トリプルレイ
最終回「官能ホテル」

間部瀬博士



6.
 午後5時30分。レイカとレイナは、遊園地と隣接するアイルトンホテルの玄関前に立っていた。
「遊園地の閉園の時刻になったわ。まもなく碇君とレイコが来るわよ」レイカが意気込み顕わに言った。
「でも、うまくいくかしら?」
「大丈夫。向こうはあなたが、こっちについたということを知らないから、うまくはまるわ。それにレイコはいいものを持ってきてくれたもの」
 レイカは、レイコが持ってきたバッグにあった、ある物を活用するつもりなのだ。
「ここに立っていては目立つわ。中に入りましょう」
 二人はエントランスホールに入って行く。観光地のホテルらしく、ホールは広く、そこかしこにソファが並べられ、みやげもののワゴンなども出ている。今は団体客が出入りしているのか、人で賑わっている。その中を歩いていた二人は、予想だにしていなかった人物を発見し、愕然として足を止めた。
「何故アスカがここにいるの!」
 アスカがフロントの正面にあるソファに、真剣な表情をして座っている。その目は落ち着かず、ホール内を探っている。レイカはあわててレイナを引っ張って、アスカからは見えない出店の向こうに移動した。
「嘘がばれた、ということね」レイナが落ち着いて言った。
「ここまできてアスカに邪魔させるわけにはいかないわ。なんとか排除しなきゃ」
 自分に可能性が出てきたレイカは、アスカがここにいる原因が自分にあることも忘れている。
「早くしないと碇君達が来るわ」
「なんとか上手い手口をひねり出すのよ」
 懸命に考える二人。やがてレイカは言った。
「ここは賭けにでるわ!危険はあるけどこれしかない。すぐにトイレに移動よ」

 レイコはシンジと腕を組んで、ホテルのすぐそばまで来ている。
「やっとホテルに着いたね。どう、疲れてない?」シンジが優しく問い掛ける。レイコは小さく「いいえ」と答えた。
 もうすぐなのね。まず碇君と食事をして、その後は…いよいよらぶらぶの時間よ。私、おんなになるのよ。自然と頬を赤く染めるレイコであった。
(レイコ。レイコ。私レイナ)
 突然、テレパシーが来た。レイコは少しむっとして返事を返す。
(何よ。あなた、まだいたの)
(今、そのことを説明している暇はないわ。大変なのよ。アスカが来ているの)
(アスカが!どうして?)
 もうホテルの回転ドアが目前だ。
(今さら邪魔はさせないわ。私とレイカでなんとかするから、あなたは碇君をどこかに引っ張って行って時間を稼いで)
(分った)
 二人は回転ドアを通ってホテル内に入った。レイコは素早くあたりを見回す。シンジの腕を取って引っ張った。
「あ、碇君。あれ、見て」
「どうしたの?綾波」レイコは、シンジを引っ張り、入って右側の人気の少ない一角へ連れて行く。
「なんて素敵な…壁なのかしら!」
「はぁ?」
 
 ちくしょう。早く来なさいよ、シンジ。アスカはなかなか姿を見せないシンジとレイに、いらだちを覚えている。周囲を見る視線は鋭い。そこへ、目の前にベージュの上下を着た蒼い髪の女が、黒いショートカットに銀縁眼鏡、水色のワンピースの女と共に現れた。
 あれ、ファーストじゃない!アスカは勢い良く立ち上がって、レイの方へ駆け寄った。
 レイともう一人の女は、それに気づいてか、びくっとして立ち止まった。
「ファースト。シンジはどこ?」アスカは今にも掴みかからんばかりの勢いだ。
「アスカ……。ご、ごめんなさい」と、レイはおびえたように後ずさりして言った。
「あ〜あ、だからやめなさいって言ったのよ。それなのにレイちゃんったら」
 誰、この人?アスカは突然現れた見知らぬ女に戸惑った。
「あなた、どなた?」
「あ、ごめんなさーい。私、レイちゃんちの近所に住んでる友達の、桑原ユウコでーす。初めましてぇ」
「…初めまして」
「これには、ちょーっと込み入った事情があるんですよぉ。立ち話もなんだから座って話しません?」
 桑原ユウコと名乗った女は、アスカとレイを奥のソファへ誘った。アスカはすばやく動いて、フロントが見渡せる方に座る。レイと桑原ユウコは反対側へ座る。ちっ。アスカをこっちに座らせるはずだったのに、アスカ、速い。

