「お母さん、今日も星が奇麗だね」

 「そうね」


 

 夜、母と娘はベランダから空を見ていた。奇麗な夜空だ。風があまり無く星が瞬いていない。


 

 「え〜〜とあの明るい星がシリウスだよね」

 「そうよ」

 「あれがオリオン座だよね」

 「ええ、そうよ」


 

 八つになる娘は先程から母親の膝の上に座っていた。空の星を指してはその星について話していた。


 

 「でもオリオンさんって可哀想。サソリ座のさそりさんに刺されて死んじゃったのよね」

 「そうね。オリオン座には他にもこんな言い伝えも有るのよ」


 

 

 

 

 


星の娘その3
 
オリオン
written by トモヨ

 

 


 


 


 

 「昔々ある所にオリオンという狩りがとても上手で優しい青年が住んでいたの」

 「どのくらい昔なの」

 「さあ。お母さんも判らないわ。多分ずっと昔神様と人間が一緒に世界にいた頃ね」

 「ふう〜〜ん」

 「ある時森の中で狩人の姿をした美しい乙女が足に怪我をしていたの。そこに大きな熊が襲いかかって乙女を食べようとしていたのよ」

 「それで」


 

 娘はせっつく。母は微笑む。


 

 「オリオンは咄嗟に持っていた弓を引き絞って熊の目に矢を何本も放ったわ。それらは全て命中して熊は逃げていったの」

 「凄いのねオリオンさん」

 「ええ凄かったわよ」


 

 ○

 ○

 ○

 ○


 

 少女のプラグスーツの露出部分は血で染まった包帯で覆われていた。少女は少年の腕の中で力無く呻いていた。少年の腕も血で染まった。


 

 「逃げちゃ駄目だ逃げちゃ駄目だ逃げちゃ駄目だ逃げちゃ駄目だ」


 

 少年は呟く。


 

 「やります。僕が乗ります」


 

 ○

 ○

 ○

 ○


 

 「乙女の名はアルテミス、月と狩りの女神だったの。二人は恋に落ちたわ」


 

 ○

 ○

 ○

 ○


 

 「最近ファーストも奇麗に成ったわよね。ヤマンバみたいな化粧して学校に来た時とは大違い」

 「そやなぁオナゴは恋をすると奇麗に成るっちゅうのはほんまやな」

 「そうねスズハラ」

 「じゃあ洞木も美人に成っている訳だ」

 「なっ……」


 

 ケンスケの言葉にヒカリが真っ赤になる。放課後レイとシンジは並んで静かに帰宅する。その後ろをトウジとケンスケ、ヒカリとアスカは騒がしく歩いて行く。


 

 「さよかぁイインチョもとうとう恋っちゅうもんに目覚めたかぁ。相手だれやぁ」


 

 はぁ〜〜


 

 ヒカリとアスカとケンスケが同時に溜め息を付いた。


 

 「どうしたんや三人とも。それにしても何やな。センセと一緒に住んでいて何もされんかった惣流はよほど家ではなんなんやろな」

 「何言っているのジャージは。シンジじゃ私に釣り合う訳ないじゃないの。大体私は別に恋愛が全てとは思ってないわ」

 「そうかぁ?それにしては羨ましげに碇達を見ている時があるぞ」

 「誤解よ。失礼ね」


 

 アスカは口をへの字に曲げる。


 

 「それよりケンスケ付き合うてる社長令嬢とはどないなってるんや」

 「この前家に遊びに行ったんだ。凄い豪邸でさ。結構歓迎されたよ。彼女のお母さんなんて(うちの娘がやっと男の子に感心を持ってくれた)って感激されちゃって。逆に気持ち悪いぐらいのもてなしされたんだ」

 「ますます逆玉一直線やな」

 「そうね。ケンスケには一生に一度のチャンスだから気張らないとね」

 「アスカそういう言い方は悪いわよ」

 「まあいいや。事実そうだし」


 

 ケンスケが頭を掻く。


 

 「そう言えば彼女同じ歳の女の従兄弟がいるんだけど、その子にはお兄さんがいるんだ。大学生ですらっと背が高いハンサムなんだな。こうカメラマン魂が疼く様なね。だれか似合いの女の子隣に置いて撮影したいんだよね」

 「ふぅ〜〜ん」


 

 アスカが言う。


 

 「よし。この山賊一の美少女アスカ様がモデルになって上げるわ。感謝しなさい」

 「アスカ三国一の美少女でしょ」

 「そっそうとも言うわね」


 

 ヒカリが冷静に突っ込む。


 

