REALIZE AGAIN 第二話

asuka

「開っけぇぇぇぇぇぇ!」
 アタシの叫び声に弐号機が答える。
 馬鹿みたいなサイズの牙に挟まれていた体を伸ばし、さらに両手を使って使徒の口をこじ開けた。
 アタシの両脇を戦艦の艦首が埋める。
 ミサトの声。
 主砲が発射された。
 閃光。
 視界の隅に、膨れ上がり今にも弾けそうな使徒を捕らえながら、アタシは水中衝撃波に乗って海水を蹴る。
 交互に入れ替わり続ける水面の光と海底の闇。
 飛沫を上げ空中に飛び出す。
 アタシの体は出鱈目に回転を続けている。
 弐号機を伸身させ腕を広げる、落ちる回転速度。
 両腕でカウンターをあて回転を垂直面に限定させる。
 空母は……
 目まぐるしく変わる風景の中着地すべき場所を探す。
 頂点をすぎてさらに2回目の回転。
「見つけたっ!」

 遠い!?
 無理、きっと届かない。
 海に落ちる。
 きっと誰にもも引き上げられっこない。
 真っ暗な海のそこで、アタシの殺した使徒と一緒に腐る弐号機。
 死ぬ。
 無理、絶対届かない。
 死んじゃう。

 泣き言をわめき続ける脳の半分を置き去りにして、弐号機の姿勢を変えた。
 ケーブル排除の反動、残っていた横向きの運動量、そして、空気抵抗までをも味方につけ、弐号機を空母に寄せる。
 まだ、届かない。
 残り20m、飛び込み選手みたいに体を丸め、運動量を溜め込む。
 残り10m、体を伸ばし、腕を振り上げる、とにかく出来ることは何でもやった。

 届いた。

 着艦、、膝と腰で衝撃を殺す、せっかくの足場を沈めないように。
 久しぶりに聞こえるミサトの声、ブリッジの歓声。
 アタシはそれに答えたのだろう、多分、覚えてないけど。
 実際、それどころじゃなかった。
 さっき置き去りにした臆病者の半分が、アドレナリンやドーパミンを引きつれて大声でわめいていたから。

 甲板に降りたあたしを出迎えるミサト。
「やったじゃない、アスカ」
 うるさい。
「あたりまえでしょ!このアタシがいれば使徒なんて楽勝よ」
 そんなことなかった。
「言うわねー、んなこと言って海の中落ちたときは結構、焦ってたんじゃなーい?」
 だまれ。
「ハン!焦ってたのはミサトのほうでしょ。聞こえたわよ、ギャーギャーわめいてる声」
 たすけてくれなかった。
「なに言ってんのよ、ちゃんと作戦立ててあげたじゃないの」
 でもあたしはひとりだった。
「はいはい、それより、シャワー浴びてきていい?L.C.L.と潮の匂いが混じって気持ち悪いのよ」
 返事は聞かなかった。

 部屋に入る。
 叫びそうになった。
 ここは監視されてないと思う。
 でもまだダメ。
 バスルームに入りシャワーを全開にした。
 意味のない音が口から漏れる。
 体を丸め、両腕を巻きつけ、小さくなって、背中を壁に押しつける。
「……怖……かった」
 水音にかき消されてアタシにもほとんど聞こえない言葉。
「……もう、ヤダ」
 一番じゃなきゃならないアタシが口にしちゃいけない言葉。
「助けて」
 これからも戦いつづけなきゃいけないアタシには許されない言葉。
「助けてよ……ママ」
 独りで生きていかなきゃいけないアタシには必要ないはずの言葉。


ritsuko

 技術部代表としての言葉を伝える。
「弐号機の到着に伴い、零号機の封印を提案します」
「やはりそうなるのかね」
 副司令に私は答える。
「はい、機能中枢へのダメージが大きいと言うことも有りますが、やはり起動に成功していませんから」
「弐号機も来日した以上、動かないものに回す予算はないということかね」
 夕暮れの司令室の中、あの人の座る机の後ろ、紅い窓を背に副司令が言う。
「その上、弐号機の特性把握と習熟に取られる時間と人手を考えると……」
「まあ、やもえまい」
 ちいさく息を吐く.
 この人も苦労が多そうね。

