トリプルレイ2nd

第6回「復讐鬼の暗躍」

間部瀬博士


1.
 アスカは憂鬱だった。
 日曜日の昼下がり、せっかくの上天気にもかかわらず、アスカは自宅マンションのベッドに横たわり、ずっと天井を見続けている。昼近くまで寝ていて、簡単に朝昼兼用の食事を取ったアスカだったが、何もする気力なく、またベッドにだらしなく寝そべって考え事に耽っている。
 アスカの気鬱の種は勿論、どっちつかずのシンジの事。昨日もレイと共に、シンジをまるで犯罪者を護送するように、彼のアパートまで送ったアスカだったが、途中シンジがレイに対して見せた笑顔がやけに優しげで、それがアスカの心に棘のように刺さってしまった。 『……へぇ、綾波にもそんな可愛いところがあったんだ』(にこっ)
『…何を言うのよ』(ぽっ)
 ジェラしい。シンジは勿論アスカにも笑顔を見せるのだが、あれほど優しい笑顔は最近見てないような気がする。
 シンジ、アンタまさかファーストを選んだりしないわよね。結局アタシの元に還って来るのよね。
「ああ、シンジ」アスカはぎゅっと掛け布団を抱き締める。妄想がアスカの中に湧き上がる。
                           :
『アスカァ、やっぱり僕はアスカが好きなんだよう』しっかりとアスカを抱きしめるシンジ。
『ああ、シンジ。やっと分ってくれたのね』アスカもシンジを抱き返し、二人は熱く情熱的なキスを交わす。
 その様子をレイは悔しげに眺めている。
『ああ、碇君。アスカを選ぶのね。私じゃないのね』レイは涙ぐんで、拳をぶるぶる震わせている。
 シンジはキスを解いて、レイに向かって言う。
『悪いね、綾波ぃ。やっぱり僕はアスカのナイスバディがいいんだ。肉が食べられるから、メニューも苦労しなくていいしねっ』
『オーッホッホ。分った、ファースト。最後に人類は勝つのよ。人形の出る幕じゃないのよっ』
『ごめんなさい碇君。こういう時どんな顔をしたらいいかわからないの』
『泣いたらいいと思うよ』
『そうよ、泣くのよ!びーびー泣くがいいわ!ホホホホホホ』
『うう、アスカ様に対抗しようなんて、身の程知らずだったわ。…う……うぅ………びええええええええええぇえん』
 わんわんと大泣きするレイ。アスカはそんなレイを指差して大笑い。
『ホホ、オホホホ、オーッホッホッホッホッホッホッホォー』
                           :
 あほらし。
 アスカは掛け布団を放してベッドに大の字になった。ああシンジ、どうして分ってくれないの?アタシはこんなにいい女なのに、こんなに愛してるのに。ああ、シンジ………。
 アスカは今度は枕を抱きしめ、再び妄想モードに入って行った。
                           :
『アスカ、アスカァ、愛してるよおお』
 裸のシンジがアスカに覆い被さっている。アスカもまた裸だ。
『アタシもよ、シンジ。さぁ、来て。アタシを奪って。あなたのものにして』
『う、うん。行くよ、アスカ。僕のものにするよ』
『うれしいわ、シンジ。優しくしてね』
『アスカ、アスカァ……』
『シンジ、シンジィ……』
                           :
 ピンポーン。玄関のチャイムが鳴った。
 何よ。うるさいわねぇ。いい所だったのにぃ。アスカはしぶしぶパンティの中にもぐり込んでいた指を抜いた。
「はぁい、今行きますぅ」
 抱きかかえていた枕をベッドに戻して、アスカは気だるげに起き上がった。再びチャイムの音。はいはいと言いながら玄関に向かったアスカは、途中洗面所で手を洗ってから、玄関のドアを開けた。「どちら様?」
 戸口に立っていたのは、年の頃二十代後半といった感じの女性だ。髪を栗色に染めてアップにまとめ、黒縁の眼鏡をかけた顔立ちは落ち着いた印象を与える。手には中央の盛り上がった、布巾を掛けた盆を持っている。
「あの、私、今日、お隣に越して来ました桜ルミコと申します。初めまして。ご挨拶に伺いましたの」
 言われてみれば、朝のうち、隣室から騒がしい物音が聞こえて来ていた。
「あ、そうですかぁ。アタ、いえ、私は惣流・アスカ・ラングレーです。よろしくお願いしますぅ」
「こちらこそ。あの、これ引越しそばなんですけど、召し上がりません?」
 桜ルミコと名乗る女がにっこり笑って盆を差し出した。引越しそば。日本にはそういう習慣があると、聞いた事はあるアスカだったが、実際もらうのは初めてだ。かなり珍しい事に違いなかろう。
「まぁ、そうですかぁ。有難うございます。丁度お腹が空いてきた所だったんですよぉ。どうぞ上がって下さい」
 アスカはにこやかに笑ってルミコに答えた。起きてから食べたのがトースト一枚きりだったので、小腹が空いていたアスカには有難かった。
「えへへ、汚い所ですけどどうぞ。遠慮しないで」
 ルミコは靴を脱いで部屋に入った。左手には洗面所がある。その向かいに洋室のドアがあるので、ここが寝室だろう。廊下の突き当たりがリビングになっている。リビングの隣は障子が開いていて、六畳の和室が見える。2LDKというわけだ。リビングはアスカの言葉通り、お世辞にも綺麗とは言えない。掃除をこまめにするようなアスカではなかった。アスカはそばの乗った盆を受け取り、ルミコに小さめのソファを指して言った。
「そこに座ってて下さいな。今お茶いれますから」
「あ、どうぞお構いなく」
「いいえ、遠慮しないで。それと、これ今食べちゃっていいですか?」
「ええ、どうぞ。せいろを持って帰りますから」
 アスカはお茶をいれるためにキッチンに入り、薬缶にお湯を入れ始めた。ルミコには背を向けている。
 その時、ルミコは奇妙な行動を取った。右手が素早くポケットに入り、中から何やら小さな物体を取り出す。その手がソファの下に潜り込んだかと思うと、次の瞬間にはその物体は消えていた。
「桜さんは、どちらからいらしたんですかぁ?」
 アスカはルミコの方をちらっと振り向いて言った。ルミコは何食わぬ顔で、膝に手を置いて答えた。
「第二からです。今度、こっちの会社に就職することになりましてね。明後日から出勤するんです」
「そーですかぁ。じゃ、お一人?」
「ええ。気ままな一人暮らしですわ」
 などと四方山話をするうち、湯が沸いて、アスカは二つの湯呑みにお茶をいれた。ルミコの前に湯呑みを置くと、アスカは早速食卓について、ルミコが持ってきた盆に乗っている布巾を取り除いた。美味しそうなざるそばが現れた。
「うわぁ、美味しそう!いただきまーす!」
 アスカは、器用に箸でそばを摘んでたれに漬け、ぱくっと食べた。
「うん、結構いけますねぇ、これ」
 ルミコの眼が妖しく光った。口元に一瞬笑みが浮かんだが、すぐに引っ込めた。
「そうですか。良かった。私、こちらは初めてだから、お店のこととか、良く知らないもので。ところで、アスカさんて眼が青くていらっしゃるけど、ハーフなんですか?」
「いいえ、クオーターなんですよぉ。十四歳までドイツで育ったんです」
 アスカは、自己紹介をしながら、せっせとそばを口に運んで行く。ルミコはその様をうれしそうに眺めている。
 いつしかざるの中のそばはなくなり、アスカはそば湯をつゆの中に注ぎ、その器を持って、最後の一滴まで飲み干した。
 むふ。ルミコの口元にまたしても怪しげな笑みが浮かんだ。楽しくてしょうがないという感じだ。
「あーおいしかった。どうもごちそうさまでしたぁ」
「お気に召したようで良かったですわ。それじゃ私、荷物の整理がまだなもので、これで失礼します」
 ルミコは立ち上がって、そばの食器が乗った盆を手に取った。
「あ、そうですかぁ。なんでしたらお手伝いしましょうか?」
 ルミコはどきっとして大きく手を振った。
「え、い、いいえ結構です。一人分の荷物だから、大した事ないですからぁ。お休みになってて下さいな」
「そうですか。じゃ、また今度ゆっくり遊びに来て下さい」
「そうですね。それじゃどーもー」
 ルミコは玄関でおじぎをして、外へ出て行った。アスカは彼女を見送ってから、お腹をさすって一人ごちた。
「あー今日はついてる。得しちゃったなぁ」

