星の娘

 

written by トモヨ 


 

 

 

「お嬢さんは月が好きなのかな」

レイは振返った。そこには白髪の老人が立っていた。深夜なんとなく外に出たレイは付近の公園で満月を見上げていた。吸い込まれるような満月だった。じっと月を見ていると声を掛けられた。

コクリ

好きかと言われるとよくは判らないが、嫌いではないので頷いた。

「あれ……もしかして綾波レイちゃんかな」
「…………」

知らない人が自分の名を知っているのは危険な事かもしれないとリツコに言われている。

「ほれ、私は学校の用務員をしている坂崎だよ。見た事有るだろう」

レイは言われてじっと見た。手にバケツやモップを持たせた所を想像してみる。確かに見覚えが有った。

「モップさん」
「そうだよ。モップさんだよ」

老人は微笑んだ。老人はいつもモップを持って歩いている為モップさんと生徒達に呼ばれて親しまれていた。

「隣り座っていいかな?」

コクリ

老人はレイが座っているベンチに座った。

「何故私の名前を知っているの?」
「チルドレンの名前は有名だからね」
「そう」

レイはまた空を見上げる。

「レイちゃんは星も好きなのかな」

コクリ

またレイは頷いた。月より星の方が好きの様な気がした。月は明る過ぎる気がした。

「でも良く判らない」

同級生が星座占いなどをしているのを聞いても興味は持たなかった。

「占いは判らない」
「星座占いの事かな……星と星座占いは違うよ。例えばあの星はね……」

 老人は星の説明をし始めた。その星の名前、所属している星座名、その星の大きさや種類、どの様な物質で出来ているかなどをだ。老人の話しはただ単に説明するだけでなく色々な民話や神話などを折り混ぜてとても楽しかった。レイは知らぬ間に話しに引き込まれていた。

「おっと随分月が動いている様じゃな。長い間引き止めて済まなかったね」

ぶんぶん

レイは首を横に振った。

「楽しかった」
「そうかい」

老人は微笑んだ。

「どうして詳しいの?」

不思議だった。

「ワシは昔プラネタリュウムの説明員をやっていたのだよ」
「プラネタリュウム?」
「知らないのかな。ドームの内側に星を映画の様に映し出して見る機械だよ」
「夜空を見ればいい」
「でもそれではその日のその時のその場所の星しか見れないだろう。プラネタリュウムを使うと自由に見る事が出来るのだよ」
「そう。今は解説していないの?」
「私が勤めていたプラネタリュウムは旧東京の渋谷にあったのだよ。2001年3月に営業が終るはずだったんだが知っての通り新型爆弾で蒸発してしまったのでね。それ以来何と無く解説をする気が起きなくて今は用務員をやっているのだよ」
「そう」
「そのプラネタリュウムの最終日の解説が出来なかったのだけが心残りだけれどね」
「そう」
「そろそろお帰り。薄着ではさすがに風邪を引くよ」

コクリ

レイはワンピースを着ていた。何も私服を持っていないレイを見かねてアスカが選んでシンジにプレゼントさせた物だ。最近ちょっと外を出る時はこのワンピースを着ている。

これが老人とレイが初めて話した時だった。






「今日もいるのかね」

コクリ

翌日もレイが星を眺めていると老人がやって来た。レイの横に座る。暫く二人で星を眺めていた。

「あの星何?」
「あの赤い星かな」

コクリ
「あれは火星だよ」
「火星……」
「そうだよ。地球と同じ惑星の一つ……」

 老人は火星について話し始めた。地球以外で水の存在が確認されている星、一番生命が存在する可能性が高い星、古代から戦いの神のとされている星。火星の天文学的な 説明から、神話まで。老人の話は火星の夢を見させてくれた。

「そう……地球以外の生命……」
「そうだよ。いると決まった訳では無いし、いても微生物程度だけどね」
「そう……それでもいればいい」
「そうだね」
「……誰が作ったの……」
「火星の命かい?」

コクリ

「さあ……判らないね。いると判っている訳ではないからね。いたとしたら……神様かもしれないね。皆の夢が作ったのかもしれない」
「夢?」
「そうだよ……火星の夢かもしれないよ」
「火星の夢」
「そうだよ。私達も夢を見るのだよ。星も夢を見てもおかしくないよ。もしかしたら私達も地球の夢かもしれないね」
「私達が夢」
「地球も太陽の夢、太陽も銀河の夢も知れないね」
「そう」
「レイちゃんならさしずめ夢の妖精かもしれないね」

