ある晴れた休日の午後。

私はデパートの紙袋片手に繁華街をうろついていた。

「次はあの店見てみようかな。」

とりあえずバーゲン品とか買う物は買ったし、さしあたって用はなかったんだけどこのまま帰るのが何かもったいなかったので、私はいろいろお店を見て回っていた。

その途中に、あるお店の中に見知った人物を発見。

(あれは・・・はは〜ん。)

店に入って、驚かせようと思って声をかけずに背後に忍び寄る。

「な〜に見てるの?お二人さん。」

「「レイ!」」

二人ともホントに驚いてる。幽霊や怪物じゃあるまいし失礼な。

私は二人の背後からひょいとのぞき込んで、その前に並べられている商品に目をやる。

「ほほう。アスカさまもヒカリさまも今年は手作りですか。」

私はニヤニヤしながら二人の顔を代わる代わる見た。

「ちっ違うわ。私はヒカリの手伝いに来ただけで・・・」

「何言ってるのよ。アスカの方から誘ってきたんじゃない。」

「だってヒカリが前からそういう話をしてたから。」

ああ麗しき女の友情。

「まぁまぁ二人とも。そんなの持ったままじゃ説得力ないわよ。」

「「うっ。」」

アスカの手にもヒカリの手にも、大きさなんかは違うけど、ハート型のプラスチック製の型。

楽しそうに選んでるトコ見ちゃったもんね。

「さて、如何致しましょうか。お二人さん?」

ヒカリもアスカもアイコンタクトでなにやらやっているけど、どちらからも切り出せないでいる。

(ニヤリ。)

こんな美味しいイベント、私をのけ者には出来ないわよ。

 

そう。バレンタインデーは間近だった。


14回目の”14日”  ・・・綾波補完委員会20000hit記念・・・


「最初っから素直にそう言えばいいじゃないの。」

メロンソーダを飲みながら、私に不平を漏らすアスカ。

ヒカリもアイスクリームを口に運びながらうんうんと黙って肯く。

ここは喫茶店。

とりあえず買い物を済ませた私達が休んでいる場所。

「いや、二人の困ったところが見たかったなぁ〜なんてね。」

「アンタいい性格してるわよ・・・」

心底呆れたようにアスカは言った。

「サクランボいる?」

私は自分のフルーツパフェをアスカの前に差し出した。

「いただくわ。」

だけど答えたのはヒカリ。

横からさっと手を伸ばし、アイスクリームのスプーンでクリームごとサクランボを奪い去った。

しかもどぶわぁっと。

「あああ・・・私のパフェがぁぁぁぁ」

余りの出来事に涙声になる私。クリーム大好きなのに・・・

「自業自得ね。」

アスカ・・・そんな冷たい言い方しなくても。

そりゃちょこっとヒカリのことからかったわよ。鈴原君の名前も少しだけ出したりしたわよ。でもそれってここまでされる事?

