トリプルレイ2nd
第1回「ミサト参戦」



※この小説は拙作「トリプルレイ」の続編にあたります。「トリプルレイ」未読の方は先にそちらをお読み下さい。

間部瀬博士


1.
 昼下がりの喫茶店。二人の美女が席に着こうとしている。赤毛に青い眼の方はお馴染み惣流・アスカ・ラングレー、もう一人は彼女の親友の洞木ヒカリだ。
「どうしたの、アスカ。なんだか怒ってるみたいだけど」
 席に落ち着いたヒカリは、さっきから眉毛をいからせたアスカにおびえて、おずおずと切り出した。何かアスカを怒らせるようなことをしただろうか?自分にはさっぱり身に覚えがないのだ。
「どうしたもこうしたも、土曜日の電話の件よ。あれ、ガセネタだったわよ!おかげでアタシったら随分恥かいちゃったわ」
「はぁ?」
「はぁって何よ。一昨日の土曜、アタシにシンジのことで電話してきたじゃないの。シンジとレイがファンタスティックランドにデートに行って、しかもホテルに泊まるんだって」
「……………」
「アタシ、ホテルまで行って待ち伏せしたの。そしたらレイと一緒にいたのは桑原って女の人。二人が泊まるのにシンジが予約してくれただけなんだってさ」
 ヒカリには何がなんだかよく分らない。そんな電話をした覚えはこれっぽっちもない。
「まぁ、シンジがレイとゴールインなんてことになってなくて良かったけどさぁ。その友達の友達って人に良く言っといてよねぇ」
「あの、もう一回最初から話してくれない?」
ヒカリは事態が良く飲み込めない。アスカはうんざりしながらも最初から説明し、やがてヒカリはきっぱりと言った。
「私、そんな電話してない」
「えっ、してない?!」
「そう、してないの。できるわけもない。その日はずっと鈴原と一緒だったから」
「ジャージと?」
「もうジャージはやめたわ。それより私達二人でどこにいたと思う?」
「どこ?」
「ファンタスティックランドよ」
「なんですってぇ!」
 ヒカリの答えはアスカにとって衝撃だった。ではあの電話の主はいったい誰だ。何の目的であんな電話を架けて来たのだ。
「そこで私達誰に会ったと思う?」ヒカリは思わせぶりな目つきをした。
 アスカは不安に駆られながら訊き返した。「誰よ?」
「碇君に綾波さん」
「ええーっ。それってどういうことよ!」
「そんなの私にも分らないわ」
 アスカの頭の中は混乱を極めた。いやよ、もう何がなんだか訳分んないじゃない。
「ちょっとまってぇ。てことはよ、あの電話の内容は本当ってことになるじゃない。じゃ、あの桑原って女は…」
「うーん。たまたまあの場にいて、碇君の代わりにアスカの前に立ったってことになるかしら」
 アスカの顔に悲しみの翳が差した。「じゃ、あの二人はもう…」
 ヒカリはにっこり笑って、そんなアスカの手を軽く握った。
「大丈夫。碇君はまだそのぅ、未体験のままよ」
「なんでそんなことが分るのよ?」
「だって、綾波さん、あの日は…」ここで、上品に育てられたヒカリは口ごもった。
「その、なんて言うかぁ、女の子に特有のぉ、あの日だったのよ」ヒカリの頬に紅が差した。
「生理?」
 あからさまなアスカの言いように、ヒカリはちょっとコケかかった。
「ま、そ、そうとも言うわね」
「なんでそんなことが分んの?」
「それがね、あの日、綾波さん私のところに走って来てね、そのう、その日に使うアレ持ってないかって言うの」
「タンポン?」
「あ、そ、それとはちょっと違うけどね」
「つまりファーストは、一昨日は生理で、セックスできる状態じゃなかったってことね!」
 ヒカリは真っ赤になってこくこくと頷く。こんなにはっきり言えるアスカって羨ましいわ。アスカの顔に笑みがはじけた。
「そぉーかぁ、シンジはまだ童貞かぁ。えへへへ、じゃ、まだアタシにもチャンスは残ってるわね!」
「そうよ、アスカ。頑張って」ヒカリはアスカを元気づけるように両手をぐっと握りしめて見せた。
「でも、一体誰があんな電話をかけて来たのかしら?」
「そこが不思議よねぇ」
「あんた達ここで何してんのん」
 突然、二人がいる席の横から話かける者がある。
「ミサトじゃない!」アスカが大声を出した。
 葛城ミサト。今は国連管理下に置かれる新生ネルフの作戦部長だ。彼女も三十代半ばに達した訳だが未だ独身、その美貌は衰えを知らず、成熟した大人の魅力を振り撒いている。そのミサトが昼日中から喫茶店にいるというのは、現在の職務がよほど暇なことの現れだろう。
「いやね、外歩いてたらあんた達を見かけてさぁ、久しぶりだからちょっち挨拶でもと思ってね」
「あ、葛城さん。お久しぶりです」ヒカリは礼儀正しく立ち上がって挨拶した。
 にこにこしながらミサトはヒカリの隣に腰掛ける。
「あらー、ヒカリちゃん、すっかり綺麗になったわねぇ。やっぱり男がいると違うわ。うん」
「いやん。そんなことないですぅ」ぽっと赤面して恥らうヒカリ。アスカはそんなヒカリが羨ましくなる。
「いいわねぇ、ヒカリは…」
「あら、アスカにはシンちゃんがいるじゃないのぉ」ミサトは三ヶ月前に起きた、二人の間の変化を知らない。
「それが違うの。聞いて、ミサト……」
アスカは、ここに至る長い経緯を説明しだした。

