トリプルレイ2nd

第10回「シンジ、男になる」

間部瀬博士



1.
 オーケストラは力強い主和音を鳴らした。大きく弧を描き振り下ろされた指揮棒が静止するのと同時に、音の流れが止まった。残響は短く、練習場はたちまち静寂に返った。
「はい、いいでしょう。本日はこれまで。お疲れ様でした」
 指揮者の小沢教授が譜面台の上にある総譜を閉じた。部員たちは緊張を弛め姿勢を崩し、隣の者とお喋りを始めたり、楽器を拭いたりし始める。シンジは楽譜を閉じて練習場の向こう端に座っているアスカを見た。こちらに向かって手を振っている。アスカは初日とあって、取りあえず今日は見学ということになり、ずっとあちら側からシンジたちを見守っていたのだ。
 部長の山本が立ち上がって全員に告げた。
「えー、明後日の19日午後6時から惣流さんの歓迎コンパを、居酒屋「北野一族」で行います。出る人は手を挙げてっ」
 75名の部員のうち三分の一程が手を挙げた。山本が指差しながら懸命に数えていく。シンジとカヲルも手を挙げていた。
一段落したところでアスカが立ち上がって近づいて来た。
「へっへー。シンジ、びっくりした?」
「アスカァ。そりゃびっくりだよ。君が音楽をやるなんて思ってもみなかった」
「このアスカ様に不可能はないのよっ」
「クラシックなんて退屈だって言ってたじゃないか」
「いいじゃない。アタシもこういう音楽の素晴らしさに目覚めたの」
「音楽はリリンの文化の極みだからねぇ」
 そう言って近づいて来たのは勿論カヲルだ。アスカは邪魔をするなとばかりにカヲルを睨んだ。
「何さ。アタシはシンジと話してんの。ナルシスホモはあっち行きなさいよ」
「それはちょっと違うんだけどね。まあいい。シンジ君、お邪魔なようだから僕は先に行くよ」
「あ、カヲル君、待っててね。一緒に帰ろう」
 カヲルは笑みを見せて手を挙げ、ヴァイオリンを持って出口へ歩いて行った。
「でも、信じられないな。何か下心があるんじゃないの?」と、シンジはアスカに疑わしげな視線を向ける。それに対してアスカは涼しい顔をしている。
「そんなのないわよう。アタシもクラシック音楽をやってみたくなったのよ。いいのよねぇ。モーツァルトとかチャイコフスキーとかさぁ。ま、シンジと一緒の時間を過ごせるってのもないわけじゃないけどね」最後のところでアスカはにやりと笑った。
「大体、アスカが楽器を弾くのなんて、中学のとき縦笛を吹いたのしか見たことないよ」
「まぁ、確かにオーケストラの楽器はやったことないわよ。でもアタシでも出来そうな楽器があるわ」
「何さそれ」
「シンバルよ!」
「……………」
 シンジは絶句してしまった。そうまでしてオーケストラに入りたいとは。
「…あのねぇ。うちにはもう太田さんという立派な打楽器奏者がいるんだよ」
「あら、太田さんとはもう話しはつけてあるの。是非アタシと共演したいんだってさ」
 シンジとアスカは首を廻らしてティンパニの席を見た。大柄な太田がにやっと笑って小さく手を振った。
 彼女いない歴21年の太田としては、美人のアスカと是非お近づきになりたかったのである。あわよくばシンジに代わって自分がアスカと、という思惑がある。
「ということで、今度からアタシは第三東大管弦楽団の首席シンバリストってわけ。ご指導よろしくお願いしますわん」
 アスカはシンジに向かってぺこりと頭を下げた。シンジはしょっぱい顔をしながら立ち上がった。
「んもう。演奏会は近いんだから、真剣にやってよ。遊びじゃないんだから」
「まかせなさーい。アタシの華麗なシンバルにみんな魂消るわよ!」
「はいはい。期待してますよ」
 シンジは愛器を抱えて出口へ向かった。ケースは控え室に置いてある。アスカもにこにこしながらシンジの後に続いた。ふふ。下心がないわけないでしょ。それも飛びっきりの下心ってのがあるのよねぇ。むふふふふ。

2.
「アスカが管弦楽部に!」
 本日の綾波レイ、レイコが驚きの声を上げた。彼女の前にいるのは、シンジとアスカにカヲル。レイコはシンジと一緒に帰ろうとして三人に合流したところだ。
「そうよ。アタシもシンジの仲間になるの。ま、アンタには真似できないでしょうね」
 アスカはざま見ろと言わんばかりに、にやりと笑った。レイコは出し抜かれた悔しさに奥歯を噛み締めた。
「ということさ。どう、綾波も入らない?」
 シンジがレイに気を使って提案したが、レイコは下を向いてぼそっと答えた。
「私、いい」
 残念ながら、レイがオーケストラで弾けそうな楽器はなかったのである。そのうちに疑問が湧いてきた。
「でもアスカ、楽器なんかできた?」
「ぜーんぜん。ところがそんなアタシでもシンバルならやれそうだわ」
「シンバル…」
 猿がシンバル。レイコは頭の中に猿がシンバルを打ち鳴らす有名なおもちゃの像が浮かび、吹き出しそうになった。
「何よ。何か可笑しい?」
「いえ、別に」
 レイコはどうにか真面目な顔をして考え込む。このままではアスカに差をつけられる。それ以上に何か陰謀の予感がする。自分も入部しなくては。
「私、トライアングルなら…」
それを聞いてアスカは大笑いした。目くそが鼻くそを笑うようなものだ。シンジとカヲルも苦笑い。
「オーッホッホ。残念でした。今度やる曲にトライアングルのパートはないのよ」
「むうー」レイコにはどうすることもできない。悔しいが、黙って見守るしかないのだ。
 黙って会話を聞いていたカヲルが、レイコの肩を叩いた。「無理するなよ。そのうちヴァイオリンの弾き方でも教えてあげる」
 四人は揃って家路に着く。シンジとアスカは楽団や楽曲の話をして盛り上がった。レイコの方は話に入り込めず、羨ましそうに二人を見つめる。やがてレイコは隣を歩くカヲルにそっと囁いた。
「あとでうちに来て。相談したいことがあるの」

 その夜、レイたちのマンションに来たカヲルはソファに腰を下ろした。向かい側にレイカとレイコが座り、レイナはごく自然にカヲルの隣に座った。レイカとレイコは複雑な表情でそれを眺める。
「それで?話ってアスカのことだろ?」
「そうよ。大変なことになったわ」
「アスカが急にオーケストラに入るなんてただ事ではないもの」
「何か下心があるのよ」
「あなたが碇君と妙なことになるのを邪魔するためとも考えられるけど」
「碇君に近づいて何か仕掛けようって魂胆かもしれない」
「多分ね。それで僕に頼みごとというわけだね?」
「そうなの。カヲル、アスカを見張って」と、レイナは言ってカヲルの左手を握った。レイカとレイコが目を剥く。
「お安い御用さ、レイナ。彼女のいいようにはさせないよ」
 カヲルはレイナの手を両手で握り返した。二人の視線がねっとりと絡み合う。
「カヲル、頼もしい」
 レイナの頬は赤く染まり、口元にほんのりと笑みが浮かぶ。これを見ていたレイカとレイコは同時に思った。こいつらヤッたな。
 レイナは既に綾波レイのローテーションを抜け、記憶交換もしていない。外出はあまりせず、家事当番が多くなっているが、たまに外出すると夜遅く帰ってくることがある。何をしていたか聞いても曖昧な返事しか返ってこなかったが、これで察しがついた。嫉妬めいたほろ苦い感情がレイカとレイコの胸の中に湧き上がる。私もいつかきっと碇君と…。
「あー、浸るのはそれくらいにして、話に戻りましょう」
 レイカが断ち切るように言うと、レイナとカヲルは手を放して元の姿勢に戻った。レイナはまだ顔を赤くしながらもじもじしている。
「カヲルに頼みたいのはアスカの動きに不審なところがあったら、すぐに携帯で報せるってことなの」
「緊急の場合は自分の判断で行動して」
「あなたたちの仲を認めてあげてるんだから、そのぐらいいいわよね?」
「いいとも。僕たちは兄弟みたいなものさ。お互いの幸せを願うのは当然のことだからね」
 それから四人はアスカの作戦を推理したりして時を過ごした。話が一段落したところで、レイナがカヲルに言った。
「ねぇ、カヲル。晩御飯まだなんでしょ」
「そうだけど、気を使わないで」
「いいの。ね、食べてって。私、一生懸命作ったの」レイナはカヲルの二の腕に両腕をからませしなだれかかる。
「そうかい。レイナの手料理を食べられるなんて今日はついてる」カヲルの口から白い歯がこぼれた。
レイカとレイコはまたげんなりとしてしまう。
「はいはい、ごちそうさま」
カヲルは怪訝そうな顔をした。「…まだ何も食べてないよ?」

