なんだろう

夜中にふと目が覚めた
いつもと違う空気、違う光、違う、、、、、、、、、、音、、、、、、、

恐いくらいに静か、、、、、、、

しーんとしていて、耳が痛い、、、、、、

ベッドを抜け出して、カーテンを開けると、、、、、、、、、、、そこは一面の雪世界

音もなく、しんしんと、、、、、、、、、

音もなく、白く染まりゆく、、、、、、、、、


雪、、、、、、、、、、、、

白い雪、、、、、、、、、、、、

白くて冷たいもの、、、、、、、、

私と同じ、、、、、、、、、、、、、、

溶けると気持いい?
それとも溶けたくはない?

白いままでいたい?
それとも、黒く汚れていたい?

真っ暗な夜空をゆっくりと舞い降りる、白く、淡く、冷たい、モノタチ

色は無く、光は鈍い銀色に変わり眩しく、手に落ちて、そして、一粒の涙になるの



溶けて、、、、、、、、、

雫になる、、、、、、、、、、、



叶わない想い、、、、、、、

交わり、、、、、、

触れ合い、、、、、、

温かい手の上で、、、、、、、、、






溶けて、、、、、、、

雫になる、、、、、、、















She`s so lovely

第十三話








「いも、いも、いも、いも、いもばっかじゃない」

「まあ、そりゃ、ポテトグラタンだからね」

アスカの言葉をあっさりと受け流しておいてから、シンジはテーブルにジャガイモの入った袋を置いた。
『気をつけてね』と言って、レイにボールと包丁を渡して、
袋からジャガイモを二つ取り出し、一つをレイに、そしてもう一つは自分が手に取った。

やがて、しゃりしゃりと、二人が皮を剥く音がリビングに響きはじめた。

「ポテトグラタン〜。
あーあ、何よ、ご馳走作るってコレの事?」

「そうだよ。おいしいんだよ、コレ。
トマトソースとチーズにジャガイモ。
レンジの温度と、後はトマトソースの出来次第でちゃんとご馳走になるよ。
前に作った時、ミサトさんもすごくおいしいって言ってくれたし」

ちらちらと、レイの包丁使いを気にしながら、シンジが答えた。

「、、、、、、、、ふーん、、、、、、、
まあ、ミサトの好物なら仕方ないか、、、、、、、
でもさ、アンタも芋ばっか食べてるから、
いつまでもぬぼーっとして冴えないままなんじゃない?」

シンジの説明を聞いていたら『ちょっとおいしそうかな』と思ってしまったことは言わないでおいて、
アスカはソファーに腰掛けて、それからリモコンでテレビを点けた。
少年は何とも答えずに、ただ手を動かし続けた。

プチプチとチャンネルを回す、、、、、、、
ドラマの再放送、ワイドショー、ワイドショー、大雪のニュース、アニメ、教育番組、大雪警報、、、。

天気図を前に、なにやら神妙な顔をして棒を振り回すキャスター。

「どう?、、、、、、雪、積もりそうだって?」

「ん〜、、、、、、、、、、んー、何年ぶりかの大雪になるかもって」

「そっか、、、、、やっぱり食材買いだめしておいて正解だったよ、、、、、、、、」

ごろりと、剥いたジャガイモをボールに入れて、シンジが言った。
レイもようやく一つ剥き終えて、それをボールに入れた。
とても丁寧に綺麗に剥かれたじゃがいもの姿を見て、少年は妹にそっと微笑みかけた。
レイは慌ててもう一つジャガイモを袋から取り出して剥き始めた。
嬉しそうな、悲しそうな、恥ずかしそうな、そんな表情。

ちらりちらりと、レイの様子を横目で見ていたアスカは、
なんだか自分もジャガイモ剥きを手伝いたくなっているような気分がしてしまって、慌てて頭を振った。

それにしても、時折垣間見せる、あの悲しみの色はどうしてなのだろうかとアスカは訝しんだ。
再びジャガイモ剥きに没入してしまったレイの表情には最早ヒントは隠されていそうになかった。
いつものブラコンっぷりをからかってやろうと思っていたアスカは当てが外れて、少々拍子抜けした。

