冬の宝物

 

 

「こんな時間じゃ、今日も駄目だな・・・」

僕は、一人呟いて教室の扉を開ける。
窓際に、綾波の背中を見つけた。
夕日に照らされた綾波は、後ろからでも奇麗だった。
まるで、日が沈むと共に一緒に消えてしまうような儚さがあった。
だから僕は声をかける。
綾波を確かめる為に。

 

 

「綾波。」

碇君の声がする。
どうしてこんな時間に?
急いで机の上を片づける。
大丈夫よね?ばれていないわよね?
出来るだけ普通にしないと。

 

 

「何?」
「ねえ、今日は一緒帰れる・・・かな?」
「ええ。構わないわ。」

最近綾波と帰っていない。
誘っても大体断られる。
だんだん綾波が離れていく気がする。
どうしてかな?何がいけなかったんだろう?
でも今日はOKがでた。
いろいろ話せると・・・いいな。

 

 

「ねえ、最近放課後残って何やってるの?」
「聞きたい?」
「うん・・・綾波が良ければ。」
「そう。だったら言えないわ。」
「え?・・・分かった、聞かない事にするよ。」

よかった。
見られなかったみたい。
でも本当は、こんな事言いたくない。
隠し事をするのはイヤ。
だけど今は駄目。
碇君、もう少しだけ許して。
楽しみは後に取っておく物よ。

 

 

「綾波。」
「何?」
「・・・あのさ、僕達・・・別れた方がいいのかな?」
「・・・それが碇君の望み?」
「そんな訳ないじゃないか!」

綾波の目が真っ直ぐ僕を見ている。
人を惹きつける、魔力を持った紅い両眼。
僕を魅了した瞳。
だけど今は・・・その奥が分からない。
言葉より、態度より、綾波の心が分からない。
やっぱり失格なのかな。僕なんかじゃ。

 

 

「ゴメン、大声出して・・・」
「どうしてそういう事を言うの?」
「だって・・・僕は頭がいい訳でも、運動が出来る訳でも、顔がいい訳でもない。今だって・・・面白い話をする事も出来ない。」
「それが理由?」
「それになんだか・・・最近綾波に避けられてる気がするし・・・僕なんかが綾波の彼やってるのが迷惑なのかなって・・・そう思ったんだ・・・」

碇君、今にも泣きそう。
でも私も同じ。
そんな風に思わせていたなんて、全然知らなかった。
私だけ楽しい未来を想像してた。
碇君の不安な今に気づきもしなかった。
こんな事になるなら・・・これはもう打ち切るわ。 

 

 

「これ、あげるわ。」
「袋・・・?」
「開けてみて。」
「うん・・・手袋?右手だけの。」
「まだ完成していないから・・・できたら渡そうと思っていたから・・・」
「そうなんだ。」

やっと僕にも理解できた。
最近綾波が一緒に帰らなかった訳を。
やっぱり僕は馬鹿だ。
綾波の気持ちを、心を疑うなんて。

Whenever with You

甲の所に縫われた文字は綾波の気持ち。
そして僕の一番の望み。
そう思っていいんだよね?

 

 

「暖かいや・・・」
「よかった。そう言って貰えて。」
「あのさ、一つだけ見つけたよ、僕に出来る事。」
「?」
「綾波を想う気持ち・・・これだけは誰にも負けない。」

碇君が笑っている。
私の手袋をはめて、ちょっと目に涙を浮かべて。
私はまだ碇君の横にいていいのよね?
一緒にいていいのよね?
そう思ったら、私も自然に笑みがこぼれた。

 

 

「帰ろう・・・」
「ええ。」

僕は、左手で綾波の手をそっと握った。
綾波も優しく握り返してくれた。
その右手は、とても暖かかった。

 

 

Fin

 

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