3.
 アスカの歓迎コンパの日がやって来た。居酒屋の二階を第三新東京大学管弦楽団のメンバーが埋め尽くしている。アスカはその座敷の一番奥に主賓として座り、愛想を振りまいている。シンジとカヲルは隣り合って座り、楽しそうに談笑している。午後六時に始まったコンパは三十分ほど経過して、宴も酣といったところだ。
 打楽器奏者の太田がアスカの前にやって来た。大柄な眼鏡を掛けた男だ。
「惣流さーん。飲んでるう?」
「あら、太田先輩。飲んでるわよう」
 太田はアスカのコップにビールを注いだ。
「なーんにも不安に思うことないからね。僕が手取り足取り教えてあげるからねぇ」
 アスカも太田の持つコップにビールを注ぎ、流し目を送る。
「頼りにしてますよう。先輩」
 太田はでれっと相好を崩し、コップを口に運ぶ。
「シンバルなんて簡単、簡単。要はタイミングだからね。なんなら僕がキューを出してあげるから。大船に乗ったつもりでいていいよお」
「まあ、うれしい。よろしくお願いしますねぇ」
 そこへ別の部員がやって来て、太田、もう代われよと肩を叩いた。太田はしぶしぶと自分の席に戻った。
 こんな調子でアスカの回りはにぎやかだ。シンジはその様子を横目に見ながらちびちびとビールを飲んだ。シンジはアスカが急に入部したことにもやもやとした疑念を抱いている。自分と多くの時間を過ごしたいだけではないような気がする。
 カヲルもレイたちの頼みがあるので、その様子をちらちらと観察しているのだが、こんな酒席で何かを仕掛けて来るとは思っていない。その監視に隙があるのも無理なかった。
 さらに時が経って、アスカの前に来る者がいなくなった。アスカはそのタイミングを計っていたかのように立ち上がりシンジの前に行った。
「シンジ、飲んでる?」
「うん、まあね」
「ビール飲んでるのね」アスカは傍に立つビール瓶を取ろうとする。
「あ、いいよ。そろそろ水割りにしようと思うんだ」
「じゃ、アタシ、作ってあげる!」それからカヲルに向かって「カヲル、アンタは?」
「じゃあ、僕も水割りを下さい」
 アスカは勢い良く立ち上がった。ちゃーんす。シンジの悪いねーと言う声に送られて、部屋の端にあるウィスキーや氷が置いてあるところに向かう。心臓が高鳴った。
 それから十日ほど前のこと。アスカはミサトにある作戦を授けられていた。
                 :
「いい、アスカ。今度の作戦で決着を着けるわよ」
「うん!それはどんな作戦?」
「まずあなた、シンジ君のいる管弦楽部に入りなさい」
「えーっ。あんなとこにぃ。何でえ?」
「ふっふっふ。楽団の中で何かやろうって思惑だと思うでしょ?」
「そうよねぇ」
「そこが甘ーい!あたしの計画の要はただ一点、コンパよ」
「コンパ?」
「そう。あなたのような美人が入部するとなれば、必ず歓迎コンパが開かれるわ。そこが第一の狙い目」
「うんうん」
「そこで機会を見計らってシンジ君にこれを飲ませるの。『酩酊促進剤・改』」
「あ、それってミサトが前に使ったやつ!」
「それの改良版ね。これでシンジ君をべろんべろんに酔っ払わせるのが第一段階。次のステップはシンジ君を家まで連れて帰ること。ここで、はいさよならって帰っちゃだめよ。家の中に入って寝かせるとこまでやるのよ」
「それって『子連れ狼』ってやつじゃ」
「…『送り狼』でしょ。今回は男と女の役回りが逆だから『逆・送り狼』ね」
「でも前はシンジったら二日酔いになったんでしょ?それじゃ肝心なことが出来ないんじゃ…」
「ふふん。ところが今回は『解毒剤』があるのよ。これを飲ませればシンジ君、しゃきっとするわ」
「うーん。一世一代の大作戦だわね!」
「そうよ。勝負を賭けるつもりでやりなさい。それからあたしの作戦にはまだ続きがあるの」
「どんな?」
「シンジ君があなたとせざるを得なくなる策よ!」
                :
 アスカはコップを二つ並べてそれぞれに氷を入れ、ウィスキーをコップの中ほどまで注ぎこんだ。そこで左右に視線を走らせる。部員は皆話しに夢中で、誰もこちらを見ている者はいない。アスカは意を決して右手をポケットの中に滑り込ませ、ティッシュの包みを取り出した。素早くそれを開くと、二つのカプセルが出て来た。その一つを両手で持ち、コップの上にかざして左右に引く。粉薬が音もなく氷の上にかかった。もう一つのコップにも同じ手順を繰り返す。アスカはそれらのコップに水を注ぎ込み、マドラーで素早くかき混ぜた。これで見かけは普通の水割りとなんら変わりがない。
「お待たせー」
 アスカが両手に水割りのコップを持ってシンジ達の所へ戻って来た。
「はい、シンジ。沢山飲んでねぇ。はい、カヲル。アタシが作ってやったんだから有難く飲むがいいわ」
 声色と表情をめまぐるしく変えてアスカはコップをシンジ達の前に置いた。
 シンジとカヲルは渋い顔をしながらも礼を言って水割りを口に運んだ。

4.
「――だからね、カヲル君、オーケストラてえものはだよ、和、これですよ。ねえ。和をもって尊しとなす。知ってる?聖徳太子ですよお。えらいんだから。なんったって六人の人に一辺に話させてねえ、ぜーんぶ無視しちゃったってんだから。え、違う?知ってるよお。げらげらげら。…そうだ。そだそだ。僕はねえ、君かねえ、綾波でもいいんだけど一辺訊いてみたかったことがあんの!今日は是非とも答えてくださいっ!いいですかあ。君たちにはどうして臍ってものがあるんでしょうかあ!?え、知らない?作った奴に訊け?はは、ま、そうだよねえ。…でも、なきゃ困るよね。一緒に風呂に入ったりしたらさぁ、おめえ、臍ねえじゃねえかってことになっちまうもんねえ。僕はなんでこんな大昔のコマーシャルのこと知ってるのかなあ。ま、いいか。ははははは。しかしいいもんだねぇ。こうして君と酒が飲めるなんて幸せだよ。うん。こう気分がいいとね、歌なんか歌いたくなってくるね。♪ざーんーこーくな天使のなんとかーしょーおーねんよシンジになーれー…って、誰もならないよね。
♪青いブラシで頭の皮膚叩いてる、鏡だけをただ見つめて、ひきつってーるーあーなたー
 そっと抜けるーものとどめることに夢中で、運命さえまだ知らない。イタイ毛が抜けるー
 だけどいつか気づくでしょうそのペースでは、はるか未来じゃなくすぐにハゲになることー
 残酷な抜け毛のテーゼ。あーたーまーからやがて飛び立つ
 ほーとーばーしる毛生え薬の思い込み裏切るなーら
 そーのー頭泣いて抱えるせーいーねんよ鬘かぶーれ♪
なーんてね。僕、酔ったかなぁ。おおい、カヲル君!君、さっきから黙ってるけど、どったの?(グーグー)寝てるよ。困ったもんらね、ろうも。ふああぁぁぁあ。僕も眠くなってきたな。いや、まだ寝ちゃだめら。寝ちゃだめら。寝ちゃらめら……おおい、アスカァ!」
「はあいシンジ。あら、ゴキゲンそうねぇ」
「ちょっとそこに座んなさい」
「もう座ってるわよ」
「僕は君に訊きたい。どーして僕と同じ部に入ったのか」
「えへ、そりゃシンジともっと沢山一緒にいたいから…」
「うへへっ。そう来るよねぇ。うんうん。そうだよなぁ。♪おーれーは村じゅうーで一番、モボだと言われーた男♪、ときたもんだ」
「アンタ、いったいいくつよ」
「いいの。でもねぇ、僕が学校に行く時は大抵綾波と君が一緒。お昼休みも一緒。帰る時も二人とも待ち構えてる。ずーっと僕の回りにはどっちかがいるわけ。これも結構大変なものがあるのよ。そんでアスカが同じ部だろ。昼間、男だけとか一人でいる時間がまた少なくなったわけよ」
「それはシンジがさっさとアタシを選ばないせいよ」
「…はいはい。悪いと思ってますよ。れもねぇ、も少しねぇ、かまわないでほしいと思う今日この頃でありましたぁ」
「アンタ、酔ってんじゃない?」
「酔ってないもんねー。ふあぁぁああ。…らからね、らんじょの仲てえものは、…げぷっ。……和をもってとー、とー、東京特許きょきゃきょきょ。……………トイレに行ってくる」
「シンジ、大丈夫!?」

