この作品は@isaoさんの
『ユイの心、ゲンドウの心。-another-』
を元に書いております 。
おそらくそちらを読んでいませんと
理解できない箇所が多いと思われますので、
まずはそちらを先にお読み下さい。

でわどうぞ・・・

 


とあるマンションの一室。

彼らはいつもと変わらぬ平和な時間を過ごしていた。

年の頃十三・四だろうか。未だあどけなさを残す二人だったが、本人達にしてみれば、そう言われることは馬鹿にされていると思うに違いない。

とにかく二人のうちの一人、少年の方は食卓で苦手な数学の宿題を片づけていた。

もう一人、こちらは女の子なのだが、彼女は寝転がり、口には煎餅など挟みながらテレビに見入っていた。

家には他に人はいない。帰りが不安定ということは二人ともとうに知っていることなので、格別それに対して感慨を抱くことはなかった。

そんな普段通りの状況の中、唯一日常と変わっていた点は、ささやかなことだがこの日に限ってインターホンが鳴ったことである。

「悪いけど出てくれる?今いいとこなのよ。」

少女はブラウン管から目を離さず、後ろの椅子に座っているであろう少年に言った。

「何で僕が・・・」

いつもいつもの事に愚痴の一つもこぼしたくなるが、確かに彼の方がインターホンには近いので、今日はほとんど抵抗もせずに席を立ち、居間の扉近くの受話器に向かう。

「はい。」

『宅配便で〜す。』

「あ、はい。」

受話器の向こうから聞こえてくる若い男の声。

少年はマンション玄関のオートロックの扉を開けるボタンを押し、自らは受話器を元に戻して少女に声をかける。

「ねえ、ハンコってどこにあるか知ってる?」

「何?宅配?」

丁度CMに入ったせいか、今回は少女は少年の方を見、瞳に興味深そうな色をたたえている。

「うん。どこだっけ?」

「確か電話の下の引き出し真ん中。」

少年が言われた通り引き出しを漁ると、さほど時間もかからずにハンコを発見することができた。

「あったよ。」

「でしょ?でも何かしら?お歳暮やお中元の時期じゃないし。」

「さあ。見てみれば分かるよ。」

「当たり前のこと言わないでよ。つまらないわね。」

そんな不毛な言い合いを止めたのは、再度鳴るインターホンの音だった。

「来たわね。じゃあ受け取りお願い。」

「うん。」

少年は当然のように玄関に向かう。

少女にしてみれば、CMが終わった今テレビの前から離れることはできないし、まかり間違って荷物が重かった場合、玄関にいては手伝わなくてはならなくなる。少年の言いぐさではないが、どうせ後で分かるのだからそこまであわてる必要はないという計算であった。

一方少年にはそこまでの計算は働かない。自分は立っているのだし、ハンコを持っているのも自分。それにそもそもそんなばかでかい荷物が送られてくると言う可能性は、彼の発想では浮かんでこなかった。

「今開けま〜す。」

彼が扉を開けると、当たり前というか幸いにもと言うべきか、そこにいたのは名前を騙った暴漢などではなく、正真正銘宅配業者であった。

「こんにちは。お荷物をお届けに参りました。」

業者はそう口上を述べると、抱えていた荷物を少年の方に差し出す。

少年は予想以上に大きいが、重いと言うほどではない直方体の、茶色の包み紙にくるまれた荷物を受け取り、一旦床に置く。

「ではここに判子を。」

少年は、業者に言われるままに、所定の場所にハンコを押す。

「これでいいですか?」

「はい。それでは失礼します。」

「ご苦労様でした。」

業者の青年は言葉遣いこそ丁寧だが、実感のこもらない形式的な挨拶を残し、足早に廊下の向こうに消え去ってしまった。

と言ってもそれが普通の事でもあるし、少年の方も荷物に注意が行っていたので、言葉に対する誠実さという点では五十歩百歩であったのだが。

 

「一体何?」

荷物を拾い上げ、居間に戻って来た少年を待ち受けていたのはその一言であった。

相変わらす少女は寝そべったままテレビを見ていたが、居間の扉を開ける音で少年が戻ってきたのを知覚したらしい。

「え?えーと品名はビデオテープって書いてある。」

「ビデオ?誰から?」

「差出人は・・・碇ゲンドウ・・・だって・・・」

「うそ・・・」

二人の声には明らかに困惑の感情が交じっている。二人にとって碇ゲンドウとは、世界七不思議と同じぐらい理解できない存在であった。

「中開けてみて。ほんとにビデオテープだか怪しいものね。」

「僕いやだよ。去年もお歳暮だっていって開けたら爆竹が鳴り出すし、クリスマスプレゼントはびっくり箱だったし。飛び出してきたグローブでアッパー喰らったのは僕なんだよ。」