そこで、アスカはまたチャンネルを回し始めて、今度は「北アメリカのキツネの生態」で止めた。

「ミサトさん、やっぱり雪で困ってるのかな?
ちゃんと戻ってこられるといいんだけど、、、、、、、」

「別に大丈夫でしょ、、、、、まだ道路にはそれほど積もってないみたいだし、、、、、、。
それにしても、よーやく出張から帰ってきておいて
同居人に挨拶もしなければ電話の一本も寄こさないってーのはどういう了見よ、、、、、、?」

「いや、僕にすごまれても、、、、、、、、、、」

「まったく、服を脱ぎ散らかしていくわ、トランクはほっぽっていくわで、
アタシはまたてっきり泥棒にでも入られたのかと思っちゃったわよ」

「うーん、、、、、何か職場で大変な事でもあったのかもしれないね、、、、、」

少年の面差しに何かの影が過ぎって、そして消えた。

『シルバーフォックスの尾の先は白く、これはアカギツネ種の特徴で、、、、、、』

しゃり、しゃり、しゅっ、ごろん。

「、、、、、、、アタシ、、、、、、なんかお腹空いてきちゃった、、、、、シンジ、何かない?」

「え?あ、そういえばもうおやつの時間だね、
お菓子棚に何か入ってるから、ちょっと出してきてくれるかな?」

「ん〜、、へいへいっと、、、、、、」

テレビの電源を消してから、アスカはソファから立ち上がって、キッチンへと入っていった。
ちらりとシンジが視線をレイに向けた。
瞬間、目と目が合った。
慌てて、手元に視線を戻すレイ。
少年はレイの目の奥に落ち着かない何かを見たような気がして、
どことなく今朝から元気がない妹にどうしたのか尋ねてみようかと逡巡した。

「どうかした?、、、、、、、、、ちょっと元気ないみたいだけど、、、、、」

「、、、、、、、、んーん、、、、、、、なんでもない、、、、、、、、、、、、」

「、、、、、そう?」

それ以上突っ込んで聞いてみることは、少年には出来なかった。

、、、、、、、、、、、、、少年には出来なかった。

なにやら鼻歌を歌いながらアスカがリビングに戻ってきた、
手に持ったお盆の上に三人分のお茶とポテトチップの徳用サイズの袋を載せて。

「あれ?なんだか機嫌いいみたいだね、惣流さん」

ミサトさんが帰ってきたからかな、と想像しながら少年が訊ねた。

「は?、、、、、、、、、、、べ、別に良くないわよ、、、、、」

「そう?、、、あれ?惣流さんポテトチップって、、、これもジャガイモだけど、、、、、、」

「何よいいでしょ、好きなんだから、、、、、、、、、、、、、
ん?ははーん、、、アンタって、意外と根に持つタイプなのね、、、、、、、、、」










 

数時間前に日本の地に戻ってきてからというもの、
ミサトはお腹にある古傷が疼き続けているのを感じていた。

それはミサトを封じ込めてきた封印。
醜くひきつった火傷の痕。

その封印を解き放とうとした唯一人の男。
腹上の傷痕が久しぶりに存在を主張し始めた日、
丁度その日にこの男が自分の傍を歩いている事にはなんらかの因果があるのだろうかと、
ミサトは前を行く男の背中を見つめながら思い馳せた。

柔肌に浮き出た皺をなぞるかのように這わされた男の舌と指。

暗い想念を閉じこめた部屋と、とろけるような官能を隔てる壁。
そのなんと薄いことだろうか。
とても薄く、透けるように柔らかでいて、それでいて絶望的なほど確かにその壁は存在し続けた。
在りし日のミサトを疲れ果てさせるほどに、、、、、、、、。

今でも、その壁は私の体の芯を蝕んでいるのだろうか、、、、、、、、、
狂おしいほどに温もりを求め、非情なまでに他人を拒むのは、
それは、、、、、、それは、、、、、、、、、、、

