蝉時雨の切れ間に…

エヴァ++外伝

蝉時雨が…止んだ…



陽炎に揺らめくその荒れた道の向こうに、1軒の昔の米軍住宅風の白ペンキ塗りの家を見つけたのは、ある暑い日の事だった…。



シンジは免許を取ってすぐに中古の電動RV車を買い、休みの度にレイとあちこちドライブに出掛けるようになっていた。

その日はセカンドインパクト後、再開発が遅れている三浦半島へのドライブだった。
このあたりはまだ道も整備が遅れていて、路面のアスファルトはひび割れ、その割れ目からは雑草が生い茂っていた。
シンジの車にはカーナビが付いていなかったので、そんな道を地図を頼りに走っていたが、海面の上昇により水没してしまっている道、使われなくなって雑草に埋もれてしまった道などが多く、すっかり迷ってしまっていたのだった。


「あそこで道を聞いてみようか」
シンジは道の先に見つけた白い家を指して言う。

「そうね」
レイが静かに答える。

ルルルルル…キッ

その家の前まで来ると、『Cafe Alpha』という看板が出ており、そこが喫茶店だという事に気付く。
海際の崖の上に立っている為眺めは良いが、そんなに客が来る場所とも思えない。

ピーヨロロロ…

頭上には鳶が輪を描いて飛んでいる。

カロカロ…

テラスから伸びるポールには海からの風を受けて風見鶏…いや、風見魚が向きを変えている。

「こんな所に喫茶店が?…でも、ちょうどいいや。一休みしようよ」
車を店の前に止めるシンジ。

「そうね」
先程と同じく、静かに同意するレイ。


『Open』の表示が掛けられたドアを開くと

カロンカロン…

と柔らかな鈴の音。

「あ、いらっしゃいませ」

ウエイトレスらしき女性の涼やかな声に、
(やっぱり喫茶店なんだ…)
と改めて思うシンジだが、その女性の姿を見て思わず足を止めてまじまじと見入ってしまう。

(…緑の髪?…紫の瞳?)

だが、その女性はそんなシンジの視線に臆することなく、ちょっと照れるように言う。
「あ、この髪?生まれつきなんですよ。この目もね」

シンジの後ろから入って来たレイも、目を見開いていた。
(この人…私と同じ感じがする…どうして?)

「あら?…あなたみたいな人も初めて見たけど、いるんですね、私達みたいな人。
 私、初瀬野アルファって言います。変わった名前でしょ?」

「私、綾波レイ」
つられて自己紹介してしまうレイ。

「ぼくは碇シンジ。
 へぇ、アルファさんって言うのか…。
 レイと同じだね。
 ほら、最初の文字…α、最初の数字…零」

(最初の数字って、壱じゃないのかしら?)
そう思うレイだったが、敢えて突っ込むことはしない。

「ふふ…そうですね。似てますね、私たち。
 あっ、座ってくださいな。今、メニューお持ちしますから」

席に着いて改めて店内を観察するふたり。
こざっぱりとした店内は海からの風がよく通り、外の暑さが信じられないくらい涼しい。

「なんだか、落ち着くね」

「ええ…」

そこへアルファがメニューを持って来る。

「はい、メニューです」

「あ、どうも…えっと…ぼくはアイスコーヒー」

「…この…メイポロって…何ですか?」
レイは初めて見る名のその飲み物に興味が沸いたようだ。

「そういう名前の木の汁のお湯割りなんです。飲んでみますか?」

「はい…」

「じゃ、アイスコーヒーひとつに、メイポロひとつね」

アルファは嬉しそうにカウンターへ戻って行く。

「いや〜、久しぶりのお客さんだから、なんだか嬉しくって」

そう言いながらカウンターで仕事をするアルファを見て、シンジとレイは顔を見合わせてくすりと笑いを漏らす。

「いいお店だね」

「ええ…」


しばらくしてアルファがトレイにアイスコーヒーとメイポロを乗せてやってくる。

「はい、ご注文はこれでいいですね。では、ごゆっくり」


「メイポロ…」

レイはその淡い琥珀色の液体を一口飲んでみる。

こくっ

独特な風味だが、いやみの無い爽やかな甘さが広がる。

「…おいしい…」

「そう、良かったね」

「シンジさんも、飲んでみる?」

「え?あ、うん、一口もらうよ」
(レイ…普段人前では『シンジさん』なんて言ったことないのに…ここの雰囲気かな…)
シンジはそう思いながらレイから受け取ったグラスに口を付ける。

