トリプルレイ
第1回「3人レイ」

間部瀬博士



1.
 夕暮れ時の公園、一人の男と一人の女がベンチに腰掛け、夕焼け空を眺めている。茜色に染まった雲を見つめる男女の間にはもう数十秒も沈黙が流れていた。
 男は碇シンジ、女は綾波レイ、いまさら説明の必要もないお二人さんであるが、この時二人はもう二十歳の大学生になっていた。二人は幾多の困難を乗り越え、そろって第三新東京大学に合格し、今は幸せな学生生活を送っている。そして既に何度もデートを経験し、キスもすませた仲なのであった。
 そのシンジだが、さっきからもじもじと落ち着かない様子で、時々ため息など吐きながら、視線をあちこちに彷徨わせている。心の中ではお得意の『逃げちゃ駄目だ』を繰り返しているのだが、なかなか肝心な一言が出てこない。そんなシンジの様子をレイは怪訝そうに眺めている。
「碇君」
 たまりかねたレイが声をかけた。
「へっ」
 ふいに声をかけられたシンジがあわててレイを見返す。
「さっきからなんか変、碇君」
「そうかなあ。あはははははは、はは、は」
「何か言いたいことがあるのね」
「う。いや、そんなことないと言えばない、あると言えばあると言えないこともないような、あるような……」
 はっきりしないのね。
「なんでも言いたいことは言ったほうがいいと思うの」
そう言ってから「私達の仲じゃない…」と言ってぽっと顔を赤らめ俯いてしまう。
 かわゆい…。思わずシンジは引き込まれ、レイの顔に見とれてしまう。そして意を決して、ようやっと思っていたことを口に上らせる。
「あ、綾波、あ、明日の土曜、デートしないか」
「いいわ」
 いつものことじゃない。
「その、新熱海にさ、ファンタスティックランドって出来ただろ。あそこに行こうよ」
 ここで一つ深呼吸をいれる。そしてレイから目をそらして……、
「で、できれば、その、と、とと泊りがけで……」
「…………………」
「…………………」
「…………………」
「…………………」
「碇君」
「なななんだい。綾波?」
「部屋、二つ取るのね?」
「いや、その、一つで……」
色白のレイがみるみる真っ赤になっていた。世間知らずのレイといえども、その意味するところは分ったようだ。しばらく黙り込んで、もじもじしていたが、やがて恥ずかしげに言った。
「わたし、いいお嫁さんになるわ」
 いきなりそこにいく?シンジはあせった。
「いや、まあ、僕らはまだ若いんだし、急に結論をださなくても……」
「もらってくれないのね……」
 レイの表情に悲しげな翳が差す。
「いや、そんなことない。そんなことないよ!ただ僕らはまだ学生だし、結婚のことはゆっくり考えてみたほうがいいんじゃないかって……」
「そう、体が目的なのね」
 図星。いや、ちがーーう!そんな身も蓋もない言い方しないでよぉ!
「そ、そんなんじゃないよ!僕はただ僕たちのあ、あ、愛を確かめたいと思っただけなんだよう」
「愛。愛は確かめなくちゃいけないものなの?」
「そうだよ。綾波。愛ってのはとても壊れやすいものなんだ。だから、みんなお互いに体で確かめ合うものなんだよ」
 普段無口なくせに、よくここまで歯が浮くようなことを言えるものである。
「そういうものなのね」
「そういうものさ」
「わかったわ」
 そう言うとレイはますます赤くなり、俯いてぽつっと一言。
「優しくしてね……」
 可愛いなぁ。シンジはたまらなくなり、レイの体を抱き寄せ、むちゅーっと唇を奪う。心の中では会心のガッツポーズを決めていた。