なんという事をこのような状況で考えているのだろうかと、
ミサトにしては珍しく、はっきりとした嘲りの笑みを暗闇の中に解き放った。

「なにかおかしな物でも見つけたのか?」

明かりを手にしながらミサトの前を行く加持が、振り返らずに声をかけた。

「ん、、、別に、、、、、、、、」

「そうか、、、、、何か笑ったような気がしたんだけどな、、、、、、」

「ふーん、、、、、、、、、、、」

さすがにそう簡単には狼狽を悟られずに、

「で?一体どこまで連れてく気よ。もういい加減歩き疲れてきたんだけど」

と、ミサトは問いかけた。

「、、、、、、ああ、この辺でいいかな、、、、、、」

「この辺でって、何にもないじゃない」

「別に何かを探しに来たわけじゃないからな。
人に会いに来たんだ。
ここで待っていれば、向こうから声をかけてくるさ、、、、、、、、」

そう言って、加持は手に持っていたランプを床に置いた。
ランプを中心とした半球状の光のドーム。
辺りに散らばる夥しい数の廃棄された培養槽、焼けただれた床を覆うシート、煤けたむき出しの鉄骨。
最新の設備を整えた施設をこのような有様にした劫火は一体どのようなものだったか。

瞬く間に、ミサトの脳裏に、この地下施設の一隅とかつての我が家の寝室がオーバーラップした。
心に、体に、消えない傷を残した炎。
あの日、自分達一家を襲った火を思って、彼女はその心を凍らせながら佇んでいた。
凍える心を炙る影火。

「ちょっと汚れてるけど、ま、座れないことはないみたいだ、、、、、、、」

ふいに、加持が鉄製のスツールをミサトの目の前に置いた。
加持は煤けたシートをはたいてから、『座ったら』と目で促し、それから自分の分のスツールに腰掛けた。

「、、、、、、、どうしたの、これ?」

非現実感から呼び戻された浮遊感にくらくらとしながら、ミサトが言った。

「ん、ああ、、、、、ほら、あそこに積み上げてあったんだ、、、、、、」

加持が指差した先、ランプの光が辛うじて届く辺りにぼんやりと積み上げられた椅子が見えた。

「後は、魚がかかるまで、じっくりと待つだけかな、、、、、、、」

そう言いながら、加持は暗闇の奥へと視線を向け、
まるで浮きを見守る釣り人のように、微かな微笑みをたたえながらじっと腰を落ち着けた。

「、、、、、、、、、、、、それで、、、、、、、、
結局、、、、、、、あれはアンタの仕事?それとも何かしら、趣味?」

そんな加持の様子に目をやってから、ミサトが問いかけた。

「、、、、、、そうだな、、、、、、どちらかと聞かれれば趣味だろうな、、、、、」

この数年、ミサトの胸に何度も浮かび上がった幻想。
かつての恋人が去った理由、

、、、、、、それは私を解き放つ鍵を探しに行ったのだ、、、、、、、

そういう少女じみた妄想を抱いて、孤独な夜を慰めて生きてきた。
空想の水に乾きを癒された心は、
今度は、幻想を抱いた心に罪悪感と後悔を与えた。
そして、やがてまた孤独な乾きに苦しみ始めると、
その心の奥底にしまわれた願望を元にかりそめの宴を映し出す。
あさましい自分を嘲りながら、、、、、、、。

にやけ顔を浮かべ、真面目に話しかければおどけて答え、ふざけて話せば真面目に答え、
そんなまるで掴み所のない男。

知りたいのは真実。

あの日、
めずらしく真剣な表情でそう言われて、
それ以上、ミサトは加持を追求できなくて、
そして、、、、、、、、、、二人の時計は別の時を刻み始めた。

それなのに、
打ち消しては現れる妄想に出てくるのはいつも同じ男だった。
ミサト自身でさえ破ることの出来ない心の薄膜。
有りとあらゆる手段でもってその膜が破られる瞬間こそ、
ミサトのファンタジーのお決まりのクライマックスだった。

いい年して、ホント、馬鹿ね、、、、、、、、、

もう一度、自分自身を嘲ってから、
やがて呼び起こされるその時まではと、ミサトは目を閉じた。















伝えてはいけないから、、、、、



台所に取り付けられた、小さな窓。

その向こうでは、灰色の空から降り来る雪が踊りを披露していた。

まるで、やがて訪れる地面との接吻の瞬間を、その歓喜の一瞬を、待ちわびるかのように狂い踊る。



抱擁の瞬間が嬉しい?