「覚えてるわよ。でもそれが分かってんなら覚悟もできてるでしょ。」

「そんな無茶な!」

「分かったわよ。これが終わったら二人で開けましょ。」

「うん。でもいいのかな?僕たち宛じゃないのに。」

「いいのいいの。中身を壊さなければいいのよ。」

「・・・そうだね。」

彼も中身が気になって仕方がなかったのは同じであるから、その心理的抵抗を越えるのにさして困難はなかった。

なんだかんだ言っても結局同意する少年。

こうなることが、ゲンドウによって仕組まれていたことかは知る由もない。


Another "Another"   -R.E.I 100000HIT記念-


「・・・ビデオテープだったね。」

「そうね。少なくとも見た目に限って言えばビデオテープみたいね。」

少女がテレビを見終えた後、恐る恐る包みの除去作業を進めた二人だったが、中から出てきたのが予想に反して何の変哲もない、ただのビデオテープだったため、安堵感と共に拍子抜けしたのは事実であった。

「見た目って事は、中に何か細工してあるって事?」

「あり得なくはないわ。あの人なら。」

「どうする?」

「・・・確認するしかないわね。」

「それって再生するって事?」

「そういう事。」

二人は目の前の4本のビデオテープを前にどちらからともなく肯く。

少女がゆっくりと「vol.1」と書かれたテープを手に取り、この時代すでに珍しくなったビデオデッキに、まるで大冒険の末発見した宝箱に鍵を差し込むようにそっとテープを押し込んだ。

と同時に少年がリモコンの再生ボタンを少々ふるえる指で、緊張のせいだろう必要以上に強く押した。

 

『ある愛の軌跡-The First Day-』

血が流れるようなおどろおどろしいテロップと共に流れるデスメタル。

二人にとってはこれだけでゲンドウの精神構造を改めて疑いたくなる思いがした。

次に映し出されたのはどこか広めの部屋。薄く緑がかった壁紙の部屋で、大きな窓ガラスに比してあまり光量が多いとはいえないが、清潔で窮屈さを感じさせない印象を見る者に与えている。

調度品としては、食卓やタンスにベッドまで置いてある。テレビやエアコンの姿はなかったが、それを除けば単なる広めの1Kの部屋であった。

その画面が部屋を一望するようにスクロールし終えると、今度は別の部屋が次々と映し出されて行く。

キッチン・トイレ・浴室・そして庭。

「ここ、どこかしら?」

「さあ・・・」

二人は同じ思いを抱いたが、その部屋は全く記憶には存在せず、答えを見つけるのは不可能であった。

「まさか部屋の紹介なんて意味のないことを延々と・・・」

「それを4巻も?やめてよ。」

二人が最悪の想像に思考を委ねてしまいそうになったとき、幸いにも別の展開が画面に映し出された。

画面に登場した二人が、チェストから拾い上げた紙を読むに従って片方から嗚咽が漏れ始めた。そしてもう片方の人物はその手をそっと相手に重ねている。

『ん?・・・これは・・・』

二人の疑問とは無関係に場面は進んでいく。

今度は二人が机で向かい合わせに座って会話をしている場面だった。

「ねえ、これって・・・」

「今と少し違うけど、やっぱりそう思う?」

少女は肯く。

「さっきは二人とも下向いてたからいまいち確信がなかったけど。」

「こんな事があったんだ・・・」

話しながらも二人の目は画面に釘付けだった。

画面の中の少年と少女は、何の憂いもないような、それでいて少し照れたような笑みを浮かべながらたどたどしく会話を続けている。

しばらくその場面が続いたが、その後さらに場面は変わっていく。

それは二人肩を寄せ合った料理風景であったり、仲睦まじく手をつないだ散歩風景であったり、とにかく見ている方が恥ずかしくなってしまうようなシーンの連続であった。

「なんか・・・ラブラブじゃない。」

「仲がいいのはいいけど・・・」

二人とも呆れている。自分たちの存在を考えれば、それは喜ぶべき事であるには違いないのだが、自分達と似たような年頃のカップルである。見せつけられているような気がしてしまうのは、現在未だフリーの二人にとっては仕方ないのかもしれない。

そう思っている所へ、さらに衝撃的な光景が飛び込んできた。

それは風呂場の光景。

少年にとっては画面に映る少女の裸の上半身だけでも刺激が強すぎるが、そこへ追い打ちをかけたのが、彼女が風呂に一人で入っているわけではないと言う事実である。

ブラウン管の二人は互いを直視することができず、背中を向けあい肝心な時には顔を横に向けてはいるが、食い入るように画面を見つめる二人にはそんなことはどうでもいいことだった。

むろんショックがないと言えば嘘になるが、完全に興味の方が上回っている。もはや互いの存在など記憶の彼方に放り投げ、集中力の限りを尽くして画面を見つめていた。

(うわ・・・なんて美味しいことを・・・でもあの肌きれいだなあ・・・)

少年の場合、半分は少女の裸に意識を奪われていた。

偶然なのか編集のせいなのか下半身を前から映したシーンはなかったが、この年頃の少年にとってはそれはマイナスにはなり得なかった。

むろんアダルトビデオでも何でもないのでそんなシーンは少ないが、かえってそれが少年の妄想を刺激するのか、先ほどから心拍数は別の意味で上がりっぱなしだった。

そして更に続く就寝場面。

もじもじと同じベッドに入った二人がどこまで行くのか。二人は手に汗握って成り行きを注視していたが、先ほどと同様背中合わせになっているだけで、何が起こるわけでもなかった。

