2025年、五つに成ったアサマは母親にそっくりなおさげが可愛い女の子である。アサマは昼間100メートル程離れた知り会いの家に預けられている事が多い。母親が医大の学生、父親がプロサッカー選手の為家にいない事が多いからだ。

 幸いな事に、父親の細かい事は気にしない性格と体力、母親のど根性と聡明さを引き継いでいる為すくすくとまっすぐに育っている。

 アサマがすくすくと育っている要因の一つはその知り会いの家の主とその妻にも有る。アサマの両親と同級生だった二人はアサマの両親が家を留守にする時は必ず預かってくれる。その妻は簡単な翻訳などを仕事にしている為家にいるからだ。夫は地方公務員だ。アサマは自分の子供の様に可愛がってもらっている。


 

 最近のアサマにはお気に入りが二人いる。やはり両親と同級生の子供で同じ歳のミチル君だ。母親に似て髪は奇麗な金髪、瞳は澄んだブルーでいちいちアクションの大きい男の子である。この子もよくこの家に預けられる。大学で母親は教授、夫は院生をしている。24で教授とはたいしたものだが、本人に言わせると(ふん。当然よ。私みたいな天才にしては遅いぐらいだわ)である。ともかくアサマはミチル君がお気に入りである。最近とうとうファーストキスを無理矢理奪って周りのライバルにミチル君の所有権を主張している。


 

 アサマのもう一人のお気に入りは最近この家に生まれた赤ん坊である。母親の体が弱いせいだろうか。この子が生まれた時は、子供は未熟児、母親は妊娠中毒と、母子共に生命の崖っ淵にいた。しかし100年に一人の天才科学者と言われている母親の義母が頑張った為辛うじて生き延びた。半年を過ぎた今は母子共に健康そのものである。


 

 「マイちゃん可愛いな」


 

 アサマは赤ん坊を腕に抱きあやしながら言う。もう半年もやっているのでどうにいった物である。


 

 「私も自分の赤ちゃん欲しいなぁ」

 「あら、アサマちゃんたらおませね」


 

 赤子の母親は微笑む。最近24に成ったがまだ高校生と言っても通りそうだ。そのくせ微笑みには神秘的な雰囲気も漂い年齢を判りにくくしている。


 

 「ええと18に成ったら結婚できるから、あと11年たったらミチル君に貰らってもらうの」

 「あら、ミチル君も大変ね。頑張らないと」

 「僕そんな約束していないよ」

 「酷ぉい。この前ここで一緒に御風呂入った時約束したじゃない」

 「あれはアサマちゃんが上にのっかって約束しないとお湯の中に沈めるからじゃないか」

 「でも言ったもん」


 

 二人の会話を赤子の母親は嬉しそうに聞いている。暫くしてアサマにミチルが言いくるめられて決着が付いた。


 

 「ねえレイ叔母さん」

 「なあに」

 「マイちゃんって肌がこんなに白いでしょ。何で?」

 「さあどうしてでしょうね」


 

 レイは微笑む。


 

 「だって子供ってお父さんやお母さんに似るでしょ。ミチル君、瞳と髪の毛お母さんにそっくりだし」

 「そうね。アサマちゃんはお母さんにそっくりね」

 「マイちゃんって顔の形はなんとなくレイ叔母さんに似てるけど、色違うもん」

 「そうね」

 「レイ叔母さんってお肌が全身黒真珠みたいに真っ黒だもん」

 「黒真珠って難しい言葉を知っているのね」

 「お母さんがレイ叔母さんの肌ってすべすべして黒真珠の様に奇麗だって……」

 「ヒカリったら。私も昔はこの子よりもっと白かったのよ……こんな事があったの」


 

 レイは黒真珠の様に艶のある黒い肌の顔を微笑ませて昔話を始めた。


 


 

 


星の娘その2
 アンドロメダ
written by トモヨ

 

 


 


 


 

 枯れ葉の様だった。


 

 「綾波」

 「ファースト」


 

 常夏の国の陽光の中、シンジとアスカの前をいつものペースで歩いていたレイは、いきなり音も立てずに地面に崩れ落ちた。熱くなっているアスファルトの上、糸の切れた人形の様に横たわっていた。


 

 ○

 ○

 ○

 ○


 

 「リツコさん綾波は」

 「そうよファーストはどうしたのよ」

 「熱射病ね。意識も戻ったし特に問題は無いみたいよ。一日安静にしていれば元どおりね。レイはあまり体が強くないから念の為三日間の入院に成るけど」

 「よかった」


 

 シンジとアスカはほっとした。


 

 「ところで熱射病って?日射病と違うの」

 「ええ違うわよ」


 

 レイの病室の側の待合室で、リツコはシンジとアスカに答えた。


 

 「一般的に日射病は日光などにあたり過ぎたり高温下で激しい運動をしたりして脱水症状になり痙攣を起したり意識不明になったりする症状を言うのよ。熱射病はむしろ汗を排出出来なくて体温が異常に高まりその体温自体でダメージを負う症状よ。だから別よ。詳しくは医者に聞いてちょうだい」

 「だからリツコさんに聞いているんですけど」

 「私医師免許持ってないわよ。そりゃメスを握ればその辺の外科医敵じゃないし医療知識、技術とも十分なぐらい有るけどね」

 「げっ無免許医」


 

 アスカが顔を引きつらす。


 

 「私は緊急時以外医療行為はした事ないわよ。なんならしてあげましょうか」

 「けっ結構です」

 「そう」


 

 リツコはにやりと笑う。


 

 「ところでどうして綾波は熱射病になったんですか。特に激しい運動して無いと思うけど」

 「それはね」


 

 リツコは傍らのコーヒーサーバーのコーヒーをまずそうに啜りながら言う。


 

 「あの子最近零号機の整備で休む暇が無くって体力が落ちていたのが一因ね。もう一つは防護クリームのせい」

 「「防護クリーム?」」


 

 二人はハモッた後、顔を見合わせる。


 