老人は微笑んだ。






 翌日から雨が振る日以外は毎日公園でレイは老人の話を聞いた。曇りの日は宇宙への人間の歩みなどを話してくれた。その為寝不足に成り学校で居眠りをして怒られた。
 心配したシンジとアスカが話を聞いたのでレイは老人の事を話した。翌日からはシンジとアスカも含め四人で星空を眺めるように成った。






「……遅い」
「そうねそろそろ来てもいい頃なのに」
「どうしたのかなぁ。シンジちょっとそこいら見て来なさいよ。モップさんは学校に住み込みだからあっちから来るでしょ」
「うん」

皆で見るように成ってから三日たった夜の事だった。待っても待っても老人はあらわれなかった。

「じゃあ僕見て来るよ……あっ。モップさんだ」

公園の入り口に老人があらわれた。

「待たせたねみんな」

そして老人は崩れ落ちた。

「「「モップさん」」」







「赤木博士……モップさんは」

 あの後レイはすぐにリツコに携帯を掛けた。理由を聞いたリツコは初めは怒った。無断で夜出歩いていたからだ。がすぐに救急車を手配してくれネルフの付属病院へ入院の手続きを取ってくれた。

「風邪をこじらせて軽い肺炎を起していたみたいよ。比較的体力が有るみたいなので抗生物質で一発で治るらしいわ」
「そう」

レイの表情が珍しく動く。

「ただね……」
「ただ……」
「坂崎さんも秘密にしている訳では無いと言っているから言うけど……」
「何よリツコ、じらすわね」
「坂崎さんは脳腫瘍よ。長くて一月、短ければいつ倒れてもおかしくないわ」
「……治らないの?」
「ネルフの医療技術でもね」
「そう」

子供達は黙った。






「済まなかったね。最近不養生してしまったからね」

老人はベッドの中で微笑む。

「レイちゃん達のおかげでこんな立派な病院に入院する事が出来たよ」
「……」
「どうしたんだい」

子供達は老人のベッドの横の椅子で固まっていた。

「……じやあ私の本当の病気を聞いたのかな」

コクリ

レイが頷いた。

「そうかい。心配しなくていいよ。レイちゃん達が悪い訳では無いしね。この歳だと別に病気でなくても死ぬ人はいるものだよ」

老人は微笑む。

「それに痛くも無いしね。きっと眠る様に行けると思うから。それにレイちゃん達のおかげで最後に解説を楽しめたしね」






「何……レイ」

レイはリツコの研究室に一人でやって来た。

「おじいさん……私と同じ方法を……」
「忘れなさい……二度と言うんじゃないわよ」
「……」

リツコは端末に向かい仕事を再開した。

「赤木博士……」
「忘れなさいと言ったはずよ」
「プラネタリュウム……」
「プラネタリュウム?」

レイはリツコに老人の事を話した。

「プラネタリュウムを作って……」
「……」

リツコはレイを見詰めた。レイは駄目だと思った。

「いいわよ」
「……」
「不思議そうな顔して見るんじゃないわよ」
「なぜ?」
「ネルフの仕事以外はしないと思っているの?正解よ……ただこれはボーナス。あなたへのじゃないわ。私の初デートってプラネタリュウムでだったのよ」
「そう」
「私は装置を作るわ。あなたは坂崎さんとどの様なストーリーにするか相談しなさい」
「はい」
「観客も集めなければ駄目よ。アスカとシンジ君にでもやらせたら。天体とかなら相田君辺りが詳しそうね。巻き込んじゃいなさい」

コクリ
レイは頷いた。






 それからは毎日が忙しかった。シンクロテストの合間に病院に行っては老人と打ち合わせをした。老人はとても楽しそうだった。少し元気に成った様である。老人と打ち合わせをするとその話を持って帰りリツコにそのデーターを渡した。アスカとシンジは色々な所で宣伝しまくった。ケンスケやトウジ、ヒカリも協力した。






「こんな立派な所でまた出来るとは。レイちゃんありがとう」
「私だけじゃない」
「そうだね。後で皆にお礼を言わないと」

コクリ

 レイは頷く。ここはネルフの多目的ホールである。内部はすっかり改造されていた。高い天井には半球形のプラスチックのスクリーンが作られていた。その下にはMAGIと直結した像映機が置かれていた。天才リツコが一週間で作り上げた。その周りにはリクライニング出来る椅子が500席しつらえられていた。初めは単なる板状のスクリーンにパイプ椅子の予定だったが、何故かゲンドウが許可と資金を出してくれた。

 老人とレイはオペレートルームにいた。レイは制御板の前に陣取っている。老人は車椅子に座っている。老人はこの一週間で随分弱っていた。その為解説だけを担当しオペレートはレイがする事に成った。医師兼メカニック兼エンジニアとしてリツコが付き添っていた。医師免許は持っていないが実力は有る。

