ペンギンイソパクト2

 


ここは教室。

晴れやかな天気と180度反対の気分で、ケンスケは休み時間中愚痴を言っていた。

「はぁー・・・勘弁してくれよ。」

「何や今更男らしうないで。」

「トウジは人ごとだからそんな事が言えるんだ。」

「そやかて人ごとやからな。」

「この薄情者。はぁ・・・」

ケンスケは再びため息を吐いて,、ちらりと後ろに視線をやる。

『いやいや、こちらこそいつも馬鹿息子がお世話になっております。』

『とんでもございません。何かずいぶんお世話になっているみたいで。』

そこにはケンスケの父親がいた。一番初めに入室し、それ以来社交辞令なのか本気なのかは知らないが、ともかく別の母親と談笑を続けている。

「平日の真っ昼間にこんな所にいるなよな。やくざな仕事だと思われるだろ。」

「わはは。日頃の報いや。ワシらには関係あらへんよってな。のうセンセ?」

「え?僕?」

(そう言えば何にも二人には言ってなかったっけ。)

「いや、僕の所も・・・保護者なんだけど来るんだ。」

「保護者?親でなくてか?」

「うん。ネルフの人と暮らしてるんだけど、その人が来るんだ。」

「なにっ!ホントか?階級は?所属は?いかにも軍隊って人か!」

ケンスケの目が輝きだす。

「いや、女の人で作戦部長やってるんだけど普段はとても・・・」

(なんて言えばいいんだろう?)

幸か不幸かシンジの辞書にはあの魔窟を的確に表現できる言葉が載っていない。

キーンコーンカーンコーン

チャイムが鳴ると同時に扉が開き、初老の教師が入ってきた。慌てて席に戻る生徒達。

「起立!」

ヒカリの号令で、席に戻った生徒達が直立する。

(あれ?ミサトさん来てくれないのかな?)

「礼、着席。」

(まさか父さんにばれたんじゃ・・・)

机の上に教科書類を出しながら、シンジはとある可能性に気がついてしまった。

 

『さて、そろそろシンジ君の授業参観にでも行きますか。』

ぴんぽーん

『はーいはいはいはい。』

がちゃ

『ありゃ?諜報部じゃない?何の用』

『作戦部長葛城ミサトさんですね。越権行為の容疑で拘束させていただきます。』

『え、越権!?何時私が!あ、司令!どうしてここに!』

『葛城君、今までご苦労だった。』

『司令が一体何をおっしゃっているのか私には分かりませんが・・・』

『シンジの授業参観は私が行く。君はゆっくりLCLに浮かんでいたまえ。それともエレベータ前で寝るのが好きかな?(にやり)』

『そんな無茶な・・・』

『連れて行け。』

『はっ。』

『あああ・・・シンジ君ゴメンね・・・』

 

「ミ、ミサトさん!」

ゲンドウだったらやりかねない。

如何に小間使いのように扱われようとそこはシンジ。ミサトに迫る危険に恐怖する。

「ミサトさんが危ない・・・」

「危ないのはお前の方や。」

「は?」

周りを見渡せばシンジ一人が立っていた。クラスメートだけでなく父兄の注目まで一身に集めている。

(ま、拙い!)

教室中に響き渡る哄笑。慌てて再度着席するシンジだったが、驚くのはそれだけではなかった。

ガラッ

「シンジ君呼んだ〜?」

「え?」

そのミサト当人が入室してきた。

今朝の様子からは想像もできない。一部の隙もなくぴしっと決めたスーツ姿。タイトなミニスカートで惜しげもなくボディーラインを見せつけるその格好は、一瞬で男子生徒のハートをGETした。

「「「おおおっ〜!!」」」

驚喜の渦に包まれる教室。

まだ生きてたんだなと安心しつつ、シンジは自分の保護者が注目されているのにちょっと鼻高々になる。

「おおおお・・おおお・・・おお・・・・・お?」

が、ミサトが教室に入ってくるに従って歓声が疑問型になっていく。

初めは何だろうと思っていたシンジだったが、すぐにその理由がシンジの目に飛び込んできた、

ずんぐりむっくりの体型。たとたどしいその歩み、ボディカラーと同じ青と白の頭、どこかぼんやりとしたその赤い瞳・・・

ペタペタ

「あ、綾波!」

レイはシンジの存在に気が付くと、シンジの方を向いててこてこと近づいてくる。

「おや?何ですか、それは?」

すかさず飛ぶ老教師の声。

(しまった!)

言い訳をしようと立ち上がろうとするシンジだったが、衝撃は別の方から飛んできた。

「ああ、シンジ君のペットの綾波レイです。」

ガタッ

シンジはそのまま崩れ落ちる。

(ミサトさん、なんて説明の仕方するのさ!)

