REALIZE AGAIN 第五話

misato

「……ねぇ、ミサト」
 シンクロテストの後、アスカに呼びとめられた。
「あら、一人なの?珍しいわね」
 最近は、レイと一緒にいるのばっかり見てたような気がするんだけど。
「アイツは先に帰ったわ」
「そう?」
ちょうど、休憩所に通りかかった。歩きながらってのもなんだし、ここで話しましょっか。
 えーと、コーヒーでいいか。
「アスカはなんにする?」
「……何でもいいいわよ」
 あら、元気ないじゃない。
「で?」
「……レイの様子がおかしいのよ」
 少しためらうように、言うアスカ。
「そだっけ?」
 いつもと変わんなかったと思うんだけど……
「そうよ!」
 ア、アスカ、耳元で叫ばないでくれる。
「なに話し掛けても上の空だし、何か考え込んでるし。……今朝なんて、アタシのお皿と自分のを間違ってるのに、気付かないでベーコンエッグ食べてたんだから」
「へーぇ、朝ご飯一緒に食べてるんだ?」
「しょ、しょうがないでしょ!アイツってば低血圧で、ほっとくと朝、なんにも食べないんだから」
 体調の管理はチルドレンの義務で、とか何とか言ってるアスカを見ながら、あたしはなんだか不思議な気持ちになった。
 ほーんと。仲良くなちゃって。
 ……まあ、あたし達がそうなる様に仕向けたってのも有るにしても、ね。
「あーら、良く見てるじゃない。さすがよねぇ」
 ちくりとした痛みを誤魔化すようにあたしは言う。
「もういい!ミサトに聞いたのが間違いだったわ」
「ちょ、ちょっと待ってってば」
 もう、短気なんだから。
「冗談はともかく、そんなに変なの?」
「……なんか、元気ないのよ。ねえ、どうしたんだと思う?」
 うーん。
「やっぱ、あれかしらねぇ。あの男の子」
 この前の使徒戦のときの事はアスカに話してある。
「レイが気にしてたって奴?……ま、ちょうどその頃からだけど……」
「ええ、他に変わったことなんてなかったでしょ」
「……そいつ、レイの何なのかな?」
 あら、ひょっとして、焼き餅?……って怒りそうだから言わないけど。
「さあ?知らないわよ」
 軽く答えたあたしにアスカは食って掛かってきた。
「知らないのがおかしいのよ!ミサト、アタシのドイツにいた頃の知り合いのこと知ってるてしょ!……いいえ、知らなくても記録を調べればすぐ分かるはずよ」
 それは、まあ、ね。
「なのに、レイのことは分からない。……どうなってんのよ」
 ああ、そうか、不安だったんだ、アスカは。
 相手の事よく知らないのに気付いて、いえ、忘れてたのかもしれない。そのことに、改めて気付かされたのかしら。
「でも、ホントにわかんないんのよねぇ」
 レイは、司令とリツコの管轄だから……経歴も全て抹消されているし。
 こんなことアスカには言えないけど、レイってどこか怪しいのよね。
 ネルフの何か、あたしに教えられていない何かに、関わって……って今は、んなこと考えてる場合じゃないじゃない、か。
「ようするに、元気がないって言うか、落ち込んでる?のよね」
「それだけじゃなくて、なんか悩んでるって言うか……まあ、大体のとこそうなんだけど」
 ふーん、じゃあ。
「……あのさ、あたしこの間昇進したのよ」
 アスカに襟章を見せて言う。
「だから何よ、今、そんなこと関係ないでしょ。お祝いでもしろって……」
 そう、そゆこと。
「気分転換には、なると思わない?」

