眼前に広がるのは、漆黒の台地、大阪平野にちりばめられた、星達の様な無数の煌き……身体の芯まで届くかのような肌寒さに、自然と彼女の事が気になり、隣を振り向く。……寒くない?綾波……見れば、レイの周りには、見慣れない毛色の大きな獣を恐れもせず、取り巻いてしゃがみこむ、小さな子供たち。皆、彼等の小さな体に合わせてあつらえた、かわいらしい燕尾服やドレスを着て、その毛皮でほこほこと暖かそうなレイの背中を撫でている様だ。

「おっきいわんわん!……ねえ、どこからきたの?」

『わたしは、犬ではないわ……あなた達の知らない、遠いところよ……』

 丸くなったまま、聞こえる筈もない相手に律義に返答しているレイ。よかった……機嫌は良さそうだね……常であれば、何人であろうと、シンジ以外の相手の手が触れる事を許さない彼女も、いま接触を試みて来る者達の小さな手を心地良さそうに受け入れている。……気に入ったみたいだね、良かった……まてよ?また……

『子供と言うものは、かわいいのね、どんな生き物であっても……』

 ふい、と首をもたげ、アスファルトの上に並べられたパイプ椅子の一つに座り、ストラドヴァリウスの調弦を行っているシンジへ、その紅い双眸をむける。物言いたげに、じーっと……ははは、まいったな、これは……ごめんね、甲斐性無しで……

「お待たせしました、碇さん……そろそろカメラが入りますので!」

「あ、はい……良いんですね……セッテイングの方は……」

 駆けつけた、「ニューイヤー・コンサート」のスタッフの一人……今回のクライアントである環境保護団体、「ネイチャー・ガーディアンズ」の専従活動家、と言うのが本業ではあるが……に答える。後半、声は低く……

「……ご要望通りの、M18無反動砲、砲弾も渡していただいた仕様書そのままです。セッティングも奥さんが計算して出された配置に、測量して合わせてあります……レイさんはいらっしゃらないんですね、今日は。確認なさいますか?」

……先に、狙撃点の点検を頼めるかな、綾波。僕は、テレビカメラの配置や配電盤の細工の方を確認して来るよ。……

『わかったわ。いつもどうり、銃本体の点検はあなたが自分でやるのね……時刻は、予定通りで良いの?……』

 同時に、男にも答える。

「最終点検もカメラが廻る前に済ましてしまいますから……目標が動くのは、予定通り零時丁度なんですね?」

「ええ……日本標準時2027年、1月1日0000丁度です。」

 其処、遊園地の一角にしつらえられたコンサート会場、生駒山山頂を、冷たい師走の夜風が、吹き抜けた……

百八発目の銃弾

Wolf and Sniper----New year spetial

----AD.2026年、12月31日1945大阪特別区、新世界----

 そびえる巨大な鉄塔の真下、二の腕のG----ショックを確認する男……今宵も、行き交う人々でごったがえす、深夜であろうが、年の瀬であろうが、眠る事を知らぬ街……派手なネオンの並ぶ町並みを抜ければ、この石碑に至る事ができる。かつて無配を誇った伝説の棋士の生誕の地……来る!間違え様もない、彼等の兆候……辺りかまわぬお馴染みの罵声。

「なんだってアンタはこんなシンプルな地図で路にまようのよっ!?」

「お言葉ですが……隊長ですよ、いきなり和歌山方向へ歩き出したのは……」

 密林、砂漠、廃虚……硝煙の香り漂う場所であれば、地球上の何処であろうと彼等にしてみれば勝手知ったる庭。しかしながら、人間だれしも弱点は持っているものだ。恐らくは、リニア環状線を下りたとたんに阿倍野駅の方へ歩き出したに違いない……人ごみに弱いのだ、かの「人食い虎」は……

「おーい、現在位置!……通天閣の真下にある、そう申し上げた筈ですが?」

「坂田三吉の碑」の前で一時間近く待ち惚けを食ったコートの男……相田ケンスケの言葉に、更に火に油を注がれる彼の上司……

「うっさいわねぇ!?あんたがこんなややこしい場所を予約するから皆路に迷うのよっ!!」

 好き好んで幹事を引き受けた訳ではない……無論、問答無用のアスカの決定である。仕事に関してはとことんシビアかつ冷静なのに反比例して、宴会だの何だのになればこの我が侭放題……言うまでもなくこっちが彼女の地だが。

