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In the 26th


「いらっしゃいませ・・・って碇君?」

「え?綾波じゃないか。こんな所で何してるの?」

やっばー。なんで碇君がこんな所に来るのよ。わざわざ住所録調べて誰も来そうも無い所選んだのに。

「あはは、碇君こそどうしてこんな所に?」

「ミサト先生がお酒買ってこいって・・・。近所の酒屋は閉まってるし、近くにお酒を扱ってるコンビニ無いからここまで来たんだけど。」

あの教師何考えてるのよ。夜中に、しかも中学生にお酒買いに行かせる?普通?

「綾波がレジにいるって事は・・・やっぱりアルバイト、だよね。確かうちの中学校・・・」

「あーその件は話せば長い事になりまして。」

私はちらりと腕時計を見た。10:00ジャスト。

「碇君ちょっと待ってて。私今日はもう終わりだから。話はそれから、ね。」

「え?あ、うん。」

碇君に有無を言わさず承知させると、私は見かけは悠然と、でも内心は焦りまくってバックに戻った。

「店長!時間ですんで私もう上がりまーす。」

「ああ。気を付けて帰るんだよ。ま、今日は大丈夫か。お疲れ。」

奥のモニター室から声が聞こえる。多分碇君との会話見てたのね。悪い人じゃないんだけど、あの性格がちょっとね。

私は支給のエプロンを急いで外して、ロッカーに放り込む。鞄を手にとって、廃棄されたお弁当を中に入れる。

「失礼します!」

私はそう言い残すと、また店内に戻っていった。

さあて、どうやって誤魔化すか。碇君だからそんなに難しくはないと思うんだけど・・・

「お待たせっ。」

私は笑顔で碇君に言った。こういう事は初めが肝心なのよ。

「うん。ずいぶん早かったね。」

「何か拙かったかな?あ、もしかしてあっちの本見ようとしてた?」

私が指差したのは男性大人向け写真週刊誌。

「そそそんなこと無いよ!」

もちろん分かってるわよ。そんな勇気無い事くらいは。少なくてもここじゃね。

でもこういう所がたまらなく可愛いのよ。だからいつもからかっちゃうの。

「本当かなあ?試しにアスカに聞いてみてもいい?本人は否定してますけどどう思いますかって。」

「綾波ぃ。お願いだから信じてよ。」

あー面白い。そんなにアスカが怖いのかしら?でもこのくらいで許してあげますか。

「それじゃ信じてあげましょう。但し条件として私を家まで送っていく事。」

「え?」

「こんな夜中に美少女一人夜道を歩くのよ。危ないとは思わない?送ってくれても罰は当たらないと思うんだけど。」

「えっと・・・用事が・・・」

あ、碇君困ってる困ってる。

「まさか碇君はいたいけな少女の安全と、お酒を比べたりしないわよねぇ」

これで完璧。碇君に断る理由は無くなった、と思う。

「・・・分かった。綾波が心配だから家まで送るよ。」

「ほんと!?嬉しいっ!」

私はそう言って、碇君の手を取って、お店の外に引っ張っていった。ちょっと恥ずかしかったけど、無理言ったのは確かなんだし、これくらいはサービスサービス。

 

私達は星空の下を歩いていた。とは言っても都会の光はほとんどの星を消し去っていて、『満天の』とはとても言えないんだけど、それでもこんな都会で三等星まで見えるなんて多い方よね。