2.
「……なんかすっごい不自然だわねぇ」ミサトは事の背後になんらかの秘密があることを感じ取り、興味を深めている。
「でしょう。レイはきっと何か隠しているわよ」アスカが勢い込んで言った。
「大体、アスカったらやりすぎなのよ。もう大人なんだからさ、暴力沙汰は卒業しなさい」
 ミサトに痛いところを突かれたアスカは少し怯んだ。
「いや、そのう、ちょっと小突いただけなんだけど…」
 実際はシンジをマウントポジションからタコ殴りにして、病院送りにしたアスカだったが、そこは女の子、真正直には言わない。
「以後、気をつけなさいよ。ま、それは置いといて、まず疑問点を整理しましょう」
ミサトはポケットからメモ帳とペンを取り出した。
「1.にせ電話を架けて来たのは誰か。2.シンジとレイはどうやってアスカを避けることができたか。3.なぜ桑原ユウコが現れたか。4.これは、あなた達気づいてないわね。レイはアスカと会った後、どうやってヒカリちゃんに会ったか」
「えっ、それどういうこと?」アスカが驚いて言った。
「簡単よ。あなた達から聞いた内容を時系列にするとこうなるわ」ミサトはメモにさらさらと箇条書きに書き出していった。
1.アスカがレイと会う。この時レイ一人。(シンジは行列に並んでいた?)
2.この頃、ヒカリとトウジ入園。メインストリートを通って奥へ向かう。
3.アスカ、レイと決裂。帰り始める。メインストリートを通って正面ゲートへ。
4.ヒカリの前にレイが現れる。(レイは急いでいた)ヒカリを伴ってトイレへ。
5.ヒカリとトウジ、レイの案内で行列に並んでいたシンジに会う。
「…とまぁ、こんな感じになると思うんだけど、どうかしら?」
「うん、これでいいと思う。ヒカリはどう?」アスカがヒカリに訊ねた。
「えぇ、私もこんな感じだったと思う」
「と言うことはよ、レイはアスカと話した後、何故か走ってアスカを追い越し、どうやって知ったかは分らないけど、真っ直ぐヒカリちゃんのもとへ駆けて行き、生理用品を借りたと、こう言うことになるわね」
 ミサトは、こう説明して意味ありげにアスカとヒカリの顔を見回した。二人はあっけにとられている。
アスカが叫んだ。「やだ、なにこれ。変すぎるじゃない!」
「私も変だと思う…」ヒカリはあの日のレイの様子を思い出してみた。自分めがけて走って来る姿、切羽詰ったあの表情。
「綾波さん、私とアスカを会わせたくなかったのかな…」
「どうしてそんな事しなきゃなんないのよ」
「にせ電話したのは綾波さんだったとか…」
「あんたバカぁ。レイににせ電話する動機がないじゃない!」
「そうなんだけど…」
 ミサトが口を挟んだ。「これはじっくりと考えてみなきゃ分らないわね。とにかくレイの行動には謎が多いわ。ところで、その電話は携帯に架かってきたの?」
「うん。今も持ってる」
「着信履歴が残ってない?」
「ちょ、ちょっと待って」
 アスカは携帯を取り出し、着信履歴を調べた。
「あ、あった。これに間違いないわ」
 ミサトはその番号をメモ帳に記し、自分の携帯を取り出すと、その番号に架けてみた。呼出し音が続く。しばらく待ってみたが、誰も出なかった。
「誰も出ない。まぁいいわ。この番号がどこのものなのか、いずれ調べてあげる」
「あの、もしも、もしもよ」ヒカリがおずおずと口を開いた。「私に会ったのが、アスカと私を会わせないためでぇ、その、例のものを借りたのが嘘だったとしたら…」
「レイは生理中じゃないことになり、ホテルに泊まった二人は…」アスカの脳裏に哄笑するシンジとレイの姿が浮かんだ。
「いやっ。そんなのいやっ。シンジがアイツと初体験なんて!」
アスカは拳を振り回して悔しがる。ミサトがあわててなだめに入った。「まぁまぁ、アスカ。まだそうと決まった訳じゃないんだから」
ヒカリが小さくなって言った。「ごめんね、アスカ。私ったら、軽率なこと言っちゃって」
「今、確実なのは、協力者がいるってことね。第一候補は桑原ユウコ」ミサトがため息まじりにそう締めくくった。
 アスカは、真っ直ぐにミサトを見て、言った。「ね、ミサト。お願い。アタシに協力して」
「協力って?」
「アタシとシンジが仲を取り戻し、ゴールインするのを手伝ってほしいの。ミサトはなんと言っても作戦部長なんだから、きっといい作戦を立ててくれるわ」
「そんなこと言われても、あたしとレイは敵同士って訳じゃないんだし…」
「ミサトとアタシは長いこと同居した仲じゃないの」
「あたしは仕事持ってるわけだしぃ」
「暇そうじゃない。分った。お礼ははずむわ」
「学生さんにお礼って言われても…」
「えびちゅ1年分」
「乗ったわ」
 ミサトはにかっと笑って右手を差し出した。アスカも微笑を浮かべて、その手を力強く握りしめた。
「私が味方に付いたからには、大船に乗った気持ちになっていいわよ。この愛のキューピッド、ミサトさんがあなた達を幸せなカップルにしてあげる」
 ヒカリは目の前にいるおばさんがキューピッドと言うのを聞いて、背筋がざわついた。そして思う。この牛とも呼ばれるおばさんが、1年に飲むビールはいったいどれほどの量になるのかと。

