第三新東京市にも一般の企業はある。その日そのビルの一階の受付嬢の一人は欠伸をかみ殺していた。結構な歳に見える。嬢と言うのは無理があるかも知れない。隣に座っている相棒はまだ社会人成り立てなのだろう。真剣に入り口の方を見ている。もっともその努力はあまり報われていない。雨が降り続いている為もあるのか、全然だれも訪ねてこない。


 「あっ」

 「ん……ああ、あの子ね」


 若い方の一人が声を上げたので、もう一人がそちらを見ると、雨の中黒い大きな傘を持った一人の少女が入り口の前を通り過ぎた。その少女は驚きの声を上げられるだけはある容姿をしていた。黒いワンピースがほっそりとした体を包んでいる。ただ、横から見ると結構胸が豊かだ。肌は白い。白すぎる。白人と言うより色素が全くない様だ。その証拠に眉や髪の毛も色も殆ど色素がない。体毛に残る微かな色素は黒と言うより、灰色に見える。光の具合か青空でも映し込んでいるのか、水色にも見える。

 丸顔と言うより頭全体が丸い感じだ。もっとも髪型がヘルメットのように丸く整髪されているから、そう見えるのかも知れない。おちょぼ口は余り赤みがない。小さめだがつんとした鼻は形がいい。フレームレスの眼鏡越しにみえる瞳もぱっちりとして可愛らしい。ただ瞳の色は赤い。色素が無いため血の色が見えているのだろう。


 「あの子はネルフのチルドレンで綾波レイっていう子」

 「へぇ〜〜あんな子があのロボット操縦しているの」

 「ええ。公然の秘密だけどあまりいわない方がいいわよ」


 先輩らしき受付嬢は首の辺りを押さえる。


 「あの子にちょっかいを出したり、変な噂をしただけでネルフに捕まって生体実験される……そういう噂があるの」

 「へぇぇ……」


 言葉が止まった。二人が見ていた少女が二人の方に向いた。特に二人を見たわけでは無いのかも知れないが、あの少女ならガラス戸の向こうから会話を聞くことが出来そうな気がした。

 気だけだったらしい。少女はガラス戸を見て前髪の癖を直した。気になっていたらしい。振り向くと、横断歩道を渡っていった。


 「綺麗って言うか……なんか化けて出そう」

 「雪女とか」

 「うん」


 そんな会話を聞いているわけでもなく、レイは家路を急いでいた。



 最近は保安のため皆と一緒に帰ることが多いレイだが、時には気まぐれも起こす。雨が降っていたからかもしれない。雨が降れば傘がさせる。お揃いのつもりで買った傘なのに相手が消えてしまった。そのせいで雨が降るとよく一人で帰る。


 傘の下から街を見ると街は違って見える。高いところが見えないせいか人の顔がよく見える。地面が見える。


 レイは静かに歩いて行く。レイが雨の中を歩いて行くと、他の通行人が立ち止まる時がある。雨にけぶる街に、黒い色を持たぬレイが黒い傘を持って歩く。傘だけが歩いて行くように、レイの顔は雨に隠れる。


 マンションへの帰り道に以前カラスと出会った公園がある。理由は無いが立ち寄る事にした。中に入って行く。ベンチに向かう。近くに寄ってから気が付いた。ベンチの下に何かいる。すぐ側まで行って屈むと、震えている塊が見えた。


 「子犬」


 雨に濡れてぐったりしているその子犬を撫でる。体が痩せているが顔は丸い。体温が随分下がっている。暫く触っていたが、鞄からタオルを出した。子犬を拭う。寒そうにしているので、自分のセーラー服の胸の中に入れる。


 レイは立ち上がると家路を急いだ。



 「お帰りなさい」

 「ただいま」

 「シンジ君達は?」

 「別」


 マンションに着くと初老の女性が迎えた。ミサトがネルフの総務を通して雇い入れた家政婦だ。元々はネルフの付属病院で婦長をやっていたが、定年退職となった為仕事を探していたのを雇い入れた。健康に不安が有るレイもいるので都合がいい。今はこのマンションの隣りにネルフが部屋を借りている。


