朽ちかけたマンションの一室。

 

ひび割れたガラス窓から月明かりが差し込む。

 

ここが僕らの場所。

 

静寂が耳につく夜、僕らは黙って互いを抱きしめ合う。

 

朽ちかけたパイプベットの上で抱き合いながら、今この瞬間だけは世界は僕らのもの。

 

だって、世界には僕らしかいない。

 

肌を通して伝わるこの冷たさだけが僕の現実だ。

 

彼女の水色の髪に顔を埋め、理不尽な力で抱きしめる。

 

彼女は苦しげな息で唇を濡らし、僕の耳に噛みついた。

 

揺れるベットの下で、酒瓶がこちんと音を発てる。

 

 

 

 

 

ONE YEAR OF LOVE

 

 

 

 

 

扉を叩く音で目が覚める。

 

朝から騒がしい。

 

ただでさえ、僕らの静かな時間は限られているのだ。

 

放っておいて貰いたい。

 

目を瞑ったまま扉に背を向け、隣で眠る彼女を抱きしめる。

 

起きていたのか、彼女も僕の背中に腕をまわす。

 

背筋に感じる彼女の冷たさ、指の繊細さにおもわず吐息が漏れる。

 

僕は黙って彼女の胸に顔を埋めた。

 

こうして彼女に抱かれたまま、死ねたらどんなにか素晴らしいだろう。

 

でも祝福を受けるには、僕は汚れすぎているらしい。

 

鍵が壊れたままの扉が勢い良く開けられる。

 

床を踏み鳴らしながら、ジャージマンがやってくる。

 

彼が歩く度にかちゃかちゃと奏でられる金属音。

 

その音がココロのかさぶたをめりめりと剥がす。

 

ジャージマンがなにか怒鳴っている。

 

どうやら服を着ろと言ってるらしい。

 

断る理由もないので、立ち上がってクローゼットに向かう。

 

ちょっとふらつくのはご愛敬。

 

引き出しには彼女と僕の下着が、おおむね2:1の割合でごっちゃになっている。

 

彼女は僕よりも隠すべき箇所が2倍あるのだから当然。

 

ひどく満足した気分になったので、彼女の下着を履こうかと思ったが、殴られるのは痛そうだったのでやめた。

 

カルバンクラインのボクサーとグンゼのブリーフでは、どちらがよりフォーマルな装いだろうかと悩んでいたら、彼女が全裸のままバスルームに向かっていった。

 

ただで見せるにはもったいなく、木戸銭を取るには神々しすぎる裸身。

 

ジャージマンが顔を真っ赤にして硬直している。

 

・・・・ひょっとして、おさげのマジメっ娘とはまだなの?

 

いったいつき合ってどれくらいになるのさ。

 

あきれるな、それって犯罪だよ。

 

あれ、なにか怒鳴っている。

 

まあ、好きにするさ。君の自由だからね。

 

取りあえず一服して、シャワーが空くのを待つことにしよう。

 

別に一緒に入っても良かったんだけど、これ以上ジャージマンに騒がれるのも鬱陶しい。

 

短めの希望の2本目が煙になるきる前に、彼女が肌と溶け合うようなバスタオルを巻いて現れる。

 

濡れた前髪から覗く紅い瞳が、実にクールでキュートなアンサンブル。

 

うーん。美しさの極みだね。そうは思わないカヲル君?

 

 

 

 

 

ジャーマンを先頭に表に出ると、扉の外には二人の少女が立っていた。

 

ジャージマンの彼女と、蒼い瞳と長い橙色の髪が印象的な少女。

 

前者は困ったような表情。後者は侮蔑するような眼差し。

 

そして、蒼い瞳の少女は、侮蔑を怒りに変えて大声を張り上げる。

 

いったい、人んちの玄関でなんだっていうのさ。

 

彼女と腕を組んでいることに、なにか問題でもあるのだろうか。

 

僕らは黙って二人の前を通り過ぎ、階段に向かった。

 

背後から罵声が飛んできたが、肩をすくめてやり過ごす。

 

階段を降りながら気がついた。

 

そうか、彼女はダイエット中なんだ。

 

年頃の女の子は、無理なダイエットが好きだから。

 

君の素敵なスタイルを見たら、確かに多少怒りっぽい人なら、文句の一つも言いたくなるだろうからね。

 

なるほど、さっきの少女の罵声は正当なものかもしれない。

 

腕を組む彼女にそう囁くと、わからないとの返答。

 

 

 

 

 

授業は至極常識的に退屈だった。

 

無駄な話をする教師ばかりだ。

 

彼等自身が意味があると思っていないことを聞かされても、まじめに聞く気にはなれない。

 

彼女と僕は互いに視線を交わすか、ぼんやりと本でも読むくらいしかする事がない。

 

授業の知識が役に立つ時は、決してこないことを僕らは知っている。

 

