少女の憂鬱
「アスカって、ときどき羨ましいなあって思うときがあるな」
「何が?」
「やだ、何がって、もう解ってるくせに」
「だから何なの?」
最近は、こうやってヒカリのみならずクラスの女子にしょっちゅう羨ましいって言われる。
何が羨ましいんだか、あたしにはさっぱり解らないわよ。
ああ、日本人ってほんとわかんないわねえ。
だいたい、日本はママが生まれた国だっていうから楽しみだったのに、現実はこんなものね。
暑いし、ごみごみしてるし、家は狭いわ。おまけに、部屋のドアには鍵もない!
しかも、何でこのあたしがあんなのと一緒に暮らさなきゃいけないのよ……!
「でも、掃除も洗濯も食事の用意だってやってくれるんでしょう? いいなあ、何もやらなくってもいいんだもん」
「あ、あのね、ヒカリ。あたしだって何もやってないわけじゃないわよ」
「そうなの?」
「そ、そうよ、たまに、その……やってるわ」
「たまに?」
「う…。だ、だって、あいつはアレしか能がないようなもんなんだから、花を持たせてやってるのよ。容姿だって頭だってあたしの方が上なのよ、この上家事までとりあげちゃったら可哀相じゃない」
「ふーん、そう。……でも文句も言わずにやってくれるんでしょう?」
「はん、言えないだけよ。臆病なアイツに文句を言う勇気なんてありゃしないわよ」
「……まーたそんなこと言ってえ。あーあ、やっぱり羨ましいなあ」
「だからあ、どうしてそうなるのよお」
まったくとんだ誤解だわ。
これじゃあたしがシンジをこきつかってばっかりで、何もしてないみたいじゃないの。あたしだっていろいろと苦労はあるのよ。
家に帰る。
大抵シンジよりあたしの方が先に家につく。
あたしの不幸は、家の中に入った瞬間から始まってるの。
まず第一の不幸はむちゃくちゃ暑いってことよ。どうしてこう日本って蒸し暑いの? 信じらんない!
ペンペンは涼しい自分の部屋に避難して出てこないし、可哀相なあたしはエアコンの冷風が部屋中に行き渡るまで我慢しなくちゃならないのね。しかも、あのバカときたら……!
「アスカ、エアコンききすぎだよ、すこし弱めたほうがいいと思うけど。それに体を冷やすのはよくないってリツコさんが……」
「しょうがないでしょ、暑いんだから! だいたい、台所で料理をしているあんたが暑いだろうと思ってつけてやってるのよ! このあたしの親切が迷惑だとでもいうの!?」
「でも、ぼくはべつに暑いとは……」
「何!?」
「……なんでもないです」
まったく、このさりげない親切を理解しないなんて、これだから鈍感な奴ってキライよ。
それに、あたしだって家事くらいするわ。
ただ使い勝手が悪いのよ、この家。
日本の家がウサギ小屋だっていうのはホントね。狭いくせにやたらと家具があって、やり辛いったらありゃしない。(これでもウチは家具が少ないほうだって言うけど、こんな狭い家にこれ以上どうやって家具を詰め込んでるわけ?)
ここは、日本の家屋になれているシンジがやったほうが効率がいいからアイツに任せてるのよ。
物事は合理的に処理するもんでしょ。
だけど、問題は……そう、問題はアレよ!
「もう、ミサトぉ。すこしはミサトの部屋、掃除してよ」
「したわよ、この前」
「この前っていつよ?」
「えーと、いつだったかしら……シンちゃーん、いつだっけ?」
「…………3週間ほど前だと思います」
「ええっ! 3週間も掃除してないのっ!?信じられない!!」
「いいじゃなぁい、まだきれいなもんよぉ」
「ちっとも綺麗じゃないわよ。ミサトの部屋からこっちにほこりが流れてくるのよ。これじゃいくら自分の部屋を掃除したって意味ないじゃない」
「ぼくもそう思います。あ、それからミサトさん、部屋には生ごみを溜めないでください。ビールの空缶も積まないでください」
「えー、だってビニール袋、まだいっぱいになってないわよ。もったいなじゃない」
「ミサトさんって、へんなところでケチなんですね。じゃあ知ってますか? この前ミサトさんの部屋にゴキブリが出たこと」
「え? そ、そう?」
「ぬぁわーんですってぇえええ!? ゴキブリぃいい? いっやあああ!! フケツよっ! それで、あんたどうしたの!?」
「え……」
「どうしたって聞いてるのよっ!」
「始末したけど」
「その後よ! 何か対策たてたの?」
「別に……なにも」
「なにもしてないですってええ!? あんたバカぁ! ゴキブリはね、1匹でたら30匹はいるって考えるのが日本の常識なんでしょう。まだ29匹がどこかに潜んでるのよ。あんたもエヴァのパイロットならパイロットらしく敵の殲滅考えなさいよっ!」
「エ、エヴァは関係ないんじゃ……」
「何かいったっ!?」
「ご、ごめん」
まったく床に平気で寝るくせに掃除をしないなんて。
しかもゴキブリが這っているかもしれない床に直接だなんて、人間の生活じゃないわ。日本人って結構不潔なのが平気よね。
そうよ、あのお風呂だってそう!