 「あら」


 レイが胸元に入れた子犬に目が行った。


 「震えてた。ミチコさん診て」


 レイが胸の間から出した子犬を手に取る。子犬はぐったりしている。


 「この子は犬じゃないわね」

 「じゃ何?」

 「タヌキよ」





たぬき

前編

written by トモヨ





 「ただいまぁ〜〜」

 「ただいま」

 「おかえり」


 いつも元気なアスカがシンジを引き連れてマンションに帰って来ると、いつもと違いレイが出て来た。アスカはたたきできょろきょろする。


 「ミチコさんは」

 「治療している」

 「ミサトでもこけたの」


 仕事の時はともかく、普段は抜けているミサトはよくこける。で、ミチコにいつも手当をして貰っている。もっともアスカもよくこけるが。


 「タヌキ」

 「はぁ〜〜」


 アスカがけげんそうに口を半開きにした。相変わらず訳の分からない奴だとでも思っているのだろう。


 「……似てる」

 「だから何が。ファースト、単語だけで話す癖止めなさいよ」

 「アスカはタヌキに似ている」

 「なっなんですってぇ〜〜」


 タヌキと言うより赤鬼になった。目尻がつり上がり、肩を怒らせている。


 「ファーストの方が丸顔でしょうが」

 「まあまあ二人とも。とにかく上がろうよ」


 いつもの様にシンジが宥める。今度はシンジに怒りの視線が行くが、さすがに慣れているのか受け流してさっさと家に上がる。たたきでふくれていてもしょうがないのでアスカも上がった。ダイニングキッチンの方に行く。テーブルの上に底が低い洗面器が置いてあり、何枚もタオルが敷いてある。その上に子タヌキが寝かせてありまたその上にタオルが被せてある。先程からミチコがスポイトで、お湯で薄めて暖めた牛乳を与えている。怪我をしていた訳でもなく、ただ空腹と雨で参っていただけらしい子タヌキは牛乳を啜っている。


 「ただいま、ミチコさんどうしたのこの子」

 「レイちゃんが拾ってきたのよ。公園のベンチの下で震えていたらしいわ」

 「ふ〜〜ん」


 アスカは顔を近づける。一応目も開いて自分でも動けるぐらいには育っている子タヌキだ。美味しそうに牛乳を啜っている。


 「今日は三人ともシンクロテストでご飯は食べられないでしょ。指定の液体飲料が冷蔵庫にありますから」

 「はぁ〜〜い。それにしても……結構可愛いわね」


 アスカはさっきからじっと子タヌキを見ている。


 「健康だけどお腹が空きすぎていて雨で倒れたみたいよ。この辺は山が多いから親からはぐれて第三新東京市に紛れ込んでしまったのでしょうね」

 「へ〜〜。タヌキか」

 「そう……アスカに似てる」


 レイがまた言ったので一瞬怖い視線を向けたがすぐにタヌキに視線を戻す。


 「あげてみる」

 「うん」


 アスカは牛乳の小皿とスポイトをミチコから受け取ると、タヌキに牛乳を与え始めた。


 「ふぅ〜〜ん」


 どうやら気に入ったらしい。


 「確かに似てるかも」

 「シンジぃ」

 「はいはい。綾波支度しよう」

 「そうね、碇君」


 シンジとレイはさっさと自室に戻っていった。アスカは飽きずに牛乳をあげ続けた。



 「へぇ〜〜タヌキ」


 シンクロテストが終わり作戦立案室でシンジ達はくつろいでいた。ミサトはまだ家に帰っていないのでタヌキの事は知らなかった。

 珍しくのんびりと他人の部屋でくつろいでいるリツコがアスカをじっと見る。ミサトがその様子を見てにやつく。


 「確かに似てるわね」

 「ミサトぉぉ」

 「何を怒っているのよ」

 「私のどこがタヌキなのよ」

 「顔」

 「何ですってぇぇ」


 お互い相手の方が狸に似ているといい合っている。二人のやりとりを、リツコは面白そうに見ながらコーヒーを啜る。リツコとしては姉妹喧嘩にしか見えない。両方似ているが正解だ。やはり側で日本茶を啜りながら二人を見ているレイとシンジの方を向く。