 それからしばらくの間、二人は明日の予定について話し合った。そしてお別れのキスを交わして、右と左に別れていった。
 レイの方は本来なら、スキップしたいくらいの嬉しさがあるはずだが、それも半分ほどに過ぎなかった。解決しなければならない問題があるからだ。それでも自然と笑みが零れてくるのは、ライバルに対して完璧に勝った、という思いからだった。アスカ、あなたはもう用済み。碇君は私のものになるの。
 そのうち、自分の住むマンションに到着する。昔住んでいたぼろアパートとは違い、普通の小奇麗なマンションである。その2階にある自分の部屋の前で、レイは一つ大きくため息を吐くと、ドアを開けて中に入る。
「ただいま」
 中へ向かって声をかけた。するとおかえり、と返事が二つ返ってくるではないか。
「遅かったわね。レイカ」
「今日はどうだった?レイカ」
 レイカ。そう言われたレイは、それが当たり前のようにしている。そして声をかけた二人はと言うと………。
 どこから見ても綾波レイだった。その顔かたち、どれをとっても三人全く同じだったのだ。綾波レイは三人いる。

 話は6年前、サードインパクト直前に遡る。
 逆上した赤木博士によって、水槽の中にわんさか泳いでいた綾波レイの肉体がことごとく破壊され、『綾波レイ』は三代目で打ち止めとなっていたはずだった。ところが、そこは悪魔のごとき洞察力を持った碇ゲンドウ、そんなこともあろうかと赤木博士にも内緒で三体分抜き取って、松代の研究所に密かに移しておいたのである。何が目的でそんなことをしたのかは諸説あるが、魂のない肉体に対してなにやら不埒な行いに及んだのだという説が有力である。
 でもって、サードインパクトが起こった。シンジとアスカを除いて、一旦は人類悉くLCLになってしまったが、レイのおかげで殆どの人がサルベージされた。(その時、オールヌードの人々が世界中に溢れ返った。ものすごい眺めであった。ちなみにゲンドウは誰かさんに嫌われたせいか、長年の悪行の報いか、結局行方不明のままだった)レイ自身の魂もお約束どおり、松代にある肉体に戻っていったのである。その時、事件は起こった。
 三つある肉体すべてに魂が宿ってしまったのだ。そんな馬鹿な、と言う向きもあろうが、そうなっちゃったんだから仕方がない。復活した赤木博士らによって様々な原因が考えられたが、サードインパクトの時に爆発的に魂が増殖し、空気もないのに宇宙空間を泳ぎ回ったりしたせいではないか、というのがいまのところ有力だ。
 ネルフ首脳部は困惑した。綾波レイは表向きこの世にただ一人、今ごろになって実は三つ子でしたーという訳にはいかない。へたに注目を浴びれば、最高機密に係わるからである。
 気の毒なのはレイである。帰ってきてみれば自分が三倍になっていた訳だ。いかに人間離れしているとはいえ、気色悪いものは気色悪い。さりとて相手も自分なのは間違いないので、排除するのも憚られる。しかも三人共シンジを愛している訳だから、恋のライバルが一気に増えた。しかし、こんなことになれば愛するシンジにどう思われるか。ただでさえ引き気味のシンジに、自分ら三人がわらわらと現れたら、シンジはどう思うか。
 こうした事情もあって、ネルフとレイの意見は一致した。すなわち表に出るのは『綾波レイ』一人、残りの二人は蔭に隠れていること。勿論、ずっと一人だけが表に出ているのでは、残り二人に酷であるから、三人はローテーションを組んで『綾波レイ』になることになった。
 かくして三人は、推理小説を地で行く三人一役の生活を営むことになったのだ。
 三人が共同生活を営むに当たって、名前のことは大きな問題だ。全員レイではあっちのレイなのか、そっちのレイなのか区別がつかない。だからといってレイ1、レイ2とかレイ甲、レイ乙ではあまりにも味気ない。そこで、三人は自分達と関係者の間だけで通じる名前を名乗ることにした。それぞれレイカ、レイコ、レイナである。
 それから年月が過ぎ今に至っている。今ではこの奇妙な生活様式にも慣れ、結構楽しくやっている三人であった。