それとも、溶けて消えるのが悲しい?




少女の問いかけをまるで嘲笑うかのように、黙々と続いていく演目。





求めてはいけないから、、、、、、、





ソウ、、、、、、モトメテイルノネ、、、、、、




「、、、、、、、、綾波?
、、、、、、どうしたの?大丈夫?、、、、、、やっぱりちょっと調子悪いんじゃないかな?」

手に持った木べらをくちに当てて物思いに耽っていたレイは、
隣でまな板に向かう少年の声に、はっと我にかえった。

「、、、、、、、、、、、、、、大丈夫、、、、、、、、、、」

伏せた視線の先にそっと少年を捉えながら、少女は答えた。

「、、、、、、、、、、そう?、、、、、、、、無理しちゃだめだよ、、、、、、、」

「、、、、、、、、、、、、、、うん、、、、、、、、、、、」

木べらでソースパンの中身をかき混ぜながら、レイは一度だけ小さく肯いた。

焦げ付かないようにまんべんなくへらを扱う少女。

やがて立ち上り始める湯気。
その蒸気に包まれて、ほんのりと染まる少女の頬。
ぐつぐつと音をたてて煮えるトマト。
酸味のきいたおいしそうな香りがキッチンに広がっていった。



コワイノ?




突然、窓の外から話しかけられたような気がして、少女は顔をあげた。
湯気にくもった窓。
その幕の向こうで、未だにつづく舞踏会。







コワイノ?

コワイノネ、、、、、、、アナタ、、、、、、、、、、



ヤガテクル、、、、、ソノ『トキ』ガ、、、、、、、コワイノネ、、、、、、、、








そう、、、、、、、そうかもしれない、、、、、、、、

、、、、、、どうだろう、、、、、、、、そうではないかもしれない、、、、、、、、

、、、、、、、、どうなのだろう、、、、、、、、






窓の向こうは、一面の雪世界。

くもった窓越しに見える、まるで笑い転げるかのように降り行くユキ。






クス、、、、、、、

クスクス、、、、、、、、、、、


クスクス、、、、、、、、、、、



コワイノ?


















音もなく開く扉。
開かれた扉の向こう、その部屋の奥に男は腰掛けていた。
長大な事務机の上で組まれた両腕。
その手の向こう側の顔は濃いサングラスに覆い隠されていた。

「失礼します」

そう言って、リツコは所長室へと足を踏み入れた。
いままで数え切れないほど訪れた部屋。
だのに何故か、今、かつてなかったほどに心が引き絞られるのをリツコは感じていた。

リツコは心を落ち着かせながら、広いオフィスの奥へゆっくりと足を進めていった。
ほんの十数歩の道程が、ふと気を緩めるとはるかに伸び、そして不意に急激に近づくかのよう、、、。
努めて男には目線を送らぬようにし、ただその机の上に散らばる書類を見やって歩いた。

やがて、男の前に辿り着いた。
ミサト達に二週間先行して帰国したにも関わらず、
こうして顔を合わせるのは帰国後初めての事だった。

やがて意を決して、リツコは顔を上げ、男と面と向かい合った。

「あの二人には会われないのですか?」

「、、、、、、、、、、、、、、、、冬月が話を聞きに言った。
、、、、、、、、、、私が会う必要はあるまい、、、、、」

「、、、、、、、、、、、そうですか」

「、、、、、、、、、、それより用件を言いたまえ」

特に軽妙な会話を期待したわけではなく、ただ気を落ち着かせるためだけにリツコは二人の事を聞いた。
男の返事にも、さして興味があったわけではない。
とても人を気づかっていられるような、そんな余裕は無かったから。
それが例え唯一人の友人に関わることだとしても、彼女の憂慮は自身の世界を離れることなど出来なかった。

