローカルMHCと副反応の因果関係をはっきりと突き止めた以上、
後はネルフに帰って、私が『01』に手を加えれば、それで全てが終わるはず。
今回、ミサトが新しく発見した抗原決定基マッピング技術を応用すれば、
地球上からあの忌々しいウイルスを覆滅できるワクチンを生成することも十分可能なはず。
結局、自分が果たさねばならない役目はまだこの先にあるのだ。

そう思いはするのだが、色濃い疲れは体をベッドから離そうとはしなかった。
もう、指一本を動かすのも億劫だった。
閉ざされた瞼がひどく重い。

それでも、眠りは訪れてくれない、、、、

雑多な思考の渦が、誰にも聞かれることのない悲鳴となって、頭の中でうねっているのが分かった。
ミサトの問いかけをようやくはぐらかした時にむけられた視線。
この先、手配するべき様々な手続きの煩雑さ。
禁忌の技術に手を染めた汚れた自分への嫌悪。

なにより、

この数ヶ月の成果に対して、一言の労いを求めていた自分への自嘲。

求めていた相手とは話すことさえ叶わなかった。

おかしかった。

あの男がただ自分を利用しているだけなのだと、誰よりも自分が理解しているつもりだったのに。
このプロジェクトが終われば、
二人を繋いでいたかのように錯覚することができたか細い繋がりさえ消えて無くなるというのに。

それなのに
一体私は何を期待していたというのだろう

笑うしかなかった。

幾ら心の働きを分析したところで、ままならないものが存在すること。

囚われているわけでもなく、、、、、、、、、
どうしても欲しいものがあるというだけ、、、、、、、、

私の理性が激しく拒むものを、私という存在は狂おしいほどに欲している
うつつと幻想の狭間で、ほんの一時、それを手にしたと自分を錯覚させられる瞬間
その瞬間に訪れる崩れ去る理性の音が、背徳の美声が、引き裂かれる現実感が、どうしても忘れられない

その瞬間の色彩が、官能が、音楽が、忘れられない

背負うにはあまりにも重い責務と、はじける一瞬の恍惚
その間を揺れる振り子

、、、、、、、それが、私、、、、、、、



やがてルームサービスに頼んだ睡眠薬が届くまで、
リツコは一人思考の海の中でのたうっているしかなかった。












例えば
人の心に幾つもの部屋があるのだとしても、、、

アタシはこの部屋に留まることを望んだのよ、、、
鍵をかけて回った、あの日を忘れはしないから、、、、、、






取り敢えず目的の物を購入できたので、アスカは駅前の電気店を後にした。
一歩外に出ると、冷たい外気がすうーっと頬を撫でた。
いい加減そろそろ土地勘もしっかりしてきたので、迷い無く進行方向を選ぶ。

ここから家までの道のりを思うと、ちょっと気が怯むのが分かった。
さほどの距離ではない。
それでも、その日の体育が長距離走だったこともあって、少女は多少疲れていた。
そこで、どこかで休んでいこうかなと、商店街を辺りの店を物色しつつ歩いた。

ふと、少女の視線がとまった。
商店街の中程になにやら人だかりがしていて、どうも何かの店の行列のようだった。
列には買い物かごを提げたおばさんに混じって、壱中の女生徒もちらほらと見えた。
一体なんだろうかと、脇を通りながら考えてみるが、肝心の店の前が混みあっていてどうも判然としない。