そんな私の思いとは関係なく、ヒカリは一旦アイスクリーム皿の上に置いたパフェをぱくぱくと食べていく。

「・・・太るわよ。」

ぎろっ

「いえ、何でもないです。」

私の嫌みは、ヒカリの一睨みで跳ね返されてしまった。

仕方なく、私は激減したパフェをつましく食べることにした。

ああ・・・わたしのクリーム・・・

「でもさぁ、レイが参加するのはいいんだけど、参加してどうするの?」

参加とはこれからのチョコレートづくりのこと。

二人は材料をそろえた後、アスカの家に行って作るつもりだったらしい。

私は思うところあって、二人に頼み込んで(向こう曰く「脅して」)それに参加させて貰うことになっていた。

「浮き世の義理って奴に使うつもり。それに前からやってみたかったんだけど、一人じゃ材料そろえるのとか大変そうだし。」

わざわざ年一回のイベントのために、一人暮らしが材料と道具をそろえるのは効率が悪い。

私は別に料理とか熱心な方じゃないから他に使わないのよね。

「別に大したことでもないわよ。そうじゃなくて、実は出来たんじゃない?本命。」

「何を証拠にそのような。」

「別に理由はないけど、強いて言えば女の感かな。」

流石アスカ。チェックが厳しい。ここはちょっとプレッシャーを与えてみますか。

「・・・実はそうなの・・・」

「ホント?!誰?誰?」

アスカは目を輝かせて身を乗り出す。ヒカリもスプーンを休めてこっちを注視している。

私もスプーンを置き、膝に手をやって俯いた。

一つ、二つ、三つ。

充分間を空けてから私は小声で口を開く。

「実は・・・その、碇君。」

「うそっ?!」

「・・・ごめんなさい、アスカ・・・」

「・・・はん、関係ないわよ。私の本命は加持先生なんだし、これで義理を作る手間が一つ省けたってものね。」

強がってる強がってる。

「前から言わなきゃって思ってたんだけど言えなくて・・・」

「いいのよ別に。あんなののどこが気に入ったか知らないけど、いいじゃない。応援するわ。」

本気で言ってるのかしら?あんなの扱いされる碇君には悪いけど、日頃の扱いと重ね合わせてしまって笑いがこみ上げてくる。

「くっぷっくっくくくく。」

「何よ。」

もうダメ。堪えきれない。

「あはははは。ゴメン、驚いた?。」

アスカは馬鹿みたいに口を開けている。

「ついからかいたくなっちゃって。いや面白かったですよ。アスカさん。」

「・・・・・・・・・・あんたねぇ・・・」

アスカの肩は震えている。私に対する怒りっていうのもあるんだろうけど、私の発言に動揺した自分がもっと許せないんじゃないかしら?

「おや?やはり本命は碇君の方?」

とりあえず私に怒りの矛先が向けられないように予防策。

「・・・・・・ヒカリ、提案があるんだけど。」

アスカがいきなり隣に座るヒカリに話しかける。その声は怖いくらいに明るかった。

「な、何?」

ヒカリも何か恐ろしい物を感じたんじゃないかしら。声がうわずっている。

「お互いレイにはいろいろ言いたいことはあると思うんだけど、とりあえずどうかしら?ここの払いはレイの奢りっていうことで。」

「え?あ、ああ。そう言う事ね。」

ヒカリは私に顔を向け、邪悪な笑みをその唇に浮かべる。

「そうね。それがいいわ。」

ちょっと!いいわけないじゃない!

「積悪の報い第一弾。潔く受ける事ね。」

何よその『第一弾』って言うのは?!まだ何かあるの?

「そう。人間潔さが肝心よ。」

「「うふふふふふうふふ」」

二人は不気味な声を上げて笑っている。

真面目にこれは怖い。

「二人とも、ほらっ、みんな見てるしさ、もう止めない?ね?」

「「ふふふふふふふ」」

私の言葉は何の効力もなかった。むしろ二人がテーブルの下で、代わる代わる私の靴を蹴って来るんでますます恐怖が増しただけだった。

「・・・分かりました。私が悪かったです。・・・奢らせていただきます。」

泣く泣く私は条件を呑む。でもそのおかげで私は笑いとキックから解放された。

(ふう・・・)

さしあたっての安堵感が私を満たしたけど、それはまさに一瞬のことでしかなかった。

二人は顔を見合わせて、計ったように同じタイミングで肯く。

「「すいませ〜ん。注文お願いしま〜す。」」

「まだ食べるのぉ〜?!」

うう・・・今月はまだ長いのに・・・生活費、切りつめなきゃ・・・

 


 

 

「アスカの家ってこんな遠かったっけ〜?」

今私達はアスカのマンションのエレベーター内にいた。

私は奢らされた挙げ句荷物の大部分を持たされてしまったから、一刻でも早く目的地に着きたかった。

自分の買い物+材料+ヒカリの持ってきた道具+その他リュック等3人分の荷物。

大した距離を歩いた訳じゃないけど、荷物を持たされて嬉しい人間なぞいるはずもなく、私は愚痴とまでは行かないけど弱音を吐いていた。

「もう少しよ。頑張ってね。」

ヒカリの言葉は優しいけど、絶対荷物は持とうとしない。

「いじわる・・・」

「少しは懲りた?」

アスカも笑いながら聞いてくる。

「たくさん懲りました。」

私はしばらく二人をからかうのは自重しようと誓っていた。

とりあえずこれからのターゲットは3バカになるだろう。

「そう。後10メートル、それで許してあげるわ。」

つまり玄関まで持っていけって事ね。

ここで許して欲しかった・・・

チン

エレベーターが停止して扉が開く。

「あれ?」

目の前に碇君が立っていた。

「アスカ帰ってきたんだ。」

「何よ、まるで帰って来ちゃいけないみたいな言い方ね。」

「イヤ、早かったなと思って。」

「そう。アンタ何でここにいるのよ。」

「ちょっとコンビニまで行って来ようと思って。」

うう、からかいたい・・・ここで何も言えないのは凄く辛い。

碇君はアスカの肩越しに私達の方をのぞき込む。

「で、何で綾波だけそんなに荷物持ってるの?」

「ちょっとしたことだから気にしないで。」

ヒカリが「開」ボタンを押さえながら凄く楽しそうに説明する。

全然ちょっとじゃないっ!

