REALIZE AGAIN 第一話


rei

 閉じていた目をひらいた。
 四角く切り取られた光が床を照らしている。
 (……カーテン、閉め忘れた。)
 流れる雲の影、風が強そう。
 まだ体は動かない、いつものこと。
 目覚めはいつも突然で、けれど体はついてこない。

 太陽の角度が高い、昨日は深夜までシンクロテストだった、寝過ごしたのだろうか。
 ……学校はお休み、今日は午後から零号機の再起動実験、
 更新されたセキュリティカードは受領済み。
 スケジュールを思いだし、安心する。
 しばらくの間、遠く聞こえてくる工事の音に耳をすませてから起き上がる。
 シャワーを浴びよう。

 鏡に映る私。
 青い髪、赤い目、いつもの私。
 白い肌、傷一つない、つい一月ほど前まで水槽の中に浮いていた白い肌。
 その上を冷たい水が流れていく。

 青い髪を乱暴にタオルで拭き、体に残った水滴が床を濡らすのも構わずにそのまま部屋の中へ戻る。
 静かな部屋、私一人の部屋。
 灰色の壁、工事の音。
 なぜか、そのまま動けなかった、誰もいない部屋の真中で。

 今日は再起動実験、カードは受領済み、私は一人。

「ぅ……」
 体が震える。
 ……シャワーで冷えたのだろう。

 制服に着替え、時計を確認する。
 まだ時間はある、紅茶でも飲んで温まろう。
 お湯を沸かしながら、おととい買った食パンを見つめる。
 食べてしまう方がいい、あまり食欲はないけれど。
 きっと、今日は長い一日になるから。

 紅茶を蒸らしながら、焼きあがったパンに、ジャムを塗る。
 いつもより少し多めに。糖分は体を動かすのに必要。
 二分たった、ティーサーバーをゆらし、紅茶を注ぐ。
 今度、ちゃんとしたカップを買おう。紙コップもいいけれど。
「……温かい」
 紅茶を飲んでつぶやく、ぬくもりがゆっくりと体中に広がった。


misato

 あたしはすこし温くなったコーヒーで、ランチの残りをながしこんだ。
「ほんとは、冷えたえびちゅが一番なんだけどなー」
 誰にともなくつぶやいた、つもりだったんだけど、
「……勤務中になにを言ってるの、あなたは」
 振り向けば、リツコが呆れたような目でこちらを見ていた。
「あはは、聞こえてた?」
「それは聞こえるわよ、この時間の食堂で独り言をいっていれば」
 う、確かにお昼時と言うにはすこし早いこの時間、食堂に人気は少ないけど。
「そ、それはそれとして、座ったら?」
 あたしは、サンドイッチとコーヒーの乗ったトレーを指差して言った。
「そうさせてもらうわ」
「あんたも、今来たとこ?」
「そんなわけないでしょう、昨日から泊まりこみよ」
 だいぶ疲れてるのか、声にちょっと刺がある。
「それって、今日の準備で?」
 あたしは組んでいた足を下ろし、リツコへ向き直って聞いた。
「ええ、昨日のデータから最終のパラメータを抜き出すのに朝までかかったのよ、まあ、それから3時間は仮眠が取れたのだから、よしとすべきでしょうけど」
 疲れたように言う―まあ、ほんとに疲れてるんだろう―リツコの様子に構わずにあたしは続ける。
「ねえ……本当に必要なの、零号機の再起動実験」
「どう言うこと?」
 意外そうに聞いてくる。
「レイを危険にさらしてまで行う必要があるのかってことよ。前回の事故の原因、解ってないんでしょう」
 そう、零号機はあたしが本部にくる前に一度、起動に失敗している。
「ええ、はっきりした原因は不明のままよ」
「なら、どうして、」
「司令に戦力不足を訴えたのは、作戦部でしょう?」
 リツコは平然と答える。こっちが欲しかったのは、零号機じゃなくて弐号機とアスカだってーの。
「エヴァが二機になったってパイロットが一人しかいないんじゃ、意味ないでしょーが」
「あら、ずいぶんと違ってくるはずよ、二は一ではないんだもの」
 そりゃ数字の上ではそーでそうでしょーけどね。
「成功すればの話でしょ、それとも絶対うまく行くってーの?」
「さあ、どうかしらね」
「なによそれ、ずいぶんといいかげんじゃないの!」
 自然とあたしの声は大きくなっていた。
「さっきも言ったけど、なぜ零号機が暴走したのかは不明のままなの、もしかしたら今度は初号機が暴走するかも知れないわ」
 う、それは困るわね。
 言葉に詰まったあたしを横目にリツコは続ける、
「それを防ぐためにも今日の実験は必要なの、ミサトの心配もわかるけれどね」
「……」
「それに、万が一のことがあったとしても、前回の経験をもとに対策はとってあるわ、内部電源は母線ごと殺してあるし、プラグ射出用ロケットモーターの燃料は空になっているはず、医療班の手配も確認済みよ」
 「準備は万端ってわけね、ありがと、安心したわ。」
 あたしは笑いながら言った。
「それに考えてみたら、こないだの事故って、レイはたいした怪我しなかったのよね?あたしの気にしすぎかぁ」
「……それにしても、いまさら言うことじゃないわよ、あなたの所にも実験手順は回っているはずだけど?」
「……ごめん、見てないわ」
 あ、怒ってるわね、リツコ。
「あなたのサインもなくては実験は始められないんだけど、解っているのかしら?」
「……あ、それ、朝ご飯なんでしょ、邪魔しちゃったわよね。じゃ、あたし仕事すっから」
 こりゃあ逃げるっきゃないっしょ。
「まったく……」