5.
 午後8時となり、コンパはお開きとなった。殆どの部員たちは元気に立ち上がり、二次会行くぞーなどと言う声と共にぞろぞろと出口に向かったが、シンジとカヲルだけはぐったりと座りこんでいる。アスカがシンジの前に座って呼びかけた。
「ほら、シンジ、お開きよ。立ちなさいって」
「ふえ、もう飲めない…」
「何言ってんの。さ、帰るわよ!」
 アスカはシンジの肩を掴んで揺さぶった。シンジは薄目を開けてようやく動き出す。アスカはシンジがよろけるのでその体を支えて立たせる。
「ほら、しっかりなさい。アンタのかばんはここよ」
「あ、カヲル君は?」
 カヲルの方は他の部員数人が話しかけている。すっかり眠り込んでいるのだ。
「アイツは他の人たちが連れて帰ってくれるわよ。心配ないから」
「いや、カヲル君も一緒に…」
「何言ってんの!自分の心配をしなさいよ」
 アスカはシンジに肩を貸してようやくシンジを外に連れ出した。ここは駅前なので、タクシー乗り場が近い。アスカはシンジを連れてタクシーを待つ行列に並んだ。シンジは下を向いて何も言わない。部員の一人がアスカに声を掛けた。
「碇君とこは僕んちの傍だから、僕が送って行くよ」
 アスカはぎらりと光る目でその部員を睨み付けた。「アタシが送るわ」
 その部員は、アスカの目つきがあまりに恐ろしかったので、二の句が継げなかった。その顔は後に度々悪夢に現れたという。
 ようやく順番が来て、シンジとアスカはタクシーに乗り込んだ。アスカはシンジのアパートの住所を運転手に告げた。シンジはアスカの肩に頭を預けている。タクシーが動き出して間もなく、シンジはぐうぐうといびきをかき始めた。アスカはぐっと表情を引き締めた。正念場はこれからだ。

「ほら、シンジ、しっかりして!」
 シンジのアパート前に二人はいる。やっとの思いで立っているシンジはのろのろとポケットから鍵を出し、自分の部屋の鍵を開けた。シンジはアスカに支えられ、リビングのソファに倒れこむように座った。
「ふう。シンジって案外お酒が弱いのねぇ」
「ごめんよアスカ」シンジはつらそうに顔をしかめている。
「待ってて。今、水を持って来てあげる」
 アスカはキッチンに行き、その辺にあるコップに水道から水を注いだ。そして、ブラウスの襟元から胸に手を入れ、中を探る。取り出したのは薬の包みだ。それを素早く開いて中身をコップに注ぎ、指を突っ込んで掻き混ぜた。薬はすぐさま水に溶け、コップの中には透明な水しか見えない。
「はい、お水」
 シンジはアスカの手からコップを取り、ごくごくと飲んだ。アスカは一瞬にやりと笑った。解毒剤はこれでオーケー!シンジはすっかり飲み干したコップをアスカに返すと、ソファに崩れるように横たわってしまった。
「あーん、そんなとこで寝ちゃだめよ。待ってて。今布団敷いてあげるから」
 アスカは前にもここに来たことがあるので勝手は分かっている。和室の押入れを開け、布団を取り出し、いそいそと敷き詰める。
「さ、シンジ、布団敷いたからこっちに来て」
「ふわい」
 シンジはよろめきながら立ち上がった。アスカに体を支えられて布団まで連れて行かれ、崩れるように横たわった。
「ほら、服脱いで」
 アスカは苦労してシンジの服を脱がせ、シンジの上に掛け布団を掛けた。シンジは目を瞑り、声もない。アスカは服を畳み、傍らで静かにその顔を眺めた。やがてシンジが小さく寝息を立て始めたのを聞いたアスカは、そっと掛け布団をめくった。自分のハンドバッグの中から小さな瓶を取り出す。その蓋を開けたアスカは大胆にも中身を少量シーツに垂らしたのだ。ごめんねシンジ、シーツ汚しちゃって。
 そしてアスカは意を決して立ち上がり、ブラウスのボタンに手を掛けた。ブラウスを脱ぎ去り、続いてスカートのホックをはずす。スカートがするりと床に落ちて、アスカは下着と靴下だけの姿になった。清潔な白いブラジャーとショーツには薔薇の花の刺繍が施され、均整の取れたアスカの姿態を彩っている。続けてストッキングを取り去り、地肌がむきだしの足は一層美しさが際立つ。さらにアスカはためらうことなくブラジャーをはずした。たわわに実った量感のある双乳が露になり、ぷるんと揺れた。ピンク色の乳首がほどよい大きさの乳暈に囲まれて乳房の頂点を形作っている。アスカの脱衣はそれでおさまらなかった。ショーツの端に手を掛け、一気にそれを下ろしたのである。秘密の園が姿を現した。T字型の茂みは髪の毛と同じ赤毛で、控えめに秘奥の丘を覆っている。一糸まとわぬ姿になったアスカはシンジに寄り添うように横たわり、掛け布団を掛けた。肌と肌が密着した。アスカは間近にシンジの寝顔を見つめ、やがて酒臭さを我慢してシンジの唇に唇を重ねた。