(うわあ・・・大胆。いくら好きだからってあそこまで出来るなんて・・・)

それは少女にとって未知の領域であり、友人との会話ではなかなか得られない物であった。

実際に何か起こっていたら、それはそれで嫌悪感を催したのかもしれないが、画面の中では二人は意識しながらも結局何も起こらずに眠りについている。

注意深く見れば、少年はすんなり寝た訳ではなく、少女が寝返りを打つ度にびくっとしているのが確認できたのだが、あいにく彼女にはそこまでの注意力はなかった。

『To be continued the Second Day』

そのテロップが画面に出て再生が終了すると、二人は内心落胆するのを止められなかったが、表面上はまるで今まで息を止めていたかのように深くため息をつくのみであった。

「すごい物見ちゃったね。」

少年がまるで呟くような小さな声で一言感想を漏らした。

「ホントそうね。人は見かけによらないって事かしら。」

これまたいつものはきはきとした声ではなく、いささか疲れたような声。

二人はしばらく何を語る出もなく、部屋に鳴り響くのはテープを巻き戻す機械音だけと言う状態が続いた。

それを破ったのは少年の声。いつもと役回りが違うせいか、その声は多少遠慮気味の物となっている。

「そういえばさ。誰がこれ撮ったんだろう?」

「そう言えばそうね。この映像見た限りじゃ二人に露出狂の趣味があったとは思えないし。」

その事に気がついた二人は顔を見合わせる。二・三秒沈黙がその場を支配したが、実のところ彼らには犯人は分かっていた。

「考えるまでもないか。」

「送り主があの人だからね。」

「「盗撮、よね(だね)。」」

そう言うと同時にため息をつく。

(恥とか良心とか言う物はあるんだろうか?)

十年以上体験してきた事実を再認識する二人であった。

「で、どうする?2巻も見る?」

テープを巻き戻し終わったのを確認すると、少年はそれをデッキから取り出しながら少女に聞いてみた。

彼の本心を言えば見てみたいのだが、それをすることは盗撮云々に何か言う資格を失うことを意味する。そして少年にはその橋を一人で渡る勇気はない。

「・・・・・・毒を喰らわば皿まで。見ましょう。」

少女も同じ思いだったので少々考え込んでしまったが、とかくこういうことには積極的な彼女はvol.2に手を伸ばした。

「あ、その前に水飲んでくる。」

緊張のあまり喉はからからだったので、少年はそう言って、そうする事さえ苦労するかのように頼りなく立ち上がった。

「あ、私麦茶。」

「それくらい自分でやんなよ。まあいいけどさ。」

文句を言う割には素直に承知してしまう少年だった。

 

『ある愛の軌跡 -The Second Day-』

今度はPOP調の変形文字に何故か盆踊りの音楽。

「だから何なのよ・・・」

深く追求しようとは思わないが、言わずにはいられないその言葉。

麦茶を飲んだこともあり、今回二人は比較的落ち着いた気持ちで画面を見ていた。もちろん好奇心という意味での期待感は少なからずあったが、免疫が出来たとでも言うのか、多少のことでは驚かないと言った心理状態になっている。

「朝みたいだね。」

「当たり前でしょ。二日目って言う題なんだから。」

「あっ!」

緑の若草模様のカーテンから漏れる光で、二人にはそこが朝であることが理解できた。

はじめは天井を映していた画面は、ゆっくりとカーテンの閉まっている窓に視界を移し、そのままベッドの方へと向かう。

ここまでで昨夜の映像と違っているのは、何も部屋の明るさだけではなかった。

「抱き合ってるのかしら?」

「布団でよく見えないけど・・・」

「一巻の最後は二人とも寝てたわよね。」

「うん。」

昨夜は背中合わせに寝ていた二人が、いつの間にかくっつかんばかりの距離で向かい合わせに寝ている。

二人が掛け布団の下でどのような状態になっているかは二人の視聴者には分からなかったが、さしあたって何があったわけでもないだろうと言うことを確認する。

「でも可愛い寝顔よね。」

「可愛いはないんじゃないかな。」

ズームアップになった二人の寝顔を評した少女に言葉に反論する少年だったが、内心は彼女と同じ意見だったのでその口調は自然と笑いを含んだものとなった。

「あ、起きた。」

画面の中の少年がゆっくりと目を開けた。

そして瞬きを二・三回。

まるでゼンマイが切れてしまったかのように、少年はそこで固まってしまったが、十秒近く経っていきなり画面から消える。

「あれ?」

と疑問に思ったのも束の間、再び映像が広角に戻って二人は得心した。

「何あれ。ベッドから転げ落ちるなんて格好悪い。」

「ははははは。マンガみたいな展開だね。」

「次は何かしら。」

「パターンとしてはおはようのキスかな?」

だがその予想は外れた。

少年が寝ている少女の方に体を傾けた時は二人とも食い入るようにそれを見つめていたが、結局少年は「卑怯だよね。こういうの。」と呟いて身を離し、タンスから着替えを取り出し始めた。