 「レイ、どこで拾ったの?」

 「公園。カラスと出会ったところです」

 「状態は?」

 「雨で疲労が溜まり衰弱していました」


 リツコは携帯端末から地図を呼び出す。暫くその付近の調べ物をする。


 「第三新東京市は山に囲まれているから、多分生まれてそれ程経っていない子タヌキが迷って出て来て帰れなくなったのね。一応野生動物だから検査するわよ。連れて来なさい」


 言われてレイはリツコをじっと見る。


 「大丈夫よ。切り刻んだりはしないわ。変な病気を持っていないか血液検査するだけよ」


 今日は機嫌がいいのか、リツコも皮肉は言わぬようだ。レイは頷いた。アスカとの口喧嘩に飽きたのかミサトがレイの方を向く。


 「それにしてもレイは拾い癖が付いたわね。カラスの次は子猫、スズメ、その次がタヌキ。それも全部野良」

 「そうそう、あの子猫マヤが可愛がってるわ。あの斑がたまらなくいいそうよ」


 皆何となく光景が目に浮かんだ。首に首輪の代わりにリボンを巻かれた子猫を頬刷りしているマヤの姿だ。多分夜寝る時も一緒だろう。


 「スズメはどっかいっちゃったし」


 やはり怪我をしていたスズメを拾ってきたレイは、リツコに聞いて育てていたが、治った途端スズメはどこかに行ってしまった。


 「そうそう、レイちょっと話があるわ。後で私の部屋に来て」

 「はい」



 「レイ、どういうつもり」

 「何がですか?」


 リツコの私室は素っ気ない。端末が乗っている机と仮眠用のベッドぐらいだ。リツコが机の椅子に座っているので、レイはベッドの端に座っている。


 「野生動物は止めなさいと言ったでしょ。感染症にかかったらどうするつもり。自分の事忘れたのかしら」


 リツコはレイの顔を見下ろした。鋭い視線は、相手がシンジなら確実に震えて話せなくなるほどだ。


 「レトロウィルスがどんなDNAの断片をあなたに植え込むか判らないわ。そのDNAとレイ、あなたの人外のDNAが混ざり合ったらどう遺伝子が発現するか判らないわよ。私はあなたを外に出すのも反対なのよ。あなたに人形になれとまでは言わないわ。ただその姿でいたいのなら、余計なことはしない事ね。あなたが使徒もどきになったら、始末するのはアスカとシンジ君よ」

 「そう」

 「ペットが欲しいなら、あなたと同じ様な身の上の動物をいくらでも用意するわ。判ったかしら。ともかくそのタヌキを明日連れてきなさい。検査をして問題なければ飼ってもいいわ」