6.
 シンジは自分がLCLの中を漂っているのに気づいた。
 僕、どうしちゃったのかな。ここLCLの中だよ。前にもこんなことがあったな。
『バカシンジ、アタシと一つになりたい?それはとてもとても気持ちいいことなのよ』
 と言って現れたのは全裸のアスカだ。ほらね、やっぱり来たよ。
『ねえん、早くしましょうよお』
 アスカがシンジの腕を取ってくっついて来る。乳房の感触が気持ちいい。
『あれ、消えないのかい?』
『何言ってるの』
『いや、他の人たちが次々と…』
『ここにはアタシたちしかいないわよ。みーんなLCLに溶けちゃったじゃない』
『そうなの?』
『そうだってば。アンタ見たでしょうが。この世界にはもうアタシたちしかいないの。だからほれ、さっさと子作りするわよ』
『そんな急に…』
『子供作んないとしょうがないでしょうが!人手を増やさないと。病気になったらどうすんの?老後のことも考えなくちゃだめよ。とにかくアタシを抱く!』
『分かったよ』
『待ちなさい!』
 突然声が掛かった。現れたのはやはり全裸のレイだ。
『碇君、私と一つになりましょう。アスカよりずーっと、ずーっと気持ちいいわよ』
『むっ、また邪魔しに来たのね。この人形女』
『綾波かあ。綾波もいいなあ。どっちにしようか。ううん、迷うなあ』
 レイはアスカの反対側からシンジに密着する。
『さあ、碇君。私と一つになって』
『シンジ、アタシと一つになるのよ!』
『ああ、困ったなあ』
『早くどちらかを選んで』
『さっさとどっちかを選ぶのよ!』
『『さあ、どっち!?』』
           :
 ―――ここでシンジは目覚めた。薄く目を開けると見慣れた自分の部屋の天井が見えた。早朝らしい光の射し方だ。あれ、布団の中だ。僕どうしてここに……。記憶を手繰ってみる。カヲルと談笑したことや、アスカがはしゃいでいたことなどが思い出されたが、その後が続かない。…僕、またやっちゃったのか。
 そしてシンジはようやく右腕にからみつくものがあるのに気づいた。マシュマロのような軟らかいものが当たる感触もある。愕然として右側を向いた。目を瞑ったアスカの顔が目の前にあった。
「アスカ!!」
 アスカがうっすらと目を開けた。シンジを認めたアスカは幸福感の漂う微笑みを見せた。
「お早う、シンジ」
「ア、アスカ、君、どうして…?」
「どうしてってことないでしょ」
「で、でも君…。君が僕を連れて来てくれたの?」
「アンタ、まさか忘れちゃったの?」
 シンジはごくりと唾を飲み込む。「……ごめん。昨夜のことは途中から記憶がないんだ」
 アスカは悲しみと驚きが入り混じった複雑な顔をした。
「なんですって……」
「ほんとごめん。あ、あの、僕何かした?」
「何かしたもないわよ!」
 とアスカは叫んでシンジの腕を放し、起き上がった。シンジの目にアスカの裸の上半身が飛び込んできた。
「うわっ!アスカ!」
 アスカは胸を抱いて悔しげにシンジに向かって叫んだ。
「忘れたなんてひどい。アタシたちの初体験を!大事な大事な初体験なのに!」
「えっ!それじゃ、僕は君と…」
「そうよ。シンジが何度もやらせてくれって頼むから、アタシ、お酒くさいのを我慢してしてあげたのよ」
「……………」
「『アスカァ、結婚してもいいからさぁ、やろうよお』って言ったじゃないの!」
 うろたえたシンジだったが、ふと疑念が生じた。何かの本で、泥酔状態ではモノが役立たなくなると書いてあるのを読んだ記憶がある。
「アスカ、それ本当なの?ほんとに僕がそんなことしたの?」
「なあに、嘘だっての?だったらこれを見なさい!」
 アスカは掛け布団をめくってシーツの真ん中辺を指した。シンジも体を起こし、シーツを見て愕然とした。
 赤黒い染みが一箇所に広がっている。
 その色合いと言い、光沢と言い、どう見ても血痕にしか見えない。では昨夜この場所で破瓜の儀式が行われたのか。シンジは呆然としてその染みを見つめた。僕はなんて勿体ないことを!
 アスカはシンジに背中を向けて俯いた。目をこすっているのは涙を拭っているようだ。
「こんなことになるなんて…。やっぱりするんじゃなかった…」
 シンジはあわててアスカの背中にすがりついた。
「ごめん。ごめんよ、アスカ。責任取るよ。そうだ、結婚しよう!卒業したらさ。いや、卒業前でもいい。僕たち夫婦になろうよ!」
「結婚してくれるの!」
 アスカはぱっと笑顔を輝かせて振り向いた。
「うん、アスカ。もう迷わない」
「うれしいっ!」
 アスカは裸のままシンジに抱きついた。アスカが上になり布団の上に倒れこんだ。互いにむさぼるように唇を吸いあった。シンジは自分の性器がブリーフの中で激しく勃起するのを感じた。
 二人はその姿勢のまま長い間口づけを交わしあった。やがてアスカは唇を離し、とろんとした目を向けてシンジに言った。
「いいわ。それじゃ、昨夜のはなかったことにしましょ」
「なかったことに?」
「そうよ。これからするのがアタシたちの初エッチ」
 シンジは俄かに興奮を覚えた。や、やるんだ。とうとうアスカと…。もうやったんだけど、いいや。昨夜のは『なかったこと』なんだから。ごめん、綾波。こうなるのが運命だったんだよ。
「うん、アスカ。これからが僕たちの初体験だよ」
「シンジ、うれしい」
 二人は再び甘いキスをした。口を離したシンジは真剣なまなざしをアスカに注いで、そっと囁いた。
「僕、シャワーを浴びてくるから待ってて」
 シンジの体からは昨夜の酒と汗の匂いが漂っている。アスカとしてもそうしてもらいたいところだ。
「うん、アタシはいいから。ここで待ってる」
「じゃ、ちょっと行ってくるから」
 シンジは立ち上がって改めてアスカの裸身を眺めた。アスカは胸を腕で覆って布団の上に座っている。その姿の色っぽいこと。ブリーフの盛り上がりを見られないように、手で隠して風呂場に入って行った。アスカはその後姿を眺めながらほくそ笑む。
 むふふ。どうファースト、アタシの勝ちよ。ま、アタシとミサトが一枚上手だったってことね。アンタは誰か他の男を探せばいいのよ。また血が出ちゃうけど大丈夫よね!そういうもんだと言えば納得するわよ。
 勿論、シーツの血痕に見えたものは、昨夜アスカが小瓶から垂らしたものである。つまりミサトの策は、シンジが酔っ払って記憶をなくすことを当てにして立てたものだったのだ。以前にシンジを薬で酔わせた時の経験が生きた。
風呂場からはシャワーを使う音が響いて来ている。アスカの勝利の時は近い。

7.
(シンジの脳内某所)
『司令、血圧上昇中。快感指数45』
『うむ、順調だな』
 司令と呼ばれた男は満足げに前方に広がる巨大スクリーンを眺めた。その前では数人の男が様々な計器の前に座り、時折つまみをいじっている。
『精子一個大隊、所定の位置に着きました』
『ようし。訓示をぶちかますぞ』
 司令は陰嚢内に整列した精子たちをスクリーンに映してマイクを取り、演説を始めた。
『精子諸君!遂に我々生殖器官の出番が来たのだ!今回はこれまでのような空撃ちとは違う。実際に子宮を目指す崇高な役割が諸君に与えられるのである。精子諸君。励んでくれたまえ。諸君のりりしい姿を見て私は確信する。必ずやこの中から受精の誉れに浴する者が出るであろうと。諸君の前には長く、険しい道のりが待っている。だが恐れるな。ひたすら前を向いて進め。栄光は諸君らのものなのだ!』
 きちんと整列した十億の精子たちが轟然と歌を歌いだした。
♪ゆくぞーしきゅうへー旅だーつわれらー、しきゅうー戦隊ー、せーいーしー
 しきゅうのかなた卵管めざし遺伝子背負い今飛び立つ
 必ずナカでー、受精をするとー手を振る人に笑顔でこたあえー
 ふぐりを離れしきゅうのおくへはーるーばーるのーぞおむー
 しきゅう戦隊せーいーしー♪
            :
 シンジは湯上りタオルを腰に巻いて風呂場を出た。上半身は裸で、タオルの下はブリーフを穿いているだけだ。前に泥酔した時のような頭痛や眩暈はなく、むしろ普段にも増して調子がいいぐらいなのが不思議だったが、まあいいやと深く考えることはなかった。
 寝室の襖は閉ざされている。心臓が早鐘のように打った。向こうにはアスカがしどけない姿で横たわっているだろう。興奮が急速に高まり、シンジの肉棒はむくむくと立ち上がった。
            :
(再びシンジの以下略)
『快感指数急上昇!現在75!』
 オペレーターの声が発令所に響いた。司令は眉をひそめた。
『少し早いな…』
『砲身仰角95度』
『前立腺、エネルギー充填120%』
『ターゲットスコープオープン!』
『カウパー腺液分泌します』
            :
 シンジは思い切って襖を開け、中の様子を見た。布団にはアスカがこちらに背を向けて寝ている。湯上りタオルがテントを張っているシンジには有難い。シンジは寝室に入り、タオルを除けて布団の傍らに座る。
「アスカ」
 アスカがにこっと笑って振り向いた。「来て、シンジ」アスカは掛け布団を掴み、一気にめくった。アスカの裸身がシンジの目に飛び込んできた。二つの豊満な乳房が、優雅なカーブを描く腰が、T字型の柔毛に覆われたビーナスの丘が………。
            :
 発令所に警報音が轟き渡った。赤いランプが点滅している。
『前立腺、圧力急上昇!』
『なにいっ!』
『快感指数114!』
『こ、このままでは暴発します』
『[理性]はどうした。[理性]を呼べ!』
『[理性]、応答ありません』
『圧力、なおも上昇します!もう駄目だあ!!』
『何てことだ!まだ入り口にも達してないのに!』



「あ゙」



 シンジはアスカの傍で膝立ちの姿勢のまま痙攣した。視線は宙をさまよった。そのまま硬直したように動かなかった。
「どうしたの?」
 アスカは怪訝そうな顔をしてシンジを見た。シンジは額に汗を掻きながら、引き攣った笑みを見せておずおずとアスカに視線を合わせた。
「ごめん、アスカ。出ちゃった…」
「はあ?」
 アスカはシンジの様子をまじまじと観察した。シンジのブリーフの中心に染みが広がっているのを認めた。独特の生臭い臭いが漂ってくる。全てを理解した。
「アンタ、バカァ?」