明日にでもクラスメートに聞いてみよっかな、、、、、、、

「、、、、、、、、、、って、シンジ。あんたなに並んでんのよ?」

十メートルほどの列の最後尾に、幾つもの買い物袋を提げたシンジが立っていた。

「あれ?惣流さん。今帰り?」

「そうだけど、、、、、、、
ちょっと何違和感無く並んでんのよ。アンタ以外みんなおばさんか女の子じゃない」

「え、そう?、、、、、、、、、、、、、、、、、、あ、ホントだ。
まあ、でも、ここの鯛焼きおいしいらしいし、、、、、、、」

「タイヤキ?何よそれ」

「なんでもね、魚のカタチをした生地にあんことかチョコを詰めたお菓子らしいよ。
それで、友達の話だと、ここのがすごいおいしいらしいんだってさ」

「へー、なんだか話だけ聞いてると気味悪いけど」

「そうかな?うーん、確かに鯛焼きってすごい名前だけど、、、、、、。
まあ今晩のデザートにするつもりだから楽しみにしててよ」

「ふーん」

アスカはしばし考えてから、

「、、、、、、、じゃあ、アタシもちょっと並ぼっかな」

と言った。

「え、でも何が欲しいか言っといてくれれば買っておくけど」

「うーん、それがさ、ちょっとお腹空いてんのよね。
なんだかおやつによさそうじゃん、それに作ってるところも見てみたいし」

「そう?二十分くらい待つらしいけど、いいの?」

「ま、仕方ないわね」

そう言ってから、アスカは少年の隣りに並んだ。
それ以上、シンジはとくに何も言わなかった。


「あー、ちょっと荷物重いんだけど、、、、、、、、」

目の前に並ぶ女子高生二人組の背中に目を向けながら、唐突にアスカが言った。

「ん、何か買ったの?」

「プリンターのインクを二つ程ね」

「そうなんだ」、とシンジ。

「重いわねー、あー重い。誰か親切な人が持ってくれないかしら、、、、、」

「そんなの重いわけないじゃないか。こっちこそ重くて大変だよ」

そう言ってから、シンジは両手にもった買い物袋をがさがさと音をたてながら持ち替えた。
その様子を見つつ、アスカは、

「あっそ、、、、、、、、まあ、そこまで言うなら、一つくらい持ってあげなくもないけど?」

と言った。

「別に良いよ、慣れてるし。それに本当はそんなに重い物買ってないんだ、今日は」

「じゃあ、尚更かまわないけど、、、、、、、、。
ほら、一つ貸しなさいよ。アンタにばっか荷物持たせてるみたいで体裁悪いじゃない、、、、、、」

「そう?じゃあ、これお願いしようかな」

と言って、少年が渡したのは一番軽そうな袋だった。
アスカは中を覗きこんでから言った。

「何これ?食パンじゃん」

「そうだよ、明日の朝ご飯」

「なんだ、、、、明日は和食じゃないの」

「うん、ゴメン。和食を毎朝ってのはちょっと無理かな、大変だし。
でも、明後日はご飯にするよ」

「な、なによそれ。別にアタシは和食がいいって言ってるわけじゃないわよ」

「まあいいじゃん。僕も朝はご飯が好きだしさ。なんか落ち着くよね、朝の和食ってさ」


ようやくお店の側まで列を進むことができて、アスカはちょっと後ろを振り向いてみた。
最初は最後尾だったはずが、今では後ろにもずらりと行列が続いている。
少女はわけも分からずちょっと嬉しくなってしまった。

隣ではシンジが窓に貼られたメニューを吟味していて、なにやら考え込んでいた。

「何、アンタ。まだ決まんないの?」

「えー、ちょっと待って、、、、、、、、、、、、うん、決まった」

最後の方は、少女の方に向き直ってから言った。

「なんだかいい匂いがしてきたわね」

「そうだね、ちょっとワクワクしてくるね」

「まったく大袈裟なヤツね、アンタって」

呆れ顔を浮かべながら少女が言った。

少しずつ進んでいく行列。
それまでタイミングを計りかねていたアスカだったけれども、
残された時間を考えたらそうも言ってられそうになかった。

「アンタさあ、こういうのって面倒くさかったりしないわけ?
買いだししたりとか、ご飯つくったりとか、そーゆー家事とかさ、いろいろ。
週末とか、放課後とか、何か他にやりたい事とかないの?」

少年は何か問いたげな表情を返した。

「だからさ、わざわざ日本まで『めしたき』になりに来たわけじゃないんでしょ、って聞いてんのよ」

「うーん。僕の場合はさ、ここに来るより仕方なかったんだ。
それで、家事もまあ、最初は仕方なくしてたんだけど、、、、、、、
今ではどうかな、ちょっとは慣れてきてし、料理は結構好きだし、、、、、、」

「ちょっと待って、、、、、えーと、そうじゃなくって」

と、少年の返事を遮ってから、

「そうじゃなくて、一体何を考えてたら、中学生の男があんな風にご飯つくったりできんのかって、、、。
別に深い意味はないんだけど、、、、、、、」

「あんな風って?どこか変かな僕?」

「別に変じゃないわよ、、、、、
ただ、何考えて料理してんのかしら、ってふと思っただけ。
別に深い意味はないわよ」

「、、、、、、うーん、、、、、、特に何も考えてないかなー、、、、、、」

「嘘つきなさいよ、この間みたくあんな風にニコニコしてて、何も考えてないって、、、、、、、」

そう言ってから、思わず口を覆ってしまう少女。
そんな少女の様子に気付かないかのように、少年は言った。

「え?笑ってるかな、僕?
なんだか危ないなー、我ながら。その内独り言とか言っちゃったりしてね、、、、、、。
でもさ、料理してるとさ、
そういえば綾波ってこれ好きだよな、とかさ、
これって前作った時、みんな無理して食べてたぽっかったよな、とか、
惣流さんはお肉ばっか食べて、栄養偏っちゃうよな、とか、
なんかそーゆー事考えてると、他に何も考えなくてよくなるっていうか。
あれ?、、、、でもそうすると何か考えてるってことか、、、、、」

「なによ、、、、、悪かったわね、お肉ばっか食べて、、、、、、、、、、、、、、」












例えば
アタシの心に幾つもの部屋があるのだとして

ママ、、、、、
ママはアタシにどこに行って欲しかったの?
アタシはここにいて、ここでがんばっていて、それでいいんだよね?







