前口上







何かの勘違いで、この小説をクリックしてしまったLAS好きの皆様。
同じく、アヤナミストの皆様。
その他、心温まる物語をお望みの皆様。
悪いことは言わない。
早速お戻りなさい。
きっと後悔しますよ。
ここには、甘いラブシーンも、苦い青春もない。
あるのは主に暴力、苦悶の叫び、そして恐怖。
それでもよろしければどうぞ。
あなたがどう思われようと、もはや作者の責任ではありません。






それでは。












いいんですね?
























アスカ こったか
 
(前編)
間部瀬博士 


 一人の少女が、ベッドに横になり、ぼんやりと天井を眺めている。
 彼女は惣流アスカ・ラングレー。人型汎用決戦兵器エヴァンゲリオン弐号機パイロット。
 しかし、その地位はいまや危くなろうとしている。
 エヴァの起動の失敗。第拾六使徒の襲来に対して、弐号機は歩くことすらできなかった。零号機はほぼ単独で戦い、危機に陥った零号機は、結局自爆という選択をせざるをえなかった。パイロットの綾波レイは後に無事を確認されたが、ネルフにとっては、零号機の喪失という重い損失が残った。
 アスカはどん底の精神状態にあった。葛城ミサトのマンションからはとっくに家出していたが、最近まで居候していた洞木家は疎開の準備に忙しく、アスカの相手をしていられず、やむなく今はネルフ内の宿舎に閉じこもり、無為の日々を送っていた。
 今日もアスカはなにもする気力が起こらず、ひたすら寝転がったまま物思いに耽るのだった。
 アタシはこれで終わりなの?バカシンジに負けっぱなしで終わるの?そんなのいや。でも今のアタシになにができる?もう一度シンクロできるようになるにはどうしたらいいの?誰も教えてくれやしない。加持さん、加持さん。シンジの言ったことは本当?死んでしまったって本当?
 その時、携帯電話の着信音が鳴った。ネルフ専用の特殊回線を使用したものだ。何だろう?うるさいわねえ。
 アスカは物憂げに携帯を取った。「はい」
「アスカか?」
 その声を聞いた途端、アスカは跳ね起きた。
「加持さん?」それは予想だにしなかった加持の声だった。
「そう。おれだよ、アスカ。元気かい」
「う、うん。全然平気。ぴんぴんしてるわよ」
 アスカの目に涙が滲んだ。
「そいつはなにより。そっちは色々大変だったようだけど、挫けるんじゃないぞ」
「うん。アタシ、頑張るから……。そんなことより加持さん、生きていたのね!……うれしい」
「おれが死ぬわけないだろう。ゆっくり話したいところだけど、あんまり時間がないんだ。実はアスカに頼みたいことがあるんだよ」
「何?アタシ、加持さんの頼みなら何でも聞く」
「実はおれ、微妙な立場にいるんだ。アスカなら解ってくれると思うけど…。ちょっと表に出られないんだよ」
 アスカの頭脳がフル回転した。
「ネルフにも秘密の用事ってことね?」
「さすがアスカ、解りが速い。これは、アスカにしか出来ない、とても大事なことなんだ」
「解ったわ。加持さん。なんでも言って」
「ありがとう。アスカ。でもこれは、電話じゃちょっと言えないことなんだ。二人だけで会わないか?」
 ふたりだけで。この一言にアスカはときめいた。
「やる。絶対やってみせる」
「今どこにいるんだ?」
「ネルフの中」
「じゃ、そこからこっそり外出する方法を教える。メモを取るんじゃないぞ。しっかり憶えるんだ」
 アスカはその方法をきっちり頭に詰め込んだ。
「じゃ、おちあう場所は…壱中のそばに公園があったろう?そこでどうだ?」
「いいわ。わかった」
「愛してるよ。アスカ」
 その言葉を最後に電話は切れた。
 心臓がどきどきしている。聞きたくて仕方なかったその言葉、『愛してるよ。アスカ』。アスカは何度もその言葉を反芻し、うっとりしながら約束の時を待った。