 「紫外線防護クリームよ。あなた達に配給している第壱中の制服や下着、私服は防弾防刃加工されているのは知っているでしょ」

 「知ってるも何も新しい服買ってもすぐにそのまま着させてくれないじゃない。いちいち装備課に提出して加工するじゃない。大体下着は防弾防刃にしなくてもいいんじゃないの。あそこの係員にやつくから嫌いだわ」


 

 アスカが口をひん曲げる。


 

 「そう。私はからかって遊ぶけど。ともかくあんた達はそれだけで済むけどレイは紫外線も避けないといけないの。あの子がアルビノなのは知っているわよね」

 「見れば判るわよ」

 「体に色素が無いから極端に紫外線に弱いのよ。レイの場合それだけでなく色々な遺伝子欠損による酵素異常や代謝異常があるわ。普通のアルビノといわれている人達よりももっと紫外線に弱いのよ」

 「じゃあそのクリームで紫外線避けしているんですか」

 「そうよ」

 「でもそれと熱射病の何が関係有るのよ」

 「アスカ、レイが心配なのは判るけどそう目を剥いて迫らないでちょうだい。それじゃお猿さんよ」

 「悪かったわねお猿さんで。だいたい私はファーストの事なんか心配していないわ。ただファーストの調子が悪いとシンジが心配して役に立たないでしょ」


 

 身を乗り出す様にしていたアスカはソファに深く座る。


 

 「まあとにかくこれでも飲んで落ち着きなさい」


 

 リツコはコーヒーサーバーからコーヒーを注いだ紙コップを二人に渡す。


 

 「でレイはいつも防護クリームを体中に塗り込んでいる訳」

 「そう言えばシンクロテストの後シャワーを浴びたら何かクリーム塗っていたけどそれなのね。前聞いたら(あなたには必要ないから)ってつっけんどんに言うからほっといたけど」

 「それよ。あのクリームは水中やLCL中で激しく動いたりすると取れちゃうから必ず塗り込む様にさせているわ」

 「それで綾波って水泳の授業いつも泳がないんだ」

 「へぇ〜〜あんたいつもファーストの水着姿ばっかり見てるのね……すけべ」

 「ちっ違うよぉ」


 

 言いつつも目が泳ぐシンジである。


 

 「まあシンジ君がレイの水着姿で何をしていても構わないけど……そう言えば以前あなた裸のレイを押し倒した事があるんだってね。なんだかんだ言っても男の子なのね。今の所はキスや胸を触るぐらいにしてちょうだい」

 「ごっ誤解ですあれは事故です。足を滑らせて……たまたま綾波が風呂上がりで……」

 「……鬼、悪魔。ファーストも可哀想ね、事故にされちゃうなんて」


 

 アスカはじろりと睨む。


 

 「誤解だってばぁ」

 「まあ家に帰ったらゆっくり誤解を解いてちょうだい。話を戻すわ。さっきのクリームって紫外線防護は完璧なんだけど弱点があるのよね。一つは水やLCLに弱い事。一つは熱がこもるの。それで体温が上がり過ぎたのよ。体調が悪かったからそれに堪えられなかったのね」


 

 リツコはちらりと時計を見る。


 

 「あらこんな時間だわ。ともかくレイは安静にしていれば問題は無いわ。今睡眠薬で眠らせているけど顔だけでも見ていく?」

 「あの……寝顔を勝手に見るのは悪いから。特に問題ないなら」

 「あ〜〜らシンジ押し倒した仲でしょ。寝顔ぐらいねぇ。問題ないんじゃない」

 「誤解だってばぁ」

 「まっ起きたら呼んであげるわよ」


 

 リツコは立ち上がり自分の研究室に戻って行った。


 

 ○

 ○

 ○

 ○


 

 「赤木博士」


 

 レイは目を覚ますと医師と共にリツコがいるのに気が付いた。ここは病室である。


 

 「では後はよろしくお願いします」


 

 医師と看護婦はリツコにお辞儀をすると部屋を出て行った。医療部門はリツコの指揮下にある。E計画遂行の為だ。


 

 「レイあなた徐々に体力が落ちて来たわね」

 「……あとどのくらい……」

 「そうね。今のあなたの体は特にこれから不確定な要素が無ければ1年ぐらいは持つかしら」

 「そう」


 

 リツコはレイのベッドの横の椅子に座り足を組む。


 

 「あの」

 「何」

 「私は……ずっと防護クリームがいるの」

 「そうね」

 「今日学校に洞木さんが真っ黒になって来ました。鈴原さんもです。海水浴です」

 「行きたいの……無理ね。少なくとも太陽の下で遊ぶ事は一生あなたには無理」


 

 リツコは微笑む。嫌な微笑み方だ。


 

 「行ったら……」

 「紫外線障害ですぐに皮膚ガンね。それだけじゃないわ。あなたのはただのアルビノじゃないわ」


 

 コクリ


 

 「遺伝子はもともとむりやり作られた物よ。もとからずたずただから紫外線が致命傷となるわよ。もしかしたら何かの遺伝子スイッチが入って人以外の物になるかもしれない。そうしたら始末するのはアスカかシンジ君のEVAね。そうよ、あなたは永遠に月の光にしか愛されないのよ。永遠にね」


 

 強い立場の者が見せる醜さがリツコの顔を覆っていた。


 

 「そう」


 

 レイは目を瞑った。疲れているのだろう。すぐに寝息が聞こえて来た。リツコは立ち上がり出口に向かう。何とはなしに振り返る。

 じっと見てしまった。レイの閉じた瞳から一筋の涙が頬を伝わっていた。


 

 「私って…………嫌な女ね」


 

 リツコは部屋を出て行った。


 

 ○

 ○

 ○

 ○


 

 翌日レイが目覚めアスカとシンジが病室に訪ねてきている時だった。リツコが病室に入って来た。ミサトも付いてきている。リツコはアスカとシンジを気にせずレイの顔を覗き込む。


 