 「それは嬉しいな。惣流は写真写りはいいからね」

 「なんか引っかかる言い方ね」

 「まあ、気にしない気にしない。彼女にまた家に招待されているから皆で行かない。歓迎してくれるよ」

 「まあしょうが無いわね。ヒカリ行こう。ジャージあんたも付いてくるのよ」

 「なんやらお嬢様の家行くのは堅苦しそうやな」

 「大丈夫よ。礼儀作法はヒカリが手取り足取り教えてくれるから」

 「そうだね」

 「えっええ」


 

 ヒカリがまた赤くなる。


 

 「ファースト、シンジ」

 「何」

 「なんだい」


 

 シンジとレイが振り返る。


 

 「ケンスケの彼女の家に招待されているの。あなた達も行くでしょ」

 「うん」


 

 コクリ


 

 「決まりね」


 

 その後もケンスケの彼女の話で盛り上がりつつ皆帰宅して行った。


 

 ○

 ○

 ○

 ○


 

 「オリオンとアルテミスはやがて結婚する事にしたのよ。でも神と人間の結婚は許されない事だったの。その様な事をすれば不幸が起きるのね。そこで神々の王ゼウスは占いを生業とする老婆を通して二人に警告したの」

 「そうなの。オリオンさん達可哀想」

 「そうね」


 

 ○

 ○

 ○

 ○


 

 「博士何故?」


 

 リツコの研究室に呼ばれたレイは、リツコの言葉に思わず言った。


 

 「私の事嫌いだから?」

 「違うわよ」


 

 リツコは答える。2021年の春の事だった。


 

 「学生結婚だから?」

 「いいえ違うわ。レイあなたは自分が何者かは知っているわね」

 「はい」


 

 レイはじっとリツコの目を見ながら言う。


 

 「では私が碇君の……お母さんと……同じ遺伝子を……」


 

 レイの声が少しずつ小さくなる。俯く。


 

 「それも違う。今の遺伝子治療の技術は重複した劣勢遺伝子による疾病を防止出来るレベルまでいっているわ。特にここの技術なら」


 

 ネルフは今は研究機関に成っていた。


 

 「道義的な問題も関係ないわ。あなたとユイさんは別人なんだから」

 「なら、何故?」

 「あなたのもう一つの遺伝子……そう使徒の……それよ」

 「……」

 「将来その遺伝子がどう発現するか。あなたが如何変わって行くか……予想が付かないの」

 「そう」


 

 レイは項垂れる。


 

 「……結婚に反対じゃないのよ……だけど覚悟はしておいて……結婚して……愛し合って……セックスして……子供を産んで……それらが全てあなた達はどうなるか判らない。その事よ」

 「でも……私のせいじゃない」

 「……そうね……ごめんなさいね」


 

 リツコも黙った。


 

 ○

 ○

 ○

 ○


 

 「二人は結婚したわ。でもそれほど喜びは長くはなかったの。神々の呪いを受けたオリオンは重い病気にかかってしまったわ」

 「ねえ何で神様達が呪うの」

 「神様ってそういうものよ」

 「そうなの」


 

 娘は不思議そうに母に尋ねる。


 

 「ええ。人工的な宗教に侵される前の神様達は、人の様に恨んだり怒ったり恋したり泣いたりしたのよ」

 「ふう〜〜ん」


 

 まだ不思議そうだ。


 

 「それに呪いでは無かったかもしれない。元々神々と人が結婚するのは無理だったのかもしれない」

 「そうなの」

 「そうよ」


 

 ○

 ○

 ○

 ○


 

 「義母さん。あの人の容体は……」

 「あはあぷ」


 

 レイは2歳になったマイを胸に抱いてリツコに尋ねる。


 

 「……」

 「ねえ義母さん」

 「……落ち着いて聞いてね。はっきりと言うわ。シンジ君は……あなたの夫はガンが全身に転移しているわ。あれだけ転移するともうどうしようもない。あと持って二ケ月よ」

 「そんな……」


 

 レイはふらっとなるが腕の中のマイの重さを感じて気を取り直す。


 

 「なんとか……ここの医療技術なら」

 「……確かに普通のガンの全身転移なら……ここの医療技術なら……可能だわ……普通のガンなら」

 「……普通じゃないの……」

 「ええ」


 

 リツコは黙った。レイもだ。俯く。急にレイが顔を上げリツコを見詰める。


 

 「もしかして……私に関係があるの」

 「……」


 

 リツコは目を逸らす。


 

 「義母さん教えて……」

 「……シンジ君のがん細胞は……がん細胞の遺伝子は……使徒のそれそのものよ……」

 「使徒の……」


 