「路ニ迷ッタノハ、隊長御一人デスガ……」

 いらん発言をした長身の黒人兵士がさっそくしばかれている……

「ほら!相田、案内するのよ。もう40分も過ぎてるじゃない!」

……まったく、誰のせいだと……そんな恐ろしい事を口にだして言う者はいないが。彼等の母船、「フレイアU」は現在大阪南港に入港して補給を受けている……泣く児も黙る「真紅の虎」も、本日は銃を手放して忘年会……恐らくはそのまま新年会に突入するに違いない……年が明ける頃の阿鼻叫喚な様を想像し、戦慄するケンスケ……ま、仕方ないな……戦士にも休息は必要なのだ。

----同時刻、大阪湾淡路国際宇宙港、旅客ターミナル----

 甲高い金属音を蹴立てて、水平離陸式のSSTOが主滑走路を走って行く。大晦日であるにも関わらず、行き交う旅行者、見送りの家族……或いは、建設途上のオービタル・リングへ向かう技術者の一団……年が明けようが休みなく動きつづける世界。そんな日常風景の中、滑走路の片隅……ターミナルから遠く離れたそれ。磁気フェライトで真っ黒に塗られた、明らかに軍事目的を持った機体。

「……エクセリヲン級オービタル・キャリアー。空自軌道防衛団の虎の子や。どや、これでもワシの思い過ごしや言うんかい?」

 覗いていたカメラをいかにも純朴な……今時珍しい絵に描いたような「地方出身者」的風貌をもつ青年に覗かせる。周囲に気を配りながら……居る居る。職員や掃除のおっちゃんに混じっとるが、内務省保安部……公安畑の奴の匂いがぷんぷんとしよる。ここで下手こいたら、今度こそ飯の食い上げやからな……一応の取材許可を取っているとは言え、相手が悪い……増してや彼等は安全を保証された大手マスコミとは違う。弱小の下請け製作会社なぞ、奴等がその気になれば……

「……ですけど、社長……元々ここって、民間と自衛隊の相乗りですよ?空自のシャトルが一機くらい泊まってても、なんの不思議も無いんじゃ……」

 年末休暇どころか、正月三箇日さえ郷里にも帰れず、こき使われているケイタにしてみれば、口にしたくもなるそんな疑問……しかし、彼の雇い主、第一報道事務所社長、鈴原トウジには確信が在るようだ。特ダネを嗅ぎ付ける彼の嗅覚……たしかに業界では噂になる程のレベルなのは知っているが……

「阿呆、よー見てみい!……あそこの電源車繋いだF----22J……何で小松の機体がこんなとこに泊まっとるんや、しかも全機ECMポッドまで腹に抱いとる……人工島の周りも海保の特別警備隊がうろうろしとる……間違いないで。あいつの積み荷。」

……単性磁気粒子、モノポール兵器?たしか、N極が先に成功したからN2システムとか言うらしいけど……眉唾だよなぁ、うちの社長の口から出ると特に……

「タレコミったって……例の環境保護団体からなんでしょ?テロまがいの強引なやり方で有名な……信用してるんですか?国防省が核以上の兵器を国産化するなんてヨタ話……」

 あ……怒るかな、気が短いんだから本当に……しかし……ニタリとわらうトウジ。

「裏はとれとるんや、それが。ワシの人脈を甘う見とるな、お前。」

……持つべきものは友達やな……自販機の紙コップ、湯気の立つアメリカンを啜る。ターミナルのガラスの向こう、闇の中で標識灯を明滅させている彼の「獲物」を見詰めながら、自分よりも更に危険な世界に生きている、昔馴染みに感謝するトウジだった……