 深夜、人気のない通りを歩いて行くアスカ。夜風がさわやかだ。アスカは第壱中学の制服に身を包み、約束の公園に向けて歩を進めた。
 人っ子一人いない公園。アスカは街灯に照らされたベンチに座り、期待に胸膨らませてあたりを見回した。
 その時、後方から突然鼻歌が聞こえた。アスカは驚いて振り返った。
 それは、だれもが知る有名なメロディー。ベートーヴェン作曲・交響曲第5番「運命」、冒頭の八つの音。
 その人物は、闇の奥から街灯の光の中へ、ゆっくりと歩み寄って来た。
「この曲はたった四つの音からなる動機で、すべてを成り立たせている。それでいてちゃんとソナタ形式にしているんだから、ベートーヴェンはリリンの中でもとびきりの天才だねえ」
 なによコイツ。アスカは警戒心も露に、この突然場違いなことを言う少年を見つめた。
 少年はアスカの前に立った。街灯の光の下、少年の顔がはっきりと見える。
 彼の髪は蒼い。目はルビーを思わせる赤。アスカと同じ第壱中学校の制服を着ている。
 こんなヤツいたっけ。アスカは少年をじろじろと観察した。ファーストの親戚?
「なによアンタ。ナンパのつもり?」アスカは怒気を含ませた声で彼に尋ねた。
 少年は、悠然と微笑みながらアスカを見下ろし、言った。
「惣流アスカ・ラングレーさんだね?」
「なによ。人の名前を聞くんなら、先に自分の名前を言いなさいよ!」
「それは肯定と受け取ったよ」
「アンタねぇ。アタシは人と会う約束をしているの。さっさとどこかに行きなさいよ!」
「愛してるよ。アスカ」
 アスカは目をみはった。それは、先刻聞いた加持の声に瓜二つだった。
 アスカは危険を感じ、立ち上がろうとする。が、それより速く少年は右腕を伸ばし、アスカの両のこめかみを挟み込んだ。
 それは、目にも止まらぬ速さだったので、不意を突かれたアスカは避けられなかった。アスカはあっと小さく叫んで、その腕を掴んだが、その力は異常に強く、びくともしない。
「つかまえた」
 その指先から何かが放たれた。
 次の瞬間、アスカの意識は闇黒の中へ沈んでいった……………。


