ぱっぱらぱらぱぱ、んっぱっぱ。



なんぞとゆーとてつもなくマヌケな音を出して、俺の携帯がメールを受信した。
・・・・突っ込み不要。自分でも分かってる。
分かってるからこそ、職場では一度もマナーモードを解除した事が無いのだから。
円楽バンザイ。
落語は日本の心だ。笑いは命の栄養だ。
・・・・・・・・・・ええいっ、携帯の着信音くらい好きな音かけさせろっ!
心の中だけで、まわりの乗客たちに文句を言いながら、俺は小さく咳払いをして吊革を握る手を持ち替えた。
ポケットから一躍俺をこの車両の人気者にしてしまった栄光の携帯クンを取り出し、ぱかりとあけてみる。
カチカチと操作して、件名確認。
えーっと、一番上のこの『シゲル』ってヤツだな?・・・てか、なんで件名に俺の名前がはいっとるんじゃボケ。
どーかんがえても俺の携帯で受信してるんだから、言われなくてもわかるっちゅーの・・・・
誰だこんなメール送ってくるやつ?
まこっちゃんか?・・・いや、まこっちゃんはここまでおちゃめなボケがかませるヤツじゃないしなぁ・・・
思いながらメールを開く。
そして、『シゲル』の次に表示された差出人のメールアドレスを見て、俺は首をかしげた。
・・・・・誰やコレ。
心当たりが無い。ていうか、俺の知り合いに『tonyamachi.1-3-5@』なんてセンスねぇメールアドレスを考えるヤツは存在しないはずだ。
どっかの公共団体の広告メールか?・・・おかしいな。そういう系全部受信拒否にしてあるんだけどどな・・・?
吊革にぶら下がった手に体重をあずけながら、本文を開く。
視界の端では、女子高生らしき二人組みが俺をチラ見しながら笑いあってるようだった。いいですよ。笑ってる内容はわかってますよ。どーぞわらうがいい。笑ってもいいが、家帰ってからマネして着メロダウンロードするんじゃねぇぞー。
てゆーか、そもそもぐったりサラリーマンおとーさんタイムのリニアに女子高生が乗るんじゃねぇ。全国数百万人のサラリーマンの皆さんは、憩いのひと時をおまえらみたいな輝かしい生き物に邪魔されたくねぇんだよ。少なくとも俺は邪魔されたくねぇ。
おとーさんに言いつけますよ。おとーさんに。お前らのおとーさん俺しらねぇけど。
「えーっと・・?」
リニアが少し速度を落とし始め、俺は慣性の法則に従ってつんのめりそうになる体を吊革につかまった手で支えた。
メールの本文が開き、長々とした文章が目に入ってくる。
絵文字も顔文字も無い、それは、とてつもなくつまんない文章だった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・オヤジ?」
件名:シゲル
送信者:tonyamachi.1-3-5@〜
本文・・・・
「・・・・・・・・あー・・・・」
本文を3行目まで読んだところで、リニアが第三新東京市の中央駅に滑り込んだ。
座席で仰向けになりそうな勢いで爆睡してた会社帰りのオヤジも、俺を笑った女子高生も、足早にホームへと駆け下りていく。
一人取り残されたリニアの中からのろのろと夜風の冷たいホームに降り立ちながら、俺は手元の携帯画面を見下ろしてポツリとつぶやいた。
「・・・tonyamachi.1-3-5って・・・家の住所じゃねぇか、オヤジ。」
俺もたいがいボケがすすんできたかもしれない。





◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆






改札をくぐって、エスカレーターを降りながらまた手元の携帯画面を覗き込んだ。
なんか、こうやって何やってる時も携帯画面眺めてると若い頃思い出す。あの頃はなんでこんな電話なんつーもんが楽しいと思ってたんだろう?
今じゃ、いつ緊急招集のお呼びがかかるかと電源止めたくてしょうがない物体の一つなのに・・・
「・・・・。」
駅を出て顔を上げると、駅前にありがちな飲み屋街特有の少し生暖かい風が頬を撫でた。
10メートルほど先の電柱のところで、客引きのおにーちゃんが通り過ぎようとするサラリーマンの集団に必死に食い下がっていた。
あー。俺も昔あのバイトやってたことあるんだけどさ、いろいろムカつくんだよねあの仕事。ストレスたまりまくっていやになってやめたのを思い出す。
ホント、携帯といいあの頃は若かったもんだ。
・・・・あの頃から、まだ10年は経ってない筈なんだけどな?
またたくネオンの向こうの夜空を見上げながら、ぼんやりと考える。
実家の夜空と違って、この街の夜空では星が見えない。
空よりも地上が明るく輝きすぎて、この街では星が輝けない。
「・・・・。」
空を見上げたまま、俺は片手で携帯を閉じた。
尻のポケットにそれをつっこみながら、小さく息をつく。
オヤジからのメールは、久しぶりに見てもつまらなくて、そして変わり映えのしない内容だった。
機種変えちゃったからもう無いけど、大学時代に送ってきたメールと大してセリフ変わって無いんじゃないかとすら思う。
もう数年顔も見て無い息子に他にいうことはねぇのか、とか言いたくならないわけでも無いけど・・・・まぁ、俺のオヤジと思えば仕方ないのかもしれなかった。
「・・・大丈夫だオヤジ、米買う金くらいはちゃんと稼げてるぞ、お前の息子も。」
飲み屋街のど真ん中を突っ切る道を歩きながら小さく口に出して言うと、なんともいえない苦笑が顔に広がるのを止められなかった。
身体の奥のどこかが少しだけ暖かく、少しだけ切なく熱をもった。
時間が出来たら帰って来い。
そんな言葉で締めくくられていたメール。
どんな顔して打ってたのかと思うと、また苦笑を誘われる。
1年前に来たメールも、1年半前に来たメールも、3年前のメールでもその前のメールでも、締めくくりはいつも「時間が出来たら帰ってこい」。
そういわれ続けて、「そのうちにな」と返し続けて、もう何年だろう?
思えば相当、実家の方になんか足すら向けたことが無い。
あー・・一度、その近くの駅をリニアで素通りしたことがあったけど。あれは、第二大阪に出張した帰りだったし。
(・・・家、か・・・)
きっと、とてつもなく長閑なんだろうな。
エヴァとか、補完計画とか、オヤジに話したら「なんだ。コンデンスミルクの仲間か?」とか言い出すんだろうな。
守秘義務あるからいえねぇけど。
「・・・帰るかな。うん。次・・・の休みは、呼び出し当番だから無理だけど。」
次の次か。
次の次の次か。
その次の休みの日にでも・・・・
俺は再び尻ポケットから携帯を取り出すと、ぱかりとあけてオヤジのつまんねぇメールを呼び出し、返信ボタンを押した。
通りがかったコンビニのライトが画面に反射し、そのまぶしさに一瞬目を細めてから・・・
「・・・・・・・あれ?」
顔を上げて、俺はそのコンビニから出てきた人物に目を留めた。
相手が顔を上げてこちらをその視界に納めるのを待って、携帯を閉じて左手に握りながら小走りに彼女に近づく。
「レイちゃん? なにやってんの、こんな時間にこんなとこで。危ないよ?」
「・・・・・・」
彼女は片手に軽そうなコンビニ袋を一つ提げて、こちらをきょとんと見上げてきた。
あれ?と思いながらも俺は彼女の赤い瞳を見返して言葉を続ける。
「買い物? だったら次からはもっと早い時間にしたほうがいいよ? ・・ていうか、ここレイちゃん家からだと遠いでしょ。もっと近いところに・・・」
なんか説教くさいこといってんなぁ〜っと自分で思いながらも、なんとなくこの子は心配でおもわず年寄りくさいことを言ってしまう。
これがアスカちゃんとかシンジ君ならまだいいんだけど。・・・なんとなく、この子は浮世離れしてるっつーか・・・ボケてる感じがするからな。
「・・・・えーっと、とにかく早く帰りなさい。帰れる? 送っていこうか?」
「・・・・・・。」
言いながら少しかがんで視線を合わせると、やはり赤い瞳は不思議そうに俺を見上げてくる。
「?・・どうした?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・あなた、誰?」
「・・・・・・・・。」
おいおいおいおい。
いやおにーさんびっくりだね。
よりにもよって「あなた誰?」ときましたよ。さすがレイちゃんやってくれますな。
俺ってそんなに影薄いかねぇ・・?
「青葉です。青葉シゲル。・・・思い出してくれました?」
苦笑しながら名乗る。
赤い瞳の青白い女の子はしばらく考え込むように虚空に瞳をさまよわせていたが、やがて思い当たったのかこくりと一つ頷いて口を開いてきた。
「青葉二尉。」
「そうそう。その青葉さん。」
苦笑しながら、その色素の薄い髪の頭をぽんぽんっと撫でる。
その振動に揺られたのか、彼女の手にしたコンビニ袋がかさかさと揺れた。
「・・・・そういえば、こんなところまで何買いに来たの?」
飼い主の次の指示を待っている犬のような表情でこちらを見上げる綾波レイに尋ねかける。
彼女はそこまでは頼んでも居ないのにがさがさと袋から中身を取り出すと、取り出したその物体を手に持って俺のほうに突き出して見せながら、口を開いた。
「アイス。・・・近所のコンビニは売ってなかったから。」
「・・・そっか。」
なるほどねぇ。アイスですか。
ちょっと笑いを誘われる俺の前で彼女はふたたびごそごそと袋にアイスをしまいこむ。
その動作にあわせて、俺も少しかがんでいた腰を伸ばす。・・やべ。ちょっと痛ぇ。・・年か?
「・・・・まぁ、じゃ、そのアイスが溶けないうちに早くお家に帰るんだよ?」
「わかった。」
痛む腰をちょっとさすりながら尋ねると、彼女は至極まじめな顔で答え返してきた。でも、逆にそのふわふわとした重量感のまったく無い姿が不安に思えて・・・
「・・・・・・・・・・・一人で帰れる?」
「・・・・。」
「そっか。ならいい。・・ホント、気をつけて帰りなよ?」
尋ねたこちらに向かってこっくりと頷く彼女になんとか納得し、俺はにこりと笑ってみせた。
「それじゃ。」
「ああ。気をつけて。」
ぺこりと頭を下げて背を向ける彼女にひらひらと手を振ってみせる。
飲み屋街を一人、ぽてぽてと歩いていくゆらゆら揺れる少女の後姿。
「・・・・・・危なっかしいといえば、危なっかしいな。」
その姿にすくめて一人ごちて、俺は再び左手にずっと握り締めたままだった携帯を取り出した。
開くと、先ほど返信しようとした画面のままになっている。
「・・・。」
俺は少し考えて、おもむろに件名を打ち込んだ。
『ハルヒコへ。』


・・・・・・・・・・いきなり呼び捨てにしたら、親父、ちょっと怒るだろうな・・・





つづく
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