REALIZE AGAIN 第四話

asuka

「……カッコ悪い」
 弐号機で、せまっ苦しいスペースをはい進みながらアタシはぼやいた。
「……仕方ないわ。カタパルト、動かないもの」
 後ろにいるレイからの通信。
 アンタ、冷たいわよ。

 いいかげん本気で嫌になり始めた頃、大っきなハッチが見えてきた。
「あーもう!今日はこんなんばっかり!!」
 どーせ、これも動きゃしないのよね。
「でぇーい!」
 2、3発蹴りつけ吹き飛ばす。
 何秒かして、向こう側に口をあけていた縦穴の下の方から聞こえてくる衝突音。
「……今度は、これを昇るわけぇ!?」
 ま、他にどうしようもないんだろうけどさ。
「待って」
 ん、なによ。
「来る」
 いきなり何言い出すんだか、コイツは。
「何がよ?」
 アタシは言いながら縦穴をのぞきこむ、
「違う、上」
「?」
 見上げるあたしの目には、趣味の悪い目玉模様と、そこから流れ落ちてくる黄色い粘液。
「なっ!」
 一瞬、固まってしまったアタシをレイが引き戻し、二人して横穴に倒れこむ。
「……大丈夫?」
 立ちあがりながら聞いてくる。はん!これしきのことでどうにかなるもんですか!
「平気にに決まってんじゃない!……にしても、アンタよく気がついたわね?」
 なんの気配もしなかったと思うんだけど……。
「目標は、強力な溶解液で本部に直接進攻するつもりね」
 慎重に縦穴をのぞきながら言うレイ、って人の話聞きなさいよ。まったく。
「……どうするの?」
「決まってんじゃない。やっつけるのよ。アタシが先行してA.T.フィールドを中和しつつ奴の溶解液をブロック。で、アンタはライフルの一斉射にて、目標を破壊。いいわね」
「でも、危険。防御は必要ないわ」
「うっさいわね。距離があるんだし、オフェンスが射撃に専念出来た方がいいに決まってんじゃない」
「……」
 まだなにか言いたそうな顔してるわね。
「アンタにこの間の借りを返しておかないと、気持ち悪いしね」
 レイのほとんど変わらない表情を、読めるようになってきた自分がなんだか照れくさくて、アタシはことさら軽い口調で言った。
「……わかったわ」
 そう、素直に言うこと聞いときゃ言いのよ。
「じゃあ行くわよぉ?Gehen!」


ritsuko

「あの娘達、勝ったようですわね」
 選挙カーのスピーカから、日向君の歓声がゲージに響いている。
「……ああ」
 振り向きもせずに答える司令。
 勝つと信じていたから?だからこんなにも平然としているの?
 それともこれは、いつものこの人らしい無関心さなのかしらね。
「作業班、ゲージの修復と電源回復次第のエヴァ回収準備。……赤木博士はMAGIを頼む」
「はい」
 とにかく、やるべきことをやりましょう。今は。
 私達に余裕は無いのだから。

rei

 夜、暗い町、丘の上、星。
「あーあ、早く迎えに来てくれないかなぁー」
「無理、まだ電気来てないもの」
 内臓電源の切れたエヴァ。動かない。
「景色はなんだかぱっとしないし、もう最低!」
「……でも、星がよく見える」
 空に沢山の星。……綺麗とか、そう言うのは良く解らないけど。
「明かりがないと、人が住んでる感じがしないわ」
 アスカらしい。そう思う。
 不思議。転がっているこの人。その横にいる私。
 前と違う、私達。
「あ」
 灯りが広がり、削られる闇。生き返る街。
「やっと、ね。とはいえ……」
 まだ駄目。
「はぁ、停電が直っても、電源繋いで貰わなきゃいけないし、家に帰れるのは何時になるんだか」
「仕方ないわ。電源、全部使い切ったもの」
 自分で繋ぐことも出来ない。それに近くに電源ビルがない、きっと電池を運んで来ると思う。
「……なんか眠くなってきちゃった」
「風邪、引くわ」
「ん、なによ?心配してくれてるの?」
 こちらを見上げてくる。
「心配……そうなの?」
「聞き返してどーすんのよ」
「そう?良く分からない」
「ま、いいけどさ」
 笑って言うアスカ。

 ……私は、笑えていた?