----同日、2104 奈良県 生駒市 私鉄ケーブルカー車内----

 私鉄生駒駅を離れると、ゆっくりと急斜面を昇っていく電車……線路の両脇は雑木林、すっかり冬色になった木立の群れ。やがて車窓に広がる奈良盆地の街の灯……遠く三笠山一帯まで一望できる。凍てついた空気の下、瞬く星達。手前に見える黒い帯は、矢田丘陵だろうか……こじんまりとした電車の車内、車で山頂へ昇る人の方が多いため、このノスタルジーあふれる骨董品に人影は疎らである。窓辺に並んで腰掛ける、一組の男女、どうやら若い夫婦の様だが……買い物、八百屋の紙袋を正装した腕に抱えたシンジは、車内灯の暗さも気にせず、ハードカバーの「悲しき熱帯」……村上龍ではなくレヴィ・ストロースの方のフランス語の原書らしい……を読んでいる妻(入籍出来るような稼業では無いので内縁の、ではあるが……)の方を見る。黒いタキシードなぞ着込んだシンジに対して、レイは白いダウンジャケットに、同色のカシミアのセーターに淡いピンクのスカート、とカジュアルな服装である……溜め息を付くシンジ。

「せっかくなんだから、晴れ着か何か着てくれば良かったのに……」

「……一度脱いだら、着る事が困難だわ。便宜上の年度が変わるだけだと言うのに、みんな、毎年大騒ぎをするのね……」

 本から顔を上げずに答えるレイ……数少ない、恋女房の艶姿を見せびらかすと言う機会を逃し、残念そうなシンジ。似合うのに……そう言えば、御節に新鮮な野菜類が少ないって、機嫌を悪くしてたよな……「綾波は御節の中身、何がいいの?」と言うシンジの問いに対し返ってきた答えは「……七草粥……」と言うものだった……それは御節じゃないよ、綾波……日本では、三箇日の間は生鮮食料品が手に入らないんだよ、と言う弁解にも、「なぜ?」を連発し、一向に機嫌を直してくれない……

「便宜上って言っても、昔からやってる訳だし……何か元々の意味があるんじゃないかな?」

「……西暦の元旦は、グレゴリオ暦によっているわ。太陰暦が生活に浸透している中国等では、春節は二月……日本でも元々は節分が本来の正月。現在の正月は、クリスマスの起源等と同じく冬至を基準としているのではないかと考えられるわ……」

 よどみ無いレイの回答に、何時もながら押されるシンジ……

「あれ、クリスマスって、キリストの誕生日じゃないの?」

「あの日付は、後から合わせたものよ……ナザレのイエスの誕生日については、どこにも記述はのこっていないのだもの。元々は冬至に太陽の復活を祈るヨーロッパの土俗的農耕行事、「樅の樹祭」に起源をもつと考えられるわ。」

……どうしてそんな事知ってるんだろう?でも、そこが又素敵なんだよね……視線を本に向け、表情は変えないまま、頬を染めるレイ……

「……なにを言うのよ……」

 本を閉じ、傍らのシートに置くと、シンジの側にそっと擦り寄るレイ……右、生身の腕の方でその肩を抱く……誰も見てないよな……腕の中、見上げる、優美な切れ長の紅い瞳。静かな光をたたえながらも、既に少し熱を帯びて……機嫌、直してくれる?

『……ずるいのね、こんな時に……』

……何時も言ってるよね?僕は、卑怯者なんだ……そっと、眼を閉じるレイ。静かに、唇を重ねて……静かな、夜のケーブルカー。線路脇を流れる、空にシルエットを浮かびあがらせる冬の木々。見ているのは、瞬く星と街の灯だけ……

「……これは、なに?」

 しばしの間、そうやって触れ合ったままの二人だったが、やがて離れ……少し名残惜しそうなレイ。シンジが左手に抱えている紙袋、駅前でシンジが買い込んでいたものの中身を覗く。袋から、青々とした長葱が顔をのぞかせているが……微笑むシンジ。

「……年越しそば……山の上で造ろうと思うんだ。ウニモグにガスコンロを積んどいたしね……綾波の好きな山菜蕎麦だよ。雑煮の材料も買ってきたし……」

 その言葉に、何か考えているレイだったが……

「にんにくは、はいっている?」

……それは違うと思うよ、綾波……

 電車は何時の間にか、花屋敷、宝山寺の駅を過ぎ、終点、生駒山上へと入って行く……

----同時刻、新世界、居酒屋「つぶらや」二階座敷----

「一番、惣流・アスカ・ラングレー、踵落としやりますっ!!」

「どわあぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 破壊音。机の割れる音……辺りの客の頭上にも木片が降り注ぐ……