この二週間というもの、
ことさらに目の前の男を避けてきたのは全てこの瞬間の為。
内心では男から訪ねてくることを望まぬでもなかったが、
あらん限りの精神力を使って、リツコは目の前の作業にただひたすら没頭し続けた。

その作業の成果が詰まった銀製のケース。
そのケースをゆっくりと取り出すと、目の前の机の上に置いた。

黒く鈍い光を放つ机と金属のケースが高音を部屋に響かせた。

「、、、、、、、、これで、、、、私は約束を果たしました、、、、、、、、」

男の面が少し持ち上げられた。












「、、、、、、、、やれやれ、よーやくかかってくれたようだ、、、、、、、」

加持の声を合図に、ミサトは閉じていた目を開けた。
隣りに腰掛ける加持の視線を追うと、暗闇の中を移動する光点が見えた。

少しだけ、鼓動が速まるのが分かった。

この劇の最後の一幕を見てみたくはないか?
葛城にはその権利があると思うが、、、、、、、、。

結局、加持はそれ以上なにも詳しい事は言わなかった。
もっとも、それ以上の言葉はミサトには必要なかった。
調査中の現地で渡された一枚のディスク。
その内容から推測していけば、ことの全貌はほぼ推測できたから。

それでも、分からないことはあった。
隣りに立つ男の真意。
少年と少女の反応。

そして、私自身の気持もか、、、、、、、、、

ゆっくりと近づいてくるランプの明かり。
最早、鼓動は落ち着いていて、ミサトはただその時をじっと待ち続けた。

やがて、二つの光源が合わさった時、
そこに現れたのは白衣を着た初老の男、ネルフの副所長冬月コウゾウだった。

「すまんね、、、、待たせたかね?」

「いえ、それほどでもありません、、、、、、、」

まるであらかじめ待ち合わせていたかのように、二人の男が口を開いた。
ミサトはただじっと黙って、男達の表情の変化だけを観察していた。

「そうか、、、、、、、、、、
では、すまんが、もう少しだけ待ってもらおうか、、、、、
すまんが加持君、私にも椅子をもらえんかね、、、、、、、、、、」

老人の話し方はどことなく教師が生徒に話しかけるそれを思い起こさせた。
加持はごく素直に立ち上がって、椅子を取りに行った。

「葛城君、、、、、、、、、」

「、、、、、は、はい」

自分自身がその場に居ることを失念してしまっていたミサトは、
突然の呼びかけに少々驚いてから反応した。

「携帯電話の電波は届いているかね?」

「、、、、、、、、、、、は?、、、、、、はあ、ちょっと待ってください」

予想もしていなかった事を聞かれてミサトは少々狼狽したが、
それでも懐から電話を取りだし、電波状態を確認した。

「、、、、、、、そうですね、なんとか届いているようですが、、、、、」

「そうか、、、、では、すまんが、シンジ君にネルフまで来て貰うように伝えてくれんかな、、、
大事な話があるからと、そう伝えて欲しい、、、、、」

今度の言葉はあらかじめ予想していたものだった。
ミサトは素直に肯いてみせてから、かねてから用意しておいた台詞を取り出した。

「副所長、、、、、、、、
よろしければ、アスカにもお話を聞かせてあげて欲しいのですが、、、、、、、、、」

ミサトには冬月がなんと返事をするかまでは想像がつかなかった。

それでも、これから十数年に及んだ芝居の幕が閉じるのだとしたら、
その場に居合わせなかった事をアスカがどう思うかはミサトには容易に想像できた。
そして、ミサト自身もアスカに期することがあったから、、、、、、、。
あるいは、アスカはこの場に呼ばれた事で自分を恨むかもしれない、そう考えないでもなかったが。