「ではスケジュールの最終確認ですけど、まず前半が(セカンドインパクト前の夜空)を1時間。10分間の休憩の後後半に(セカンドインパクト後の夜空と宇宙への夢)を一時間ですね」
「ええそうですね」
「レイもいいわね」
「はい」

レイは答えた。

「では、観客も席に付いた様なので始めて下さい」

500の席は第壱中の生徒、学校の職員、ネルフの職員などで完全に埋まっていた。

「では始めます。レイちゃん」

レイは操作板を操作した。場内の明かりが落ちて行く。場内に柔らかい音楽が流れて行く。

「本日は本プラネタリュウムに御集まり頂きありがとうございます。わたくし本日の解説をさせて頂く坂崎と申します。第壱中の皆さんにはモップさんの方が有名でしょう。さて皆様も御待ちかねの様なので早速始めたいと思います。まずプログラムの前半は(セカンドインパクト前の夜空)からです……」

ドームに映し出されていた太陽が傾いて行き、代わって星が映し出されて行った。






「……という様に人々は星空に夢や希望を映して来たのです。これで前半の(セカンドインパクト前の夜空)の終わりに成ります。10分間の休憩の後、後半の(セカンドインパクト後の夜空と宇宙への夢)を御送りします」

老人の説明が終るとレイのオペレートで場内が明るくなって行く。ホールの入り口が開かれ観客達が手足を伸ばしに外に出る。

「寝てる人がいる」

レイが少しむっとした声で言う。

「レイちゃんいいんだよ。きっといい星の夢を見てくれているよ。その中で生まれた夢がどこかで本当の世界に成っているのかもしれないから」
「うん」
「少し疲れた。時間まで仮眠をするので起しておくれ」

そう言うとすっと老人は眠り込んだ。レイとリツコは老人の穏やかそうな眠り顔を見てから後半のプログラムの為に機器のチェックをした。






「モップさん1分前です」

気持ち良く寝ている老人を起すのは忍びなかったがレイは声を掛ける。老人は眠ったままだ。

「モップさん」

レイは手を掴み軽く揺する。

「えっ」

不気味な感触がした。慌てて脈を取る。

「博士!!」
「何レイ?慌てて」
「モップさんの脈が無い」
「えっ!!」

リツコは慌てて脈を取る。ペンライトを取り出し瞳孔の反応を見る。車椅子の計器をチェックする。

スイッチを入れる。薬が体に注入される。

ポン

老人の体が跳ね上がる。電気ショックで心臓を動かそうとした。リツコは計器を見る。

スイッチを入れる。

ポン

同じ事が何回か繰り返された。やがてリツコは立ち上がるとレイの方を向き目を伏せ首を横に振った。リツコは車椅子の違うスイッチを押す。車椅子と老人の遺体は、遺体が腐敗しない程度の低温になった。リツコは予期していたのかもしれない。

丁度後半の開演の時間に成った。レイは制御板をオペレートする。既に観客が席に付いた場内は徐々に暗くなり優しい音楽が流れ始めた。

「皆様に御知らせする事が有ります」

レイだった。

「唯今モップさんが他界されました。脳腫瘍です」

場内がざわついた。声も上がる。暫くすると微かな泣き声も聞こえて来た。老人は学校で親しまれていた。

「故人の生前の希望は死ぬ前にプラネタリュウムの解説をもう一度すると言う事でした。故人の意思は私綾波レイが引き継ぎ後半のプログラム(セカンドインパクト後の 夜空と宇宙への夢)を御送りします」

レイは解説を始めた。リツコは老人の遺体が上を見れる様に車椅子をリクライニングさせた。

「西暦2000年9月13日、南極に光速の90%の……」

レイの美しく静かな声が会場に響き星空が映し出されて行った。






老人の遺体は旧東京三鷹の国立天文台の敷地内に天文台の好意により葬られた。






「星の夢……」
「なにそれ?」

学校の屋上で並んで寝転がり夜空を見ていたアスカはレイに聞いた。

「モップさんが、命は星の夢かもしれないって……」
「そうなんだ」
「惑星は爆発して散らばった星の残骸が集まって出来るわ。生命はその上に生まれるから間違いじゃないわね」
「そうだね」
「私達も星の夢かもしれない」
「うん」
「モップさん今頃どの辺りにいるんだろう。あの赤い星辺りかな」

アスカが指さす。

「あれは火星……」

そしてレイは老人の夢をアスカとシンジに語り始めた。




 

 

 

おわり

 

 

 

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