何故かいつもよりも時の流れが緩やかなような気がした。どうしてか
は分からない。それでも暫しの間そうしてただ佇んでいるだけだった。

「・・・・・・」

 きっとそれ程長い時間ではなかったと思う。いつもよりもやや薄暗く
なった昇降口。取り出した靴を置いて、ふと目を上げたところでその姿
が目に入った。焦茶色のオーバーコートに身を包んだ後姿。やや細めで、
整った輪郭の背中。斜め上を見上げているのだろう。後ろからでもその
表情を捉える事が出来る。何かに心奪われたような横顔。不思議な柔ら
かさに満ちた。

「・・・・・・」

 歩み寄っている自分にふと気付く。そんな自分の自然な立ち振る舞い
を不思議に思う。何故私は彼の方に歩んでいるのだろう。特に用事があ
る訳でもないのに。今日は特に彼と話さなければならない事柄もないの
に・・・


「・・・何をしてるの・・・?」
「・・・あ・・・」


 ゆっくりと振り返る。ともすれば女性的な要素さえ感じさせるような
優しげな顔立ち。そんな印象を受けながらも、また輪をかけた形で問い
掛けが生じる。何故私は“優しい”と感じたのだろう。そもそも私は
“優しい”という言葉を知っていたの・・・?
 緩やかに微笑む。ああ、綾波。白くなった息が彼の口元に僅かに舞い、
すぐに散って消える。そんな一連の動きさえ、緩やかな時間の中に漂っ
ているようだ。すぐに消えてしまう訳ではない。流れ、感じてる間に静
かに去り行く。


「・・・音がね、綺麗なんだよ。」
「・・・音・・・?」


 少し笑いながら、繰り返すように呟く。そう、音。そしてまた乳白色
の空を見上げる。彼の視線に合わせるように視線を上げる。空は無色に
近い灰色。曇天は決して激しい起伏のみを表す訳ではない。ただ悠久の
単色。そこから白いかけらが無数に舞い降りてくる。既に校庭は白銀一
色に染まっている。氷点下に達して凝固した水の結晶。氷と化した雨の
かたち。本から得た知識の断片が、頭の中を通り過ぎてゆく。


「・・・目を閉じると分かるよ。」
「・・・・・・」


 言われた通りに目を閉じてみる。そんな自分の自然な行為も不思議に
思えた。何とはない事。何の意味もないこと。そのままゆっくりと耳を
澄ませる。何も聞こえない。そう感じたのは最初だけだった。自分の中
の時間が緩やかに延びゆくに従って、その微かな音が耳に響いてくる。
それは不思議な感覚。単色に包まれているこの氷の世界の中で、小さな
煌めきが無数に舞っている。



 しん、しん
 小さな光をともした結晶たちが降り積もる音
 かさっ
 葉に積もった雪が微かに落ちる音


・・・・・・
・・・・・・
「・・・校門を出たところの販売機にココアが入ったんだ。」
「・・・・・・」

 どのくらいの時間が経ったのだろうか。彼の静かな声を耳にして目を
開く。一瞬。煌めき。それ程明るくもない筈の空が、雪の結晶の小さな
光を含んで目に眩い。その中に、彼の横顔がうっすらと浮かび上がる。
少し照れたような柔らかな笑み。何故かとても彼らしい表情だと感じた。
そう思いながらも戸惑い。何故わたしはそんな事を感じるのだろう・・・。


「・・・今日は僕が奢るよ。行こう・・・。」
「・・・うん・・・」


 自然に流れ出た自分の返答。それも不思議だと感じ、暫しの間をおい
て少しだけ思い直す。きっと今日はそんな日なのかもしれない。確かな
言葉を探すこともなく、ただそれだけの言葉を素直に受け止める。手に
した傘を開くこともなくそのまま歩き出す彼と肩を並べ、ゆっくりと歩
み始める。身長と歩幅にほんの少しの差。でも彼の歩調はとても緩やか
だ。そのことを私は知っている。だからわたしも普通に歩みを進める。

 

 

 さくっ
 積もったばかりの雪を踏む感触
. そして音

 

 綺麗・・・・・・?
 よく分からない

 

 でも
 “心地好い”と思う
















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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAXの作品です

Written by Kame for 綾波ML.

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