misato

 懐かしい夢を見た。
 南極と、巨人と、血の。
 嵐の海と、光の柱と、父さんの。
 あの時の夢を見た

 鏡に映る傷跡。あたしに付けられた印。
 きっとあたしはこの傷がある限り、使徒と戦い続ける、
「……いいえ、あの娘達を戦わせ続けるのよね」
 唇の端を歪めてみた。嫌な顔だと思った。
 思うだけだけれど。
 すまないと思うことで、逆に自分を許している。
 あたしも苦しいんだからと、そんないいわけを準備している。
 ホントに嫌な顔。嫌なあたし。
「……父さん、あたし、逃げちゃいたい」
 何を言っているのだろう、あたしは。
 そんなことが許されるはずないのに。
 今更……。

 聞こえてくる遠い雷の音。
 雨が降り始めた。

 ……一人っきりの家の中で、こんな事ばっかり考えてるなんてのは趣味じゃないわね。
 とにかく、出かけましょ。
 簡単に化粧をすませて、制服を着た。
 散らかったゴミを蹴り飛ばしながらダイニングに向かう。

 ペンペンが駆け寄ってきて、まとわりつく。
「なによぉ。寂しかったの?」
 自然に甘えたような声が出る。
 でも、ペンペンは首を振って、空っぽのお皿を指す。
「ご飯?……ハイハイ分かったから」
 冷蔵庫の奥から魚を引っ張り出しお皿に乗せて渡した。
「そんなにお腹空いてた?昨日の夜……あはは、ごめん忘れてた」
 ジト目でこっちを睨んでから食べ続けるペンペン。
 アタシの家族。
「……一人っきりってわけでもないか」
 さてと、あたしもご飯たべて出かけるとしますか。

ritsuko

 管制室のモニタに映るレイとアスカの顔を見ながら、マヤの声を聞く。
「1番、汚染区域に隣接。限界です」
「2番はまだ余裕があるわね。プラグ深度をあと0.3下げてみて」
 プラグが沈み、アスカの表情が歪む。
「汚染区域、ぎりぎりです」
 私はグラフの数値を確認し、
「相変わらず、いい調子ねアスカは」
 それに比べて……
「んで、レイの方はどうなの?」
 後ろからミサトが口を挟んでくる。
「ばらつきが酷いわ。ここ一週間、ハーモニクスの変化は±16%……初号機の調整、どうしようかしら」
「初号機は、ただでさえ不安定な所が有りますし。困りましたね」
 まったく、弐号機の修理がやっと終わったっていうのに。休む暇がないわね。
 ……問題はそれだけでは無いけれど。
「とりあえず、負荷を変えてデータを集めてみましょう。マヤ、お願い」
「はい」
 そう指示しながら私はレイの不安定さと、それがもたらすダミーの開発の遅れについて思いをめぐらす。


asuka

「二人ともお疲れ様。アスカ、高いレベルで安定して居るわよ」
「とーぜん!」
 最近、絶好調だもん。
 ああ、みんなの視線がいい感じよね。
「レイ、前にも言ったと思うのだけれど……もっと一定の結果を出してちょうだい」
「はい」
 眉一つ動かさずに答えるレイを横目に見る、分かってんのかしら、コイツ。
 リツコはレイを見て何か言いかけてから、ため息をついて言った。
「……いいわ、二人とも上がってちょうだい」

 ロッカールーム、レイが着替え終わるのを待って話し掛ける。
「あんたさ、大丈夫なの?シンクロ上手くいってないみたいだけど」
 本番じゃそれなりに―アタシほどじゃないけど―やれてるのに。
「問題ないわ、ただ……」
「なによ?」
 珍しく口篭もったレイを問い詰める。
「初号機、だから」
「はぁ?」
 なによそれ。
「……」
 答える気なし?
 ちょっとむかついた。
「あんた、そんなんで大丈夫なわけ?」
「何が?」
 アンタはあたしと一緒に戦うんだから、二人しか居ないチルドレンなんだから、……えっと、その、仲間なんだから、
「アタシ達チルドレンはエヴァが全てなんだから。もっとしっかりしなさいよ!」
 あれ、こんなこと言いたいわけじゃなくて。
 それを聞いたコイツは唇をかんで目をそらしてしまって。
 もう、なんだっていうのよぉ。
 レイは、うつむいて黙ったままだ。
「……ねえ、どうしたのよ?」
「なんでもない」
 そんな風には見えなかった。
「嘘!」