「……なんで よけんのよ、アンタはっ!?まさか、このアタシのネリチャギが受けられないってんじゃないでしょうねぇ!?」

「まさかも何も、死にますって、それ受けたら!」

……やれやれ、達の悪い連中だね。外人が多いようだが。

「あ、すみません課長、グラス、空いてますね。」

「かまわんよ、そろそろ酒に変えようかと思っていた所でね。それよりいいのかね、加持よ……例の国連の女性は?」

 注ぐ代わりに、逆に時田のビールを受ける……つくねを片手に、ポリポリと頭を掻く無精髭。

「……仕事だそうです、あっちも……例のオービタル・リングで……今ごろはインド洋上空3万6000キロの作業ステーションですよ。例によって詳しくは教えちゃくれませんが。」

 ふむ。国連肝いりの、「地球の輪」か……静止軌道上に軌道構築物を並べて輪のように繋ぐ気らしいが……そう言えば、保安部の連中も、国防省の例の実験でばたついているらしいが……

「あ、加持さん、映ってますよ、オービタル・リング。もしかしたら……」

 水炊きの小鍋を突ついていた青葉が割り箸で、座敷の奥のテレビを指す。画面……前世紀より未だ続く、例年恒例、国営放送の歌番組……

「NOKホールの山口さーん、聞こえますか?緒方です。実は私は今、国際航空宇宙事業団の作業ステーション、「ヴァルハラ」に来てるんです!ここでも、年末年始も無く働いてらっしゃる日本人スタッフの皆さんが赤組の応援に……」

 まさか葛城がうつる事もあるまいが……

「やっほー、りょうちゃん元気してる?……アンタまたあたしがいないのを良い事に、女の子にちょっかい出してんじゃないでしょうねぇ?」

 吹き出されたビールが不幸な青葉の顔を直撃する……良い事あるさ、来年は。

「あのな……」

「かっ、葛城さん、マイクを勝手に使うのは……葛城ミサトさんは、国連上級職員としてこちらのステーションで御仕事をなさってるんですよね?」

 マイクを奪い返す、ヘルメットを取った気密服を着込んだアナウンサー。手慣れた様子で這い回るダクトの一本に取り付いているミサトが答える。

「ええ、私の職務は、安全保障理事会のオブザーバーとして、軌道上で行われる大量破壊兵器の大気圏外実験を監視する事なんです。これは……」

 筒抜けになっているようだな……保安部の連中。まあいい、奴等には良い薬か……頭を抱える加持を尻目に、運ばれてきたぬる燗を猪口にそそいだ。まったく、この年の瀬までご苦労な事だな……人の事は言えんか。

「それでは歌っていただきましょう、演歌の女帝宮村ユウコさん、「浪花女のど根性」……」

----同日、2230 生駒山上遊園地内、チャリティーコンサート会場----

「洞木さん、スタンバイよろしいですか?」

スポットライトに照らし出される、オーケストラ。辺りを這い回る照明や器材のコード。並んだパイプ椅子には腰掛けて楽器を手にしている、小さな子供たち。大人の演奏者の数は、ほんの数名である。もう一度、ディレクターとの打ち合わせどうりのインタビュー内容を反復するヒカリ。カメラに向かい、マイクを握り直し笑顔を作る。照明が眩しい……ゴーサイン。

「皆さんこんばんは。TVS大阪局の洞木です。現在ここ、生駒山上遊園地では、恵まれない方達を支援するための、地元、生駒児童楽団によるチャリティーコンサートが行われているんです……ご覧ください。この催しには、世界的なチェリストとして著名な、碇シンジさんを初めとするアーティスト有志の……」