8.
 シンジは深くうなだれ、穴があったら入りたいような気分だ。
「ごめん、アスカ。ほんとにごめん。肝心な時にこんなで」
 アスカは布団の上に座り、首を横に振った。
「アンタってば、どうしてこう大事な時に役に立たないの」
「ごめん…、ごめん…」
 アスカの目尻に涙が一つ浮かんだ。
「もう!…アタシがどんなに苦労してこうなるようにしたのか…」
「へ?」
 シンジはアスカの言葉に疑念を抱いた。聞き捨てならない言葉ではないか。
「苦労って何?昨夜僕が無理やりアスカとしようとしたんだろ?」
「………!」
 アスカはぐっと答えに詰まった。うっかり口を滑らせてしまったのだ。
「黙ってないで…。さては、僕が君としちゃったってのは嘘だな!全部、君が仕組んだんだな!あの血の跡も何かの染料だろう!」
 シンジは厳しい顔つきでアスカに迫る。それに対してアスカは横を向いていたが、やがてきっ、とシンジを睨んで毒づいた。
「そうよ!アンタはまだ童貞。清らかな体のまんまよ!お酒に薬を仕込んでアンタを酔わせたのよ!それから、あの血もうーそ!あれもスパイ道具の一つなの!どーもシーツを汚してすみませんでした!」
「アスカ…、君はなんてことを」
「うっさい、うっさい!何さ、この優柔不断男!いつまでもアタシたちを宙ぶらりんにして!挙句の果ては何よ、この様は!体に手も触れないうちに『あ゙』とか言っちゃてさ。だらしないったらないわ。アンタ、それでも男?この早漏!女の体一つ抱けないなんて呆れて物が言えないわ!」
 心臓にぐさりと突き刺さるようなアスカの言葉だった。シンジは物も言えず、呆然と前を眺めるだけだった。アスカは立ち上がり、無言で傍に置いてあったショーツを取り、身に着けだした。
 てきぱきと衣服を身に着けるアスカ。シンジの方はなおも身じろぎすらしなかった。
「アタシ、帰る」
 すっかり身支度を整えたアスカはすたすたと出口へ歩いていく。玄関前に来ると立ち止まり、バッグから財布を取り出し、中から千円札を三枚抜いて床に置いた。
「これ、シーツの洗濯代」
 シンジは相変わらず口をぽかんと開けて、ただひたすら壁を見つめる。ばたん、と玄関の戸が閉まる音がした。ブリーフに染みた精液が固まり始めていた。

9.
 シンジはとぼとぼと大学へ向かう道を歩いている。朝食は食べる気も起きず、空腹のまま習慣に従って家を出て来たのだ。頭の中には先程アスカに言われた言葉が、繰り返し繰り返し現れてくる。『アンタ、それでも男?この早漏!』
 ……僕は早漏だったんだ。
 シンジの性に対する甘い夢想は木っ端微塵に打ち砕かれた。思えば、これまで性交に関する知識はAVを観たり官能小説を読んだりして一通り吸収していたが、実践の方はなんとかなるさと軽く考えていた。だが現実はそう甘いものではなかったのである。
 どこかの家からラジオの声が聞こえてくる。
『このあたりの蟇にてござソーロー、この候というのは、なになにでございます、のございますの意味ですね』
 別の家からテレビの音が洩れて来ている。
『先生、ソーロー防止にはなにが肝心ですか?』
『はい、ソーローを防ぐには、一に運動、二に睡眠、三に規則正しい生活ですね』
『ソーローになるとどんな弊害があるのでしょうか?』
『早く老いればそれだけ心肺機能が弱まってしまうことになるでしょう』
 通りの向こうから女子高生の一団がお喋りしながらやって来る。
「昨日のライブ良かったよお。大沢クンのギターソーローがもうさいっこう!」
 早漏として、もとい蹌踉として歩くシンジは電器店の前に差し掛かった。テレビに海洋冒険物のドラマが映っている。
『取り舵一杯』
『ようソーロー』
 うひゃあ。みんなが僕を馬鹿にしているよう。シンジはとうとう耐え切れなくなり踵を返して走り出した。大学に行くどころではなかった。枕に顔を埋めて泣きたかった。

『はーい、アスカ。あたしミサト。首尾はどうだった?』
 携帯電話からミサトの声が聞こえて来る。その日の夜、作戦の結果を知るべく、ミサトが掛けてきたのだ。アスカは物憂げに答えた。
「うん、ミサト。作戦は九分九厘うまくいったんだけど…」
 アスカは今朝の不始末をかいつまんで話した。ミサトが切迫した声で言う。
『それで、あなた、シンちゃんの所から帰っちゃたってわけ?』
「うん…」
『どうしてそんな事言うの!シンちゃんが可哀想だと思わないの?』
「だってシンジったらあんまり不甲斐ないもんだから…」
 ミサトのはぁーという大きなため息が聞こえてきた。
『あのねぇ、アスカ。あなた、セックスに対して幻想を抱いてない?男は誰でも女を満足させられるもんだとか。そんなもんじゃないのよ。シンちゃんにしろ、あなたにしろ初めてでしょう?すんなりいかないことだってあるわよ』
「……………」
『いい、セックスは男と女の共同作業なの。二人が協力しあって築き上げるもんなの。一度や二度の失敗は当たり前よ。シンちゃん、早すぎるんだったら、どうしたらいいのか二人で考えなさいよ。』
「うん」
『何よりこれでシンちゃんがレイの方に行ってしまうんじゃないかって心配があるわよ。あの子なら厳しいこと言わないでしょうから』
「それはあり得るわね」
『それでどうなの?あなた、まだシンちゃんが好きなの?』
 アスカは黙って自分の内面を見つめた。シンジのことを考える。彼はたしかに頼りない。だが、あのチェロから流れ出る深い音色はどうだ。あの思わず惹きこまれる笑顔。何よりあの限りない優しさは。
「…アタシ、やっぱりシンジが好き!」
『だったらすぐにシンちゃんに会って謝るのよ。今がとっても大事よ!』
「分かった、ミサト。ありがとう。すぐにそうする」
 アスカは携帯を切った。ごめんね、ごめんねシンジ。アタシが悪かったわ。すぐさまシンジの番号に繋いだ。しかし向こうの電源は入っていなかった。シンジ、今日は登校して来なかった。きっと家で落ち込んでるんだわ。
 早速アスカはシンジのアパートへ向かった。だが、アスカの目的は達せられなかった。シンジの部屋にはしっかりと鍵が掛かり、夜だというのに電気も点いていない。シンジはどこかに消えてしまったのだ。

「レイカ、どうだった?」
 レイカが自宅に戻るやいなや、待ちかねていたレイコが訊ねた。既に夜となっていたが、レイカはシンジのアパートまで様子を見に行っていたのだ。
「碇君、やっぱりいなかったわ」
 レイカは厳しい顔つきで答える。部屋にはレイナにカヲルもいて、揃ってレイカに注目していた。
「どこに行ったのかしら」
「心配だわ」
「警察に届けた方がいいかしら」
「昨日、アスカが送って行ったのは確かなのね?」レイカがカヲルに訊いた。
「うん、部の仲間が目撃していたよ。アスカにも訊いてみたんだけどね、送り届けはしたけどその後は知らないって返事さ。シンジ君がいなくなったのは今日の事だと思ってよさそうだね」
 レイコが表情を厳しくして、言った。「私、アスカが関わっているように思えて仕方がないの」
「ごめんよ。僕がちゃんと最後までアスカを見ていればよかった」コンパの最中に寝込んでしまったカヲルは、頭を掻いてすまなそうにしている。
「済んだ事は仕方がないわ」
「昨夜から今朝にかけて何かがあった…」
「失踪したくなるような事が…」
「原因はあの猿よ!」
 ――などと四人はかまびすしく話し合うのだったが、結論は出ず、徒に時は過ぎていく。