 「レイあなた海水浴行きたい?太陽の下で遊びたい?」

 「えっ?」

 「リツコ何言っているの?」

 「アスカは黙っていなさい」


 

 リツコの勢いに押し黙るアスカである。


 

 コクリ


 

 レイは頷いた。


 

 「判ったわ」

 「リツコさん、何の話なんですか」

 「昨日言った通りレイは紫外線障害になるから一生太陽の下では遊べないわ。特に海水浴はね。完全に紫外線をカットする方法が無いから。外部からではね」

 「「「外部?」」」


 

 三人が言う。


 

 「そうよ外部からはよ。一つだけ方法が有るわ」

 「何」


 

 レイがリツコを見詰める。


 

 「手術で体中に色素を埋め込むの。以前あなたの紫外線障害を治す為いろいろ研究を行った事が有るわ。あなたの細胞と色々な色素を組み合わせて免疫反応を調べたの。一つだけ拒絶反応が低い色素を見つけたのよ。その色素なら埋め込み後6日間は拒否反応が出ない。手術後2日間は色素の定着と手術からの回復、最後の2日間は色素の排除にかかるから差し引き2日間は太陽と遊べるわね。ただし」


 

 リツコが言葉を区切ると皆の視線が集まった。


 

 「2回の手術であなたの皮膚やその深部の組織はダメージを受けるわ。今よりもずっと弱くなる。太陽の下で遊ぶどころか遮断クリームを使っても外に出られなくなる可能性が高いわね。吸血鬼みたいな一生送る可能性が高いわよ。どうする?」

 「一度でいいから……」

 「そう判ったわ」

 「綾波それでいいの」

 「優等生よく考えるのよ」


 

 コクリ


 

 レイは頷いた。


 

 「アスカ、シンちゃん命令よ」


 

 黙っていたミサトが言う。


 

 「アスカはレイに似合いの水着をこれから買い漁りなさい。レイは手術日まで出来るだけ外出を控えないといけないから。支給されているカードの制限額を無制限にするわ。あなたが一番レイの事判るでしょ」

 「判ったわ」

 「シンちゃんはクラス中、ネルフ中にふれ回ってテルテル坊主を山ほど作らせなさい。リツコ手術日はいつ?」

 「MAGIで天気の晴の特異日を調べてからでないと。目安は一ヶ月以内って言うところね」

 「じゃあシンちゃんはクラスの親しい友人達にあたって後で連絡する日にち前後を空けといてもらいなさい。一人だけ海水浴しても楽しくないでしょ」

 「はい」

 「シンちゃん達はすぐ作戦実行しなさい」

 「はい」


 

 二人は病室を出ていった。


 

 「リツコ医学的な事技術的な事は任せたわ。残りは私がするから」

 「頼むわよ」

 「じゃ司令の所行ってくる」


 

 ミサトも病室を後にした。


 

 「レイ……」

 「はい」

 「この手術をすると寿命は半年ぐらいに減ると予想されるわ。いいの?」

 「はい。ありがとう赤木博士」

 「感謝されるいわれは無いわ。あなたを司令の許可の元で早死にさせらるのだもの。私は嬉しいのよ」


 

 リツコは上から見下すような目付きで見る。


 

 「……ありがとう」


 

 またレイは目を瞑りすぐに寝息を立てた。とにかく体力を取り戻したいのだろう。


 

 ふぅ


 

 リツコはため息をついた。自分でもどういう意味のため息か判らなかった。


 

 ○

 ○

 ○

 ○


 

 「ここからここまでの水着全部ちょうだい。サイズは上から○○××○○よ」


 

 アスカはデパートの水着売り場で端から端まで指を刺して言った。係員は唖然とした。


 

 「あのざっと見積もりましても150万円ほどに成りますが」

 「支払いはこれよ」


 

 アスカはIDカードを見せる。ネルフのIDカードは多目的カードに成っていてクレジットカードにも成る。IDカードの後ろには「CLASS S」とあった。


 

 「ネルフのクラスSカード。じゃあ……もしかしてあのロボットのパイロットの……」

 「そうよ惣流・アスカ・ラングレーよ。これで支払い能力に問題が無いのが判ったでしょう」

 「はい。唯今お包みします」


 

 店員は慌てて他の店員を呼びに行こうとする。


 

 「私は急いでいるの。宛先はネルフのアスカ様。支払いはネルフに言ってね」


 

 アスカは次の売り場に向かう為スタスタとその売り場を出て行った。


 

 ○

 ○

 ○

 ○


 

 「さよか。判ったでセンセ、この男鈴原トウジに任せんかい」

 「恩に着るよトウジ」

 「センセの為やない。綾波の為、世界の為や。EVAパイロットの綾波が塞ぎ込んだらえらいこっちゃ。それに一生に一度の海水浴や。何が何でも晴れさせなあかん。科学はリツコさんにまかした。作戦はミサトさんや。ワシらは根性や。一日目標千個や」

 「トウジはオーバーなんだよ」

 「何言うとるんやケンスケ。そないな冷めた事言うんや無いで」

 「熱血は任せる。俺はロケハンするよ」

 「「ロケハン?」」


 

 ケンスケの部屋で会っていた三バカの残りが顔を見合わせる。


 

 「一生に一度だったら一生見て微笑む事ができる写真を撮らないとね。ビデオもそうだよ。そりゃネルフの専属カメラマンも行くだろうけど視線が違うだろ。同級生とはね。俺が撮る。ところで碇どこでやる予定なんだ」

 「新熱海のネルフ職員専用のプライベートビーチ」

 「そこに俺が入れる様に手配してくれないか。そこでロケハンしてくる」

 「うんミサトさんに頼んでおくよ」


 

 ケンスケは部屋に不釣り合いな立派な金庫を開けると中から如何見てもカスタムメイドのビデオとカメラを取り出した。


 

 「なんやら高そうやな」

 「両方合わせて230万円」

 「230万円!!」

 「フィギャアのフェスティバルで、ある会社の社長令嬢と知り合ったんだけど、趣味が同じで気があったんだ。このビデオとカメラわたくしが使っていた中古ですけれどよろしかったら使って欲しいのですわって保管用の金庫ごとくれた。完全防水で対衝撃性もコンクリートに10メートルの高さから落としても壊れない」

 「もしかしてつきおうとるのか?」

 「そうだよ。今度紹介するよ」

 「逆玉やないかぁぁぁ」


 

 ニヤリ


 

 ケンスケがニヤつく。


 

 「センセには綾波や惣流が居る、ケンスケにその社長令嬢……ワシだけやないかおなごに縁が無いのはぁ」


 

 (トウジ本気だと思う?)