「そうと決まったら、早速作戦会議よ。あなた達、時間はいいわね」ミサトが早速仕切り始めた。
「アタシは全然かまわないわ。ヒカリ、あなたもいいわね?」アスカがヒカリに向かって言う。
「う、うん」私、なしくずしに仲間にされてる…。
「まず、考えなきゃならないのは、今なにをなすべきかよ。はい、アスカ君。どう思う?」
「うーん、アタシがどうやってシンジと仲良くなるかってことかなぁ」
「ぶーっ。違うわ」
「相手の動きを読むってこと」
「惜しい。それも違う」
「分らないわ。何よいったい」
「まず、この組織の名前を決めるのよ!」
 アスカとヒカリは、盛大にコケた。
「ミサト。真面目に言ってるの?」
「大真面目よ。何事もまず形を整え、それから行動に移すものよ。形式を甘く見てはいけないわ。なんかいい名前ない?」
「うーん。アタシとシンジがらぶらぶになるのが目的だから…、アスカとシンジをくっつけちゃい隊!」
「それ、長すぎると思う。ラブラブアスカ×シンジ同盟というのはどう?」と言うヒカリもノってきている。
「それもちょっち長いわねぇ。頭文字を取ってLAS同盟は?」
「あ、なんかいいわよね、それ。らすどうめいって語呂もいいし」
「私も賛成」
「じゃ、組織の名前は決まりね。次は役割分担よ。まず、参謀兼会長はあたしで決まり。アスカは行動隊長でどう?」
「いいわ」
「ヒカリちゃんは、そうねぇ、レイにも近づけるから、秘密工作員がいいかな」
 秘密工作員。なんかかっこいい。「わかった。私、秘密工作員やるわ!」
「組織の概要が決まったら、次は敵状分析よ。敵を知り、己を知らば百戦危からず。孫子の言葉よ。今、敵は何を考えているか、そこから始めなきゃダメ。シンジ君とレイになったつもりで考えるのよ」
 すっかりノってしまったミサトは、作戦参謀に成りきっている。
「そうねぇ。この前、せっかくの初体験が流れちゃったとすればレイは…。生理が終わるのを今か今かと待っている…。シンジの方もお預けを喰らった訳で、したい、やりたい、ああ、それなのに…」アスカは大きく目を見開いた。
「大変!生理が終り次第、どこかにシケこむつもりでいるわ!」
 その時、店の奥でがらがっしゃーん、と大きな音がした。ネクタイをした初老の店主が、茫然としてこちらを見ている。
「アスカ。大きな声出さないで」
ヒカリがあわてて小声で注意した。アスカはてへっと舌を出して頭を掻いた。
「そうよ。アスカの言う通り。早く行動しないと、シンジ君の童貞はレイに盗られてしまうわね」と、ミサトは冷静に宣告した。
「まず、生理明けが何時かね。まぁ三日から四日は続くとして、水曜以降かな。シンジ君とレイの日程知らない?」
「そうねぇ。確か水曜は管弦楽部の練習の日じゃなかったかしら」
シンジは、部活として管弦楽部に籍を置き、チェロを弾いているのだ。
「その日は大抵終わった後、みんなで飲みに行ってるみたいだから、水曜はないと思う」
「木曜は?」…
「木曜は、確かシンジは5時限の経済原論を取ってて、帰りはわりと遅い」
 ヒカリが言った。「木曜の5時限と言えば、綾波さん、心理学を取ってるわ。私も取ってるから知ってるの」
「じゃあ待ち合わせてどこかに行くには丁度いい日ね」ミサトは、手帳をぱらぱらとめくってみた。「しかも大安吉日だわ!」
「あの、そんなの関係あるの?」
アスカは、どこかズレているような気がしている。
「大ありよ。日本の伝統を舐めちゃいけないわ。念のため、金曜は?」
「今週の金曜はシンジ、管弦楽部のコンサート本番の日。だから、この日はないと思うわ」
 ミサトは腕組みをして考え込んだ。1分、2分…、やがて、腕をほどいて言った。
「木曜日、私がシンジ君を尾行するわ。そして臨機応変にデートを阻止する。土曜日はこちらから仕掛ける。その日はアスカ、あなたにとって大切な日になるわよ」
 ミサトの表情は真剣だ。アスカもぐっと引き締まった顔で頷いた。
「アタシ、頑張るわ!シンジを諦めるもんですか!」
「良く言ったわ。聞いて。私の作戦はこうよ……」