「アスカの家に行くんだろ?だったら手伝おうか?」

らっき。

「それじゃ・・・」

「「レイ。」」

「・・・はい。」

分かってます。私は今罰を受けている最中です。

「どうしたの?別に遠慮しなくてもいいよ。」

「レイは今筋トレ中なの。アンタはさっさとコンビニでも行って来なさい。」

「は?ってちょっと?」

アスカはヒカリと私を中から引っぱり出すと、次にいぶかしる碇君を押し込んだ。

「はは・・・じゃあね・・・」

さすがにヒカリも愛想笑いするしかないみたい。

閉まりゆく扉に向かって手を振っていた。

「うん。じゃあ・・・」

当たり前だけど碇君は納得していない。それでもアスカが怖いのかこれ以上抵抗はしなかった。首を傾げながらボタンに手を伸ばしている。

そして扉が閉まった。

「さ、行きましょ。」

「はい。」

(ドナドナド〜ナ〜ド〜ナ〜)

何となくその歌が浮かんできた。

 

 


 

「さて、準備は出来たわね。」

「これで全部よね。」

目の前のテーブルには道具と材料一式が並んでいる。

家にあったもの、買ってきたもの、ヒカリが持ってきたもの。ヒカリに言わせると大した量ではないんだけど、私にしてみれば十分多い。

3人とも今はエプロン姿。私は飛び入りだからアスカのおばさんの白いのを借りたけど、アスカは自分の赤いやつ、ヒカリは持ってきた緑色のをつけている。

「さて、最初はこのチョコをとかすんでしょ?」

私は大きな板チョコを手に取った。何でも1キロくらいあるらしい。そんなに作るつもりだったんですか、この二人は。

「そうよ。ヒカリお湯沸かしといて。私はこれ砕くから。」

「分かったわ。」

ヒカリは大きめの雪平鍋に水を張って火にかける。

「お湯なんかどうすんの?その中に溶かすの?」

この時の顔をみんなに見せてあげたい。

まるで異星人を見るような、知ってはならないことを知ってしまったかの様な引きつった顔。

「アンタ本気で言ってるの?湯煎で溶かすに決まってるじゃない。」

「はあ。」

「もしかしてレイ、この板チョコを適当に割ってお鍋で溶かして、型に流し込んで冷やしてハイ終わり、とか思ってなかった?」

「たはは・・・違うの?」

私は冷や汗をかきながらそう答えた。だって今の今までそう思ってたんだもん。

「はぁ・・・よしっ。今日は私達がみっちり仕込んであげる。これから私達の事先生と呼ぶように。」

「はは・・・お手柔らかに・・・」

妙に燃えているアスカ。一体アスカに何があったのかしら?

 

「きゃあ!包丁飛ばさないで!」

「レイ、火が強すぎる。ああっ燃えてるじゃない!」

「温度計そんなに振り回しちゃ・・・やっぱり割った・・・」

「ゆっくりと掻き回して・・・そう・・・あっ、水入れちゃダメっ!」

「そ。それを型に流し込むの。あっ。こぼれてる!ふきん持ってきて!」

「冷やすのは冷凍庫じゃないっ!」

イヤな予感はしていたんだけど、予想通りそれからの時間、私にとって屈辱の時間となってしまった。

難しいのが出来ないのは自覚してたけど、自分がここまで基本が出来ていなかったとは思わなかった。

客観的に見れば大したことはやってないんだけど、私は二人にみっちりしごかれたせいで精神的にへとへとになってしまう。

一応作出来たには出来たんだけど、それを持ってアスカの家から帰って来た時には、既に夕飯を作る気力すら湧いてこなかった。

今晩はラーメンで良しとしますか。

・・・でも、作っちゃったのよね・・・

私はベッドに寝ころんだまま、チョコレートの入った冷蔵庫に顔を向けた。

 

 


 