 次の日、やはりシンジは大学に出て来なかった。その次の日も、また次の日もシンジの姿を見た者は誰もいなかった。

10.
 第二新東京市。この首都の中心部には日本最大の歓楽街がある。深夜に至るまで昼間のように明るいこの街を一人悄然として彷徨う若者がいる。他でもない碇シンジだ。シンジは旧友の相田ケンスケに会って悩み事を話そうと思い、この都会へやって来て今日で四日目である。残念ながらシンジの思惑は外れた。ケンスケは友人数人と共に北海道旅行に行ってしまって留守だったのだ。だからと言ってすぐに第三新東京市へ帰る気になれなかった。アスカと顔を合わせたくなかったのだ。レイに対しても男としての自信を喪失した今は会いたくなかった。やむなくカプセルホテルに泊まり、昼間は映画を見たり読書などをしながら徒に日を過ごすシンジである。彼は今、酒でも飲んで寝てしまおうとカプセルホテルに向かう夜の道を、酒瓶やつまみが入った袋をぶら下げて一人寂しく歩いている。
 まだ宵の口とあって、行き交う人の数は多い。俯き加減に歩くシンジの前から突然声が掛かった。
「シンジ君?」
 シンジははっとして顔を上げた。懐かしい女性の顔がある。伊吹マヤだった。彼女がこんな所にいるとは。
「マヤさん…」
「シンジ君、こんな所で何してるの?」
「あ、僕ですか。はは、ははは。ま、何て言うかその…」
「ふーん。何か元気ないなぁ」
「そ、そうですか。マヤさんこそ何してたんですか?」
「私はこっちでお買物」
 マヤは右手に持った紙袋を上げて見せた。その袋の中身はこの日開催されたコミケで仕入れて来た多数のやをい本なのだ。シンジに無理やり読ませて男色の世界へ誘おうとする作戦はまだ続いていたのである。
「それで?どしたの?何かあったの?」
 マヤがシンジを見つめる視線は優しい。シンジの胸にこみ上げてくるものがあった。
「マヤさん。僕……」
 シンジは目からこぼれ落ちたものを右手で拭った。マヤはその様子を見てあわてふためく。
「シンジ君!どうしたのいったい?ほら、これで拭いて」
 マヤはハンカチを差し出してシンジに渡した。シンジはそれに顔を埋めてしばらくそのままでいた。

 シンジとマヤはとある居酒屋の小上がりで相対している。二人の前のテーブルには、ビールのジョッキに焼き鳥や刺身の盛り合わせなどが乗り、賑やかだ。シンジは既にジョッキをあらかた飲み干し、顔に赤みが差している。落ち込んだシンジを元気づけようとマヤが誘ったのだ。
「どう、少しは元気が出たかな?」
 マヤが微笑みを湛えながらシンジに言う。シンジは力ない笑みを浮かべて答える。
「ええ、まあ少しは」
「ね、何があったか私に話してみない?何でも相談に乗ってあげるよお」
「え、いや、ちょっと人には…」
「いいから、いいから。私たち、友達じゃないの。ねえ、話した方がすっきりするわよう。解決策が見つかるかも知れないよう」
 シンジは考え込んでしまう。気楽に口に出せる内容ではない。だが誰かに縋りたい気持ちも一方にある。
「シンジ君。私、あなたの力になりたいの。だってね、私、あなたのことがなんだか弟みたいに思えるんだもの。あなたが不幸せな顔してると私も気分が落ち込んじゃうの。だからさ、話して。必ず力になるから」
 シンジはマヤの暖かい言葉に思わず涙腺が緩みそうになった。堪らずシンジの口から言葉が洩れ出る。
「マヤさん…。僕、駄目なんです…」
「何?何が駄目なの?」
「僕は女の人を抱けないんだっ!」
 シンジは唇を噛んで俯く。マヤはシンジのあまりの言葉に動揺してしまった。まさか、私の作戦が決まってホモに目覚めたの?こんなに簡単に?もっと突っ込んで訊いてみなくちゃ。
「それ、どういうこと?女の人に感じなくなったの?」
「いや、その逆なんです!」
「てことは感じすぎちゃう?」
「そうなんです!」
 マヤはシンジの答えに重大な意味があるのに気づいて緊張した。と言うことは女とやろうとした?まさかアスカが…。マヤは真剣な面持ちでシンジに迫った。
「もっと詳しく話して」

11.
 シンジの告白は驚くべきものだった。アスカの突然の入部。歓迎コンパの夜の成り行きと翌朝の出来事。マヤの仇アスカがそこまでシンジに肉迫していたとは。私としたことがうかつだったわ。危ないところだったのね。ミサトさんも無茶苦茶やるわ。それにしてもアスカったらひどい言い草したものね。…待てよ。この状況を逆手に取って…。千載一隅のチャンスじゃないの!
 マヤは頭の中で素早く計画をまとめ上げ、声を潜めてシンジに言った。
「そのう、シンジ君。いわゆるその、オナニーは週にどのぐらいしてるの?」
「マヤさん、いきなり何言い出すんですか!」シンジは赤い顔をますます赤くして動揺する。
「シンジ君、これは先輩としてアドバイスするためよ。あなたの早漏の原因を探ろうというの」
「恥ずかしいですよ…」
「恥ずかしがっちゃ駄目。私をお医者さんだと思いなさい。悪くしたら、あなた一生女を抱けないかも知れないわよ」
「………!」
「思い切って言いなさい。絶対誰にも洩らさないから」
「……僕、オナニーって殆どしないんです」
「はあ!?」
 マヤは目をまん丸くして、シンジを見つめた。世にも珍しい生き物が目の前にいるような感じだ。シンジはマヤから視線をそらしてもじもじしている。
 説明しよう。かつてシンジは病室で意識不明でいるアスカをオカズにしてオナニーをしてしまった。事が終わった後、シンジは激しい罪の意識に苛まれた。これがトラウマとなって今日まで響いているのだ。つまり、オナニー自体を罪悪と感じるようになったのである。そのためシンジの性感は中学時代からさほど発達していなかった。
 マヤは角度を変えてシンジに質問してみた。
「それじゃ、シンジ君、アダルトビデオとかは?」
「二、三本見たかな」
「モザイクの掛かってるやつ?」
「当たり前じゃないですかぁ」
「ネットの画像とかは?」
「そんなの見ませんよ」
 マヤははぁーっとため息をつく。特別天然記念物に推したいような気分だ。その辺に屯するヤンキー共に少しは見習えと言ってやりたい。
「…かなりの重症ね」
「マ、マヤさん。僕は治るでしょうか?」
 シンジが縋るように問いかけてくる。マヤはううんと唸って考え込んで見せた。
「…大丈夫。ちゃんと治るわ。とにかく刺激に慣れること。繰り返し刺激して行けば、そのうちできるようになるわよ」
「そのうちって何時頃でしょうか?」
「1年は見たほうがいいかな」
「そんなんじゃアスカも綾波も逃げていっちゃいますよ」
「一日も早くできるようになりたい?」
「はい!」
「分かったわ」
 マヤは居住まいを正し、シンジを真剣な眼差しで見つめた。
「シンジ君。私が男にしてあげる」
「は?」
「私が練習台になってあげると言っているのよ」
「マ、マヤさん!」
「シンジ君、私は本気で言ってるの。あなたに男としての自信を取り戻させてあげる。もう一度胸を張ってアスカやレイに会えるようにしてあげるわ」
「で、でも…」
 シンジがためらうのも無理はない。相手は三十路の女とは言え、れっきとした素人なのだ。風俗嬢を相手にするのとは訳が違う。
 マヤはうっすらと微笑みを見せた。「浮気になると思っているのね。これは浮気とは違うわ。昔はね、ベテランが筆下ろしをしてそれから結婚、というのが当たり前だったのよ。それで性生活がうまくいっていたのね。こう考えなさい。これはセラピーなんだと」
「セラピー?」
「そう。あなたは不幸にも正常な思春期を送らなかったわ。それを取り戻すための治療をしようと言うのよ」
「…………」
「別にあなたとするからといって、恋人にしたいとかって思ってはいないわ。だって年の差があり過ぎるもの。私ね、あなたがアスカかレイと幸せになってほしいって、心の底から願っているの」
 シンジはまじまじとマヤを見つめた。三十路に入ったとはいえ、マヤは十分に美しかった。もともと年より若く見えるマヤは二十代と言っても通用する。体も贅肉がなく、魅力的と言っていい。シンジの心は動いた。だが、アスカやレイのことも引っ掛かっている。これが裏切りにならないと言えるのか。
 シンジは下を向いて考え込んでいる。その様子を見てマヤは心の中で舌打ちした。中々乗って来ないわね。ちょっと揺さぶってみるか。
「その気がないみたいね。いいわ。ごめんなさい。出すぎた真似だったようね。あなたなんか…。風俗にでも行けばいいのよ…」
 最後の方は声を詰まらせ、バッグからハンカチを取り出し目頭に押し当てる。シンジは驚いた。
「マヤさん…」
「ごめんね、シンジ君…。私って馬鹿ね…」
 シンジは激しく動揺した。自分のことをこんなにも想ってくれている人がいる。これに応えないで男と言えるか。
「マヤさん。お願いします!」
 遂にシンジは床に手を着いて深々と頭を下げた。「お願いします。僕を男にしてください!」
 やったぁ。マヤはハンカチの陰で密かにほくそ笑んだ。むふ。これで計画は成功したも同然よ。
「そ、そう。私の気持ちを受取ってくれるのね。良かった。これで私、ただの変な女にならないで済むのね」
「そんな事ないです。マヤさん。どうか僕にいろいろ教えてください!」
 据え膳食わぬは男の恥と言う。シンジとてその原則から外れることはなかったのだ。