 「はい」


 レイは立ち上がると出口に向かう。リツコはもう興味がないのか机の端末の方に振り返ると、冷めたカップのコーヒーを口に一含みしてから、端末を叩き始めた。


 「博士」

 「何?」

 「私の事嫌いですか?」


 リツコの手の動きが止まる。椅子を回してレイをまじまじと見た。


 「あなたがそんな事聞くなんて珍しいわね」

 「そう」


 暫くリツコはレイを眺めていた。


 「同類嫌悪かしら。どちらも司令の道具、ただあなたは私と違い好かれているわ」

 「司令が好きなのは私じゃない」

 「それは困るわ。憎む相手がいなくなる」

 「そう」


 無表情なままのレイにリツコは珍しく溜息を付いた。


 「冗談よ。少し羨ましい程度よ。私に逆らったら、誰にも判らなくなるように八つ裂きにして上げるけど、そうでない限り可愛がってあげる」

 「判りました」


 レイは部屋を出ていった。リツコは机に向かうとまた溜息を付き仕事を再開した。



 レイ達が家に帰るとミチコはタヌキの世話をしていた。何でも赤ん坊は可愛い。


 「どう?」

 「元気よ。明日にはもう動けるわね。今は寝ているわ」


 子タヌキは洗面器のベッドの中でタオルにくるまれて寝ている。時々耳が動いている。


 「可愛いわね」


 アスカがテーブルに顔を近づけてじっと見る。


 「やっぱり似てる」


 レイが呟くと、アスカは横目で一瞬睨んだがすぐ視線を戻す。


 「まあこの子ならいいかな」


 アスカはテーブルに頬杖を突いて子タヌキをじっと見ている。ぴくぴく動く耳を突っつこうとしたが止める。普段の気合いが入りまくったアスカとは違い優しい13歳の素の表情が出ている。優しい視線で子タヌキを見ている。その表情を見て思わずシンジの心臓が高鳴ったくらいに優しい表情をしている。


 「ねえアスカ」

 「何よ」


 シンジへの返答は相変わらずぶっきらぼうな口調だ。もっともシンジもそれでなんだか安心もしたのだが。


 「この子どうしようか」

 「どうって……」


 アスカも考えていなかったらしい、シンジに言われて振り向いた。考えがはっきり出る方なので、表情がころころ変わる。


 「飼う……放し飼い。出て行きたかったら出ていってもいい」


 横から声がした。レイだ。子タヌキをじっと見ている。アスカは振り向いた。


 「ファーストにしちゃいい案ね。ミサトいい?」

 「いいわよ。じゃ明日リツコのところに私が連れて行くから」


 ミサトはそう言うと大あくびをした。このところ夜遅くまで仕事が続いている。


 「ミチコさん、私1時間ほど仮眠しますから。夜食お願いします」

 「はい、お休みなさい」

 「はぁい。お休みなさい」


 ミサトは目を擦り擦り自室に向かった。


 「じゃ夕食作りますからね」

 「「「はぁい」」」



 五日後の夕方の事だ。シンジ達はシンクロテストも終わり、リツコの私室にいた。結果なども聞き終わり、今はもう寛いでいる。


 「ところであのタヌキの名前は何にしたの?」


 リツコはコーヒーを啜りながら聞く。子タヌキは先日リツコの元で検査を受けたが、特に問題は無かったようだ。お腹が減っていただけだったらしく、今では全く元気になりよくアスカにじゃれついて遊んでいる。今頃はミチコが世話をしているだろう。


 「まだ決まっていないの、タヌキの名前ってあうのがなかなか無くって」

 「アスミ……アスリン……スカちゃん」

 「ファーストしつこいわ」


 この前から妙にレイがこだわっているらしい。


 「まっ、家族会議でもして決めるのね」


 リツコはコーヒーカップを机に置く。


 「さあ、そろそろEVAの技術講習の時間よ、ブリーフィングルームに行ったら。ねえアスリン」


 リツコがわざとらしくアスカの方を向いて言う。


 「リツコ……最近ミサト化してるわよ」

 「あら、怒ると益々タヌキ顔ね」

 「何よ古タヌキ」

 「はいはい」


 実際むくれたせいでタヌキ顔になりつつアスカは立ち上がった。シンジとレイもだ。


 「レイ、ちょっとこの前の健康診断の結果が出たから残って」

 「はい」


 レイはシンジとアスカの方を向く。


 「二人とも先行っていて」

 「うん、綾波」

 「ファースト気をつけなさいよ。このマッドに改造されないようにね。行くわよシンジ」

 「うん」


 アスカに引きずられるようにシンジは部屋を出て行った。


 「座ったら」


 言われた通りレイはソファーに腰を降ろした。リツコが冷たく見下ろした。珍しいと言うべきかレイが居心地悪そうにしている。


 「最近のあなたの心理データーにはぶれが多いわね」


 リツコは机の上の端末に目を移した。


 「なぜそこまであのタヌキにこだわるのかしら?」


 暫くレイは黙っていた。


 「絆……の様な気がする」

 「何との?誰とのと言った方がいいかしら」


 振り向きもせずにリツコがした質問への回答は沈黙だった。


 「まあいいわ。自分の事をよく考えるのね。シンジ君もアスカも、もしかしたらこの世界から抜け出せるかもしれない。もっとも抜け出す世界が残っていたとしてだけど」


 リツコは立ち上がる。レイの横に行く。見下ろす。


 「あなたは無理。永遠に虜。この世界の。あなたに悲しいという感情がどこまであるかは知らないけど、そんな目にあいたくない、あわせたくないなら、絆なんて作らない方がいいわ。道具でいた方がいいわよ」