「暴走の原因は?」
 はじめて司令が口を開く。
「はっきりとしたことは言えませんが、おそらくレイが零号機を拒絶しているためかと」
「レイが零号機をかね、逆ではなく」
「はい」
「しかしそれでは、初号機の起動に成功しているのは……」
 言いかけた言葉をを飲みこむ副司令。
 この場を沈黙が覆う。
 皆、「彼女」のことを考えているのか。

 私は司令を見つめる。
 表情は読めない。
 私が読みたくないのかもしれない。

 結局、最初に耐え切れなくなったのは私だった。
「それと、これは暴走と関係しているか解りませんが、レイに分裂的な自殺傾向が見られます」
 と言うより、司令の反応を見てみたかったのかも知れない
「レイが死を望んでいると言うのか」
 司令の瞳が、サングラス越しにすら解るほどに色を変えた。
 きっと思い出しているのだろう。
 自分が駆け寄ったエントリープラグに、零号機の拳が振り下ろされた瞬間を。
「一度目の零号機起動実験の際、暴走した零号機に対し、パイロットからの干渉が観測されました」
 綾波レイ、死ぬことの出来ない存在。
 それがどうして死を望むのか?それとも、そうだからこそ望むのだろうか?
「馬鹿な、レイが自殺しようとしたと言うのかね」
 『自殺しようとした』?『自殺した』の間違いじゃ有りませんか。
「それだけではなく、レイのスペアに変化が起きています」
 二人の影に私は続ける。
「感情素子の幅が10%ほど増加、今の所は問題ありませんが、このままだとダミーの構築に問題が……」
「それは、スペアが自我を持つと言うことかね?」
 興味深そうに副司令が聞く。
 そう言えばこの人の専門にしていた分野だ。
「いえ、それぞれのボディ間での差異は認められません。おそらくレイ本体の変化に拠るものだと思われます」
「……いずれにしろレイが鍵であると言うことか、どうする碇」
「原因は?」
「三体目への移行だと思われます、もっとも前回のデータが有りませんから、はっきりとしたことは……」
 データが無くても私達は覚えている、あれ以降レイの表層人格に変化があったことを。
 サングラスを押し上げ訊く司令。
「ダミーシステムのスケジュールを繰り上げることは可能か?」
 私は少しためらってから答える。
「今、不安定なレイに負荷をかけるのは危険です」
「しかし、万一ダミーが完成しないようなことがあれば委員会が黙っていまい」
 私と副司令は一瞬顔を見合わせ、あの人を見た。
「使徒撃退が最優先だ。レイは現状を維持、ダミーに付いては赤木君に一任する」
 珍しく、少しだけ言葉が多い、それが何を映してのものかは解らないけれど。

misato

「ほんと、珍しいこともあるもんね、ミサトがお昼おごってくれるなんて」
 アスカが言う。
「やーねー当然よ。と、う、ぜ、ん。上司としてこれぐらいはしなくっちゃねー」
 大人の余裕って奴?
「なーんかあやしい」
 なによう、変な顔して。アタシが信用できないってのかしら。
「ま、その前に。ちょっち見てもらいたい物があるんだけどね」
「あー、やっぱりなんか有るんじゃない」
 ぶちぶち言いつづけるアスカを連れて、リツコの部屋に向かった。

「んで?なによ、見せたい物って」
 胸を張って言う。
 どーでもいいけど本当っとに偉そうよね、この子。
「リツコ、お願い」
 そしてモニタに映し出されるのは。
「これって、初号機!?」
「ええ、第一次直上会戦、相手は第3使徒よ」