 (だと思う)

 (洞木さん可哀想だね)

 (同感)


 

 思わずアイコンタクトするシンジとケンスケである。


 

 ○

 ○

 ○

 ○


 

 「判ったわスズハラ。任せといて。クラス中の皆の予定はまとめるわ。あと一日目標千個ね。任せてクラスの皆に頼んでみる。…………いいのよお礼なんて……」


 

 電話をしているヒカリの頬が赤くなる


 

 「そっそうだ……あの……スズハラ明日さっ作戦会議にうちに来ない……もっもちろん委員長としてスズハラを呼ぶのだからね……うんうん……じゃあまた明日」


 

 ヒカリは受話器を置く。


 

 「晴れればクラスの皆とネルフのプライベートビーチ……スズハラとプライベートビーチ」


 

 呟く。


 

 「ちっ違うわ。綾波さんの為よ、綾波さんの為何としても快晴をプレゼントしてあげないと。テルテル坊主はノゾミに手伝わせるとして……そうだ修験僧やってる犬神の伯父さんにも頼んでみよう」


 

 ヒカリは廊下を階段に向かい歩いた。怒鳴る。


 

 「ノゾミぃ弁当朝飯抜きと一日に五百個テルテル坊主作るのどっちがいい〜〜」


 

 ○

 ○

 ○

 ○


 

 「ミサトさんリツコさん今から18日後を中心に1週間が快晴の特異日です」

 「そう、じゃレイの手術日を15日後に設定。リツコいいわね」

 「いいわ」

 「じゃ引き続いて新熱海のネルフのプライベートビーチでの行動計画の作成頼むわ」

 「はい」


 

 日向はさっそく端末に向かい予定表の製作を始めた。


 

 「それにしても司令が準作戦行動にしてくれたから助かったわ」

 「そうね」

 「なんかリツコ不満そうね……嫉妬?」

 「仕事したら」


 

 とたとたとたとた


 

 マヤが作戦立案室に入って来た。


 

 「ミサトさんご依頼のプログラム転送しておきました」

 「はいご苦労様」

 「あんたマヤに何頼んだの」

 「ネルフ中の端末に強制的にてるてる坊主が表示されるスクリーンセイバーを侵入させるウィルスよ」

 「……」


 

 リツコは黙ってこめかみを押えた。


 

 「どうしたの」

 「いえ、頭痛くって……レイはいい上司を持ったわね」

 「そう」


 

 ○

 ○

 ○

 ○


 

 「と言う事でアンタ暇でしょ」

 「ご挨拶だな葛城」


 

 その夜ミサトは不精髭の腕の中で呟く。やっと汗も引き呼吸も正常になって来た。


 

 「作戦時まで私ネルフに泊りでしょ。いざって言う時にシンちゃんが風邪でも引いていたらレイちゃんが可哀想じゃない……ばかぁん……変なとこ触んないで話聞いてよ」

 「へいへい……でその間シンジ君とアスカの面倒を見ろって言うのかい」

 「そういう事ぉ」

 「いい上司を持ったね」

 「へへへ……リツコにも言われちゃった」

 「で見返りは?」

 「私とあんたの仲じゃない」

 「さて」


 

 ごそごそ


 

 「いやぁん……作戦終了したら凄ぉ〜〜い事してあげるから」

 「前みたいにウォッカの一気飲み5本とかやられてもね……そうだ一日俺の自由に成って貰おうか」

 「すけべ……まあいいわよ」

 「すけべはどっちかな」


 

 ○

 ○

 ○

 ○


 

 ネルフと第壱中は至る所てるてる坊主だらけになった。


 

 ○

 ○

 ○

 ○


 

 「レイ心の準備はいい?」


 

 コクリ


 

 「もう一度聞くわ。二日間の喜びの後それこそ二度と外に出られなくなる可能性……覚悟しているわね」

 「いい。わたし海で皆と陽に当たって遊びたい」

 「判ったわ」


 

 レイは手術室にいた。手術着姿の医師とリツコもいる。リツコが合図するとレイの首筋に無痛注射器で麻酔薬が注入される。レイは数秒で意識を失った。


 

 「ではこれより色素埋め込みをはじめます」


 

 ○

 ○

 ○

 ○


 

 「えっ……」


 

 翌日レイに会いに来たシンジは絶句した。一緒に付いて来たアスカ、ヒカリ、トウジ、ケンスケもだ。


 

 「綾波……全身真っ黒だ」


 

 レイはパジャマを着て病室のベッドの端にちょこんと座っていた。その肌の色はまるで黒檀の様に艶がある深い黒だった。頭皮にも色素を浸透させる為かスキンヘッドだ。そばに黒髪のかつらが置いてある。


 

 「……」


 

 レイは何かを言おうとした。が口篭る。


 

 「シンジ……」


 

 アスカがシンジの耳元で囁く。


 

 「なんか言ってあげなさいよ。不注意な事言ったらアンタ半殺しにするわよ」


 

 コクリ


 

 シンジは頷く。シンジはレイに近付く。俯き加減でいたレイは上を向く。シンジが立っていた。


 

 「えっ」

 「あっ」


 

 思わずシンジはレイの頬に触れていた。すぐに手を引っ込める。


 

 「ごめん……」

 「……」

 「あの……」

 「なに……」

 「すべすべして……黒い水晶みたいで奇麗……」

 「ありがとう……」


 

 二人はまた俯く。


 