「碇ぃ!」

バレンタインデー当日。

朝、碇君が登校して、教室に入るなり男子大多数に囲まれてしまった。

「な、何?」

男子の陰で私からは見えないけど、碇君の声は明らかに怯えている。

「シンジ。我々私設風紀委員会がこれより所持品検査を行う。やれっ!」

「うわっ、ちょっと止めてよ、ああっ!」

どうやら相田くんがその「私設風紀委員会」とやらのリーダー格らしい。

碇君は寄ってたかって羽交い締めにされて、無理矢理鞄を奪い取られて中身を床にぶちまけられる。

「ふむ・・・良し、OKだ。行ってよろしい。」

男子は再び散っていった。

「全く、もてない男は醜いわね。」

いつの間にか私の後ろにアスカが立っていた。きっと騒ぎの間に別のドアから入ってきたんだろう。

「何、アレ。」

「そっか、レイは初めてよね。季節的な伝染病みたいなものよ。」

「と言うと?」

アスカの呆れるような言い方が気になって、私はこの現象について聞いてみる。

「早い話チョコレート持ってる人間を締め上げようって言う事よ。全く人間ああはなりたくないわね。」

たしかにそれは醜い・・・

「でもさっきまではこうじゃなかったわよ?」

碇君が来るまでは、こんなに大事ではなかった。

今考えると、確かに今朝の男子は騒がしかったけど、ここまでの規模で囲まれたりはしなかった。これは一体どう言うことだろう?

「あのバカ結構一年に人気あるらしいのよ。一年はこの風習知らないから、朝下駄箱に入れるとか良くやるの。だからあのバカが持ってた可能性が多いと思われてるんじゃない?」

アスカは面白くなさそうに言う。

でも私もその話は聞いたことがある。

碇君って顔が可愛いから知名度は結構あるみたい。大体はアスカの存在を知った時点で諦めるらしいんだけど、世の中には例外という物は必ず存在する。そう言うことなんだろう。

でもここで、私は面白いことを閃いた。

実はこんな事もあろうかと用意は万全なのだ。

ふふふ・・・こんな事もあろうかと・・・いい響き・・・知性を感じるわ。

「碇君。」

碇君は荷物を拾い終わって今は席に着いている。

私は鞄の中から包みを取り出して、後ろ手に隠して側に寄った。

「綾波、おはよう。」

「おはよう碇君。」

私は心の中でニヤリと笑った。ここからが面白いのよ・・・

「実は碇君に受け取って貰いたい物があるの。」

わざと大きめの声で私は切り出す。

その瞬間、クラスに流れる音量が半分になった。つまり男子の声が消えた。

「ハイ、これ。」

私は後ろに持っていた白い包みを差し出した。

「え?これ・・・」

「今日はバレンタインでしょ。だ・か・ら。」

私は笑顔で締めくくる。これで完璧。

「あ、うん。その・・・ありがとう。」

困惑した顔だったけど、碇君はわりかし素直に受け取ってくれた。

ふふ・・受け取ったわね。

私は碇君から少し距離を取った。

ガタガタガタッ

同時に座っていた男子は席を立ち、立っていた男子はこちらに振り返る。

ぞえろぞろぞろ

まるでゾンビ映画みたいに一人、また一人と集まってきて、気がついたときには碇君は人垣に包囲されていた。

「な、なんだよ。今度は何だよ。」

「シンジ・・・悪いが受け取った時点で所有権はお前に移ったんだ。我々はお前を罰せねばならない。・・・親友をこんな形で喪うとは残念だよ。」

相田くんの熱意溢れる迫真の演技。いや、もしかして本気なのかな?

「何言ってるんだよ!ケンスケ、話し合おうよ。友達じゃないか。」

「・・・やれ。」

「うわっ!やめっ!助けて!綾波も何とか、痛っ、言って、うわぁぁぁ!」

あっという間に人波に飲み込まれる碇君。骨は拾ってあげるからね。

「アンタも懲りないわねぇ・・・」

意外なアスカの声。

もうちょっと心配そうな声になるかと思ったら全然変わらないの。

まぁ私が渡したのは一緒に作った義理の奴だって知ってるわけだし、もしかしたら今朝登校中に一もめあったのかもね。

「人生は楽しく生きなきゃ。でもま、酷くならない内に助けてあげますか。」

私はもう一つ包みを取り出し、最後列で指揮を執る相田くんの所に向かった。

「相田君。」

「ん?綾波か。悪いけど碇には懲罰が必要なんだ。耐えてくれ。」

何なんだか。

「そうじゃなくて、ハイ、相田君にも。」

「お、俺に?!」

「ええ。いつもお世話になってるし。」

「あ、ありがとう。」

感極まった面もちで、手を震わせながら包みを受け取る相田君。

普通の板チョコ3分の1くらいの義理チョコで、どうしてそこまで感動できるのかしら?