「すごいニュースがあるわ」
 リビングに入ったレイカがそう言ってレイコ、レイナに笑いかけた。年月を経て、感情表現が以前よりはかなり豊かになっている。
「なあに。楽しみだわ」
「早速交換しましょ」
 三人はリビングの中央に集まると、カーペットの床に直に輪になって座り、お互いに手をつなぎ、瞑目した。あたかも泰西名画にある三美神の集いのように。
 テレパシー。今、レイカから他の二人へ目に見えない情報が流れ込んでいる。例えるならば、記憶の一括ダウンロードといったところか。
 もともと一つの魂が三つに分かれたせいか、三人には思念を伝え合う能力が生まれた。だが他人の思考を読んだり、他人へ自分の思考を送ることはできない。三人の間だけで通用する能力なのだ。
 三人は今自分の心の殻を目一杯開放し、同時に自分の記憶領域を強く押し広げて放射している。こうのようにして三人は記憶を共有しているのだ。それは、三人一役という困難な生活を可能にする必要条件であったが、同時にプライバシーが全くないということでもある。
 レイコとレイナが同時に目を開けた。二人の顔にぱっと笑みが拡がる。
「碇君がとうとう……」
「私達ついに結ばれるのね」
「そうよ。私達一線を超えるの」
 幸せそうに見つめ合う三人。やがて、三人は手を離し立ち上がった。
「次のデートの順番は私ね」と、レイコが嬉しくてたまらないといった様子で言った。
「待って。こういう特別なイベントの時は、その都度話し合いで決めることになっているわ」
 すかさずレイナが口を挟んだ。
「その通りよ。レイコ。一人で盛り上がらないで」と、レイカ。
「むぅぅぅ」レイコは無念そうに口を噤む。
「それじゃ、早速決めましょう」と、レイコは二人に言った。
「そうね。でも決める前に言っておきたいことがあるの」
 レイカが意味ありげに二人を見回して言った。
「「それは何?」」
「帰り道で考えたんだけど、一人目がめでたくロストヴァージンしたとしましょう」
「「うんうん」」
「問題は二人目、三人目にあるわ」
「どうして?」「それはどういうこと?」
「処女なのに、処女じゃないふりをしなくちゃならない、ということよ」
「「!!」」
「考えてみて。碇君にすれば、三度も出血を見ることになるの。これはどう見ても不自然よ」
「そうね……」「そうだわ……」
        :
  『綾波、あやなみい……』
   ぬるっ。
  『ああっ、痛い、痛いわ。いかりくうん』
  『がまんして、綾波。じきによくなるから…』
  『うん。碇君、気にせず続けて』
   ぎしぎしぎしぎしっ、ぎしぎしっ………
  『あれぇ、綾波。また血が出てるよ』
   ぎくっ。
  『おっかしいなあ。こんなに血が出るなんて……。はっ、もしかして…』
   ぎくぎくっ
  『き、君は綾波じゃないな!!』
  『い、碇君。ちがうの。私は……』
  『うわぁ、たすけてぇ!!……』
   どたどたどた……………
  『碇君………。しくしくしく』
         :
「どうすればいいのかしら?」「深刻な問題ね…」
 レイコとレイナは腕を組んで考え込む。この辺り行動が良く合うのも、もとは一人ということのあらわれだ。
レイカが言った。
「一つ解決策があるわ」
「「それは?」」
何か棒状のもので、あらかじめ処女膜を破っておくのよ
「「えええええええぇっ」」
 レイコとレイナが同時に叫んだ。
「そんな……」「悲惨だわ」「碇君のモノ以外で処女をなくすなんて…」「そんなのイヤ」
 レイカが俯いて悲しげに言う。
「でも、それしか解決方法はないわ」
「棒状のものって、例えばなにかしら」
「擂粉木」
「きゅうり」
「なすび」
「さつまいも」
「大根」
「それじゃガバガバになっちゃうんじゃない?」
「筆」
「それは使い方が違うわ」
「バイブレーター」
「そんなの買えないわね」
「こんにゃく」
「それは男よ」
「バット」
「ラケットの方がいいんじゃない?」
「机の角…って、わたし何言ってるのかしら」
 レイコが、話題を変えようとして言った。
「そんなのは、後でゆっくり考えればいいわ。今は明日だれが碇君とデートするのか、それを決めましょう」
「「そうね」」
「じゃ、なんで決める?」
「くじはどう?」レイナが提案した。
「それより、じゃんけんで決めましょう」レイカが、対案を出した。
「じゃんけんの方が勝負事のようでいいと思うわ」
「私はレイカに賛成」とレイコが言った。これで、じゃんけんに運命を託すことに決定した。勝った順にデートをする取り決めだ。
 三人は三角形に立ち位置を取って向かい合った。
 三人とも緊張した表情をしている。視線が交錯する。様々な思考が頭の中を駆け巡る。少しでも洩れてくる思考を捕らえようと、心の網を張る。
「準備はいい?」レイカが声をかけた。残る二人が頷く。
「「「最初はグー!」」」
「「「じゃんけんポン!!」」」
 ほんの少しタイミングがずれた。
 レイコ、レイナがパー、レイカはグーだった。レイカの負け。
「うわぁ、良かったー」「まず第一関門突破よ」
「ちょっと待って」
 やや早くグーを出したレイカが、気色ばんで言った。
「今のは後だしよ。やりなおしを要求するわ」
「いいえ、そんなことはないわ」
「そうよ、今のじゃんけんはタイミングがあっていた」
「二人の意見が一致したわ。あなたの意見は容れられない」
「あなたたち、汚いわよ」
「それは心外だわ、ねぇレイコ」
「レイナ、あなたの言う通りよ」
「こんなときだけ手を組むなんて卑怯だわ」
「いいえ、私達は正しいことを言っているの」
「そう、やりなおしはできないわ」
 レイカはきっと二人を睨んで黙り込んでしまった。目には悔し涙が滲んでいる。
「憶えてなさい」そう言ってレイカはぷいと横をむくと、その場を離れてしまった。
「レイカ」レイナがそんなレイカに声をかけた。
「なによ」レイカはぶっきらぼうに答える。
「擂粉木にはコンドームをつけたほうがいいわ」
 むかっ。
「大きなお世話よ!」
 珍しく大声をだしたレイカは、隣の部屋に入ってドアを閉めてしまった。
 リビングの中央にレイコとレイナが対峙した。
「じゃ、やるわよ」「いいわ」
 レイコはレイナから二歩ほどの距離を開けた。
 レイナはすっと右足を引き、半身に構えた。右拳は相手から死角になるように太ももに付けた。
 対するレイコは、両足をやや開き、自然体に構え、両拳を後ろで組んで隠している。
 両者は相手の顔をはたと睨んだ。視線がぴたりと静止した。
 既に両者の戦いは始まっているのだ。お互いに相手から思考を感じ取れはしまいかと、探りあいを続けている。一方頭の中では、いかに相手の裏を取るか、懸命に思考している。
(レイコはさっきパーだった。私達の性格からして同じものを出すとは思えない。グーかチョキよ。とすれば安全策はグーを出すこと。でもその裏をかいてパーを出してくる可能性は否定できない……)
(レイナがさっき出したのは私と同じパー。私達の性格からして同じものを出すとは思えない、とレイナは考えているはず。その裏をかいて同じパーを出してみては…。でも、そのことを読んでいる可能性は否定できない……)
 レイコが動いた。
 拳をゆっくりと前に出し、逆向きに組むや、手前にひねって両拳を顔の前に持ってくる。そして、目をつむり集中する。
 対するレイナは、先ほどから同じ姿勢のまま、戦機が熟するのを待っている。
 重い緊迫した時が流れた。
 両者の間の緊張が極限まで高まった。
 レイコがかっと目を開けた。その瞬間、両者の気合が迸った。
「「最初はグー!!」」
「「じゃんけんポン!!」」
 両者の拳が目にもとまらぬ速さで一閃した。拳が向かい合った。
 レイナの拳からは、二本の切っ先が真っ直ぐにレイコへ向けられている。チョキ。
 しかし、その前には硬い岩が立ちはだかっていた。グーだ。
レイコはそのまま身じろぎもせずに言った。
「……………勝った」
 一方レイナはがっくりと肩を落とした。
「負けた……」
「私、勝った。勝ったのね!ロスト・ヴァージンなのね!」
 レイコの顔に笑みがはじけた。その瞳にはお星様が数個、きらきらと光っている。
「♪そうよおんなになるのよ〜♪
もう子供じゃないのよ〜♪
おとめにおぼこに処女ヴァージン♪
 そんなのしょせんはガキってことね!♪
 おんなのしあわせ〜、ロストヴァージン〜♪
 こどもはダメダメ〜、ロストヴァージン〜♪
明日になれば私はお・ん・なになるのよ〜♪イエイ!」
 くるくる回って、歌まで歌って喜ぶレイコ。いつものクールさをすっかり忘れて、人生最大の喜び様だ。
 ミュージカルをやっている場合ではないわ。明日は朝からお弁当作り。早く寝なくては。
「ああ、喜んだらすっかりおなかが減っちゃった。もう大分遅くなったわ。早くごはんにしましょう」
 一方レイナは白けきった様子で、そんなレイコを冷ややかに見つめている。
「ごはんの用意はとっくにできているわ。さっさと食べたら」
 その日の晩餐はおのずとにやにや笑いの浮かぶレイコと、ぶすっとした残り二人の、いつにない雰囲気のものとなった。