 射出口に現れる初号機。
 その目前には第3使徒。
 初号機が前へ一歩踏み出す。

「なによ、あのとろい動き!」
「アスカと比べちゃだめよ、シンクロ率からして違うんだし」

 突然、使徒が跳躍しエヴァとの距離を詰める。
 使徒に左腕をつかまれるエヴァ。
 それに構わず拳を振り上げ使徒のコアを狙う。
 外れた。

「あーもう、情けないわねぇ」
「ここからよ、アスカ」

 つかまれた腕が引き上げられ体勢が崩れている。
 さらにその腕が握りつぶされ装甲が飛び散った。
 使徒が吹き飛ばされる。
 右腕を突き出している初号機。

「え?」

 瓦礫を撒き散らしながら身を起こす使徒。
 駆け出した初号機に向けその眼が光る。
 輝く光の壁。

「A.T.フィールド!?」
「人類が発生させた初の、ね」

 跳躍。
 右手を使徒の肩に突き立てる。
 動きを止めた使徒を殴る。
 痛々しく変形したままの左腕で。
 使徒が自由な側の手がわずかに持ち上げられる。
 気にせず繰り返される打撃。
 光の槍。
 初号機の太腿から赤い液体が吹き出す。
 それでも初号機は動きを止めない。

「嘘」

 ついに砕けきったエヴァの腕がコアを割る。
 突如初号機に抱きつき膨れ上がる使徒。
 爆発。
 十字に伸びる火柱。
 紅い炎。
 黒い影。

 初号機。


「……」
「感想はどう、アスカ?」
 固まってしまっているアスカに声をかける。
「は、反則よこんなの。ファースト、ええと、綾波レイ、だっけ?なに考えて動かしてんの!危なっかしくて仕方ないわよ!って言うかフィードバックは?あれだけやられててまともに動けるなんてどう言うこと?まさか初号機になんか有るの?」
 物凄い勢いでまくし立てるアスカにリツコが答える。
「フィードバックに関しては初号機に特別な点はないわ、弐号機と同じよ。それで動けるのはレイが痛みを気にしていないからでしょうね。危険だと言う意見には賛成するわね。レイが何を考えているかは……」
 一気に答え、最後にリツコは言葉を濁し、肩をすくめた。
 考え込んでいるアスカにあたしは言う。
「で、アスカにこれを見てもらった訳は解る?」
「……ファーストのフォローをしろってこと?」
 不機嫌そうに言うアスカ。
「フォローっていうより、戦闘の分業ね。あれじゃ作戦もなにもあったもんじゃないし、なにより危険すぎるわ。そこでアスカをフォワードに、レイはそのバックアップ」
 そう、それしかないと思う。
「あなたの格闘技術はレイをはるかに凌いでいるわ、それにもともとレイは射撃能力の方が高いの」
 アスカに向かって言うリツコ。
 A.T.フィールドの強度じゃ、初号機のほうが強いんだけどねぇ……上手く行かないわね。
 と、これはアスカに言わない方がいいか。怒りそうだし。
「あによ、ミサト?」
 むむ、鋭い。
「別っにー、なんでもないわよ」
「むー……で、他のは?」
 え?なによ。
「え、じゃなくて。あと二回戦ってんでしょ。それも見せてよね」
「悪いけど、まだあなたには見せられないわ。本部の人間にしか閲覧は許可されていないもの」
 あちゃー、リツコったら無駄に言い方がきついんだから。
「なによそれー!」
 ほら、怒った。
「こないだの時のは、まだ講評が終わってないし、その前のはちょっち保安部がミスったから閲覧に制限が掛かっちゃてんのよ」
 やれやれ、大変よね。人間関係って。と、割って入るあたし。
「それより、『本部の人間にしか』ってどう言うことよ!あたしだってもう本部付けなんでしょ!」
 ああ、そっちに引っかかってたのね。
「あなたまだ本式のセキュリティーカードもらっていないでしょう。単なる手続きの問題よ」
「じゃあそれ、今ちょうだい」
 って、そんなこと出来たっけ?
「住居が決まらないうちは無理ね、もう少し待ってちょうだい」
 取り付くしまのないリツコに、アスカがむくれてる。
「それはそうと、そろそろお昼にしない?」
 もうホント、おなか空いてんのよね。
 ってなんで二人してそんな目で見るのよ?

asuka

 あの後ミサトと食堂に行って、ファーストに会った。
 気に入らなかった。
 無口で、暗くて、変な色の髪をしていて、興味なさそうな眼であたしを見て、
 ……人形、みたいで。
 とにかく、嫌な気持ちになった。

