僕は、、、、自分が嫌いで、、、、、、、、、

だから、、、、、、変われたらいいなって、そう思ってて、、、、、、、、、

でも、変われなくて、、、、、、、

僕は僕でしかなくて、、、、、、

僕以外の誰でもなくて、、、、、、

いつか見た鳶みたいに軽やかに空を飛んでいられたらなって、、、、、、、

そう思うこともあるけど、、、、、、、、、

、、、、、、、、、、あるけど、、、、、、、、、



あの日、、、、、、、

、、、、、、、、、、、、、、光を、、、、見たんだ、、、、、、、、、、

揺らめくような瞬き、、、、

青く冷たい光が、、、、、きらきらと瞬いていて、、、、

それは、切ないほどに鋭利な刃となって、、、、、、

僕をぱっくりと切り裂いた、、、、、

それから、、、、、、

その光は哀切に満ちた微笑みを僕にくれた、、、、、

そして、、、、

その光と一緒に僕は自分の心の断面を見た、、、、、、、

、、、、、、、、、、、、、、僕は生きていた、、、、、、、、、

熟れた桃肉のように艶やかな光沢を放って、僕は生きていた、、、、、、、

生臭い臓腑も、さらさらとした血潮も、桃色の皮肉も、それぞれに、、、、、、、

美しくもなく、醜くもなく、、、、、、

ただ、強烈に、生の匂いを放っていた、、、、、、、、





そうして

もう一度、、、、、、君は瞬いた、、、、、

尽きることのない悲しみを湛え、、、、、、

尽きることのない憧憬を抱え、、、、、、


その姿が、、、、、

あまりにも綺麗で、、、、、、

あまりにも切なくて、、、、、、

、、、、、、、、忘れられない残光となって、、、、、、、、

その光は、、、、、、、

いつまでも、いつまでも、僕の心の中で瞬いていた、、、、、、












She`s so lovely

最終話







 

「高度可変領域ですか、、、、、、、、」

話についていけなくなったシンジが呟いた。

「それはつまり、『angel』は抗体に出会うと直ぐに対応抗原を変化させてしまう、ということだね。
この可変部位が従来のウイルスに比べて異常なまでに広い、それが『angel』の特徴なのだよ、、、」

少年の呟きに対して冬月が説明を加えた。
どうにかおおよその意味は掴めたので、シンジは肯いて続きを促した。

ネルフ内の幹部用会議室。
その室内の中央に置かれたマホガニーテーブルを囲む四人に向かって、老人の話が続けられていた。
五人それぞれの前には湯飲みが置かれ、既に冷めてしまったお茶が湯気をたてることはなかった。
お茶を啜り舌を湿らせている冬月の姿が随分とやつれたものに感じられて、
少年は不思議な痛みを心におぼえた。

老人の話は「angel」の特性から、やがてネルフの成り立ちへと移っていった。

その発見と同時に世界に衝撃を与えた「angel」。
衝撃の原因はその中和抗体発見の可能性にあった。
当初WHOがはじき出した数字、実に0.000000001%。
悪魔のウイルスが有する高度可変領域。
それに対応しうるワクチンを作り出すことはおよそ不可能と思われた。

そのような絶望的な状況下、
国立人工進化研究所が国連感染症研究所日本支部に指定されたのには一つの背景があった。

各国の報道陣に発表されたネルフ発足の目的は主に二つ。
エピトープ工学を用いた新型ワクチンのデザインと生成。
そして、「angel」の進化促進研究。

この二つ目の研究は世界各地に作られた研究開発施設の中でも異質のものであった。
通常、宿主を殺さずに繁殖することは、生物に寄生するワクチンにとって、最も重要なことである。
そこで、「angel」に対して、
人類側がある一定の方向性を指してやることで無害化、或いは弱体化への進化を促す。
それがその研究の目的だった。
絵空事でしかない、とまで言われたこの研究計画にWHOは膨大な予算を組んだ。

しかし、実際にはWHO上層部の意志はまったく別の方向を向いていた。
それは人類にとって禁断の技術。
国際法で厳しく規制されている遺伝子クローニング技術を応用したワクチン生成。
進化促進計画を隠れ蓑に、有史以来他に類をみない研究開発が二人の科学者によって始められた。
赤木博士と綾波博士。
二人はそれぞれ遺伝子クローニングとワクチンデザインにおける当時の世界最高権威だった。

「、、、、、でも、遺伝子クローニングの医療利用は、、、、、、、」

話の腰を折ってアスカが言いかけた言葉を冬月が繋いだ。
一瞬、シンジは隣りに座る少女の瞳を見やった。
その瞳の中にいつかリツコに向けられたような激情を見出さずにすんで、少年は静かに安堵した。

「そう、規制は厳しかったがその行為自体に違法性はなかった。
君のお母さんである惣流博士が行っていたプロジェクトも
遺伝子クローニング技術とは切っても切り離せないものだったがわけだが、、、、、。
しかし、赤木博士が考案した計画は国際法に著しく抵触するものだった。
、、、、、、、、、、、つまり、ヒトクローンを使った研究。
それが『evangelion01』開発計画の根幹を支えるものだったのだよ」

冬月の話が段々と核心に向かっているのは間違いなかった。
その場にいる誰もが熱心に耳を傾けているのを感じつつも、
シンジは話が熱を帯びていくにつれて、段々と冷静になっていく自分の心の働きを感じ取っていた。

シンジにとってネルフとは長年見続けてきた悪夢を象徴する場所であった。
その建物に足を踏み入れるまでは高鳴る一方だった鼓動。
息をするのにも困難を覚えるような有様でタクシーを降りた少年。
それが今、段々と落ち着いていくのはどうしたわけだろうかと、少年は自身の精神状態を訝しんだ。

老人の話は少年にとって簡単に理解できるようなものではなかったが、
それでもなんとかついていく事は出来ていた。
それもこれも全て最近読み漁った医療関係の本のお陰だった。