 レイの瞳が大きく見開かれる。


 

 「接触感染なの……私と……」

 「多分違うわ……ならシンジ君の性器や皮膚がもっと侵されている筈だから」

 「なら何故?」


 

 リツコはレイに視線を戻す。


 

 「はっきりとは判らないけど多分こう……ATフィールドは人の心を人の形を決める力だわ。あなたは普段は完全に押えきっている。だからそのATフィールドが他人に害を及ぼす事はないのよ」

 「……」

 「でも心が解放される時、そうあなたとシンジ君が愛し合い一番いとおしく思っている時、多分セックスの時、あなたのATフィールドの一部は解放される。これは人間どおしもある事だわ。でも……」

 「……私は使徒……だから」

 「……そう。あなたの大きなATフィールドはシンジ君の体に影響を与えるわ。それもあなたがシンジ君を愛すれば愛するほど。なんども体を合わせれば合わせるほど」

 「そう」

 「あなたのATフィールドはシンジ君のそれを歪めてしまいそして体の生理機能やがては遺伝子までも変えてしまい……それがガンと成って現われたのよ……私はそう考えているわ」

 「そうなの」


 

 レイは幼いマイを思わず抱きしめた。


 

 ○

 ○

 ○

 ○


 

 「そしてオリオンは死んでしまったの。でも神々へもアルテミスへも恨み言の一つも言わなかったそうよ」

 「そうなの」


 

 ○

 ○

 ○

 ○


 

 「綾波泣かないで」


 

 結婚して子供が出来てもシンジはレイの事をそう呼んでいた。シンジはベッドで微笑む。


 

 「碇君」


 

 レイもだ。


 

 「僕幸せだったから……」

 「私と……私と結婚したから……こんなに苦しんで……」

 「ううん……綾波と結婚したから幸せだった」


 

 レイは自らシンジへ病状を説明していた。その病因もだ。


 

 「でも……」

 「お願い……もうその事は言わないで」


 

 コクリ


 

 レイは頷く。


 

 「あぷぅ」


 

 マイは何も判らずレイの腕の中で笑っている。


 

 「マイを頼むよ」


 

 コクリ


 

 レイは頷いた。そして10日後シンジは帰らぬ人となった。


 

 ○

 ○

 ○

 ○


 

 「アルテミスは嘆き悲しんだわ。そしてアルテミスをかわいそうに思った神々はオリオンを空のお星様にしてあげたの。そうすれば月の女神であるアルテミスと夜空で会えるからよ」

 「そうなの」

 「ええ」


 

 二人はまた空を見上げる。


 

 「アルテミスとオリオンに子供は出来たの?」

 「神話は何も言ってはいないのよ。ただオリオン座にはオリオン大星雲と言う生まれたばかりの星がいっぱい集まった星雲があるわ。もしかしたら二人の子供かもしれないわね」

 「ふぅ〜〜ん」


 

 娘はオリオン座をじっと見詰めた。暫くそうしていた。

 突然母は娘を強く抱きしめた。


 

 「どうしたのお母さん」

 「ごめん……ゴメンね……私がお父さんを……」


 

 娘は母親が泣いているのが判った。


 

 「ううん。違うと思う……お母さんのせいじゃない。それにきっとお父さん幸せだったと思う。だから私が生まれたと思う」


 

 母は既に娘に自分達の運命を話していた。


 

 「でも……私の体質は……あなたにまで受け継がれて……」

 「大丈夫……きっと……ケンイチ君そう言っていた……私をお嫁さんに貰っても絶対長生きするって」

 「……ケンイチ君って……相田さんちの……」

 「うん……私をお嫁さんにして一緒にお屋敷に住もうねって……」


 

 ケンスケは資産家の令嬢の家に婿入りしていた。長男がいる。


 

 「そうなの……」

 「うん」

 「……そうね……もしかしたら……いいえきっと方法が見つかるわね……私達が人と……仲良く長生きする方法が」

 「うんそうだよ。だってお母さんいつも言っているじゃない……昔話の終りはいつもお姫様と王子様は末長く仲良く暮らしました……だって」

 「そうね」


 

 そして母は涙が溜まっている瞳を軽く拭いオリオン座を見上げた。娘も見上げた。


 

 星が奇麗な夜だった。


 


 


 

 

 

 おわり


 


 


 


 

 星の娘三部作は「アストロパーク天究館」WEBPAGEを参考にさせていただきました。

 http://www.dynic.co.jp/astro/index/home_index.html

 

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