 加持さんに会えたのは嬉しかったけど。
 でも、あんまり相手してくれなかった。
 このあいだ、なんで空母から居なくなったかも、教えてくれなかった。
 ミサトとばかり話していた。
 だからやっぱり嫌だった。

 ミサトが、エヴァのパイロットどうし仲良く、とかなんとか言っていた。
 仲良くなんてしてやるもんか、って思った。
 アイツは「命令ならそうします」なんて言った。

 アタシはアイツを嫌うことにした。

 でも……なんで、あんな風に戦えるんだろう。
 痛く、ないのかな?
 怖く、ないのかな?
 アタシは、あんなに痛かったのに、あんなに怖かったのに。

 なんだか、あれからそんなことばっかり考えてたような気がする。
 ヤダな、なんか。

 切り替えよう。
 こんなんじゃ駄目だ。
 みんなにアタシのすごさを見せ付けるんだから。
 そのためにアタシはエヴァに乗っているんだから。

 ウイングキャリアに固定され、空輸中の弐号機の中でアタシはそう思った。

rei

『先の戦闘によって第三新東京市の迎撃システムは大きなダメージを受け、現在までの復旧率は26%。実戦における稼働率はゼロと言っていいわ』
葛城一尉の声。
『したがって、今回は上陸目前の目標を水際で一気に叩く! 近接戦闘でいくわよ、アスカの弐号機がフォワード、レイはそのバックアップ、いいわね』
 あまり良くはない。
 でも、仕方がない。多分。
「……はい」
『あーあ、日本でのデビュー戦だってのに、どうしてアタシ一人に任せてくれないの?』
 弐号機パイロットの……あの人の声。
 あまり、聞きたくない声。

 降下。
『二人がかりなんてやだな、趣味じゃない』
『私達に選ぶ余裕なんて無いのよ、生き残るための手段をね』
 海から、
「……来る」
 沖に水柱。
 突進する弐号機。パレットライフルで援護。……しかたないもの。
『だぁあああ!』
 弐号機、使徒を切断。
『どう?戦いは常に無駄無く美しく……』
「下がって」
 遮り、言う。
『はあ?なによ?』
「まだ、生きてる」
 移動、弐号機を射線から外す。射撃。
『ちょ、あんた何して、えぇ!?』
 再生。
『ぬぁんて、インチキ!!』


asuka

「と言うわけで、あなた達ににはこれから一週間、ここで一緒に暮らしてもらいます」
「えーーー!?」
 ネルフ本部の一室にアタシとファーストを連れて来るなり、ミサトがいきなりとんでもない事を言いだした。
「な、何でそんな事しなけりゃいけないのよっ!」
「あら、ここに来るまでにも言ったでしょう。ユニゾン、つまりエヴァ2体のタイミングを完璧に合わせた攻撃を使徒に対して行うの」
 馬鹿みたいな笑顔で続ける。
「その為にお互いをよく知ることはもちろん、体内時計も合わせといたほうが良いのよ」
「そこまではともかく、なんでベッドが一つしかないのよ!」
 そう、この部屋に有るベットは一つだけだ。ダブルの奴が。
「いや、それはー『寝ているときの呼吸や鼓動のリズムを揃える事によってユニゾンの助けにする』ってリツコが、ねぇ……」
「なんで、目そらしながら言うのよ」
「……とにかく、時間がないの。命令拒否は見とめませんからね」
 あぁもうっ。解ったわよ。言うこと訊けばいいんでしょ。
「……はーい」
「問題ありません」