近所に越してきた、赤毛の同い年の女の子。
ミサトが『過去に縛られている』と評する少女。
それでも自分が背を向ける事しかできなかった過去に、その少女は真っ向からぶつかろうとしているように、
そんな風にシンジには見えてならなかった。
目を爛々と燃え立たせて、袖を捲り上げて。
そんな勇ましい姿が少年の心を締め付けた。
それは劣等感を刺激されるが故なのか、あるいはもっと別の何かが理由なのか、少年には判然としなかった。

判然としなかったけれども、何かのきっかけを少女が与えてくれたのは確かだと少年は思った。

それまで堅く閉めていた紐をほどき、両親の成した事、生きた時代を知ること。
少年にとって、それは自然なことに思えた。
ただ少年は知りたかっただけだった、
自分という人間を構成しているものを、その繋がった輪の先にあるものを。

何一つ変われないでいる自分。
紙面に載る『綾波ユイ』という四文字を見るだけで、お馴染みの暗い感情が沸々と湧き出てくる。
それでも、少年は少しずつ、少しずつ、自分の内面と向き合う時間を増やしていった。

新しい生活を始めた街で生まれた大切なもの。

どんなに自分が嫌いでも、どんなに自分が汚く醜いものに思えていても
大事な想いを大切にしたいのなら、知らなくてはいけないものがあるのかもしれなくて、、、、

一つずつ、確かめるかのように、自分を作っているパーツを眺めていく、、、、、
それは、日々の暮らしに目を向ける、、、、、、ということなのかな、、、、、、、

自分の弱さに触れるということが、その先にいる誰かと触れ合うことなら、、、、、、

それでも、今、こうして取り乱さずに話を聞いていられるのがどうしてなのか、少年には分からなかった。
ふとした折りに過去の傷を想起させる単語を聞いただけで、いつだって少年の傷は静かに疼いた。
それなのに、何故だか今は全てがあべこべになったかのようだった。
傷が疼くどころか、むしろ段々と静かに冴えていく意識。

それは、、、、、、、

なんだろう、、、、、、、、、

落ち着き、、、、、、、、、なのかな、、、、、、

まるで異物感がこみ上げてくるような、それでいてひどく体の芯が冷え切っていくような、
そんな見知らぬ感情に揺さぶられながら、少年は自分の膝を強く握りしめた。

きしきしと骨が軋むほど力を篭めて。













「、、、、、、、、、私は約束を果たしました、、、、、、、、、、
、、、、、、アナタも、、、、、約束を果たして下さい、、、、、、、、、」

サングラスの奥に隠された視線が自分に向けられているのを感じながら、リツコが言った。
突き刺さる不可視の視線に自分の瞼が震え縮こまるのを感じた。
そうして、、、、、、
自分が立たされている立場の脆弱さを、彼女は明確に認識せずにはいられなかった。

圧倒的な虚しさに包み込まれた小さな願いの一欠片。

或いは、その欠片も自分の妄想じみた幻想の産物なのかもしれない、、、、、、

そう思って挫けそうになる意識をどうにかやっと引き止めて、
彼女はなんとか視線を逸らさず立ち続けていた。

「、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、」

たっぷりと沈黙を味合わされた後、ようやく男の答えを聞いた。

「、、、、、、、君が何を言っているのか分からんが、、、、
、、、、、、私はどのような約束もした覚えはない、、、、、、、」

思い描いていた通りの台詞。
それでも、それが十分に致命的であることは間違いようのない事実に思われた。

、、、、、、、嘘、、、、、あの時、アナタは確かに肯いたもの、、、、、、、、

そう言ってしまうのは簡単なはずだった。
しかし、その簡単なはずの台詞も、今のリツコには発することが出来なかった。

「、、、、、、、、、用件はそれだけか?」

男の冷徹な物言いに、遂にリツコは瞼を一瞬閉ざした。
それは彼女の敗北宣言ととられても仕方のない動作だった。

「、、、、、、、、、それでは早速コレの組成表を作成してくれたまえ、、、、、、」

そう言って、男は再び頭を元の位置に戻したようだった。
最早、リツコには男の視線が向いた先を特定することはできなかった。
段々と意識が白濁していくのを彼女は朧気に感じ取った。

殆ど無意識に、リツコは机の上に置いたケースを取り上げて、振り返り、部屋の出口へと足を向けた。
自動的な動作で足を運び、やがて扉の前に立った時、彼女の頭を一つの考えが襲った。

このままこの部屋を出れば、それで全てが終わってしまう、、、、、、

そんな事には耐えられそうにもなかった。

「、、、、、、、、、、、、、、、」

耐えられそうになかったが、リツコにはどうしようもなかった。

泣いて、そして、男の膝に縋り付けばいいのだろうか。
脅して、すかして、頼み込めばいいのだろうか。

自分の肩が震えるのをリツコははっきりと感じたが、どうにも止めようがなかった。
こぼれ落ちそうに感じている涙も、それは絶対に落ちることがない故に、彼女の心を押し潰した。




「、、、、、、、、、、、、私にはそれを打つ権利はない、、、、、、、、、」




、、、、、、、、、驚いた。

それは男が見せた初めての人間らしさだったから。
それがどのような感情から吐き出された言葉なのかリツコには判然としなかったが、
振り向かずにぎゅっと目を閉じたリツコの脳裏にある風景が鮮やかに蘇った。

それは、懐かしい思い出。

リツコは理知的な女性だった。
少なくとも、自分自身でそうあろうと努めて生きてきた。
意識の解析と、理に適った振る舞い。
物心ついた頃からの習慣。
それが性なのか、それとも彼女自身の努力の賜なのか、
なんにしてもリツコは我を失うような激情を味わったことはなかった。