「ほんとにきれいな壁よねぇ」レイコは、さも感心したように壁を見つめる。
「うぅん。普通だと思うけどなぁ」シンジには、何がいいのか良く分らない。
「いいえ。建築家のセンスというものを感じるわ」
 レイコは壁をなでながら、歩いた。そのうち、一枚の額に入った絵の前に来た。
「この絵……。素晴らしいわ!」

「で、これはどういうことよ。返答次第じゃただじゃ置かないわよ!」
「ごめんなさい……」レイは小さくなって答える。ユウコが口を挟んだ。
「ほんとにごめんなさいねぇ。私、やめなって言ったんですよぅ。でもレイちゃん聞かないんだからぁ」
「最初から話して下さる?」アスカは、ユウコに向かって言った。この方が速そうだ。
「いえねぇ、そもそもここに泊りがけで遊びに来ようって決めたのは、私達だったんですよぅ。碇シンジ君は関係ないんですぅ」
「シンジが関係ない!?」
「ええ、でも話が急だったんでぇ、予約入れても部屋が取れなかったんですぅ。で、レイちゃんがぁ、碇君ならネルフの元司令の息子だからぁ、顔が効くんじゃないかって言って頼んでみてくれたんですぅ。だから、碇シンジの名前で部屋取ってあるんですよぅ」
「そうだったの…」

「この色合い、筆使い…とっても見事だわ」
 これ、印刷だと思うけどなぁ。
「ま、気に入って良かったね。はは」
「これを描いた人って天才だわ」
 その辺で2,000円ぐらいで売ってるやつだと思うなぁ。

「で、今日、遊びに来たらぁ、レイちゃんが、あそこにアスカがいるーって言うんですよぅ。一人で怖い顔してるから、きっと私と碇君のこと探してるんだわって。それから、言うじゃありませんか。いい機会だから、碇君のことあきらめさせてやるーって。私、止めたんですよぉ。仮にも昔の仲間なんでしょ、いつも『アスカの頭の良さには負ける』とか、『あのプロポーションは素晴らしいわ』とか、『あの気風の良さには感心するわ』とか言ってるじゃない、それなのにだますなんて良くないわよぅ、って言ってね。でもこの娘、言い出したら聞かないから…」
 微妙にヨイショも交えて説明するユウコ。それは、変装したレイカだった。アスカは、ユウコことレイカの饒舌に聴き入っている。一方レイナは俯いて押し黙っている。その肩が微妙に震えだした。そして、ゆっくりと顔を上げた。その目から大粒の涙が浮かび、滴り落ちた。
「アスカ。ごめんなさい。私、なんてひどいことを…仲間をだますなんて…なんと言って謝ったらいいのか…」そう言ったきりレイナは顔を手で押さえて俯いてしまった。
 アスカは完全に気勢を削がれてしまっていた。さすがのアスカも泣いている女を相手にするのは苦手のようだ。

「まぁ、碇君。このソファもとてもいいわ。碇君も座ってみて」レイコがソファに座ってシンジを手招きする。シンジはやれやれといった感じでレイコの隣に座った。
「ふかふかして、とてもいい感じ。碇君はどう思う?」
「ああ、そうだねぇ」
「私達の家にも、こんな感じの椅子がほしいわ」(ぽっ。)
「う、うん…」
 私達の家…。シンジの外堀は確実に埋められつつある。

