それはいつのお話なのか、どこであったお話なのかはもうわからなくなってしまいました。
遠い、遠い昔に聞いたお話だったような気がします。
一人の少年と一人の少女のお話です。
消えてしまった少女はどこへ行ってしまったのでしょうか?
再び少年と出会えることが出来たのでしょうか?
夜の闇に浮かぶ淡く輝く満月を見ると切なさと共にふと思い出す・・・・そんなお話です。




「探し求める温もりと・・・・・」

作:木野神まこと


少年の住んでいるところは都でお金さえ有ればほぼ何でも買えるところです。
そう言う意味では不自由なく暮らせる快適な街です。
その少年、碇シンジは都でも有名な豪商の息子です。
彼の父の名前は「碇ゲンドウ」母の名前は「碇ユイ」と申します。
母はシンジの小さい頃に事故で他界してしまい今は父ゲンドウと暮らしています。
別に生活に苦労するとかと言うわけではないのですが、シンジには生きていくことが辛いと感じています。
厳格な父に育てられた・・・・と言えば聞こえは良いですが、父は仕事に没頭して息子を構おうとしません。
そのかわり父は息子に身の回りの世話をさせるために雇ったヒトをあてがいました。
彼女の名前は「葛城ミサト」と言います。歳は20代後半で明るく元気な感じがする女性です。
彼女のおかげでシンジは元気づけられたりすることもありました。
しかしシンジにとっては寂しさを忘れることは出来ませんでした。
父に見捨てられたと思っているからです。
母が死んだときのことは覚えていないぐらい小さい頃の事なので物心付いたときから
いつも厳しかった父しかしりません。
ミサトはシンジをかわいがってくれますし、親身になって相談にも乗ってくれます。
でもシンジには親の温もりの変わりにはなりませんでした。
そんなミサトにも言えないこともあります。
シンジにはミサトが優しく接してくれることがすごく嬉しく感じます。
だけど・・・・だからこそ、父が構ってくれないことが悲しいのです。


ある日のことでした。


シンジはいつものように何をするでもなく店の庭をとぼとぼと歩いていました。
特にすることがないシンジはそう言う時、いつも倉に入ります。
倉の扉には鍵が掛かっていますがシンジは合い鍵を持っていて重く閉じられた扉をゆっくりと開きました。
倉の中は薄暗いけど適度な光が入って来ます。
シンジは倉の中にいればもしかすればゲンドウが心配してきてくれるかも知れない・・そんな風に考えていました。
当然今までゲンドウは見に来たことはありません。
小さい頃からそうやって来たので今は無意識に倉に足が向いてしまいます。
シンジは倉の中でふと見上げると上の棚にはすごく高そうな壺が見えました。
その壺はゲンドウが数日前外国から仕入れたモノで、お店のお得意さまに売る事が決まっている品物です。
シンジはその壺を見ながら心の中でふと考えました。

『もし、この壺を割ってしまったら父さんは僕を叱ってくれるだろうか?構ってくれるだろうか?』

ちょうどその時ミサトはゲンドウの用事を言いつけられ買い物に出ています。
シンジの側には幸い誰もいません。
きょろきょろと辺りを見回して誰もいないことを確認するとシンジは背伸びをして手を伸ばし壺に触れようとします。

「そこで何をしている」

突然のゲンドウの声に驚いたシンジは慌てて伸ばした手を引っ込めようとしました。
その時です、壺に手が当たってしまい棚から壺が落ちてしまいました。
ものすごい音がします。
シンジは大きく目を見開き割れてしまった壺を青い顔で見つめていました。

「ばかもの!何て事をしてくれたんだ!」

今まで聞いたことの無い父親の怒鳴り声です。
体中が震えるシンジを押しのけゲンドウは割れてしまった壺を拾い集め始めました。
しかしシンジは硬直して動けません。
大きな音を聞きつけて店に働いている人たちがすぐに飛び込んできました。

「旦那様、危ないです私たちが片づけますので」

そう言うと番頭の赤木リツコはゲンドウに代わり破片を片づけ始めました。

「マヤ!!ホウキとチリトリ・・・それから絆創膏を持ってきなさい」

粉々に割れた壺の破片を拾い集めていたゲンドウの指先から血が出ている事に気が付いたリツコは
お手伝いさんの伊吹マヤに絆創膏を持ってくるように指示します。

「はい」

慌ててマヤは倉を飛び出していきました。
ジッとリツコが片づけている姿を見ていたゲンドウは突然立ち上がってシンジに向かい合います。
恐くて恐くてシンジはゲンドウの顔を見ることが出来ません。
俯いたまま、震えるシンジをジッとゲンドウは見ました。