「ホントになんて言ったらいいのか・・・」

「そんな、別にいいのよ。それより後ろ。」

いつの間にか喧噪は収まっていた。

碇君を攻撃していた男子がその手を止め、全てこっちに振り返っていた。

「ケンスケ。」

「何かな?ツカサ。」

相田君はぎくしゃくとした動きで後ろを振り返る。

「残念だよ。こんな形で委員長を喪うなんて。」

「な、なあ。もうこんな事は止めないか?やっぱりさ、人として恥ずかしい行為だと思わない?」

脂汗を垂らしながら必死の弁解を試みる相田君。でも無理だと思うよ。

「委員長相田ケンスケを解任、同時に懲罰を与える。異議のある者は?」

「はい。」

シーン・・・・・・

相田君の挙げた手は再び虚しく下がっていった。やっぱりね。

さしあたり私はこの場から逃走するとしよう。

「やれっ」

「ちょっと待ってくれ!おい、ツカサッ!止めろ!うわぁぁぁ。」

相田君への攻撃命令が出たのはその直後。丸山君、お手柔らかにね。

「ちょっと。あれじゃ問題の解決になってないんじゃないの。」

さすがにエスカレートを心配したのか、ヒカリの声は不安そう。

だけどそんな心配はご無用。全て計画通りよ。

「大丈夫。私を信用しなさい。」

「レイを信用ねぇ。」

「アスカも心配しないで見てなさいって。」

キーンコーンカーンコーン、キーンコーンカーンコーン

ガラッ

ほら来た。

「はい、みんな席に戻って。出席取るわよ。」

チャイムと同時に伊吹先生が教室に入ってくる。

男子はその声に気がつくと、予想通り潮が引くように包囲を解いてぞろぞろと席に戻っていく。この先生融通が利かないし、下手すると泣くからみんなあまり逆らわない。それに男子には人気がある先生なのよね。

「そっか、ミサト先生研修で居ないから・・・。」

「副担任の方が頼りになる・・・来年担任変わるんじゃない?」

確かにミサト先生なら余計煽りかねないけど、どういうわけか最後にはそれなりにまとまってるのよね。一中七不思議の一つ『ずぼら教師の怪』

それはともかく、碇君もふらふらと席に戻り、相田君も無事(?)な様だ。二人とも大怪我はしていない。オッケーオッケー予定通り。

どうだ見たか・・・なんて自慢してる場合ではない。いつの間にかヒカリもアスカもちゃっかり自分の席に戻っている。周りを見ればほとんど立っている人間は居ない。

私は慌てて席に戻った。

二人とも声くらいかけてくれてもいいのに!

「起立、礼、着席。」

おや?ヒカリちょっと元気ないかな?

今日も鈴原君は遅刻みたいだけど、それがらみかしら?後で尋問、もとい質問してみよう。。

 

 


 

ー昼休みー

「あれ?ヒカリまだ帰ってこないの?」

購買から帰ってきた私は、辺りを見回してヒカリの姿が見えないのに気がついたのでアスカに尋ねた。普通なら私が戻ってくる前にはここに来てるのに。

「まだよ。」

「あっそう。今日は時間掛かってるのね。」

私はアスカの横に座った。

ヒカリが鈴原君のお弁当を作り出してから一月近く経つ。何でも「残飯処理手伝って」とか言ったらしい。全くムードのかけらもない。

しかも話の勢いで「気がある訳じゃないから」とか言ってしまったらしく、いつもお弁当だけ屋上で渡して、中庭でお弁当を広げている私達の所に帰ってくる。で、放課後人目のないところで箱を受け取るらしい。

余りのまどろっこしさに鈴原君に一言言ってやろうかと思った事もあったけど、ヒカリが真剣に止めるので私は何も言わないでいた。

「今日は来て欲しくないけどね。」

ぽつりとアスカが言った。

「は?」

アスカは一瞬「しまった」という顔になったけど、一度目を落としてため息をつくと、しっかりと私を微笑んだ。でもその笑みは無理矢理な物に見える。

「ヒカリね。今日はっきりさせるんだって。」

「・・・そっか。とうとうか。」

私もちょっと感慨深い。散々からかったけど、いつまでそのままでいるのかと思ってたのは事実だから。

「お弁当渡す時にね、一緒にチョコレート渡して告白するって。・・・ダメだったら一緒にお弁当食べようって。」

なるほど。うまく行くといいね、ヒカリ。

さて、とするとここでの私の役割はアスカ担当か。アスカも親友のこと心配してるみたいで結構辛そう。

「さっ。おべんと食べよ。」

「えっ。」

私は笑ってサンドイッチの袋を開けて、オレンジジュースのふたも開ける。

「ここに来ないヒカリ待ってもしょうがないって。早くアスカも準備して。私お腹空いちゃった。」

「・・・そうね。ヒカリが来るわけないもんね。食べましょ。」

アスカもお茶のふたを開けた。可愛い赤いお弁当箱も続いて開けられる。

「あ、そのウインナー美味しそう。一つ頂戴?」

「そんなのは後。まずは乾杯と行きましょ。」

アスカは缶を持ち上げた。

「では洞木ヒカリの幸福を祝して。」

私もそれに習う。

「私達にもお裾分けがあるように。」

「「乾杯!」」

 