「分ったわ。まったく可愛い顔をして、えげつないことするわねぇ、アンタも」アスカはレイナを見下したように言った。
「もう二度とこのアタシをだまそうなんて考えるんじゃないわよ!」
 レイナは顔を押さえながら小さく「うん」、と答えた。
「私からも謝りますぅ。ほんとにごめんなさいねぇ」ユウコも頭を下げた。
 ま、いいわ。これでアタシにもまだチャンスがあるってことが分ったわけだし…。
「あのぅ、それでちょっと訊きますけどぉ、どうして碇さんとレイちゃんがここにいるって思ったんですかぁ?」
「そ、そんなのどうだっていいでしょ。秘密よ、秘密」アスカは立ち上がった。ヒカリに文句を言ってやらなきゃ。
「それじゃ、邪魔したわね。バイバイ」
 アスカは正面玄関に向かって歩いて行く。レイカはその様子をじっと見守った。レイナも指の隙間からアスカの後姿を見ている。後はシンジ達が見つからないことを祈るのみ。
 ……アスカは真っ直ぐ前を見て歩み、やがて回転ドアのすぐ前まで進んだ。あと少し!と、そこでアスカは方向転換し、左へ、つまりシンジ達のいる方へ向かったではないか。
 まずい!レイナはすかさずテレパシーを飛ばした。(レイコ!アスカがそっちに行くわ!隠れて!)
 レイコは震え上がった。どうしよう?レイコとシンジは今、立って彫刻を眺めていた。このままでは間違いなく見つかるに違いない。
 レイコの目に迫り来るアスカの姿が映った。ためらっている暇はない。「来て、碇君」レイコはシンジの腕を強引に引っ張ると、近くの太い柱のところまで連れて行き、むりやり抱きついて唇を奪った。体重をかけてシンジを柱に押し付ける。ここならアスカから死角になるはずだ。
 アスカが大股で歩いていく。行き先にあるのは女子トイレだ。
 シンジはあせった。こんなところでいきなりキスなんて。目だけがきょろきょろと動く。幸いあたりに人影はない。ま、いいか。いや、良くない。恥ずかしいじゃないかぁ。強引に唇を離した。
「あ、綾波。こんなところでするの止そうよ」
 小声で囁くシンジに対して、レイコは無言のまま強くシンジに抱きついている。
 アスカが柱の前を通過し、女子トイレに入るのを、レイコは横目で確認した。今だわ。レイコは赤く上気した顔でシンジを見つめた。
「碇君。早くチェックインしましょう」
 そんなにしたいのかい、あやなみい。「う、うん」
「ここにいてはまずいわ」その様子を後方から固唾を飲んで見守っていたレイカとレイナは、すぐさま奥へ進んだ。
 アスカがトイレから出てきた。レイコとシンジが小走りに受付カウンターへ移動したのは、ほぼ同時だった。そこはアスカからは死角になっている。アスカはつかつかと出口へ向かって歩く。出口からは、カウンターがまる見えだ。頼むからこっちを見ないで!三人のレイは同時に祈った……。
 アスカが回転ドアの中に入った。ドアが半回転し、アスカは戸外の人となった。
 やったわ。レイナとレイカは大きくため息をついた。
「疲れた…。一年分喋ったみたい」
「この姿はまずいわ。早速変装しましょう」

7.
 シンジとレイコは、チェックインを終えて、自分達の部屋へ上がって行くためにエレベーターに乗った。シンジは気もそぞろだ。
 綾波、やる気まんまんだ。どうしよう。いいや、食事なんか後でいいんだ。部屋に入ったら、綾波を早速ベッドに押し倒して…、なんかそういうのもワイルドでいいじゃないか。『あたかも獣のように二人は互いの体を貪りあった』ってか。なんか興奮してきた。勃っちゃったよ。どうしよう……。
 一方、レイコの方は冷静そのものだ。
(レイナ、レイナ)早速レイコはテレパシーを飛ばした。
(何。レイコ)
(さっきはありがとう。ところで何故、あなたとレイカがいるの?)
(レイカがなかなかあきらめないのよ。でも大丈夫。私が見張ってるから)
(まだいるの?)
(そうなの。一緒に帰るように説得してみるわ)
(頼んだわよ)
 805号室。レイコとシンジの今夜の部屋だ。知り合って6年、二人はようやくその部屋に辿り着いた。清潔そうなシングルベッドが二つ置かれている。それらはまるで彼らを誘っているように、シンジは感じた。シンジは荷物を置くと、興奮した面持ちでレイコに迫った。
「あやな「お腹が空いたわ。すぐレストランに行きましょう」
「はぁ?」
「どうしたの?お腹すいてるんでしょ?」レイコはいたって冷静だ。
「そうですねぇ」
「碇君、変なの」
 怪訝そうなレイコ。シンジは狐につままれたような気持ちだった。
 