12.
 居酒屋を出たシンジとマヤはそこから程近いホテルの前に立った。「ホテル・モナムール」と書かれた看板が付いたピンク色の建物で、けばけばしいネオンが入り口を飾っている。
「シンジ君、ここでいい?」
「はい」
 シンジは緊張で強張った表情をしている。童貞の若者としては無理もないところだ。
「じゃ、行くわよ」
 マヤがすたすたと入り口へ歩いて行く。シンジは一歩遅れてマヤに付き従った。この当りは経験の差が現れている。
 とうとうシンジはラブホテルの敷居をまたいだ。こうしてまた一歩、大人の階段を上がったのである。

「へえ…」
 部屋に入ったシンジはその調度に目を瞠った。豪華なダブルベッドがある。その枕元と横には大きな鏡がはめ込まれていて、見る楽しみを増すだろう。全体に間接照明を使い、適度なほの暗さで、こういう場に相応しい雰囲気だ。
 シンジはさすがに緊張し、物も言わず突っ立っている。
「シンジ君。リラックス、リラックス。固くなったら上手くいくものもいかなくなるよ。ほら、そこに座ってさ。お茶でも飲んでなさい。私はシャワー使ってくるから。あ、なんなら一緒に入るう?」
「え、い、いや、それは…」
「あはは。赤くなっちゃってえ。カワイー。ま、まだ早いわね。それじゃちょっと待っててねえ」
 マヤは明るくシンジに手を振り、自身はバスルームへ向かった。シンジはそっちの方を向いて驚く。ガラス張りじゃないか!てことは見放題?うわ、エロいなあ。
 シンジはソファに座ってティーバッグを茶碗に入れて、ポットからお湯を注いだ。意識して落ち着こうと目を瞑ってみる。しかし心臓はどきどきと激しく打っている。バスルームの方が気になって仕方がない。耐え切れず目を開けるとまるで磁力があるかのように視線がバスルームに引き付けられる。マヤが入ってくるのが見えた。その姿は勿論すっぽんぽんで…。
 シンジの一物はたちまち硬化してしまった。や、やばいよ、これ。刺激が強すぎるよ。見ちゃだめだ。見ちゃだめだ。見ちゃだめだ…。
 シンジは膝を抱きかかえ固く目を瞑った。頭の中に女子高生姿のゲンドウとか、網タイツ姿のゲンドウとか必死に萎えそうな映像を思い浮かべつつ、ひたすらマヤが上がって来るのを待った。
マヤがバスローブをまとって出て来た。襟元には胸の谷間が覗き、シンジの目を引き付ける。ついその下には何も着けていないのでは、などと想像してしまう。
「さ、シンジ君もシャワー使って来て」
「あ、はい」
 シンジはマヤに促されてバスルームに入って行く。マヤはシンジの姿が見えなくなると、すかさず持参していたバッグを取り、中を探った。

13.
 シンジが戻って来た。マヤはベッドの端に腰掛け、煙草を吸っていたが、シンジが見えると灰皿に煙草を押し付け艶然と微笑む。シンジはがちがちになりながらマヤの前に来て頭を下げた。
「よろしくお願いします」
「こちらこそ、シンジ君。固くならないで。時間がもったいないから早速始めましょ。まずレッスンワン」
 マヤは立ち上がり真っ直ぐにシンジの顔を見つめ、バスローブの腰紐に手を掛けた。するすると紐を解いたその手は直ちにローブの合わせ目に掛かり、一気に広げた。
 マヤの肉体がシンジの目に飛び込んで来た。想像通り下着を着けていなかったのだ。形の良い二つの半球状の乳房と縦長の臍、さらに婀娜っぽい濃い目の茂みがシンジの目を射抜く。
 シンジはごくりと唾を飲み込み、物も言わずそれらを凝視した。マヤはゆっくりとローブを放し、それはふわりと床に落ちた。
 一糸まとわぬマヤがシンジの目前に佇立している。
 シンジはとうに興奮状態に陥り、一物は完全に勃起し、バスローブの前を突き上げている。
「あは、元気ぃー。いいのよ、いいのよ。でもそんなに目を丸くして見つめられるとちょっと恥ずかしいな」
 マヤは胸を両腕で覆って頬を赤く染める。
「あ、すいません」シンジも恥ずかしげに視線をそらした。
「だいじょぶ?持ちそう?」
「…大丈夫です」
「その調子。だんだん慣れていけばいいのよ。えーと。私だけ裸ってのも恥ずかしいから、あなたも脱いで」
 シンジは無言でバスローブを脱ぎ去った。シンジも下に何も身に着けていなかった。マヤにとっては二度目となるシンジの性器との対面だ。今回は前と違い、隆々と屹立している。シンジは恥ずかしげにそれを両手で覆った。そんな仕草もマヤから見れば可愛らしい。
「ではレッスンツー。ベッドに来て」
 マヤは早速ベッドに横たわった。腕を真っ直ぐに伸ばしてどこもかしこも丸見えになった。シンジもベッドに上がり、膝立ちになってマヤを見下ろした。シンジの息が荒くなる。
「落ち着いて、シンジ君。自分のペースで。あせんないで」
「はい…」
 シンジは目を瞑り呼吸を整える。マヤは優しい視線を注いでじっと待った。
 ようやくシンジが落ち着いたのを見計らってマヤは声を掛けた。
「じゃ、今度は触ってみて」
 シンジはこんもりと盛り上がった漆黒の茂みに手を伸ばそうとするが、マヤが遮った。
「待って。女の体は単純じゃないわ。まず上の方から」
 シンジはマヤに寄り添うように横たわり、乳房に手を伸ばす。手のひらで包み込んでみると、それは溶けるように柔らかく、その手触りの良さに陶然とする。その頂きにある尖りに指を這わせてみた。固めの感触が指先に気持ちいい。ずっとこうしていたいと思った。マヤの口からはぁっと吐息が洩れた。
 マヤの熱を帯びた視線がシンジにからみついた。シンジは引き込まれるようにマヤの顔に顔を近づけ、言った。
「マヤさん。キスしていいですか?」
「うん」
 唇と唇がぶつかりあった。すぐさまマヤの舌がシンジの舌を求めてきた。両者の口の中で軟体動物のように舌と舌が絡み合った。
 シンジは思わずマヤの体の上に覆いかぶさった。×××がマヤの体の中心に重なった。柔毛と柔らかい下腹がシンジの×××に当たり、ほど良く刺激した。あっと思ったときにはもう遅かった。
 マヤは突然自分の腹に温かい迸りがかかったのに驚いた。シンジは唇を離し、歯を食いしばり、顔をしかめている。何があったかは明らかだ。
 シンジはがくっと力を抜き、マヤの裸体に体重を預けた。シンジのうなだれた首がマヤの頬のすぐ横にある。
「ごめんなさい、マヤさん」
 シンジの弱々しい声に、マヤはシンジの背を優しく叩きながら答える。
「いいの。いいのよシンジ君。ここまで出来たじゃないの。ちゃんと進歩したの。だから、喜んでいいのよ」