 

「あれ碇君に相田君じゃない?」

結局ヒカリは帰ってこなかった。

私達はお弁当を食べながら暫くたわいもない話を続けていた。どうやらヒカリが帰って来そうもないということになった後、私達は更に盛り上がってどうやってヒカリをからかってやろうかとふざけていたけど、やはり一抹の不安が棘のように心に刺さっている。

「ダメだったらここに来る」と言ったとしても、私には経験はないけど余りのショックに来れない可能性もある。ヒカリのことだから学校を飛び出すなんて事はないと思うけど、例えば保健室にお籠もりって言う可能線はある。

だから私が二人で歩いている碇君と相田君を発見したときは少し希望が見えたわけで、アスカの返事を待たずに私は二人に駆け寄っていた。

「ちょっと待ってよ。レイってば!」

アスカも慌てて後を着いてくる。

「あ、綾波。チョコレート美味しかったよ。ありがとう。」

「そうそう。手作りだろ?なかなかだったよ。」

そう言ってくれたのは嬉しいんだけど、さしあたり聞きたいのはそんな事じゃない。

「いやどういたしまして。それより鈴原君は?」

碇君達は顔を見合わせ、肩をすくめると笑って私達に向き直った。

「振られちゃったよ。僕達。」

「そう。そっちも知ってるんだろ?今は屋上だよ。」

「屋上ね。レイ。行くわよ。」

聞くや否やアスカが走り出す。

「ちょっとアスカ!じゃあまたね!」

二人に手を振って、私はアスカを追いかける。

前を向いた瞬間。私はふと気がついた。

どうしてあの二人が知ってたのかしら?鈴原君にとってはいきなりのはずなのに。

「ちょっとすいません。通ります。」

だけど私が深く考えるいとまも与えず、アスカは傍若無人なライン取りで階段をかけ上っていく。スポーツ万能のアスカに着いていくのは結構きつい。追いつくどころか離されないので精一杯。

そして屋上の扉の前。

アスカがそこで立ち止まったことで、やっと私も追いついた。

「ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・アスカ・・・」

とりあえず呼吸を整えるのが先。しばらく膝に手をついて息を整える。

「行くわよ。レイ。」

アスカはそう言ってノブに手をやった。

「ねえ・・・二人きりにさせた方がいいんじゃない?」

いくら私でもここに踏み込むのはいけないような気がする。そっとして置いた方がいいんじゃないかしら?

「何言ってるの。屋上はカップルだらけよ。二人きりなんてあり得ないわ。」

そうでした。お弁当を屋上で渡していたのも、ここなら目立たないからだったっけ。木を隠すなら森の中ってことね。

「でもやっぱり二人きりの空間って物があるんじゃない?」

「だから。二人の間に入り込む気はないわ。」

へ?

「後でからかうネタにするために覗くのよっ!」

アスカは拳を握りしめ、まるで大発明を公開するみたいに力説した。

いや、そんなに力説されても・・・私にどうせよと・・・

「幸福と不幸は表裏一体。今ヒカリが幸せなら、後で私達が楽しくなるべきなのよ!」

「・・・そうね。そうよ!それくらいしたって罰は当たらないわね!」

私としてもいけないと思いつつ、見てみたいって言う気持ちは確かにあった。こんな機会は二度とないもんね。

アスカに引きずられるように、とはとても言えないくらいの意欲で私は同意した。

「じゃあ行くわよ・・・」

アスカはノブを回し、そっと扉を押した。

だけどそこには・・・

「「ヒカリ?!」」

・・・あちゃ〜。最悪。

まさか当人達が丁度帰ろうとしてた時に、ばったり会っちゃうなんて。

「こ、こないなトコで何しとるねん。」

ごもっとも。

「いや〜どうなったかな〜って思って・・・」

とりあえず嘘はついてない。さすがに「思った後どうしようとしたか」までは言わなかったけど。

「はははは。じゃあ鈴原また後で。」

ヒカリは鈴原君と私達の顔を見比べて、結果愛想笑いを鈴原君に残して私達を下に引っ張っていった。

「何なんやねん、一体。」

残された鈴原君の顔がポカンとしていたのが見えた。

 

「さて、何であなた達があそこにいたか、じっくり説明して貰いましょうか?」

「だからヒカリのことが心配で・・・」

「何が表裏一体だって?」

うっ!聞こえてたの?!