 アスカは、ふいに目を覚ました。急速に意識がはっきりしてくる。そして、自分が眠り込む前に何が起きたかを思い出す。大きく目を開けた。
 見知らぬ天井が見えた。薄暗いが、部屋のどこかに光源があるようだ。アスカはそっと上体を起こし、あたりを見回した。
 それは、一言で言えば、20世紀初頭の洋館風建築を思わせるもの。部屋は正方形をなし、広さは6メートル四方ぐらいか。白い漆喰の壁は腰の辺りまで、木製のパネルで覆われている。天井には、簡素な鈴蘭型のフードを付けた電球が、放射状に拡がる照明器具が一つ。ただし今は点いていない。床には木のタイルが市松模様に敷き詰められている。全体にこれと言った装飾はない。片隅に背の高いスタンドが置かれ、これが点灯して、唯一の光源となっている。
 アスカが今まで寝ていたのは、年代を感じさせる豪華なベッド。精妙な彫刻があちこちに施され、高級感がある。ふかふかした快適な枕が載っているが、上に掛ける物はない。
 ドアが部屋の四方にそれぞれ一つ。いずれも重量感のある木製のドア。
 窓は一つもない。
 周囲からはなんの物音も聞こえてこない。死んだように静かだ。
 アスカはざっとこれだけ見て取ったが、急に自分の体の事が心配になった。
 服装は気を失う前のままだ。アスカはおずおずと自分の右手を下着の中に差し入れ、まさぐってみた。
 どうやら、何もされていないようだ。
 アスカはほっと息を吐き出すと、ベッドから立ち上がった。靴を探す。あった。ベッドの下にきちんと揃えて置かれてある。
 アスカは靴を履きながら、今の自分が置かれた状況を考える。
 どうやら誘拐されたみたいね。まったくアタシとしたことが。なんとかして逃げ出さなきゃ。それにしてもあの誘拐犯、いったいどんな技を使ったのかしら?
 アスカは、まず天井の明かりをつけようと思い、周囲の壁を調べてみる。しかし、隈なく調べてみたが、スイッチはどこにも見当たらなかった。何よ。あれは飾りってこと?
 次にアスカは、四つあるドアを調べ始めた。どれにも鍵は掛かっていない。間抜けな誘拐犯ね。さあ、逃げて下さいって言ってるみたいじゃない。どこかから監視してるようにも見えないから、歩きまわって、出口を探してみるわ。
 その時、遠くからかすかに、女の笑い声が響いてきた。
 アスカは身動きを止め、じっと物音に聞き入った。
 続いて男の笑い声が聞こえてきた。
 あれは、敵?味方?アスカは迷った。
 足音が響いてきた。それは、だんだんと音量を増す。近づいてくるのだ。
 アスカは危険を感じ、身を翻すと、足音とは反対の方向にあるドアから素早く外へ出た。
 薄暗い廊下。小さいが照明が点いている。廊下の両側にいくつかのドア、奥は行き止まりになっていて、そこにもドアがある。アスカは迷わず一番奥まで進んで、その部屋に入った。
 それは、さっきまでアスカがいた部屋とは、ベッドがないのを除くと全く同じだった。スタンドの他にはなにもない部屋。アスカは適当にそのうちの一つのドアから、出て行く。また同じだった。次の部屋。同じ。そこを出るとまた廊下。部屋。部屋。部屋。アスカは幾度も同じような部屋と廊下を出入りした。
 変よこれ。いくらなんでも同じ部屋ばっかりってことないじゃない!
 そしてアスカはさらにおかしな事実に気づく。これまでのところ、ただの一つも窓がないのだ。
 アスカは立ち止まって考え込んだ。このままじゃいつまで経っても出られそうもないわ。ここは一種の迷宮。対策を考えないとダメよ。そうよ。迷宮といっても広さは無限って訳じゃない。ひたすら真っ直ぐ行けば、いつかは端に辿り着くわ。そう方針を固めたアスカは、今自分が向いている方向へ真っ直ぐに歩き始めた。