 やっぱあたし、こいつ嫌い。


misato

「ユニゾン訓練も、三日目、だってーのに……」
 それぞれ形にはなってきたけど、バラバラな二人のダンス。
「問題ありまくりじゃないの……」
「仕方ないでしょ!こいつが付いてこれないんだから」
 レイは息を切らしている。
「……もう一度、行きます」
 って、そんな状態で言われてもね、
「……ちょっち休憩にしましょうか」
「ミサト!」
「今、これ以上続けても意味無いわよ」
 座り込んでいるレイと、それをいらだたしげに見ているアスカを見比べ、
 そして、少しためらってから言う、
「それとアスカ、もう少しレイに合わせられない?」
「ハァ?どうしてあたしがレベルを下げなきゃいけないのよ!、ファーストが下手糞なのがいけないんじゃない!!」
 だからそう言うことじゃないってば。
「あのね、アスカ」
 少し言葉を探し、でもそのまま言ってみることにする。
「あたし達は使徒を倒したいんであって、あなたの優秀さを確認したいわけじゃないわ」
 一度言っておかなくちゃ、そう思ったから。
「!?っな、……もう、知らない」
「あ、アスカ!」
 あーあ、出てっちゃた。
「あっちゃー」
 ……追いかけるとしますか。
 ドアに向かいかける、と
「私が」
「へ?」
 レイが立ちあがっていた。
「私が、行きます」
 そのまま歩いていった。
 思わずぼんやりと見送り、慌てて追いかけそうになった。
「……でも、ちょうどいいか」
 どうせ少しは仲良くなってもらわなくちゃ困るのだ。
 そのためにこんな部屋に押し込めたりもしたんだしね。
「上手くやってよ、レイ」
 ちょっと不安だけど。

asuka

 誰が何考えて作ったんだか知らないけど、ジオフロントには公園がある。
 その噴水のわきにアタシは膝を抱えしゃがみこんでいた。
 子供みたいな格好だと自分でも思う。
 でも動くのが面倒くさい。

 後ろで足音がした、かすかな、同じテンポで近寄ってくる。
 ミサトじゃないわよね、アイツならもっと騒がしいもの。
 ……まさか、ファースト?
「……」
「何しに来たのよ」
 答えは無い。
「あんたもアタシを馬鹿にする気?……何よ、黙ってないでなんか言いなさいよ!」
「がんばるから」
 は?
「練習、続けましょう」
 コイツそれを言いに来たわけ?
 しかも、がんばるから、って何よ、そんなの無理に決まってるじゃない。

 だって、アタシはコイツが追いつけないように、わざとやってたんだから。
 最初は、ぜんぜん付いてこれていなかった。
 次の日には、追いついてきた。
 だから、アタシは、自分がたいした事無いって言われた気がして、
 むきになってた。

 それは多分コイツにも解ったはず。
 なのにこんな事言うのは何でよ。
 なんでそんな、諦めないでいられるのよ、
 アタシは訳がわからなくなって振り返り、
 こっちを見ているファーストを睨み付けた。
「何?」
 いつもと同じ、この三日で見なれた無表情。
「なんでよ?」
 小首をかしげるファースト。
「なんであんたは『がんばる』なんて言えるのよ!あたしに追いつけるかどうかなんて解ってるでしょう!!」
「……やらなくては、いけないもの」
 むかついた。
 それって何にも考えてないってことじゃない。
「出来る出来ないは関係無いって事!?命令だから?他人の言うこと訊いてりゃいいって訳!?」
 
「違うわ、これは私が、私のためにやらなくてはいけない事だから」

 多分初めて聞いたコイツの長い言葉、
 アタシを見つめて静かに、でもはっきりとそう言ったときの、その顔。
 それは……

 だから、アタシは悔しくて、
 そう、コイツがなぜあんなことを言ったのか解らないのが、
 あのときの顔の意味が解らないのが、
 どうしてあんな風に戦えるのか解らないのが、
 つまり、ファーストの事を何にも知らないのがなんだか悔しくて、

 少しだけ、コイツに合わせてみることにした。


rei

 少しだけユニゾンできるようになった。
 三日目の夜。
 ベッドの中。
 横から聞こえる弐号機パイロットの寝息。
 伝わってくる鼓動。
 変な感じ。
 眠い。
 ……途切れる……意識。

 軽い衝撃。
「ん……なに?」
 目を開く。
 腕、私の胸の上に。
 ……弐号機パイロットの。
 体温。
 柔らかな体。
 鼓動。
 寝息。
 変な感じ。
 ……ねむい。


asuka

 ……嬉しい夢を見てた。
 なんだか、暖かで、柔らかい、そんな夢。
 眠さにボケた頭でそんな事を考えた。
 ぼんやりと目を開く、
 水色のタンクトップ。
 ああ、ファーストに貸してやったヤツ……
 変な子よね、ろくに服もって無いし、シャワーの後とか平気で裸でうろつくし……

 て、え?