「つまんないの。」

「何逃げてるんだよぉ。」

もはや完全な野次馬と化した二人はそれに非難を浴びせる。もはやゲンドウのことをとやかく言う資格はこの二人にはない。

テレビには「惜しかったかな」などと呟きながら着替える少年が映っている。

「線が細いけど非弱っていうんじゃないのね。」

「男の着替えの何が面白いんだよ。」

興味深そうに画面を見つめる少女に、少年は当たり前と言えば当たり前な感想を述べる。逆にここで「いい体だよね」などと発言したら問題になるだろう。

とはいえ所詮飾りっ気のない男の着替え。ほとんど時間もかからずに着替えは終わり、少年は洗面台のある方へと歩いていった。

と同時に画面がスクロールしズームアウト。未だ眠っている少女を中心として部屋全体が映っている。

しばらくは何も起こらなかったが、少年が洗面所から帰ってきて、エプロンを身につけたところで変化が起こった。

元々この時間に起きる習慣があったのか、丁度顔に当たったカーテンから漏れてくる一筋の光が眠りの園から引き戻したのか、少女はくぐもった声を上げた。

そして少女はまるでスイッチを入れられたロボットのようにパチリと目を開くと、いきなり上半身を持ち上げて辺りをせわしなく見回す。

その表情には焦りと不安がありありと浮かんでいるが、部屋の向こうから少年の声が聞こえると、今度は希望と喜びに満ちあふれた笑顔となっていそいそとベッドから降りた。

「おーおーこれはまた・・・」

まさに豹変と言うべき変化を見た少女は苦笑する以外になかった。ここまでベタベタだと呆れるしかない。

「いいよね〜・・・」

対してそれを見る少年の目は憧れに近い。もっとも「いいよね」の27%位は少女の着替えシーンに向けられていたのだが。

「いい?これはあくまで例外なんだからね。アンタがどんな幻想抱いてるのかは知らないけど、それだけは覚えときなさいよ。」

馬鹿らしいとは思いつつも、少女は隣に座る少年に忠告する。

だが少年はそれに対して非常に迷惑そうな顔つきで言い返してきた。

「夢をなくすようなこと言わないでよ。大体自分が女の子として、かなり例外の存在だって事忘れてるんじゃないの?」

「何ですって!自分がもてないからってそこまで言う?!」

「何言ってるんだよ。偉そうなこと言って自分だって彼氏いないくせに!」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「止めましょう。」

「うん。」

幸せそうに朝食の用意をし、楽しそうにそれを食べる画面の中の二人に比べて自分達のなんと虚しいことか。

二人はそれを考えないためにも、敢えて意識を画面に集中する。

だが、意図的にそれを思い出させるかのように仲の良い二人の後かたづけの映像が続いていく。

そして朝食の後は静かな会話の時間。

聞いたことのある話もちらほらあったが、その多くは自分達には初耳であった。

「結構ハードな子供時代だよね。」

「私達にはあまり言わなかったけど。」

多少-特に少女の方に多く-理解できない単語が混じっていたが、彼らが幸福とは言えない子供時代を送ったことは二人には理解できた。

言葉の端々で、互いを必要以上に心配させないように気を使っているのが見てとれる。

「ただの馬鹿カップルじゃなかったってことかしら。なんかほっとしたわ。」

「そうだね。逆に何でこの時間をこんなに喜んでるのかも分かる気がする。」

「暗い話をしても辛そうじゃないし。言ってる事がこう・・・前向きって言うのかしら?」

「多分一緒にいられるからじゃないかな。」

「そうね。でもこれでこのビデオ、心ゆくまで楽しめるって物よ。」

(今までは遠慮してたの?)