 「アスカ退散しましょ」

 「そうね」

 「スズハラ、相田君行くわよ」


 

 アスカ達は静かに部屋を出て行った。


 

 ○

 ○

 ○

 ○


 

 「……レイ…………か」

 「はい」


 

 ゲンドウは呆然としていた。


 

 「ほう」


 

 冬月はそう言ったままだった。


 

 「赤木博士説明と違うな」


 

 ゲンドウが呟く。


 

 「予想以上に色素が浸透しました。ただそのせいで紫外線の除去は完璧です」


 

 リツコはゲンドウから見えない位置で唇の端を歪める。


 

 「廃棄しろ……これはレイではない」


 

 また眠っているレイを見詰めていたリツコは振り返る。


 

 「今なんと……」

 「廃棄だ。次を出せ」

 「拒否します」

 「何」

 「ほう」


 

 リツコの言葉にゲンドウは怒気を含ませ、冬月はあいも変らずの声で答えた。


 

 「この子は確かに綾波レイですから。必要も無しに次を出してEVAの運用に支障を来す可能性は無視できません」

 「……逆らう気か」

 「いいえ、上司の補佐をするのも部下の勤めかと……それよりも私はレイが、レイなら可愛いんです。今気が付きました」

 「レイならだと……」

 「はい……」

 「赤木君、君を解任、身柄を拘束する」

 「どうぞ。私無しでEVAとMAGIの完璧な運用が出来るなら。ちなみにマヤは当てにしないで下さい。あの子は私の思うのままですから。E計画の部員達も司令より私に忠誠を誓っている者の方が多いですわ。優秀な者ほど。もちろん技術開発部門もです。ちなみに私の部下で司令がつけた秘密監査役は全てこちらで把握しています。ミサトの部下のもです。私に何かあったら即座に報復行動をする様になっていますから。ミサトは現場の人間には凄まじいカリスマ性を発揮します。彼女が私の事を調べたら全てばらしますわ」

 「……赤木博士」

 「飼犬に噛まれた気分はいかがですか?飼犬とも思っていないんでしたね。MAGIと同じ扱いでしたわね、私は。さっきの言葉で初めて私レイに愛情を持っている事を自覚しましたわ。この子も私も等しく道具なのね。レイの事少しは可愛いと思っていると思っていたけど。要は私もレイもユイさんに会う為の道具ですね」


 

 堰が切れた様にリツコは話した。


 

 「どうされます」

 「博士私を廃棄してください」

 「レイ……起きていたの」


 

 皆がレイを見た。レイは目を開いて天井を見ていた。


 

 「博士……司令は容赦無く博士を殺します……駄目です。逆らっては駄目。私を破棄して下さい。私博士の事怒っていません。私が死んでも代わりはいるから」

 「レイ」

 「博士何も言わないで……司令一つだけ頼みが有ります。私を破棄するのは皆と海に行ってからにしてください」

 「レイ……わざとなのよ。私わざとあなたの肌に色素を無理矢理詰め込んだのよ」

 「いい。肌の色は関係ないから……私……碇君と遊びたい……眠い……」


 

 またレイは目を瞑る。がもう一度目を開く。


 

 「司令……私はもうレイだから……ユイさんには会わせてあげられない……次の私も、次の次の私も、その次の私もきっとそう。私の魂は……有るとしたら……一つだから。次の私ももう綾波レイだから……私……碇君達と行きたいから」


 

 レイは眠りに落ちた。


 

 「……レッレイ……私を見捨てるのか……」

 「碇」

 「冬月」

 「……あきらめろ……レイは……お前の手を離れた……」

 「……レイ……」


 

 ゲンドウはレイのベッドに歩み寄る。その黒く艶のある肌の頬を撫でる。


 

 「まるで黒水晶みたいだな…………もうユイには会えないのか……」

 「はい……その夢は私がトドメを刺させてもらいます……そんな悪夢は」


 

 リツコが呟く。


 

 「悪夢か……」


 

 ゲンドウは振り向く。リツコの前に立つ。護身用の小型ピストルを取り出す。リツコのこめかみに当てた。リツコは目を瞑る。


 

 「司令の手で殺されるなんて……嬉しい……やっと憎んでくれた……やっと道具じゃなくなった……」


 

 リツコの頬に一筋の涙がこぼれる。泣きボクロを伝わり顎の先端へと行く。ゲンドウは引金をしぼろうとする。


 

 「止めておけ碇。ここで赤木君を殺して何の意味が有る。お前と私の悪夢は終った。たとえ赤木君を殺してもお前はレイに勝てん」


 

 冬月がピストルを押えた。ゲンドウは冬月の顔を見てピストルをしまった。


 

 「勝手にするがいい……赤木博士、後で処分と今後の計画を伝える。この作戦が終ったら司令室にくるがいい」

 「はい」


 

 ゲンドウは出て言った。


 

 「いつの世でも、子供には勝てんか……」


 

 冬月はレイの寝顔に言った。


 

 ○

 ○

 ○

 ○


 

 「なんなのよぉぉぉぉこの天気は国家予算の何十年分使って作ったMAGIで天気予報も当らないの」

 「落ち着きなさいアスカ」

 「これが落ち着いていられるの。この雨見なさいよ」


 

 翌日の作戦司令室ではアスカが荒れていた。スクリーンにはネルフの新熱海のプライベートビーチの様子が映っている。雨が横殴りに振っていた。


 

 「セカンドインパクト後は気象の変化がはげし過ぎるのよ。外れる事だって有るわ」

 「何落ち着いているのよ」

 「騒いで事態が好転するならいくらでもするわ」


 

 リツコが言う。側の椅子にはレイが座っていた。静かに静かに座っていた。シンジが隣に座っていた。


 

 「リツコお待たせ」


 

 ミサトが部屋に戻って来た。


 

