第五章 引っ越し

 休憩の後は今後どの様に生きていくかという事が議題に成った。

(私の目標は人類の再建よ)

 いきなり大きな事を言い出したのはアスカだ。

(こんな訳の判らない事で滅びるなんてまっぴらよ)

 そう打込むと周りを見たが、皆ぼけっと画面を見ているかアスカの顔を見ているかで反応が無い。

(とりあえず十五人しかいないんだから、何でも積極的にやらないと駄目よ)

 そこまでアスカが打込むとアスカを見ていたセイコがキーボードに手を伸ばした。

(本当に人類って滅びたのでしょうか?アスカさんはネルフや日本、欧州などを基準に考え過ぎでは?ネットや無線が繋がらない地方などでいっぱい行き残っているのでは?私達は水道や電気などがしっかりあるところでないと生きていくのが大変だけど、世界ではそうじゃない人達の方が多いと思う)

(そやな。ありそうや)

 いきなり反論されて、アスカは少し不機嫌に成ったのか右の眉がつり上がった。アスカの気分をすぐに察してシンジがキーボードに伸びていたアスカの手に手を乗せた。アスカはその手を暫く見ていたが、やがてつり上がっていた眉が下がって来た。

(確かにその可能性はあるわ。でもネットや無線が繋がらないと言うことはやりとりが出来ないという事でしょ)

 そこで少し考えてからまた手を動かした。

(なら私達の文化や知恵などが残るように、その担い手を文字どおり産みだして育てていく。これならどう?)

 アスカはまた周りを見回した。

(私子供産むわ。昔は嫌で嫌で仕方なかったけど、こうなれば話は別よ。妊娠しても問題ないぐらい大人になったらノルマは三人よ)

(ノルマで産むのなんてイヤよ。アスカは極論に走りすぎ)

 ヒカリが手を伸ばし打ち込む。相当怒っているらしくアスカを睨んでいる。反射的に睨み返したアスカだが、しばらくすると視線をそらした。

(確かにそうね、ただこの国に十五人はさびしいでしょ?)

(そうだけど)

 睨みつけたのが恥ずかしく成ったのかヒカリは顔を赤くして視線を端末に移した。

(言い方は重要よ。私はお嫁さんに成って、旦那様といい家庭を築いて、子供を育ててっていうのが夢だったから。そりゃ古くさくてアスカの話に比べれば取るに足らないようなことかもしれないけど)

 そこまで打ち込むとヒカリは手を一旦止めた。

(やることが無いと子供が増えるっていうだろ)

 そう打ち込んだのはケンスケだ。

(気にしなくても赤ちゃんだらけに成るんじゃないのか?)

(相田君ふざけないでよ)

(ふざけてないよ。実際食料の問題もあるし産児制限が必要になるんじゃないの?)

(まさか相田君アサミちゃんに昨夜変な事したんじゃないでしょうね)

(洞木こそトウジに迫ってるんじゃないの?)

 みな妙に盛り上がってしまい十分ほどこんな話が続いた。止めたのはシンジだった。

(とにかくストップ。問題を整理するよ。いいね議長)

(はい。碇君お願いします)

 興奮して凄い勢いでタイプしていたヒカリは、恥ずかしそうに俯き気味にそうタイプした。

(まず、みんなで生き延びようと言うことは、みんな賛成だと思います。そうでは無い人いますか?)

 少し待ったが誰も何も打たなかった。

(そうなると、どのどうやって生き延びるかという手段の問題とどの様に生きていくかという目的の問題の二つになると思います。ここまでいいかな)

 特に意見がある者はいないようだ。

(ここで提案なんだけど、まずは当分はどう生き延びるかだけを考えようよ。僕達はどう生きようなんて考えるほど上手く生き残れるか判らないから)

(でも目的がしっかり決まっていないと、手段も決まらないわよ)

 またもやここで議論になったが、珍しくといっては可哀想かもしれないがシンジがアスカに議論を挑む様に成った。しばらく議題が続いた後に今度はヒカリが休憩をとり昼休みにする事にした。

(ねえアスカ、さっきから聞いているとアスカは碇くんと仲良くする理由を一生懸命言っている気がする)

(そんな事ないわよ)