少年はそう思ったが、言ってもロクな事にはならないことは分かっていたので何も口にはしなかった。

映像はすでに場面を変えている。

昼食のシーンでは相変わらず仲良くパスタを作り食べている。

それからは庭に出て散歩。

小川を発見したところで少年は一旦どこかに消え、次に現れた時には釣り竿を手にしていた。

「『魚を殺さないで』か。信じられないくらい優しかったんだね。」

釣り竿を目にした時、思わず漏らした少女の懇願への少年の感想。

「ホント。一体どこに置き忘れてきたのかしら?」

こちらは隣に座る少女の弁。

そこからしばらくは、変化に乏しい緩やかな場面が続いた。

少年は釣り糸を垂らしている。針がないせいか全くと言っていいほど当たりがない。一度だけ大きな奇妙な色の魚がかかったが、最後にはやはり逃げられてしまった。

その背中に少女はもたれかかっている。こちらは読書をしているが、あまり身が入っている様子ではない。

時折思い出したように互いに話しかけているが、その顔つきを見れば、それが嬉しくてしょうがないといった所であるのは明白である。

「幸せそうなのはいいんだけど・・・」

「のどかすぎてつまんない。」

別に波乱を期待しているわけではないが、こうも静かな場面が続くと眠たくなってくる。

「早送りする?」

リモコンを既に手にした少年が確認を取る。

「そうしましょ。何か起こるか場面が変わるまでね。」

その言葉が終わるかどうかのうちに、既に少年の指は早送りボタンを押していた。

時折聞こえる二人の声が変な物になったのは少しだけ笑いを誘ったが、結局散歩の場面では何も起こらなかった。

「ストップ!」

少女の声に少年は慌てて再生ボタンを押す。だがほんの少し間に合わず行きすぎてしまった。

「ホ〜ントアンタ反射神経ないわね。」

「うるさいなぁ。いちいち文句つけないでよ。」

ぶつくさ言いながら少年はテープを少し巻き戻す。

「これでいいだろ。」

「よし。」

今度は丁度場面が切り替わったところから再生された。

今度は夕飯の場面らしい。電気をつけた居間の食卓で、二人が食事を摂っているところから始まった。

「でも、この頃から料理上手かったのね。」

少女は机に並んだメニューを見て呟く。

「豆腐ステーキくらいならまだしも、この年で煮物まで作る?普通。」

「あのミサトさんのところで苦労したらしいから・・・」

彼らは話でその恐怖を聞いただけだが、「スプーン一杯で像をも倒す」とか、「使徒より怖いMカレー」とかさんざんその話は聞かされてきた。

忘年会で一度、興味本位で食べてみたいと言ったことがあったが、その一言でそれまで盛り上がっていた場が一斉に静まり返り、真剣な顔で皆が止めに入ったのでそれ以上は何も言えなくなったということがあった。

もっとも食事をしている二人にとっては、味などはあまり気にならなかったようである。

と言うよりも、気にするほど余裕がなかったと言った方が正解かもしれない。

「あーあーあーデレデレしちゃってみっともない。」

「二人とも意識しすぎなんだよ。」

勝手なことを言う二人。

「話が上手くないのは分かってるけどさ、もう少し自然に振る舞えないのかしら?」

あまりな発言ではあるが、あながち的外れでもなかった。

今も少年は少女の話を聞いていると言うより見とれている。それをいぶかしんだ少女の問いで慌ててご飯を掻き込むも、その不自然さがかえって少女に意識させている。

食事の間中その奇妙な緊張感は続いたようで、どこか急いだような雰囲気の夕飯が終わると、少年はそそくさと台所で洗い物を始め、少女の方は風呂場へ浴槽を洗いに行ってしまった。

画面は始め台所を、次に浴室を映しているが、どちらとも一人であるにも関わらず顔を赤くしながら作業を進めている。両人が内心何を考えているかは言うまでもないだろう。

「気持ちは分からなくないけどね。」

それを見た少年のつれない一言だった。

 

「おおっ!!」

ひときわ大きな声が居間に響いたのは、それから間もなくのことであった。

ブラウン管にはベッドに腰掛けて、唇を合わせている二人の姿が映っている。

(きゃー、とうとうやったわねっ。)

それを見ていた少女の感想は可愛らしい。

(チャンスだ!行け!そのままゆっくりと・・・だぁ〜っ!違う!)

片や少年の感想はいささか不純である。

そもそも少年にとっては女の子と一緒に風呂に入るだけでも凄いことなのである。一足早く大人になってしまった友人の話でもそこまでは行ってないと聞く。

まして二人っきりの部屋でベッドの上でキスしていたら・・・

思春期の少年の想像力の翼がはためくのも無理からぬ事であった。

だが実際にはキスを言えた後、ひとしきり抱き合っただけで終わってしまった。

どうやら二人は風呂に入ることになったらしいが、少年にとっては肩すかしを食らったような気がして堪らなかった。

「いやはや、緊張したわ。」

少女はニヤニヤしながら空になったコップに麦茶を注いでいる。

「でもあそこで終わったのは意外だったかな。」

こちらもにやけて首を傾げ、少年はコップに口を付ける。

「男ってそれしか考えないの?ホントにスケベなんだから。」

嫌そうに少女は顔をしかめて言う。

「あの状況からだったら普通はそう思うよ。」

「そんなのアンタを含めた一部だけよ。そこまで行くと想像じゃなくて妄想よね。」

その言葉に少年は「分かってないなぁ」とでも言いたげに、人差し指を立てて何回か左右に振る。

「そっちこそ男に幻想持ちすぎだよ。男ってのは、あっ!」

少年の話を中断させたのは、テレビに映る入浴シーンだった。

映っているのは湯船につかる少年の頭と、頭からお湯をかぶる少女の背中。

後ろ姿とはいえ、その躰は少年にとって興味を引くといった程度の物ではなかった。

それは湯船につかる少年にも同じだったと見え、あからさまにそちらに顔を向けているわけではないが、シャンプーを流している時など少女の視線を盗むようにちらちらとそちらを見ている。