 ルミコは、隣室のドアを開け、中に入った。リビングには引越し荷物の入った段ボール箱か数個、開けられずに積み重なっている。
 ルミコはその部屋の中央に立つと、ぷーっと盛大に吹き出した。続いて腹をよじりながら大爆笑した。終いには腹を抱えて床を転げ回った。
「ひーひー苦しいー。あいつ飲みやがった。食べやがった。あたしのフケ入りのそば。雑巾の絞り汁入りのつゆ…」
 鬘が取れて、女の本来の黒いショートカットが現れた。眼鏡を取り去り、床に投げ捨てた。
「けけけ、あいつ、あたしのフケがたっぷり乗ったそばを、おいしい、おいしいって言って食べたわ。くっくっく、トイレ掃除に使った雑巾絞った汁を、かかか、最後まで飲んだわ。むは、むははははははははは……」
 ひとしきり大笑いした女は、はぁはぁと大きく息をつきながら、アスカの部屋の方にある壁をきっと睨んで呟いた。
「覚悟しなさい、アスカ。この伊吹マヤの眼が黒いうちは、あんたに幸せは来ないわよ!」

2.
 不幸な女、伊吹マヤ。彼女は約1ヶ月前の「楓荘」での「膣ケイレン事件」以来、世間から姿を消した。こともあろうに男と繋がった下半身を複数の同僚に目撃されたとあっては、とてもではないが、出勤する勇気は彼女にはなかった。――あたしの事はネルフが存続する限り「伝説」として残るのよ。笑い者になるのよ。最早ネルフ本部に身の置き所はなく、かと言って青葉のように海外支部へ転勤する気にもなれず、結局退職の道を取ることとなってしまった。
 その青葉だが、事件後、急速に冷たくなり、彼がベトナムへ発つ日、とうとう別れ話を持ち出された。
『ごめん、マヤちゃん。君との事、親にこっぴどく叱られてね。そんな女と付き合うのなら親子の縁を切る、とまで言われちゃってさ。ほら、おれの家って結構名門だから、スキャンダルには敏感なんだよ。だから、ほんとごめん。おれみたいな奴の事、早く忘れて幸せになってよ』
 衝撃だった。彼女の人生設計では、青葉と夫婦となってネルフ本部で働き、いずれあの金髪部長に取って代わる予定だったのである。それが、結婚もネルフに残ることも出来なくなってしまった。
 何たる人生の暗転だろうか。マヤはしばらくの間、食事も喉を通らなかった。そうして激痩せした彼女の中にある一つの執念が生まれた。
 アスカへの復讐。
 自分がこんなに不幸になったのに、その原因を作ったあの女は、のうのうと幸せそうに暮らしている。しかも碇シンジと結ばれ、さらに幸せになるかも知れない。こんな不公平があっていいものか。
 嘆きは憎悪に転化した。今やアスカを陥れることが、マヤの生きがいとなった。その復讐第一弾が今回の「引越しそば作戦」だったのである。

 作戦の効果は覿面に現れた。アスカは、その夜ひどい腹痛と下痢、高熱に襲われたのだ。それは、翌日も続き、アスカは大学を休まざるを得なかった。

 次の日。朝7時に目覚めたアスカは、何となく自分の体が軽く感じられた。腹痛も治まっていた。うん、調子いいみたい。トイレの方もちゃんとしたお通じがあった。やれやれ、元に戻って良かったわ。昨日は学校休んで、シンジ心配したろうな。
 この時、アスカの中に閃くものがあった。
 待てよ。この情況をうまく使えば……。むふ。案外うまく行くかも!
 顔を洗って、簡単な朝食を取ったアスカは早速携帯電話を取り出し、ヒカリを呼び出した。

「おはよう。碇君」
 一時限目の講義が終わって、廊下に出たシンジに声を掛けたのは、LAS同盟秘密工作員洞木ヒカリである。
「あ、おはよう委員長」
 シンジはさわやかに笑顔を見せてヒカリに応えた。高校時代も学級委員だったヒカリのあだ名は、相変わらず『委員長』で、彼女は最早それを止めさせる気も起きなかった。
「碇君。その、アスカの事なんだけど」
「ああ、アスカ、昨日休んだみたいだね。今日はどうなのかな?」
「それなんだけどね、大分悪いようなの」
「へぇ……」シンジの顔が心配そうに曇った。
「私に掛けて来た電話じゃ、大分苦しそうだったわ」
「そう。じゃ、授業が終わったら、綾波と二人で早速お見舞いに行くよ」
「駄目よ!」
 ヒカリがきつくシンジに言った。シンジは目をぱちくりさせる。
「綾波さんが行ったら、良くなるものも良くならなくなるわよ。アスカが綾波さんの事、どう思ってるか分るでしょ」
「そりゃまあ」
「本当にアスカの事を想ってるんだったら、碇君一人で行って。アスカったら、私に涙声で言うのよ。『アタシ、死ぬ前にシンジに会いたい』って」
「そんな大袈裟な…」
「とにかく!アスカの病気を治したいんなら、碇君一人で行くの!綾波さんには内緒で!」
「内緒でかい?」
「そうよ。あの人の事だから、必ず碇君について行くって言うわよ。そんな事になったらアスカの病気、もっと悪くなっちゃうわ」
「そうかもなぁ」
「大丈夫。アスカは病気なんだから、碇君を誘惑するなんて、できないわよ。安心して行って来なさい」
「そうだね。そうするよ」
 その時、遠くにレイの姿が見えた。こちらを見て、手を振っている。今日はアスカがいないので機嫌が良さそうだ。
「それじゃ、私、行くから。必ず一人で行ってね」
 そう言うとヒカリは足早に立ち去って行った。残されたシンジはふぅ、とため息をついた。

 シンジと離れ一人になったヒカリは辺りを見回して、携帯電話を取り出し、アスカを呼び出した。
「アスカ、私ヒカリ。うまくいったわよ。…そう、碇君一人でそっちに行くの!…うん、綾波さんには内緒。頑張ってアスカ!応援してるわよ!」