hikari

 えっと、そのミサトさんって人のお祝いをする、のよね?
「そうよ」
 それでなんでわたしが、
「でさ、ちょっと料理とか手伝って欲しいの」
 あの、わたしその人に会った事もないんだけど……
「場所は、レイの部屋ね。どうせミサトのとこはゴミがあふれてるに決まってるもん」
 ああ、なんかもう決定事項?
 ……まあ、いいけど。お料理好きだから。
 アスカ達ってそんなにお料理得意じゃないみたいだし……それで一人暮しって言うのは、どうなのかしら。
「あ、そうそう鈴原も来るから」
 え、え、何で、だって。
「なんか、ミサトに会ったこと有るらしいのよ」
 …… 
「それで、お祝いやるっての聞きつけて、ニ馬鹿が二人とも来るってさ」
 ……その呼び方は酷いと思うの……。
 じゃなくて、鈴原が、その、来るのよね、でわたしが料理する?
 って事はなに、わたしの作ったのを、鈴原が……
 ええーー!
「ねえ、どうかした?」
 ううん。何でもない。何でもないよ、アスカ。
「あ、都合悪かった?それならどうせお祝いなんて口実みたいなもんだし、アタシが簡単な奴で……」
 だめ!
 あ、えっと、その、せっかくなんだし、ちゃんとした料理を作ったほうがいいと思うの。
 て言うか、作る。作りますとも。
「そ、そう?まあ、ありがたいんだけど」
 あ、鈴原って何好きなんだろ……
 なんでも食べるよね、きっと。

touji

「おめでとうございます」
 わし等みんなで声をあわせて乾杯や。
「ありがとう」
 おお!やっぱ笑顔はいいのう。
 最初におうたときゃ、しこたま怒られたからなぁ……。
「ホント、ありがとね」
 わしは今、猛烈に感動しとる。
 ミサトさんは奇麗やし、くいもんはウマイ。
 にしても……、
「何でここにイインチョがおるんや?」
 ミサトさんとは関係ないやろ。
「アタシが誘ったのよ」
「ねぇー。」
 なんや、おなご同士にぎやかやのぉ。綾波は相変わらずやけど。
「それにしても、意外だよ」
 ん、なんや?ケンスケ?
「この部屋さ。建物はボロボロなのに中は奇麗だし、その上内装とか趣味がいいじゃないか」
「そやな、綾波って、なんちゅうか、もっととんでもない部屋に住んでそうやのにな」
 普通の部屋やないか、ホンマ。
 今は、わし等がテーブルやらなんやら持ちこんだせいでだいぶ手狭になっとるけど、もともとそれなりの広さや。 
 物が少ないわりには寂しい感じがせんのは、よう解らんけど、なんや壁やらカーテンやらの色のせいなんかのう。
「ちょっと、失礼じゃなぁい!?……まあ、趣味がいいってのは本当だけど」
 なんやえらそうな物言いやな。
「なんで綾波の部屋のことで、惣流が威張るんだよ」
 そやケンスケ、もっと言ったれ。
「そんなの当たり前じゃない、アタシがコーディネイトしたんだから。ねえ、レイ!」
 ああ、さよか。ま、そんな所やろな。
「……ええ」
「こんなときまでそない調子かい」
 いかんなぁ、もっと元気よくいかんと。
 祝いごとなんやからもっと、こう、なあ?
「……もう、遅いわねえ、加持さん」
 惣流もちと困っとるみたいやな。話の繋ぎが強引やで。
「そんなにかっこいいの?加持さんって」
「そりゃもう!、ここにいる芋の固まりとは月とスッポン!、比べるだけ加持さんに申しわけないわ」
 ちょいまてぃ!今、聞き捨てならんこと言いおったな!
「なんやて!」