「出て行け、すぐにここから出て行け」

ゲンドウは抑揚のない声で言います。
その言葉で金縛りがとけたかのようにシンジは倉を飛び出しました。

「きゃっ」

買い物から帰ってきたミサトは騒ぎになっている倉に入ろうとしたら
中からシンジが突然飛び出してきて驚きの声を上げます。

「え?え?」

只事では無い雰囲気に驚きながら倉に入って来るミサトにリツコは
大声で叫びました。

「シンジ坊ちゃんを連れ戻して」
「ほおっておけ!」

リツコの叫びはゲンドウの一喝にかき消されたようになりました。
ミサトは呆然と立っているだけ、リツコは驚きの顔でゲンドウを見ているだけ。
他の人もこんなに感情的な主人を見たことがありませんでした。

「あのぉ、先輩。」

ひょこっと顔を出してなにか遠慮がちに声を掛けたマヤだけが状況を把握していませんでした。













シンジはどこをどう走ってきたのかわかりませんでした。
悲しくて、悲しくて、今まで持っていた小さな希望さえゲンドウの拒絶の言葉にかき消されてしまいました。

『やっぱり、僕はいらない子なんだ』

わかってしまった事実に悲しみの涙が止まりません。
いつのまにか街並みは消えて森の中を走っていました。
この森は都の外れにある大きな森で「帰らずの森」と呼ばれています。
深く広い森は一度迷い込んだら二度と出てこれないと言うぐらい広大な森なのです。
シンジはもう誰もいないところに行きたいと思って走っていたので無意識のうちに森に入り込んだようです。
草木が鬱蒼と茂っている中を走ってるので足下も悪く、何度も転がってしまいます。
それでもシンジは走るのを止めません。
絶望、拒絶、後悔・・・・・心の中はぐちゃぐちゃで声をあげて泣くことだけしかシンジには出来ませんでした。
体中に切り傷、擦り傷を作りながら走り続けるシンジの足下が突然崩れました。

「うわぁぁぁぁぁ」

突然の浮遊感に恐怖したシンジが落下したところには川が流れていて、今度は川の中でおぼれてしまいます。
シンジは泳ぎというモノが出来ない所謂「カナヅチ」というやつでした。
初めは助かりたいと流されながらももがいていました。
しかしだんだんとシンジの心の中では絶望がよみがえってきました。

『生きていても良い事なんて無い・・・・ならいっそうのこと』

シンジは次第に抵抗を止め目を閉じました。
絶望のうちに死を受け入れたのかも知れません・・・・・いえ、死に逃げたのかもしれません。







































痛みと苦しさと多量に飲んだ水のせいで気持ち悪さが残っているシンジは川岸で寝かされていました。
目が開いた時、シンジの目には大きな月が飛び込んできました。
大きく淡く輝く月。こんなふうに月を今までは見たことはありません。
でもどこか悲しげに、寂しげに見える月、まるでシンジの心の中を写しているように見えてしまいます。

「う・・・・・・あ・・・・・」


痛む身体のせいでゆっくりとしか起きあがれないシンジは痛みを堪えて立ち上がります。

「・・・・・・寝てたら?」

どこからともなく透き通った清涼感のある声が聞こえました。
身体が思うように動かないのでぎこちなく辺りを見回すと川から顔を出す少女がいます。

「君が・・・・・その・・・・助けて・」
「泳いでたら貴方が流されてたから」

そう言うと少女は川から上がってきます。

「!!!!!」

シンジは少女が身に何も付けていないことに驚きました。
それだけではありません。
すらりと伸びた足にまだ幼さを感じる胸の膨らみ、少女と女性の二つを兼ね備えているような顔立ち。
蒼い、水色の短くカットされた髪、まるで何もかもが透き通っているかのようなシミ一つない白い肌、そして真っ赤な血の色をした瞳。
少なくともこの国にそんな人間はいません。

「き・・・君はいったい・・・」
「・・・・・・・・」

少女は何も答えません。
シンジのすぐ側には着物が置いてあります。
その着物を拾い上げ少女はシンジの目の前で服を身につけ始めました。
突然目の前で着替え始めた少女に驚きと恥ずかしさで思わずシンジは俯いてしまいました。