だが、それ以上そのシーンが流されることは許されなかった。

「こんな所はカット!」

そう言って少女はリモコンを手にとり、まるで憎しみを込めるかのように早送りボタンを押した。

「ああっ!何するんだよ!」

「アンタ何見てるんだか分かってんの?この変態!」

「・・・分かったよ・・・」

その指摘に、少年はバツが悪そうに俯いた。

「ここならまあいいでしょう。」

少女が再生した時、画面に映ったのは居間だった。

どうやら二人は寝る直前のようで、二人が着ている服はパジャマに代わっている。

お揃いの青と白のストライブのパジャマは、微笑ましさというかまるで仲の良い兄弟のような印象を与える。

もちろん当人達は、そんなことは考えていないし考えたくもなかったであろう。

二人は昨日と同じように照れながらも布団に入り、リモコンで電気を消した。

・・・はずなのだが画面は白黒なっただけで、はっきりと何がどうなっているのか見ることが出来る。

「ノクトビジョン・・・」

盗撮の為にわざわざ暗視装置まで動員するゲンドウには恐れ入る。

「あれ?」

少年は様子が昨日とは違うことに気がついた。

「どうしたの?」

「いや、今日は向かい合って寝てるなって・・・」

「そう言えばそうね。」

白黒の少年はやはり緊張しているらしく、時々相手に話しかけはするものの、大体の会話が30秒持たない有様であった。もちろんこれは少女の方も緊張しているというせいもあったのだが、とにかく二人は素直に眠れる状況ではなかったのは間違いない。

それを見る二人は、まるで息を止めたかのように何もしゃべらなかった。

部屋にはスピーカーから流れてくるうわずった二つの声が時々流れるだけ。

たどたどしいながらも、言葉の一つ一つに想いを乗せたような二人の言葉。

それがまた臨場感というか背徳感を刺激して止まず、二人は画面から目を離すことが出来なくなっていた。

だから少女としばらく話して落ち着いてきた少年が、少女の頭に手を伸ばした時、期せずして二人は同時に唾を飲み込んでしまったが、その手は少女の髪を何度か優しくすいただけで離れてしまった。

『おやすみ』

少年のその言葉と共に画面には『To be continued the Third Day』の文字が浮かぶ。

失望感・安堵感・開放感。

ここに来て、ようやく一息つけた二人は深く深呼吸をした。だがすぐには鼓動は収まってくれそうにはなかった。

 

「思わず見入っちゃった。下手なドラマより緊張感があるわ。」

コップに残った麦茶を一気に飲み干した少女は、デッキから巻き戻し終わったテープを取り出しながら呟いた。

「ストーリーなんてないのに、ここまで引き込まれるとは思わなかった。」

少年はテープのケースを渡しながらそれに答える。

「やっぱり俳優って大事なのよ。」

「今回は特別だよ。大体二人は演技してるわけじゃないし。」

「そりゃそうだけど。どんな名優も本気の言葉には勝てないって事かしらね。」

「少し違うと思うけど・・・じゃあその3巻目。行ってみる?」

答えなど分かってる癖に確認しなくては安心できない。短いながらも彼が人生で得た教訓が、無意識レベルまで体に染みわたっている。

「当たり前じゃない。早くテープ寄越しなさいよ。」

少年はvol.3と書かれたテープをケースから出して手渡す。

「入れて・・・再生っと。」

 

『ある愛の軌跡 -the Third Day-』

今度は極太明朝体の文字と、今も再放送されている「フランダースの犬」の主題歌。

「うう・・・パトラッシュが・・・」

何か思い入れがあったのか、少年はそっと目頭を押さえる。

「馬っ鹿みたい。」

少女は冷ややかな目つきで隣の人物をこき下ろした。

ちなみに彼女もつい最近「ウルトラマンがゼットンに!」と涙したことは誰にも知られていない。

閑話休題。

やはり3巻目も朝のシーンから始まっていた。

カーテンの隙間から漏れてくる光で部屋は薄暗い状態あるのは前日と同じだが、そこから先が少し違っていた。

先に起きたのが少女の方だということである。

そして天井を向いて仰向けに寝ている少年に寄り添うようにくっつき、少年の胸に頭を乗っけてみたり、頬をなでたり突っついたり、髪をいじったり、いろいろなちょっかいを楽しそうに繰り返す。

それにも関わらず少年がなかなか起きないのは、単に熟睡してるということなのか、それとも鈍感なのかの二つに一つだが、視聴者の感想としては2対0で後者であった。

どちらにせよその行動が少年を刺激したのは間違いない。

突然少年が、少女の名を口にしながら寝返りを打った。

それが寄り添う体勢にいた少女を抱きしめる格好になったのはあくまで偶然の産物でしかない。

だが、少女はその姿勢に抵抗する素振りは全く見せず、かえって更に体を寄せ、安心した顔つきで再び目を閉じた。

「嘘みたいなホントの話・・・だね。」

「こうもお約束通りに話が進むとかえって気持ちいいわ。」

二人の率直な感想である。

その直後、と言っても編集された後なので、映像の中ではしばらく時間が経ってからのことかもしれないが、今度は少年が目を覚ました。

始めは自分達の状況に驚きを隠せない様子であったが、昨日のように慌ててベッドから転げ落ちるようなことはなく、しばらくの間少女の方を見つめた後、軽く抱きしめてからそっとベッドから降りた。