かつて一度だけ、リツコはダンスクラブに出かけた事があった。
ミュンヘン留学時代、試験明けの金曜日、ミサトに誘われて二人は街に繰り出した。
何件かの店で飲んだ後、いい加減に酔ったミサトに強引に連れ込まれたのがそのクラブだった。
かつて教会だったという建物を改装して作られたフロアは四層に別れていて、
それぞれのフロアで異なったジャンルのダンスミュージックが流されていた。
二人が選んだのは中二階にある二番目に大きなダンスフロアだった。
薄暗いフロアを落ち着かないライトが明滅し、煙草の煙がたちこめる中、異様なまでに大きく響く音楽。
かかっているのは比較的ポピュラーな種類の曲。
踊っている男女の装いも、他のフロアの客に比べて、比較的普通だった。
性への欲望と、ドラッグと、アルコールの匂い。
リツコはその混沌とした雰囲気にどこか馴染めないものを感じていた。

片隅に置かれたソファに腰掛けて、独りカクテルを飲んでいたリツコ。
その手を取ってフロアの中央に連れ出したのはやはりミサトだった。
周囲には楽しげに踊るドイツ人の若者達。
何をそんなにはしゃぐことがあるのだろうかと冷めた感想を抱きながら、彼女は適当に手足を動かしていた。
ふと、ミサトの様子を窺ってみて、リツコは呆然としてしまった。
けったいな動きで踊るミサト。
周囲の人間から好奇の目線で見られていることにも頓着せずに、
ばたばたと手足を音楽にのせて動かしていた。
そのどことなくコミカルな様子にリツコは思わず笑みをこぼした。

その時、当時流行っていたアップテンポのナンバーがかかった。
フロアに溢れ帰る人々の口から、曲に合わせて歌う声が響いて、
まるでそのホール全体が巨大なスピーカーにでもなったかのようだった。
隣で踊るミサトもなにやら口ずさみながら、額に汗を滲ませて躍動していた。
まるで生命力が奔流となって暴れているかのようなその動きが、リツコにはとても眩しかった。

恥にも外聞にも囚われないでいられる、、、、、、

目の前の女が眩しく見えてリツコの胸を幾つもの感情が過ぎった。
それは、憧れであり、妬みであり、憎しみであり、あるいは親愛であったかもしれない。
そんな感情の揺りかごにあやされながら、リツコは目を細めた。

眩しくて

眩しくて

なんだか、何もかもがただ可笑しく思えた。

可笑しいままに、リツコも手足を揺り動かした。
すると突然、ミサトが肩を組んできた。
まるでミサトの熱が乗り移ったかのように、自然と体が動きだすのが不思議と心地よかった。

そうして二人で飛び跳ねながら、サビの部分を合唱した。
その曲が終わる瞬間まで、わけも分からないままに、ただひたすら二人で笑い合って踊った。

飛び跳ねる度に揺れる視界。
辺りで踊り狂う人々。
青い光線に貫かれながら、
いつの日か自分の姑息な神経が焼き切れる瞬間が訪れるだろうかと、リツコは思いを馳せた。

そうして、もっともっと激しい感情に身を焦がされてみたいと切望している自分に気付いた。

そんな、懐かしい日の思い出の光景。

閉じていた瞼を開けて、

今、

その激情が目の前にあるのが彼女には感じ取れた。
それは目に見えるところにぶら下がっていた。
それまでに男が自分にもたらした快感やら、背徳の声やら、
それら全ての暗い想念から生まれた情熱の先に、、、、。

振り向いて、男の元に駆け寄れば、それで、、、、、、。

不意にリツコが笑った。
ようやく、自分が何に対して焦りを感じていたのかを理解して、彼女は声もたてずに笑った。

そうね、、、、、怯える必要なんてないわね、、、、、、、

自分はこの組織から抜け出すべきなのだと、
全ての責任を果たした今、この街から出ていくべきなのだと、そうリツコは思った。

「、、、、、、、、、次に来た時には、、、、、、、、
、、、、、その時には、きっと打ってもらいますわ、、、、、、、、」

そう言って、彼女は「evangelion05」の入ったケースをそっと撫でた。
冷たい硬質の金属ケースが思慕の名残熱を帯びた指先には心地よかった。

残るべき想いは、きっと残って、、、、、、、
残らざるべき想いは、いつか消え去っていく、、、、、、、、
だから、怯える必要なんてない、、、、、、、

誰も愛せないかもしれないなんて、、、、、
誰からも愛されないかもしれないなんて、、、、、

死者に敵わないかもしれないなんて、、、、
生者を振り向かせられないかもしれないなんて、、、、、

そんな風に怯える必要なんて、、、、、、、
怯える必要なんて、、、、、、、

その先に待ち受けているモノを楽しみにしながら、リツコは目の前の扉を開いた。













上座に座る老人の話を聞きながら、アスカは自分がこの場によばれた理由を考えた。
それは、少女の聡明な頭脳を使ってみるまでもなく明白だった。
少女が向かいに座る同居人に目を向けると、
彼女はただ静かな目線をアスカに返しただけで、直ぐに冬月の方に向き直ってしまった。
その視線はかつての幼かった自分に向けられたものにそっくりだったのに思い当たって、
少女は子供じみた反抗心を心におぼえた。
それと同時に自分の心の働きを自覚して、少女は胸に微かな痛みを感じた。

「、、、、、、、ジェンナーのワクシニアは知っているかね?」

冬月のその問いかけは、少女の隣りに腰掛ける少年に向けられたものだった。
首を横に振る少年の様子にどことなく違和感を覚えて、アスカは首を傾げた。

「1796年、イギリスのジェンナーは牛痘の膿を接種することで天然痘を予防できる事を発見した。
彼はその事実を息子に膿を接種させる事で確かめたと言われている。
これが地球上で最初のワクチン、ワクシニア(牛痘)だよ」

話が進んでいくに連れて、少女は自分の鼓動が速くなっていくのを感じていた。
手足の指先が冷たくなっていき、意識は朦朧としていくのが分かった。
それらは全て老人の話が原因だということも少女は理解していた。
それは二人の科学者についての話が原因なのだと、、、、、、、、。