 レイコとシンジは、ホテルの最上階にあるレストランに移動していた。二人は窓際の夜景の見える席に向かい合って座っている。テーブルには、ワインのボトルが乗り、二人の前にはグラスが置かれている。シンジはもう二杯目に入っていた。料理の方は前菜のスープが終わったところだ。
「疲れてない?」
「いいえ、大丈夫。碇君は?」
「平気だよ」
「それは、良かったわね」
「……………」
「……………」
 二人の会話ははずんではいない。シンジの方は、この後のことが、レイコの方は、レイカとレイナの動向が気になり、会話を楽しむ雰囲気ではないのだ。
 ここでだらしないとこ見せちゃだめだ。そうだ、クールに決めるんだ。もう子供じゃないんだ。僕がかっこ良く綾波をリードするんだ。うぅ、でも緊張するなぁ。シンジはリラックスするためか、度胸をつけるためか、ワインをぐっとあおるのだった。
 レイカ、いい加減諦めたかしら。レイナがついているから大丈夫とは思うけど、万一のために警戒は怠れないわね。早く食事を終わらせて、部屋に戻りたいわ。その時、テレパシーがレイコの心の壁に響いた。レイコは心の扉を開いて、それを受け入れる。
(レイコ。レイコ)
(レイナね。レイコはどう?)
(安心して。やっと諦めて、帰ることになったわ)
(そうなの!良くやってくれたわ)
(じゃ、楽しい夜をね。レイコ。うんと碇君に甘えて)
(ありがとう。レイナ)
 レイコは、ようやく安堵することができた。今日は色々あったけど、やっと目的を達成できるんだわ。レイコはしみじみと幸福な気分に浸るのだった。自然と笑みがこぼれた。
「どうしたの。綾波。にこにこしちゃって」
「え。いや別になんでもないの。ただ…なんだか幸せな気分になってしまって」
「そ、そうなの。僕も今日は、その、幸せな気分だよ」
 シンジの顔は耳まで赤くなっている。酒のせいばかりではないようだ。

 食事は進み、メインの肉料理がシンジの前に置かれた。肉嫌いのレイコには別の料理が出されることになっている。ふと、レイコは席を立った。「碇君。ちょっと失礼するわ」
 レイコはレストランを出て、ホテルの廊下を歩いた。夜も深まったこの時間帯、廊下には誰もいない。レイコは真っ直ぐ奥にある女子トイレへ向かった。
 レイコに警戒心は既になかった。物陰から自分を見張る人物がいることにも、当然気がつかなかった。トイレに入っても、内部を観察せず、無心に個室に入った。
 用をすませ、立ち上がる。鍵に手をかけ、ドアを開ける。
「ばぁ」全ては一瞬の内に終わった。黒いショートカットに眼鏡の女が目に入った途端、手に持ったスプレー状のものから、霧が噴出された。レイコの意識は、たちまちのうちに飛んでしまった。ぐらりとくず折れるレイコの体を女があわてて支えた。
 トイレのドアが開き、栗色のロングヘアーの女が現れた。レイナだ。
「うまくいった?レイカ」
「完璧よ。ちょっと手伝ってくれない」レイカはレイコの体を重そうに支えている。右手には、ネルフ特製護身用スプレーが握られている。相手の顔面めがけて噴射すれば、一瞬のうちに意識を失ってしまうという、優れものだ。
「それ、持ってあげる」
 レイカはスプレーをレイナに渡して、ようやくレイコの体を洋式トイレの便座に座らせた。
「ありがとう。レイナ」レイカはレイナに向き合った。その面前にスプレーが突きつけられた。
 しゅっ、という音とともにレイカは意識を失った。レイナは倒れ掛かるその体を支える。
「ごめんね、レイカ。やっぱり碇君との初体験は、デートの回数では換えられないの」