「凄いわ。その作戦。きっとうまくいくわよ!」アスカが、うれしそうに叫んだ。
「すべてはあなたの頑張り次第よ。私達はあなたのサポートをするだけ。それを忘れないで」
「うん。大丈夫。もともと私達は好きあった仲。ちゃんと話せばシンジもわかってくれるわよ」
 プラス思考のアスカは、もう勝ったも同然の気分でいる。
「私も精一杯応援するから、頑張ってね」と、ヒカリも十分やる気になっている。
ミサトが切り出した。「作戦が決まったら、次は結団式よ!」
「結団式って、どんな事すんのよ?」
 ミサトはにこにこしながら言った「ま、居酒屋で飲むだけだけどね、アスカの奢りで」
「ええっ。アタシが持つのぉ」
「冗談よ。学生さんに奢らせる訳にはいかないでしょ。今日はあたしが奢ったげる」
「わー。さすが社会人!独身貴族!」
 それを聞いてヒカリは思った。この人、本当は飲みたいだけなんじゃないだろうか、と。


(続く)



お  ま  け
「しくしくしく…」
 おや、レイちゃん、どうして泣いているんだい?
「また、これに出るのね。下品なことやらせるのね」
 うーん、そりゃまぁ、そうなるかなぁって気はするなぁ。
「この前は下ネタを言わせたり、くだらない歌を歌わせたり、いつもの通りハダカにしたわ。私は清純派の神秘的な少女で通ってるのに…。人気投票やったらいまでも上位に入るのに…」
 そりゃ、ストーリー上の必然性ってもので…。
「アンタなんかまだいいわよ!」
 お、アスカじゃないか。
「アタシなんか、キチ〇イとか、精神崩壊とかひどい役ばっかりよ!少しはまともな役頂戴よ!」
 そう言われてもなぁ。
「今にアヤナミストに復讐されるのよ」
「アタシの下僕が黙っちゃいないわよ!」
 そ、そんな事言って脅かしたりすると、この次は、もっとひどい役にするぞ。レイはそうだなぁ、どじょうすくいなんかどうだ?こんな感じで…。

 ……レイは、覚悟を決めて、鼻の穴に棒を突っ込んだ。頭にはほっかむり、顔には黒々とひょうきんな模様が描かれている。仕方がない。これを踊りきらないとシンジの命がなくなるのだ。おはやしが流れて来た。レイはざるを取り、ぐっと腰をかがめて舞台へ飛び出した。
やすぅきぃぃ……

「やめてぇええええ!!」
 どうしたんだい?
「た、たのむからこれ以上私のイメージを壊すのはやめて」
 どうだ、まいったか。
「ううう、仕方がないのね。しくしくしく」
「ア、 アタシはもう通行人でいい。ホント、ぜーんぜん目立たない役でいいから」
 通行人ねぇ。こんな感じだな。

 ……シンジとレイは熱い口付けを交わした。固く抱き合う二人の後ろを、この物語とはなーんの関係もない、単なる通行人の惣流・アスカ・ラングレーがすたすたと通り過ぎて行った。……

「うっ、これもなんか腹立つ」
 こんなのでいいのかい?
「はい、はい、わかりましたよ。もう好きにしたらいいじゃない」
 うん、そうさせてもらうよ。それじゃ。
「「だみだ、こりゃ」」
ちゃんちゃん。


(第2回へ続く)



■Please Mail to 間部瀬博士(作者様の希望により、感想メールは綾波展で受け取ってから転送します)

■Back inserted by FC2 system