 部屋。部屋。部屋。廊下。部屋。廊下。………………
 アスカはかなり長い間、一方向に向かって歩いた。だが、一向に目的地には辿り着けない。
 部屋。廊下。部屋。部屋。廊下。部屋。………………
 少し疲労を憶え始めた頃、ある部屋のドアを開けると、アスカは愕然とした。
 その部屋にだけは、ベッドがある。しかし、それは先刻までアスカが寝ていたものと同じだったのだ。 アスカは念のため、そのベッドに近づいて調べてみたが、同じ場所に全く同じ疵がある。
 アスカは思わず舌打ちした。元いた場所に戻っちゃったじゃない!
 いったいどこで間違えたのか、アスカにはわからなかった。
 砂漠であてもなく歩くと、元いた場所に戻るって話、聞いたことがあるわ。これもそれと同じよ!
 無理やり自分を納得させると、また、同じ方向目指して歩き始める。
 廊下。部屋。部屋。廊下。部屋。
 ぎょっとして立ち止まった。そこに信じられないものを見た。
 あのベッド。それがまたしてもあるのだ。背筋に冷たいものが走った。
 あれから、大して歩いてない。なのに同じ場所に戻るなんてあり得ることじゃないわ。
 アスカはぐっと唾を飲み込んだ。湧き上がりそうになる恐怖を押さえつける。
 あれが、本当に同じベッドかどうか判ったもんじゃないわよ!
 駆け寄って疵のあった場所を調べてみる。しかし、アスカの期待もむなしく……、同じ疵は、あった。
「ひっ!」とうとう声を上げてしまった。
 恐怖に飲み込まれそうになるアスカ。震える体を必死に押さえつけた。
 落ち着け!落ち着くのよ、アスカ!疵だってたまたま似てるだけかもしれないじゃない!
 数回、深呼吸を繰り返す。胸の動悸はまだ収まらないが、やや落ち着きを取り戻す。
「落ち着いて…落ち着いて…」
 自分に言い聞かすようにして、次のドアに手を掛け、開けた。
 またしても同じベッドが、あった。
「いやぁっ!!」
 アスカはドアを閉め、背中をそれに預けた。目の端に涙が浮かんだ。
 どうなってるのよ、ここ。変よ。絶対変よ。でもここにいても駄目。なんとかしなきゃ。
 アスカはもう一度そのドアを開け、中に入り、ベッドを調べてみた。
 やはり同じ疵。思った通りだ。気力が急激に萎えそうになる。どさっと、ベッドに腰を下ろした。
 駄目よ、駄目。アタシは惣流アスカ・ラングレー、栄えあるエヴァ弐号機パイロット。こんなところでへたってる訳にはいかないのよ!考えるの。考えるのよ……。
 まず、ここが元の場所かどうかってことよ。目印はベッドの疵しかない…。そう。だったら目印を作ればいいのよ。
 アスカは立ち上がると、傍らにあった枕を掴んで、部屋の中央までくると、床に落とした。これではっきりするわよ。
 大きく二三度、深呼吸をした。行くわよアスカ。
 次のドアノブを掴むと一気に開けた。
「いやああああああああああ!!」
 その目が見たものは、恐るべき光景。床のまったく同じ位置にある、一個の枕。
 アスカは遂に恐慌を来たした。周りにあるドアを手当たり次第に開け、覗きこむ。
 そのすべてに、同じ枕が同じ位置にあった。
 恐怖の叫びを上げながら、アスカは駆けた。ただ闇雲に、床の枕を蹴散らしながら。
 もはや廊下は現れなかった。打ち続く部屋、部屋、部屋……。枕、枕、枕、枕、枕、枕……。
 やがて、アスカの体力は限界に近づいた。走る気力はもうなく、ふらふらと歩きながら、それでも一つの方向を目指した。しかしそれも遂に終わりが来た。ある部屋のベッドに、アスカは突っ伏した。そして胎児のように丸くなり、激しく泣きじゃくった。