ritsuko

 ミサトにも言ったように、零号機暴走の原因は不明である。
 少なくとも公式には。
 技術部内では『パイロットの精神的不安定』、を原因とする意見が多い。
 しかし、それだけでは初号機の起動に成功している理由が解らない。
 『彼女』の影響なのだろうか?
 いや、そもそも『あの』レイがそこまで幅のある感情を持つと言うのはどういう意味があるのか?解らないことは多い。
 時間も人手も足りないのだ、今度失敗すれば零号機の封印もありうる。
 ……今、考えるようなことじゃないわね。
 私はそんな思いを振り切るようにして言った。
「フォーマトフェイズ2へ移行」
 静まり返った管制室にマヤの声がスピーカーに増幅されて響く。
『パイロット、零号機と接続開始』
 皆、緊張した顔でそれぞれの持ち場についている……四人をのぞいて。
『回線開きます』
 私は、今さら直接やることがないから。
 ミサトは、結局ぎりぎりの時間に書類をもって来て、そのままここに居残っている。おそらく”あの”執務室から探し出す―いえ発掘するのほうが正しいわね―のに手間取ったのだろう。
 副指令は両手を後ろで組み、いつものように静かに立っている。
 そして、あの人は、身動きもせず、あの表情を読ませないサングラス越しに零号機を……レイを見つめている。
『パルス及びハーモニクス正常』
 あなたは何を思ってあの子を見ているのですか。
 心配、しているのですか?
 そんな必要は、ないのに。
 あれには変わりがあるのに。
『シンクロ問題なし』
 ……疲れているわね、そう自分で解る。
『オールナード・リンク終了』
 今日は早めに休もう、実験が無事におわったら。
『中枢神経素子に異常なし』
 私は意識をモニタに戻す。
『再計算、誤差修正無し』
 そこに映っているのは、綾波レイ。
『チェック2590までリストクリア』
 瞳を閉ざしたその顔に緊張は見つからない。いやそれだけではなく、その横に表示されたデータにさえも。
『絶対境界線まで、あと2.5……1.2……1.0……!』
 紅い瞳が開いた。
『パルス逆流!』『シンクログラフ反転します』
 赤く染まったモニタの光で管制室は染め上げられた。
「実験中止!自動停止シークエンス起動して!」
 鳴り響く警報音、それにかき消されない様に張り上げた自分の声に苛立ちを覚える。
『自動停止シークエンス起動』『外部電源パージ』『残りゲイン10秒です』
 前実験の失敗をもとに開発されたワームが起動し、零号機のシステムを侵食、強制停止させていく。
『零号機、左腕部拘束具を排除』
 強化ガラスの向こうでもがく零号機、けれどその動きは暴走時のものに比べ明らかに鈍い。
『システム侵食率80%を突破』
「プラグ制御モジュールの確保を再優先、急いで」
『データリンク確保!パイロット脳波心音ともに確認』
『プラグ―素体間中継機の爆砕に成功、神経接続強制解除』
 零号機の首もとから薄く煙が昇った。
『システム侵食率100%、零号機停止します』
 管制室に静寂が戻る。
『全システム、メイン及びサブ回路の遮断を確認。零号機完全停止。……起動実験、失敗です』
 技術部員たちは皆言葉を失っている。
 それはそうでしょうね、確かに失敗に備えてはいたけれど、それと同じに、いえそれ以上に起動を成功させるために手を尽くしてきたのだから。
 私は、そんな周りの雰囲気を振り切るように言う。
「医療班は直ちにパイロットを確保。医療棟に搬送後、精密検査の準備をおこなって」
 私の声に押されるようにして皆が動き出す。データをMAGIに送り、実験のために配備した人、機材を開放する。
 そんな中、司令が口を開いた。
「赤木博士、エントリープラグとの通信は可能か?」
「いえ、全ての回線は現在物理的、電子的に遮断されています。かろうじてプラグスーツのモニタリングは可能ですが通信までは……」
 私の声は震えてはいなかった、きっと。
「そうか、ならばいい。原因の究明を急げ」