「二人の声はとっても聞きやすかったわ。」

「ヒカリそんな顔しないで、ね?」

アスカは出来るだけ可愛い言い方をしていたみたいだけど、今のヒカリにそんな物が通じるとは思えない。

「ア・ス・カ。」

やっぱり。

「・・・そこの共犯もね。」

「何と申しましょうか・・・」

結局その後、私達はヒカリに洗いざらい話していたことを喋れされてしまった。

ヒカリが冗談で済ませられる範囲ぎりぎりだし、怒られるかなと思ったけどそんな予想は見事に裏切られた。

いや、どっちかって言うと怒れれたほうが良かったかもしれない。

だってずっとのろけ話聞かされたんだもん。

・・・絶対ふくしゅーしてやる・・・きっと・・・その内に・・・

いまいち自信と根拠を欠くその言葉が成就するのかどうか、はっきり言ってよく分からない。

 


 

「疲れたぁ。」

私は帰ってくるなり鞄を放り出しベッドに倒れ込んだ。

冷たいベッドがひんやりして気持ちいい。

「アスカ・・・大丈夫かな・・・」

私は枕に顔を埋めながら呟く。

それにしても・・・まさかこんな事になるとはね・・・

 

事の発端は放課後のことだった。

ヒカリをさっさと鈴原君の所に追いやって、私達は加持先生を捜していた。

私は別に用事はなかったんだけど、アスカが先生にチョコレート渡したいって言うから、私も押し掛け付き添いで一緒に行動している。

「加持先生?ここにはいないわよ。」

帰ってはいないみたいだけど、職員室にはいなかった。

「いないけど、何か用?」

体育教官室にもいない。

「おらんよ。上じゃないのかい?」

時々お茶を啜っている用務員室にもいなかった。

「ここにはいないけど?」

伊吹先生目当てって可能性も考慮して行った英語教師室にもいなかった。

「一体どこにいるのよ。加持先生は?!」

私に言われてもねえ・・・

「後は図書室か理科室しかないわよ。」

「もしかして外じゃない?グラウンドか畑。」

加持先生は学校田の側を勝手に開墾して野菜を作っている。

さすがに個人でハウス栽培を始めようとした時は止められたらしいけど、基本的に害になるわけじゃないから学校も黙認しているみたいで、加持先生がそのお気に入りの場所にちょくちょく足を運んでいるのは有名だった。

「そうね。行ってみましょう。」

私達は靴を履き替えて外に出た。

「ううっ。寒い・・・」

「泣き言言わないの。愛に障害は付き物よ。」

寒さって障害なのかしら?それにアスカのは愛なのかなぁ?

「グランドにはいないし・・・やっぱり畑みたいね。」

それは別に私に言った訳じゃなくて独り言だったみたい、アスカはずんずんと裏手へ回っていく。

場所は校舎をぐるっと回ってすぐ。寒さを別にすれば面倒な場所ではない。目の前の角を曲がればそこら辺だった。

「加持先生っ!・・・あれ?」

だけどアスカの意気込みも虚しく、ここにも先生の姿は発見できなかった。

「おっかしいわねー」

私もアスカも辺りを見回しながらそこら辺を歩き回った。

元々一望できるところだからその必要はなかったんだけど、一番可能性の高い所にいなかったものだから、少々現実を理解するのに手間取ったのかもしれない。

その時だった。私がふと気がついて、焦点を遠くに合わせたのは。

私の視線の先にあるのは理科準備室。その中に人がいた。

あの格好は・・・間違いなく赤城先生と加持先生・・・

2,0の視力は伊達ではない。薄いレース越しだったけど、その格好は見間違えるはずもなかった。

机の前に座る赤城先生の後ろに加持先生が立っている。

加持先生は後ろから赤城先生を抱きしめて、ゆっくりと頭を寄せていく。

「レイどうしたの?・・・あ・・・」

!!

私はハッとなって後ろを振り返った。

やはりアスカも気がついていたみたい。と言うより私の視線の先に気がついたんだろう。

驚愕の表情を張り付けてアスカは固まっている。

ポトリ

そして手にしたチョコレートが地面に落下した。

「アスカ?きっとあれはさ、冗・・・アスカ!!」

私がみなまで言わない内に、アスカはくるりときびすを返して駆け出してしまった。

「アスカ!ちょっと待っ、てっ!」

アスカを追いかけようとしたけど、余程私も慌ててたに違いない。地面の出っ張りにつまずいて転んでしまった。

思いっきり冷たい地面とキスしてしまう私。

「たた・・・」

起き上がった時、既にアスカの姿は見えなくなっていた。

私は再び走り出しながら、服の汚れを払い落とす。

・・・それにしても、あそこまでショック受けるって事は、まんざら憧れだけでもなかったのかな・・・

アスカが加持先生のことを話す時、全然照れる様子がなかったから、単に碇君への気持ちを誤魔化していただけだと思ってたけどそうでもないみたいだった。

もしかしたらそれすらも強がっていたのかしら?