 遅いなぁ綾波。シンジは既に目の前の皿をあらかた平らげてしまった。レイの席には、魚料理が手付かずのまま置かれている。シンジはさらにワインのグラスをあおる。
「お待たせして、ごめんなさい」白いワンピース姿のレイが、やっと戻って来た。
「料理、冷えちゃうよ。早く食べたら」微笑みを浮かべて促すシンジ。
「そうね。おいしそう、これ」
 レイナは、奥の女子トイレで寝ている二人のレイのことを思った。レイコが着ていた白いワンピースは、今レイナが着ている。レイコには自分が着ていたベージュの上下をおざなりに着せておいた。(同時にレイコが穿いていた勝負パンツもしっかりゲットした)スプレーの効果は約2時間となっている。彼女らが目を覚ますころには、自分は女になっているだろう。
 結局、最後に残ったのは私ということね。ああ、なんて幸せなんでしょう。レイナは魚料理を食べながら、自然と頬が緩んでしまう。
「あれぇ、綾波、またにこにこしちゃってぇ」
「え、いや別になんでもないの。ただ…なんだか幸せな気分になってしまって」
「あ、それ、さっきも言ったよ」
「あ、あら、そ、そうだったわね。今日の私ってなんか変…」
 シンジは、はははと笑う。特に不自然には思っていないようだ。
そのまま何事もなく食事は進み、最後にデザート、コーヒーが供され、今夜の特別なディナーは終わった。
二人にとって、真に待望のイベントが始まろうとしている。

8.
 シンジは廊下を歩きながら、心臓がどきどきしだすのを感じる。童貞喪失の瞬間が刻一刻と迫っている。それは、シンジと手を繋いで歩くレイナにも同じこと。シンジの顔が赤いのは、酒のせいもあるが、ワインを飲まなかったレイナの顔が赤いのは、ただ興奮と羞恥のためだ。無言のまま二人は歩いて行く。レイナは繋いだシンジの手をぎゅっと握った。
 805号室。シンジがふるえる手で鍵を開ける。今夜の神聖な儀式の場が、二人の目の前に広がる。シンジは、レイナの手を引き、ベッドに腰掛けた。レイナがぴったり寄り添う。シンジの右手がレイナの肩にかかり、引き寄せる。長く、甘い恋人同士のキス。舌と舌が淫靡にからまりあい、唾液が二人の間を行き交う。やがて、レイナが体を離して囁いた。
「私、シャワー浴びてくる」
 シンジはこっくりと頷く。レイナが脱衣所に入って行くのを、期待に満ちた眼差しが追いかける。

 レイコははっと気がついた。なによこれ?目の前には個室の白い壁が広がっている。意識が急速にはっきりしてくる。あの時、レイカの顔が目の前にあって…、スプレーから霧が…。レイコは全てを理解した。その時、ようやく自分のすぐ横に女が座っているのに気がついた。「ひいっ」
 その女がレイカだということはすぐに分った。レイカは座ったまま眠っている。…ということは、レイナの奴…。レイコはあわてて時計を見た。午後7時44分。まずい。もう手遅れかも。すぐさま立ち上り、レイカの肩をつかんで揺さぶった。
「レイカ、レイカ、起きて!」
 レイカはううんと唸ってぼんやりと目を開けた。まだ意識がはっきりしていない。
「大変よ!レイナに碇君を取られちゃうわよ!」
 レイカは急にびっくりしたように顔を上げた。
「あ、こ、これって!」
「レイナにまんまとしてやられたわ。時間がないの。早く対策を考えましょう」
 レイカが少しよろめきながら立ち上がった。
「レイナ、かっこいいこと言っときながら…。このまま引き下がれないわ」
「とにかくテレパシーで話かけましょう」

 レイナは、ボディーシャンプーをたっぷりとスポンジに乗せ、細身の体に塗りつけ始めた。泡が左の二の腕から始まり右腕へ、さらに小ぶりの丸い乳房を覆っていく。まだ硬さの残るそれは、レイナの手の動きにつれてぷるんとはねる。やがて泡は縦長の臍を中心に、腹部を覆い、細く長い左足へ降りて行く。その儚さすら感じさせるようなか細い足首からつま先まで泡が覆うと、同じ手順で右足に移る。そして、背中から引き締まった臀部を仕上げたレイナは、最後に残った女の部分に目をやる。
 そこには、普通の成人女性なら当然あるべき翳りがなかった。鏡を見やると、すべすべした皮膚の真中に幼女のような縦筋が刻まれている。レイナは緊張した面持ちを赤く染め、そこへ、そっとスポンジを押し当てた。
 その時、突然念波が頭の中に飛び込んで来た。
(レイナ、この裏切り者!)
(よくもだましたわね!)
 二人分の念波はうるさいことこの上ない。
(あなたたち…。もう目を覚ましたの?)
(私達は特異体質よ。普通の人とは効果が違うわ)
(こんなことして、後でひどいわよ)
(もう遅いわ。あなた達はもうこの部屋に入ってこれない。碇君に処女をあげるのはこの私…。話は明日ゆっくりしましょう)
 レイナは心の中に煉瓦の壁を思い浮かべた。誰も打ち破ることはできない高く頑丈な壁。それが、レイナの意識野を包み込んでいく。