 鈴原、いまごろなにやってんのかしらね……因果な商売よね、アナウンサーなんて……流れる第九……歓喜の合唱までには、まだ少し時間が在るようだが……

「なんだって!?スペアの砲弾が、石切側に行ってる!?」

「手違いだ……セッティングしてある弾は、使えない。綾波女史が欠陥を見つけたんだ。あれじゃ、淡路までは届かないらしい。」

 色とりどりのイルミネーションに輝く観覧車、スケートリンク、氷の上で年を越そうと言う、元気な恋人達、夜景を楽しむ家族連れ……その一角で交されるには、あまりに似つかわしくない会話。焦りの表情を浮かべた男達。

「連絡はとれないのか?まさか……」

「無線、携帯、全部音信不通だ……やられた可能性もある……」

 語気を荒げる男……

「今更、何を!?せめて、砲弾だけでも無事なら……」

「誰が取りに行くんだ?殺られるだけだぜ、保安部の連中なら。」

 視線を、会場に向ける……そばかすに幼さを残す、愛らしい女性アナウンサーのインタビューを受けているチェリストの方……

「……ええ、ですから、思うんですよね……僕は、音楽とハンターの二足の草鞋を履いてるんですけど、やっぱりもっと、人間も自然と共存すべきなんじゃないかなって……あれ、どうしたの?」

「……奥様ですね。綺麗な方……ありがとう御座いました、チェリストの碇シンジさんにお話を伺いました。」

 いつのまにか、服を着てあらわれたレイ……様子がおかしい?どうしたの……

『……異常事態が、発生したわ。砲弾の、プラズマ発生量が足りないの……再計算してみたのだけれど、あれでは、十分な電子熱砲弾としての効果が得られない……第一宇宙速度を出せなければ、いけないの……』

……スペアの砲弾は、だめなの?……

『彼等のはなしに依れば、生駒山の大阪側山麓、石切神社参道に行ってしまったらしいわ。もう、内務省の手に落ちている可能性もある……』

 往復の行程を、計算する……暗ガリ峠をウニモグで走れば、ギリギリか……敵の勢力も未知数……綾波はここで待っていて。セッティングの微調整を……僕は砲弾の奪回をやってみるよ……

『!……危険だわ、わたしもいっしょに……』

 チェロを抱えて立ち上がりながら、微笑んで答える。寒風の中……

「大丈夫だよ。僕を信じて……仕事が終わったら、宝山寺に初詣に行こう。神社も兼ねてるそうだからね……」

「気を付けて……必ず、帰って来て……」

 口付けを交し、軽く……愛しい妻の紅い瞳に見送られて、車に向かう。行き先は……やはり、戦場。

----同日、2320 淡路国際宇宙港----

 滑走路にゆっくりと引き出される、四機の黒いステルス制空戦闘機。滑らかに、ベクター・ノズルが動く。機体下部に抱いているのはジャミングを掛けるための電子妨害装置のポッド……熱誘導ミサイルを躱すためのフレアー、シャトルを襲撃者かに守るための兵装……いざとなれば、自機が盾になるしかない。それほど危険なしろものなのだ、この積み荷は……大気圏を出るまでは、近づいてくるあらゆる航空機、飛翔体を牽制、最悪の場合撃墜しなければならない……

「まったく、なんだってこの年の瀬に……年末休暇は、ちび共をスキーに連れて行く筈だったのに……」

 キャノピーの内側、貼り付けてある妻と子供たちの写真……パイロット達にとっては、オーソドックスなお守り。

「ま、この警戒の中、ミサイルも飛行機も近づけやせんだろうがな……」

「ワイバーン・リーダー、ディスイズ、アワジ・コントロール……セントユア、システム・コンディション、アンド……」

 管制塔が呼び出している。最期のプリフライト・チェック……早く帰って、雑煮でもつつきたいもんだ。そんな事を考えながら、HUDの画面を走るデータを、チェックした……

----同時刻、大阪特別区、新東大阪市、石切神社参道----

 細い参道の両脇に並ぶ、団子や甘酒を売る店の並び……普段から高齢者が多く行き来しているこの石切は、二年参りの参拝客達で一杯だ……参道に車では、入れない。整理の警官もでている。下手に動けないのは向こうも同じ……タキシードの上からレイのダウンを羽織ると言う恰好のまま、人ごみの中に入る……ポケットの中、ダイヤモンド・バックのグリップを軽く握ったまま……晴れ着姿の若い女性達、子供を肩車した親子連れ……絶対に、ここで発砲させるわけには行かない。シンジにとって不動の職業倫理……

