「ファッファーストあっあんた……」
「綾波」
「綾波さん……それどうしたの」
「……何や何が有ったんや」
「いやぁ〜〜んな感じ」
皆驚いている……これは上手く行っているのね。
「碇君……」
「はっはい」
「……どう」
「どうって……」
碇君汗かいている……もしかして興奮しているの……効果有るのね
「お化粧……初めてしてみたの……」
「そっそう……」
「ファーストそれはお化粧っていうもんじゃないわよ……それじゃ妖怪よ」
「そやな……そやなんか人喰いそうやな……ヤマンバみたいやで」
ヤマンバレイちゃん
ある日の昼休みの事だった。レイは机に頬杖をし外を眺めていた。風が涼しくて気持ちがいい。側で三バカやアスカとヒカリの掛け合い漫才、アスカとシンジのどつき漫
才、トウジとヒカリの夫婦漫才、ケンスケのぼやき漫談が聞こえてくる。なんとなく落ち着いて気分が良かった。
「へぇ〜〜アスカも化粧するんだ」
「アンタ一緒に住んでて知らなかったの。そりゃ私は素っぴんでも美人だけど、薄化粧をすればもっと奇麗になるわ。ああ美しく生まれたって罪ね」
二人の声が聞こえてくる。
「女の子って誰でもするんだ」
「まあ口紅ぐらいは少なくともした事有るわよ。優等生」
アスカが声を掛けた。レイは振り返る。
「何?」
「アンタだってした事あるでしょ」
「何を?」
「お化粧」
「無いわ。必要……無いもの」
「ふぅ〜〜ん。それってしなくても自分は奇麗って事」
「いいえ。私奇麗である必要ないから……」
がた
レイは立ち上がる。アスカの方に近づいて行く。
「なっ何よ」
「……」
レイは横を通り過ぎた。
「何よ気どって。アンタもたまには化粧でもしてみたら。シンジがきっと涙出して喜ぶわよ」
「アスカ、それじゃ嫌味よ」
「何よヒカリ。優等生はお洒落に気をつかわなさ過ぎよ。私のレベルはともかく優等生だって美人なんだから。すこしは洒落っ気があってもいいのよ」
「そうだけど」
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○
「化粧品……」
気にしていたつもりは無かったが覚えてはいた。放課後帰宅時に通る商店街の医薬品店の前でレイはなんとなく立ち止まった。この店は店舗の半分が医薬品半分が化粧品
を売っている。しばらく店の前に立っていた。自動ドアのマットを踏み店内に入った。
包帯などを買う為に数度来た事がある。化粧品のコーナーを回ってみる。よく判らなかった。
化粧をしている人の顔を思い浮かべた。
リツコ、ミサト、鈴木ゾノコ、歌舞伎……
「色塗ればいいのね」
とにかく色の濃そうな化粧品を駕篭の中に入れる。それをカウンターに持って行くと女店員がびっくりした。まず試しにお化粧をサービスでしてあげるのでその後に改め
て選んだらと言われた。魅力的な話だったが、リツコに他人に体は触らせるなと言われている為諦めた。
ただ化粧品だけは選んで貰った。ネルフのカードで払いを済ませるとマンションに帰る。
翌日の朝、普段より一時間以上早く起きると普段より入念にシャワーを浴びる。特によく顔を洗う。
部屋に戻ると鏡の前に座ると早速化粧を始めた。昨日女店員に聞いた通りに試してみる。
「色薄い……」
加減が判らなかった。
「まだ薄い……」
どんどん濃くなる。
「まだ薄い気がする」
そしてヤマンバレイちゃんが出来上がった。
○
○
○
○
「お化粧……初めてしてみたの……」
「そっそう……」
「ファーストそれはお化粧っていうもんじゃないわよ……それじゃ妖怪よ」
「そやな……そやなんか人喰いそうやな……ヤマンバみたいやで」
皆唖然としていた。
「優等生その顔で家から来たの?」
「そう」
「アンタそれじゃ化け物よ」
「碇君喜んでる」
「違うわよ。絶句しているのよ」
レイはシンジの方を向く。顔は全面靴底の様に茶色で、唇はどぎつい赤、アイシャドウで目蓋は紺色……元が整っている顔立ちだけに凄まじい破壊力が有った。
「碇君……本当」
「……え〜〜と、その、アスカの言う通り、濃すぎるよ」
「濃すぎるなんてレベルじゃないでしょ。アンタは一応美人で肌が奇麗なんだから薄化粧で十分なの。大体アンタ肌が極端に弱いんだから化粧かぶれ起すわよ」
アスカは鞄から化粧品の入ったパックを取り出す。パックの中から化粧品落としのチューブを取るとレイの手を握り洗面所に連れて行った。
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○
○
「綾波……どうしたの」
「かぶれたの」
翌日レイは顔を包帯でぐるぐる巻にして登校した。
○
○
○
○
一週間後、夕方のシンクロテストが終わった後に更衣室で着替えていると先に帰った筈のアスカが入って来た。戸の横に立っている。どうやら着替え終わるのを待ってい
るらしい。レイが着替え終わるとアスカが声を掛けて来た。
「ファースト」
「何」
「これ」
口紅だった。レイは引いた。化粧かぶれは二日前に治って痕も残らなかったが、化粧品全体に恐怖心を持っていた。
「リツコに低刺激性の口紅作らせたのよ……ほら……その……私があおった所もあるし……大体化粧品かぶれしたらLCLに入った時辛いでしょ。こっち来なさいよ」
アスカはレイを洗面所に連れて行くと顔を洗わせる。肌を保護するクリームを塗らせた。
「アンタは肌が雪より白いんだから保護用のクリームだけでいいわ。じゃ口紅塗ってあげるから」
アスカはそう言うと、丁寧にレイの唇に口紅を塗った。それは極薄いピンクの口紅だった。
「ほら。これでどう」
「……」
レイは鏡を見る。ほんのりとした暖かさが唇から漂い、綾波レイは少し大人に美しくなった。
「アンタはこれで十分奇麗よ。じゃ」
アスカはすたすたと洗面所を出て行こうとする。
「あっアスカ……」
「何よ」
出て行こうとしたアスカが振り向く。
「あっありがとう……」
「あんな化粧されたら夢見そうだったからよ」
レイの二度目の感謝の言葉をニコリともせず聞くとアスカは出て行った。
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○
○
○
「碇君」
「アスカがここで待ってろって」
レイがいつも通るゲートの外にシンジが待っていた。
「あの……口紅似合うね……奇麗だと思う……」
「そう……」
「その……じゃあ」
少し照れた様にシンジは振り返り足早に去ろうとする。
「一緒に帰らない……」
レイはなんとなく口にした。
「……うん」
またシンジは振り返る。そこには頬紅を塗った訳ではないのに、ほんのり赤く頬が染まったレイがいた。
おわり
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