「成長したわね〜」

「まぁこんなものじゃないかな?」

「でもまだお互い相手の意識のない時だしね。」

「そうそう。これを普段から出来れば凄いんだけど。」

二人が好き勝手なことを言う間も映像は続く。

少年はタンスから黒のTシャツと青白チェックの上着を取り出し、掛けてあった紺のソフトジーンズを手に取るとパジャマを脱ぎ始めた。

その時である。少女が再び目を覚ましたのは。

『あ、あの、お、おはう・・・

起き抜けに見た状況に混乱しているのか照れているのか、最後は蚊の泣くような声になってしまった少女。

対して少年の方ははっきり言って無様だった。

ただでさえパジャマのズボンを片足だけ抜いた情けない格好であるのに加えて、上半身は既に裸なのである。

一歩間違えれば大変な誤解を生みそうなシチュエーション。

慌ててパジャマから足を抜いた途端バランスを崩して転ける。とりあえずその体勢のままジーンズを履いたまでは良かったが、チャックを閉める段階で朝の自己主張に引っかけてしまい声にならない声を上げる。

『顔・・・洗ってくる・・・』 

ようやく絞り出したその声はちょっと涙声。

勝手に過ぎ去っていった嵐を、事態が飲み込めないままに見送る少女の顔はポカンとしていた。

「ははははは。苦しい。は、は、助けて。」

ブラウン管の外では少年が呼吸困難を起こしかけるほど笑っている。

「カッコ悪い・・・」

少女は顔に手を当てて首を振っている。

だが好悪の感情は別として、意外な一面を見たという思いは二人とも一緒だった。

「楽しそうだな。」

「「!!」」

突然後ろの扉が開き、スーツ姿の男が入ってきた。

「あ、お帰り!」

「お帰りなさい。」

「ただいま。」

男はそう言うと、居間へは入らず直接台所に行き、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、コップになみなみと注ぐとそれを一気にあおった。

「ふーっ。今日も外は暑かった。で、何を笑っていたんだ?何か面白い映画でも借りてきた?」

その質問に二人は互いに見合ってニヤリとする。

「ビデオなの。」

少女の声。

「コメディーだろ?何借りてきたんだ?」

男は冷蔵庫にペットボトルをしまいながら会話をしている。

「コメディーじゃなくて・・・どちらかというと恋愛物かな?」

少年が続ける。

「恋愛物?なのに笑える内容なのか?」

男はコップ片手に暖簾をくぐって居間に向かう。

「内容はパターンなんだけど。」

「俳優が笑えるの。」

二人は笑いをこらえるのに精一杯になっている。

「俳優が?誰だい、恋愛物でも笑わせられるなんて。」

ネクタイを緩め、コップの水を飲みながら男は居間に入ってきた。

「「父さんと母さん。」」

ブッ

男は飲んでいた水を吐き出した。

「ゲホッゲホッ・・・な、何を・・・」

むせかえって、思いも寄らない言葉に男は動揺を隠せない。

「こちらをご覧下さい」

少女の示す先にはテレビ。

「こ、これはいったい・・・」

映っているのは間違いなく二十数年前の自分と妻の姿。

「記憶にございませんか?」

いたずらっぽく少女が尋ねる。

「これをどこから・・・いったいどうして・・・」

直接的な答えにはなっていないが、男は間接的にその存在を認めた。

(どうしてこんなビデオが家に・・・いや、それ以前にどうしてビデオになっているんだ?)

完全に密室状態の中での経験と今まで思っていただけに、彼のショックは大きかった。

「お祖父ちゃんから送ってきたんだけどね。見ちゃ拙かった?」

少年の補足説明。

(あ、あの男・・・今まで僕たちを騙していたんだな。父さんはまた僕を裏切ったんだ!)

「何を考えているんだ・・・」

よろよろと机に手をつく男。コップから僅かに飛沫が飛んだがそんなことを気にしする者は誰もいない。

「ねえねえ、あれいくつの時?場所はどこなの?」

「見た感じ僕たち位だったけど、その時から同棲してたなんて知らなかった。」

「違う!あれは実験の一つで・・・」

「キスするのが?」

「一緒にお風呂にはいるのが?」

「くっ・・・」

子供達の追求に男はたじたじとなった。

男は椅子に力無く腰掛け、頭を抱えながらちらりとテレビの方を見た。

そこでは昔の自分と妻が、過剰なほど意識しあいながら朝食を作っている。

(この後は確か妄想に走って鼻血を出しながら倒れるんだ・・・)

「ビデオを止めなさい。」

ここまでばれてるならもうほとんど意味はないかもしれないが、これ以上この生活を子供に見せるのは男にとって忍びない。

「えーっ。」

「どうして。」

当然の事ながら二人は抵抗する。その目は『こんな面白いおもちゃを見つけたのに簡単に手放しますか!』と雄弁に語っていた。

「お前達の見るものじゃない。」

「つまり見せられないような、もっと凄い事をこの後したのね?」

「お風呂にはいることより凄い事・・・確かに見るべきじゃないかもね。」

「・・・・・・・・・・・・」

少女の問いには答えられない。Yesと言えばビデオは止められるかも知れないが、更に突っ込んでくるだろう。第一教育上よろしくない。Noと言えばここまで見たんだから同じだろうと言われるに違いない。

少年の方は字面だけなら止めることを理解しているようだが、ニュアンスとしては限りなく少女のそれに近い。

「自分で止める。」

父親の威厳が崩壊するのを感じながら男はそう言って立ち上がり、リモコンに手を伸ばした瞬間、横から伸びてきた手にそれをかっさらわれた。同時にもう一人が残りの3本のテープを確保する。