kaji

「やれやれ、話しにゃ聞いてたけど、すごい所だねこりゃ」
 俺は後ろ手にドアを閉めて言った。
「何でまた、こんな所に住んでるんだろうな?りっちゃん」
 振り返り、ちょうど助手席から降りてきた赤木に聞く。
「さあ。……どうしてかしらね」
「知らないのかい?」
 表情を観察しながらタバコに火をつける。
 幸い、灰が落ちても気にならないような場所だしな。
「ええ、何故私に聞くのかしら?」
「俺らの中じゃ、一番昔から本部にいるからな。レイはマルドゥックに見つけ出されてからずっと本部付きだったろう?なにか知ってるんじゃないかと思ってね」
「別に私はあの娘の保護者、って訳じゃないわよ。あいにくだけど」
 ……ま、こんな所だろうな。別に本気で答えてもらえると思ったわけじゃない。
「そうか、じゃあ行くとするか。これ以上遅れると葛城が角生やすぜ」
「そうね、そうしましょう」
 タバコをもみ消し、入り口に向かう。
「何階、だったかな」
「四階よ」
 俺はずいぶんとくたびれた建物を見上げる。
「エレベータ、ないんだろうな」
「……ええ」

misato

 遅れてやってきた加持とリツコにアスカが噛み付いてる。
 アスカもあんな奴ほっときゃ良いのにねぇ。
 そしてあたしは、独り騒ぎの外にいるレイに気付いた。
「ダメなの?こう言うの」
 騒いでいるアスカ達をほったらかして、あたしはレイの隣に座る。
「……いいえ」
 ああ、アスカの言ってたとおりね、確かにちょっち変だわ。
 なんだか落ち込んでるように見える、かも。
 ってやっぱり解りにくいわよ、この子。
 レイは膝を抱えて子供たちを見ている。
「みんな、楽しそう」
 少し、驚いた。
 こんなこと言うとは思わなかったから。
「そうね。どう思う」
「何がですか」
 うーん。
「……一緒に騒ぎたい?」
 ここは素直に聞いてみますか。
 アスカもこっちを気にしてるみたいだし。
「いいえ」
 即答されちゃった。
「どうして?」
「……そんな資格、ないから」
 どう言うこと?

ritsuko

 ずいぶん久しぶりね、こんなに飲んだのは。
 大きく息を吸って、ぼんやりとしている頭に酸素を送る。
「……やだ、もうこんな時間」
 腕時計を見て、少し驚いた。
 あまり長居する気はなかったのだけれどね。
「お帰りかい?」
「ええ、そうしようかしら」
「送ってくよ、もうすっかり酔いもさめたしな」
 そう言えば、しばらく前からお茶を飲んでいたわね、加持君。
「あら、悪いわね」
「こう言うのは男の役目さ、それに、子供たちもいるしな」
「……私はついでって事かしら?」
 そろそろ疲れが見えている子供達を見てから、加持君を軽く睨んで言う。
「とんでもない。りっちゃんが本命さ」
「それ、あそこで潰れているミサトを起こしてからもう一度言える?」
「……いや、俺が悪かった。勘弁してくれ」
 両手を上げて言う……変わらないわね、その大げさな仕草。
「いいわよ、別に」
 どうでも良いことだし。
「ありがたい、恩に着るよ」
 そう言って彼は子供たちの方に向かって行く……
「おい、そろそろお開きにしないか、子供は帰る時間だ」
「えーもう?まだ良いじゃない」
「そうでっせ、こんなんまだ宵の口ですがな」
 加持君って意外と保父とか、似合いそうね。
「いやいや、親御さんも心配するだろうし、なあ、君もそう思うだろ」
「え!あ、はい。……アスカ、わたし明日の準備とかあるし……ほら、鈴原も、」
「なんや?」
「妹さん、おうちに居るんでしょ」
「ああ、そやな。おじんもおるけど、年寄りやさかい夜は早いしなぁ……」
「な、じゃあそう言うことで。良いだろアスカ」
 本当、子供の扱い上手いわ……いえ、私達が下手すぎるのかしら。
「はーい。じゃ下まで送るわ。ほらレイ、アンタも」
「……いい」
 俯いてレイが答える。
「なによ、アンタ!」
「アスカ、きっと疲れてるのよ。綾波さんって、こう言うの慣れてないんだろうし」
「むう。……じゃ行くわよ!こらそこのメガネ!いつまでビデオとってんのよ!」

