REALIZE AGAIN 第七話

touji

 ふぁーあ、やっぱ朝は眠うていかんな。
 がっこも午後から始まればもっとはりきって勉強しよかっちゅう気になるんやけどなあ。
「あー、今日の休みは、いつもの綾波と、相田か」
 そう言えばケンスケのヤツ、横須賀になんや船見に行くつーとったな。
「……鈴原」
 おぉ!なんや?
「は、はい!」
 急に呼ばんといて欲しいで、ホンマ。みんなに笑われとるやないか。
「あとで綾波にプリントを届けておくように」
 はぁ?
 ワシが?……ああ、週番でっか。
 相方は……黒板に書いてあるよって……よりによって綾波かいな。
 本人が休んどるんじゃ、話にならんやないか。

misato

「……酷いわね」
 ついさっきまでドイツ支部とその周辺を映し出していたモニタが、今はもう真っ白な光だけに埋め尽くされている。
 被せて表示された―VANISHING NERV-02―の文字が、それを見るあたし達から現実感を奪い去る。
 まったく、なんてこと。
「エヴァンゲリオン四号機ならびに半径89キロ以内の関連研究施設は全て消滅しました」
「数千人の人間も道連れにね」
 あんた等、よくそんな冷静に言ってられるわね。
 リツコもマヤも、その数字の意味、わかってるんでしょ。
「タイムスケジュールから推測して、ドイツで修復したS2機関の搭載実験中の事故と思われます」
「予想される原因は材料の強度不足から設計初期段階のミスまで三万二千七百六十八通り」
「でも、爆発ではなく消滅なんでしょう。つまり、消えた、と」
 そりゃあ、オペレータなんて仕事はそう言うの切り離してなきゃ、やってらんないんでしょうけどさ。
 それに何言ったって、あたしも口を開けば、
「じゃあせっかく直したS2機関も」
 こんな事、言ってるんだし。
「パーよ。夢は費えたわね」
 S2機関……。
 お父さんの研究していた物。
 子供のころのあたしが、それのせいでお父さんが帰ってこないって、なくなっちゃえばいいって、思っていた物。
「よくわからない物を無理して使うからよ」
 そんなあたしの言葉に、リツコが―聞かせるつもりはなかったのだろう―ひどく小さな声で言う。
「それはエヴァも同じだわ」
 そうね、そうなのかもしれない。

asuka

「……ホント、あのジャージ男ときたら!」
 仕事サボる事ばっか、考えてんじゃないわよ!
 女の部屋に男一人で行くわけにはいかんし、ちょうどお隣さんがおるんやから、まかせるわ。ってなんなのよ!
 だいたい関西弁?むかつくのよね、あのイントネーション。バカにされてるみたいで。
 ヒカリったら、あんなののどこが良いのかしら?
「レイは、お似合いだとか言ってたけど……」
 立ち止まる。
 放課後、学校からの帰り道。
 一人きりの、帰り道。
 結局、あいつの事を考えてしまった。
 家に帰りつくまで、ううん、一日ずっと、寝るまでずっと考えないようにしようって決めてたのに。
 あれから、アタシがまたあいつに借りを作った、あの戦いからずっと、レイは帰ってこない、学校もお休み。
 最初のうちは、隔離がどうとか、検査が済むまではとか言われて会えなかった。
 そのあと、異常なしって結果が出たんだけど、でも念のためしばらく入院する事になった、ってミサトから聞いた。
 お見舞いに行こうと思った、会いに行こうと思った。

 それはホント。

 病室のドアの前まで行った。
 でもそのドアを開けられなかった。
 どんな顔して会えばいいのか解らなくなった。
 ヒカリにも、まだ面会の許可が出ないって、嘘をついた。
 検査がいけないんだ、と思った。
 あのとき、レイが帰ってきてすぐには、あんなに簡単に会えたのに。
 あんなに簡単に謝れたのに。
 少し時間が空いたら、もうどうして良いのか解らなくなった。