3.
 その日の午後2時。授業が終わったシンジは、マンションの四階にある、アスカの部屋の前に立った。405という数字がドアに嵌めこまれている。シンジがアスカの部屋を訪ねたのは、これが初めての事だった。
 女の子の部屋かぁ、なんかどきどきするよなぁ。
 六年前、レイの部屋に初めて入った時のことが思い起こされた。あの時はびっくりだったなぁ。綾波ったらあんな格好で出てきて、事故とはいえ生チチにさわっちゃってさぁ……、いけね、よだれ出てきた。シンジは手の甲でよだれを拭うと、チャイムのボタンを見つめた。今度はあんな事起きないよ。アスカ、病人だしね。
 ピンポーンと玄関のチャイムが鳴った。アスカは飛んで行きたいのをこらえて、パジャマ姿で、わざとゆっくり戸口へ向かった。顔にはやつれて見えるようなメイクを施してある。「はぁい」と、弱々しく応えてドアの鍵を開けた。待望のシンジがそこに立っている。腕に果物の入った籠を抱えている。
「ああ、シンジ、来てくれたのね」
「アスカ、どう?大丈夫?」
 シンジが心配そうにアスカの顔を覗き込んだ。アスカはふっとかすかな笑みを浮かべてシンジに答えた。
「うん。少しずつ良くなって来てはいるようだけど、まだ全然本調子じゃないの」
「そりゃ、大変だ。さ、こんな所に立ってないで、横にならなくちゃ」
 シンジは靴を脱いで上がり込んだ。と、アスカはああん、とかすかにうめいて、へなへなとその場に座り込んでしまった。
アスカァ!」
 シンジはあわててアスカの傍にしゃがみこんだ。
「力が入らないの。お願い。だっこしてベッドまで連れてって」
 シンジは一瞬迷った。騙されているような気もする。しかし、ここで四の五の言っても仕方なかろう。
「う、うん、分った。しょうがないなぁ」
 シンジは果物籠を置いて腰をかがめ、アスカの膝の裏と背中に腕を回した。アスカはシンジの首に腕を引っ掛けた。 「よいしょっ」  アスカの体が持ち上がった。アスカの目の前にシンジの横顔がある。じっとそれに見惚れるアスカ。
「寝室はどっち?」
「あ、そっち」
 アスカは右側にあるドアを指した。行こうとするシンジにアスカは言う。
「ねぇ、新婚さんが新居に入る時、こうやるって知ってる?」
「ああ、なんかで聞いたことは…」シンジの頬がみるみる赤くなる。「なんで今そんな事言うのさ」
「えへへ、なんとなくねぇ」
 アスカは赤毛の頭をシンジの頬に付けた。シンジは相手にせずドアを開けて部屋に入った。ベッドにアスカの体をどさっと下ろす。しかし、アスカは腕を放さなかった。シンジの体がアスカに覆い被さる。
「ちょっと、アスカァ」
「うぅん、いいじゃない、少しぐらい」

 それらの声に密かに聞き入る者がいた。隣室の桜ルミコこと、伊吹マヤである。
「あんのヤロー、うまくやりやがってぇ」
 マヤは拳を握り締め、奥歯をぎりぎりと噛み締めながら、ヘッドフォンから聞こえる声に憎悪を燃やす。
 一昨日、アスカの部屋にあるソファの下にうまいこと盗聴器を仕掛けた。その晩、腹痛を訴えるアスカにマヤは溜飲を下げたものだ。しかし今日こうなるとは夢にも思わなかった。今日は朝から雑用を片付けるため昼頃まで外出していて、この陰謀に気が付かなかったのだ。
「あいつ、さっきまでテレビ見ながら、せんべい食ってたくせにぃ。こうしちゃいられないわ。何とかして阻止する方法を考えなきゃ!」

4.
 本日の綾波レイ、レイナは今日一日の講義を聴き終わり、自宅への帰り道を歩いている。その時、バッグの中の携帯電話が軽快なメロディーを奏でて着信を告げた。
「はい、もしもし」
『あなた、綾波レイさんね?』
「そうですけど、どなた?」
『匿名希望よ。碇シンジ君のことで大事な話があるの』
 レイナは立ち止まった。緊張して顔がこわばった。それはどこかで聞いたことがあるような女の声だ。しかし誰とは特定できない。 「碇君のこと?一体どういうことですか?」
『安心しなさい。私はあなたの味方よ。彼、今どこにいるか知ってる?』
「いいえ」
『アスカのマンションよ』
「えっ……」
『あなたとアスカのライバル関係は知っているわ。もしもあなたが、このままアスカと彼が懇ろになるのを阻止したいなら、早く行動したほうがいいわね』
「あなたは一体だれなんですか?なぜそんな事を知ってるんですか?」
『それは秘密。もう一つ。碇君はアスカのお見舞いに行っただけよ。ただ、アスカはそれだけで終わらせるつもりはないわ。今言えるのはこれだけ。それじゃ』
 電話は切れた。話し中の音が単調に続いている。レイナは茫然としてその場に立ち尽くした。今の女は誰?碇君、あなた本当に…?  レイナは意を決して、シンジの携帯の番号に掛けた。だが、非情にもその携帯電話の電源は切れていた。シンジはアスカに気を使って、わざわざ電源を切っておいたのだ。レイナは眉根に皺を寄せた。続いてアスカの携帯に掛ける。
『この番号は現在使われておりません……』
 何これ?どういう事?レイナはじっと携帯電話を見つめて考えた。可能性は一つ。アスカは自分の知らない間に番号を変えたのだ。他には知らせておいて、レイにだけは内緒にしておく。ありうることだ。
 碇君、あなたまさかアスカの色仕掛けで…。レイナの脳裏に、裸で抱き合うシンジとアスカの姿が浮かんだ。大変!すぐにアスカの所に行かなくちゃ!レイナは大急ぎで自宅に電話を掛けた。

 シンジはやっとのことでアスカを離した。
「もう、アスカは病人でしょ。こんな事したら治るものも治らなくなるよ」
「えへ、シンジの顔を見たら、なんだか元気になっちゃった」
「まったくもう。でもそれだけ元気で良かったよ。何か果物でも切ろうか?」
「いいの。それよりアタシ、お風呂に入ってなくて、べたべたして気持ち悪いの。体拭いてくれない?」
「なっ……」シンジは絶句してしまった。いくらなんでもまずいのでは……。
「ねえ、いいでしょ。アタシあんまり力が入らないから」
 自分で拭けと言われるのに機先を制した。シンジはぐっと生唾を飲み込み、考え込む。
「シンジィ、ねえったらぁ」
 アスカは体をくねらせておねだりする。シンジとて朴念仁ではない。アスカの体を見たくないと言えば嘘になる。それどころか、見たくてたまらない。だが一方でレイとの事も考えねばならない。遂にレイを捨て、アスカを取ることになるのか。しかしレイも捨て難い。窮地に立ったシンジがしたのは、事を合理化することだった。
 僕はアスカのお見舞いに来たんだ。アスカを看護するのは当然の事だよ。そうだ、これは看護の一環なんだ。だから、全然いやらしい事じゃないんだ。むしろとても素晴らしい事なんだ!
「分った、アスカ。待ってて。蒸しタオルを持って来るから」
 腹が決まったシンジは、勢い良く立ち上がって洗面所の方へ向かった。その足取りは心なしか軽やかだった。

「アスカめぇ!」
 盗聴中のマヤは歯噛みして悔しがる。このままいけば、アスカはきっとシンジを篭絡してしまうに違いない。レイが来るのはもう少し先になるだろう。ここは自分が行動を起こさなくては。マヤは立ち上がった。