 ……綾波レイ。
 ファーストチルドレン、初号機パイロット、あの人の希望。
 エヴァから人が生み出したモノ、私の罪の証し、3人目。

 何を考えているのかしらね、あなたは。


asuka

「……あーあ。失敗かな……」
 加持さん達を見送って、アタシはためいき一つ。
 結局、今日のレイはいつもと同じか、それ以上におかしかった。
 考え込んでた、暗かった、落ち込んでた、変だった。
 ……ミサトの言うことなんか、聞かなきゃよかったのかなぁ。
「はぁ」
 ……帰ろ。

 階段を上って、四階にたどり着いた。
「どうしよっかな……」
 このまま自分の部屋に戻りたいかも。
 あ、ダメだ、なんにも片付けてない。
 そのままにしてきたテーブルの上と、キッチンの流しを思い出す。
 レイはそう言うの気にしないし、ミサトは、ねぇ。まったくどいつもこいつも!
「とにかく、掃除だけでもやんなくっちゃ」
 いちいち声に出してるのは、別に言い訳だからじゃない、と思う。多分。

「って、何やってんのよアンタはー!」
 その手に持ってるグラスの中身、ビール?
 まさか、ミサト!?
「あ、お帰りー、アスカ」
 コイツ、いつの間に復活して……
「な、何レイにお酒飲ませてるのよ!あたし達の年わかってんでしょ!!」
 ミサトに詰め寄ろうとしてやめた。……アルコールくさい。
「固いこと言いなさんなってぇ。年寄りじゃあるまいし」
「だから問題なんじゃない!」
「まあまあ、せっかく怖いオジさんオバさんが居なくなったことだし、ここからは無礼講って事で行きましょ、ねー」
 アンタが一番オバさんっぽいっのよ!
「なによぅ。怖い顔しちゃって……あ!分かった、分かりました」
 な、なによいきなり……ってこのグラスはどう言う事?
「アスカも飲みたかったのよねー。いや、ホントゴメン、気が利かなくって」
 そう言う事じゃなくて、こら、聞きなさいってば。
 ちょっと、レイもビール注ぐんじゃないわよ……