 そう言ってきびすを返し、管制室を出ようとしたあの人に副司令が告げたのは、第五使徒の襲来だった。


misato

 そしてあたしは日向君の報告を聞きながら、使徒に対して行った攻撃の映像を見ていた。
 使徒の加粒子砲の直撃を受けて蒸発するダミー・バルーン。独12式自走臼砲の砲撃は腹立たしいほどあっさりとA.T.フィールドに弾かれる。
「エリア侵入と同時に加粒子砲で100%狙い撃ち。エヴァによる近接戦闘は危険すぎますね」
 ……まあ、そうよね。
「こうなるとさっきの実験、失敗してよかったかもしれせんね。もしうかつにエヴァを出撃させていたら……」
 あの時、初号機は出撃可能だったげど、肝心のパイロットに意識がなかった。
「そうね、リニアカタパルトから射出したとたんに……」
 いままではそれで問題はなかった、第三、第四使徒はどちらも、ここまでの遠距離攻撃はしてこなかったから。
 最初からエヴァを使えていたとしたら、あたしはどうしていただろうか?
「あ、あの決して葛城さんの指揮に不満があるとか、そう言うわけでは……」
 あら、そんなにあたしったら情けない顔してたのかしらね。
「とにかく、これからどうするかを考えましょ」
 そう言ってやると、日向君もなんとか落ち着いたようで、報告を続ける。
「現在、目標は我々の直上、第三新東京市0エリアに侵攻。直径17.5mの巨大シールドがジオフロント内のネルフ本部に向かい、穿孔中です。敵はここ、ネルフ本部へ直接攻撃を仕掛けるつもりですね」
 モニタに使徒のシールドが装甲板を破っていく様子が映し出される。
 まったく、こんな気がめいるものをだれがわざわざ映像化したのかしら?
「……で、到達予想時刻は?」
「明朝、午前00時06分54秒。その時刻には22層、全ての装甲防御を貫通して、ネルフ本部へ到達するものと思われます」
 あたしは時計を確認する。
「あと10時間たらずか・・・。」
 あたしは内線でリツコを呼び出して聞く。
「レイの、零号機パイロットの様態は?」
『今のところ問題は見つかっていないわ』
 受話器から聞こえるリツコの声は、こんなときにも冷静ね。
『ただし起動実験が失敗した以上、本来なら精神汚染の可能性も念頭に置いた精密検査と、12時間以上の隔離が必要なのだけれど……』
「そんな暇あるわけないじゃない」
 使徒が来てるってのに。
『ええ、とりあえず最低限の検査はもう済ませたわ。あとは出来るだけ休息を取らせたいところね』
 まったく、こんなときにまでそんな順序だてて話さなくたっていいのに。
「わかったわ、作戦が決まりしだいまた連絡します」
 と、言っては見たものの……。
「状況は芳しくないわね」
「白旗でもあげますか?」
 日向君が軽く言う、元気づけてるつもりかしらね?
「その前にちょっち、やってみたい事があるの」
 そう、あきらめる気なんてないんだから。