 ……アタシは、役に立てなかった。レイに助けられただけだった。
 ネルフはレイを助けようとはしなかった。
 アタシは何も出来なかった。


fuyutsuki

 リニアトレインが地下隔壁を抜けた。
 集光ビルを通ったものいえど、十分に”らしさ”を残した夕暮れの光がジオフロントを染め上げている。
 美しいと言っていい景色ではあろう。
 それを今、この列車の中から見ているのが自分とこの男だけだと言うことを忘れられれば、だが。
「四号機の事故、委員会にどう報告するつもりだ?」
「事実の通り、原因不明さ」
 窓枠に肘をつき、外を眺める碇がこの風景をどう思っているのか?
 今更そんな事を疑問に思ったりはしない。この男とニ、三時間も過ごせば誰でも、それが決して答えられる事のない問題だと言うことに気付かされるだろう。
「しかし、ここにきて大きな損失だな」
 そんな思いとは関係なく、会話は続く。
「四号機と第ニ支部はいい。S2機関もサンプルは失ってもドイツにデータが残っている。ここと初号機が残っていれば、十分だ」
「しかし、委員会は血相を変えていたぞ」
 まあ、あれだけの被害が出たのだから、当然ではあるが。
「……予定外の事故だからな」
 予定、か。
「ゼーレも、慌てて予定を修正してくるだろう」
「死海文書にない事件も起こる。老人にはいい薬だよ」
 あれが絶対の物ならこちらに勝ち目はなくなる。
 そう言った意味でも有難いと言えなくもないな、この件は。
「そう言えば参号機だが、エミュレーションコアを使うのか?」
 あれは実用に耐えないだろう、起動ギリギリにしかシンクロ率が上がらないはずだ。
 ……そんなものでも、あの時すでに存在していれば、ユイ君の実験は行われなかっただろうが……。
「ああ、向こうもこちらの戦力が上がりすぎては警戒するからな、それくらいがちょうといい」
 簡単に言ってくれるな。まったく。
「これから先、エヴァが事実上二機では厳しいのではないか?この所毎回綱渡りだぞ」
 年寄りには刺激の強すぎる職場だよ、実際。
「問題ない、零号機の改装が終る。再就役は近い」
 零号機だと?
 確か実験的に開発した装甲などのテストに使う、と言う話しはあったが……
「改装したのか?しかし起動に成功していないだろう。いや、起動した所でパイロットがいないぞ?」
 夕焼けの光が移りこんだ碇のサングラスが、この男の目を隠した。
 唇の端を歪める碇。
「……そのための参号機だ」

 碇、お前何を考えている?


hikari

「ねえ、鈴原」
 カバンを手にして、帰る準備をしている所に声をかけた。
「なんや、。週番の仕事ならすませたで。今朝のプリントも惣流にまかせたしな」
 うん、それは見てたんだけど。
「そうじゃなくて、アスカなんか元気なくなかった?」
 今日一日、ううん、ここの所しばらくなんだか元気がない気がする……。
「そやったか?全然気がつかんかったわ」
 アスカって、落ち込んでると結構目立つと思うんだけど……。
「そうよ。どうしたのかな」
「そんなん、ワシにはわからんがな、ちゅうか、イインチョにわからんのやったら、誰にも解らんのとちゃうか?」
 そうかもしれない。アスカとよくお話してるのって、わたしと綾波さんぐらいだし。
 その綾波さんも心配なのよね、ずっとお休みだし。お見舞いにもいこうと思ったのに……。
「……で?」
「え?なに?」
 一寸びっくりした。
「いや、用はそれだけかいな?ワシ腹減っとるさかいに、帰っていいか?」
「あ、うん。ごめんね。それなのに話しかけて」
 えっとね、女の子が頑張って話しかけてるのに、そんな理由で帰るってのは酷いと思う。
 ……鈴原だから仕方ないけど。
「すまんな、役にたてんで」
「ううん、いい。……そう言えばさ、鈴原っていっつもパンとか購買部のお弁当だよね」
 ちょっと、無理があるかな?話しの変え方。
「ん、ああ。家には弁当作ってくれるようなやつおらんからなぁ。おとんもおじんも忙しいし、妹はまだ歳が歳やしな」
「そう、なんだ」
 さあ、ここで言うのよ。
 じゃなきゃまた今日も一日なんの為に学校来たんだか……ええ、学校は勉強する所、それは解ってるの、でも、でもね、
「こないだのイインチョの料理、うまかったなぁ」
 え!?
「ほれ、ミサトさんの昇進祝いの時のやつや」
「あ、うん」
 チャ、チャンスよ、今なら、
「あのね、」
「ああ言うウマイもん食っとれば、毎日元気にやってけそうやけどな」
 ……。
「ん、どした、イインチョ」
「アスカも、元気になるかな?」
「はぁ?」
「決めた、わたしアスカにお弁当作ってくる。うんと豪華なの」
 そうしよう、わたしにはそれぐらいしか出来ないから。
 美味しい(と思う)料理は作れるから。
「そやな、それが好いかもしれんな」
「うん」
 がんばろう、今わたしが出来ることで。
「まったく惣流がうらやましいわ」
 だから、
「明日のお昼、いいよね。あ、あと相田君も呼んで」
 これくらいは許してね、アスカ。
「なんやて?」
「だ、だってほら、みんなで食べた方が……駄目、かな?」
「……イインチョ」
 な、なに?
 急に、顔近づけないでよぉ。それになんで真面目な……
「明日、土曜やで」