「大体ねぇ、アンタは、ってレイ聞いてんの?」
「……ええ」
 ホントにぃー?
「だったら、もっと、ちゃんとこっち見なさい!それと、頭からなんかよく分からないもん生やすのもぉ、禁止!」
 なによそれ、しっぽ?アンテナ?
「……あなたも、増えてはだめ」
 なによ、文句あるってぇの?
「うわ、二人ともひっどい酔い方」
 あぁ?なんか言った?ミサト。
「余所見もだめ」
 んー?ああ、レイがいるー。
「あのね、アタシ、言いたいことがあんのよ!」
「なら、言えば」
 言うわよぉ。言うってば。
 ってまずその頭何とかしてからね。あれ?ぜんぜん取れないじゃない。
「アンタ、変よ」
「私、変じゃない」
 こら、なんで髪、引っ張るのよぉ。もぉ。
「やめなさいよ」
「あなたが止めれば、そうするわ。……それに、こうしないと、どれが本体か分からなくなる」
 やだ。
「っていうか、最近アンタ、おかしいのよ」
「そんなこと、ない」
 アタシは左手もつかって、あれ?こっちが左だっけ?レイの髪をつかむ。あたまから生えてるへんなの一緒に。
「そんなことあるわよ。なにがあったてぇのよ」
「……別に」
 ずるい、アタシの髪のほうが、長くてつかみやすい。
「誰なのよ」
「なんのこと?」
 とぼけてんじゃないわよ。ああ、ホントひっぱりにくいわね。
「ミサトが見たって、いってたんだから、アンタが、気にしてる男」
「!」
 いたい。そんなに力いれないでよ。
「なんとか言いなさいよ」
 ホントいたいんだから。
「……ごめんなさい」
 なに謝ってんのよ、アンタホントに悪いとおもってないでしょ?
 言えないから、只ごまかそうとして謝ってる、アタシのことバカにして謝ってる。
「あやまりゃ済むとおもってんの?」
「……ごめんなさい」
 りょうてに力がはいった。
「だからぁ、なんで謝るのよ!アンタなんにも悪いことしてないじゃない!」
「いいえ」
 はぁ?
「ぜんぶ私のせい」
「なにがよ」
 てきとうなこと言ったって、ゆるさないんだから。そんなの、ずるいんだから。
「……あなたが、いいえ、みんなが危険な思いをしているのが」
 なんの話し?
「ほんとうは、もっと安心できたはずなの。でも……私が、勝手に……」
「レイ?」
 ないてるの?
「それに、あなたは、きっと……のことを……ごめんなさい」
 ないている、ぼろぼろと、下を向いて。
 こっちを見もしないで。
「勝手なこと言ってんじゃないわよ!」
 思いっきり、ぶってやった。
 きょとんとしてる、へんな顔ー。
「アンタがなに言ってんのかわかんないけど。とにかく!アタシの心配するなんて百年はやいのよ!!」
「いたい」
「そりゃそうよ。そうしたかったんだから」
 ないてるのなんか、見たくなかったんだから。ちゃんと、アタシを見て欲しかったんだから。
 ってなんでアンタも叩いてくんのよ!
「いたいじゃないのぉ!」
「ええ、そうしたかったもの」
 なんですってぇー!
「ちょ、ちょっち待ちなさいよ、二人とも!」
 うるさい。
 てもとの何かを投げた。
 にぶい音ふたつ。
「び、瓶は……反則……よ」
 ふたつ?
「殲滅、完了」
 レイを見る。
 ぐちゃぐちゃの髪、あかい頬、あたまから生えたへんなの。
 アタシと同じに、投げたあとそのままに伸ばされた腕。
 むちゃくちゃ可笑しかった。
「ぷっ、くくく……あはははは」
 とまんない。
「くっ、……ふふ……」
 な、なに、アンタ、まで笑って、
 ダメだ、もうおなか痛い。でもがまんできない。

 なんだかその後ずっと笑ってたような気がする……いつのまにか寝ちゃったからわかんないけど。
 抱き合ったまま目がさめても、メチャクチャの部屋と、お互いの顔を見てまた笑ったけど。

 あ、ミサトは怒ってたけど。


ritsuko

 MAGIの定期検診を終らせて、洗面所に入る。
 化粧と一緒に疲労も洗い流せれば言いのだけれど。
 鏡に映った私の顔。
 仕事に、いいえ、色色な事に疲れた、女の顔。
 死んでしまおうかしら。
 突然、そう思った。

 鏡を見つめて、
「異常なしか……母さんは今日も元気なのに……私はただ歳を取るだけなのかしらね」
 意味のない事を、わざと口に出してみる。
 そして期待通り、後ろ向きなその言葉に反発する声が湧く。
 ……本当の母さんじゃない……私にしか出来ないことがある……
 それが燃料になって、私の胸の中に小さな火が着いた。
 少しだけ、元気が出る。

 本当、人の心なんて言うのは……困ったものね。

maya

『ほら、お望みの格好になったわよ。17回も垢を落とされてね!』
 モニタの向こう、不透明なパーティションの中でアスカちゃんが腰に手を当てていった。
 いいな、スタイル良くって。レイちゃんもだけど。
 ……何となく、自分と比較しちゃうのよね。完敗なんだけど。はぁ。
「それじゃ、二人共そのままプラグに入って」
『ええぇぇえっ!?』
「大丈夫、映像モニタは切ってあるわ。プライバシーは保護してあるから」
 先輩はこんなこと考えたりしないんだろうな……そもそも負けてないもんなぁ。
 横顔を盗み見ながら、ぼんやり思う。
『そぉいう問題じゃないでしょ。気持ちの問題よ!』
「このテストはプラグスーツの補助無しに直接、肉体からハーモニクスを行うのが主旨なの」
「アスカ、命令よ」
 ……葛城さんも、よね。
 おっきな胸。あ、バランスだったら先輩の勝ち。
『もーっ!絶対に見ないでよね!』