 ピンポンと玄関のチャイムが鳴った。丁度シンジがほかほかの蒸しタオルを持って、廊下に立った時だった。誰かな。アスカに出てもらうのもなんだし。仕方がない、出て見るか。
 シンジがドアを開けると、立っていたのは髪をアップにした眼鏡の女だった。
「あの、私、隣の桜ルミコと申します。惣流さんいらっしゃいますか」
「そのう、アスカは今、病気で寝てまして。あ、僕、彼女の友達です。」
「まあ、やっぱりそうなんですか。昨日、やつれた顔してるの見ましたから、心配してたんですよ。何かお手伝い…掃除中ですか?」ルミコはシンジが手に持っているタオルを指して訊いた。
「あ、これですか。ま、そんなところです」シンジは曖昧に笑って答えた。
「そうだ!タオルと言えば、惣流さん、体がべたついて困ってるんじゃないかしら。拭いてほしいんじゃないかなぁ」
 シンジはぐっと答えに詰まった。見知らぬ女はまっすぐにこちらの顔を見つめている。ここはどう答えればいい?突然ルミコは大声を上げた。
「あっ、ごめんなさい!私、気が利かなくて。そおかあ、そおゆう仲なんですねぇ。なんだかお邪魔しちゃったみたい」
「あっ、いや、違います!全然そんな事ないんですよ!た、ただの学友でして。このタオルもほんとに掃除に使うんです」
 シンジは思わずそう答えてしまった。それはルミコの思う壷だった。
「そおですかぁ。じゃ、あの人に訊いていただけません?体をお拭きしましょうかって。こういう事は女同士じゃないと駄目ですものねぇ」
「は、はぁ…」
シンジとしては、そう言わざるを得なかった。いやいやながら奥へ向かって寝室のドアを開ける。
「アスカ、お隣の桜さんが、体を」
 シンジは最後まで言えなかった。飛んできた枕がシンジの顔を直撃したのだ。ベッドでは、アスカが鬼のような顔をして座っていた。  まずいことになった。アスカが折角大サービスを申し出たのに、シンジはそれを無にしてしまいそうなのだ。シンジはドアを閉めて、アスカの傍に近寄り、うなだれた。
「ごめん、アスカ。つい言葉のなりゆきで」
「アンタ、アタシの好意なんかいらないってわけ?女の体なんか見飽きてるってわけ?」 「そんな事ないよ」
 アスカはいまいましげにシンジを睨んでいる。シンジは首をすくめて小さくなるばかり。やがてアスカは意を決して立ち上がった。
「ま、いいわ。アタシが出るわ」
「大丈夫?」
「少しぐらいなら平気よ。シンジはここにいて」
 アスカは廊下に出て、ルミコに向き合った。
「あら、桜さん、今日は。すいませんねぇ、ご心配かけちゃって」
「あ、どーもー惣流さん。具合はどうですか?」
「大分良くなってきました。明日には元気になってると思いますよ」
「そうですか、良かった。で、体べとついてたりしてません?」
「そうですけど、もうすぐ友達のヒカリが来る事になってるんです。その娘にやってもらいますから、気にしないで下さいな」
「え、でも…」
「ほんと、お隣さんにそんな事してもらうの悪いですから」
 マヤは内心思った。そう来たか。どうしよう。いい手を思いつかないわ。ここは一旦引くしかないか。
「そうなんですか。それじゃ、私隣にいますから、用があったら何でも言ってくださいね。どーもー」
「わざわざ有難うございました」
 ルミコが手を振って去って行った。ドアが閉まった途端、アスカはにんまりと笑い、シンジのいる寝室へ向かった。
「さ、シンジ。お願いするわん」

 その頃、洞木ヒカリは、アスカとシンジの成り行きをあれこれ想像しながら帰り道を歩いていた。アスカ、きっと碇君とうまく行くわね。色っぽいもの。我慢できる碇君じゃないわ。ひょっとしたら今頃……、ヒカリの脳裏にとても言葉では言い表せない光景が浮かんだ。頬を真っ赤に染め、道路の真中で、思わずいやんいやんをした。道行く人が怪訝そうにそれを見ていた。
ふと、ヒカリは立ち止まった。あら、あれって…。車道を挟んで向かいの通りの商店街に、見慣れた蒼い髪の娘を見つけたのだ。あれ、綾波さんじゃない!レイは丁度花屋から出て来たところだ。手には大きめの花束を抱え、急ぎ足で通りを歩いて行く。変ね。向こうは綾波さんの家のある方角じゃないわ。あっちにあるのは…、アスカの家よ!ヒカリはすぐさま携帯電話を取り出し、メールを打ち始めた。

 アスカは色っぽく流し目を送ってベッドに歩み寄る。シンジは心臓をばくばくさせて突っ立っていた。アスカはベッドに腰掛け、上目遣いにシンジを見つめ、いたずらっぽく笑みを浮かべてパジャマの上着に手をかけた。ボタンが一つ一つはずされ、アスカの白い肌が少しずつ露わになっていく。シンジはそれを食い入るように見つめ、ごくりと生唾を飲み込んだ。
 と、ベッドの枕元にある携帯電話が着信メロディーを奏でた。「んもう!」アスカは腹立たしげにそれを取った。シンジは、はぁ、とため息をついて天井を眺めた。着信したのはヒカリからのメールだ。
『アスカ大変。綾波さんが花束買って、そっちの方へ行ったわ!!!』
 げっ。あいつがなんで来るのよ。どーすんのよ、この大事なときにぃ。アスカは唇を噛み締め、考え込んだ。
「アスカ、何かあったの?」
 シンジはアスカのその様子を見て心配そうにした。アスカは立ち上がって、作り笑いを浮かべた。
「あ、ごめんね、シンジ。ちょっと用事が出来ちゃった。悪いけどここで待っててくんない?すぐ戻るから」
 アスカはリビングに入り、腕組みをして考えにふける。レイとシンジが出会えば、この絶好のチャンスはふいになるだろう。このまま機会を生かすためには、シンジに隠れていてもらうしかない。どうしたらそうできるか?アスカは何気なくキッチンを見た。一昨日作ったラーメンのつゆが入った鍋が目に入った。アスカの頭上に電球が現れ、ぱっと灯が点った。そうだ、あれをうまく使えば!
「シンジ、ちょっとこっちに来てくんない?」
 アスカは寝室のシンジを呼んだ。シンジはリビングに向かった。
「どうしたの、アスカ」
「別に大したことじゃないの。そこに座って」
 シンジはアスカの指した食卓の椅子に座った。そこではキッチンに背を向けることになる。アスカはつゆの入った鍋を両手に持った。シンジは前を向いていて、こちらは死角に入っている。
「これ、一昨日作ったんだけど、まだ大丈夫かしら…きゃああっ」
 アスカは一声叫んで、鍋の中身をシンジにぶちまけた。同時に前に倒れこんだ。
「うひゃあああ!!」
 シンジの全身にラーメンのつゆがかかった。あわてて立ち上がったシンジの体から、ぽたぽたと雫が、もやしが、鳴戸が、シナ竹がたれ落ちる。フローリングの床にラーメンのつゆが拡がる。
「あああ、ごめんシンジ。アタシ、つまづいちゃって。どうしよう」
 アスカはおろおろしながら、必死にあやまる。シンジはしばし茫然としていたが、振り向いて引きつった笑いを浮かべた。
「大した事ないよ。アスカこそ大丈夫?」
「アタシは大丈夫。それよりシンジの服が大変」
 シンジの着ていたポロシャツもズボンもつゆまみれだ。とてもじゃないが着ていられない。
「ごめん。すぐに洗濯しなくちゃ。油だから、早くした方がいいわ」
 それは、シンジも同意見だ。しかし、その間シンジはどうしたらいい?
「でもその間、何か着るものある?」
「うーん。シンジのサイズに合うものはないわねぇ」
 シンジは二十歳の今日まで、順調な発育を遂げていた。今やアスカもレイも、シンジよりずっと背が低い。
「そうだ!お風呂に入んなさい。うちは乾燥機もあるから速いわよ。ね、そうしなさい」
 シンジとしても、体がべたべたして気持ちが悪く、その提案は有難かった。
「うーん。悪いけどそうさせてもらうよ。とほほほほ」