 もう、バカ。

rei

 前、ダミープラグの実験をしていた。
 今、私は本部の病院にいる。

 独りきりで。

 何度か葛城三佐が来た。
 検査で赤木博士に会う。
 司令も一度来た。
 でもアスカは私に会いに来ない。

 ひとり。
 でもそれでいい。

 私はアスカに何も言わなかった。
 言えば約束が守れないから。
 言いたくないから。
 ……嫌われるから。

 ひとり。
 それでいい。

 もうすぐ、退院。
 どうしよう。

 そう、会いたいけれど、会いたくないのね、私。


 首を振る。
 別の事を考える。
 
 もうすぐ、使徒が来る。
 参号機に取り付く使徒が来る。
 鈴原君と洞木さんを悲しませる使徒が来る。

asuka

 土曜日の放課後、アタシは何となく屋上に登っていた。
「……」
 ぼんやりと、街を、山を、見ている。

 これからアタシは、どうすれば善いんだろう。
 エヴァに乗らなきゃいけないのに。
 一番にならなきゃいけないのに。

 自分で自分を褒めてあげたいのに、エヴァに乗ってどうすればいいのかが、解らなくなった。

 たぶん、結構な時間が過ぎた。
「帰ろ、かな」
 ここに居たってする事なんかないし。
 そう思って、振り向くと。
「あ、アスカ」
 ヒカリがいた。
「お、やっと見つけた、探したんやで」
「何してたんだ、屋上なんかで?」
 おまけにジャージとメガネも。
「……ヒカリはともかく、あんた等までなんの用?」
 そしたら、ヒカリは男どもの持った荷物を指差して、
「あのね、アスカ。お弁当食べない?」
 って言った。


 で、まあ、結局食べる事にした。
 美味しそうだったし。
「にしてもさ、なんでまた土曜日だって言うのに、こんな豪勢なお弁当作って来たわけ?」
 そう、ヒカリのお弁当は、重箱って言うのかな?
 とにかく普通のお弁当箱が2つぐらい入りそうな箱を、幾つか重ねた奴に入っていて、随分な量だった。
 男が二人、しかもその片方は、さすがにバカなだけあって、やたらと食べてるのにまだ無くなりそうにない。 
「ほ、ほら、アスカなんだか最近、ねぇ」
「おう、元気ないちゅうてイインチョが心配しとったんや」
「で、皆で惣流を励ます会を開く事になったってわけさ」
 あんたら、今のヒカリのって、そう言うストレートなことを言って欲しかったんじゃないと思うわよ。
「なんか、説得力が感じられないのよね、特にそのカメラ」
 そんなもん構えながらじゃ、ねぇ。
「まま、そう硬いこと言うなって」
「そやで、こんなウマイもん食っとって文句言うのは人として間違っとる」
 まあ、いいけどね。