14.
 マヤは枕元にあるティッシュを数枚抜き取り、腹と腹の間に差し入れた。シンジもティッシュを取り、体を起こした。ベッドから足を下ろし、×××の先端を始末する。マヤはその様子をちらりと見た。シンジのそれは半ば硬度を保ち、垂れ下がってはいるが、完全に萎えてはいない。マヤは脈あり、と見た。
 シンジは床に立ってマヤに頭を下げる。
「ありがとうございました。マヤさんの気持ち、うれしかったです」
「何言ってるの。まだ終わりじゃないわ。こっちに来て横になりなさい」
「え……」
「夜は長いのよ。諦めちゃ駄目。さあ、ここへ横になって」
 シンジは戸惑いながらもマヤの指図に従う。マヤはシンジの横に寄り添い、シンジの×××に手を×××××し、艶めかしい視線をシンジに向け言った。
「いくわよ。レッスンスリー」
 マヤの手はシンジの×××を柔らかく×××××××××。シンジは思わず×××を×××した。マヤはかまわず×××を××したため、シンジの×××は××××××××××。マヤはなんと驚いたことに×××を×××××××したのだ。マヤの××はそれに止まらず、×××を×××××までしてしまったのだあ!マヤの××がシンジの×××を××するとシンジはあまりの快感にうっと呻き、×××は急激に××し、マヤの××で♂♂し始める。
 シンジのそれは××××××を××し、×××の××から××××が××した。マヤはその×××をさらに××する。
 ×××は今や××××が×××して、××の××を××××している。
「あっ、マヤさん!」
「いいよ、シンジ君。その調子」
 完全に××した×××は××を××し、××が××を××××っている。マヤは満足げにそれを見下ろした。
「着けてあげるね」
 マヤは×××××を取り、シンジの♂♂♂に×××××をするすると××××××。
 シンジはマヤの∪∪に×××××××××。マヤの口から思わず嬌声がこぼれ出る。
 シンジはさらにマヤの〈〈◆〉〉に××を××し、ぬめりと×××××××。××が××し、糸を引いた。調子づいたシンジはぐいぐいと××を××××していき×××の内部を××××××。
だがマヤは「うん、だめよ。まず×××××を優しく×××して」
シンジは言われた通りに×××××を慎重に××する。するうち、だんだんとマヤの息が荒くなり始める。
「上手よ、シンジ君」
 ×××した♂♂♂を××××××しながら、マヤは×××をし、シンジに言う。
「ごほうびに×××××を、それから××××、なんとなんと×××××もしてあげるわ」
「ああ、凄いよ、マヤさん」
「ちょっと待って」
マヤは裸体をくるりと回して、×××を××し、×××××してしまった!その〈〈◆〉〉にシンジの視線は釘付けになった。周囲を飾る××は××××××で、こんもりと×××××××。その×××は今や×××して完全に×××が××し、××が露になり、鮭肉色の××××が×××××。×××××は完全な××を遂げ、××から×××××している。滴り落ちる××がその下方の××まで濡らし、その上方には××色の××がひっそりと×××状の××××をしながら××××××している。シンジの×××はさらに××を帯び、♂♂♂♂♂♂♂。マヤの〈〈◆〉〉も次第に××が増し、××が××××××。シンジはたまらなくなり、遂にそれを×××××××××!!
「ああん、シンジ君たら」
「マヤさんっ!」
 シンジはなおも〈〈◆〉〉の×××を××し、×××××を××する。マヤの口から艶かしいあえぎ声が洩れる。
 そしてマヤは×××××をシンジの♂♂♂に××し、にっと笑うとシンジの♂♂♂をぱっくりと×××××××!
「ほう?ひもひいいへしょ?」
「☆★◎(^○^)▽□¥♂♂♂!!」
 マヤはその♂♂♂をじゅっぽじゅっぽと×××××××××××。シンジもそれに応じるようにマヤの〈〈◆〉〉を×××××××××。それに止まらずマヤの∪∪に×××××××××。マヤの§▼§はシンジの××で濡れそぼって×××××××。マヤの〈〈◆〉〉はシンジの××とあふれ出る××が入り混じって洪水のよう。
 二人は揃って官能の頂点を目指す道程に入っているのだ。むさぼるように互いの××を求め合う。やがてマヤの我慢も限界が訪れたか、「シンジ君。××××してっ!」
「はいっ!」
 マヤは向きを変えて×××××、シンジも起き上がって××××××××。
マヤは大胆に×××をがばっと広げ、〈〈◆〉〉が×××××××××!
「さあ来て」
 マヤの媚を含んだ声色にシンジは無我夢中で♂♂♂を掴み、物も言わずマヤに覆いかぶさった。シンジの××しきった♂♂♂が遂に、やっと、とうとう……。
「シンジ君、そこちがう」
 マヤはシンジの♂♂♂を×××、自らの〈〈◆〉〉に……。
「☆○●□\(^o^)/★△◎◇!!」
 ×××××××××××××××××××、「あっはぁぁん」×××××××××××××××。×××××××××、×××××××××××××××××××××。
「おおおっ!」シンジは歓喜に打ち震え×××××××、マヤに×××××××××、××××××××××××××××××××××××××。
「マヤさんんんっ」××××××××××××、ぬぷぬぷ××××××××××。××××、×××××××××××××××××××××××××××。
「んんっ」マヤも興奮の度合いを高め、××××××××シンジの×××××××。××××××××××××××××××××××××××××。
「こ、これは……」××××××××××××××、マヤが××××××××、×××××××××××。×××××××××××××××××××××。
 ×××××××××××××、×××××××××××××。シンジは××××××××××、×××××××、×××××××××××××。××××××××××××××××××××××。
 ××××××××××××××。だけどいいのかなぁ。××××××××××××××××、×××××××××××××××××××××××。
 ××××××××××、××××××××××××××。濡れ場を期待した人もいるだろうに×××××××××××××××××××××××。
 ××××××××××××。×××××××××××、いいの、いいの。××××××××××、××××××××××××××。
 ×××××××××××××××××。ファイナルアンサー?××××××、××××××××××××。
 ××××××××××××、この遠山桜を見忘れたとはァ、言わさねぇぜ××××××××××××××××××。
 ×××××××、××××××。想定の範囲内です××××××××。×××××××××××、××××××××××××××××…………
 ちゃっぷ、ちゃっぷ、ちゃっぷ…………
「あん、あん、あん、あん」
「はあ、はあ、はあ、はあ」
 ちゃっぷ、ちゃっぷ、ぷ(この音の意味が分かったあなたは大人です)…………
「マヤさん、僕、もう……」
「いいのよ、シンジ君。来て。来てぇ~」
「マヤさんっ!!」
「あっ、あっ、あぁ~~~~~」





「はあ、はあ、はあ」

「うふ。おめでとう。シンジ君」

「もう最高です」

「えへ、私もよかったよ」

「マヤさん、ありがとうございました」

「ねえ、ごほうびにキスして」

 唇と唇がすっと合わさった。そのまま静かに時は流れていった。やがてシンジは全身に気だるさを感じ、ゆっくりとマヤの体から離れた。今までマヤの体内に埋まっていたそれは次第に元の大きさに戻りつつある。表面を覆っていたコンドームの先端には白い液体が溜まっていた。シンジはそれを抜き取り、ティッシュに包んでゴミ箱に捨てた。
 シンジとマヤは並んで横たわり、毛布を掛けて共に天井を見つめた。
「分かった?シンジ君。一発目は捨てていいの。二発目に賭けなさい。あなた若いんだから連発がきくのよ」
「はい」
 シンジは体を廻してもう一度マヤの上になろうとした。が、マヤはすっと右手を伸ばしてシンジの口に当てた。
「それはもう止めましょ」
「どうして?」
「だってこれ以上したら、私、あなたのことを好きになってしまうかも知れないもの。あなたの恋人はアスカ。もしくはレイ。それに邪魔をしたくないわ。私はあなたの最初の女ということで満足する」
「マヤさん……」
 シンジは感動を込めてマヤの顔を見つめた。笑顔のマヤが天使のように見えた。
「どう?自信持てた?」
「はい!」
「それじゃ、明日、第三に帰りなさい。それから後はあなた次第。頑張ってね」
「分かりました!」
 シンジの眼はきらきらと輝き、心なしか男として一皮剥けたように見える。マヤの胸の奥には一人の少年を大人の男に引き上げた達成感があった。だがいつまでも浸っているわけにはいかない。枕元に置いた腕時計に目を走らせ、体を起こした。
「さってと。終電に間に合わせるためにはのんびりしてられないわ。私は今日中に帰るから。シンジ君、先にシャワー使って来なさい」
 シンジは名残惜しさを感じながらも床に降り立ち、ローブを羽織ってバスルームへ向かおうとする。途中、立ち止まってマヤの方を振り返った。
「あの、マヤさんも一緒に…」
 マヤはいたずらっ子を叱るようにシンジを諭した。
「こらこら。さっき言ったでしょ。下手すると私、ストーカーになっちゃうかもしれないよぉ。ここはおとなしく行って来なさい」
「はあ」シンジは名残惜しそうにバスルームに入って行く。マヤはバスローブを身にまとい、煙草に火を着けた。胸の内になんとも言えない高揚感が広がってくる。私、勝ったんだわ、アスカに。
 バッグに手を伸ばして中を開いて見た。そのバッグは口を開けたまま枕元に置いてあったものだ。底に横たわる小型のボイスレコーダーには録音中の赤い表示が光っている。マヤはにんまりと笑いその停止ボタンに指先を伸ばした。


(伏字の部分にあるいたずらが施してあります。ワカルカナ?)


(続く)


(最終回へ続く)



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