「あれか……黒いワゴン車。あのブルゾンをきた奴と……屋台の側で煙草をふかしてる男……ハンドガンだけしか持ってない……いけるな。」

……捕獲された活動家達の消息までは、解らない。もしかしたら、もう……国内事案だから、大丈夫とは思うけど……ごめんね、綾波。お気に入りのダウンなのに……ジャケット越しに手首の角度だけで照準、サウンド・サープレッサーは付けている。距離……10メートル、7、6、5、……ハンマーを親指で起こし、トリガーに微かな、最低限の張力を掛ける……押し殺した、ガスの抜けるような音、手の中の軽い反動……ゆっくりと、崩れ落ちる男。神経麻痺弾……非殺傷性の弾丸である。屋台側の男が、気付く、ウインドブレーカーの懐から銃を……抜かせる余裕は与えない。人ごみの、一瞬の間隙を縫う、弾丸。倒れる男……行き交う人々も、酔漢くらいにしか、思っていない。余りに日常的な風景の中で起こり、そして終わる一瞬の戦い。ワゴン車に近づく……義眼の赤外線機能を使い、辺りの草むら、松の木の陰をチェックする。いない。……連中は都会の荒事師だ。野戦屋ではない……盗聴や不法侵入はお手の物でも、野外では児戯に等しい真似しか出来ない事はわかっている のだ。ワゴンの車内を伺う、空だ。荷台を開ける……あった!目当ての品、プラスティックのケースに収められた、それ……57ミリエレクトリック・サーミナル高速弾。薬莢内の触媒を爆発式発電器でプラズマ化し、火薬とは比較にならない加速を生み出すハイテク兵器。ケースのハンドルを握る前に、ブービートラップの有無をチェックする。怪しい配線はどこにも無い……本体の機能も正常……下手にいじれば、その場で信管が作動するようにしてあるのだ。ケースを引き出し、リボルバーを懐に握ったまま、ウニモグまで下りる……?シンジの白いトラックの周り、動いている複数の人影……コートやブルゾンを着て、イアホンを付けた、数人の男……手には、短機関銃……HKのMP----5K。一人が、上の班の応答がないと報告している……

「おい!」

 叫び声と同時に、SMGを向ける男……シンジの頬をかすめる、赤い光点……レーザー・サイト……トリガーが引か……れる前に弾け飛ぶSMG。何時の間にか、ダウンの下から現れている38口径のリボルバー。そのまま、立て続けにトリガーを引くシンジ……速い。つながった四発分の、ガス漏れ音……彼等が倒れこむと同時に、ウニモグの運転席へ飛び込む。配電を確認……トラップは、仕掛けられていない。左手でキーを回す、同時に右手でシリンダーをスイング・アウト。素早く排莢、運転席の床に薬莢をばら蒔くと、ポケットのスピードローダーをかぶせ、再装填。エンジンを始動……

「間に合うか!?」

 時計のデジタル表示……既に2335。何時の間にか、遠く除夜の鐘が響き始めていた。

----同時刻、新世界、「つぶらや」二階座敷----

「林原メグミさんの、「ミッドナイト・ブルー」でした!生駒の三石さーん、聞こえますかぁ?」

 未だ一次会会場で粘りつづける「真紅の虎」の面々……破壊された机、ジョッキの破片、アルコールと物理的攻撃の双方の理由から、潰れている男達、何故か頭に無数の竹串が突き刺さっているケンスケ……

「……んん!?あによあれわっ!?あんで、あの、冷血バター犬女があんなとこにうつってんのよお?このど畜生っ!!」

 テレビに向かってジョッキが飛ぶ……幸い、すでに120パーセントの泥酔度を誇り、世界がディバイディング・ドライバーな状態にあるアスカは、結果渾身の力を込めてケンスケめがけてそれを放った事になったが……

