ペンギンイソパクト

 


『暖かい・・・』

今日もレイの方がシンジよりも早く起きた。

そして、いつも様にシンジの腕枕で一時の安楽を楽しんでいた。

ごろん

身体を横にし、シンジの胸に腕を置き、足を絡めてシンジと密着する。

『どうしていけないのかしら?』

シンジの言葉を思い出す。

「お願いだから・・・服だけは着ていてよ・・・」

ようやくレイと寝ることに耐性の出来たシンジだったが、ある日レイが裸で抱きついていたのには流石に耐えられなかった。

鼻血の海で溺れそうになりながら、シンジは必死で(?)レイに頼んだのだ。

『あの方がいいのに』

レイはシンジのパジャマの上着の裾から手を中に入れる。

『何?変な気持ち・・・』

差し込んだ手でシンジのお腹から脇腹をさすると、不思議な緊張感に包まれる。

「ん・・・」

シンジが呻いた。

「起きた?」

「・・・・」

レイの問いかけに返答はない。ただ呻いただけのようだ。

「♪」

 

さわさわ

 

「うん・・・」

ごろん

呻いて、シンジはレイに抱きつくように寝返りを打つ。

『コレも好き。・・・・・・何かしら?』

満足感に浸りかけたレイだったが、一部違和感を感じて意識を現実に戻す。

『何か当たってる。』

シンジの足に絡めた自分の太ももの辺りに、何か異物感がある。

『碇君のパジャマのポケットに物は入ってなかった。』

どうにも気になる。

ごそごそ

太ももを動かして擦ってみた。

「う・・・」

「?」

『寝苦しいのかしら?』

確かに苦しいかもしれない(^^;)

実の所シンジは目を覚ましている。

レイが裾から手を突っ込んだあたりで気がついたが、声を上げようとした瞬間レイの太ももが動いて、それがもたらした感覚に意識が占拠されてしまった。

声を上げるチャンスを失って、しかもなまじ目を瞑っていたりするので、レイの体温がシンジの妄想を刺激することこの上ない。

『落ち着け落ち着け落ち着け落ち着くんだぁ!!』

何が落ち着けなのだろう?(^^;)

それはともかく一度気になり出すと、逆に気になって仕方のないもの。

レイもそれは同じだった。

シンジを抱きしめていた手を離し、その場所へと伸ばした。

 

さわさわ

 

ぴくり。

シンジの身体が固くなった。

『消しゴム?』

何度か撫でた感触ではそれくらい。けれど、すぐにその認識を改めた。

『違う・・・乾電池・・・にしては短い。』

それに軽く握ってみた感じ金属ではない。

「うう・・・」

またシンジが呻いた。ぷるぷると体を震わせてはいるがレイはまだ気づかない。

『大きさが変わった?』

手の平の感触が変わる。その変化に、先ほどまでの自分の測定は間違いだったのかとレイは改めて何度かさすった。

「くぅ・・・」

「!」

レイは驚いてとっさにシンジの顔を見上げる。

「起きたの?」

「ぐー」

とっさにタヌキ寝入りをシンジはしてしまう。

彼はまだ若い。

「・・・まだ寝てるのね。」

『・・・どうしてかしら?顔が熱い。・・・また確かめるの。』

自分でも分からない理由でほっとしたレイは、今度はズボンの裾へと手を伸ばす。

 

どきどき

 

レイの指先がズボンに入りかけた瞬間ー

「シンちゃん、レイー。朝よー起きなさーい!」

「すー・・・」

ミサトが見たのは、顔を赤くしながら寄り添って眠る(?)二人の姿だった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「ふう・・・全く綾波にも困ったなー」