2.
 翌朝。良く晴れて絶好のデート日和だ。早くから起きたレイコは弁当の準備に余念がない。レイカとレイナは既に朝食を食べ終え、うれしそうに弁当作りに励むレイコを、お茶を飲みながら横目に見ている。
「さっ、できたわ」
 最後にミニトマトを重箱の隅に詰めたレイコは、会心の出来と言える自分の弁当を満足げに眺めた。
「うん。これなら碇君も喜んでくれるわ」
 そんなレイコをレイカは冷ややかに見つめている。たかがじゃんけん、されどじゃんけんよ。今に見ていなさい。
 レイカが立ち上がり、奥の部屋にある化粧台の前に座った。その大きめの化粧台にはいくつかの鬘が並んでいる。レイカはその中から栗色のロングヘアーの鬘を手に取った。
レイナがそのレイカに声をかけた。
「あら、レイカもお出かけなの?」
「うん。図書館に行って本でも読んでくる。レイナは家事当番よろしくね」
 レイのシャギーのかかったショートヘアーは、中学以来ずっと変わっていない。その上に鬘をかぶったレイカは、さらに化粧台の引き出しから小さなケースを取り出した。その中から慎重に何かをつまみだすと上を向いて目にとりつける。レイカの目が黒くなった。カラーコンタクト。先ほどまでの蒼い髪、紅い目が消え、全く異なった印象の女が現れた。レイカはさらに銀縁の眼鏡をかける。これでもう綾波レイと思うものは、まずいないだろう。
 このように、一人が『綾波レイ』として活動中、他のレイが外出する場合は変装することになっている。もちろん、秘密を守るためである。同時刻に『綾波レイ』が二箇所にいたとなっては、まずい。
「ほら、時間がないから早く私に代わってよ」
 レイコがレイカに代わって化粧を始めた。普段より気合が入っているように見える。
「じゃ、私、出かけるから」
 レイカが大き目のバッグを肩から下げて玄関に向かった。
「おみやげ買ってくるから。楽しみにしてねー」
 レイコがレイカの背中に向けて声をかけた。
「頑張ってね。綾波レイさん」
 そう言うとレイカは外に出て行った。表に出た途端、レイカはにやりと笑った。