机に手をかけて、必死で体を起こして顔を上げると、丁度レイの瞳が目の前にあった。

「・・・来たから。」

「うん・・・」

(綾波に悪気はないんだ・・・)

それは理解出来る。僅かに赤く頬を染めるレイの表情からそれは分かる。

が、だからと言ってどうなるものでもない。急速に自分の中からエネルギーが失われていくのを感じて行くシンジだったが、まるでとどめを刺すようにミサトの声が響く。

「ほら、レイ。いつもみたいに抱いて貰いなさい。」

ガタガタッ

再びシンジは轟沈した。

(何で誤解を招くようなことを言うんだよ・・・)

そして、その予想通り教室が再びざわめき始めた。

「あの碇が・・・」

「シンジ君がねぇ・・・」

「意外だな・・・」

「そんな趣味が・・・」

「ち、違うんだ!みんな信じてよ!」

このままでは異常性愛者になってしまう。シンジは心の底から恐怖した。

「何が違うんや。」

「碇のペット?くそっ・・・羨ましい・・・」

トウジとケンスケは吐き捨てるように言い放った。シンジの目の前が暗くなる。

「抱いてる?」

「そうなのよー。シンジ君とレイは毎晩抱き合って・・・」

「ミサトさん!!」

もはや泣くしかない。シンジの席が窓際だったら飛び降り自殺していただろう。

「ペンギンなんぞ飼いおって・・・」

「は?」

その瞬間、シンジの眼が点になった。

(もしかしてみんなも綾波のことペンギンだと・・・)

「あのペンギン可愛い。」

「碇君が羨ましいわね。」

「後で抱かせて貰おうっと。」

シンジの脳裏が真っ白になっていく。あれだけ焦った自分は何だったのだろうかと。

「最高の非常食なんだが・・・」

 

「食べるんか〜!!」

 

絶叫するシンジ。

「食べる・・・(ぽ)

その横で呟いたレイの言葉は、幸いシンジには届かなかった。

「仕方ないですね。碇君、静かにさせるんですよ。」

「あの・・・いいんですか?」

良かったような悪かったような、果たしてこの皆の認識は正しいのかどうかがシンジには分からない。

「構いません。昔住んでいた根府川にもいましたから。」

 

「いるか〜!!」

 

と、叫べればどんなにいいだろう。

シンジは机に突っ伏した。

 

◇ ◇ ◇

 

「で、ありますから・・・」

レイはあたりの様子を黙って観察していた。が、今一皆が何をしているのかが理解できない。

トントン

「ん?何?」

レイの呼びかけにシンジが応える。

「何をしているの?」

「これ?数学の授業だけど・・・知らないの?」

頷くレイを見て、シンジの心が8割の悲しみと、2割の怒りに満たされる。

(ミサトさん!綾波をどんな風に育ててきたんです!)

ちらりと後ろを見ると、ミサトは呑気にも手を振ってくる。

(やっぱり僕が綾波の面倒見て上げなくっちゃ)

正義感に燃え上がるシンジ。

「今度勉強教えて上げるからね。と言っても僕もそんなに出来る訳じゃないけど。」

「そう?」

よく分からない、と言いたげに首を傾げるレイ。

「そこ、私語は慎んで。」

「はいっ!」

教室が軽く笑いに包まれた。

「それでは続けますが・・・この問題分かる人は?」

ヒカリを含めた何人かが手を挙げた。

(何かしら・・・横断歩道の渡り方の練習?) 

右を見た。女の子が手を挙げている。

左を見た。男の子が手を挙げている。

前を見た。老教師がこちらを見ている。

「・・・・・・・・・・・こう?」

レイはとりあえず右手を挙げてみた。

「ん?綾波さんでしたか。あなたにも分かるんですか?」

「えっ?」

それまで俯いていたシンジが脇を見ると、そこには右手(右羽?)を高らかに上げたレイの姿。

「あ、いやこれは・・・綾波、下ろして。

シンジはその右手を掴んで下に降ろす。

ぴょこ

レイの左手が挙がった。

「・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・」

無言でシンジは左手を降ろさせる。

ぴょこ

再び右手が挙がった。

「・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・綾波?」

「決まりだから。」

「は?」

かっわい〜などと沸き上がる歓声とは別世界で、レイの心中など推し量るすべもなく、シンジは途方に暮れてしまった。

「ふむ、それでは飼い主として碇君に答えて貰いましょう。」

「へ?僕ですか?!」 

「そう。」

(やばいよやばいよ・・・)