 ファーストにしがみついてるアタシ、
 腰に回した手、胸の上に乗った頭。

 えぇええええ!
 慌てて離れ、飛び起きた。
 心臓の音がうるさい。
 ファーストは……寝てる。
「気づいて、無いわよね」
 うん、きっと大丈夫。コイツ低血圧みたいだし、朝は動き出すの大変そうだったもの。
 とにかく落ち着こう、顔を洗って、シャワー浴びて、
 ……って、何でそこでファーストの裸を思い出さなきゃいけないのよ!

 なんか調子狂う、ホント。

misato

「で、二人のの調子はどうなのかしら?今日で最終日だけど?」
 食堂のテーブルに座りながら答える、
「んー、だいぶいい感じになってきたわ、あれならいけると思う」
「そう、良かったじゃない」
 コーヒーに口をつけるリツコを見る。
 あたしは、リツコに関する噂を思い浮かべながら、二人のユニゾン訓練に対して友人が追加した提案の意味を考えかけ、
「なに?人の顔をじっと見て」
「ううん、なんでもないわよ」
 止めた、だってなんか疲れそうだし。

rei
 
 疲れた。
 今日が最後だから、と言う弐号機パイロットとの訓練を終え、夕食。
「あんた毎日そんなもんばっかりで、良く飽きないわよね」
 野菜カレー。
「別に」
「ふーん、でもたまにはお肉とか欲しくならない?」
「いい。肉、嫌いだもの」
 血の味がする。
「え?ダイエットしてたんじゃないの?」
「ダイエット?……何?」
 弐号機パイロットの変な顔。
 いいえ、これは……あきれた顔。
 少しずつ、表情の意味がわかってきた。
 前は、笑顔と怒った顔ぐらいしか知らなかった。
 他のは全部「変な顔」だった。

 変わっていく私。

 シャワーを浴び、就寝。
 夜中、目がさめる。
 すがり付いている弐号機パイロット。
 この三日、毎晩。
 やっぱり変な感じ。

 弐号機パイロットの唇が動く。
 寝言?夢を見ているのだろうか?
 夢、見たことの無いもの。
 耳をすます。
「……ママ……」
 私をつかんだ手に力がこもる。
 眠気が消えた。
 嫌な気持ち。
 私では無い別の誰かと思われるのは嫌。
 私は私。
 腕の下から抜け出す。
 ベッドから降りる。
 寒い。
 閉塞感。
 嫌な気持ち。
 のどが締め付けられるよう。
 水、飲もう。
 下を向き、洗面所へ向かう。

 部屋に戻る。
 弐号機パイロットを見ないようにしてベッドへ。
 小さな音。
 思わず目線を上げる。
 ベッドの上、体を丸め、眉をしかめて、泣いている弐号機パイロット。
 その姿が、似ていたから、だから、私は。

asuka

 アタシは暖かさに包まれて目を覚ます。
 まただ、そう思う。
 ここ何日かファーストに抱き着いて寝ている。
 でも、まあ、作戦のためだし、アイツは気づいてないし、まあいいか。
 って何考えてるんだか、アタシは。
 撫でられている頭が気持ちいい。
 え?
 跳ね起きた、後頭部に衝撃。
「痛い」
 ファーストが枕下で鼻を押さえて座っている。
 何?あ、アタシ膝枕されてた?嘘!?
「な、何で今日はアタシより先に起きてんのよ!!」
 ……自滅、これじゃバレバレじゃない。

 な、何もアタシが恥ずかしがることなんて無いのよ、うん。
 朝食のテーブルに付き、そう思う。
 寝てる間のことなんだから、不可抗力ってヤツだし。
 むしろここで問題なのは、何でファーストが、その、あんなことしてたかってことで……
「顔、赤いわ」
「っ……」
 あがる体温。
「なぜ?」
 恥ずかしいからに決まってんでしょーが!
「?」
 あーもう、わざとやってんじゃないでしょうーね。
 アタシはファーストを睨み付ける。
 ちゃんと空いていない目、トーストを摘んだ手はどこか頼りなく、上半身は椅子の上で危なっかしく揺れている。
 寝ぼけてるわね。
 出来たら忘れてくれないかしら。
 と、ついに椅子から滑り落ちたこいつを、アタシは慌てて抱きとめた。
「ちょっと、ねえ、しゃきっとしなさいよ」
 不思議な赤い目でぼんやりとアタシを見て、
「ねむい」
 ……寝ちゃった。床の上、あたしの腕の中で。