結局のところ、私のエゴなのかな、、、、、、、、、、

そうなのだとしても、ミサトには他の選択肢は与えられていなかった。

あの頃に戻れないなんて、そんなことは分かっている、、、、、、
でも、まだ早すぎる、あんな目をして暮らしていくには、、、、、、

そして、悲しすぎる、、、、、、、、、、、

「、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、ふむ、、、、、、、、、、、まあ構わんだろう」

しばしの間があってから、冬月はそう答えた。

「、、、、、、、はい、ありがとうございます」












「シンジー、電話ー」

ようやく温まったレンジに今まさにグラタン皿を入れようとしていた時に、
リビングからアスカの声が聞こえてきた。

「ちょっと手が離せないから、代わりに出てくれるー?」

「えーー」

それでも直ぐにコール音が止んだので、
恐らく『しょがないなー』とでも言いつつ受話器を取ってくれたのだろうと、シンジは想像して笑った。

少年は慎重にお皿を入れてから、レンジを閉じて、鍋つかみを外し、
それから隣りでアスパラガスのソテーを作っている妹の様子を窺った。
フライパンの柄を握る手は危なげが無く、
生成のエプロンをして、菜箸を手に取り、真剣な眼差しでアスパラをころころと転がしていた。

透き通るような印象の横顔と、鮮やかな緑のアスパラガス。
大きなポケットの付いた生成のエプロンに長い菜箸。
家庭的なその姿がとても絵になっていて、シンジは思わず破顔した。

少年がちょっとした手伝いを頼むたびに、レイは一生懸命にその頼まれごとをこなした。
ちょっとした事にも熱心に取り組むその姿はとても愛嬌があって、
少年はそんな妹の姿を見るのがとても好きだった。
けれども、それと同時に、
あまりにも力の抜き方というものを知らなすぎる彼女に一抹の不安を覚えるのも確かだった。

「どれどれ、そろそろ火が通った頃なんじゃないかな?」

少年がそう言うと、レイは小さく肯いてから、ガスの火を弱めた。
自分の分の菜箸を手にとって、少年は一本のアスパラを摘み上げて、
ちょっと冷ましてから、指で折って半分にした。
先っぽのおいしい部分をレイに渡して、もう半分を自分で味見して、

「うん、丁度いいんじゃないかな」

と言った。
まだ口をもごもごさせながら、レイは肯くと、火を止めて、フライパンをおろした。

「じゃあ、次はこれにかけるドレッシングを作らなきゃね、、、、、、、、。
えーと、そうそう、綾波、ちょっとそこにあるボールを取ってくれる?」

そう言って、シンジはレイの目の前に置いてある空のボールを指差した。

「おっ、いい匂い、、、、、、、
なんだか今日は力入ってんじゃない」

と、アスカがそう言いながら、キッチンへと入ってきた。

「え、、、うん、まあ、ミサトさんもこういうの久しぶりだろうし、、、、たまにはね、、、、、、。
で、電話誰からだった?やっぱりミサトさんから?」

「そうだったんだけど、それがさ、なんか変な事言ってんのよ」

フライパンからアスパラを摘み食いしつつ、アスカが言った。

「アタシとアンタとで、これからネルフに来いって、、、、、、
なんでも大事な話があるからとか言ってたけど、どんな話かは来てからじゃないと言えないとかって、、、。
まったく帰国の挨拶もろくにしないで、いきなり呼びつけるとは何考えてるんだか、、、、」

「、、、、、、、、そ、そう、、、、なんだ、、、、、、、、」

急激に台所が狭くなったかのような圧迫感を感じて、シンジの息がつまった。
ネルフ、、、、大事な話、、、、、、、、、、、。
少年にはその『大事』という言葉が不吉なものに感じられてしかたがなかった。
あるいは、自分がイギリスに帰されるのかもしれない、そう思うと身が凍えた。
瞬く間に、幾つもの不安が脳裏を過ぎった。