 アスカとヒカリはコップを片手に建物の外壁によりかかっていた。もう少しでお昼なので真正面に太陽が南中している。食堂ではシンジとトウジが昼食を作っている。セイコはハジメと共に年少組の子供達の世話をしている。マコは完全に熱が下がったが、まだ傷口は相当痛むらしくちょっとした刺激でも泣き出している。化膿した箇所は跡が残ってしまいそうだ。機能障害が残るかどうかは微妙なところだ。先ほど痛み止めを与えてきたので、今はうつらうつらしていることだろう。

(まっいちいち喧嘩することも無いのは事実だわ)

 携帯を見せるとアスカはコップのアイスコーヒーを啜った。

(確かに言い訳はあるかもしれない。私意外と抜けたところあるから一番避妊に失敗しそうだし)

(意外じゃないけど)

 ヒカリに素直に書かれて、アスカは肩をすくめた。そして空を見あげて南中した太陽を直視してしまい慌てて目を瞑り下を向く。レイの色素の無い瞳ほどではないにしろ、アスカの青い瞳も直射日光には弱い。アスカはポケットを探るとサングラスを取り出しかけた。暫く目を瞑っていたがゆっくりと開く。目の前に携帯があった。

(アスカって期待通りの事してくれるから好き)

 またアスカは肩を竦めた。

(私リーダーとしてはどう思う?)

(リーダーと言うよりガキ大将だと思う)

(ガキ大将って?)

 アスカはガキ大将という言葉を知らないようだ。ヒカリは説明しようとしたがあらためて説明しようとすると説明しにくい。暫く考えてから打込んだ。アスカは携帯を暫く眺めて自分の顎を突っついて考えて打ち返した。

(番長みたいな物?)

(似て無くはないけど)

(番長なら判るけど、私そんなに大女じゃないわ)

 微妙に勘違いをしているらしく、意味の説明をするのに十分ほどかかってしまった。

(ともかく悪くは無いと思うけど、もう少し皆の意見を聞いた方がいいと思う。それに議論の時に相手を言い負かす必要はないと思う。ディベートなどが重要視される社会自体は亡んだ訳だし)

(そう。ヒカリ、私どんなリーダーを目指したらいいかな)

(愛がある独裁者辺りじゃないかと思うわ)

 アスカは暫く携帯を見ていたが溜め息を一つ付くと立ち上がった。ジェスチャーで昼食を食べに行こうと言って建物の入り口に向かった。ヒカリも立ち上がりついていく。指紋ロックを外して中にはいると涼しい空気と昼食のいい匂いが迎えてくれた。洗面所で手を洗った後、二人は食堂に向かう。医療室でマコの世話をしているセイコとルナガーデン1にいるケンスケ達以外はすでに集まっていた。皆がついているテーブルには焼き魚を主菜にサラダや卵など商店街から持ってきた腐りやすい物を主体とした料理が並んでいる。年少組は食べたそうにしているがアスカ達が戻ってくるまでとシンジが我慢させていた。

(いただきます)

 アスカはテーブルをそう指でなぞった後手を合わせて昼食に軽く頭を下げた。年少組やシンジ達も真似をしてから食べはじめた。アスカの養父母は敬虔なクリスチャンだったらしいが、アスカ自体はキョウコが死んでから神に祈ったことは一度もないらしい。ただ日本の神社は気に入ったらしく何度かシンジ達とお参りに行ってはおみくじなどで大はしゃぎしていた。正月になったら振り袖を着て初詣に行くのよといつも言っていたがそれも今ではかなわぬ事だろう。

 しばらく皆静かに食事をとっていたが、急にミツコが側にあったおぼんに自分の食事を乗せはじめた。

(どうしたの)

(マコちゃんとたべるの)

 ヒカリの携帯にそう打ち込むと席を立ちお盆を手に持った。その様子を見ていたユウイチとコウジはヒカリの携帯を覗き込み、やはり自分達の食事をお盆に乗せミツコに付いていった。

(ハジメも行ってセイコの手伝いしてくれる?)

 アスカが打込んで携帯を見せるとハジメは頷きやはり自分の食事を持って食堂を出ていった。それから後四人は静かに食事を続けた。一番先に食べ終わったのはアスカで、食器に手を合わせると大きな急須からお茶を入れて啜りはじめた。何か考えている時のぼっとした表情で窓の外を眺めている。朝から少し曇っていたが、とうとう振り出したらしい。窓ガラスには水玉が滴り滑って行く。それをアスカは目で追っている。

(私達が生き延びるのって難しいかな?)