(リモコンを奪っても本体を止めれば同じ事だ。)

一瞬呆気にとられたが、そう思い直して男が一歩を踏み出した時、テープを小脇に抱えた少女が質問してきた。

「どうしてもこれ以上見せてくれないの?」

「当然だ。」

男はテレビの前にしゃがみ込み、停止ボタンに指を伸ばした。

「じゃあ残りは友達の家で見よ〜っと。」

男の指が止まった。

「そんなに小遣いを減らされたいのか?」

その言葉で僅かに少女に怯みが見えたが、それくらいでは抵抗力の全軍崩壊には至らなかった。

「そんな事したらお祖父ちゃんと組むわよ。」

少女にとってこれはブラフでしかなかったが、意外にもその効果はあった。

「要求は何だ。」

父親の変化に意外な思いを抱きながらも、少女は堂々と答える。親にしてみれば多少の恥ずかしさはあるだろうが、元々自分達がテープを見ること自体は悪い事とは思っていないのでこの態度はむしろ当然ではある。

「一つだけよ。このテープを最後まで見せて欲しいの。」

「それは駄目だ。」

父親の答えはにべもない。

「どうして?エッチな所は遠慮するから。」

「あのなぁ・・・」

男は頭をかきながら言葉を選んでいる。

「人には見られたくない物は一つ二つある。お前にだってそう言う物があるはずだ。それをお前は見せろと言ってるんだぞ。」

「だって父さん達この頃の事あんまり話してくれないじゃないか。それを知りたがっちゃ駄目だって言うの?」

横から少年が言ってきた。

「この時はつまらない事が多すぎたんだ。聞いても面白くないだろうし、多分お前達にはまだ分からないだろう。」

(ホントに多かった・・・いろいろな事が・・・)

男の目はほんの少し遠くを見ている。

「馬鹿にしないでよ。ほら、テレビの父さん笑ってる。いろいろあったからこそここまで笑えるんだって事くらい僕たちにだって分かってるよ。だから見たっていいでしょ?」

テレビの中の少年は少女と二人洗い物をしているが、緊張の中にもどこか幸せそうな笑みが浮かんでいるのは確かに少年の言うとおりであった。

(そんなに・・・)

(そう言えば僕も・・・)

(父さんの事が分からなくて・・・)

(だけど・・・・・・・・・・・・いや、そうか・・・)

「・・・わかった。」

男はため息一つついてそう答えた。

「ホントに?」

「やった!」

子供達は飛び上がらんばかりに喜んでいる。

「但し。」

そこで一旦言葉を切る。

「但し一度編集し直してからだ。どうもお前達の言葉だと、かなりの所まで映っているようだからね。」

子供達は顔を見合わせた。

「どう思う?」

「仕方ないんじゃない。結構きわどかったし。」

他にも幾つか言葉を掛け合うと、二人とも大きく肯いた。

「よし。じゃあテープとリモコンを机の上に置いて。」

子供達が言われたとおりにした次の瞬間、二人は男に抱き寄せられていた。

普段の彼らしくない行動に二人は呆気にとられていた。

子供達の驚きを理解しているのかどうか。男は落ち着いた、複雑な想いを込めた声で二人に言い聞かせる。

「いつか必ず全てを話せる時が来ると思う。それまでは父さんと母さんの事を、父さんと母さんがやった事を信じて欲しい。今言えるのはそれだけだ。」

「父さん・・・」

「分かったわ。」

さしあたり二人が納得してくれたことを理解すると、男は腕の力を緩め体を離した。

そして肯きながら二人の肩を叩いた。繰り返し、繰り返し。

 

「何やってるの?」

そんな三人の後ろから、今度は女性の声がした。

「お帰り。」

「今日は早かったね。」

「新しい子が入ったんで少し楽になったのよ。で、何やってたの?」

ちなみに女の方からは、三人がブラインドになってテレビは見えない。

「いや何。今度昔話をすることになってね。」

「昔話?よく分からないけど頑張ってね。」

当たり前なのだが、女は完全に自分は第三者的な立場に立っていると思いこんでいる。

三人はそんな彼女の様子に、笑う寸前で耐えていた。

「何言ってるんだよ。母さんも参加するんだよ。」

「どういう事?」

漫画的に言えば頭の上にクエスチョンマークが浮いている状態だろうか。女の表情は更に訝しげな、きょとんとした顔になっている。

「こういう事さ。」

男の声と同時に三人は女のためにテレビまでの視界を開けた。

画面には見たことのある人物が、これまた見たことのある人物のシャツのボタンをはずし、ズボンのベルトを緩めている。

(え?え?え?)

少女は更に、少年の体のあらゆる部分をなで回している。

(ちょっと待って、これって・・・)

『訂正、一部・・・腫れを確認・・・』(ぽっ)

(!!)

パズルが完成した。

 

きゃーっ!どうして?!駄目〜っ!!

女の声が団地中に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

碇家のある一時・・・でした・・・

 

 

 

 

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