壊れた砂時計がひっくり返された以上、時が戻ることはもうないのだから。

 

そして、その時はゆっくりと、でもたしかな歩みで近づいてきているのだから。

 

 

 

 

 

昼休みは学校で彼女と二人きりで過ごせる唯一の時間だ。

 

僕らは給水塔の影で寝ころび、ミネラルウォーターを飲んで口づけを交わす。

 

今日は天気が良かったので、彼女が膝枕をしてくれた。

 

涙がでそうなくらい平和だ。

 

空を見上げると、彼女の美しい顎の線が、ぽかり浮かんだ雲に溶け合っている。

 

僕らは互いに伝えたい言葉が沢山ある。

 

そう本当に沢山あるんだ。

 

でも、言葉にすると全てが泡沫になってしまうから、黙っているしかないんだ。

 

だから、彼女の手を取って、その奇跡のような白い指にそっと噛みつく。

 

彼女がどこか困ったように、口元をほころばせた。

 

 

 

 

 

放課後になって帰ろうとしたら、校門に黒塗りの高級車が停まっていた。

 

僕らが通り過ぎようとすると、紅いサングラスで目を隠した長身の男が車から降りてきた。

 

なんとも暑苦しい髭で、顔を覆った中年男だ。

 

男はサングラスを外しながら、僕らに声をかけてきた。

 

しかし、彼女は何も聞こえなかったかのように、男を無視して歩を進める。

 

僕も彼女に引っ張られるように、その場をあとにした。

 

男が呟いたその言葉に聞き覚えがあった。

 

誰だったろうか。

 

僕を知っているようにも見えた。

 

なにやら複雑な気持ち。

 

彼女のが腕にぎゅっと力を込めてくる。

 

彼女は無表情のままであったが、その紅眸には、なにか縋るような、どこか懇願するような色が浮かんでいる。

 

まるで捨てられるのを恐れる子供のようだ。

 

不思議な既視感。

 

立ち止まって彼女の頬を両手で包みながら、額と額をこつんと合わせた。

 

なにをそんなに心配しているか判らないけど、僕は側にいるよ。

 

いままでも、そしてこれからも。

 

僕に残された僅かばかりのまごころを、ほんの少しだけ許された微笑みで、なんとか伝えようとした。

 

ちゃんと通じただろうか。

 

彼女は少し安心したように、微笑んでくれた。

 

よかった。

 

 

 

 

 

夕焼けが空を燃やし、月が徐々に色濃くなっていく。

 

ベットの上で、彼女を背後から抱きしめる。

 

生まれたままの姿で一枚のシーツにくるまり、僕らは声なき声で話し合う。

 

互いの想いを交わし合う。

 

少し寒くなり始めたので、ウイスキーを含んで互いの口で転がし合う。

 

彼女は振り向くような姿勢で、僕はそんな彼女を膝の上にちょこんとのせて。

 

そうやって、夕陽と月に見せつけながら、世界が僕らのものになるを待ち続けた。

 

やがて、太陽が地平線の彼方に身を引き、星々が微笑みかけてきた。

 

ようやく僕らの時間が還ってきた。

 

僕らは微笑み合い、肌を寄せ合う。

 

これで陽が昇るまでは、世界は僕らのものだ。

 

 

 

 

 

「ねぇ、僕が浮気したらどうする?」

 

僕はちょっといぢわるな質問をしてみる。

 

「・・・・殺してワタシのものにする・・・・」

 

彼女は僕の頬を両手でさすり、微笑みながら囁いた。

 

「じゃあ、僕が君だけを愛したらどうする?」

 

僕も微笑んで、彼女の頬をそっと包む。

 

彼女は僕の首に顔を埋めると、静かに囁いた。

 

「・・・・殺してワタシのものにしてあげる・・・・」

 

その声はいつもよりも熱を帯びていたかもしれない。

 

とても、うれしかった。

 

 

 

 

「ありがとう。綾波」

 

 

 

 

 

 

 

〜 fin 〜

 

 


(部外秘)「司書のホンネ」

YASさんからの投稿!しかも本HP初!!ばんざ〜い\(^ -^)/って感じです。

いつの間にかシンジとレイ、同棲してたんですね。(

しかもシンジ君、ずいぶんと慣れちゃって・・・朝のタバコに口移しウイスキー・・・これこそ学生の王道でしょう。>おい

もやがかかったような生活を「僕らの時間」というシンジ。その世界の中で、互いの存在を確認し合う二人・・・

明るくも健全でもないかも知れませんが、その分互いを愛おしく思う感情がひしひしと伝わってきます。

みなさんは、この文章でどんな事を感じたでしょう?

 

さあ、その答えを是非YASさんに伝えましょう!

感じたことをそのままに・・・

 

「これってYASさんの学生時代が元ですか?(にやり)」とか(笑)

 

E-mail: yas@nna.so-net.ne.jp

 

 

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