 おなかは膨れてちょっと重い。
 そして、気分はなんだかちょっと軽い。
 ……アタシって、単純?
 まあいいか。美味しかったんだから。
 アタシはご馳走様を言ってから、ヒカリの横にねっころがる。
「ねえ、制服汚れるわよ、アスカ」
 いいの。
「気持ちいいわよ、ヒカリもやったら?」
 影がかかっていたせいで、少しひんやりとしたコンクリート。
 視界一面の青空。
「わたしは、いい」
 むう、気持ち言いのに。
「ほんま、気持ち良さそうやなぁ。よし、ワイもやるか」
 ヒカリの向こう側から、聞こえてくるジャージの声。
「……どうしたのかなぁ?」
「……別に」
 緊張して、背中に神経を集中している様子がおかしかった。
「かぁー、いい天気や!」
 ホントにいい天気。
「ケンスケ、お前も写真なんか撮っとる場合とちゃうで」
「いやいや、満腹で寝転がる惣流の写真なんて今この時にしか取れないぜ」
 そりゃそうでしょうよ。
 こんなことするの、初めてなんだから。
「こいつを逃したとあっては、相田ケンスケの名が廃るってもんさ」
 どんな名前なんだか。
 不思議と怒る気にならなかった。
「バカ言ってないで、やって見たら?」
 アタシは首だけ持ち上げて、フェンスの所でファインダー越しにこっちを見ているバカに向かってそう言った。
 そしたら、あたまを掻き、一度カメラを見てから、
「……じゃあ、そうしようかな」
 そう答えて歩き出す。
 視界の外で、気配が動く。
 多分、ジャージの向こうに寝転んだ音。
「ああ、本当にいい天気だな」
 空を見上げる。
 青い空。
 困ったような顔のヒカリ。
「なんや、ちょいと眠くなってくるな……」
「しょうがないさ、あんなに食べてちゃ」
「二人共、食べてすぐ寝ちゃ駄目よ」
「わかっとるがな、でもなぁ……」


「なんにも解ってないじゃない……」
 結局、ニ馬鹿はそのまま寝ている。
 アタシは目を閉じたまま、ヒカリの声を聞く。
「大体こんな所で眠れるなんて、信じられないわよ」
 まったくよね。
「……起きてるよね、アスカ?」
「ええ」
「よかった……アスカまで寝ちゃってたら、どうしようかと思った」
 しばらくの沈黙。
「起きないね、二人共」
 そうね。
「ねえ」
「なに」
「何か、あったの?」
「どうして?」
「なんだか最近変よ、アスカ」
「……」
「話したくないんだったら……」
「あのね」
 言葉が止まらない。
「アタシ、何も出来なかったの、エヴァに乗って何をすればいいのか、解らなくなったの。アタシの価値が、解らなくなったの」
 自分で自分を褒めてあげたかった―本当に?
 褒めてもらいたかったのかな?―レイを助けようともしなかった奴らに?
 アタシは何の為に、誰の為にエヴァに乗るのかな?
「アスカ、」
「でも、ありがとう」
「え?」
「おいしかった、お弁当」
 ヒカリの為に、友達の為に、そして、レイの為に。
「だから、大丈夫」

 お見舞いにいこう、明日、花束でも持って。
 奇麗な花を持って、奇麗な服を着て、あたしに出来る限りの奇麗な顔をして。
 レイに会いに行こう。

ritsuko

「参号機届くの、再来週なんですよね」
 休憩中、コーヒーを飲みながらマヤが聞いてきた。
「ええ、そう決まった様よ」
「はぁ、やっと少しは休めるかと思ったら……」
 本当、初号機とレイの検査、そして零号機の改装がやっと終ると言うのに。
「そうね、やらなきゃ行けない事が山積み、どれから片付けようかしら?」
 ため息をタバコの煙で隠しながら私は言う。
「やっぱり、コア関係ですよね」
「適格者からパーソナルパターンと人格データを抽出して、それからコアに組み込む仮想人格の構築、後は参号機待ちね」
 私の言葉を聞いたマヤは、少しうつむいて、
「……それだけやっても、起動するかどうか解らないんですよね、これって」
 そう言った。
「仕方ないわ、コアに封じこめたパイロットの仮想人格に無理矢理シンクロさせようと言うのだから」
 多少不確実なのは、ね
「上手く行くと思います?先輩」
「こればっかりはやってみないとね。機体の特性や、本人のエヴァに対する適性にもよるし」
「……そうですよね」
 マヤの声は今にも消え入りそうだった。
 仕事の多さに嫌気が差した、って訳ではないわよね?
「どうしたの?あなた」
「解りません。変なんです、成功して欲しいような、して欲しくないような……」
 戸惑った様子で、首を振りながら、半ば独り言のように呟いている。
「先輩はそう思いませんか?」
「いいえ。どうして?」
 困るのだけれど、上手く行ってくれないと。
「だって、これが上手く行ったら……今まであたし達がやってきた事って、何だったんですか?エヴァがこれで動くなら、あんな……」
 ああ、そう言うこと。
 いまさらよ、そんなの。
「仕方なかったのよ、みんなが生き残るためにはね」
「……そう、ですよね」