アスカが日本に留学することを少女が決めたのは、それはミュンヘンに漂うある種の諦観のせいだった。

ネルフが新しく改良されたエヴァを発表する度に、
ドイツでは諦めにも似た雰囲気が色濃く漂い始めていくのを少女は感じ取っていた。
新世紀の救世主としての地位を確固たるものにしていくかのように見えるネルフ。
最早エヴァの開発は奴らに一任してしまえばいいのではないか、そんな声ばかりが耳についた。
意気揚々と入った大学でも、度々訪れていたゲヒルンでも、少女は失望を味合わされただけだった。

失意の度に少女の脳裏に浮かぶのは二人の女性だった。
葛城ミサトと赤木リツコ。
二人の熱意の籠もった目が少女には忘れられなかった。

自分のベビーシッターだったミサトと、その友人のリツコ。
二人が母と熱心に語り合っているのを見ながら、少女は育った。
少ない休日を自宅で過ごしている時や、我が侭を言って連れていってもらった研究所。
せっかく思いっ切り甘えようと思っていた母の自由な時間を二人に奪われて、よく幼いアスカは泣いた。
それでも、困り顔の母の腕に掻き抱かれながら、
三人の話にしたり顔で耳を傾ける一時がアスカは好きだった。
理想に燃え、情熱を傾けて働く母。
その母を慕って話を聞きにくる二人の若い学生。

それは少女にとっての原体験だった。

いつの日か、自分も母の傍に立ちたい、、、、、。
瞳を爛々と輝かせて働くあの人達の傍で、、、、、。

ぬるま湯にも似た環境の中で暮らす内に、少女は段々と日本への憧憬を強めていった。
自分を燃え立たせてくれるような、そんな強烈な熱量を帯びた場所へ、、、、。
しかし、そこは母の名を決定的に貶めた場所でもあった、、、、、、、。

二律背反に苦しむ日々を送り、
それでもいつしか、憂鬱さの中に微かな懐かしさを感じながら、アスカの心は日本へと傾いていった。

やがて、遂に留学を決意するにあたって、アスカには覚悟するべきことがあった。
母に関する噂話や、二人の科学者の功労話。
そんな少女にとって耳にするのも嫌な話題を何度も聞く事になるだろうことを、
少女は覚悟したつもりでいた。

それでも、今、こうして話に耳を傾けているアタシの鼓動が速まるのはどうして?

、、、、、なんだろう、、、、、どうしてだろう、、、、、、、、

少女は自問しつつ、話の続きを聞いた。

「赤木博士の提案したプロジェクトは最先端の技術が応用されている一方で、ひどく原始的な側面があった。
単離したケモカイン(細胞間情報伝達タンパク質)や病原体タンパク質上だけでは、
広大な『angel』の可変部位に対応し得る抗原決定基を生み出すことは不可能に近い。
そこで代替案として考え出されたのがヒトクローン上でのワクチン培養だったのだよ。
ジェンナーが牛の膿から作りだしたワクチンを自分の息子に接種させたように、、、、、
つまり、牛の代わりにクローン人体を使って、
ウイルスを弱毒化させる道を探ろうと考えたわけなのだよ」

話が段々ときな臭いものになっていくのは、その場にいる誰の耳にも確かなことだった。

そんな中、少女は徐々に紅潮していく自分の意識の底に違和感を感じていた。
胸にわだかまった感情の瘤。
その正体を見破れずにただ困惑していた。

「『angel』にはその潜伏期間にも、また発病後の病状の進行においても、
患者によって随分と個体差があることが分かっていた。
赤木博士はこの個体差を利用できないかと考えたわけなのだよ。
その個体差を遺伝子操作によって拡大していくことで、
『angel』の判然としない固定点を識別していき、
更により抵抗力の強いクローン体を作る鍵を見つけだしていく、、、、、、」

怒って泣き叫ぶ事。
そんな卑怯な手で母の名を貶めたのかと、そう罵る事。

それはきっととても楽な選択肢なのだろうと、そうアスカは思った。

周囲の誰かに余裕がある内にさっさとリタイヤしてしまうことで随分と楽が出来る。

そうやって、何度もミサトや加持を困らせてきた事を思って、アスカは胸を痛めた。
子供らしい無邪気な甘えではなく、ひねくれた遠回しの甘え。
そんな自分の精神作用を思って、少女は自分に吐き気を感じた。

自分自身を欺く為にしっかりと無意識の袋を意識に被せてから、ただ感情を爆発させる。

いつだったかな、、、、、そんな自分に気付いたのは、、、、

そうじゃないか、、、、、、、いつだって、気付いてた、、、、、
気付いてたけど、気付きたくない、、、、、、だから、ごまかしてた、、、、、、

でも、、、、、もうごまかすのは嫌、、、、、、、
自分をごまかすのは、もう嫌なの
だって、、、、、、、、アタシはアタシだもの
惣流キョウコの娘じゃなくて、、、、、、、アタシはアタシだもの、、、、、、、、

少女は羞恥心と侮辱感とを同時に感じながら、隣りに腰掛ける少年の言葉を思い出していた。
一発なら殴ってもいいよ、と、そう言った時の少年の横顔。
その横顔。

その横顔が忘れられなくて、それが少女にはとても悔しかった。
恥ずかしくて、侮辱されているようで、それでもどこかほっとしていて、、、、、。

忘れられない横顔。

少年の言葉には、言葉以上の意味があった。
だから、少女は悔しかった。
自分の心を見透かされたようで。
だから、少女は嬉しかった。
温かい想いに触れて。

でも、その横顔が見つめる先はどこか遠くて、、、、、、、、、、
それが、とても悲しかった。

幾重にも自分を囲って生きてきた少女。
心を武装して生きてきた少女。
人の心に手を伸ばすことに、とても不器用で、、、、、、、。
他人に自分の心に踏み込まれたくなくて、、、、、、、。
でも、本当はひどく寂しくて、、、、、、、、、。