「……エヴァは、あなたの全てではないわ」

 そう言って、あたしを見つめるレイの真剣な顔のせいだ、きっと。
 あんなことを言われたアタシが、何も言い返せなかったのは。


fuyutsuki

 南極、か。
 まさか自分がここに来るとは、十五年前には思いもしなかったな。
「いかなる生命の存在も許さない死の世界、南極。いや、地獄と呼ぶべきか」
 気持ちをささくれさせる赤い海と、その中に点在する塩の柱。
 この光景を直接見た人間がどれだけいるのか。
「だが、我々人類はこうしてここに居る。生物として、生きたままにだ」
 そしてこの男は再び訪れたこの地に、何を思うのだろうな。
「科学の力で守られているからな」
「科学は人の力だよ」
「その傲慢が、セカンドインパクトを引き起こしたのだろう」
 あれは、あの惨事は、結局の所人災だったのだから。
 この風景を前にして、かって真実を引き出そうと碇を問い詰めたことが頭をよぎった。
「結果、この有様だ。罰にしてはあまりに大きすぎる」
 南半球に広がる死の海。
 まさに死海そのものだな。
「だが、原罪の穢れ無き浄化された世界だ」
 本気でそう思っているのか?
 いや、この男ならばありえないことではないか。
 あれ以来、何もかもに背を向けた人間なのだから。
「俺は、罪にまみれていても人が生きている世界を望むよ」
 もう似合いもしない「俺」などという言葉を使ったのはやはり、昔を思い出したからだろうか。
 ……ユイ君、もうずいぶんと時が経ってしまったものだな。
「報告します。ネルフ本部より入電。インド洋上空、衛星軌道上に使徒発見」
 ふむ、葛城君のお手並み拝見、と言った所か
「これで十番目か……」
「残るは使徒は七。そして槍は、我々が確保した」
「これで人類は、わずかながら時間の猶予を手に入れたことになるな」
「……ああ、しかしそれだけでは無い」

 わかっているさ、あの槍はおまえの希望の一つなのだろう?レイと同様に。


ritsuko

「やるの……本気で?」
 鏡に映ったミサトの姿を見ながら私は聞く。
「ええ、そうよ」
「あなたの勝手な判断でエヴァをニ体とも捨てる気?」
「そんなつもりはないわ」
 私のを見ようともしないミサト。その目を直接覗いたのなら、そこに見えるのは不安?それとも妄執だろうか。
 ……軽く息を吐き言う、
「今回の作戦にたいするMAGIの判断、聞きたい?」
「……確率なんて聞きたくないわ」
 確率?
「いいえ、MAGIは成功確率の計算を拒否、作戦立案者の拘束を提訴したわ」
「それで?」
 やっとこっちを向いたわね。 
「現責任者はあなただけれど、出来ないことではないわ。MAGIと私、それに……」
「もう一人、代行の賛成が有ればあたしを罷免できるって訳ね。作戦課なら日向君。司令部なら青葉君って所?」
「特殊監察部、加持君でもいいわね」
 ミサトの目線に力がこもる。……要らないことを言ったわね、私。
「……別に構わないわ。そうしたいなら止めないわよ」
 ミサト、あなた……
「それでも、あたしのやることは変わらないもの」
「何をする気なの?」
「決まってるじゃない、使徒と戦うのよ」

 結局の所私は、ミサトに任せることを選んだ。
 最悪、母さんと一緒にいくことになるのかしら。
 あの人がここにいないのは、良い事なのだろうか?

rei

 天井ビル、最下層。
「手で、受け止めるぅ!?」
 アスカ、変な声。
「そう、落下予測値点にエヴァを配置、A.T.フィールド最大であなた達が直接、使徒を受け止めるのよ」