 どーすりゃいいのよ、この状況。


asuka+rei

『音楽スタートと同時にATフィールドを展開して状況開始。後は作戦通りに、2人とも良いわね?』
―ミサトの声、
――それに答える。
「「了解」」
『目標は山間部に侵入』
「最初からフル可動、最大戦速で行くわよっ!」
「ええ」

『目標ゼロ地点に到達します!』
『外電源パージ』
―発令所の声が聞こえる、
――アンビリカル・ケーブル排除、
―――カウントダウンが始まり、曲がスタートした!!
『発進っ!』

―アタシの体に強烈なGが掛かる、
――射出口、四角く切り取られた空、
―――空中に舞い上がりグレイブを投げつけた。

―使徒の分離を確認、
――着地と同時に兵装ビルに手を伸ばし、
―――パレットライフルを確保、照準、射撃。

―使徒の目が光る、
――後方宙返り、攻撃回避、
―――目の前に立ちあがる装甲板、
――――その影から半歩左へ、射撃再開。

―突っ込んでくる使徒、
――大回避、装甲板崩壊、
―――ミサトの声が聞こえる、
――――通常兵器斉射、爆炎、衝撃波。

「レイ!」
「ええ」

―アタシは弐号機を駆け出させ、
――私は使徒を確認し右拳を振り上げ、
―――のけぞる使徒にかかと落しを叩きこんだ。

―使徒再合体、
――よし、いける!
―――跳躍、腕を組み回転、
――――使徒をにらみ、姿勢を変え、

アタシ達の蹴りが使徒のコアを捕らえる!!


asuka

 アタシ達は完璧だった。
 着地を決め、爆風をA.T.フィールドで弾き返す。

 物凄く単純に嬉しかった。
 発令所からの歓声も素直に聞ける。
 あの声の幾らかは、自分勝手なものかもしれない、子供を戦わせていることの後ろめたさの裏返しかもしれない。
 けれどそのほとんどは、もっと嬉しく思える何かだ。
 アタシ達と一緒に戦った人々の嬉しさの一つの形だ。

 きっとアタシはこれからもやっていける、
 独りじゃないから。

 あーあ、なんか恥ずかしいこと考えちゃった。
 苦笑いが止められない。
『アスカ、どーしたのー?真っ赤な顔でニヤニヤしちゃって。』
 げ、見られてた、って当たり前か。
『ひょっとして、レイのことでも考えてたのかなー?』
「な、なに言ってんのよミサト!」
 く、今朝、迎えに来たミサトにあれを見られたのは一生の不覚だわ。
『そうなの?』
「って、なに聞いてくるのよレイまでぇ」
『さっきも気になったんだけど、いつのまにか名前で呼んでるじゃなーい。まあ、仲良くなっちゃってー』
「うるさいわよミサト、二人しかいないチルドレン同士それぐらいあたりまえでしょーが」
『私も?』
「え?」
『どしたの、レイ』
『私も弐号機パイロットのことを、名前で呼んだほうが良いのでしょうか?』
『そうした方がいいわよ、じゃないとアスカが悲しむし』
『不潔』
「なに勝手なこと言ってんのよあんた等ー!」
『本当?』
「何がよ!」
『私が名前で呼ばないとアスカは悲しい?』
「!?」
『わぉ、ストレート』
「な、な……」
『どっち?』
「あーもう、すきに呼べばいいでしょ!」
『でもあなたが泣くのは見たくないもの』
『マジ?……あ、あんたたち、いつのまにそんな関係に……』
「違うってば、この馬鹿ミサト!」
『不潔、不潔ですよね先輩』
『……そう?』

『また恥をかかせおって』




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