 シンジもまた、気合入りまくりの朝だった。自宅としているアパートで、鏡を見て入念にヘアスタイルなどをチェックしている。
 今日はとうとう綾波と…。今日限り童貞とおさらばだ。僕は男になるんだ。綾波とや、や、やれるんだぁー。
 自然と、にへら〜っと口元が緩み、鼻の下が伸びる。朝起きてからずっとこんな感じのシンジだった。
 最後に持ち物のチェック。財布に携帯、ハンカチも持った、と。それからあれもちゃんと持ったな。(あれとは昨日自動販売機で買った明るい家族計画のことだ)よぉし、やるぞお。シンジは意気込み高く玄関から外へ出た。
 いきなりレイの姿が見えて、シンジは驚いた。白い清楚なワンピースに身を包んだレイが、にっこり笑ってシンジを出迎えた。
「あれぇ、綾波。待ち合わせはJRの駅だったろ?」
「うん、碇君。ごめんなさい。驚いたでしょ」
 ぽっと赤くなって下を向くレイ。
「だって、碇君に早く会いたかったんですもの…」
 シンジは嬉しくて天にも上るような気分。
「いやぁ、そんなこと言われると照れちゃうなぁ」
「それで、碇君にあやまらなきゃいけないことがあるの」
「なに?」
「あの、お弁当なんだけど…、ないの」
「えっ。ないって!」
「うん。さっき出来たてのお弁当、間違えてひっくりかえして床に落としちゃったの…ごめんなさい碇君」
 レイの瞳がうるんでくる。そんなレイを見たら到底責めることはできない。
「そりゃ、残念だなぁ。食べたかったけどなぁ。でもそんなのいつでも食べられるんだからさ、気にすることないよ」
「碇君、怒ってない?」
「怒るわけないよ。そんなことより早速出発しよう」
「そうね。それで、良かったらタクシーで行かない?おわびのしるしに」
「えっ。タクシーだと高くつくんじゃない?」
「いいの。チケット持ってるから」
 レイは、財布の中からタクシーチケットを取り出してひらひらさせた。彼らは未だにネルフと繋がりがあるから、ときどき支給してもらっているのだ。
「そうかぁ。じゃ、お言葉に甘えてタクシーで行こう」
 早速二人はタクシーをつかまえるために表通りへ向かう。
「碇君。携帯持ってるわね?」
「そりゃ持ってるよ」
「電源切ってくれない?」
「どうして?」
「今日はずっとだれにも邪魔されたくないの」
 レイに流し目でそう言われたら、抵抗できる者はいるまい。
「ああ、そうか。そうだよねぇ」
 納得したシンジはポケットに手を突っ込んで電源を切った。
 それを見たレイカは内心ほくそえんだ。
 ふふふ。レイコ、今日の『綾波レイ』は私に決まりよ。擂粉木や野菜に処女を捧げるなんて、絶対いやなんだから。

