「シンちゃんを初号機から降ろせって言うの!?」

葛城の驚く声、

そしてその視線の先には蒼い髪と真紅の瞳が印象的な少女…

俺の知る限り、自発的に意見を言う事など皆無なはずの少女

しかし、今、彼女は葛城に、

ネルフ作戦部長に対して自らの意思を表明していた。

初号機専属操縦者碇シンジを初号機から降ろすべきだと。



「ただ一人のための舞」



アスカが切り裂いた使徒は分裂して襲ってきた。

二つのコアをもって相互に補完しあい

いかなるエヴァの攻撃によるダメージも即座に再生。

なすすべもなく敗退し、

N2地雷の焼却による足止めに頼るしかなかった。


相互に補完しあう…

ならば双方同時に補完できないようにするしかない。

それが俺の結論。

すなわちエヴァ二体の完全同調による同時荷重攻撃。

だが、アスカとシンジくんのユニゾン訓練は

うまくいってなかった…


「レイ、どうしていきなりそんなことを言うのよ…」

そんな時、作戦部長室の扉を叩いたのが彼女、綾波レイ

彼女は静かに説明を始めた…


「観察したところ、セカンドチルドレンには協調性が欠け、

 サードチルドレンには協調性はあってもセカンドにあわせて

 それを実現できるだけの運動能力がありません。」


そう…彼女の指摘は正しい。

アスカとシンジくんの双方の問題点…

それを彼女が理解してたからこそ彼女はシンジくんにあわせ、

見てただけだというのにたった一度だけで

ユニゾンを見事に完成させられたのだろう。


戦いに誇りと自尊心を持ち、

自らの動きを重視するアスカと異なり、

ただ、冷静に任務を追求するファーストチルドレン…

その情報は正しかったようだ…だが…


「でも、それならシンちゃんじゃなくて、

 アスカの代わりに二号機に乗った方がいいんじゃないの?」

葛城のもっともな疑問。

すでにユニゾンを成功させたシンジくんと組む方が楽なはずだ。

だが、少女は顔色一つ変える事なく答えた。

「私は二号機に乗ったことはありません。

 もし、万一二号機の起動に失敗し、暴走で損壊させた場合、

 使徒殲滅は不可能となります。

 本作戦は二体のエヴァを必要とするのですから。」


そう。この少女の零号機は今は修理中であり、代わりはない。

そして、その起動実験で暴走を起こしたのも記憶に新しい。


「しかし、初号機のパーソナルデータの書き換えは容易です。

 そして、私はサードと異なり幼い頃から

 身体面をも含む訓練を受けてきました。

 セカンドが受けてきたものとほぼ同等のものを。

 ですから私はセカンドにあわせることもできます。」


そう、彼女ならできるだろう。

シンジくんは特に運動が好きというわけでもない普通の中学生。

ただ、適格者であったというだけに過ぎない。

そういう男の子がアスカの動きに無理についていこうとしても

それは空回りしてしまうだけな事は明らかだ。

だが、訓練による敏捷性と統合力を持つ彼女なら

アスカにあわせて動くことも充分可能だろう…だが…


「でも、レイっ!」

葛城の叫び。理性ではなく感情なんだろな…

葛城らしいよ…

シンジくんの存在を否定してほしくないという想い

作戦部長としては失格かもしれないが…



「おちつけ、葛城」

「加持くん!?」

葛城が制止した俺を怪訝な目で見ている。

「アスカの練習の動きをMAGIを通じ、立体映像にして

 君に見せることはできる。君の意見なら、アスカの側からの

 協調は必要ない。だから練習にはそれで、充分なはずだ。」

シンジくんといきなり成功させた彼女なら、

練習自体不要な可能性すらあるのだから。だが…

俺はこくんとうなずいた少女に問い掛けた。彼女の心に。

「だが、いいのかい? もっと辛くなると思うが。」

そして、俺は振り返って言った。

「葛城。一番辛いのはこの子なのさ。」




「もし、葛城がエヴァに乗れたならシンジくんに戦わせるか?」


「じょーだん言わないで!」

俺の問いかけの意味が理解できないという顔をしつつも

即答する葛城。

「誰がそんなことさせるもんですか。

 シンちゃんはただの中学生なのよっ!」

断固とした意志が瞳に見える。


「オレだってそうだ。

 オレが乗れるもんだったらアスカに戦わせたりしない。