 それから、どれほど時間が経っただろうか。アスカはがたがたと震えながら、同じ姿勢のまま目を瞑っていた。涙はすでに涸れていた。
 助けてママ。ママ。こわい。こわいのよう……。
 そこには普段の、勝気な少女の面影はなかった。あわれに助けを乞う、弱々しい子供の姿だった。
 ふと、自分の同僚の、冴えない少年の顔が、脳裏に浮かんだ。
 バカシンジ。あんたでもいい。助けてよう…。前にも助けてくれたことあったじゃない……。
 加持さん。加持さん。アタシのナイト。来てよう。アタシを抱きしめてよう……。
 その時、再び遠くから、あの女の笑い声が響いてきた。それに被さるように男の笑い声が……。
 アスカは目を開けた。
 もう敵か味方かなど、どうでもよかった。ただただ自分以外の人に会いたい。その衝動が彼女を衝き動かした。アスカは床に降り立つと、その声の方向へ歩み出した。
 ドアを開けると、お馴染みの部屋だ。アスカはそこで立ち止まって、じっと耳を澄ました。
 かすかに話し声が聞こえるが、内容まではわからない。アスカはその方向に向かって行く。次の部屋に入って再び耳を澄ますと、さっきよりは大きく聞こえてくる。近づいているのは間違いない。
 さらに次の部屋に入ってみる。そこで、アスカははっとして足を止めた。
 依然として声は聞こえて来る。しかし、それは女の声のみで、ある種の艶を帯びて……。アスカの顔が赤くなった。それは男女の営みの……。
 アスカはゆっくりと静かに、声のする方へ歩んだ。次の部屋へ…。次の部屋へ…。
 ある部屋で、アスカは立ち止まった。声が近い。明らかに隣の部屋に声の主がいる。
 それは、性感の昂ぶりをあからさまに伝える女の声。それに重なるように、男の荒い息が聞こえて来る。
 好奇心が恐怖に勝った。アスカはそっとドアに近づくと、静かに、静かにドアを開け、慎重に中を覗きこんだ。
 ベッドの上で、裸の女が跳ねていた。長い、ウェーブのかかった黒髪が、女の動きにつれて跳ね上がった。アスカのいるのは、女の背中側だったので、その顔は見えない。女は、裸の男の腰あたりに跨り、盛んに上下動をしているのだ。その度にあがる女の嬌声に、アスカはなにか動物的なものを感じ取った。アスカは微動だにできずに、その光景を見つめていた。
 そして、アスカはある事に気づいた。
 女の声、姿は自分の良く知った、ある人物に似ている。すると下になったあの男は……。
 まさか……。そんな筈ない……。あり得ない……。
 そう心の内では否定するが、ややあって女は、致命的な一言を口にする。
「加持ぃいい……」
 アスカは愕然とし、思わず「ひっ!」と叫んでしまった。すかさず口を手で覆った。
 その瞬間、女はぴたりと動きを止めた。
 アスカはしまったと思いながらも、体は硬直したように動かなかった。
 女はゆっくりと振り返った。アスカと目があった。口ににやりと笑みを浮かべた。
「アスカじゃないのお」
 ネルフ作戦部長葛城ミサトは下の男にむかって言った。
「加持ぃ。ちょっち邪魔がはいっちゃった」
 下の男は上体を少し持ち上げ、アスカの方を見、ため息をついて、言った。
「アスカ。こんなところを子供が覗いちゃいかんなあ」
 その男は、アスカの想い人、加持リョウジに違いなかった。
 アスカは、蛇ににらまれた蛙のように、一歩も動けなかった。
 ミサトは名残惜しそうに、自分の体の中にあるモノを引き抜くと、ゆっくりと立ち上がり、床に降り立った。豊満な胸がぷるんと揺れた。そして裸のまま、なんの躊躇いもなくアスカに向かって近づいて来た。加持も同じようにアスカに近づこうとしている。
「こんな時間にいったいなにをしているのかな?」
「ここは、君のような女の子が来ていい場所じゃないよ。アスカ」
「いけない子ねぇ」
「君は悪い子だ。アスカ」
 アスカは今やがくがくと身を震わせながら、二人の姿を見つめていた。
 いつもの二人じゃない。本能が危険を告げていた。
「おしおきが必要ね。加持」
「おしおきが必要だな。葛城」
 二人は両手をアスカに向かって伸ばした。
 アスカは踵を返し、全力で逃げ出した。
 ドアからドアへ、必死に駆け抜けていった。恐怖の悲鳴を絶え間なく洩らしながら。後ろからミサトが追いすがって来る。その口には、狩を楽しむかのように、笑みが貼りついていた。
 一つの部屋に駆け込むと、驚いたことに加持がいた。どこをどうやって先回りできたのか。
 加持は正面からアスカを抱き止めてしまった。後ろからミサトが追いつき、がっしりとアスカの肩を掴んだ。
「おいおい、アスカ。逃げることはないだろう。別に取って食おうってんじゃないんだから」
「そうよん。アスカ。あたしたちの仲じゃないのさあ」
 二人は不気味に笑いながら、アスカに猫なで声をかけた。
「違う!違う!あんた達は、本物じゃない!」
 アスカは涙目になりながら、必死に反抗した。
 加持は、笑みを浮かべつつ、強い力でアスカを後ろむきにし、無慈悲にも羽交い絞めにした。
「そんな事いっちゃいけないよ。アスカ。君はまだまだ子供だなあ。そろそろ大人にならなくちゃ」
「そうよん。アスカ。あたし達が大人にしてあげる」
 ミサトはそう言うと、アスカの頬に軽く口づけした。驚くアスカ。
「ねえ、あたしが先でいい?」ミサトが加持に訊ねた。
「いいぞ、葛城。ただし、後ろはおれがもらう」
 ミサトはにやりと笑って、二三歩退がり、自分の体をアスカに見せつけた。
 アスカは信じられないものを見た。恐怖の叫びがあがった。
 ミサトの股間には、黒ずんだ巨大な男根が隆々として聳え立っていた。先端がぴくりと動いて、一つ目がアスカに向き合った。
 アスカの意識がすっと遠くなった。