トイレから出てきたシンジは呟いた。

けれど顔はこれ以上ないほどにやけていている。

「ホント、僕が切れたらどうなると思ってるんだろうな。」

繰り返す。彼はにやついている。

洗面台の蛇口を捻って手、特に右手を入念に洗う。そして次に顔を洗って歯を磨いた。

「ふう・・・すっきりした。」

さっぱりした、ではないのか?シンジ。

居間へ向かうシンジの足取りは、今にも飛び跳ねそうなほど軽い。

「さて、今日の朝食当番はミサトさんだったし・・・今日は朝食あるよね。」

幸いにも、或いは不幸な事に、この時シンジはまだミサトの手料理の味を知らない。

レトルトやパンばかりだったので『ミサト寝坊=朝食抜き』ぐらいの被害にしか遭ったことがない。それとて自分でパンに一枚でも囓れば済むことで、被害の内には入らないだろう。

『ん?』

視界の端に入った襖が、がたがたと音を立てる。確かあそこは僕の部屋だったよねと思った瞬間、その襖が勢い良く開く。

おわっ!!あ、また着たの・・・」

シンジは額に縦縞が入るのを自覚した。

ペンギンの着ぐるみを着たレイがそこにいたのだ。

「おはよう・・・」

「ええ。」

「あのさ、どうしてまた着てるの?」

「ペンギンだから。」

レイの返事はにべもない。

「イヤそうじゃなくてさ、それって動けないんじゃないの?」

言った瞬間、レイの瞳に勝ち誇ったような光が浮かぶ。或いは勘違いかも知れないが、シンジにはレイがゲンドウそっくりに笑ったように見えた。

「動けるわ。」

 

ぺた、ぺた、ぺた

 

ずんぐりとした身体を揺らしながら、ちょこちょこという擬音語がまさに相応しいような格好でレイは前へと進んでいく。

『あ、なんか可愛い。』

そう言う問題でもないようだが、シンジの心は日々打たれ強くなっている。

「どう?」

「確かに歩けるね。」

「練習したもの。」

「したんだ・・・」

何か努力の方向が間違っているとは思わないでもない。

そのレイはそのまま机の方に歩いていき、その近くまで来るとやおら飛び跳ね始めた。

「えいっ、えいっ、えいっ」

「あの・・・綾波?」

「えいっ、えいっ、えいっ」

ぴょんぴょんとその場で飛び跳ねるレイ。

『結構動けるようになったんだな・・・ではなくて、』

精神の強羅絶対防衛戦をあっさり突破されかかったシンジだったが、どうにかその崩壊を寸前でくい止めた。

「綾波?」

「はあ、はあ、えいっ、ふう・・・何?」

「何してるの?」

「ジャンプ。」

「それは見れば分かるよ。何でそんな事してるの?」

何気ないシンジの質問。

「・・・飛べないから。」

「はぁ?」

「ペンギンは飛べないもの。だからジャンプするの。」

「いやそれはその通りだと思うけどさ・・・もしかして・・・席に着きたいの?」

瞬間、レイの身体(?)がぴくりと震えた。

『図星か。』

幸いミサトは朝食の用意を終えていたようで、買い置きしてあったシリアルや牛乳、ワンパック野菜、ヨーグルトなどが並んでいる。

「あのさ、台とか使えば良かったんじゃない?あそこにそれらしいのもあるし、どうして使わなかったの?」

『あ、馬鹿なこと聞いたかな?綾波だって気づいてるよ。きっと壊れやすいとかそう言うことなんだろうな。』

ぴくっぴくっ

更にレイの顔つきがこわばる。

「猿みたいだから、いや。」

それだけ言うと、レイはシンジに背を向けて再びジャンプを繰り返す。どうやら意地でもジャンプで椅子に座るつもりのようだ。

「あのさ、乗っけて上げようか?」

「必要ないわ。えいっ」

レイはジャンプする。が、やはり構造上ジャンプは難しかったらしい。

「えいっ、きゃっ!」

着地の瞬間レイの体が傾いて、必死にバランスを取ろうと手(羽?)をぐるぐる回す。

「う〜あっと・・・とと・・・」

『あ、何か面白いかも。』

 

ぐるぐる、ポテ

 