こくり

「…へぇ…結構おいしいね…」

お互い、顔を見合わせて、微笑みを浮かべる。


涼しくそよぐ風の中、言葉を交わす事もなく、自分の飲み物を口に運んでは、時々ただ見つめ合って微笑む…。

しばらくそんな風にふたりの空間を楽しんでいたが、シンジはふとそんなふたりをニコニコと眺めているアルファに気がついた…。

「あ、邪魔しちゃったかしら」

ちょっと赤くなるシンジ。
「いえ、いいんです」

「でも、羨ましいですね。いいムードで。
 私にもそんな人いればな〜」

「え?いないんですか?」
これは意外といった感じのシンジ。

「そうなんですよね〜」

「だって、そんな奇麗なのに…」

「…ありがと。待ってる人はいるんですけどね…いつ帰ってくるやら…」

ちょっと寂しそうなその表情に、ドキッとするシンジ。
「す、すみません。なんか、余計な事言っちゃったみたいで…。
 あの…こっちに来て、一緒に話をしませんか?」

「でも、邪魔しちゃ悪いですし…」

「いいんです…」
それまで黙っていたレイが口を開いた。
「どうぞ…一緒に…」

「そうですか、それじゃ…」
そう言ってアルファは自分のコーヒーを入れてテーブルにやって来た。

カチャカチャ…

砂糖をやたらと沢山入れるアルファにシンジが訊ねる。
「甘党なんですね」

「でも私、ミルクは…って言うか、動物性蛋白質がダメなんですよ」

「…私も、昔は、お肉、嫌いだった…。
 今は食べられるようになったのだけど…」

「へぇ、そうなんですか。あなたもお肉ダメだったの。
 でも、今は食べられるんですよね。幸せですね。
 私も食べてみたいな…と思って時々ミルクで練習してみるんですけど…。
 どうにも身体が受けつけないみたい。
 あ、こんなお話、つまらないですよね。
 えっと、この辺は初めてですか?」

「うん、この辺りをぐるっと回って来たんだけど、道に迷っちゃって…。
 そうしたらちょうどこのお店が有ったんです」

「でも、良かった…素敵なお店で…。
 このメイポロもおいしい…」

「そうですか…えへへ…うれしいですね」
照れ臭そうに笑うアルファ。


その後しばらく、今日見て来た辺りの景色のことをシンジが話し、それをアルファが解説するといった感じの会話が続いた…。


しばらくしてシンジたちのグラスが空になっているの気付いたアルファが訊ねる。
「おかわり、どうですか?」

「あ、いいです。ぼく達、もうそろそろ行かないと…」

確かに、気付くともう夕方近い時間になっていた。

「そうですか。じゃ、今日は特別サービスで…」

アルファはそう言って、カウンターの奥から何か楽器を取り出す。

「これ、中国の楽器で、月琴って言います。『月の琴』って書くのよ」


ポロン…

とつとつと爪弾く弦の音から始まったその曲は少しオリエンタル風で…。

やがてハミングを交えて…どこか懐かしい感じのする静かな曲…。

その優しげな音楽にふたりは聞き入っていた。


ポロン…

やがて、始まった時と同じように、静かに音楽は終わる。

「…はぁ…」
吐息を漏らすレイ。ちょっと目が潤んでいる。言葉が出ないようだ…。

「…すごかったね…。なんだか、世界が見えた気がした…」
シンジも初めて聞くその不思議な音楽に感動していた。

「いや〜、照れちゃうな、そんな事言われると…」
ほんとに照れ臭そうなアルファ。


カロンカロン

「また、いらしてくださいね」

「ええ、ぜひ」

店の前に立ち手を振るアルファに笑顔で手を振り返し、シンジは車を出す。


ルルルルル…ゴトン…ルルルル…

夕暮れの荒れ道を走りながら、アルファが地図に書き入れてくれたルートを辿る。

「なんか、不思議なお店だったね」

「でも、気持ちいい、素敵な空間」

「また、来ようよ」

「ええ」





だが、二月ほど後に再びその場所を訪れたふたりには、その店を見つける事が出来なかった。

「おかしいなぁ…。場所は間違っていないはずだけど…」

だが『Cafe Alpha』が有ったはずのその場所は、どう見ても何年も前からそのままのような雑木林でしかなかった。

「不思議ね…。
 私達、夢でも見たのかしら?」

だが、それが幻では無かった事を、シンジの車のキーホルダーが語っていた。
それは、あの日、帰り際にアルファが、
『これ、良かったら、もらって下さい。私の手作りですけど』
と、くれた物だったから。

その魚の形をデザインしたキーホルダーを見つめ、そこに佇むふたりだった。


ふたりの影は濃く地面にその形を写し、辺りにはうるさいくらいの蝉の声が途切れることなく響いていた…。




それは、あの暑い日の、蝉時雨の切れ間の幻影だったのか…





- End -

あとがき
『ヨコハマ買い出し紀行』アニメビデオ発売記念(^_^;)。

ご存じない方の為に、『ヨコハマ買い出し紀行』というのは講談社の『アフタヌーン』という分厚い月刊誌で連載中の芦奈野ひとし氏の作品で、現在単行本が4巻まで出ています。

舞台は温暖化による海面上昇で水没しつつある近未来の三浦半島。
その『西の岬』の喫茶店『Cafe Alpha』で旅に出てしまったオーナーを待ち続ける、人と見分けがつかないロボットのアルファが主人公です。

連載当初から好きだった作品ですが、アニメ化されると聞いて最初は『え〜っ?マジぃ?』と否定的な思いだったんですが、監督が「マジカルエミ・蝉時雨」の安濃高志氏と聞き『あ、それなら…大丈夫かも…』と期待に変わりました。

で、見た結果は…椎名へきるは好きじゃないけど、とりあえず、オッケー。アニメーションとしては部分的にオーバーアクションな所が気になる点もありますが、絵的には期待通りでした(^_^)。

で、書いたのがこれ。…でも、あのてろてろな世界を描くには…力不足か…。


ぜひ、あなたの感想をこちらまで>[ kusu3s@gmail.com ]

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