「あうっ!!……なんてイヤーンな……はれ?あれ『リリス』だよなぁ……なんで笛なんか吹いてんだ?」

 画面に映る、白いセーターを着た青銀の短い髪、紅い瞳の美女……銀色のフルートを口に当てている。

「どこよ、あれわっ!?犬女の癖に恰好付けて……いくわよっ 、全員起床!!出撃よっ!相田、生駒って何処よ?」

「さあ、確か岸和田の南の方では?」

 でたらめな発言をするケンスケ。

「京都府の北部ねっ!?装備は……面倒よっ、タクシーをよんで!直行するわよ、そのキシワダへっ!!」

 その後、数日間、「フレイアU」は彼等と連絡がとれなかったらしい……

----同時刻、生駒山上、コンサート会場----

 バックは闇、スポットライトの中、映える、淡雪のような白い膚……その唇に、銀色のフルートを添えて。奏でられるのは、ビバルディの「冬」……彼女を育ててくれた女性が、幼かった彼女とシンジに、良く聞かせてくれた歌。ソロだ。

「……流石、世界的演奏家の奥様ね……今になって急に、碇氏のピンチヒッターを頼まれたって言うのに……にしても、何処にいったのかしらねぇ、碇さん……」

 他局の顔見知り達としばしの息抜き……スタッフの入れたコーヒーを手に、レイの笛の音に聞き惚れるヒカリ。寂しげで、それでも、暖かく、優しい旋律……あまりにも、彼女ににあうそれ……

『……母さんの、唄……なつかしいのね……』

 静かに、マウスピースを唇から離す……湧き起こる拍手。立ち上がり、黙礼する仕種も優雅な……大阪平野の側、暗い闇の森に視線を向ける。

『……碇君、無事で、帰ってきて……』

 奈良側の斜面から、遠く響く、宝山寺の鐘……時刻は、迫っている。

----同日 2350、淡路国際宇宙港、第一滑走路----

 ゆっくりと、回転の上がって行くターボジェット特有の金属音。数台の牽引車によって滑走路へと引き出される、巨大なステルス翼をもつ、黒いSSTO。コックピットに、コントロールからの発進許可が下りる。明滅するワーニング・ランプ……それより一足早く滑走路を走って行く、四機の黒い影……護衛のF----22J。旋回のコースをとりながら、見事なダイヤモンド編隊を組んでみせる。

「やなもんだな……爆弾を積んで宇宙(そら)に上がるなんてのは……」

 ヘルメットのバイザーを押し上げながら、呟く機長。コパイロットが、微かに笑っている様だ。

「歳ですね、機長……大丈夫ですよ。ただの実験、文科省のお墨付きなんですから……」

 まだ若い、30過ぎのコーパイを一瞥し、呟くように喋る機長……

「一人者だからな、お前さんは……いずれ解るさ。ガキ共に、申し訳の立たねえ事やってんじゃねえか、そう言う後ろめたさがな……エンジン始動、行くぜ。」

 黒い巨鳥が、ゆっくりと動き出す……

----同時刻、旅客ターミナル----

「動きましたよ、社長……良いんですか?まだ何も撮ってないじゃないですか!?」

 紙コップを咥えたまま、動かないトウジ。その顔には、にやにやと笑みが浮かんでいるが……

「離陸するとこは、よう撮っとけよ……勝負はこれから、年が明けてからや……」

「上がっちゃうじゃないですか!宇宙まで……どうやって取材するってんです?」

 トウジの眼が、舞い上がろうとする、黒い鳥を追う……ガラスに映る、その不敵な笑み。

「……戻ってくるて……もうすぐな。」

 何考えてんだか……と言う顔をしながら、カメラでSSTOを追うケイタを横目に、口には出さずに呟く。信用しとるんやからな、たのむで、センセ……

 オービタル・キャリアー107は、滑るように舞い上がっていく……

 

----同時刻、生駒山 暗ガリ峠、山頂付近----

 遠くから響く鐘達……この近辺には数百を数える宗教施設があるのだ……の数も、もう70回は超えてしまったか……路ではない。完全なダートコース……強度の高いコンバット・タイヤに交換してあるとは言え、余りに負荷がかかる……不整地走破能力には定評の在るウニモグにとっても、この峠は地獄だ……タイヤが、又倒木に乗り上げて跳ねる……