レイの仕草にのほほんとした感想を抱いたシンジだったが、やはりと言うかまたと言うかやはり転けた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

あたりに満ち満ちる沈黙。

ジタバタ

振り回されるレイの手足に、シンジはレイの瞳が何か言っているように思えた。

「・・・あの・・・やっぱり起きれないの?」

コク

横になったレイの顔が横にーつまり普通に言えば縦にー振られた。 

「あのさ、そんな不便な着物脱いだ方がいいんじゃない?」

「いいの?」

『どういう意味だろう・・・はっ!』

その理由に気がついた瞬間、シンジは慌ててレイを抱き起こした。

「いや!やっぱりそのままでいいよ!はははは」

「?」

『ただでさえ最近貧血気味なのに・・・』

初めてレイに出会ったときのイメージが脳裏に浮かぶ。それは今でも「しっかりと」網膜に焼き付いている。

ここに来てから暫く経つが、昨夜も細部まで思い出すことが出来た。ついでに言えば、今朝トイレの中でも思い出せてたりする。

「はは、やっぱり任せてよ。僕が上に乗せて上げるから。」

誤魔化すようにシンジはレイを抱え上げた。

「あ・・・」

『この感じ・・・嫌じゃない。』

自分で出来ると言っているのに、自分の努力を無にする行為なのに、レイの心臓は急に早鐘を打ち始める。

『抱き上げる・・・抱いて・・・持ち上げる(ぽ)

何か誤解も含まれているようだ。

「う・・・重い・・・」

そんなレイの心は露知らず、思わずシンジは呟いてしまう。

ペチッ

突如レイを中心に発生した低気圧が、ペンギンの羽の形を借りてシンジの頬を襲った。

「痛っ!な、何だよ・・・」

ペチペチッ

「ちょ・・・止めてよ!」

『手伝う振りして綾波に触ったと思われたのかな?』

「分かった!分かったよ!今降ろすから・・・いいじゃないかそれくらい・・・

シンジは呟いて、急いでレイを所定の席の上に降ろす。

ペ・・・

その言葉がレイを止めた。

「これくらいでいいの?」

『え・・・も、もしかして、綾波もっと触っていいとか誘ってるのかな・・・(どきどき)』

「いや、その、はは、いいよ、僕は。」

『そう・・・碇君はこれくらいの体格でいいのね・・・(ほっ)』

なにやら会話がすれ違っている。

けれど表面上だけを見れば、互いに会話が出来ているところが不思議だ。

偶然二人の視線が合う。

「「あ・・・(ぽ)」」

 

結論として、今日も葛城家は平和だった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「それでミサトさん。今日のことなんですけど・・・」

シンジはおそるおそる正面の席に座ってマヨネーズチョコフレークを頬張るミサトに聞いてみた。これが駄目だったら、拒絶されてしまうと最悪の事態が待っている。それだけは避けたい。

「あ、それならばっちりよん♪ミサトお姉さんに任せておきなさい。」

「ばーさん。」

「何か言った?」

「いいえ・・・」

平然とシリアルを口に運ぶレイとミサトの間に、突如発生した高圧電流。

「良かった・・・」

シンジはそれには全く気づかなかった。ホントに幸せ者である。

「シンジ君の保護者役だもんね。それもお仕事のうちって。」

「仕事でも何でも構いません!本当に助かった・・・」

14年の人生で、上から五本の指に入るくらいの危機を脱したシンジは、その理由などこの際関係なかった。

 

ー昨日・・・

学校の帰り、シンジは公衆電話の前に立ちすくんでいた。

やがて意を決したように受話器を取り上げ、テレホンカードを挿入しとある番号を押していく。

「はい。」

「あのっ・・・」

『逃げちゃ駄目だ逃げちゃ逃げちゃ駄目だ』

心の準備をする間もなく女性交換手が出たことでパニックになりかけてしまうシンジ。

「とっ、父さんいますか・・・

あのゲンドウにこちらから電話をかける。それだけで神経に負担がかかるというのに。

「暫くお待ち下さい。きゃ!」

『?』

何事かと思う間もなく、シンジは向こうの異変の原因を理解した。

貸せ!あ、もしもしシンちゃ〜ん?シンちゃんから電話くれるなんてパパとっても嬉しいんだよ。」

「あ、あのっ。」

「ん?ああ愛しのシンちゃんを待たせようとした奴は首にしておくからね。何だ文句があるのか?