 ………ここは、どこ?
 アスカは目を覚まし、またも見知らぬ天井を眺めた。
 そっけないコンクリート剥き出しの天井。ありふれた二本の蛍光灯。
 知らないところ……。
 アスカは意識がややはっきりしたところで、自分の体をずらそうとしてみた。
 腕が動かなかった。
 愕然とした。縛られているのだ。アスカは力を込めて、拘束を破ろうとする。しかし、ベッドの枠をなす鉄パイプに厳重に固定された手首は、まったく動こうとしなかった。両足首も同じように縛られ、アスカは大の字の姿勢に固定されていた。
 やっぱり誘拐されたんだ、アタシ。いやだ。帰りたい。死にたくない。だれか助けて。
 アスカの目に涙が浮かび、やがて端から下へ流れ落ちていった。
 とその時、視界の隅に小さな人の姿を捉えた。
 アスカは首を横に向けて、その姿をはっきりと見た。
 それは、小ぶりの椅子に腰掛けた三、四歳くらいの女の子だった。可愛らしい濃紺のブラウスに揃いのスカート。白いソックスに赤い靴。特徴的なのは、その髪、その目。おなじみの蒼い髪に紅い目。じっとこちらを見ている。
 ファーストの妹?そんなの聞いたことない。敵なの?味方なの?アスカはとにかく話かけてみることにした。
「こんにちは」
「……………」
 返事はない。
「あの、お嬢ちゃん。いくつか聞きたいことがあるんだけど…」
「……………」
 少女は身じろぎもせず、黙ってアスカを見つめていた。その顔にはなんの表情も表れていなかった。
「あの、この縄解いてくれないかな?」
 相変わらず少女の反応はなかった。なによ、この子。口がきけないの?
 アスカはできるだけの笑顔をしてみせて聞いてみた。
「じゃ、ここがどこか教えてくれない?」
「わたし、ここで見張ってるように言われただけだから」
 初めて少女が口を開いた。ひそやかに、抑揚なく。
 アスカは失望した。やっぱり敵の一味なのね。
「あなた、セカンドチルドレンでしょ?」
 初めて少女の方から話し掛けてきた。
「え、ええ、そうよ」
「でも、もう違う」
 アスカは少女の意外な言葉に驚く。
「あなた、なにを言ってるの?」
「碇司令が言った。セカンドはもう用済みだって」
「なんですって!」
「赤木博士は言った。MAGIの予測によれば、セカンドがエヴァを再起動させられる可能性は0.25%にすぎないって」
「……………」
「葛城作戦部長はこう言った。フィフスチルドレンが来るから、作戦には支障はないって」
「そ、そんな事、あなたがどうして知ってるのよ!」
「私が教えたから」
 もう一人の声が聞こえた。アスカは、はっとして声のした方を向いた。
 それは、綾波レイだった。
「ファースト!」
 アスカの顔が喜びに輝く。
「ファースト。は、早くこの縄を解いて。アタシを逃がして!」
「駄目よ」
 レイの答えは信じられないものだった。
「な、なんで?」うろたえて聞き返した。
 第壱中学の制服姿のレイは、ゆっくりとアスカのそばに歩み寄って、答えた。
「あなた、邪魔だから」
「なんですって?」
「そう。あなたはわたしの邪魔をしていた。」
 それは、目の前のレイが発した声ではなかった。
 戸口にもう一人のレイが立っていた。
 アスカは驚愕のあまり、口をきくことができなかった。レイが二人いる。
 白のプラグスーツを着込んだもう一人のレイが、制服姿のレイの隣に立った。
「あなたが来たせいで、碇君と私の仲は進まなかった」
「あなたが碇君と同居したせいで、私はうんと不利な立場になった」
「彼は私の裸を見たことさえあるのに…」
「私に優しくしてくれたのに…」
「あなたがいなければ、とっくの昔に私達は結ばれていたはず…」
「あなたさえいなければ……」
 交互に喋るレイに最初の少女が加わった。
「あなたがいなければ、二人目も三人目も幸せだったのね」
 アスカは驚愕からようやく立ち直って、話した。
「なによ。二人目、三人目って、どういうこと?あなたたちいったい何なの?」
 制服のレイは、驚いた事にポケットから煙草の箱を取り出し、一本口にくわえ、ライターで火をつけた。アスカはそれを、目を丸くして見つめた。
 そのレイはふーっ、と煙草の煙を吹き出し、言った。
「どうしたの?なにか変?」
「なにってあなた!中学生が煙草なんて吸っていいと思ってんの!」
「そんなことはどうでもいいわ」
「私はやりたいようにやるだけ」
 口々に言うレイ『達』。アスカはそんな彼女らを驚異の目で見つめていた。
 レイは煙草の灰を無造作に床に落としていたが、やがて煙草が短くなる。
