陽光を浴びて輝く青い海。
雲ひとつない青い空。
なんて素晴らしい。
これで水着の美女が隣にいれば、煙草のCMの世界だ。
ただし、問題が一つだけある。
このままだと僕は干涸らびて死んでしまう。
すべてが終わったあと、僕は旅に出た。
多くの出逢いと別れを経て、僕もほんの少しだけ変われたのかもしれない。
上海の怪しい店で手に入れたこのサイドカーが証人だ。
良いこともあれば、悪いこともある。
善人もいれば、悪人もいる。
ただし、神様もいなければ、悪魔もいなかった。
どこまで行っても、ヒトはヒトだった。
父さんにこのことを話してみたかった。
そうしたら、なんて言うだろう。
きっとあの表情で「そうか」と呟くだけだろう。
相棒は同意を示すように、排気音を一瞬こもらせる。
彼は無口だが、嘘をつかない。
なによりも、彼は頑丈で力強く、いつも僕の期待に応えてくれる。
僕はこの相棒と一緒に草原を渡り、山を越え、人々のなかを旅してきた。
そして、行き着いたのがこの砂漠。
普通、津波で町が丸ごとなくなっているなんて想像する?
おかげで水も燃料も底をついて、この有様。
地図を信用する限りは、残りの燃料と水、そして僕の体力でたどり着けそうな町はない。
つまり、どうころんでも自力で助かる道はないってこと。
昔はあれほど都合良く奇跡が起こせたんだから、今度だってなんとかなってもよさそうなもんだ。
僕は無口な相棒に愚痴を聞かせながら、いつものように地平線を目指した。
行けども行けども代わり映えしない景色。
どのくらい走り続けただろう。
ただひたすらに続く荒れ地。
砂漠といってもそのほとんどは荒れ地で、砂の海は観光客かTV用のセットみたいなものだ。
もっとも、水がないという点と照りつける太陽の強さだけは共通しているいうのが、なんともこの世の厳しいところ。
最後の水筒の残りもあとわずかだ。
容赦なく照りつける太陽に、ちょっと気を緩めると、意識さえが白く混濁しそうになってくる。
やがて、息をつくエンジン。
燃料系の針は、Eの近くで揺れ動いている。
リザーブコックを開いて、残りの燃料を送り込む。
いよいよ進退窮まったというとこかな。
僕は相棒と一緒に一休みすることにした。
ゴーグルを外して、ターバンをほどく。
胸のポケットに残った最後の煙草に火を点ける。
荷物をほとんど捨てたせいか、相棒は随分と身軽に見えた。
しかし、僕にしては随分と腹が据わったものだ。
迫り来る最後を前にして、もう少し慌ててみせるのが、生者としての義務だろう。
こうも焦燥感に欠けていたのでは、繊細さを彼に疑われてしまう。
煙草をくわえながら、旅の目的に想いを馳せる。
心残りといえば、それだけ。
「まあ、地球の裏側まで探しに来たんだから、僕にしては上出来でしょ?」
胸元で鈍く光る銀の十字架を弄びながら、青空に語りかける。
でも、返事が聞こえなかったので、相棒と旅を続けようと振り向いた。
相棒と僕の間に彼女が立っている。
14歳の時のままの姿で、制服を着た彼女。
彼女は黙って僕を見ていた。
煙草の根本に火が達し、灰がポロリと落ちた。
「お水、くれる?」
透き通るような声に、昔のままの口調。
僕は彼女から視線を離さずに、黙って水筒を渡す。
赤い瞳を閉じて、無造作に水筒に口を付ける彼女。
雪よりも白い喉が動き、残った水を飲み下す。
「ありがと」
そう言って彼女は、水筒をこちらに突き出す。
受け取った水筒は、ずっしりと重い。
そして彼女は振り向いて、無言のままサイドカーに乗り込んだ。
「いきましょ」
僕も無言のまま頷いて、相棒に跨った。
躰が自然にエンジンをかける。
息を吹き返す水平対向エンジン。
クラッチを切り、ギアを踏み込む。
「随分、探したよ」
「そう」
「・・・・それだけ?」
彼女は僕の方を向いて、いぶかしむように首を傾げる。
口元が自然にゆるみ、微笑んでしまった。
まあ、いいか。
正面を向いてクラッチを繋ぐ。
加速する我が信頼すべき相棒。
ただ燃料計がなくなっている。
スロットルを全開にした。
左手でポケットをまさぐり、煙草を取り出す。
「火、点けてくれる」
「はい」
彼女がマッチに火を点けて差し出す。
僕は消える心配のない火を煙草に移す。
そして、正面に見え始めた青い海に意識を向けた。
相棒の調子は最高で、燃料も水の心配もない。
徐々に近づいてくるのは、陽光を浴びて輝く青い海。
頭上には雲ひとつない青い空。
そして、隣には彼女がいる。
なんて素晴らしい。