「なんか前にもこーゆー事あったわね」

夕暮れ時の公園。
東屋のベンチで、アスカとシンジは鯛焼きを頬張っていた。
傍らには緑茶とウーロン茶。
相変わらず少年は随分と距離をとって座っていたけれども、
少女は特に不自然とは思わなかった、今度は。
コイツならそーするかな、と思った程度だった。

「うん、そういえばあったね、、、、、あの時は肉まんだったけど」

例えば加持さんなら、もっと気の利いた事を言うんだろう
アタシの様子がちょっと変かなって、すぐに気付いて、でも気付いてるって顔には出さないで、、、、、
アタシの気持の変化はあっという間にばれちゃって
でも、加持さんの考えてる事なんてアタシには何一つ分からない、、、、、、

それに比べて、バカじゃないのコイツって、、、、、、、
夕焼け眺めるだけで、瞳がぐらぐら揺れてるなんて、ホントガキっぽい
他人の側で、そう簡単に気を許すなってーの、、、、、、

「ん?はに、どうはひは?」

「ちょっと頬張りながら話さないでよ、、、、、
別に、ちょっとチョコ味はどうかなって思っただけ」

例えば加持さんなら、アタシの目以外のところを見ることなんてないだろう
話すときは、じっと目だけを見る
目を逸らすのは、いつもアタシだけで、、、、、、
何を考えてるのかなんて、ちっとも読みとれない

それに比べて、コイツはバカでスケベ、、、、、、、
アタシが薄着してると、すぐに視線がちらつきそうになるのが分かる
ま、自制しようとしてるのも分かるから許してあげるけどさ、、、、、、、、
アタシが気をつけてれば、それで済むんだし

例えば加持さんなら、、、、、、、、、

加持さんなら、、、、、、、、

この気持が恋愛感情なんかじゃないって、そんな事はよく解ってる、、、、、、、
憧憬

アタシには無い物
アタシが欲しい強さ、余裕、そういうものを沢山持ってる人
ただ一人
こんな風に泰然としてられたらなって、そう思わせる人

それが、
きっと同姓だからって理由で、リツコの場合は憎んでしまう、、、、、、、
妬ましくて
そんな風に思ってるなんて悟られたくなくて、、、、

ミサトの場合は、、、、、、、、なんだろう、、、、、、、ちょっとよく分かんないな、、、、、、
、、、、、、、そうじゃないか、、、、、、分かってるけど認めたくない、か、、、、、、、

あんな事がなければ、ミサトとももっと違う付き合い方ができてたかな、、、、、、

あんな事がなければ、、、、、、、、、、、


ママ

きっと、悔しかったよね
アタシみたいな子供が死んでいくのは嫌だって、そう言って、あんなにがんばってたもんね、、、、
二人で安心して暮らしていけたらいいわねって、そう言ってたのにね、、、、
家にも帰らないで、きっとすっごくがんばってたんだよね、、、、

あの女にアタシが勝てば、きっとみんなママとアタシを認めるわ

そうしたら、嬉しい?
そうなったら、嬉しい?

アタシがエヴァを完成させたら、きっと惣流の血は凄いって、世界中が認めるわ

そうしたら、嬉しい?
そうなったら、嬉しい?

ママ
アタシ、どうしたらいい?

どうやったら、ママみたいになれる?
どうすれば、ママみたいな目ができるのかな?
どんな風にがんばれば、へとへとに疲れちゃわないのかな?

がんばって、リツコの事を憎み続けようとすればいいのかな?
シンジとレイとは口をきかないようにすればいいのかな?

アタシ、どうしたらいいの?

どうやったら、他のことに興味を持たないでいられるのかな?
どうすれば、ゆらゆらしないでいられるのかな?
どんな風に考えれば、ママみたいな事を言ったりできるのかな?

我慢して、負け犬ばっかのミュンヘンの研究所に戻ればいいのかな?
無理して、アタシを異邦人としてしか見ない国にとどまればいいのかな?

ママ

後何年かして
その時
アタシはどこの国籍を選んだらいいのかな?

ドイツ人になったらいいのかな?
アメリカ人?
日本人?

ママ

分からない事があった時
誰に聞いたらいいのかな?
知りたい事がある時
どーやって聞いたらいいのかな?






























ママ














あの日
おみそ汁作りながら笑ってたのはどうして?
アタシのこと考えてくれてた?
アタシがお肉ばかり食べるのが可笑しかった?

どうして、ニコニコしてたの?
















ママ




アタシね、、、、、、、、、、、、、

アタシね、、、、、、、、、、、、、









「そ、その、良かったら、コレ使って、、、、、、、、」

霞む少女の視界に、少年が差し出したハンカチがぼんやりと映った。
アイロンのかかった、青いハンカチ。














ガキっぽいバカはアタシも同じか、、、、、、、、、、、、、、、




「シンジ、、、、、、ちょっと一発殴らせて、、、、、、、、、、、、、、」

「え?、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、」

どうしよう、、、、、、、、
これからどうやってコイツと付き合っていけばいいのかな、、、、、、、、

「じゃあ、一発だけだよ、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、」

コイツって、一体なに考えてるんだろ?

「、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、嘘よ、、、、バカ、、、、、、、、」












例えば
アタシの心に幾つもの部屋があるとして

開けてみたい部屋があってもいい?

訪ねてみたい部屋があってもいい?






 


 

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( hajimesu@hotmail.com )

 

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