電話の向こうでの光景がシンジにはリアルに想像できる。親のしたこととは言えあの交換手に申し訳ない気持ちで一杯になってしまった。

「いや、そうじゃなくて明日・・・」

「明日?ああ、大丈夫だよ。委員会なんてシンちゃんとは比べられないからね。新しくいい店見つけたから夕食はそこに行こうね?」

「だから僕が言いたいのは・・・」

「分かってる。芦ノ湖を見下ろす最高の景色だし、最高級の材料使った美味しい店だから。親子水入らずの食事なんて久しぶりだよね〜」

「人の話を聞けぇ!!」

「あ、それで7時半に予約しておくから、6時半にパパ直接迎えに行くよ。着替えも持っていって上げるからね(はあと)。それじゃ明日。」

つーつーつー

聞いちゃいなかった。

「駄目だ・・・やっぱりあんな変態には言えないよ・・・」

予想された結果とはいえ、シンジは親を選べたらどんなに幸せかと内心涙を流すのであった。 

「明日の授業参観・・・ミサトさんに頼むか・・・」

 

◇ ◇ ◇

 

数時間後ー

『?』

レイは部屋の奥から出てきたミサトを見て違和感に襲われた。

『あの人・・・今日は赤くない。』

単にジャケットを着ていないだけなのだが、レイにとってはミサトですらその程度の認識なのだろう。

「あれ?レイまだそこにいたの?」

「ハイ。」

「椅子の上、そんなに好き?」

「・・・・・・・・・・・・」

レイはミサトから視線を外した。

「もしかして。」

レイの頬が赤くなる。

「降りれないんでしょ?」

「・・・・・・・問題ありません。」

図星だった。

レイの耳まで真っ赤に染まる。

忍び笑いをしながらレイを抱え上げるミサト。だが、一言余計だった。

「意地っ張りなんだから。よいしょっと」

ぺちっ

「な、何?あ、分かったわよ。レイは重くなんてないから。」

流石は女性、そこらあたりの勘は鋭い。

じ〜〜〜っ

(?)

ミサトは、今し方降ろしたレイが自分を見つめているのに気がついた。

「何?」

「赤くない。」

「赤?ああ、ちょっち正装をね。」

「せいそう・・・?」

レイは首を傾げた。

(清掃?)

「部屋掃除ですか。」

「違うわよ。正装。」

(違う・・・精巣?)

・・・・・・(ぽ)

「だ〜か〜ら、正装。きちんとした身なりのことよ。」

「分かってます。」

「このペンギン・・・(−−#)」

切れかかるミサト。レイにとってミサトがペンギンだと思ってくれていることは確実にプラスだろう。

「まあいいわ。今日はシンジ君の授業参観らしいからそれに行くの。」

「碇君の?」

(呪行サッカー・・・よく分からない・・・)

分かるわけもない。が、レイの頭の中では禍々しい阿鼻叫喚の世界が展開される。

「碇君は私が護る・・・」

レイの瞳に光が宿った。

(この子何考えてるのかしら?)

その並々ならぬ決意の現れか、ミサトはレイから吹き出すプレッシャーに押されていた。

「わ、分かったわ。レイも行く?」

「行きます。」

「そう・・・邪魔にならないようにね・・・」

こめかみから汗をした垂らせながら、ミサトは車の鍵を手に取った。

ぺたぺたと付いてくるプレッシャーを背中に受けながら。

 

 

《好評でなくても更に続く・・・・・と思う・・・・・》

 

inserted by FC2 system