「灰皿がないわね」そう言うとレイは、ベッドからはみだしているアスカの手を取った。
 いきなりレイはその手のひらに、火のついた煙草を押し付けた。アスカの手から煙が上がる。
 アスカはあまりの激痛に、悲鳴を上げた。
 レイ『達』はそんなアスカを、まったくの無表情で見つめている。
 アスカは手のひらの痛みに悶えた。目から涙が滲んだ。
「ファーストぉ。あんた、殺してやるから」
 殺気を込めてレイを睨み付けるアスカ。レイはどこ吹く風とばかりに、無表情を崩さない。
「セカンド、あなた碇君のことを、どう思っているの?」
 いきなりプラグスーツのレイが訊ねた。
 アスカは不意の質問に戸惑った。
「どうって…。そんなのあんたに関係ないじゃない」
「あるわ」制服のレイが答えた。
「私はこれから彼と結ばれるから…」
「あなたが彼のことをどう思っているのか、知っておきたい」
「別にあなたの許しをもらうつもりはない」
「あなたがどう思っているかで、あなたへの処置は変わってくるから」
 相変わらず交互に喋る二人のレイ。アスカは『処置』という言葉に戦慄したが、プライドの高いアスカはなおも反抗する。
「そんな事答える気はないわ!」
「そう」制服のレイは、そう答えると、おもむろに煙草の箱を取り出した。
 再び口に咥えようとするレイを見て、アスカはあわてて折れた。
「ま、待って。それはもういや。頼むから止めて!答えるから。答えるから……」
 制服のレイは、煙草を元に戻した。
「ふん。バカシンジなんか…。あんたの好きにしたらいいじゃない。アタシは別に何とも思ってないから」
 そう答えたアスカの声は涙声だった。目の端から涙が一つ零れ落ちた。
「人形のくせに上出来じゃない。おめでとう」
 なおも精一杯の皮肉を投げつけるアスカ。
「私は人形じゃないわ」
「人間でもないけど」
 そう言って二人のレイと、レイによく似た幼女はにやりと笑った。
 なにを言ってるの?コイツら……。アスカは底知れぬ不気味さを感じた。
「三人目。そろそろ碇君が来る頃。用意したら」
 プラグスーツのレイが制服に向かって言った。
 三人目と呼ばれたレイは頷いて、制服に手をかけ、ボタンを一つ一つはずしていく。
「碇君が私のものになったら、誰があなたに優しくするのかしら」
「誰があなたを支えるのかしら」
「言っておくけど加持さんはもういない」
「彼は死んでしまったから」
 やっぱり……。アスカは脳髄に、鉄槌を打ち込まれたような衝撃を受けた。
「あなたはこれから、たった一人」
「かわいそうに」
「シンクロできないあなたにもう居場所はない」
「私なら死ぬわ」
「そうね。死んでしまったら?」
 アスカは絶望に打ちのめされた。嗚咽が洩れ始めた。あの強気で知られたアスカが、子供のように泣きじゃくっている。
 三人目のレイはすっかり全裸になり、上にバスタオルを巻いた。
 その時、玄関のチャイムらしき音が遠くで響いた。
「碇君だわ」
「いよいよね。三人目」
 プラグスーツのレイが、隅の方から、キャスター付きの台に乗ったテレビモニターを、アスカの目の前に運んで来た。
「これで観察するのよ。アスカ」
 アスカの嗚咽がいっそう激しくなった。プラグスーツのレイが顔をしかめた。
「静かにしなさい」
「猿轡をかませたほうがいいわ」
「タオルならあるけど、なにか口にいれるものがないかしら」
「これでどう?」
 三人目のレイが手にしたのは、最前まで彼女が穿いていたパンティだった。
 アスカはショックのため、一層激しく喚いた。プラグスーツのレイがその隙をついて、一気にその塊をアスカの口に突っ込んだ。三人目が頭を掴んで少し浮かせると、プラグスーツが素早くタオルを口に巻きつけ、縛り上げた。
 アスカは、もごもごと言葉にならない小声を発するだけになった。
「すっかり碇君を待たせちゃったわ」
「ここはまかせて」
 三人目が急いで別室に入った。
「一人目、子供だから良くわからない」レイによく似た幼女が呟いた。
 プラグスーツすなわち二人目は、アスカの傍に腰掛け、言った。
「これであっちの様子を見物しましょう」
 モニターにある部屋の内部が映し出された。アスカはそこに、確かに碇シンジの姿を認めた。思わず目を瞑った。
 首筋に、ひやりとした金属の感触。
「見ないと、今すぐ死ぬわよ」
 二人目が無表情にそう言った。アスカは目を開けると、ナイフを掴んだ二人目の手が見えた。
 アスカは諦めて、モニターに見入った。