『各パイロット、エントリー終了しました』
 ……チルドレンが女の子だけで良かったかも。
 直接映像は切ってあるけど、このサーモグラフって体のラインしっかり出てるし。
 男の子のは、ちょっと恥ずかしくて見れないかも。
「テストスタート」
 っと、いけない集中しないと。
『テストスタートします。オートパイロット記憶開始』
『シミュレーションプラグを挿入』
『システムを模擬体と接続します』
 シグマユニットに響く、みんなの声。
 あたしもそれに続けて言う。
「シミュレーションプラグ、MAGIの制御下に入りました」

misato

「レイ、右手を動かすイメージを描いてみて」
『はい』
 レイが答えると、強化ガラスの向こうで模擬体の腕が動く。
 あたしはそれを、正確には、レイのいるはずの辺りを見つめた。
 結局、こないだの宴会作戦はうやむやのうちに終った。
 まあ、アスカはなんか開き直ったみたいだから、それは良いとしてもね……。
 あたしは、納得言ってないのよ。
 あの男の子は誰なのか?そして、レイとどんな関係があるのか? 気になるったらありゃしない。
 顔とか良く覚えてはいないけど、大体の住んでる場所と背格好が解ってるんだし……。
 それこそMAGIに掛ければ、簡単に人数絞り込んで探すことは出来るのよね。
 ……とはいえ。
 何やら実験に夢中なリツコをちらりと見る。 
「問題ない様ね……いいわ、MAGIを通常に戻して」
「MAGIシステム、対立モードに戻ります」
「ジレンマか……。造った人間の性格が伺えるわね」
 気がすすまないのよ。
「なに言ってるの?造ったの、あんたでしょ?」
「……あなた、何も知らないのね」
「リツコが私みたくベラベラと自分の事、話さないからでしょ」
 だからかしらね?
 なんか、この事は言わない方がいい気がする。
 あの子の、レイの気にしていた男の子のことは。
「そうね……私はシステムアップしただけ、基礎理論と本体を造ったのは母さんよ」


maya

 響き渡る警報の音に、思わず耳を塞ぎたくなるのをこらえて、あたしは報告する。
「侵食部が増殖!爆発的スピードです」
 モニタの示す侵食部分が移動していってる。
「ここに来るわ!実験中止。第6パイプ、緊急閉鎖!」
 隔壁の閉じる振動が、この部屋まで伝わってくる。
 やだ、止まらない!?
「ダメです!壁沿いに進行しています」
「ポリゾーム用意!……レーザー出力最大。侵入と同時に発射」
 ボックスの中に打ち出されたポリゾームが、首を振って照準を合わせた。
 あたしは震えそうになる声を、無理やり押さえつける
「侵食部、6の58に到達……来ます!」
 強化ガラスの向こうを、先輩が、あたしが、みんなが見つめる。
 ……あれ?
 何も……っ!!
「模擬体が動いています」
 うそ!?レイちゃんの模擬体に侵食してきてる。
 無気味に光る腕が振り上げられて、え?切断された……
 ああ、先輩がやったんだ。
 なんだか、全然着いていけてないな、あたし。
「レイは?」
 慌てて確認した。
「無事です!」
「全プラグ、緊急発射!」
 射出を実行。報告を口に出す前に、また次の指示。
「レーザー急いで」
 伸びる光の線、そしてその先に展開される赤い六角形。
「A.T.フィールド!」
 そんな、これって……使徒、なの?