 「作戦の許可降りたわよ」

 「判ったわ」

 「何の作戦よ」

 「作戦名は(悪天候時のEVAによる天候制御と運用の可能性の検証実験)」

 「ミサト状況判ってるの。レイは後今日入れて二日しか太陽に当る事出来無いのよ。とっととネルフの輸送機使ってみんなで天気の浜辺に行く事が優先でしょ」

 「……もしそんな時使徒が来たら?EVAの運用を考えると新熱海しか無いの」

 「だからってこんな時にEVAのテストやる事は無いでしょ」

 「作戦名よく聞いた?」

 「何よ(悪天候時のEVAによる天候制御と運用の可能性の検証実験)……えっ!!」

 「ここには世界一の技術者、技能者、工兵部隊、その他全てがそろっているわ……」


 

 ミサトが拳を握りしめる。


 

 「そうよ……晴れぬなら晴らせて見せよう新熱海。私の辞書に不可能とあきらめという文字は無いわ」

 「辞書持っていたの」


 

 リツコが皮肉を言う。


 

 「今必要なのは辞書じゃ無く行動よ。作戦コードネームは(今日も世界は日本晴れ)。これで行くわ」

 「センスなさすぎ」


 

 ○

 ○

 ○

 ○


 

 「現在午前10時ね。図面は私の直属研究室で午後3時間までに仕上げるわ。明日の午前2時までにEVA二機の改装してちょうだい」


 

 ネルフの大ホールにリツコの配下である技術開発部門の人員が勢揃いしていた。ホールがざわついた。演壇にリツコが上がりEVAの新装備の説明をしていた。


 

 「質問いいですか」

 「いいわよ製作第二課長」

 「先程の説明の改装では明らかに時間が足りません。どう見積もっても3倍は掛かります」

 「三倍働いて」

 「そんな無茶な」

 「あなた達は11時間の間だけ三倍働けばいいだけ。レイは……明日を逃せば一生……一生太陽の下で遊べない……この改装は……レイの為……お願い」


 

 リツコが演壇に頭を擦りつけた。ホールがざわついた。リツコが他人に頭を下げるのを職員達は初めて見た。暫くざわついた。


 

 「シフト職総動員の上他部門の協力願えますか」

 「もちろんよ。ミサトの指揮する工兵部隊と人員の取り合いに成るけど」


 

 リツコが頭を上げる。


 

 「第一製作課は午前一時までに形にしてみせましょう」

 「我が第三製作課は午前二時まで」

 「判りました。第二制作課も午前二時まで」

 「ありがとう。みんな」


 

 リツコがまた頭をさげた。


 

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 「ミサトさんここ危なすぎますよぉ」

 「何言っているの。レイも頼んだわよ。一生に一度のその場面の撮影をケンスケ君に頼んだの。ここは男だったら涙を流して喜ぶべき所よ」


 

 ここは新熱海、暴風雨のまっただ中である。セカンドインパクト後は世界的に天候が不安定で一夜にして台風や気圧の谷が出来上がる。今回もそうだった。


 

 「今日の暴風雨で地形とかも変わったからロケハンのやり直しが必要なのよ。その上うちの工兵部隊は世界最強最速なんだから。ロケーションが気にくわなければ明日までにこのプライベートビーチ完全に作り変えてみせるわ。どうジオラマ作りとしてもこれ以上はないでしょう」

 「うううう……ぢくしょぅやってやるぅぅぅ」


 

 暴風雨でぶっ倒れそう揺れているネルフの作戦指揮車の中にケンスケはいた。ケンスケは3Dレーダーからのデータにより合成された3Dの新熱海ネルフプライベートビーチの画像を修正し始めた。


 

 「海水浴の為にここまでやるネルフって……何?」

 「……理由はただ一つ……愛の為よ」

 「ミサトさん……変だ」


 

 ケンスケが呆れるミサトだった。


 

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 「さあ今こそ私の秘技を見せてあげるわ」


 

 リツコは研究室の専用オペレートディスクに付くとおもむろにストッキングを脱ぎ素足に成る。研究所の所員達は見慣れた光景なのか見ている者はいない。


 

 「私が50分でブロック図と主要部分の設計図は入れるわ。あなた達細部の設計と検証環境の用意を頼む」


 

 特に返事はない。ただ部屋中に響いていたキーボードの音が余計高くなる。この研究室の所員は一身同体である。


 

 「高速入力モード切り替え」


 

 オペレートディスクのスイッチを切り替えるとツインモニターのサブ側も明るくなる。オペレートディスクはモニターが二つ並び、フルキーボードが並んでいる。足元にはコードが付いたサンダルの様な物が二つ並んでいる。リツコはそのサンダルらしき物を履いた。


 

 「秘技加速入力」


 

 リツコの両手が霞む。凄まじい速度で両手で別々の入力がはじまった。ツインモニターに別々の図面が描かれていく。両足も忙しく動いた。リツコが履いたのはサンダル型ポインティングデバイスだった。リツコは1分間にA4図面二枚という超高速で図面入力をしていった。


 

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 「作戦部長この暴風雨の中EVAを2時間で新熱海まで運べって……」

 「そうよ。軽いでしょ。第壱特殊運送部隊長さん」

 「外は雨量が一時間に60ミリ風速が秒速32メートルですよ」

 「なぁ〜〜んだ。その程度なのね。気にしない」

 「気にします!!大体危険です」


 

 ネルフ工兵部隊、第壱特殊運送部隊の任務はEVA本体の運送である。第弐はその他のEVAの関連装備の運送だ。


 

 「あれぇ〜〜いつでもどこへでもEVAを運んで見せますっていつも言っているのはどこの課長さんかなぁ〜〜」

 「限度という物があります。せめて4時間ください」


 

 ふぅ


 

 ミサトはわざとらしく溜め息をつく。


 

 「あ〜〜あ。レイちゃんに朝日の登る所を肌で感じさせてあげたいのになぁ。一生に一度だけのチャンスなのに」


 

 ミサトはがくっと首を項垂れる。


 

 「これで……いいえ。文句は言うまい。そうよね。これがネルフの実力だもの。世界を救う筈が一人の少女の願いもかなえてあげられないなんて」


 

