大人の憂鬱・その顛末

 

3月吉日。

 

NERV本部内全ての部署に総務部より一通の文書が通達された。

 

『NERV保安条例 第1038条第13項追加項目制定。

NERV内における私的金品の譲渡、給付は本部支部を問わず、これを固く禁ずる。

なお、この条例に違反したものは同条令規定にのっとり厳重処罰とする。

この通達は2016年3月14日午前零時をもって施行されるものとする。』

 

通称、『3月革命』と呼ばれる事件の発端である……。

 

この告知直後、NERV内における各部署の女性職員より抗議の声が上がる。

 

施行日時が近づくにつれ騒ぎは拡大の一途を辿り、抗議行動は日増しに激しさを増した。

文書を発行した総務部などでは連日の抗議電話に一時業務が滞るなどの事態に発展。また、一部の部署で女性職員による集団サボタージュが発生。

事態を重く見た当局は業務課及び総務課職員を総動員して事態収拾に努めるも、同課の女性職員から総スカンをくらい課内の把握すら難航する始末。やむをえず保安部を動員して事態の収拾を計ること3日、現在は沈静化の方向にむかいつつある。

 

3/16現在、逮捕者・73名。

 

なお、主な抗議内容として、

 

『ただでチョコ貰っておきながらお返しもないってどーいうつもりなの!?』

『世の中ただほど高いものはないってーことを教えてやるわ!』

『ホワイトデーにお返しをするのはとーぜんよ! 今更バックれようなんて世の中なめてる!』

『ケチ臭いこといってると絞めるぞ、おらぁああ!』

 

これに対する条例発案者のコメント。

 

『………ふっ…………問題ない』

 

以下に、当事件の概要を記す。(NERV保安部作成の資料より抜粋)

 

 

●葛城ミサトの場合。

3/13、2日目の深夜勤務に突入。

該当日、AM5:00帰宅。同日PM4:00出局。一般勤務時間内に不在というハンデがあるにもかかわらず、多たの私的金品譲渡が確認された。大多数は同所属局の男性職員による物であるが、他局からと思われる譲渡も少なからず見受けられた。

これについて条令違反者の尋問の結果えられた証言の大多数から当局が推測した見解は、

『遠くの神(司令)より近くの鬼(上司)』

『(職場を)首切られる前に(上司に)蹴り殺される』

『命あってのものだね』…………等々。

多分に情状酌量の余地があると思われる。

なお、譲渡品の多くは『えびちビール』であったのは言うまでもない。

 

●赤木リツコの場合。

該当日は通常勤務。通常ルートを使用し出局。保安部による緊急配備の空隙をついて、研究室に入室するまでに譲渡された私的金品は『ゆう○ック小包箱大型』4箱分になる。

しかし同所属局の男性職員のみならず直接接触のない他部署の男性職員(若干名の女性職員を含む)からも多く譲渡されるのを不信に思い調査した結果、NERV内自動販売機(ドリップ式コーヒーメーカー)より薬品を抽出。検証の結果、強力な催眠剤であったことが判明。これについて3月13日深夜、赤木博士自らが自動販売機になにやら細工していたという噂がまことしやかに流布したが、保安部によりこれを隠蔽。以後、この件に関しての記録は破棄するものとする。

触らぬ神に祟りなし、という諺は遵守されてしかるべきと判断される。

なお、譲渡品の多くは『ご当地名産 猫グッズ』である。

 

●伊吹マヤ二尉については、虎の威を借る狐……もとい上司である赤木博士の恩恵を多大にうけていることは間違いないだろう。

 

●碇シンジの場合。

生来の内向的な性格が災いして、3月14日が近づくにつれ過度のストレスのため心身ともに変調をきたすが、例によって「逃げちゃだめだ」と自己暗示をかけまくり、安上がりに仕上げるために徹夜で手製のクッキーを焼き上げる。

さらに六分儀家の血筋ゆえか、淡白な顔して実は女タラシだろうお前!?、な部分を無意識に発揮、該当日、罪のない『はにかんだ笑顔』を惜しげもなく振りまきつつ『手製のお返し』を『手渡し』するという芸当をやってのけ、壱中に碇シンジあり! と女生徒の胸にその名を刻みつける。

が、本人はいたって他意がなく信じられないほどの鈍感ぶりである。(「だから余計始末が悪いんだよ」(同級生・相田ケンスケ談))

なお、同居人であり保護者である葛城ミサトに3万6千円の借金があるが、先のクッキー作成にかかった費用ではない事を明記する。

 

●相田ケンスケは、唯一のチョコに対するお返しをしたいと切実に願うも、そのチョコ自体が無記名のまま下駄箱においてあったため、お返しもできず、「いったいだれがオレにこれをくれたんだ〜〜」と悶々とする日々を送っている。

 

●鈴原トウジの場合。

1個もチョコを貰えなかったという事実から一時荒んでいたものの、バレンタイン当日より3週間遅れで委員長である洞木ヒカリからようやくチョコを取得。現在は人生バラ色である。

その後、相田ケンスケが考案した『ミッションE.W』に従い、碇シンジを強引に拉致牽引後、恐らく生まれてはじめて『ふぁんしーしょっぷ』に入店。ヒヨコ模様の入ったエプロンを購入。

綿密な計画実行の末、学校裏なんて今時マンガでもはやらないって、という場所で洞木ヒカリと対面。沈黙の860秒後、無事、全フェーズを終了することに成功する。

なお、これからべたべたの展開が予想されるがそれは特に明記しない。

 

●惣流・アスカ・ラングレーは、生来の勝ち気さとずーずーしさと押しの強さで、「あんたばかぁ? 3/14にお返しをするのが日本のじょーしきでしょ!」などと、お返しの意味も不明な理不尽な論理を展開。散々バレンタインデーをあげつらっていたのを棚にあげ、強引に碇シンジに天下のフェラガモの靴を購入させる。たかが中学生のくせに3万6千円もするブランドを買うんじゃねーと筆者が思ったかどうかはここでは触れない。

なお、2/14に、彼女が碇シンジにチョコをあげたという記録はまったくない。

 

●洞木ヒカリは、悶々と悩んだ挙げ句、意を決して鈴原トウジに3週間ぶりにチョコを進呈する。その際つい「これ余ったの妹さんにあげて」、という非常にまずい言い訳を口にしてしまった事を内心後悔するも、当の鈴原トウジが舞い上がってしまっていたため事無きをえる。

その1週間後、鈴原トウジからエプロンを貰う。が、相田ケンスケと碇シンジの姦計の末だという事は、結果オーライで特に問題視する必要もないだろう。

なお黄色いエプロンを握り締め、これからもお弁当作りに励むわぁ! と第壱中学校屋上でドスコイポーズをとるのを綾波レイに発見されたということも付け加えておく。

 

●綾波レイは、未だ人類の敵である『貧乏』に浸かる己の不運を嘆くが、3/14に何を思ったのか、父親譲りの女タラシを無意識に発揮した碇シンジより、手製の野菜クッキーを貰う。得意の頬染めを披露して言葉少なに礼を述べるに終ったが、実は、このまま屋上から飛び降りて死んでもいい!! もちろん碇くんもいっしょに!! と、思ったとか思わなかったとか……。

 

 

今日も世は事も無し、平々凡々に過ぎてゆく————。

 

 

Ende

 

--Mei 5, 2015


■By 日下智

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