 二人しか、居ないのに。
 もし、もう一人……。
 いやな考え。思ってはいけない事。

「一応、規則だと遺書を書くことになってるけど、どうする?」
 差し出される書類。
「別にいいわ、そんなつもりないもの」
「必要ありません」
 私は、死なないもの。代わりがあるから。
「悪いわね、成功したらなんか美味しいもんでも奢るわ」

kaji

 退避命令で、何処か慌ただしさの漂う本部の廊下。
 俺は、いろいろ詰め込んで重くなったトランクに腰掛け、通りかかった葛城に声をかけた。
「よっ」
「……まだ居たの」
 今、無視しようかどうか迷ったな、つれないねぇ。
「それりゃまたご挨拶だな、最後の便で撤退させてもらうよ」
「あぁらそぉ。……早くした方がいいわよ」
 固い口調で言った葛城に、肩をすくめて見せる。
 見ておきたいものが幾つか有ることだし、そう簡単には逃げられないんだよな。
「しかし、相変わらず無茶な作戦立てるな、葛城」
「反対意見なら聞かないわよ」
「……俺の仕事は監察だ。作戦指揮の権限はないさ」
「なら、黙ってて」
 ずいぶんと、ピリピリしてるな。……こりゃ、りっちゃん辺りにきつい事言われたか?
「ただ、今回はやばいんじゃないか?」
「あたしは使徒から逃げるわけに行かないのよ、絶対」
 ……『逃げられない』じゃないのか、本当は。
「そうか。ただ、私怨で仕事をするのは、他人に迷惑をかけるぞ」
 いや、俺の言えることじゃないがね。
「覚悟の上よ」
「ま、死ぬなよ。三佐殿」

 覚悟、ね。
 しかし葛城、おまえがしているのは、他人に責められる覚悟か?
 それとも、自分を許せなくなってしまう覚悟かな?

misato

「ロスト直前までのデータからMAGIが算出した落下予想地点がこれよ」
 発令所に大きく映し出された、第三新東京市とその周辺の地図、そしてそれを覆う大きな、本当に大きな円。
「こんなに範囲が広いの!?」
「目標のA.T.フィールドを持ってすれば、その何処に落ちても本部を壊滅させることが可能なのよ」
 縁起でもないことを、淡々と言うリツコ。
「よって、エヴァニ体を南北2箇所に配置します」
 重ねて映し出される、エヴァの配置地点と到達可能半径。
 その円は、とっても、ちいさくて……
「なによ!全然カバーできてないじゃない!」
 そう、半分以上の面積が残されている。
「……なお、エヴァによる本部防衛が不可能と判断された場合、あなた達は全速にて当地区を離脱。以降は松代支部の指揮下に入りなさい」
「なっ……」
「……」

 口篭もるアスカ、黙ってこちらを見ているレイ。
 今のうちに、二人を良く見ておこうとあたしは思う。
 こんな戸惑った顔でも、直接見れるのは最後かもしれないから。

asuka

『目標を最大望遠で確認』
『おいでなすったわね。……エヴァ全機起動!』
 アタシと弐号機が繋がった。プラグ内壁に映る町並み。両足に力がこもる。
『作戦実行の可否は、距離一万五千で判断します。MAGIによる誘導は距離一万まで、その後はあなた達に全て任せるわ』 
『使徒接近。距離二万』
 もうすぐね……。
 アタシの手の届く所にやって来なさいよ。
 敵に背を向けるのも、あんな命令黙って聞くのも、アタシの趣味じゃないんだから。
『落下予想地点出ます!』
 どこよ!?
『エリアB-2!ギリギリ初号機の守備範囲内です!』
「!」
 最悪じゃあないけど……
『外部電源パージ!エヴァ全機スタート!!』
 アタシから遠すぎる!

 レイをはさんで反対側、最初の予想のほとんど端。
 それが使徒の落ちてくる、アタシの向かうべき、場所。

 アタシは走る、衝撃波をビルに叩きつけながら。

『来ます!あと二千』

 走り続けるアタシ。
 目線のずっと先、ビルの向こう、丘の手前に初号機。
 そして、その更に先、空の上、雲の裂け目には使徒。
 走り続けるアタシ。
 丘の上で立ち止まる初号機。
 通信機の向こうから聞こえてくる声。
『フィールド、全開』
 そして振動、A.T.フィールドの赤い光、レイの苦しむ声。