 「そう」


 レイは立ち上がった。


 「用はそれだけ?」

 「そうよ」

 「では講習に行きます」


 レイは部屋を出て行った。


 リツコは溜め息を付くと、ディスクに戻り仕事を再開した。



 「あ〜〜終わった」


 アスカが伸びをする。


 「やっと終わった」


 シンジは疲れている。


 「僕苦手なんだ」


 ブリーフィングルームでの講習は1時間ほどで終わった。もともと理工系のアスカはいいのだが、シンジはいつも何がなんだか判らないうちに講習が終わる。レイは無表情なのでよく判らない。


 「判らないところはアスカちゃんに聞いてね」

 「はいマヤさん」


 講師役のマヤは手元の資料をとんとんと叩き奇麗にまとめる。まだ紙の資料を愛用する者もいる。


 「ねえ、そう言えばあのタヌキの名前は決まったの?先輩がアスリンに決まったって言っていたけど」

 「デマよデマ」

 「そうなの。やっぱりポンタとか」

 「なんかありふれてる〜〜」

 「そうかしら。まっいいわ。名前決まったら教えてね」


 マヤは資料を胸に抱き部屋を出て行った。


 「う〜〜ん、それにしてもどうしようか」


 アスカは立ち上がると腕を組み考える。


 「アスリン」

 「っとファーストはしつこいわね」


 レイに恐い視線を投げかけてから、部屋を出ようとアスカは戸を開いた。


 「うぁ」


 小さな影が床を走ってアスカの足をよじ登り肩の辺りまで来た。


 「あっアンタ」


 アスカはそれを掴むとしみじみと見た。子タヌキだ。


 「どうやって……入れない筈なのに」


 子タヌキは知ってか知らずか、くんくんと鼻を鳴らしている。アスカは暫く子タヌキを見ていた。


 「レイ、この子アスリンでいいわ」

 「そう、なぜ?」

 「何となくよ。シンジもいいわね」

 「いいけど」


 アスカはシンジの方を振り向いた。


 「反対?」

 「じゃないけど、綾波の事レイって呼んだの始めて聞いた気がしたから」


 言われて気が付いたらしい。アスカ自身も数回瞬きをした。


 「そう言えばそうね」


 アスカはアスリンの頭を撫でる。アスカはレイの方を向いた。


 レイが微かに笑いを浮かべていた。何となく恥ずかしくなってアスカは顔を赤くした。


 「アスリンの入って来たルートを調べないと。保安上問題だわ」


 照れ隠しか妙に勢い良く部屋を出て行った。



 「アスリンって言う名前に成ったの。アスカに慣れてるのね」

 「まあね」


 翌日アスリンを洞木家に連れて行ったところ皆に大人気だった。可愛いのでヒカリが近所のクラスメートを呼んだ為だ。アスリンはアスカを親とでも思っているらしく、人間を怖がらない。首に巻いた首輪代わりの赤いリボンも気に入っているのかむずがらない。クラスメート達はアスリンを撫でたり、持ち上げてみたり、尻尾を引っ張ったりしている。


 「ねえ、アスリンって名前は碇君が付けたの」


 アスカとアスリンのおまけというわけではないがシンジとレイも一緒に来ている。もっともレイはヒカリの部屋でぼけっと見ているだけだが。シンジが居心地悪そうにしているのは、周りが女の子だらけだからかもしれない。普段も家は女だらけだが、アスカ達は家族なのだろう。ケンスケとトウジも誘ったのだが、ケンスケは何か撮影しに行くらしく暇がないし、トウジはおなごの家に行けるかと断られた。