初夏と言っても、流石にこの時間ともなると吹き抜ける風が涼しい。

街路灯が所々を照らす道路は静まり返って、靴音だけが響く。普通なら。

だけど今日は、ひっきりなしに私達の話声がその静寂を追い払っていた。7割以上は私の声だったけど。

「ははは綾波らしいや。」

「何よそれー。そんな事言ってると、後が怖いわよ。」

「う・・・分かってるよ。」

「あーっ!冗談で言ったのに碇君そんな風に私を見てたのね!」

「あ、いやそんな事無いよ。」

いけないいけない。調子に乗って言い過ぎちゃったみたい。別に意地悪するのが目的じゃないのに。

「で、でもさ、綾波があんな所でアルバイトしてたなんてびっくりしたよ」

やっぱり・・・やぶ蛇だったみたい。せっかくそこから話を逸らそうとしてたんだけど、碇君が話を逸らす為にその話を持って来る事になるなんて。

「お願いっ。学校には黙ってて!」

私は両手を合わせてお願いしてみる。何と言ってもうちの学校は許可証が無いとアルバイト禁止だもん。公立だし退学なんて事はないけど、停学くらいはありえるかも。

「うーん・・・別に構わないけど。」

「ホント!?」

「うん・・うわっ!」

本当に嬉しくて思わず碇君に抱き着いちゃった。

「よかったぁ。あんな条件のいい所めったにないのよ。」

「そ、そう。分かったよ。絶対言わないから・・・」

「約束よ。」

ちょっときつく言ってみたつもりだけど、多分顔は笑ってたと思う。

「もちろんだよ。そんなに信用無いかな?」

「ううん。信じたからね。」

今度は本当に笑った。碇君も安心してくれたみたい。笑顔を返してくれた。

 

私達はまた歩き出した。今回は無理に話しを逸らさなくてもいいから、わりかし言葉も少な目になった。あくまで『さっきに比べて』だけど。

そして物の10分もしないうちに家に着く。

「ふーん。30分くらいかかるんだね。」

碇君の素朴な感想。

「ホントは20分くらいでいけるんだけどね。今日はゆっくり歩いてたし。」

私は言いながら、ポケットから鍵を取り出して、鍵穴に差し込む。時計回りに回すと、かちゃりという音がして鍵が外れた。

「どう?お茶でもご馳走するわ。寄ってかない?」

私は扉を開きながら、何気なく碇君に聞いてみた。

「あ・・いや・・・その・・・ミサト先生待たせてるし・・・」

見れば碇君は裸電灯の下でもはっきり分かるくらい赤くなっている。ミサト先生待たせてるのは確かだけど、何で赤くなるのかしら?

あ・・・分かった。そりゃあ碇君にしてみれば、こんな時間に女の子一人暮らしの部屋に入る事は出来ないわよね。

・・・・・・もしかして私、とんでもなくはしたない事言ったのかしら。

「あは、あははは。そうよね。ミサト先生怒ると怖いしね。」

私も頭を掻いて誤魔化して笑った。

「うん。そうなんだよ。はは。」

碇君のぎこちない笑い。やっぱ拙かったわね。

「じゃ、じゃあ綾波また明日。」

「碇君。」

私は帰ろうとして背を向けた碇君を呼び止めた。

「何?」

「約束、守ってね。」

「もちろんだよ。」

力強く頷いてくれた。

・・・良く考えたら私って嫌な女の子よね。勝手な約束押し付けといて、何度も念を押して。

でも碇君はそんな事は表には出さない。ホント優しいんだから。

だからお詫び。

チュッ

「あ?綾波?」

「口止め料よ。じゃお休み。」

碇君の頬に軽くキスをすると、ウインクをして慌てて部屋の中に入る。

あー恥ずかしかった。我ながら大胆な事をしたものね。

暗がりの中、適当に荷物を置いて、それから部屋の電気を点けた。

外から見えない様に、カーテンを閉めようとしたら、元来た道を走っていく碇君が見えた。どんなに急いでも予定より40分はオーバーするはず。ミサト先生にいじめられなければいいんだけど。

『父さん達、自分達だけ旅行に行っちゃってさ。しかもその間の保護者を、よりにもよってミサト先生にしたって言うんだ。酷いよね。』

碇君のものすごく不満そうな顔が蘇る。他人事としては面白いんだけど、少し心配。

そのうち碇君の姿は暗闇の中に溶け込んでいった。私はその消え去った先をしばらく見ていたけど、いつまでもそうしていても仕方ないので、未練を断ちきるかのように勢い良くカーテンをひいた。

「さって。お風呂に入って宿題しなくっちゃ。」

遅刻常習者の汚名は、明日こそ返上するんだから!

 

Fin

 

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