(レイナ。レイナ)
 レイカとレイコは自分達の念波が硬い壁に当たるのを感じ取る。レイナの念は全く感じ取れない。
「シールドを張ったんだわ」
「どうする?このまま何もできないで終わるの?」
「くやしいわ。でも、まだ何かあるかも知れない」
 レイカはぐっと唇を噛んだ。とにかく今対策を立てねば、大事な処女喪失をあらぬもの相手にしなければならなくなる。
 レイコもレイカと同様歯噛みしながら、何か残る手立てはないか、懸命に考える。
 突然、レイカが叫んだ。「そうだ!ばらばらに念波を送るからシールドを破れないのよ」
「ばらばらに?」
「そう。だから撥ね返されるの。私達二人の念波を同調させ、一つに絞れば壁を破れるかも知れない!」
「でも、それはとても難しいわ」
「普通に話しかけるんならね。でも歌ならどうかしら!」

 レイナはシャワーで洗い終えた体を浴槽に沈めた。
 碇君が待ってるわ。早めに上がりましょう。レイナの小さな心臓がどきどきと脈打つ。レイナはその二つの突き出した胸をそっと両手で押さえた。とうとうその時が来るんだわ。
 突然、頭の中に衝撃が来た。壁は木っ端微塵に打ち砕かれた。
(そうよ、おんなになるのよ〜♪)
 なにこれ!レイナは苦痛の表情で、頭を抱えた。
(もうこどもじゃないのよ〜♪)
 やめてよ!
(おとめにおぼこに処女ヴァージン♪)
 そのへんなうたやめて!レイナは必死で壁を構築しようとする。しかし、歌の圧力は絶大だった。
(そんなのしょせんはガキってことね!♪)
 頭がいたいわ…。
(おんなのしあわせ〜ロストヴァージン〜♪)
 気が狂いそう…。
(こどもはダメダメ〜ロストヴァージン〜♪)
 こんな歌考えついた奴の顔がみたいわ。
(あしたになればわたしはお・ん・な・になるのよ!♪)
 どうしろっていうの?
(言う事きかないとずっと聞かせるわよ〜♪)
(一晩中だって聞かせるわよ〜♪)
(分ったから普通に話して)
(分った?二人がかりでやればこんなこともできるのよ)
(私達に逆らおうったって無駄よ)
(負けたわ…。どうすればいいの)
(それは簡単。女の武器を使うのよ)
(女の武器って…。まさか、あれ?)