その時、アスカの左手にある感触が甦って感じられた。

そして、少女はようやく自分の意識にわだかまっていた瘤の正体を見破った。
幾らかの驚きと共に、自分の左手の掌を眺めやって、老人の話の続きを聞いた。

聴衆が一言も発さずに静かに聞き入る中、老人は淡々と話を進めていった。

最初の体細胞サンプルを採取することに決まった日本人女性。
彼女は感染後半年以上発病していないという、
それまでに確認されている中で感染後最も長く生き延びている人間だった。
同意の元、その女性の体細胞約二千万個が保存された。
五日後、本人は発病により死亡。
翌月、全世界から集められた未受精卵千四百万個それぞれに、体細胞から抽出した核を移植。
以後七年間、毎月平均三百万個の未受精卵に対する移植が行われ、
原体細胞として三千六十七人もの患者の細胞核が使用された。

第一次移植後、三ヶ月以上生命活動を保った細胞の数は十二。
これは以後七十数回行われた移植実験で生き残った細胞の総数とほぼ同数であったことから、
最初期に使用された体細胞の優秀性が窺われた。
その十二の細胞の内、テロメア(寿命を司る染色体の一部分)劣化の見られないものが二つ。
この二つを元に、シグナルシークエンストラップ遺伝子組替えを行い、
両細胞から新たに数十万の体細胞を採取。
その後、数十回に渡る塩基配列書き換えに耐え、
再度の未受精卵移植に成功した体細胞核の数は約二千だった。

あまりにも淡々とした老人の話しぶりに、アスカは背筋が凍えるのが分かった。
それでもなにも言わずに、その先の言葉を待った。

その二千の内、胎児細胞期まで正常に成長したものは四十七人。
更に、その中から羊水槽を出ることができたのは三人。

「やがてその内の二人までは三日と経たずに死んでしまい、
結局、夥しい犠牲の上に生き残ったのはたった一人だったのだよ。
、、、、、、、、、、彼女の名前はレイ」

アスカは眺めていた掌をそっと握った。
まだ感触が残っていた。
マンションを出る前に握った、小さな白い震えた手の感触が。
震えていた小さな手。

その手は本当に儚げに震えていたのだと、そうアスカは思った。
















 

ミサトは後悔していた。
向かいに座る二人の様子を見て激しく後悔していた。
自分の考えは甘かったのではないか、そう思っていた。

少女は俯き、いつもの生命力溢れる表情を隠してしまい、
少年は普段とさほど変わらぬ表情を浮かべ、少年の性格を思えば、それが却って心配だった。

なんとしてでも止めるべきだったのではないだろうか。
まだ子供の二人に聞かせるには、この話はあまりにも衝撃的な内容なのではないか。
ましてや、わざわざ少女を呼び寄せてしまったのは、、、、、、、、。

いくつもの後悔の念がミサトを襲った。

「、、、、、シンジ君」

老人が少年に呼びかける声に、ミサトは息をのんだ。

「、、、、、、、、、、、、、、、、」

少年は視線を向けることで、その呼びかけに答えたようだった。

「私が君のお母さんに頼まれた事が二つあった。
一つは『angel』の脅威が去った後で君を日本に呼び寄せる事。
もう一つは、君に全ての真相を話す事。
後少し、このまま話を続けても構わんかね?」

少年が微かに肯いたのをミサトは見た。

「ユイ君がこの仕事を引き受けた時、彼女は八ヶ月間の産休を交換条件として出した。
どのみちヒトクローンが完成するまでワクチンデザイナーの彼女にはさほど仕事が無かったので、
WHOの上層部はこれを許可した。
しかしユイ君は実際に妊娠していたわけではなく、彼女の思惑は別のところにあった」

結局、続いていく老人の話を遮る事はミサトには出来なかった。
ただ彼女は静かに見守る事しかできなかった。
少年と少女が明かされる現実に潰されてしまわないようにと、そう願いながら。

でも、、、、、

本当は耳を塞いでしまいたいのは、それは、私の方なのかもしれない、、、、、、、

ミサトはそう気付いてから、都合のいい言い訳の為に少年と少女をダシにしている自分を嘲った。

アナタは私にはこの劇の終幕を見守る権利があるって言ったけど
でも、私にはこの場にいる資格なんてないの、、、、、
ないのよ、、、、加持君、、、、、、

私は、、、、、、ただ自分が可愛いだけの人間なの、、、、、

本当はただ癒されたかっただけ、、、、、、
シンジ君やレイやアスカの助けになれたらなんて、、、、、、
それは都合のいい建前だったのかもしれない、、、、、、

また、腹部の火傷が疼くのが分かった。
そして過ぎる過去の影。

『angel』の被害が広がっていくにつれ、
悪夢のウイルスを呼び覚ましてしまったミサトの父の汚名も世界中に広まっていった。
大量虐殺者、人類の裏切り者、ありとあらゆる罵声が家に閉じこもったきりの父に浴びせられた。
敵意に満ちた数々の嫌がらせは何も父にだけ向けられていたわけではなかった。
買い物に行く母にも、通学途中のミサトにも、休みなく無形の暴力がふるわれた。
友人も、知人も、親戚も、全て失った。
落書きされた塀、始終割られ続けた窓ガラス、呪いの言葉を吐き出す電話、
私生活に踏み込み、あること無いことを挑発的に書き立てるマスコミ。
以来、葛城家に笑い声が起こることは二度となかった。

まだ高校生でしかなかったミサトには、突然振って湧いた理不尽な悪夢を受け入れることなど出来なかった。
受け入れられずに、ただ、このような境遇を与える神を呪った。
自分を見捨てた人々を罵り、そして、なによりも、誰よりも、、、、、、、、父を憎んだ。