ritsuko

「MAGIシステムの物理的消去を提案します」
 ミサト!? 
 いつもなら簡単に予測できただろう言葉。けれど、このとき私は完全に不意を付かれた。
 反射的に答える。
「無理よ。MAGIを切り捨てることは本部の破棄と同義なのよ」
「では、作戦部から正式に要請するわ」
 冗談じゃないわ。そんなことさせない。
「拒否します。技術部が解決すべき問題です」
「何、意地はってんのよ」
 皆の視線が集まるのを感じた。気にもならなかったけれど。
「私のミスから始まったことよ」
「あなた、昔っからそう。独りでぜんぶ抱え込んで。他人を当てにしないのね」
 ええ、そうかもね。
 でも。
 だから出来るようになった事も有るのよ。


misato

 あたしはこっちに背中を向けて作業をしているリツコに、
「ねえ、少しは教えてよ。MAGIのこと」
 そう聞いた。
「長い話よ。その割りに面白くない話し……人格移植OSって知ってる?」
 MAGIの中で、二人。外から聞こえてくる、マヤちゃんの叩くキーボードの音。ボルトを外しながら答えるリツコ。
「ええ、第七世代の有機コンピュータに個人の人格を移植して思考させるシステム。……エヴァにも使われる予定だった技術よね」
「一部は採用されているわ……それはともかく、母さんの開発した技術なのよ」
 え?
「じゃあ……お母さんの人格を移植したの?」
「そうよ」
 カバーを外し剥き出しになった趣味の悪い何かに、ケーブルを繋ぐリツコの手つきは無造作そうに見える。
 でもあたしは知っている。
 こんな雰囲気のときのコイツは、とっても慎重に、気を使っているんだということを。
「それで、MAGIを守りたかったの?」
「違うと思うわ。そんなに好きじゃなかったから。……科学者としての判断ね」

 ……この意地っ張り。

ritsuko

「……始まったの!?……」「……バルタザールが……」
 かすかに外から聞こえて来る声。
『人工知能により自立自爆が決議されました」
 大きく流れるアナウンス。
『自爆装置作動まであと20秒……19……18……』
 音量を増す警報。
「リツコ!急いで!」
 潜りこんできて叫ぶミサト。
「大丈夫。一秒近くも余裕があるわ」
 キーを叩きながら答える私。
「一秒って」
 言葉に詰まるミサト。
「0やマイナスじゃないのよ」
 ただそう言う私。
「マヤ」
 こちらを見て頷くマヤ。
「いけます!」
 エンターキーに指を掛ける私達。
「押して!」
 走り出すプログラム。


rei

『もう!裸じゃどこにも出られないじゃない!』
「そうなの?」
『当たり前じゃないの!このアタシの裸をそのこいらの馬の骨にほいほい見せられるわけ無いじゃない!!」
 大きな声。耳が痛い。
「うるさい」
 言ってみる。
『なんですってぇ』
 怒った。
 でも、前に聞いたことの有る、いやな怒り方じゃない。
『アンタ、ケンカ打ってんの?』
 どこか違う。
 その違いがなぜか少し嬉しくて、
「別に」
 わざとそう言う。
 きっとまた怒る。
 でも、多分、アスカは解っている。
 きっと、アスカも少し嬉しい。
 こうしているのが。二人でいるのが。

 ……それなのに、私は、酷いことをしている。
 黙っていよう。
 アスカはそう望んでいるから、私はそれを言いたくないから、約束を守らなくてはいけないから。

ritsuko

「私は母親にはなれそうもないから、母としての母さんは解らないわ。けど科学者としてのあの人は尊敬もしていた。……でもね、女としては憎んでさえいたのよ」
 何時からそう感じるようになったのか、覚えていないけれど。
 父さんがいなくなってから?
 キスしているのを、見てしまった時から?
 私を置いて、死んでしまってから?
 それとも……私が、あの人に抱かれてからかしらね?
「今日はお喋りじゃない」
 そういうことも在るわよ。
「たまにはね」
 ゆっくりと下がっていくカスパー。
 ミサトが入れたわりには美味しく感じられるコーヒーを口にして、続けた。
「カスパーは、女としてのパターンがインプットされていたの。最後まで女でいることを守ったのね……。本当、お母さんらしいわ」
 目を閉じる。
 カスパーが元の位置に格納され、ロックされる音が響く。

 もうしばらく、付き合ってもらうことになるわね。
 母さん。




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