 EVAのゲージでミサトの白々しくも心のこもった演技が始まる。


 

 「そうねこの作戦も本来はEVAの運用と関係ないものね。そんな事で部隊員を危険にさらすなんて出来ないわよね」


 

 周りに部隊員が集まって来た。


 

 「……レイちゃんこれからEVAのキャリアー装置見る度に悲しい眼差しに成るわね。あの時これが動いていてくれたらって。きっと将来我が子にも言うわね。お母さんは朝日が見れなかったのよ。あの時あのキャリアーが……」

 「判りましたよ。やりゃいいんでしょ。やりゃ。但し部隊員全員の了承取りますよ。お前ら任務拒否する奴いるかぁ」

 「運んでくれたらレイちゃんのとびきりの笑顔が見れるわよ」


 

 誰もいなかった。


 

 「……頼もしいんだかなんだか判らねえ奴らだぁぁぁこのロリコンどもが、こうなりゃ二時間で新熱海まで初号機と弐号機を運ぶぞ。ためえらの命俺に預けろ」

 「「「おう!!」」


 

 部隊員の咆哮が上がった。


 

 「皆ケガはしないでね。レイが悲しむわ。そうねぇ2時間で運んだら……この前の宴会で私にストリップやれって騒いだ隊員がいたわね。やったげるわ。20代最後の思い出にやったげるわよ」

 「「「「おおおお!!!!」」」」


 

 現場にはミサトのファンが多かった。


 

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 ○

 ○


 

 「それにしても……本当に天候制御やる気だったとは思わなかったわ」

 「そうだね」


 

 シンジとアスカはEVAにスタンバイしていた。ここは新熱海、午前四時二十三分。風は収まって来たが雨は相変わらずで雲が空を覆っていた。初号機と弐号機はまるで椅子の様な新装備に腰を掛けていた。その椅子からはEVAの両手にチューブが接続されている。


 

 「ファーストは寝てるわね。今日の日の出は五時半だし。まあこれで今日の作戦が上手くいけば一生分の恩が着せられるわ」

 「アスカって口は悪いね」

 「何よ。ふんだ。そう言えばファースト見てどう思った?」

 「どうって……」

 「いきなりああでしょ」

 「うん。びっくりしたけど……奇麗だった」

 「ふぅ〜〜ん。まっファーストは私程じゃないけど美人だからね。でもびっくりしたわ」

 「うん」

 「あっ……思い出した。アンドロメダ……」

 「アンドロメダ……って……星座の?」

 「そうよ。アンドロメダ座のアンドロメダってもともとエチオピアの王妃様なのよ。映画や絵本だと白人に成っている事が多いけど本来は黒人よね。今のファーストってそのものって感じね」

 「そうなんだ」


 

 ○

 ○

 ○

 ○


 

 「そうね。確かに」


 

 発令所はリツコが指揮している。リツコはマヤのオペレートディスクの後ろにいた。


 

 「神話のアンドロメダは父親のカシオペアが神を冒涜した為に海の岩場にくくりつけられ怪物の生贄にされたわ。彼女自身に落ち度は無いのに」

 「はい」


 

 リツコの独り言にマヤは答えた。レイは新熱海のネルフプライベートビーチの宿泊施設で待機している。


 

 「そこへ半神半人の英雄ペルセウスが天馬ペガサスに乗って現われ怪物を倒してアンドロメダを解放した。私達大人はカシオペアね。レイをネルフにくくりつけていたわ」

 「はい」

 「何話してるのよ」


 

 現場のミサトが話に割り込んで来た。


 

 「それじゃ怪物が現われちゃうでしょうが。まあいいわ私がペガサスの役、リツコは怪物を石にしてしまったメデュウサの首ね。あらぴったり」

 「どういう意味よ」

 「気にしない気にしない。さあ作戦開始の時刻よ。シンちゃん、アスカ準備はいい」

 「「はい」」

 「リツコそっちは」

 「MAGIもOK」

 「工兵部隊そっちはどう」

 「オールグリーンです」

 「判ったわ。では作戦開始」


 

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 ○


 

 宇宙から新熱海を見ている者が居たら、面白い光景が見られただろう。地上から赤い微かな光が膜状に湧き出たかと思うと徐々に雲が退けられて行く光景が見られたからだ。そう…………見ている者が居た。


 

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 「順調順調……リツコにATフィールドスィーパーの話を聞いた時はびっくりしたわ。昔からマッドサイエンティストだと思っていたけれどとうとう只のマッドに成ったと思ったもんね。まさかATフィールドを成層圏まで薄く引き伸ばして雲や気圧を制御する装置を作るとはね。よっ天才、よっ色女、よっ大年増」

 「最後のは何よ、最後のは。アンタだってちょっとしか変わらないでしょうが」

 「へ〜〜んだ私20代だもんね」

 「ちょっとは真面目にやったら」


 

 作戦開始して10分後、新熱海上空の雲が少しずつ移動を開始していた。順調な滑り出しだ。おかげでリツコとミサトのやりとりも明るかった。


 

 「どっちにしても大差無いじゃん。私の二倍はいっているんだしぃ」

 「アスカ……明日から特訓付き合って貰うわ」

 「アスカ……新発明の実験台成ってみたいでしょ」

 「いやぁ〜〜」


 

 冗談も明るかった。


 

 「それにしてもこれで囚われのお姫様も解放されるわね」

 「そうね。例え一日にしても」

 「ええ」

 「まあ怪物が現われないだけましよね」

 「そうね」


 

 その時だった。


 

 発令所と戦闘指揮車の全てのスクリーンがアラームで埋まった。


 

 「使徒が出ましたぁぁぁ」


 

 シゲルの絶叫が響く。


 

 「日本の上空約200kmです」

 「何ですってぇぇ」

 「本作戦は中断とする。第一種戦闘体制へ移行」


 

 ゲンドウの声が発令所に響いた。


 

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 「えっ作戦中断……そんな……レイはそれじゃ一生」

 「アスカ……でも仕方がないわ。使徒を殲滅するのが全てに優先されるもの」


 