ritsuko

「で、どう?この作戦」
 笑みを浮かべ言うミサト。
「はっきり言って、無理ね」
「無理って、あんたそんな簡単に……」
「この件に関するMAGIの判断は、賛成一、反対一、条件付賛成一」
 身を乗り出すようにして聞いてきたミサトに私は答える。
「条件付ってなによ?」
「防御手段の構築。つまり射手であるエヴァの安全に難があると言うことね」
 打ち出したレポートを見せて私は言った。
「いや、でもさ、その防御手段ってやつ何とかならない?」
「まあ、あの加粒子砲に十数秒耐えうる壁なり、盾なりを造ることは可能よ」
 そう、たとえば払い下げられたシャトルの外装を流用するなりすれば、造れはするだろうと思う。
「だったら……」
「でも使えないのよ」
「は?」
 固まるミサト。あら、面白い顔。
「盾を造ったとするわね、でもそれをどうやって支えるつもり?エヴァは一機しかないのよ」
 計算してみたわけではないけれど、おそらくかなりの重さになるでしょうね。
「……じゃあ盾をエヴァに持たせれば?自走陽電子砲っていうぐらいだし、あれってエヴァが持たなくても使えるんでしょう?」
「一度だけならね、 二度目以降ではそれ以前の射撃の影響と、当然考えられる使徒の反撃で空間状況が相当に悪化すると考えられるもの」
 そんな中で正確な照準を付けるには、MAGIのサポートを受けたエヴァでなければ無理ね。
「一発しか打てないものを守ったって対して意味ないじゃない。まったく、人がわざわざ借りにいったってのに……」
 考え込むミサト。
「どうする気?時間に余裕はないわよ」
 言わずもがななことを口にしてしまう。焦っているのかしらね、私も。
「いや、一発で十分か……」
「ミサト?」

fuyutsuki

「目標のレンジ外、超々長距離からの直接射撃、さらにその失敗を見越して第三新東京市全体と零号機までも使った韜晦行動の下で初号機による近接戦闘か、これはまたずいぶんと派手な作戦を立てたものだ」
 葛城一尉の作戦案を聞いた私は、そう口にした。 
「今回の使徒はこれまでのそれに比べ攻撃、防御の両面において遥かに上回っています。これに対するには、我々の持つ全てをもってあたるのが当然と思われます」
 彼女は、真っ直ぐに我々を見据え言い放つ。
 若いな、そう思った。まあ私が年を取っただけのことだが。
「反対する理由は何もない、存分にやりたまえ」
 あっさりと許可しおって……。
「はい。それでは失礼します」
 葛城一尉は敬礼し、退室した。
「碇、良いのか?最悪零号機は、」
「かまわん、初号機さえ動けばそれでいい」
 この男は……
「しかし、本部のエヴァが一機だけになると言うのは問題だぞ、支部への押さえが聞き難くなる」
「弐号機の移籍を急がせる。戦力が不足しているのは明らかだ、文句はつけられまいよ」
 今回の被害は問わないと言うことか。
「……」
 事後処理の膨大さと、表向きのそれに付いては私が大部分を行うことになるなと思い、私はため息をついた、どうせこの男は気にもしないのではあるが。