 脱衣所のドアが静かに開いた。バスローブを羽織ったレイナが、火照った顔をしながらシンジの前に現れた。シンジはぼんやりとテレビを見ていたが、レイナが来たので立ち上がった。
「お待たせ。碇君もお風呂使ったら?」
 シンジの体も昼間歩き回ったせいで汗臭い。「そうだね。勿論そうするよ」シンジも緊張していた。その顔に浮かんだ笑みもどこかぎこちない。シンジはいそいそと脱衣所へ向かった。
 脱衣所に入ったシンジはさっさと服を脱ぎ捨て、浴室へ入った。早速シャワーを使って、汗を流す。横には、先ほどまでレイナが浸かっていた浴槽がある。
 綾波が使ったお湯かぁ。同じ湯をぼくが使う。うぅ、幸せだなぁ。飲んじゃおうかなぁ、なんちゃって。しかしもうすぐ綾波のヌードが拝めるんだなぁ。あの時以来か…。あの時はおっぱいまだ小さかったよなぁ。でも、あのさわり心地といったらもう…。勃っちゃった…。でも仕方ないよね。若いんだから。……もうすぐこれが綾波の中に……。たまらんなぁ。…でも、これからしっかりとやらなくちゃ駄目だ。こういうときはクールにびしっと決めるんだ。『碇君、下手ね…』とか『速すぎるわ。碇君』とか言われないようにしなくちゃ。緊張しちゃうなぁ。大丈夫…。この日に備えてAVや官能小説でさんざん勉強してきたんだ。まずあせらず相手の反応をじっくりと見るんだ。性感帯の場所はばっちりだ。そのうち綾波の××××からは愛液、つまりバルトリン腺液だな。それで濡れてくる。そのうち綾波は声を出すよ。『ああ、いい、いいわ。碇君』『ふっ。どうだい綾波。僕のテクニックは』『ううん凄い。凄いのぉ…』そのうち綾波は我慢しきれなくなるんだ。『ああん、来てえ。いかりくうん』『来てってそれはどういう意味なのかな?』『ああん。碇君のいじわるぅ』『言わなきゃしてあげない』『うん、恥ずかしいのにぃ…分ったわ。…い・れ・て…』『分った綾波。いいんだね。入れるよ!』『ああ、碇君。うれしいわ…』『うっ、…どうだい。綾波ぃ』『あ、い、いかりくうぅぅん。いたいぃぃぃぃぃ』……………………やばかった。もう少しで出しちゃうところだったよ。一戦に及ぶ前に自爆なんて目も当てられないよ。冷静に、冷静に。……でも、綾波の体、どんな風かなぁ。初めて会ったころよりは発達してるよ。これは間違いない。服の上からでも分るよ。あの腰、あのお尻、あの胸。ま、アスカほどじゃないけどさ。でも綾波の体にはアスカにない良さがあるよ。『碇君。私のすべてを見て』…はらり。「むふふふふふふ」いかん、声に出して笑っちゃった。聞こえてないだろうな。冷静に、冷静に。…そうだ。ここも洗っておかなくちゃな。なんせ今日一番活躍するところだからね。垢とかないように…………。刺激したら、また勃っちゃったよ。そろそろ上がりたいんだけどなぁ。このままじゃ出て行けないよ。このままだったら、綾波、引いちゃうよなぁ。きゃあとか言ってさ。何か萎えるようなことを考えよう。そうだな、例えば……口に薔薇の花を咥え、ピンクのネグリジェを着て、ベッドに横たわる父さん…………よし、萎えた。ありがとう、父さん。待ってろよ、綾波。今行くからねぇ。

 シンジは真剣そのものの表情で脱衣所を出てきた。レイナと同じ様にバスローブを羽織っている。
 レイナはバスローブのままベッドに上がり、上体を起こしてシンジを見ていた。下半身には毛布が掛かっている。シンジは無言のままベッドに腰掛けた。何故かレイナの顔が見られなかった。
「碇君」そんなシンジにレイナが声をかけた。
「…今日、碇君が何を期待しているか十分に分っているわ」
 シンジははっとして、妙な事を言い出したレイナの顔を見た。
「私もそれを期待していたの。でも、物事にはハプニングがつきものだわ」
「綾波。何を言っているの?」
「…だめなの。私、アレになっちゃった」
 シンジは愕然として、しばらく声も出なかった。やがて確かめるように言った。
「アレって、毎月のアレ?」
 レイナはこっくりと頷いた。「ごめんね。碇君」レイナの目から涙が零れた。「楽しみにしてたのに……」
 シンジはさすがにがっかりしていたが、しばらくしてその顔に、にっこりと笑みが浮かんだ。
「何言ってるのさ。そんなのは綾波のせいじゃないよ」
 そう言ってシンジはしっかりとレイナを抱きしめた。
「ねぇ、僕らにはこれからもたっぷり時間はあるんだから…」

 その頃、そこからそう遠くない女子トイレで、女二人の歓声が上がった。




 翌朝。二人は揃ってホテルを出てきた。二人共晴れ晴れとした顔をしているのは、それなりにいい思いをしたせいらしい。一方、レイカとレイコは、目に隈を作り、髪もぼさぼさの状態で、こそこそとホテルを出た。トイレに二人で一晩中いたのだから無理もない。この後家に帰った三人のレイの間の、凄まじくも淡々とした喧嘩については、ここでは省こう。



 さて、皆様。結局のところ三人のレイの行動は骨折り損のくたびれもうけ。一方アスカの方は未だシンジとの未来に希望がある模様。果たして彼らの今後の運命はどうなりますやら。それは作者にも五里霧中のところであります。



(終)



■Please Mail to 間部瀬博士(作者様の希望により、感想メールは綾波展で受け取ってから転送します)

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