 だから、走り続けるアタシ。

rei

 手のひらに感じる熱。
 両腕が軋み、吹き出す血。
「くっ……」
 伝わる痛み。
 まきあがる砂塵。
 地面にめり込む足。
 A.T.フィールドの向こう側の使徒。
 まだ、たどり着かない弐号機。
『レイ!』
 駄目、今の初号機では、機体が持たない。
 それなら……

asuka

「レイ!」
 あたしがそう叫んだ直後だった。
 初号機の立っていた丘が、使徒が、初号機が、吹き飛んだのは。

misato

 突然だった。
 轟音も、いつもの十字の柱も無しに、そこには何も無くなっていた。
 だれも、何も言えずにいる。
 そしてついにあたしの口から、
「どうなってるの!」
 叫び声が勝手に飛び出した。
 使徒は?レイは?何があったの?
「使徒、初号機ともに反応ありません。……突然消えたとしか」
『……ミサト?ねえ、』
 聞こえて来るアスカの声。
『レイは?……どこ行ったのよ?』
 静かな、いいえむしろ、虚ろな声。
「アスカ、ちょっと待っ、」
「厚木方面にパターン青を確認!」
 わり込んでくる青葉君の叫び。
「そんな、照合急いでっ!」
 騒がしさを取り戻す発令所。
「……一致率97%!間違い有りません、さっきの奴です!」
 そんな……じゃあ、レイは?まさか、もう、
「目標はこちらに向け、微速侵攻中。予想襲来時刻は30分後!」

 とにかく迎撃をしなきゃ。
 使徒と戦わなきゃ。
 お父さんをころした使徒にふくしゅうをしなくちゃ。
 そう煩く喚く子供の声が、あたしの中に響き、胸の傷を震わせる。

 笑えるわよねホント。結局あたしって、そう言う奴よ。
 エヴァの中が一番安全?
 退避後、松代の指揮下に入れ?
 そんなこと、本気で思っちゃいなかったくせに。
 また別の声が、酷く乾いた冷たい声が、あたしを責め立てる。

「なるほど、そう言うわけ」
「リツコ?」
 きっとあたしが現実から取り残されていたのは、そんな長い時間ではなかったのだろう。
 リツコの言葉に気付いた時も、状況は変わっていなかった。
「レイはきっと大丈夫よ、まさか海にまで行ってしまうほどの電源は、残っていなかったでしょうし」
 ……無事、なの?でも、海って?
「第3官区航空自衛隊より入電!」
 今度はなんなのよ、もう!
「何?この忙しい時に!」
「それが、アンノウンの問い合わせです。どうも言ってる事が要領を得ないんですが、旧東京武蔵野市に所属不明の物体が落下したとか……」
「方角は大体会うわね……データをよこす様言ってちょうだい」
「リツコ、今はそんなことより、」
「いいから、データを送ってもらって!」
「は、はい……受信終了。これは!初号機です!」
 嘘。
「なんだってそんなところにレイがいるのよ!?」
「A.T.フィールドで重力を遮断したのね。まさかエヴァにそんなことが出来るなんて……」

asuka

 重力を遮断?レイが?
 そんなこと、アタシには出来ない……
『って、使徒を受け止めようとして?でもそれなら何でそんな所に、』
『自転の遠心力で飛ばされたのよ、使徒と、周りの丘ごと。……まあ使徒の方は途中で離れてくれたようだけど、レイは加減が出来なかったのでしょうね』
 ああ、そう言うことか。
『とにかく、今は使徒の迎撃を優先します。アスカとりあえず外部電源に接続、いいわね』
 え?ああ、そうか。
「……分かってるわよ」
 気持ちを切り替えよう。
 これから、使徒が来る。
 アイツは今居なくて、きっと内臓電源は切れてる。だから戻ってくるのは間に合わない。
「レイもとんでもないことしてくれるわね。まあ、受け止め損ねたわけじゃないからいいけど」
 わざと軽く言ってみる。すこし、落ち着いた。
『そうね、全部片付いたらなんか奢ってもらいましょ』
『ミサト、あなた中学生にたかるのはよしなさい』
「って言うか、今日はミサトの奢りでしょ!」
 よし、調子出てきた。
『……使徒が兵装ビルの射程に入り次第、通常兵器で牽制。アスカ、ライフルを出すから今のうちに受け取って』
『ごまかしたわね、ミサト』
 アタシは、まだ見えない使徒の居る方を見ながら、
「あんなペラペラの奴なんか、落っこちてくるんじゃなきゃ楽勝よ!」
 さっさと終わらせて、レイを迎えに行こう。
 ……心配したんだから。
 とっちめてやんなくちゃね。