5.
 浴室の湯船に浸かり、人心地ついたシンジは、最前までのことを思い返していた。アスカ、全然元気みたいじゃないか。最初からアスカのペースでさぁ。騙されてるのかなぁ。
 浴室の前にある洗面所のドアが開き、アスカの姿が浴室のドアのすりガラスにおぼろに浮かんだ。
「シンジ、湯加減はどう?」
「うん、気持ちいいよ、アスカ……」
 シンジは緊張した。先程までのアスカの態度から、『背中流しましょうか?』とか『アタシも一緒に入っていい?』などと言ってきそうな気がしたのだ。
「アタシも一緒に入っていい?」
 来たあ。ど、どうする?
「―と、言いたいところだけど」
 がくっとシンジは突っ伏した。惜しいような、安心したような。
「もうすぐレイがこっちに来るわ」
「綾波が!」シンジの叫びが浴室に轟いた。
「そうよ。ヒカリから知らせが届いたわ。まずいことになったわね」
「そ、そりゃまずいなあ。アスカの所で風呂に入ったなんてことがばれたら、誤解されちゃうよ」
「そーよねぇ。アタシにとっちゃ好都合だけどぉ」
「ちょ、ちょっと。あることないこと言って、綾波をだますつもりじゃないよね?」
「そりゃ、シンジの心がけ次第ねぇ」
「アスカァ、た、頼むから変なこと言わないでよ。綾波に嫌われちゃうよぉ」
 シンジの脳裏にレイの驚く様が浮かんだ。
                          :
『……碇君。なぜこんな所で風呂なんかに…』
『あ、綾波ぃ、これには深いわけが』
『あーらファースト、勿論アタシ達がしっぽり濡れたからに決まってるじゃないの』
『なんですって…』
『うふん、シンジったら、とっても激しいんだからぁ。あそこが壊れちゃうかと思ったわ』
『なにを言うんだ、アスカ。ち、違うんだよ綾波。アスカは嘘をついてるんだよう』
『さよなら、碇君』
『待ってよ、綾波ぃ』
『ホホホ、オーッホッホッホッホッホォー』
                          :
「…騙したね、アスカ」
「ごめんね、シンジ。でも、こうでもしないと分ってもらえそうもないもの」
「ここまですることないだろう!」
「許して。それだけあなたを愛してるの。一緒になりたいの」
 シンジは頭を抱えた。すべては自分の優柔不断に端を発している。なんとかしなければならないのは、分ってはいるのだ。だからといって、簡単に決められるものではない。とにかく今を凌ぎ切る事だ.
「分った、アスカ。僕は隠れていることにするよ。それから、服が乾いたら僕は帰る。今日はアスカにはなんにもしないよ。いいね」
「分ったわ」どーかしら、アタシの魅力にいつまで逆らえるかな?
 その時、ピンポンと玄関のチャイムが鳴った。

「はーい」アスカがドアを開けると、立っていたのは案の定レイだった。手には色とりどりの花束を持っている。
「今日は、アスカ。具合どう?」
「こんちは。うん、すっかりいいみたい。明日は学校に行けるわ。で、何か用?」
「お見舞いに来たの。これ、お花」
 レイは花束を差し出した。
「あら、珍しい。明日は雪がふるんじゃないかしら。ま、有難く頂戴するわ。ありがと」
 アスカは手を伸ばしたが、レイは胸に引き戻した。
「碇君来なかった?」
「いいええ、来ないわよう」
「そう」
 レイは視線をあちこちに走らせた。足元にシンジの物らしい靴はない(アスカが抜かりなく隠しておいたのだ)。奥の方にもそれらしき気配はない。
「このお花、生けてあげるわ。上がらせて」
「あら、悪いわねぇ。どうぞ」
 あっさりとアスカが上がらせたことに本日のレイ、レイナは驚いたが、表情には出さず部屋に入り込んだ。洗面所の方では洗濯機の回る音がしている。
「汚くしてるけどね。気にしないで」アスカはレイナをリビングに案内した。
 レイナはリビングの中をちらちらと見回す。シンジの姿は勿論、形跡すら見出せない。他の部屋へ通じる戸はどれも閉まっている。
(どうする?碇君いないみたい)レイナは外に待機しているレイカにテレパシーを飛ばした。
(違う部屋にいるのよ、きっと)
「花瓶、これにお願い」
 アスカがキッチンの下の扉を開いて花瓶を取り出し、レイナに渡した。
(いるのなら、出てきてもいいはずよ)
(そこが不思議ね)
 レイナは花瓶に水を入れながら、アスカに言った。
「アスカの家、なかなか素敵ね。他の部屋も見せてもらっていい?」
「それはちょっと困るのよねぇ。アタシ、ミサトに似て掃除ちっともしないからさぁ、人に見せられるもんじゃないのよ。今度掃除しとくから、この次にして」あっさり断られてしまった。
(どうする?無理やり開けちゃう?)
(それはまずいわ。作戦を立て直しましょう)
 レイナは花を花瓶に生け、アスカに訊いた。
「これ、どこに置く?」
「そのテーブルに置いて。うん、綺麗ね。ありがと」
「ほんとにもう大丈夫なの?」
「まぁね。でももう少し寝ることにするわ。今日はほんとにありがと」
 アスカはレイナの肩に手をかけて促す。レイナとしては不本意ながら、引き上げざるを得ない。
「それじゃ、アスカ、お大事に」
 レイナは未練を残しつつ、玄関から外へ出た。見送っていたアスカはドアがしまると同時に、にやりと笑ってガッツポーズをした。

6.
 アスカのマンションを出たレイナは、レイカとレイコが待機する近所のハンバーガー屋に入った。奥の座席で二人が待っている。レイカのいでたちは黒のショートカットに銀縁眼鏡、下はグレーのスラックス。レイコは栗色の長髪にサングラス、下はジーンズだ。二人共動きやすい服装をしている。
「「ご苦労様」」
レイナが二人の前に座り、早速作戦会議が始まった。
「でも変よね。碇君なぜ出てこないのかしら」
「おかしいわよね。隠れる理由がないわ」
「そうとも言えないわ」レイカが深刻な表情で言った。
「「どうして」」
「例えば、碇君、裸でいたとしたら…」
 他の二人の表情が曇る。そんな事だとしたら、事態は絶望的だ。
「まさかアスカと…」「そんなのいや」
「他になにが考えられる?」
「もう帰ってしまった」
「それならアスカはそう言うはずだわ」
「そうね、それはないわ」
「まさか、これもないと思うけど…」レイナが不安そうに切り出した。
「「なに?」」
「碇君、眠らされて監禁されてるんじゃ…」
「「!!」」レイカとレイコは愕然とした。
                          :
『あーらシンジお目覚め?』
 仁王立ちになったアスカが、ベッドに大の字に縛り付けられたシンジに言う。シンジはパンツ一丁。アスカは婀娜っぽい黒の下着に身を包み、ガーターベルトまで着けている。顔は何故か蝶の形の仮面で覆っている。
『んーー』
 シンジは口に猿轡を噛まされ、一言も発声できない。
『さーシンジ、これからとっても気持ちのいいことしましょうねぇ。固くなることないのよう。一部を除いてね』
『んーー』
『それにはまず邪魔っけなものを降ろさなくちゃねー』
 アスカの手がシンジのパンツに掛かった!
『あーら、可愛い赤ちゃんだことぉ。でもこれがたちまちのうちに成長するのよねー』
『んーーーーー!』
『ほーら、これでどう?うりうり、うりうり』
『んーーーーーーーーーー!!』
『さらに……。……ほう?ヒンヒ、ひほひひい?』
『\(゚д゚)/☆★◇◆▽♂♂』
『ほーら、あっと言う間に大入道になりましたぁ』
 アスカの両手が自身の黒いスキャンティに掛かった!遂に神秘の叢が露わに!
『\(^0^)/▼▼▼♀♀!!♂♂♂♂♂♂♂!!』
『さぁ、シンジ。これから心も体も一つになるのよん』
 アスカがシンジに跨った!腰がゆっくりと降りてくる!
『\(゚0゚)/☆○◎♀▼▼▼♀↑↓ゑ★□!!!!!』
                             :
「まさか、そんな……」
「そこまでするかしら…」
「ない、とは思うけど…」
 その時、レイナが持つ携帯電話が鳴った。レイナは早速取り出して液晶画面を見た。
「匿名希望からメールだわ!」
「一体誰なのかしら?」
「とにかく見てみましょう」
『何やってんの!シンジ君は風呂場よ!それと、アスカとはまだ肉体関係はないわ。今ならまだ間に合うわよ』
 三人はしばし無言で画面に見入った。数々の疑問が湧き上がってくる。
「この人、どうしてこんな事、分るのかしら」
「この携帯の番号知ってるってことは、私達の知り合いに違いないわ」
「碇君、なんで風呂なんかに…」
「きっと深い訳があるのよ」
「でも、この人信用できるのかな」
「かつがれてるって事も考えられるわね」
 レイカはあせりを感じて、強い口調で言った。
「こうして話していても仕方ないわ。またアスカの部屋に行くしか確かめるすべはないのよ。一刻も早く行動に移りましょう!」