『ど、どうして・・・・裸で・・・・そんな・・・知らない人の前で・・・・』

「じゃ、さよなら」

そう言うと少女はパニックになっているシンジの側から離れていきました。

「ま、待って!!」

思わず顔を上げてシンジは少女を呼び止めます。
どうして呼び止めたのかはわかりません。
だけど、なぜか少女に側にいて欲しいって感じたのです。

「なに?」

足を止めた少女の表情にはおおよそ何の感情も見あたりません。

「あ、あの・・・・助けてくれてありがとう」
「・・・・別に」
「でも・・・おかげで助かった・・・・」
「そう・・・・よかったわね」

言葉を短く切る少女はさほど興味がなさそうに答えます。
しかし紅い瞳に魅入られるようにシンジの視線はまっすぐに少女を捉えています。


「あの・・・どうして君は・・・・」

思わず立ち入ったことを聞いてしまったと思いシンジは言葉を途中で切ってしまいました。

「・・・・・・・・・・・・・・」
「ごめん」

そう・・・・自分だって言えないことがある・・・・そう思うと再びシンジは俯きます。
それでも言葉を切ってしまうと、消えてしまうのではないかと思い再び口を開きます。

「あの・・・・どこに行くの?」

シンジは俯いたまま少女に聞きました。

「・・・・・ヒトのいないところ」

その言葉がシンジに突き刺さります。

「僕・・・・・迷惑・・・・・なんだね・・・・」

次第にシンジの目から涙が流れ始めました。

「や・・・やっぱり僕は誰からも必要とされてないんだ」

涙を流しながら俯いているシンジをジッと見ていた少女は突然シンジにゆっくりと近づいて来て、隣に腰を下ろしました。
そして月を見上げて小さな口を開きます。

「私は・・・・今まで一人で生きてきた。
 誰からも必要とされてこなかった。
 そして、ヒトの近くにいると不幸が広がる」

「え?」

その言葉にシンジは思わず少女の顔を見ます。

「貴方も思ったでしょ?この髪の色、肌、瞳・・・・ヒトじゃないって・・・・」
「そ、それは・・・・・・」

心の中を見透かされたみたいでシンジはそれ以上は言えませんでした。

「言わなくてもわかるわ、みんなそう思ってるモノ」

少女はまるで他人事のように言いいます。
そして何かを振り切るかのように突然立ち上がった少女をシンジは見上げます。

「異形のモノ、悪魔の子、ヒトは私をそう呼ぶわ」

少女が初めて見せた表情は自笑気味に見えました。
くるりと回って見せてシンジを見つめます。

「貴方も私と関わっていると死ぬ」

ふふふ、と声を出して笑っているかのように見えます。
しかしシンジにはわかってしまったのです、紅の瞳の中にある悲しみを。

「君は・・・・どうしてそんな風に言うの?」

真剣な表情でシンジは少女を見上げます。

「ねぇ、どうして本当の自分を隠すの?」

ますます揺れ動く紅の瞳が少女の動揺を表していました。

「あ・・・・貴方は・・・・なら・・・貴方はどうなの?」

動揺を抑えようと質問し返す少女。
その問いにシンジは今自分の置かれている状況を思い出しました。

「それは・・・・・・・・・」

少女の問いにハッとしたシンジは口ごもってしまいます。

「結局は独り・・・・誰も私を必要としていない」
「親にも見放されて・・・・僕は・・・いらない子だとわかったんだ」

少女もシンジも相手が聞いていなくても良いと思って呟きます。

「なら、貴方は私を必要としてくれる?」

同じように欠けたモノを探しているのなら・・・・・少女はシンジに呟くように聞きます。
そして少女がシンジの目の前にしゃがみこみました。

「え?」
「同じ疵を持った貴方なら私を必要としてくれる?」

思わぬ質問にシンジは驚きます。

「ヒトと離れて私とだけで生きていく?」

少女の瞳には強い意志がありました。
冗談を言っている感じはありません。

「もし、貴方が望むなら私は貴方といっしょにいるわ。でもそうでないのなら・・・・」
「・・・なら・・・・」
「すぐにここから・・・・私の目の前から消えて。」

シンジはどうすれば良いのか迷いました。

「まやかしの希望にすがって生きていくくらいなら私は独りでいい」

心を閉ざした少女、心を閉ざしつつある少年。
少女の言っていることはシンジには痛いほどわかります。
心が傷付き痛いと感じる、それならいっそうの事希望など捨てたい・・そう考えてしまいます。
シンジはいつも誰かに必要とされたかった、誰かと一緒にいたかったと思っていました。
目の前の少女は自分を必要としてくれるかしれません。
なら・・・・どうせ全てを失ってしまうのだから・・・・・・・・。