全く話を聞いていなかった。

「シンジ君しっかり〜」

(ミサトさんうるさい!・・・これじゃ父さんと変わらないよ・・・)

「・・・分かりません・・・」

顔を真っ赤に染めて、シンジは小声でそう言う。もっとも、聞いていたとしても出来たかどうかではあったが。

一方で、老教師もレイがじっと何か言いたげしているのに気が付いた

「それでは・・・なんです?ああ、答えたいんですね。どうぞ。」

(みんなで渡るときのかけ声は確か・・・)

「1,2,3」

「123。正解ですね。」

 

「おおおっ!」

 

父兄も含めてクラス中が驚愕に包まれた。

「素晴らしいですね。みなさん、特に碇君、ペットに負けていてはいけませんよ。」

「だからペットじゃ・・・」

言おうとしてそこで詰まってしまう。

(もしみんなが正しい認識を持ったら・・・こんな格好をしている綾波が変態扱いされる!・・・だったら僕が・・・)

「そうなんです。」

少年は自己犠牲の精神に溢れていた。あふれ出る正義の精神がシンジを常になく自信家にさせる。

「大事な家族なんです。」

(大事?・・・大事、大きいこと・・・おおごと・・・・・・私は碇君のおおごと?・・・・・・おおごとな家族・・・分からない・・・)

レイはシンジとは明後日の方を向いて首を傾げる。

せっかくのシンジの努力だったが、どうやら分かって貰えなかったようだ。

 

◇ ◇ ◇

 

「綾波ーご飯だよー」

昼休み、父兄は別室に既に行ってしまったが、レイだけは女性陣に捕まってしまい教室で歓待、もとい弄ばれていた。

撫でたりさすったり抱きかかえられるのは当たり前、頬ずりまでされていたりする。

「碇く〜ん。もうちょっとこの子貸して?」

「お願いだから。ね?」

「ご飯も私達で食べさせていいでしょ?」

ちょっと可愛い女の子が両手を合わせてそう言うとなれば、シンジも一人の中学生、元来の性格もありイヤとは言えなくなってしまう。

「いいよ。」

「きゃ〜っ、やった!」

「ねえねえこの子、卵焼きとか食べるのかな?」

「サンドイッチは?」

シンジが肩をすくめて、その問いに答えようとした瞬間、レイが女生徒の膝から飛び降りて、シンジの方へと歩いてくる。

 

トコトコテクテク

 

「?」

レイはまっすぐシンジの目の前に立つ。シンジはその姿に言い様のないプレッシャーを感じる。

「な、何?」

「要らないの?」

「は?」

「もう私は用済み?」

シンジは初めレイの発言の意味が分からなかった。けれど「かわいそー」とか「酷ー」とか「無責任」とかクラス中から非難の声が挙がると、ようやくその意味を理解し、慌てて両手を左右に振った。

「そんな訳ないじゃないか!ただ女の子に混じって可愛がってもらった方がいいと・・・」

「そうやって男は女を捨てるの。碇君も男だったという事ね。」

(どこでそんな台詞を・・・昨日のテレビだな。)

果たしてレイが何を言いたいのかはよく分からない。

ただ、シンジを非難していることだけは確かなようだ。

「シンジ、要はお前の近くで食事がしたいんだよ。」

「くぅ〜っ、泣かせるやないか。なんと主人思いのペンギンや。」

(ペンギンじゃないんだけど・・・まあいいや。)

精神的再建を果たしたシンジはレイを見下ろした。

「そうなの?」

きょろきょろ

ずるずる

レイは辺りを見回して、近くにあった空いている椅子を器用にシンジの側に持ってくる。

ペシペシ

そして羽で座席の上を何回か叩いた。

「・・・座りたいの?」

こく

(座るって言ってもなぁ・・・)

シンジはペンギンの足の長さを考えないことにした。

「つまりここに上りたいんだろ?よしっ。」

 

ペシッ!

 

気を利かせたケンスケがレイの脇の下に手を通した瞬間、後ろ手(羽)にレイがケンスケの頬を叩く。

「痛っ・・・つつ・・・」

「わはは、嫌われとるようやの。ここはワシが一つ。」

 

ぺしぺしっ!!

 

豪快に顔面を張られた。

「痛つ〜。凶暴なペンギンやな。いつもこんなんかい?」

「いや、そんな事ないけど・・・」

 

ひょい

 

「ほら。」

「なんや現金なペンギンやの〜」

「忠実と言えばそうなんだろうけどな。」

今一納得の行っていない二人と、困ったような顔をしているシンジを後目に、レイの興味は既に机に置かれた多量のパンの群に移っていた。

 

 

《例え不評でも、意地でも続ける・・・・・・かもしれない》

 

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