 ミサトの声も元気が無かった。


 

 「そんな……」

 「嫌だ……」

 「シンちゃん……」


 

 シンジはスクリーンの画像の中で俯いていた。


 

 「何でこうなるの……何で……皆で頑張ったのに……何で……許さない……絶対に許さない」


 

 シンジが顔を上げた。スクリーンを見ていた者全てが蹴倒される様な眼光が宿っていた。


 

 「判ったわシンジ君。私がメデュウサの首に成ってあげるわ。あなたに武器をあげる」

 「リツコさん何かあるんですか」

 「ええ。こういうこともあると思ってATフィールドスイーパーには隠し機能を付けておいたわ。マヤ初号機のスィーパーの拡散係数をマイナスにして」

 「はい」


 

 マヤがコンソールを操作する。


 

 「シンジ君今初号機のATフィールドは広く薄く拡散しているの。今ATフィールドスィーパーの機能を反転させたわ。いいATフィールドを細く細く絞り込む所をイメージして」

 「判りました。細く細く…………」

 「いいわよその調子」

 「……よくも、よくも、綾波の邪魔を、みんなの思いを邪魔したな。この使徒だけは許さないぃぃぃ」


 

 ふぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん


 

 初号機が立ち上がり咆哮した。


 

 「初号機のシンクロ率が急上昇していまぁぁぁす」


 

 マヤが叫ぶ。初号機がATフィールドの赤い輝きに包まれた。


 

 「絶対に許さないぃぃぃぃぃぃぃぃぃ」


 

 シンジの絶叫が発令所に響く。


 

 「初号機のシンクロ率198%過剰シンクロで自我崩壊の寸前で制御されてます」


 

 マコトが叫ぶ。


 

 「ATフィールドスイーパーからのATフィールドが収練されていきます」


 

 マヤがリツコに報告をする。


 

 「リツコどうなっているの」

 「見て判らない」


 

 初号機は右手を高く掲げていた。その右手から上空に向かって細長いATフィールドの束が出来ていた。


 

 「まるで……」


 

 ミサトは呟いた。


 

 「剣みたいね」


 

 そう……初号機は長さ300kmの剣を持った。


 

 「使徒なんて……使徒なんて……使徒なんてぇぇぇ」


 

 シンジの声が響く。


 

 「嫌いだぁぁぁ」


 

 初号機は右手を振り降ろした。正確には5度動かしただけだ。だが200km上空では17kmの距離となる。


 

 ぼん


 

 初号機の右手が小爆発を起した。


 

 「うぎゃぁ」


 

 シンジの悲鳴が響き、そして止まった。


 

 「初号機シンクロ率0%、パイロット気絶しています」

 「ATフィールドジェネレーター焼き切れています」


 

 オペレーター達から報告が入る。


 

 「使徒…………消滅……です」


 

 マヤが唖然としながらオペレートするとスクリーンに衛星からの映像が映った。


 

 「30秒前から出します」


 

 スクリーンにはクラゲの様な使徒が軌道上に浮かんでいる所が映った。いきなり地球から赤い光が伸びる。その光の棒は使徒に近づいて来たかと思うと瞬時に使徒を両断した。正確には両断した後蒸発させた。そう見えた。


 

 「エクスカリバーね、まるで……あっいけないシンちゃん」

 「右手が痛い」


 

 気が付いた様だ。


 

 「アンタ化け物……シンジ、使徒一撃で殲滅しちゃったわよ……」

 「えっそうなの……」

 「そうなのって……まあいいわ。ミサト、天候制御続けていいのよね」

 「許可する。作戦部長及び技術開発部長は1時間以内に今の戦闘についてレポートを提出。戦闘体制を解除する」


 

 ゲンドウはそれだけいうと残りを冬月に任せ司令室へと向かった。


 

 「じゃミサト続けるわよ」

 「いいわよ」

 「シンジはEVAから早く降りなさいよ」

 「えっ」

 「ATフィールドジェネレーター壊れたらATフィールドスイーパーも動かないでしょうが。私は天才アスカ様よ。それに弐号機はプロトタイプとは違って優秀なの。このくらいの任務は一人で出来るわよ。大体においてアンドロメダの神話の続き知っている?」

 「知らない」

 「メデューサの首とペガサスの力を借りて怪獣を倒したペルセウスはアンドロメダを救い出したの。早くレイを起しにいったら。このうすらトンカチ」


 

 ○

 ○

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 ○


 

 「じゃああの写真がその時の海水浴の記念写真なのね」

 「そうよ」


 

 今いる居間の本棚の上には写真立てがあった。レイとシンジを中心に2−A組の皆が映っている。プライベートビーチで撮った写真だった。隣にはレイとシンジだけの写真もあった。


 

 「叔母さんの肌の色って凄くロマンチックな理由だったのね……あれ?でも肌の色は抜くんじゃなかったの?」

 「ところがこの色素、実験では拒絶反応が出たけど体内に入れたら出なかったの。その上定着してしまったし」

 「それで今はお外に出れるのね」

 「そうよ。そのうえ体も丈夫に成ってしまったし。これは偶然だけど」

 「へぇ〜〜そうなんだ」


 

 今はミチルがマイを抱いていた。


 

 「じゃあレイ叔母さんの三つ子のお姉さんのケイ叔母さんやレミ叔母さんの肌が黒いのも同じなのね」

 「そうよ。私は親戚に顔と体つきが似ている人が多いからよく間違えられるの」


 

 ガフの部屋はからっぽでは無かったらしい。


 

 「ねえレイ叔母さん、アンドロメダの神話って最後どうなったの?」

 「あら見て判らないかしら」


 

 レイは娘を受け取り抱いてあやす。


 

 「昔話のお話の最後はね」

 「最後は?」

 「必ず……お姫様と王子様は仲良く暮らしました……なのよ」


 

 そしてレイは二人に優しく微笑んだ。


 


 


 


 

 

 おわり

 

 

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