7.
 アスカのマンションでは、シンジが風呂から上がり、花柄のバスタオルを体に巻いて洗面所を出た。長時間風呂に入っていたので、いい加減のぼせそうになり、やむなくこうして出て来たのだ。
「アスカァ、あがったよ」
 アスカの返事はない。リビングに入ったシンジはきょろきょろと辺りを見回したが、アスカはいなかった。
 いきなり、後から目を塞がれた。シンジの背にアスカが密着する。「だーれだ?」
「んもう。アスカ、ふざけないでよ。アスカしかいないでしょ」
「へへへ。シンジ。今アタシがどんな格好をしてるかわかる?」
「……!!」シンジは絶句した。まさか裸?
「あ、あ、あのねぇ、アスカ。さっきも言ったけど、僕はなんにもしないよ」
「そーお、だったら見てみれば」
 アスカはシンジの目を覆っていた両手を離した。シンジの背中からアスカの胸の感触が消えた。シンジはおずおずと振り返った。  それは、シンジが心の奥で期待したものではなかった。アスカもシンジと同様、バスタオル一枚を体に巻きつけていたのだ。しかし、これはこれで十分色っぽいものだ。うふん、とアスカは艶然と微笑んだ。
アスカ。気持ちは有難いんだけど…」
「うっふん、シンジ。そう言いながら目はアタシに釘付けじゃないのん」
 アスカは、そのまま様々なポーズを取り始めた。髪の毛を梳き上げながら、流し目をシンジに送り、体をくねらせる。二の腕で胸を挟んで豊乳を強調する。モデル並のプロポーションを誇るアスカがやるのだから、男なら誰しも目を離せまい。シンジはごくりと生唾を飲み、アスカの姿態に見入る。
 やがてアスカはにやりと小悪魔のような笑みを浮かべ、両手をバスタオルの端にかけた。シンジの目が丸くなった。「アスカ、それはまずいって!」
「じゃーん!」アスカはシンジに構わず一気に腕を広げた。アスカの美しい裸体がシンジの目に飛び込んだ。だが次の瞬間シンジは目をつぶり、アスカの横を駆け抜けた。
「僕、もう一回お風呂に入るよっ」
 シンジは駆け足で風呂場へ入って行った。リビングにはバスタオルを広げた全裸のアスカが、ぽつねんと取り残された。
アスカは地団駄踏んで風呂場へ向かって叫んだ。「この意気地なし!!」

 風呂場ではシンジが、湯船の端に腰掛けて、肩で大きく息をしていた。先程、ほんの一瞬見てしまったアスカの体が、瞼の奥に焼き付いていた。アスカの体、綺麗だった…。シンジの股間のものは見事に屹立を遂げていた。アスカの裸見ちゃった。いい体してたなぁ。おっぱい、でかかった。あそこの毛、金髪だった。どうしよう。したくなってきた。息子もびんびんになっちゃったよう。
 レイにとって最大の危機が訪れていた。シンジは遂にアスカの軍門に降るのか。
綾波……。シンジの脳裏にレイの顔が浮かんだ。その顔は悲しげな表情をしている。それから、アスカの必死に訴える顔が浮かぶ。自分にあそこまでしてくれたアスカ。それを拒絶するのは男のあり方としてどんなものか。据え膳食わぬは男の恥と言うではないか。それは他でもない、あのアスカなのだ。
 ごめんよ、綾波。僕は男なんだ。もう耐え切れない。
 シンジは意を決して立ち上がった。アスカの所に行くために。
 その時、ピンポーンと玄関のチャイムが鳴った。
 誰か来た!ドアの取っ手にかかったシンジの手がはたと止まった。

アスカは改めてパジャマを着ていた。取りあえずはシンジの出方を見ようと思ったのだ。そこへ誰かが来たことを告げる音。
まったく、この大事な時にどうしてこう人が来るのかしら。アスカはいまいましげにインターホンの受話器を取った。
「はい、どなた?」
「アスカ?私、レイよ」
「何の用?忘れ物でもしたの?」アスカが応える声には、苛立ちが混ざっている。
「大変なの!ダリアさんが撃たれて、怪我をしているの!中に入れて!」
「何ですってえ!」

8.
「シンジ、またレイが来たわ!そこに隠れてなさい!」
 アスカは洗面所のドアを開け、風呂場へ向けて小声で言った。
「綾波が!」
 シンジは慌てて風呂場の奥へ下がった。
 アスカは一呼吸置いて玄関のドアを開けた。そこにはレイと、左の二の腕をハンカチで押さえた秘密情報部員ダリアが立っていた。そのハンカチからは赤いものが滲み出ている。
「ま、大変。早く入って!」
 アスカは動揺も露わに、二人を促す。ダリアは痛そうに顔をしかめながら、中に入る。レイ(レイナ)が心配そうに付き添う。アスカはリビングのソファにダリアを座らせた。この前の楓荘での一件以来、アスカはダリアについて何の疑いも持っていない。
「血が出てるわ!手当てしなきゃ」
「すいません、惣流さん。いきなり後から撃たれて。不覚を取りました」
 ダリア(レイカ)はすまなそうにアスカに頭を下げた。ふいに窓の方を見て大声を上げた。
「いけない!窓にカーテンかけて!全部!」
「わ、分ったわ」アスカは早速立ち上がってリビングの窓にカーテンを掛けた。
 レイナもじっとしていなかった。傍にある引き戸を開け、断りもなく和室に入った。雑然とした室内に素早く視線を走らせてから、窓のカーテンを閉めた。アスカはそれを見て内心面白くなかったが、今はどうのこうの言ってる場合ではない。
「あっちはアタシが締めるわ」
 アスカは寝室に駆け込み、窓にカーテンを掛けた。部屋全体が暗くなった。
「これで外から見られないわ。まずは手当てしなくちゃ」
 リビングに戻ったアスカは食器戸棚の奥から、救急箱を持ち出した。
「すいません、惣流さん。レイちゃん、お願いできる?惣流さんは悪いけどカーテンの隙間から外を見張ってくれませんか?」
「いいわ」アスカは救急箱をレイナに渡し、窓の傍に座り込んで、カーテンの間を少し広げて屋外を観察した。そこからは通りを挟んで数軒の民家と、雑居ビル、コンビニ等が見える。通行人が二、三人歩いている。アスカは目を凝らして不審な人物がいないか探してみた。今の所、これといった不審者は見当たらない。
「一体何が起こったの?」アスカは、視線をそらさずにダリアに訊ねた。
「私はいつものようにレイちゃんにつかず離れず、周囲に気を配っていました。公園に入った時です。突然ぱん、と音がして、左腕に痛みが走りました。私は横っ飛びに傍の生垣の陰に身を隠しました。空中を銃弾が通りすぎるのが分りました。私も銃を取り出して、生垣の隙間から敵を探したんです。木の陰にちらっとそれらしい人影が見えました。私とそいつはしばらく睨みあっていましたが、そこへレイちゃんが来てくれたんです。私は危ないから来るなと言ったんですが…。二三人、人が集まって来ました。そのせいか、奴は遠くへ走り去りました。それからレイちゃんの提案でここへ来たんです」
「へぇ、なんだかアクション映画みたい」
レイナが言った。「ぱん、ぱん、て音がしたんで振り向いたら、ダリアさん、大変な事になってて…、アスカの家の傍で良かったわ」 レイカがアスカに訊ねた。「不審な人物はいませんか?」
「うーん、特に妙な奴はいないわねぇ」
「そうですか。私が代わります。有難うございました」
 レイカは立ち上がってアスカに近づいた。左腕には真新しい包帯が巻きついている。勿論、本当に傷を負っているわけではない。レイカはわざとアスカを窓際に追いやって、その間に偽装を施したのだ。
「大丈夫?ダリアさん。痛くない?」
 レイナは心配そうにダリアことレイカに訊ねた。レイカは笑みを浮かべてレイナの肩に手を置いた。
「ありがと、レイちゃん。平気よ。ほんのかすり傷だから」
 アスカは移動して、レイカに場所を譲った。レイカは真剣な面持ちで外を観察し始めた。