rei

「はぁ……」
 葛城一尉がためいきをついた。
「何か?」
「いや、何て言うか、せっかく人が威勢良く言ってんのに……作戦に対する意気込みつーか、その……気合みたいなのが……」
 小さな声、良くわからない。
「問題ありません」
 とりあえずそう言っておく。たいていこれだけで大丈夫。
「あ、そう……ならいいんだけど……」
 大丈夫だった。
 一尉は頭を抱えている。なぜ?
「レイ、使徒の加粒子砲の射撃間隔はおよそ十数秒。それプラスある程度の時間はこちらで稼ぐけれど、どちらにしろ出来るだけ短時間で停止状態から格闘戦に移行しなくてはならないの。そしてここ長尾山から目標まで初号機の速度でも移動に20秒はかかるわ」
 赤木博士が葛城一尉を横目に言う。
「そのため起動時のチェック項目、安全装置の50%を省略するわ。かなりの違和感があるでしょうけれど、あなたと初号機の組み合わせならば起動に問題はないはずよ」
「はい」
「何とか30秒は稼いで見せるから」
 葛城一尉、再起動。
「出来れば穏便にね。零号機を囮に使うなんてのは最後の手段にしてちょうだい」
「レイの安全が再優先よ。作戦部が責任は取るわ」
 言い合う二人。
 ……零号機を囮に……
「ああ、レイは気にしないでいいから。安心してちょうだい」
 不安はない。
「ま、あたしらが一発で決めちゃえばレイの出番はなくなっちゃうんだし、気楽に構えといて」
「はい」
 二人はVTOLに乗りこみ、陽電子砲のある双子山へ。
 私もエヴァのタラップへ。
 初号機は起動後すぐ動けるよう、クラウチングスタートの姿勢。
 エレベータで昇る。
 眼下に第三新東京市。
 ここは
 VTOLのエンジン音が聞こえなくなった。とても静か。
 ここには初号機と私しかいない。
 使徒に感知されないように。

 街の灯りが消える。
 時間が近い。
 月明かり。星。
 とても静か。
 初号機と私だけ。
「絆……だから」
 ふと、口にする。
 意味のない言葉。
「私には他に何もないもの……」
 何故?
 どうしていまさらこんなことを言っているの?
 ひとりで。
「私はエヴァに乗るために生まれてきたようなものだもの」
 止めよう。そう思う。
 けれどそれは止まらない。
「もしエヴァのパイロットを辞めてしまったら、私には何もなくなってしまう」
 タラップの上、ひざを抱え、独りで。
 意味がない、こんな言葉、止まらない。
「それは死んでいるのと同じだわ」