ミサトが溜め込んだフラストレーションは父と母の他に吐き出す道を見つけられなかった。
何も言わない父と、静かに耐えている母にぶつけた、、、、、暗い想念の塊。
ただ黙っている、そんな弱い存在を虐げることでしか彼女は正気を保てなかった。
そんなことをしても何一つ自分を取り囲む状況が良くなりはしないのだと分かっていたが、
それでも彼女にはどうしようもなかった。

ある日、家を出ていってくれと、二度と帰ってくるなと、そう父に泣いて頼んだ。

その明くる日、夕食の時間になっても、日付が変わっても、父は帰って来なかった。
微かな後悔を胸に眠りについた彼女を呼び起こしたのは、それは身を焦がす炎の熱だった。
不気味な明るさを湛えた部屋には、深夜の闇も差し込まず、ただ炎が舌なめずりする音だけが辺りに響いた。

ようやく死ねる、、、、、、、

それが、目覚めて状況を理解した時のミサトの気持だった。
目を閉じて、再びベッドに横になって、死が訪れる瞬間を待った。

やがて、ミサトの周囲に火勢が及び、彼女の髪や寝巻を炎が焦がすようになって、
ようやく彼女は恐怖を感じた。
その熱のあまりの苛烈さに、もうもうとたちこめる煙のあまりのひどさに、ミサトはただ怯えた。

生きていたいの、、、、、まだ死にたくなんてない、、、、、、、

焼け付くような死への恐怖に途切れ行く意識の中、彼女は父に助けを求めた。

おとうさん、おとうさん、おとうさん、、、、、たすけて、、、、、、、、

まるで泣き叫ぶ彼女の悲鳴に答えるかのように、父が部屋に飛び込んで来た瞬間、彼女は意識を失った。

その後の事でミサトが覚えていることは殆どなかった。
父の後ろ姿。
全身にヤケドを負った父が穏やかに自分に微笑みかけて、一度だけ彼女の前髪をかき上げてから、
再び燃え落ちる家の中に戻っていった、その後ろ姿だけを強烈に記憶していた。
結局、父と母は死んだ。
後で放火だったと聞いた。

出来ることなら一言謝りたかった。
許しを請いたかった。

ひどい言葉を投げかけてしまったことを、、、、、、、。
世界から見放された父の力になれなかった自分を、、、、、、、。

焼け落ちたかつての我が家を見つめながら、ミサトは消せない罪の存在を知った。
ただ一つ焼け残った父の形見のペンダントを握りしめながら、
この世から悪魔のウイルスを消し去ってやろうと誓った。

それから何年もの年月が流れ、ミサトは一人の少年に出会った。
両親を恨み、愛に裏切られたと信じ、人生に絶望している少年。
その少年はそれでも微かな希望を胸に、怯えながら家族の絆の意味を探っていた。
無償の愛の意味も知らず、孤独の影を見て育った子供達。
逃げ出したくなる心を自ら励まし、その震える指先を必死に伸ばしている。

そうして伸ばされたお互いの指先が静かに触れ合うだけで、顔を赤らめ、身を縮めてしまう。

そんな微笑ましい触れ合いを見ているだけで、どこか癒されていくような気がして、、、、、
笑い声の響く食卓が、大切な人への思いやりが、とても眩しくって、、、、、、、、

まるで許しの声が聞こえてくるかのような光景だって、、そう思ってた、、、、、、、

もう聞くことが出来ない声
もう話すことが出来ない人

でも、生きている私は、、、、、、生きている私は贖罪を求めて、、、、、

傷ついた子供達を利用して、、、、、、、、

今、その指先が、その伸ばした手が、引っ込められてしまうのを恐れている、、、、、、
彼等の幼い心に、、、、、
ようやく芽生えかけた絆を
育ち始めたぬくもりを、、、、、、

非情な真実の壁が全てを消し去ってしまうんじゃないかって、、、、、、

痛む胸を抱えて、子供達との触れあいの中で自分が求めていたモノの姿を探しながら、
ミサトは苦悶していた。

あるいはそれは、醜い己のエゴなのかもしれない、、、、、、、
そうなのかもしれない、、、、、、それでも、、、、、、、

ミサトが自分の意識の底を探っているその一方で、老人の話は静かな抑揚とともに続いていった。

赤木博士から計画案を打ち明けられた時から、計画そのものに反対していたユイだったが、
やがてそれを止める術がないと分かった時、自ら計画の中枢に入り込んでいった。
彼女が計画に参加しなかったからとて、替わりになる科学者がいないわけではないのだから、
それはユイにとって仕方のない判断だった。
悩み抜いた末に、ユイが下したひとつの決断。
あるいは偽善かもしれなくて、自己欺瞞かもしれないと悩みながらも、
彼女は自分がなすべきコトを模索していった。
やがて、彼女は虚偽の出産から綾波レイという架空の娘を生み出した。
その戸籍を生まれてくるクローン体に授ける為に、ユイは様々な根回しを行った。

まず、息子のシンジをイギリスに住む叔父に預けた。
その方がウイルスの被害が酷い日本で暮らすよりはいくらか安全であったし、
その幼い口から妹など存在しない事を漏らしてしまう心配も無くなるであろうから。

そして、赤木博士の手により産み落とされた一人の赤子、綾波レイ。
その誕生は戸籍に登記された誕生日のおよそ十一ヶ月後の事だった。
本部には実験体が三体とも死亡したと報告するように夫に情報操作させ、赤木博士にも箝口令をしかせた。
全ては危険な綱渡りに似ていた。

その後、レイの体内の弱毒化されたウイルスを解析する一方で、レイの塩基配列研究も同時に進められた。
度々訪れるWHOの視察官の目をごまかす為に、極端に制限された生活を送ることを余儀なくされたレイ。
ユイはワクチンの完成を急ぐ傍ら、忙しい実験と研究の合間にレイと過ごす一時を大事にした。
それでも、レイは地下深くに作られた実験施設を出ることはほとんどなく、
ユイ以外の人物との接触もないままに齢を重ねていった。