それに相手が赤城先生って言うのも拙かったわね。

加持先生と付き合ってると言う噂のミサト先生が「アイツは手が早い」と冗談っぽく言った事はあったけど、まさかそれが本当だとは思わなかった。

多分相手がミサト先生ならそれなりに納得したんでしょうけど、実際目にしたのは赤城先生。

裏切られたという思い。先生への失望。そんな相手を想っていた自分への嫌悪、そういう事じゃないかしら?

「何やってるんだか・・・アスカも・・・」

いろいろと考えることはあったけど、私は頭を振ってそれを追い出した。

 

校門まで来たけどアスカは発見できない。

だけどとりあえず代わり、と言っては何だけど碇君を発見した。

なにやら道の途中で立ちつくしているけど、その後思い出したように再び歩き出した。

「碇君!」

「あ。綾波。ねえ、アスカどうしたの?」

「アスカ見たの?!」

私はぐいっと碇君に迫る。目の前に顔があったけど、余計なことを気にしている余裕は今はない。

「あ、うん。声をかけたんだけどそのまま・・・」

「そのまま?!」

「走って学校を出ていった。一体どうしたの?」

「どっち?!」

私は校門を指さした。

「どうしたのさ。教えてよ。」

あー。こんな事してる間にもアスカがどっか行っちゃう。

「加持先生に振られてショック受けてるのよ。碇君も探して。」

碇君は目を丸くして驚いた。理解は出来るけどね。

「でも、僕が何の役に・・・」

「あああイライラする!碇君幼なじみでしょ!落ち込んでる幼なじみを放っておくの?」

「アスカ・・・・・・」

碇君は少しの間校門を見つめていたけど、すぐに私に向き直ってしっかりとした口調で言う。

「分かった。二人で探してみよう。とりあえず左に行ったんだ。」

「行きましょう。」

私達は駆け出した。

全く。最初っからこの顔でいればかっこ良かったのにねえ。

 

途中私達は二手に分かれた。一緒に行動しててもそれこそ仕方ないんだし、アスカの行きそうなところが多すぎて、二人は別行動の方が効率がいい。

「見つけた方が何とかすること。いいわね。」

「出来るかな・・・」

碇君は自信なさそう。どうも碇君は自分の価値を分かってないみたいね。

「碇君だから出来るのよ。さ、そっちは任せたわよ。」

私は背中を叩いて碇君をけしかける。

「ととっ・・・」

碇君はそのまま駆け出した。私に「ありがとう」と一言残して・・・

 

結局アスカは碇君が見つけた。

何とか慰めることも出来たらしく、私の携帯に碇君から連絡が入った時、途中で代わったアスカの声は普通の物に戻っていた。

・・・だけど・・・今夜は泣くんだろうな・・・

それもまた分かっていた。

もしかしたら大丈夫かもしれないけど、しばらくは落ち着きはしないと思う。

碇君には悪いけど、簡単に心底慰められるようなことでもないと思うから。

それにしても碇君、どうやって慰めたのかしら?

・・・真剣だったもんね・・・

私の脳裏に、一緒に探していたときの碇君の顔が浮かぶ。

碇君はほとんど何も喋らずに、真面目な、普段絶対見せないような顔で探してた。

碇君のことだから、言葉は下手でも凄く一生懸命な話し方をしたんだろう。

・・・ちょっと妬けるな・・・

私は天井に仰向きになった。そして額に腕をやると、その重みが自分の心みたいに感じる。

顔を横に向けると、そこにはさっき投げ出した鞄。

のろのろと起き上り、鞄を手に取って開ける。

「全く・・・何でこんな物持ってたんだか・・・」

私が中から取り出したのは、赤青チェックの四角い包み。

中身はおっきなチョコレート。

「アスカの馬鹿・・・」

ホントはこっちを渡したかった。

未練がましいのも分かってた。

なのに。人がこんな思いしてるのに寄り道してたなんて。

取っちゃっても良かったのかしら?

「わざわざ買いに行って・・・私も馬鹿よね・・・」

私は包装に手をかけ、乱雑に破いてチョコレートを一口囓る。

「苦・・・ビターじゃないのに。」

部屋が暗くなってきたけど、電気をつける気分じゃなかった。

 

 

 

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