 皆が食べ終わりお茶を啜りだすとアスカがそう切り出した。端末の画面の脇の方にはケンスケとアサミの姿もある。

(ただ生き延びるだけならそれほどって気がする。例えば主食なんかは第二新東京市に国の備蓄所に百日分の備蓄があるって聞いた事がある)

 打込んだのはケンスケだ。

(ただし、食べて寝て起きてだけでは生きているって言えないと思う。少なくとも私達は年少組に私達が持っている知識や、本などから得た知識などを受け継ぐ義務があるわ)

 2-Aのおっかさんはすぐに打込んだ。

(なあ提案や。まず惣流とケンスケとイインチョ三人で三日ぐらいでこれからの生き方の原案を作る。戦略担当戦術担当常識担当ちゅう所や。年少組にも判る様にな。その間の食料の調達や身の回りの事はワシとセンセと小森でやる。それから年少組も入れて皆で話し合う)

 小森とはセイコの事だ。トウジがそう打込むとヒカリはいいわよと言う感じで頷いた。アスカとシンジも、端末の中のケンスケ達も頷いた。

(鈴原、飽きたんでしょ)

(まあそやな。後頼むで、イインチョ)

 そう打込むとトウジは立ち上がり、部屋を出て行こうとしたがヒカリに手を捕まれて振り返った。そして狼狽の表情を顔に浮かべた。ヒカリが目を瞑って上を向いて口を突き出していたからだ。トウジが真っ赤に成り固まっていると、ヒカリは目を開いていたずら者の微笑みを浮かべてウィンクをし手を離した。トウジは真っ赤に成ったまま慌てて部屋を出て行った。

(ヒカリ強く成ったわね)

 アスカがそう打込むと、ヒカリははっきりとした笑いを浮かべて打込んだ。

(うん。だって皆のお母さんに成らないといけないから)

 シンジ達が医療室に着いた頃には子供達も昼食を終えていた。マコも痛み止めが効いているのかベッドの上で笑顔を取り戻している。子供達は先程からさかんにおしゃべりをしている。と言っても聞こえる訳ではなく、携帯に打込んで見せ合っている。もうこの世界に慣れはじめている様だ。

(注目)

 トウジはそう打込んで携帯をハジメに渡した。ハジメは頷くと年少組に見せた。年少組は皆トウジとシンジ達の方へ向く。セイコはマコを支えてシンジ達の方へ顔をむけてやる。トウジは部屋の主端末の前に陣取り叩きはじめた。

(ええか、皆はっきり言っとくぞ。ワシらは当分ワシらだけで生きて行かないとあかん。そやから今日から当番を決めて勉強したり、仕事をする。ええか?)

 トウジはそう打ち込んだ後辺りを見回した。

(おかあさんとおとうさんにはあえないの?)

 ミツコは携帯にそう打込んでトウジに見せた。既に泣きそうな顔に成っている。その泣き顔を見てトウジが慌てた。横にいるシンジに助けを求めるような視線を向ける。

(アスカが一生懸命探しているからね。今すぐとは言わないけど、きっと会えるよ。それまで元気でいないといけないでしょ。だからそれまで頑張らないと)

(でもすぐにあえないんでしょ)

 ミツコはそう打込んで見せてから鼻をすすりはじめた。

(そうだね。寂しいだろうけど、洞木さんやアスカや小森さん達がお母さん代わりになるから、それまで我慢してね)

 もっともそんな事を言っても我慢出来る訳がない。とうとうミツコは泣きはじめた。勿論声は聞こえないが気配は皆判る。年少組は揃って大口を開けて泣きはじめた。もうこうなるとどうしようもない。シンジ達は抱きしめてあやすしかない。しばらく年少組は泣いていた。最初に泣きやんだのはユウイチだ。さすが男の子といったところだろう。次にコウジ、ミツコの順だ。マコは泣いているうちに少し疲れが出てきたのかぐったりしてベッドに横たわった。セイコが汗を拭いてやる。

(みんな、頑張ろうね)