 オレたちだけじゃない。

 この子たちの戦いを知るネルフ職員なら全員そうさ。」


「でもな。それでもオレたちはましなのさ。

 オレたちは『乗れない』んだから。

 それは抗えない現実。

 でも…綾波くんは『乗れる』んだよ。」




アスカの突出、そして使徒の分裂…

不死身の使徒は容赦のない攻撃を繰り返し…

混乱したまま、撃破されるエヴァ…


その一部始終を見つめていた少女

手を出せない本部から…

ただ見つめる事しかできなかった少女…

乗れるのに…戦えるのに…

それでもその時は無力で…



淡々と語り出す少女…

「私は…約束しました…碇くんを守ると…」

「私が守るからと。」

「どうしてなのか分かりません。」

少女の顔に今までなかった表情…戸惑いが生まれる…

「でも、それは私にとって大切なんです…」


「レイ…」

葛城が驚きに満ちた表情でとまどう少女を見つめ…

そして、微笑みを浮かべてそっと肩を抱きしめる。

「そう…あなたも人を好きになったのね。

 それが…人を想うという事。

 世界のなによりも素敵なことなの。」


「好き…? 私が…碇くんを好き…?」


「今は分からなくてもいいわ。

 あなたは一歩を踏み出したんだから。」

優しく綾波くんの蒼い髪をなでる葛城…

妹の初恋を喜ぶ姉のように…でも…




「だが、それは好ましくない。」

俺は葛城の言うその「一歩」を否定しなければならない…



「本当にすまない。

 見てるだけの悲しさは俺たちだって分かる。

 乗れるのにそうしなければならない辛さも

 充分に理解できるつもりだ。

 それでも、俺はそれがいいこととは思えない。」


「今、君が戦えば確実に使徒は倒せるかもしれない。

 だが、君たちはあの使徒を倒すために戦ってるわけじゃない。

 君たち自身の未来を勝ち取るために戦ってるはずだ。

 そして、使徒はあれだけじゃない。」


「君はアスカをぜんぜん見ていない。

 その動きしか見ていないだろ?

 そしてアスカもまだ溶け込めていない。

 そしてシンジくんは…エヴァに乗る事…

 ここにいる意義をシンジくんは失ってしまう…」

「君が戦う事によって『見てるだけ』という辛さを

 今度はシンジくんが味わう事になるのさ。

 しかも、自分の初号機で戦う君を…

 自分がアスカにあわせられないためという事で…」



「二人は今、必死に訓練をしてる。

 必ずしもうまくいってないが、確実に進歩してる。」


駆け出したアスカを追いかけてくれたシンジくん、

そして語りかけ説得してくれたシンジくん、

アスカの閉ざされた心の扉をあの少年はたしかに叩いた。


「君たちはこれからも戦う。そうである以上、

 きちんとした関係の構築は大切なことなのさ。

 だから、現時点で君の交代を認める事はできない。」


そして、俺はもっとも残酷な言葉を口にする。

この少女がけっして苦痛から逃げないであろう事、

どんなに辛くても前に進む事を知りつつ。

彼女の想いを利用するために。


「二人のユニゾンが完成しなかった時に備えて、

 君にアスカの映像を見せる事はできる。

 だが、それは辛い道だ。」

誰にも評価してもらえず、人知れず孤独な練習…

そして、それによって自信を勝ち得たとしても

その自信そのものが彼女を苛む。

それは「見てるだけ」という自分の立場を

さらに認識させるだろうから。

「それでもいいなら、リッちゃんには俺から頼んでおく。」

それは答えの分かっている問い。

そして…少女はためらわなかった。


「はい。お願いします。」




もっとも長く感じられた62秒…そして使徒殲滅。

歓声をあげる職員たちの中で俺たちだけは知っていた。

無駄になった自らの努力をかえりみることすらなく、

ただ、一人の少年の無事を願っていた少女がいた事を


想いを表現する事に不器用な少女が

その少年のためだけに捧げた孤独な舞を…

俺は絶対に忘れない。









URUさんへの感想は 綾波展メールフォーム まで!
(この作品はHP「With tears in one's eyes . . .」に投稿されていたものを
HP閉鎖に伴い綾波展にて再掲載しました) inserted by FC2 system