 隣室のマヤはレイともう一人の鮮やかな手口に舌を巻いていた。
 さっきはもうだめかと思ったわ。レイもなかなかやるじゃない。でもダリアって何者?訳分んなくなってきた。

 レイカは外を眺めながら、ポケットから携帯電話を取り出し、どこかへ掛けた。
「チェックメイトキングツー。こちらホワイトルーク。非常事態。ハムスターの警護中、突然狙撃され、軽傷を負いました。現在ハムスターと共に雌鳥のマンションに避難しています。…はい。…はい。…いいえ、標的は私自身かと。…狙撃の情況から見てそう判断しました。…はい、お待ちしてます」
 レイカは携帯を閉じてアスカとレイナの方を見て言った。
「大丈夫。もうすぐ応援がここにやって来るわ」
「そう。もう安心ね」レイナはほっとした表情を浮かべた。レイカは表情を崩さず、外を見張りながら言った。
「いえ、まだ安心できないわ。敵がどう動いて来るか分らないもの」
 アスカは事態の急展開にあせりを覚えていた。
 レイがハムスターで、アタシが雌鳥って何よ。ま、そんな事はどうでもいいわ。これじゃシンジとらぶらぶどころじゃないわ。長引けばシンジ、きっとレイに見つかっちゃう。冗談じゃないわ。早いとこ、こいつらに帰ってもらわなきゃ。

 シンジは洗面所のドアの傍に立ち、リビングから聞こえる会話にじっと耳を澄ませていた。
 なんだかえらいことになってるよ。僕はどうすりゃいいんだ。逃げたいよう。

「あっ、あれは!」外を見張っていたレイカが突然叫んだ。
「あれは、ブラックウィドウ!!」
「何よなによ。怪しい奴?」アスカは慌ててダリアに訊いた。
「そっちの窓から見てください。通りの向こう、雑居ビルの前に怪しい女がいます」
 アスカは和室の窓からカーテン越しに外を覗き見た。いた。通りの向こうの雑居ビルの前に栗色の長髪、サングラスに皮ジャン、ジーンズ姿の女がきょろきょろと辺りを眺め回している。
「いかにも怪しい女ねぇ」
「あれは通称ブラックウィドウ、おそるべき腕前の女テロリストに違いありません。くそっ、何が目的でこの私を…」
「そんなに凄い腕なの?」
「それはもう。あいつと差しで戦って勝てるのはゴルゴ13だけだと言われています」
「なんか凄そう」
 アスカは夢中でその女を観察している。その隙にレイナは動いた。そろそろと後退し、慎重に音を立てないように廊下へ通じるドアを開けた。

 通りに立つ怪しい女。それは勿論、扮装したレイコだ。レイコは退屈していた。
 あーあ、私の今回の役目ってこれだけなのよね。もっと活躍したいのに。

 レイナは忍び足で洗面所に向かった。そーっとそこの引き戸を開け、中に入る。浴室のくもりガラスは湯気でさらに曇り、内部の様子はまったく見えない。レイナはその戸に手をかけ、ゆっくりと引いた。

「チェックメイトキングツー。こちらホワイトルーク。蜘蛛を発見。…そう蜘蛛です。ここの向かいの雑居ビル前。至急退治してください。…はい、お願いします」
 ダリアは携帯電話を閉じ、アスカに言った。
「これで応援が奴を包囲するでしょう。奴もこれで終りです」
「うう、なんだかわくわくして来たっ」
 アスカの目は外に釘付けだ。

 レイナは浴室の中を覗いた。
 しかし、シンジの姿はなかった。浴槽には満々と湯が張られている。
 レイナは訝った。どういう事?さては他の部屋に移動したのね。

 シンジは浴槽の底に手足をつっぱり、できるだけ体を横にして、必死で浮かばないようにしていた。息がつまる。苦しい。もう何秒経っただろうか。ぶくぶくぶく……口から泡が立ち昇る。シンジはもう限界というところまで我慢し、体を持ち上げた。ざばっと音を立てて頭を湯の上に出した。はぁはぁぜいぜいと大きく呼吸を繰り返した。目に前にある浴室の戸は閉まり、洗面所にも人のいる気配はなかった。

 レイナは今度は寝室の中に入った。シンジの姿はない。あせりを感じたレイナは壁のクローゼットに歩み寄り、その戸を思いっきり開けた。しかしまたもシンジの姿はない。ベッドの下を覗き込んだ。やはりここにも隠れていない。いない…。これはどういう事?他に隠れる場所と言えば和室の押入れぐらいしかない。ああ、碇君、どうしちゃったの?

 カーテンの隙間から夢中でブラックウィドウを見張っていたアスカだったが、ふとある事に気づいた。そう言えばレイは何してるの?さっきから気配がない。あいつまさかシンジを捜しに…。
 アスカは慌てて振り返った。レイは和室の畳にちょこんと座っていた。
「アスカ、敵の様子はどう?」
 レイがちゃんといるのを見て、アスカはほっと胸をなでおろした。
「ちっとも動かないわ。アンタも見てみる?」
「いい。こわいから」
「意気地がないわねぇ。面白いのに。ま、そこでじっとしてなさい」
 アスカは再び窓の外に視線を移した。

9.
 レイナとレイカとの間にテレパシーが飛び交っていた。
(変だわ。碇君がいない)
(そんなはずないわ。全部捜したの?)
(捜してないのはこの部屋の押入れぐらいのものよ)
(分ったわ。何とかして押入れを開ける方法を考えましょう)

アスカが、突然叫んだ。「見て。あいつ、動きだしたわ!」
 ブラックウィドウは、通りを悠然と歩きだした。十字路の交差点を渡って、こちら側へ歩いて来る。
「ここからじゃ見えない!寝室から見ましょう!」
 レイカとアスカはどたどたと寝室に駆け込んだ。和室にはレイナ一人が残った。レイナは立ち上がり、おもむろに押入れの戸を開けた。そこには、若干の布団と数個の段ボール箱が雑然と詰め込まれている。続いて反対側も開けた。中は似たようなもので、当然シンジはいない。レイナは落胆とも安心ともとれるため息をついた。
(レイカ、押入れにもいなかったわ)
(何よそれ。じゃ、ガセネタだったってこと?)
(そうかもね)
 それでは今までの苦労はなんだったのか。レイカはどっと疲れたが、どうにかこの場を纏めなければならない。また携帯電話を取り出した。
「チェックメイトキングツー。こちらホワイトルーク。蜘蛛が移動した。現在6号線を北上中。ここからどんどん離れて行く。もう捕捉できない。追跡よろしく。以上」

 レイコはテレパシーによって事の経過を知った。通りをのんびりと歩きながら考えた。やれやれ、骨折り損ってわけか。早く帰ってテレビでも見よ。でも碇君どうしたのかしら?