 ユウイチとコウジは頷いた。ミツコはまだハジメの胸で泣いている。

(これからの事だけど、毎日交代で勉強と仕事をする事にするからね。ここを当分家にするから、家にいる者は勉強をする。外に出る者は仕事をするんだ。これからは自分達の食べ物は自分達で作ったり探したりしないいけないんだよ)

 シンジがそうひらがなで打ち込むと皆頷いた。

(でもマコちゃんが元気になるまではミツコちゃんはここで一緒にいて世話をしてあげるんだよ)

 ハジメに抱きついて泣いていたミツコだが、シンジの方を見て涙を手で拭き拭き頷いた。

(じゃあ男の子はこれから夕御飯の準備と勉強に使う本を集めに行くからね)

 みな頷いた。

 結局シンジがハジメとユウイチとコウジを連れて商店街まで出向くことにした。

 四人で外に出ると雨が止んでいて、空には綺麗な虹が浮かんでいた。四人は口をぽかんと開けて見上げていたが、コウジが建物に戻ると皆を連れてきた。みんなやはり上を見上げた。はっきりと七色かそれ以上に綺麗に別れたその虹は視界の端から端までかかって見える。シンジもぽけっと見上げていたが横を見るとでアスカもぼけっと見上げていた。なにかその力の抜けた表情がとても可愛かったので、シンジは何故か頬にキスをした。アスカは慌てて飛び跳ねるように後ろに下がると、真っ赤になって何かわめいているが当然のごとく聞こえない。シンジが目くばせをするとハジメとユウイチとコウジは笑いながら寄って来たので四人でEVの方に駈け出した。四人が駈けだしてもアスカは地団駄を踏んで何か喚き続けていた。

 EVで商店街まで行くとまず電気屋を中心に廻った。携帯が使えなく成ってきたので代わりのトランシーバーを探す為だ。シンジとユウイチ、ハジメとコウジの二人一組に成って探して廻る。商店街を廻っているうちにいきなり笛の様な音が辺りに鳴り響いた。シンジとユウイチは電気屋をとび出るとその音の方に向かう。その音は商店街の端の文房具店から聞こえてくる。店のショーウィンドウには「学校指定体育着あり」などと書かれた紙が張ってある小さな店だ。店に入るとコウジがホイッスルを思い切り吹いていた。どうやら店の売り物らしい。そうとう五月蝿いのでハジメの方は耳を塞いでいる。シンジ達が店に入って行くとコウジはホイッスルを吹くのを止めて携帯に打込むとシンジに見せた。

(これであいずしたらどうかな)

(それはいいね)

 シンジが打って返すとコウジは嬉しそうに顔をほころばせた。皆で店の中を探してホイッスルが三十個入った箱を手に入れ、ついでにノートとボールペンとシャーペンと消しゴムも手に入れた。紙袋に入れてコウジに持たせると一旦EVに戻り後部座席に置かせた。そしてもう一度皆でトランシーバーを探しはじめた。一時間ほどでアマチュア無線用のトランシーバーと業務用のトランシーバーを合わせて30台ほど手に入れたのでトランシーバー探しは終わりにした。その後今日の夕食の食材を漁ってから建物に戻った。

 建物に戻ったところで今度は四人で夕食の用意をする事にした。いつもは張り切って料理をするであろうヒカリも、今日は作戦行動計画書をまとめるのに忙しい。虹を見た後はアスカと共にミーティングルームに篭っている。トウジは元々祖父と妹の三人暮らしだったので料理もそれなりに出来る。今度はトウジがシンジと変わりハジメ達と料理をはじめた。

 夕食が終ると皆で片づけをしてから花火を楽しんだ。幼年組はもうこの世界に慣れ始めたようで、身振り手振りやホイッスルを使ったモールス信号もどきで意志の疎通をしている。マコの面倒は今はアスカが見ているのでミツコもいる。

(私ハジメのお姉さん役だったのよ)

 セイコは並んで椅子に座って年少組を見ているヒカリに携帯を見せた。

(うちもハジメのうちも共稼ぎでいつも私が面倒見てたの。この調子だと私ハジメのお嫁さんにならないといけないのかな)

(別に無理にって訳じゃ無いわ)

(ちっちゃい頃からお嫁に行くのよとか言われていたから違和感はあんまり無いけど。ハジメが格好いい大人に成ったら本当にお嫁に行ってもいいかなって思ってたけど、そんな余裕無いのかな)