結局、『evangelion01』が完成したのは、
惣流博士の『evangelion02』発表の五年後、当初の計画スケジュールより遅れること実に三年。
これは主に、レイの体内の対応抗原体が安定期に入るのに、
彼女の肉体がある程度成熟する必要性があることが判明したからであった。

当然の事ながら、『evangelion01』完成の公式会見上でも、WHOに対する報告書類上でも、
新薬完成に至る真実の経緯が語られることはなく、綾波レイの存在は秘匿された。

「もっとも、上層部は報告を鵜呑みにはしなかったようだがね、、、、、、、」

冬月はそう言いながら、加持の方へ意味ありげな視線を送った。
一瞬、その場にいる全員から見つめられながらも、男は表情一つ変えることなく悠然としていた。
ミサトには依然として加持の真意を掴むことは出来なかったが、
それでも、もはや彼が本部にこの事実を報告する気がないであろうことだけは確信を持って言えた。
報告する気があれば、その機会は今まで幾らでもあったから、、、、、、、。

あるいはあの日に聞いた台詞は真実だったのかもしれない、とミサトは思った。

『俺はただ真実が知りたいだけさ』

それとも、、、、、と、再び自分の願望を思い描きそうになるのを押しとどめて、
ミサトは再び冬月の方へと顔を向け、話の続きを待った。

老人はそれまでの淡々とした口調を少し落として、ひっそりとした面もちで言葉を続けた。

「ユイ君と赤木博士が地下の実験施設の火災事故で亡くなったのは新薬発表の四ヶ月後のことだよ。
出火原因については、赤木博士が故意に火を放ったからとされているが、これには確証はない。
ただ、ユイ君が私の元を訪れて遺言を残したのが事故の数日前だったことから、
彼女が自分の運命についてある程度予見できた何かがあったのかもしれん、、、、、。
今となってはそれを知る術はないがね、、、、、、、、。
そして、その後、研究は亡くなった赤木博士の娘であるリツコ君に引き継がれたのだよ」

そう言ってから、老人は目の前に置かれた湯飲みを手に取り、お茶を一口啜った。

「ユイ君がどのような思惑でもって、
シンジ君、君に全ての真相を明かすように言ったのかは分からない、、、、、、。
だが、とにかく、これで全ての遺言を果たしたことになる、、、、、、、」

老人はまるで黙祷するかのように目を閉じた。
そして、再び瞼を開いてから言った。

「さて、、、、何か聞きたい事があるようなら、遠慮なく聞いてくれて構わんよ、、、、、、、」

「、、、、、、聞きたい事ですか、、、、、、、、」

その部屋にいる誰もが、少年の発言を待ちかまえているのをミサトは感じ取った。
しかし、少年が次ぎの言葉を口にするまでにはしばらくかかった。

「、、、、、、、彼女の健康状態は大丈夫なんでしょうか?
、、、、、その、、、、今後、発病したりすることはないんですか?、、、、、」

「その点なら心配いらんよ。
無論、彼女は完全な健康体であるし、肉体上私たちと何ら変わるところはない」

「、、、、、そうですか、、、、、、、、、、
、、、、、、、それで、あともう一つ聞きたいんですけど、、、、、
彼女がネルフを訪れていた理由なんですけど、、、、、、、
まだ、これからも、、、、その、、研究というのは続けられるんでしょうか?」

「、、、、ふむ、、、、、
今度、葛城君が新たに『angel』の特性を解明したお陰で、
我々はもはやレイ君に頼らずとも生き延びていけるようになったのだよ、、、、。
彼女もようやくつらい責務から解放されるはずだ」

そうですか、
と答えてから、会議室に沈黙が覆い被さった。
ミサトも何も言わずに、ただ静かに座っていた。

長い沈黙の中、誰もが誰かの言葉を待っているかのようであった。
しかし、誰も何も言わなかった。
その部屋にいる冬月以外の誰もが、その身に受けたものの意味を考えていた。
日も射さぬ地下施設で育った少女がもたらした福音の意味を、、、、。

長い沈黙のやりとりの後、少年が口を開いた。

「そろそろ帰らないといけないので、これで失礼します」

冬月に丁寧に礼を言ってから、シンジは席を立った。

はっきりとした口調で話す少年の姿。
少年の姿をじっと見つめるミサト。
吸い込まれるように、少年の瞳をじっと見つめた。
いつもの怯えた瞳ではなく、その奥底にはもっと別の何かが見えた。

彼女の脳裏でかつての少年の影と重なり合った。

少年のその瞳が思い起こさせた、一つの光景。
いつだったか、シンジと二人で見た夕陽。

少年の瞳の奥にちらつく、震える心でようやく固めた決意。

夕陽を見つめる少年の瞳の奥に浮かぶ小さな叫びが、ミサトの記憶を揺り起こした時、
少年の赤く染まった瞳の向こうに見えた、懐かしい絶望の涙を流した幼い自分の影。
失った絆、なくした微笑み、潰えた希望を思って、涙の池を作ったあの日。
閉じこめていた、封じ込めていた。
その犯した罪の重さ故に、心の牢獄に閉じこめていた幼い自分の影。

失った家族。
失った愛情。
失った絆。
それでも、怯え傷ついた心を奮い立たせて、手をのばす少年。
その姿に、かつての自分を重ねていたことにミサトは気付いた。

もう自分が取り戻すことの出来ない笑顔を、少年には取り戻して欲しかったから。
失ってしまった温もりを、少年には取り戻して欲しかったから。

その背中を励ませば、自分の罪が許されるような気がして
少年のやさしさに、縛られた心が解き放たれそうな気がして、、、、、、

、、、、、確かに、、、、、、、、私は自分だけが可愛いのかもしれない、、、、、、
癒されたくて、温まりたくて、満たされたくて、、、、、、、

でも、、、、、、、

開き直りかもしれないけど、言い訳かもしれないけど
私にも何か出来ることがあるかもしれないって、そう思いたいの、、、、、、、

許されることのない罪なのかもしれないけど
でも、、、、、、、、、私は生きているから、、、、、、、

だから、お父さん、、、、、、私もう行くね、、、、、、、、
きっと、私にも出来ることがあるから、、、、、、、、
私にしか出来ないことがあるって、信じて生きていくから、、、、、、、