「僕は・・・・・君と・・・いっしょに・・・・・・・いた・・・・・」

最後の一言を言おうとしたときでした、川を挟んだ対岸にたいまつを持つ人影が突然現れました。

「シンジ坊ちゃん!」
「シンジ様ぁーー」

お店の人たちが探しに来たようです。
こんな森の奥深くまで探しに来るなんて思っても見なかったシンジは驚いた顔で対岸を見ました。

「シンジ!!」
「と、父さん」

向こう岸のゲンドウがシンジを見つけました。
心配そうに見つめるゲンドウに驚くシンジは思わず立ち上がりました。
すっと後ろから少女がシンジを抱きしめます。

「うわ」

驚くシンジは振り返ろうとしますが、少女がそれを邪魔します。

「そこのニンゲン・・・この子は私が貰ったの。貴方は捨てたのだから諦めなさい」

ゲンドウにはその声が恐ろしく冷たく感じました。

「し、シンジ」

手にしたたいまつを掘り投げてゲンドウは川に飛び込みます。
このままではシンジが危険だと感じたのです。
迷い込んだヒトを喰う異形のモノがいると言う噂がゲンドウの脳裏に浮かびます。
妻を亡くし、その上息子が目の前で殺されようとしている。
そう考えてるとゲンドウは死にものぐるいでシンジの元へと泳いでいきます。
川の流れは穏やかですが1分、1秒が長く感じられます。


「さぁ、どうするの?あなたは何を望むの?」

必死で泳いでくる父、答えを求める少女。
シンジには少女と一緒に消えてしまうことが急に恐くなります。
今、目の前に本当に望んだ願いがあるのです。
シンジには少女が自分の望みを奪う存在に感じられました。
だからシンジは叫んでしまいます。

「と、父さん!助けて父さん!!」
「・・・・・・・・・・」

紅の瞳が大きく揺れました。
ゆっくりと瞳を閉じてから薄く笑った少女はシンジを放します。

「え?」
「それが貴方の答え、貴方は独りじゃないもの」

悲しげに笑う少女がいます。
見たこともないような美しい笑顔と瞳に広がる悲しみ。
シンジは言葉を失いました。
心が苦しくて、もしかしたらとんでもないことをしてしまったと思える罪悪感が心に広がります。


「さよなら」
「ま・・・・まって!!君ぃ待ってぇぇぇぇぇぇぇ」

力の限りシンジは叫びますが、少女はゆっくりと後ずさり川の中に吸い込まれるように身を投げました。
慌てて川の縁まで走り寄ったシンジは水面を必死に探しますが川に潜ってしまった少女は再び浮かんできませんでした。
呆然とその姿を見るシンジはただ、立っていることしかできません。
そして目の前に息を切らして川から上がってきたゲンドウが現れました。

「と、父さん」

心配してくれていると頭でわかっていても先ほどの拒絶のせいでシンジは動けないでいました。
そんなシンジにゲンドウはゆっくりと近づいて優しく抱きしめました。

「すまない・・・・・シンジ」

どんなに言って欲しかったか、どんなにかまってほしかったか。
シンジは父親の言葉に胸を熱くして今まで感じていた寂しさを流すかのようにいつまでも泣き続けました。


















数年後、シンジは成人し、父の後を受け継いで店の主人になりました。
今でも暇を見つけては森に入りあの時の少女を捜しています。
シンジの心の中に残る美しく幻想的な少女の姿。
独りで生きていくと言い、誰とも会うこともなく森に暮らしていた少女。
まだ生きているのでしょうか?もう死んでしまったのでしょうか?。
ゲンドウは今まで何回かお見合いをシンジに薦めましたがシンジは首を横に振るだけでした。


「ねぇ・・・・・名前も知らない君・・・・・僕は今わかったんだ、君が必要なんだ。君と出会ったから今の僕がいるんだ。
 だから御願い・・・・いっしょに生きていこうよ。今度こそ君を離さないから」


あの川の前で満月を見ながら呟くシンジ。
ただ、月の光だけがシンジの言葉を聞いていたのかも知れません。




「ねぇ?私を必要としてくれる?」






<木野神まことの言い訳というなの後書き>

まず、綾波展にお越しの皆様初めまして「木野神(きのがみ)まこと」と申します。
ほそぼそとFF(ファンフィクション)を書いています(^^

このお話は昔話風(?)に話を進めました。
異形の少女と絶望した少年。
でも、ほんとうは少年は愛されていたのです。
でも、少女は・・・・・・。
少年が成人してもあの少女を探しています。
少年は少女と再び出会えることが出来たのでしょうか?
それとも少女はいまでも独りで生きているのでしょうか?
最後の声は?
あなたの感じたように考えていただければ結構です。

綾波レイの違った面がみなさまに楽しんでいただければ幸いです。
そしてもしよろしければ感想など送って下されば嬉しく思います。

Please Mail to 木野神まこと


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