なに、あれ。どうしてみんな同じお湯につかれるわけ? だれかが入ったお湯なんて気持ち悪くてはいれるわけないじゃない!(え、温泉? あれは別物よ。温泉はお風呂じゃないわ)
「シンジっ! あんた先にお風呂に入ったでしょ!」
「入ってないよ」
「じゃあ、お湯に浮いてたこの黒い髪の毛はいったい何なのよ。ミサトの髪もっと長いし、これだけ短いのあんたしかいないじゃない。あんたが入った後に入るなんて、ぜぇ〜ったい嫌だって言ったでしょ!」
「入ってないって言ってるだろ! ぼくは洗濯物をたたんでたんだから、入る暇なんてないよ」
「嘘ばっかり!」
「何で嘘をつかなきゃいけないんだよ」
「……どしたの、何もめてるの?」
「ミサトぉお〜、んもう聞いてよ! シンジがあたしより先にお風呂に入ったのよ!」
「だから入ってないって」
「なあに、どれどれ?……アスカ、これペンペンの毛よ」
「ペンペンんん? いやぁああ〜もうっ! 何でこのあたしがペンギンの後に入らなきゃいけないのよぉ!」
「そんなこと言ってるとペンペンがすねちゃうわよ」
「んもー、嫌っ。シンジ、もう一度お風呂洗ってよ」
「えー、水がもったいないよ。それに何でぼくがやらなきゃいけないんだよ」
「お風呂の掃除はあんたが当番でしょ。決めたことくらいちゃんと守りなさいよ!」
ああー、もう、イライラする!
そりゃ、人の家にいるんだから不自由は半分あきらめてるわよ。
だけど、せめて…せめてねシャワーは1日最低3回浴びるのが常識でしょ。シーツは糊がついてるものよね。お弁当のおかずはやっぱり5品は入ってなくちゃ、お弁当じゃないわ。(最近、バカシンジったらサボってるから4品しか入ってないのよ、このあたしにあれで我慢しろってーの?)
部屋の温度は常に24度をキープしてもらいたいわね。もちろん、朝起きたら適温になってるのが女性に対する礼儀ってもんでしょ。当然、寝汗をかいてるんだから、お風呂は沸かしてなくちゃ。も、ち、ろ、ん、熱すぎず、ってもんよ!(あのバカときたら、何度言ったって覚えないんだから!)
ああそうそう、洗濯は別々に洗うものよね。男女7歳にして同じくせずっていうじゃない。(あたしの高級品を、あいつの安物の下着と一緒に洗うだなんて、考えただけでもイヤ!)
たったこれだけ!
たったこれだけのことなのよ!
あたしの我慢にだって限界っていうものがあるわよ! ああ〜、せめて人間らしい生活をおくらせてえ。
「これの、どこが憂鬱なんや……。全部、単なるわがままやないけ!」
「ほんとだね。わがまま以外の何だって言うんだよ。結局貧乏クジを引いてるのは碇一人だけってことか」
「そうやな。あいつ、ようあんなのと一緒に暮らしとるなあ。わしやったらガマンできせんでえ」
「ぼくもごめんだね」
「……センセも大変やな。ま、わしらに出来ることと言うたら……」
「陰ながら応援してやることぐらいかな」
「そやな、応援だけならただやからな。あの女とはかかわりとうない!」
「でも、写真にはあの性格は写らないからね。ぼくらの懐は暖まるってもんだしさ」
「……ケンスケぇ、おまえ、ホンマに悪いやっちゃなあ」
<< END >>
--Januar 6, 2016
■By 日下智