(考え方次第だわ。アスカも無理にいっぱい産めって言っているのじゃなくって、もっといっぱいの人と暮したいって言っているだけだから)

(同じ事だと思うけど)

(確かに結果的には。強制的に産めという事じゃなくって、産める身体に成ったら産児制限などしなくていいようにこれからの事を考えるって事だと思うの。産める身体っていうのは、その、覚悟も含めてね)

(覚悟ね。それにしても他にも人類生き残ってないのかな)

(それは勿論探すわ。ネットは壊れて来たけど無線は逆にノイズが少なくなるから使いやすくなるってアスカが言ってた。アマチュア無線のトランシーバーとかを使えばきっと見つかるわよ)

(うん。なんとか海を渡る方法も考えれば会えるしね)

(そうね)

 セイコは立ち上がると年少組の方へ行き一緒に線香花火を楽しみはじめた。ヒカリは建物に入るとミーティングルームに向かい、皆の今日の寝床の準備をはじめた。

(ねえお兄ちゃん、どんな女の子が好き?)

 中央制御室の端末で調査を再開していたケンスケは、夕食の後片づけと寝床の準備が終ってやって来たアサミにいきなり携帯を突きつけられた。しばらく携帯を見ていたケンスケだがキーボードの上の右手を動かしはじめた。

(急にどうしたの?)

 アサミは引きずって来た椅子に座るとキーボードに手を伸ばした。

(アスカお姉ちゃんの話だと、きっとお母さんにはもう会えないから。だったらお兄ちゃんの気に入る子でいないと独りぼっちに成りそうだから。誰かが私の誰かでいて欲しいから)

 大人っぽいとも子供っぽいとも言えるアサミの言葉にしばらくケンスケはアサミの顔を見詰めてしまった。お蔭でアサミは恥ずかしそうに身を縮めた。

(心配しないで。前にも言った通り、アサミちゃんは今までの世界が続いたら絶対俺の彼女なんかに成って貰えないぐらいいい子だから。こんな言い方したらいけないのだけど、もう絶対手放す気は無いから)

(判った。でもどんな女の子が好きなの?)

(頭のいい子)

(お兄ちゃんは彼女いたの?)

(いない)

(じゃキスとかした事ないの?)

(あるよ)

(好きじゃないのにしたの?)

(そういう訳じゃないけど、どうしたの急に)

(知っておきたいから。アサミは生理もあるし、お兄ちゃんがそういう事ちゃんと知っていないと危険だと思うし)

 アサミは真っ赤になりつつも打込む。

(一応知識はあるつもりだけど。経験もあるし)

(あるの?どんな?)

(話さないとだめ?)

(嫌ならいい)

(別に話してもいいけど)

(じゃ聞く)

 赤くなりつつも興味津々なアサミは椅子を近づけて来た。

(昔クラスに変わった子がいたんだ。ほとんど周りと没交渉でね。外見も変わっていたけど綺麗だったよ。俺は天文マニアでもあるし、俺んち小さな庭つき一戸建だったから、俺夜には庭に望遠鏡出して星を見ていたんだ。そうしたら彼女通りかかって、珍しく他人に興味を示したんだ。正確に言うと俺の望遠鏡にだけどね)

(星が好きなの?)

(さあ?嫌いじゃないみたいだけどね。十分ぐらい星を覗いていったら帰った。その後も五、六回そんな事があってさ、ある日の夜天体写真を見せるって言ったら部屋まで付いて来たんだ)

(もしかして襲ったの)

 アサミは怖々ケンスケの方をみた。ケンスケは何もせずにじっと見ていた。アサミは机を蹴り飛ばすようにしてケンスケから離れ部屋の隅の方へ行った。ケンスケが立ち上がるとぶるぶると震えて小さくなる。ケンスケに手を捕まれた時は小さな悲鳴が漏れた。溜め息をついたケンスケはアサミを放すとポケットから携帯を取り出し打込んでアサミに見せた。

(アサミちゃんを襲ったりはしないから、覚悟決めて話を最後まで聞いて)

 アサミはしばらく携帯を見ていたが、それこそ覚悟を決めたらしい。立ち上がり椅子に戻った。

(襲ったら舌噛むから)

(今そんな事していいことないよ)

(判った。で、その後どうしたの)

(写真を見せ終わった後キスした。変わった風貌だけど綺麗な子だったから)

(やっぱり襲ったのね)

(かもね。ただ彼女まったく拒否しないんだ。だからそのまま一気にね)

(拒否しなかったの?)