 沈黙。
 とても静か。
 初号機と私だけ。

 ……時間。
 立ちあがりプラグに向う、
「……約束、守るから」
 私の中から、ふいに出てきた言葉。

 きっと、意味のある言葉。


misato

「第七次最終接続!全エネルギーポジトロンライフルへっ!」
 さあて、 まずは第一手と行きますか。
「8……7……6」
「目標に高エネルギー反応!!」
 モニタに映る使徒の様子が変わる。
「なんですって!!」
 叫ぶリツコ。
「気づかれた?」
 くっ、間に合え!
「5……4……3……2……1っ!!」
「発射!」
 V字のマズルフラッシュと共に伸びて行く陽電子砲の光。
 そしてほぼ同時に放たれた使徒の加粒子砲。
 二つは干渉を起こし互いに外れる。
 実際には極わずかな時間の出来事なんだろう。
 けれどその時のあたしにそれは、ずいぶんとゆっくりしたものに見えた。
 衝撃波が移動指揮車を揺らし悲鳴が起こる。
「敵シールド!!ジオフロントに侵入!」
 日向君の声と鳴り響く警報に我に返る。
「第弐作戦開始!」
 よし、しっかりした声を出せた。
 陽電子砲は外れたけれど、これで時間が稼げる。
 わずかな、けれど貴重な時間が。
「第5次接続を第三新東京市へシフト」
「初号機起動シークエンス開始します」
「全リニアレールを最大電荷」
「零号機射出準備完了」
 ジオフロンにあるリニアトレインとエヴァ用カタパルトのレールは市街地のほぼ全てをカバーしている。それに過電流を流せば……
「市街に高電磁場の形成を確認。監視システム73%ダウン!」
「兵装ビル一斉射撃!」
 生き残りの兵装ビルから放たれたミサイルは、電子機器の不調により目標をはずした何割かを除き、A.T.フィールドに阻まれ爆発、さらに視界を遮る。
 市内からの映像を写したモニタが、激しいノイズと爆炎に覆われる。
 さあて、この目くらましがどれくらい効いてくれるかしらね。
「目標に再び高エネルギー反応!」
 指揮車が緊張に包まれる。
「……加粒子砲発射されず!」
 いける!さすがにあの中からじゃ、ここも、初号機も見えていない。
「初号機はどう?!」
 リツコの声にマヤちゃんが答える。
「現在起動シークエンスの68%をクリア。起動まで後12秒です」
「新記録ね」
 軽く目を見開き言うリツコ。
 でも、それじゃ間に合わない。
「零号機射出!」
「ミサト!」
 あたしをにらむリツコ、迷っているマヤ。
 ったく、時間がないってのに。
「ここで勝たなきゃあんな動きもしないガラクタ大事にしてたって意味ないでしょ!急いで!」
「ぜ、零号機射出します。地表まで3秒」
 無人の零号機が使徒から500M程離れたところに現れる。
「初号機起動しました、シンクロ率54%」
「レイ、急いで!」
 レイはあたしの言葉に答えず、ただ初号機を走り出させた。
「リニアレールの一部融解を確認、予想耐久時間わずかです」
 そして使徒が行動を開始した。
「目標、加粒子砲発射、標的は零号機!」
 真っ白な輝きのなか、リフトに磔になったままの黄色い機体の姿は輪郭しか見えない。
「初号機到達まで10秒」
「零号機、胸部装甲融解!」
 そのまま囮相手にいい気になってなさい。
 すぐに痛い目見せてやるから。あたしは初号機とレイを映したモニタに目をやる。
 レイは唇を軽くかんで前だけを見つめ、それに答えるように初号機はきれいなフォームで速度を上げる。
 そしてついに市内に入った。
「初号機、目標に到達します」
「A.T.フィールドの中和を確認!」
 ノイズだらけのモニタのなかで、初号機が使徒のシールド部分へ体当たりをしかける。
 数キロの距離を全力疾走してきた速度と、膨大な初号機の質量は半端な手持ち武器より遥かに強力なはず。
 砕け散るシールド、加粒子砲が途切れ使徒は姿勢を崩す。
「よっしゃぁ!」
 初号機は反動でよろめきつつも足を止めない、装甲ビルの隙間を縫って移動を続けている。
「B−2区3番の兵装ビルに盾を出して!」
 初号機の移動ルートを確認して日向君に言った。
「レイ、聞こえた?盾を装備後は敵のA.T.フィールド中和と回避に専念して」
『はい』
 答える冷静な声。ほんと ありがたいわね。
 使徒を前にして、怯えも、必要以上に興奮したりもしないんだから。