 午前9時35分。レイコはJR第三新東京駅前に一人たたずんでいた。
 変ね。碇君、もう5分も遅刻するなんて…。遅刻することなんてない人なのに。電車の発車まであまり時間がないわ。
 レイコは携帯を取り出し、シンジの番号にかける。
『……電波の届かない所にいるか、電源が入っていないため、かかりません……』
 女性アナウンサーの声が冷たく流れてくる。おかしい。シンジが電源を入れていないなんて、これまでにないことだ。
 レイコはしかたなくそのまま待ち続ける。5分、10分…、時間が過ぎていく。既に目的の電車は出発してしまった。
 碇君の家まで約10分…。行って帰って来ても時間はまだたっぷりあるわ。
 レイコは意を決して、重い荷物を抱えながらシンジの家へ向かった。
 シンジのアパート。レイコは呼び鈴を鳴らしたが反応はない。ドアノブに手をかけてみたが、鍵がかかっている。そこへ、横から箒を持った中年のおばさんが声をかけた。
「碇さんならさっき出かけてったよ」
「え、そうなんですか」
「うん。あんたに似たお嬢さんと一緒だったねぇ」
 レイコはすぐさま真相を覚った。レイカの奴!額に青筋が走った。レイコはおばさんに礼を言って、すぐにその場を立ち去る。少し離れた場所まで来ると、レイコはしばらく思案し、携帯を取り出した。自宅を呼び出す。
『はい、綾波です。ただいま留守にしております…』
 用心に留守電にしてあるのだが、レイナには聞こえるはずだ。
「レイナ、私、レイコ。早く出て」
「どうしたのレイコ」レイナが出た。
「レイカにやられたわ。あいつ碇君をさらって行っちゃったのよ!」
「まぁ」
「まぁじゃないわ。レイナ。あいつったらひどいじゃない」
 レイコは手短に起きたことを説明した。
「…それであなたに手伝ってほしいの」
「どうして私があなたを手伝うの?」
「どうしてって…手伝ってくれたっていいじゃない」
「私にも今日はしたいことがあるの」
「足元見るのね」
「あなたの足を見てもしかたないわ」
「わかったわ。デートの権利2回分あげる」
「…………3回分」
「ちっ。いいわ。それで手を打ちましょう」
「契約成立ね」
「じゃ、まずレイカが着て行った服のスペアを持って来て」
 レイ達は、服を二着ずつ揃えている。レイ達には、通常のローテーションの他にデートのローテーションがあるが、当然昼のレイと夜のレイが異なるケースが出てくる。その場合、同じ服を着たレイが途中で入れ替わるのである。
「後は変装道具一式と、双眼鏡。それから………」
 こまごまと指示を下すレイコ。その瞳はもともと紅いが、怒りに燃えてさらに赤くなったようだ。

(続く)

(第2回へ続く)



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