(してたらびびってやめていたよ)

(そうだとしても、最低だと思う。こんな世界でなければアサミは近づかない)

 さっきは怯えていたアサミが今度はケンスケを睨んでいる。

(そうだね。お願いだから見捨てないで欲しい)

(判った。でも私がいいって言うまでちょっとでも変な事したら、アスカお姉ちゃんに言うから)

(うん)

(じゃ続き。その後どうしたの)

(で、その終ったのだけど。彼女無表情なんだ)

(そこまで酷い事したの)

(じゃなくて、そりゃ始めてだったから下手だし酷い事には違いないけど)

 ケンスケの顔に困惑の表情が湧いた。

(全然無関心なんだよ。彼女は。自分の事も他人の事もね。まるで何も無かったかの様に平然として、俺を見る視線はその辺にある物を見る視線と同じで何の感情も無いんだ。その瞬間気が付いたんだ。俺と違う世界に生きている子なんだって)

(酷い事したから、その人おかしく成っちゃったんじやないの)

(それは違う。本当に無関心なんだ。その後シャワーを浴びて帰っていったよ。翌日学校で会っても全然無関心だったし。それきり)

(そう)

 アサミは暫く考えていた。またケンスケを睨む。

(でもやっぱりお兄ちゃんは酷い人だと思う。今日から違う部屋で寝るからね)

(判ったよ。でも信じてお願い。いいって言うまで何もしないから)

(信じてあげたいけど駄目。ただこの事は黙っていてあげる)

(そう、助かるよ)

(じゃ、今日はもう寝るから)

 アサミは逃げるように部屋を出ていった。ケンスケは溜め息をつくと作業を再開した。

 翌日も朝からアスカ、ヒカリ、ケンスケの三人はネットを介して原案作りを続けた。ケンスケとアサミは一応休戦状態にあるらしい。アサミは中央制御コンピューターへのログイン方法を習ってケンスケの代りに調査をしている。

(大体まとまったわね)

(そうね)

(まっ俺も異存はないよ)

 昼になり、アスカ達にセイコが、ケンスケにアサミが昼食を持って来た頃方針書がまとまった。シンジは子供達と街に出て物資調達に、トウジとハジメはマコの世話をしている。

(惣流、責任は持てよ。リーダーなんだから。こんな時は多数決なんてやっている暇が無い事がいっぱい起きるよ。きっとね)

(そうね。リーダーと言うより当分は独裁者に成らせて貰うわ)

(思いやりも忘れないでくださいね)

(大丈夫よ)

 食事を持って来たセイコが端末に打込んだ。アスカは微笑みつつ打ち返した。

(早速だけどリーダー相談があるの)

 アスカがジェスチャーでどうぞとやったのでセイコは続けた。

(子供達が変な事を言っているの。お日さまが東から上がるって)

 アスカは端末を暫く見てから、セイコの顔を見あげた。

(どこが変なの?)

(だから、東から上がるのはいいのだけど、東ってどっちだっけって言うのよ)

(東は東よ。西の反対)

(それは判るけど、じゃ西は)

(東の反対よ)

(じゃ西と東が入れ代わってもおかしくないわよね)

(えっと)

 アスカは顎に人差し指を当てて考え始めた。

(それって原子物理学のパリティー問題ってやつなんだけど)

(パリティーって?)

 工学系の大学生だったアスカはともかくセイコには難しすぎるらしい。セイコが困った顔をしている。ヒカリやケンスケは成り行きを見守っている。

(原理的にこの世は右と左に区別がないって事よ。何かの基準を取るしかないから、この場合は日が上る方を東に)

 アスカはそこでキーボードの手を止めた。

(そっか、この決め方だと東がどちらかっていうのは基本的に判らないわね)

(アスカさんの言っていること難しいからよく判らないのだけど、ともかく太陽が上る方向がおかしいって言うの。元々マコちゃんが言い始めたのだけど)

(もしかして)

 アスカの表情が厳しい物に成った。

(高熱で脳に障害が)

(でも皆もそんな気がするって言いだして、実は私もどっちがどっちだか混乱して来て)