「どうやらこれで危機は去ったようです。もう少し様子を見てから、ここを引き上げます。ご協力感謝します」
 リビングに戻ったレイカはアスカに礼を言った。アスカは澄まして「いえ、当然のことをしたまでです」と言いながら内心、小躍りしたいほど喜んだ。
むふ。やっとこれでシンジと二人きりだわ。アタシの見たところ、シンジは直に落ちるわよ。遂にLASになるのよ。LASの勝利よ。ざまぁ見レイってか。ホッホッホ。

マヤは、隣室の思わぬなりゆきに、怒りと焦燥感を覚えていた。
 何やってんのよ!どうして早く風呂場に行かないの?遠慮してる場合じゃないでしょうが!マヤは懸命に打開策を考え始めた。

 レイカがレイナを促して立ち去ろうとした丁度その時、ピンポーンと玄関のチャイムが鳴った。アスカは何気なくインターホンの受話器を取った。
『宅配便でーす』
 宅配便?何かしら?アスカは特に疑いも持たず、玄関のドアを開けた。
「シンジどこっ!」
 いきなり、ソバージュヘアーにド派手な化粧、ド派手な模様の服装をした女が叫んだ。
「誰、アンタ?」
 アスカがあっけにとられている間に、女はアスカを突き飛ばして部屋に突入した。「きゃああっ」
「シンジぃいいいい。どこにいるのおおおお!!」
 女は喚きながらリビングに乱入した。リビングには呆然として立ちすくむレイカとレイナが。
「むっ、あんた達何?あんた達もシンジのコレ?」
 女は噛み付きそうな表情で小指を立てて訊いた。レイカとレイナはふるふると首を横に振るだけだ。
 女は憎らしげにリビングと和室を見回すと、今度は踵を返して風呂場の方へ突進した。
「シンジぃいいい!!そっちにいるのねぇえええっ!!」
「なっ、何するのよ、アンタ。人の家に勝手に…」
 アスカが両手を広げて女に立ちはだかろうとする。が、女の強烈な体当たりが炸裂した。アスカはあっさり転がされてしまい、床に頭をぶつけた。「ぎゃぼっ」
 女は洗面所に駆け込み、浴室のドアを思いっきり開けた。シンジは浴槽の中に恐れおののきながら突っ立っている。肝心な部分はタオルで隠している。女が侵入するタイミングがあまりにも早く、湯船に潜る暇がなかったのだ。
「シンジぃいいい!!アンタ、なんでこんな所で風呂なんかにいい!!」
「あの、君、誰?」
「誰って。アンタのモエコじゃないのよおおおっ!忘れたなんて言わさないわよおおおっ!」
「し、知らないよおおっ」
 レイカとレイナも洗面所の中に入った。
「「碇君!!」」
「あ、綾波。これには深い訳が…」シンジはおろおろしながら、浴槽の中に腰を下ろした。
 女は浴室に体を突っ込んでまくし立てた。
「アンタ、アタシという者がありながら、あいつと寝たのね!この裏切り者のド畜生!いいわ。覚えてらっしゃい!訴えてやるから!」
 モエコという女はこれだけ言うと、大股で洗面所を出て行こうとする。レイカとレイナは大人しく道を開けた。
シンジは女の背中に怒声を投げつけた。「ま、待てよ!!僕はお前なんか知らないって!!」
「お腹の子は絶対認知してもらいますからね!」
 女はそう捨て台詞を残して出て行った。廊下では、アスカが気絶して横たわっていた。

 マヤは隣の自室に駆け込んだ。ドアを細く開けて隙間から外の様子を伺う。廊下には誰もいる気配がない。ようやく安心して奥へ入った。ソバージュの鬘を取り去り、床に座り込んだ。腹の奥から笑いが込み上げて来た。そして床に大の字になり、盛大に笑い始めた。それはしばらく止むことがなかった。

10.
 10分後。意識が戻ったアスカ、バスタオルを体に巻きつけただけのシンジ、それに二人のレイを交えた四人がリビングに集合した。アスカとシンジは床に並んで座り、レイナとレイカはソファに座っている。レイナが切り出した。
「碇君、説明して。どうしてわざわざアスカの家でお風呂に入ったりしたの?」
 アスカは伏目がちにシンジに流し目を送りながら、口を挟んだ。
「あら、そりゃもう、二人で汗みどろになるようなことしたからよねー、シンジィ」
「アスカは黙っててよ!これはアスカに服をびしょ濡れにされたからなんだよ。それで、服を洗濯せざるを得なくなったんだ。洗濯機を見てよ。僕の服があるから」
「そう。後で見てみるわ。では、私が来た時、なぜ隠れていたの?」
「それは、そんなの見たら、綾波はきっと誤解すると思ったんだよ。アスカはあることないこと言うに決まってるし。僕は服が乾くのを待って、穏便に帰ろうと思ったんだ」
アスカはシンジにくっついて床にのの字を書きながら言った。「シンジったら、そんなにファーストに気を使うことないのよ。したならしたと正直に言えばいいのに」
「これだもんなぁ。綾波。アスカの言うことを信じないで。ほんと、僕は何もしてないって」
 シンジは手振りを交えて必死にレイナに訴えた。先程アスカを抱こうと決意したことなどおくびにも出さない。シンジはシンジで、ちゃんと計算をしているのだ。
レイナはほんのりと笑みを浮かべて答えた。
「碇君を信じるわ」
 シンジはほっとして微笑んだ。「有難う、綾波」
アスカは不満そうに口をとんがらせた。レイナはアスカにきつい視線を向けた。
「アスカ、よくそんなひどいことを碇君にできるものね」
「そうよ。あんまりだわ!」レイカがレイナに同調した。アスカにはそれが癪に障った。
「なーによ。アンタ、部外者じゃない。アンタに言われたくないわね」
「あっ、そうか」レイカは頭を掻いた。
レイナはアスカに対して厳しく言い渡した。「ともかく、今回の一件はアスカが悪いわ。謝ってちょうだい」
「はいはい」アスカは悪びれず、居住まいを正してシンジに頭を下げた。「ごめんね。シンジ」レイナに対しても、「ごめんね。レイ」 「さーて、今度はアタシがシンジに訊きたいことがあるんだけど」
アスカがシンジに向き直って、攻勢に出た。「あの女、誰?」
「あれは、全然知らない女だよっ。本当だよ!あいつは僕を陥れようとしたんだ。きっと、きっと僕に恨みを持ってるんだ」
「へー、シンジ様はおモテになるから、過去に捨てた女が一杯いるものねぇ」
「な、何言うんだ、アスカ。僕が付き合った女はアスカにレイだけだよう」
「どーかしら」
 アスカ、レイナとレイカはじっとシンジを睨んだ。シンジは三人に見つめられてたじたじだ。
「碇君。こういう事は正直に言った方がいいわ」
 そう言ったのはレイカだ。すかさずアスカが口を挟んだ。
「だーかーらー、アンタは部外者でしょ。大体、『碇君』なんて、馴れ馴れしいわよ」
「そ、そうね。ごめんなさい」

 結局、謎の女の正体は判明しなかった。モエコと言う女がアスカに対して一抹の疑惑を植え付けたのは確かだ。ただ、レイナには女の正体がある程度掴めていた。女の声が携帯電話を通して聞いた『匿名希望』の声にそっくりだったのだ。



 レイナとシンジは帰り道を並んで歩いている。既に日は暮れ、街灯の光が二人を照らしている。周囲の人家にはいずれも明かりが灯り、温かい家族の団欒を想わせる。閑静な住宅街に二人の足音が響く。
「今日はほんとにごめんよ、綾波。アスカも悪いけど、僕にも隙がありすぎたよ。今後はもっと気をつけるようにするよ」シンジは後ろめたさも手伝ってか、今日何回目か分らない『ごめん』を言った。
 レイナは小さく首を横に振った。
「もういいのよ、碇君」
「ほんと、どう埋め合わせればいいのか…」
「それなら簡単」
 レイナは立ち止まり、じっとシンジの顔を見た。シンジも立ち止まり、二人は顔を見合わせた。
「キスして」
 レイナは目を閉じてシンジを待ち構えた。シンジは一瞬躊躇ったが、すぐに逃げちゃだめだと思った。視線を左右に走らせた。幸い人通りはない。
 腕が交錯し、二人はぴったりと密着した。唇が合わさり、舌が絡み合った。頭上には満月が煌々と輝いていた。


(続く)


(第7回へ続く)



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