少年がその非力な腕で覆い隠してきた真夜中の暗い想像が吹きこぼれそうになるのを防いだのは、
ボールが床に落ちた甲高い音だった。

その音に幾分かの冷静さを呼び起こされて、
少年がレイに視線を向けると、そこには少女の真っ青になった顔があった。
新雪よりも更に透き通るように白い、少女の肌。
その肌からは一切の血の気が失せて、その白い瞳は焦点を失って宙を彷徨っていた。

からからと、しばらく回ってからボールはその動きを止めた。

「ちょ、ちょっとアンタ真っ青じゃない、、、、、」

「、、、、、だ、大丈夫?綾波、、、、、、、、、」

それでも何も答えないレイの手を取ったアスカは、

「、、、、、、、、とにかく向こうで横になんなさい、、、、、、」

と言って、キッチンから連れ出そうとした。

「、、、、、、、、、、平気、、、、、、、のぼせた、、、、、、だけ、、、だから、、、、、、、、」

とても平気そうには聞こえない弱々しい声でレイが言った。
とぎれとぎれの言葉。
少女は俯いていて、その表情を窺うことが出来なかった。

その返事に思わず顔を見合わせたシンジとアスカは、取り敢えずレイを台所から連れ出した。


少女のガラス細工のような手が小刻みに震えているのを、アスカははっきりと感じとった。













どれだけ積もっても、覆い隠せそうにない、、、、、

だから、、、、、、、、、、、引き裂かれそうになるの、、、、、














叶えられることのない願い、、、、、

求めてはいけない想い、、、、、



ベランダから、走り去っていくタクシーを見つめる。
雪靄の中に消えていくテールランプ。
白い雪煙の中、微かな点となってやがて見えなくなる。

吐く息は白く、手摺にかけた手は凍えて赤い。


私には許されないもの、、、、、、、

言えない言葉、、、、、、



ひらひらと舞い落ちる雪。
段々と濃さを増す灰色の空からやってくる、儚き一片の白い花びら。
少女が差し出した掌に舞い降りて、そして、雫になる。


私も溶けてしまえばいい、、、、、、

トケユクココロ、、、、、、


届くことはないから、、、、、、、、


リビングに戻ると、そこにあるのは静寂。
先程までの喧噪はまるで幻。
ポテトグラタンの焼ける香ばしい匂い。
視界を横切る影。

碇君の匂いがする。

そこここに、思い出の影があふれる。

碇君、、、、、、、、。





『誰もが変わっていくの、、、、、、
ただ、変わっていく、、、、、、、、、、、、』





コワイノ?





『不安になった時、きっと見つけに来てくれるから』





コワイノ?





『安心する音を聞かせてくれる 』





ソウ、コワイノネ?





コワイノネ、アナタ



















ヌクモリノオモイデ ガ コワイノネ




ヌクモリ ヲ ウシナウノガ コワイノネ






















『きっと、ぎゅっとしてくれるから 』





無理、、、、、、、、、、、なの、、、、、、、、、、、、、、

溶けてしまうから、、、、

きっと変わってしまうから、、、、、、、

全てを知ったら、きっと、、、、、、、、






コワイノ?






凍える目で見つめられたら、、、、、、、、、

きっと壊れてしまう、、、、、、、







コワイノ?






君は誰?と聞かれたら、、、、、、、、

きっと引き裂かれてしまう、、、、、、、






コワイノ?





背を向けられたら、、、、、、

きっと溶けて消えてしまう、、、、、、、














それでも覆い隠せない想い、、、、、、、

降り止まない雪のように、心からあふれる願い、、、、、、、


碇君の匂い、、、、、、、















ヤメテ、、、、、、、、




ヤメテ、、、、、、、、、































ココロ ガ ハリサケソウナノ
























私にあるはずのない心が、、、、、、、

、、、、、、、、、、、、、、、、心が壊れてしまいそう、、、、、、、、、、、、、


























助けて、、、、、、




















助けて、、、、、、、、






















碇君、、、
























 


 

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( hajimesu@hotmail.com )

 

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