(なんか変ね)

 アスカは腕を組み考え始めた。暫く考える。

(ともかく、なんとか宥めすかして)

(うん、判った。じゃ戻るわ)

(願いね)

 セイコは部屋を出ていった。

(確かに自転軸は180度近くひっくり返ったけど、俺達にとっての相対方向は同じだし)

 ケンスケが打込んで来た。

(そうね。まだまだ謎が多いわ)

(こんな時リツコさんがいたらいいのに)

 ヒカリが打込むと、アスカとケンスケはほぼ同時に頷いた。

(ともかく、今日夕方シンジとジャージとセイコを含めて概要を説明して、明日子供達にも発表するわ)

(なんか私達大人みたい)

(成らざるをえないわ)

 そう言いアスカは目の前の昼食にやっと手を伸ばした。

(では発表します)

 翌日の朝ミーティングルームで皆食事を取った後発表と成った。随分容体も良くなったマコも車椅子に座って参加している。まだ全身に力が入りにくく立つのが困難な為だ。まず現状の説明から始めた。世界がどう変わったか、ミーティングルームの壁のディスプレイにひらがなで表示されていく。年少組もひらがなは読めるので質問を受けつつ進めていく。

 当分家族に会えそうも無いと言う事をもう一度はっきりと説明した時には、やはり年少組四人は泣いてしまった。ただ二度目なので男の子二人はすぐに泣きやみ歯を食い縛って耐えマコ達をなだめた。

(ひっこしをするの?)

 やっと泣きやんだミツコがキーボードを叩いた。

(そうよ。ここから車で十分ぐらいのところにある建物に行くのよ。みんなそことこの建物で交互に交代に住むのよ)

(なんで?)

(そこの方がいろいろ設備があるからよ)

 年少組にゆっくりと説明をしていったので、昼休みを挟んで夕方までかかってしまった。皆不安そうだが、とりあえずアスカ達の計画は納得したようだ。それほど遠いところに引っ越すわけでは無い事も理由の一つだろう。

(もう一度言うけど、皆で働いて勉強して、きちんと大人に成っていくのよ。そうすればきっとお父さんお母さんにあえるからね)

 アスカが口元を引き締めてそう打込み年少組達を見た。年少組はまだ泣きそうな顔だが皆頷いた。

(それまでは私やシンジ達がお母さんやお父さんの代わりになるから、どんな事でも相談してね。一緒に生きていこうね)

 今度は全員が頷いた。

 引っ越しは一週間後に行う事にした。それまでは自分の実家が残っている子供達は、一度戻って持ち物を取ってくる事にした。明日はまずアスカがアサミを連れていく予定だ。

(ねえトウジ)

 昨日まではマコと世話役のセイコが医務室のベッドで、残りはミーティングルームに寝袋を持ち込んで眠っていたのだが、今日からはいくつかの仮眠室に分かれて眠る事にした。シンジとアスカ、トウジとヒカリが別々の仮眠室、マコとミツコ、コウジとユウイチ、セイコ、ハジメが医療室の四つのベッドにそれぞれ寝る事にした。

 トウジとヒカリのいる仮眠室には、ベッドが二つと端末がある机が一つある。先程からトウジとヒカリは並んで座って端末に打込んでいるのだが、ヒカリが擦り寄ってくるのでトウジが少し横にひいている。

(トウジはいつ私がトウジを好きって気が付いたの?)

(言われるまで気がつかんかった)

(トウジが退院する時まで?)

(なんて優しいと思っとった)

(鈍いのね。ねえ、私お母さんに成る。うちってお姉ちゃんがお母さん代わりだった。だから私があの子達のお母さんに成る)

(そうやな)

(お父さんに成ってくれるわね)

 ヒカリは何故か顔を真っ赤にすると、ポケットを探った。小箱を取るとキーボードの前に置いた。避妊具の小箱だ。

(今日は私、鈴原と同じ布団で寝るからね)

 トウジは固まったように避妊具の小箱を見ていたが、やがて手を伸ばして自分のポケットに入れた。横を向くとヒカリもトウジの方を向いていた。どうしたものかと困って見ているとやがてヒカリが目を瞑り少し上を向いた。やはりしばらく見ていたが口を突き出すようにして不器用に口づけをした。

つづく

■まっこう

■INDEX

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