rei

 山の中。
 夕暮れ。
 電源の切れた初号機。
 エヴァには長距離用の通信機器はない。
 ……皆、どうしただろう。

 聞こえてくるVTOLのエンジン音。
「?」
 あれには、エヴァ用電池は積めない。
 なぜ?
 輸送ヘリは……いた、ずっと遠く、VTOLの向こう。

「レイ!」
 着地したとたんに飛び出してきた葛城三佐。
 ……苦しい。顔が、胸に埋もれて。
「……良かった」
 耳もとに小さな声。
 背中に回されていた腕の力が緩んだので、顔を上げ聞く。
「使徒は?」
「ん?勝ったわよ。もちろん!なんかA.T.フィールドを使って攻撃してきたんだけどアスカってば張りきっちゃって、秒殺よ。あ、でも、弐号機にちょっちダメージ有ったからここには来てないって訳。散々ごねてたんだけどね」
 口を挟む隙なくはしゃぐ三佐。
 特に、伝えるべき事もないけど。
「そうですか」
 良かった。
「それはそうとして、レイ、よくやってくれたわ。ありがと」
 葛城三佐の笑顔。きれいな顔。
「……」
「あ、そうだ!なんか飲まない?L.C.L.ってのど乾くんじゃない?」
「水、飲みましたから」
 サバイバルキットの。
「そんなんじゃなくてさ、もっとこう、一仕事終えたって感じのがいいんじゃない。なんでも言ってちょうだい」
 少し考えて、
「……紅茶」
 こう言わないと、アルコールを勧められそう。何となく。

misato

 なんでもって言って見たものの、ネルフの機体とは言え軍用機に紅茶があるわけないのよねぇ……。
 だからアタシ達は、電源の取り付けを技術班の皆に任せてコンビニに向かうことにした。どうせエヴァを使って作業できない状況じゃしばらく時間かかるし、ここに居たってしょうがないもの。
 ホントは喫茶店にでも行きたいような気もするけど、プラグスーツじゃ、さすがにね。
 当然、街まで歩く気もないので、VTOLを駐車場に着陸させる。
「さてと、んじゃ買って来るからちょっち待っててね」
 そう言い置いて、機外に出た。

 コンビニの中に入ると、店員と、窓際の雑誌コーナーで立ち読みしていた男の子―中学生ぐらいかな―が目を丸くしてあたしを見た。そりゃそうか。突然、飛行機がやってきて、その中からあたしみたいな美女が降りてきたんじゃね。
 えーと紅茶、紅茶……。勢いに任せ、この店に有るのを全種類買う。
 会計を済ませ出口に向かう途中、さっきの男の子がまだあたしを見ているのに気付いた。良く見ると、なかなか整った顔つきをしてて、中性的って言うのかしら、なかなか可愛かったのでウインク一つ。
 あ、真っ赤になった。

 さってとぉ、
「レイ、はーい紅茶」
 ハッチをくぐり、声をかけた。
 レイとも上手くやっていける、そう思った。
 これもアスカのおかげかもね、前はなんだか話し掛けにくかったんだけど、最近ずいぶん雰囲気が柔らかくなったし。……上司としてちょっと情けないけど。
 紅茶、喜んでくれるだろうか。ほとんど変わらない、すました顔して、でも少しだけ、ほんの少しだけ嬉しさの透けて見える声で、答えてくれるだろうか。

 答えてくれなかった。

「レイ?」
 レイは小さな窓から外を見ている。
「……出発、して下さい」
 そのままの姿勢で、こちらを見ずに言う。
「え?」
「早く」
 レイは外を見ている。
 力を入れすぎ、真っ白になった拳を握り、
 はっきりと怯えた目をして、
 それでも目をそらさず、
 窓から外を見ている。
 今、あたしの出てきたコンビニを。
「お願いします、出発してください」
 あたしは、訳もわからず操縦席に声をかけ、離陸させた。
 一体なんだと言うのだろう。
 何も分からなくなって、振りかえる。

 レイはまだ窓から外を見つめている。
 VTOLが上昇するにしたがって、レイの目線が下がる。
 じっと外を見ている。
 その唇が、誰かの名を呼んだ、そう思った。




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