rei

 盾を装備。
 アンビリカル・ケーブル装着。
 周囲の状況を確認。
 使徒は2時方向に浮遊。距離150。
 零号機の装甲は破壊されている。
 素体や機能中枢にダメージはあるだろうか。
 解らない、あればいいのに。
『兵装ビル再攻撃』
 葛城一尉の声。
 A.T.フィールドの鎧をはがれた使徒。
 ミサイル。
 着弾と爆発。
 それを見ながら、円状に回避行動を続ける。
『効力射を確認』
『第2射、準備!』
 使徒の外装に亀裂。高度低下。
『高エネルギー反応、加粒子砲きます』
『レイ!』
 盾を機体側面に構え、加速。
 使徒、加粒子砲を、
 こっちにこない?
『エネルギーパターン変化!』
 光の柱が回転する。
 足を停め衝撃に備える。
 閃光。周囲で爆発。
 装填されていたミサイルが被害を広げる。
『ち、奥の手ってわけ!?』
『兵装ビル稼働率21%に低下』
 次に狙われるのは私。
 盾を捨て、突進。
『シンクロ率68%に上昇!』
『な!?……レイ、まず加速部を破壊して!』
 指揮車のからの声。
 聞こえてはいる、けれど意味を把握する余裕がない。
 使徒に接触、そのまま拳をぶつける。
 痛み。
 初号機の、私の、もしかしたら使徒の痛み。
 気にしない、それは恐れるべきものではないから。
 表面の亀裂をつかみ、初号機の体を使徒の上に持ち上げる。
 殴る。
 ガラスのように砕ける使徒の体、初号機の拳。
 何度でも続ける。
 敵が動く限り。
 痛み。
 閃光。
 初号機の咆哮。
 そして……


misato
「パ、パターン消滅、目標完全に沈黙しました」
 少し引きつった青葉君の声が聞こえるまで、指揮車の中は静まりかえっていた。
「初号機、素体へのダメージ有りません。パイロットの身体データ異常なし」
 各部署との連絡が再開される、意識の裏側にオペレータ達の声。
 だんだんと歓声が起き騒がしくなってくる指揮車。
 ……なんとか勝ったか。
「にしても、ねえ?」
 リツコに向かって言う。
「初号機のこと?」
「ええ。なんとかならないの?」
 あたしたちはモニタを見つめる。
 使徒の残骸を背に動きを止めたエヴァ。
 使徒が、破壊されながらも一瞬だけ放った閃光を、気にも停めなかったエヴァ。
「……戦い方に付いては作戦部の管轄でしょう?」
 それはそうなんだけどね
「だって、レイって……」
 と、それまでも途切れがちだった画面がついに消えた。
「ありゃ?」
「無理ないわよ、だいぶ負荷がかかっていたもの」
 それもそうか。
「よーし、面倒なことは後回しにしてぇ、とっとと撤収しましょうか。マヤちゃん、レイに繋いでくれる」
「あ、はい今繋ぎます」
 さすがにエヴァとの回線に問題はないはずよね。
「あれ?」
 きょとんとした顔。
「ん、どしたの?」
「エントリープラグ、ロック解除されてます。プラグ内にパイロットの反応ありません」
「外にでたってこと?レイが?」
 あたしは慌ててたずねる。
「あ、はい、だと思います。プラグスーツのデータリンクに異常はありませんから」
「初号機近辺の映像をだして!」
「すいません、市街地のデータ回線回復には、あと300秒ほど……」
 最後まで聞かずに、あたしは外へ飛び出し、停めてあったジープに飛び乗る。
 あちこち車体に瑕をつけながらも、山道を抜け市内に入った。
 今だ警戒体勢の解除されていない、第三新東京市を走り抜ける。

  ……あそこの角を曲がれば……
 見つけた。
 スピンの音が響く道路の先、坂の上に白い姿。
 背後に青い使徒の残骸、紫のエヴァ。

「レイ……」
 ジープを飛び降りて、駆け寄りかけ、立ち止まる。 
 見間違いかと思った。
 あたしの知っている綾波レイはこんなことはしないから。
 でもそれは間違いなくレイだった。

 知らなかっのよ。
 ……それはいい訳にすぎない。
 だれも教えてはくれなかったもの。
 ……それはいい訳にすぎない。
 あの娘はなにも言わないじゃない。
 ……それはいい訳にすぎない。

 そんな声に責められながら、あたしは、彼女を見つめる。

 あたりを蒼白く染める月明かりの下で、
 震えを押さえるかのように、自分の体を抱きしめて、
 身じろぎもせずに、月を見上げ、
 凍りついた、何かを見失ったような、
 今まであたしの見たことのない表情をして、

 レイは、泣いていた。




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