 「僕じゃないよ」

 「えっ違うの」


 クラスメートの一人がシンジの方に振り向く。


 「だってラブラブのアスカの名前の一部を付けてあげたんでしょ」

 「何言ってるのよ」


 アスカが顔を真っ赤にして怒り出す。まるで赤鬼だ。


 「なんでこのアスカ様の相手が、こんなへたれ男なのよ。私とシンジじゃ月とすいとんよ。私は餓鬼には興味ないわ」

 「加持さんはミサトさんが好きだし、大体月とスッポンだよ」

 「うるさいわね、シンジのくせに生意気よ」

 「まあまあ、夫婦喧嘩は犬も……」

 「「夫婦じゃない」」


 夫婦と言っても問題がない息の合い方で二人は答えた。実際夫婦喧嘩をされても困るのでヒカリが止めに入った。


 「じゃ誰が名前付けたの、碇君?」


 アスリンの尻尾をいじっていたクラスメートの一人が思いだしたように聞いた。


 「綾波」

 「えっ」


 クラスメートはびっくりしてレイの方を向いた。いつもの能面が迎えた。


 「そうよ、なんかレイがしつこいぐらいに主張するから、まっ珍しいしそうしたの」

 「へぇ〜〜」


 クラスメートはしみじみと見てしまった。


 「何?」


 無表情なままレイに聞かれてクラスメートは困ってしまったようだ。


 「えっと、綾波さんってそういう事興味ないかと思って」

 「そう?」


 相変わらず無表情のままレイが聞くので、クラスメートは口ごもった。


 「レイは動物好きよ。今までも子猫とスズメを拾ってきたし。カラスに餌やってたし」

 「カラスに……」


 クラスメートはレイをまたまじまじと見てしまった。


 「……あっ、相田君が写真展に出して入賞した綾波さんの写真って、カラスがモチーフなの?」


 クラスメートはアスカの方に向いて聞いた。レイでは話しそうにない。


 「計らずとも遠からずね」

 「……当たらずとも遠からずだと思うけど」

 「細かいことぐたぐた言わない」


 間違えて少し恥ずかしいのか、顔を赤くしながらシンジを睨み付ける。最近は慣れてきたのかシンジは溜息をついてからアスリンを見た。アスリンは相変わらずいじられまくってはいるが大人しくしている。


 「ともかく、逆よ。レイはカラスが気に入ったからあの黒い衣装を買ったのよ。で、相田がそれを見てモデルに成れって言ったらしいわ。もっともその時はまだ私日本に来ていなかったから詳しく知らないけど」


 よく知らないくせに偉そうにアスカが胸を張って言う。


 「ともかく、レイは動物好きなのよ」

 アスカはそういうとアスリンを受け取る。顔を近づける。アスリンがアスカの鼻を舐めた。アスカは反射的に目を瞑った。嬉しそうに表情を崩す。


 「アスカって可愛いのね」

 「はっはい?」


 急にクラスメートに言われて、アスカは変な声を出してしまった。アスリンを胸に抱く。


 「アスカっていつもえばって気取ってばかりいるって思ってたけど、なんかアスリンと遊んでいるアスカって可愛い」

 「えっそっそう?」


 同性には言われ慣れていないのか、アスカが妙に狼狽えている。


 「あっほんとだ、赤くなってる。アスカって可愛いんだ」

 「アスカって可愛いとか言われると照れる方なんだ」

 「えっあっ……からかわないでよ」


 アスカは真っ赤になっている。


 「やだなぁもう」


 アスカは横に座っているクラスメートを肘で突っついた。


 「今日はなんか凄い収穫。ヒカリに呼ばれてきたらアスリンは可愛いし、アスカも可愛いし、綾波さんが動物好きだって判ったし」

 「なんかこれなら遊びに行けそうな感じ。ほら、アスカの家って何となく行きにくいじゃない。全員ネルフの人だし。ちょっと……えっとみんな変わってるって感じだったし」

 「ねえ、アスカ、遊びに行っていい?」

 「いいわよ」

 「でもさぁ、新婚夫婦のじゃましちゃ」

 「「だから夫婦じゃない」」


 見事に息が合った二人にヒカリの部屋は笑いに包まれた。皆気づいていなかったが、その笑いにはレイの物も含まれていた。





 つづく






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