私も帰る、と言ったアスカの手を取って、ミサトは少年の後を追った。
部屋を出るときに、冬月に一度頭を下げて、それから加持に目を向けた。
馴染みの男臭い笑み。
その笑顔を見て、ミサトは自分の願望が叶った事が分かった。
男が自分の心に巣くう絶望の膜を切り払ってくれた事を知った。
幾層にも積み重なった時の壁を越えて、懐かしいぬくもりを感じた。

ありがとう

と声に出さずに言って、それからミサトは会議室を出た。











 

ただいまの声が虚しく玄関に響いた。

灯りの消えた家。
きちんと揃えられた靴があるべき場所に無かった。

予感を胸に家に上がった。
ひっそりとしたダイニング。
布巾の下で冷めてしまった数々の料理。
冷え切った空気が漂う居間で誰もが無言だった。

少年は何も言わずに少女の部屋に向かった。

ノックの音に返事はなかった。
ぱちぱちと音をたてて点いた蛍光灯。
誰もいない、ひどく寂しげな部屋。

いつだったか、二人で取り付けた帽子掛け。
そこには何も掛かっていなかった。
まるで眩しいものでも見るように、少年はその帽子掛けを見つめた。

直ぐ傍で語りかけられる女の子の声。
それはなんだかひどく遠いものに聞こえた。
何も答えられずに、少年は台所に向かった。

沢山あった洗い物は一つも残っていなかった。
鍋も、フライパンも、菜箸も、
まるで先程まで少女に使われていた事は夢だったと言わんばかりに、綺麗に磨かれて光っていた。
少年は何も言わないで、静かに立ちつくしていた。

ぎゅっと、手を握りしめた。

食器棚を開いた。
銀色の細身の魔法瓶を取り出して、少年はお茶を煎れ始めた。
こぽこぽとお湯を注いでいたら、誰かに肩を掴まれるのが分かった。

女の子の心配したよう声。
静かに語りかけられるのが分かった。

何か言おうとしたら、喉に何かが突っかかって、何も言えなかった。

緑茶の香りが台所に漂い始めた。
少年は魔法瓶の中を水ですすいだ。

又、何か問いかけられるのが分かった。

少年はもう一度何か言おうとした。
言おうとしたら、胸が詰まるのが分かった。
魔法瓶にお茶を注ぐ手に、一粒、雫が落ちた。

「、、、、、、、、、、、怒ってるんだ、、、、、、、、」

もう一粒、雫が手に落ちるのが分かった。

「、、、、、、、、、、、、すごく、怒ってるんだと思うんだ、、、、、」

ぽたぽたと、雫が手に落ちるのが分かった。

少年はやがて一杯になった魔法瓶の蓋を閉めた。

「、、、、、、、、きっと、自分自身に対して、、、、すごく怒ってるんだと思う、、、、、」

誰かに頭を撫でられるのが分かった。
語りかけられる声に対して、
少年はそれ以上もう何も言えなかった。

少年は自分の部屋に向かった。
コートを着込んでから、魔法瓶をバッグに仕舞った。

玄関に二人が待っていた。

ちょっと迎えに行ってきます

そう二人に言って、少年は扉を開いた。















今、ようやく読み解けたんだ

君に出会って
君の光が
僕に世界を開いてくれた

君に出会って
君の光が
僕に何かを語りかけてきた

閉じていた僕の世界
その殻を破って
この手に触れた
誰かの声
誰かの叫び

誰かの声を初めて聞いた
誰かの温もりを、、、、、初めて感じた
自分以外の声を
自分以外の温もりを

初めて聞く声は
恐くて
恥ずかしくて
、、、、、、、、、、、嬉しくて、、、、、、、、、
僕は、、、、、、舞い上がってしまって

それは君の声
君が放つ光

とても時間がかかってしまったけれど
でも、ようやく
今、ようやく読み解けたんだ

その光の言葉を
その言葉の意味を

僕が生きてきて、見て、感じたものが、僕の世界で
何者の意志でも無くて
それでも僕が生まれてきた意味があるのだとしたら

君の傷を感じて
君の悲しみを見つけて
どうして
どうして一言
平気だよ、大丈夫だよって
そう言えなかったんだろう

君はいつも叫んでいたんだ
声にならない声で
言葉にならない言葉で



この悲しみの降り積もる世界で
誰もが愛に囲まれて生まれてくるわけじゃなくて
誰もが無邪気に愛を信じられるわけじゃないけど

僕も、、、、、、それがどういうものかなんて知らなくて
だから、うまく言えないけど
何て言っていいのか分からないけど


どんな価値があるか分からないけど、けど、僕はここにいるよ

僕には君の鼓動を感じることが出来る
だから、これだけは自信を持って言える
この不確かな世界で
僕だけの宇宙で
これだけははっきりと言うことが出来る

綾波

君は生きてるんだ



 

だから

産声を聞かせて
君の産声を聞かせて

僕のありったけの力で
君の温かい思い出を作るから
溢れ出る甘い香りを作るから

そしていつか

いつの日にか

君の欲しいものの為に
その手を伸ばして
君が信ずる場所へ
その足を向けていって

その小さい手を伸ばして

その白い手をうんと伸ばせば

きっと

きっと





 

雪夜の山道を少年は登っていった。
一歩ずつ、足下を確かめながら。

真っ暗な山道。
雪に照らされ、導かれるように続く道。

その先で、独り震えている人。

その人に会う為に、少年は一人歩いていった。

















        














 

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( hajimesu@hotmail.com )

 

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