「いかりくん」
「あ、綾波……」
 シンジは茫然とバスタオル一枚のレイを眺めた。
「うれしい。碇君。来てくれたのね」
 レイがシンジの目の前にいる。
「綾波。またお風呂に入ってたんだね。はは……、僕たちってこんなの多いね」
 シンジが後ずさりする。
「待って。碇君。どうしたの?……私がいやなの?……私が三人目だから?……あの水槽を見たから?」
「違うよ!なにがあっても、綾波は綾波だよ。ただ、こういうのって経験ないから、その……」
「こわいのね、碇君。フフ。可愛い…」
 レイはかつてシンジを魅了したあの笑顔で迫る。シンジは壁に突き当たり、退路がなくなる。
 見詰め合う二人。やがてレイの腕がシンジの首に懸かり、二人の顔がそっと近づく。

 やめて、レイ。やめて、シンジ。

 長く、甘いキス。ぴったり密着した二人の抱擁。陶酔に満たされた恋人達。
 レイのバスタオルがはらりと落ちる。シンジは唇を離してその肢体に見入る。
 そっと腕があがって、その小ぶりだが、形のいい乳房に手がかかる。再びキスに没入する二人。

 シンジ、しないで。

 やがて二人はベッドルームへ移動する。カメラがベッドルームに切り替わる。
 レイはベッドに横たわり、惜しみなくその裸体をシンジに晒す。
 シンジはきれいだよ、綾波、とささやいて、レイの上に覆い被さる。その手はレイの股間へ……

 ああ、シンジ、もうやめて。レイ、シンジを盗らないで。

 いまや、シンジもすべてを脱ぎ捨てた。床に衣服が散らばっている。
 レイは、シンジの激しい愛撫に、目を瞑って陶酔に浸っている。
 シンジもまた、快感の高まりに、喘ぎ声を放つ。

 二人目が、顔を真っ赤に泣き腫らしたアスカに向かって言った。
「わかったでしょ?これで碇君は三人目のもの。あなたが入ってくる余地はない」
 そう言う二人目を、アスカはただ見つめるだけだった。
「でも、かわいそうだから、そろそろ終わりにしてあげる」
 二人目は、そこを離れると、何かを手に持ってきた。
 それは、一本の注射器だった。
 アスカの目が恐怖のために見開かれた。
「これで楽にしてあげるわ」
 アスカは、最後の気力を振り絞って暴れ始めた。ベッドが振動する。腕が動いて容易には針を刺せそうにない。
「そこに乗っかって。一人目」
「わかった」
 一人目の幼女が、アスカの腕の上に座り込んだ。これでアスカの腕は動かない。
 ちくり。針のささる痛みが、アスカを絶望のどん底に落としいれた。
 急速に、アスカの意識は遠くなっていった。
「いい夢みてね」
 二人目が無表情に言い放った。
 モニターの中では、三人目とシンジの行為が酣を向かえようとしていた。
 その中で三人目は、悪魔がするような笑みを浮かべていた。


(後編へ続く)


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