「後、十分……もってくれよ、ウニモグ……」

 アクセルも踏みっぱなしにしているのだ……森の向こう、シンジの視界に入る、観覧車のイルミネーション……時間が無い……

「よしっ!!」

 アスファルト道にのる前輪……一気に加速して、ギアを整地モードへ。見えてくる、目標地点……人影?白い……間違え様のない、最愛の相棒の姿……

「ただいま、綾波っ!」

「ことし、2026年も、後、残す所数分となりました……」

 液晶ディスプレイの脇、スピーカーから流れる、アナウンスと、鐘の音……

「碇君!!」

 片手にファイバー・ケースを掴んだまま、ドアを開け、飛び降りる……一瞬見交わす、紅と黒の、瞳。……大丈夫、いけるよ、綾波……

『信じているわ……』

「こっちです!!」

 待機している、スタッフ達……既に防水シートは外されている。三脚架に載った、それ。M----18、57ミリ無反動砲……長射程を誇った、朝鮮戦争当時の骨董品……しかし、精度は高い……方向軸はすでに、ワイヤーでしっかりと固定してある。あとは、取り付けた電磁式長距離照準システムの微調整……狙撃屋としてのシンジの、勘。……素早く砲尾を開き、ファイバーケースの中のそれ、電子熱砲弾を装填する……目標、淡路宇宙港から上がる直後のSSTOに穴を開け、空港へ戻らせる……タッチの差。事実をすっぱ抜き、世論を喚起する体制は整っているようである……おそらく、日本政府はN2兵器の実用化を、凍結せざるを得なくなる筈だ。微調整、小さなモニタの中、ミル単位の上下角、弾丸のトルク、大気圧、50個所の観測点からリアルタイムで送られる、風速の状態……全てを考慮して、弾道を決定する……!!反応だ……肉眼では確認出来ない、遠い目標、微かな、モニタの中のグラフの揺らぎ……ストックに肩を固定……ハンマーを起こす。照準モニタを覗いたままのシンジの肩に、微かに触れる温もり……

『いつもの、弱気の癖が出ない様に……おまじない……』

 頬に触れる、微かに湿った、小さな温もり。……大丈夫だよ。君が、ついていてくれるんだから……

「バックブラストがくるわ……みんな、後ろの土手に下がって……」

 レイが後方爆風の危険界から、皆を避難させる。遠く響く鐘……カーテレビの声……

「……来る、2027年が、皆様にとって良い年でありますように……」

……除夜の鐘か……煩悩を払うんだよな、たしか……僕のお守りは、いつだって綾波一人だけどね……

「……106……107……」

 誰かが鐘の音を数えているのか……今だ。行くよ、綾波……

『ええ……』

「主が汝の災いを退け、汝とともに在らん事を!」

 激発……辺りを白昼に変える、青紫の閃光……山々に響き渡る砲声……

「あけまして、おめでとうございます……」

車から聞こえてくる、テレビの声……

「……観測班、応答しろ!……やったか!?そうか!!……碇さん!やりました、SSTOが、淡路上空で旋回を始めたそうです……成功だ!!」

 歓声をあげ、喜ぶエコロジスト達……消耗しつつも、M----18から肩を外し、振り返るシンジ……何時の間にか、そこに立つレイ。

「綾波……」

「おかえりなさい、碇君……あけまして、おめでとう……」

 微笑むレイ。シンジにとっては、まさに愛と幸福の女神そのものである、その愛らしい笑み……抱きしめる、きゅっと。止め用の無い、愛おしさ……

……あけましておめでとう、綾波。これからも、ずっと、よろしくね……

『……わたしこそ……ずっと、よろしく……』

「……臨時ニュースを御伝えします。本日零時ごろ発生した、航空自衛隊所属のSSTOが機体の金属疲労の為、離陸に失敗した事故に関して国連安全保障理事会特別査察委員会は、このOC107便には、国際条約に抵触する、大量破壊兵器の実験施設が積まれていたのではないかと言う疑惑がもたれて居る事を指摘し……」

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SINJI・IKARI

REI・AYANAMI

 

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written,directed by

REIMA・SABAKUTANI

本年も、皆様と、人類に幸多からん事を……

■砂漠谷 麗馬

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