 マヤ、あなた向いてないわよ。
 エヴァに、いいえ、私達に関わるのは。

misato

「聞きたい事が有るのよ」

 そういったあたしが、加持に連れていかれたのは、ジオフロントの中にこいつが勝手に作った畑だった。
「何かを作る、何かを育てるのはいいぞ。いろんな事が見えるし、解ってくる」
「何言ってんのよ、青春ドラマじゃあるまいし」
 まったく、こんなとこでスイカなんか育てて、何やってんだか。
「あんた普段からこんなことしてるの?」
 首になるわよ、ホント。
「最近司令は、俺にあまり働いて欲しくないらしくてな。暇なんだよ。おかげで俺は趣味に打ち込めてるって訳さ」
 微妙に裏のある言葉が、あたしをいらだたせる。
「そう言うの、止めてくれない。今更」
「……なんの事かな?」
「あんた達と違って、あたしはストレートに言ってくれなきゃ解らないの」
 そう、スパイなんてやってるあんたとは違うんだから。
「手厳しいね、まったく」
 肩をすくめる加持。
「じゃあ、単刀直入にいこう。……何が聞きたい」
「とりあえず、参号機よ。本部に移管が決定したとたんに、適格者が見つかるなんて……どう言うこと?」
 加持はあたしの言葉を聞くと、煙草に火をつけ―いちいち芝居くさいのよね―言った。
「マルドゥック機関は存在しない。陰で操っているのはネルフそのものさ」
「ネルフそのもの?碇司令が?」
 加持の顔はいつものようにだらしなく緩んでいるけど、その目は、本気だった。
「そういう事になるな」
「司令は何をする気なの?エヴァを、子供たちを使って」
「それが知りたくて、俺はこうしている。……葛城も、手伝ってくれるんだろう?」

 そうだ、あたしはそうする事に決めた。
 この間の朝に。
 だからあたしはこう答える

「ええ」

kaji

 端末のちらつく画面に映るデータを見つめ、ぼんやりと考える。
 参号機、適格者、碇司令、……ゼーレ。
「どうにもきな臭いな、これは」
 短くなったタバコを揉み消し、椅子に体重をあずける。
 ドアの開く音に振りかえった。
「加持さん!」
「おやおや、どうしたんだ?その格好は?」
 本部に私服を着てくるってのは、珍しいな。
「レイのお見舞いに行って来たの。ついでに加持さんに会おうと思って」
「ついでに、ねえ」
 アスカも言うようになったもんだ。
「まあ、今日はね。はいこれ」
 そう言って、小さなかすみ草の花束を渡された。
「おすそわけって所かな」
「うん、どう?嬉しい?」
「ああ、嬉しいよ。……どちらかって言えば今まで、花束は渡す側だったしな」
 たまには、貰ってみるのもいいもんだ。
「普通そうよねぇ……レイはあんまり喜ばなかったけど」
「そうなのか?」
「……なんか、同じ物が沢山有るのは嫌なんだって。変よね」
 いやはや、俺なんかに女の子のことは解らんよ。
「人それぞれさ。それより、よかったじゃないか」
「え?なにが」
 きょとんとして聞いてくる。
「仲直りできたんだろう?葛城が心配してたぞ」
「もう!ミサトったら、どうせ適当な事いってるだけよ!あんまり信じちゃ駄目!」
 そうやってすぐむきになるのは、相変わらず子供って事か。
「はいはい、肝に銘じとくよ」
「それなら許して……」
 ん、どうしたんだ?
 急にモニタを覗き込んで?
「え、嘘、これって」

 ああ、参号機関連のデータ、表示させたままだったな。

ritsuko

『参号機起動実験まで、マイナス30分です』
 改めて考えると、あまりアメリカ人らしくないデザインね。
 参号機を見つめる。
『主電源問題無し』
 その姿は、私のような人間にも、容易に邪悪さを連想させる。
『第二アポトーシス異常無し』
『Bチーム作業開始してください』
 あえてこうしたのなら、あちらにもなかなかの皮肉家がいるという事かしら。
 まあ、それはともかく。
「思ったより順調ね」
 ふと、呟いた言葉にミサトが反応した。
「ふぅん、そう。よかったじゃない」
「気のない返事ね。まあ参号機は技術部に配属されそうだし、その所為?」
「まあね。使えそうに無いんでしょ、コイツ」
 あごで強化ガラスの向こうの、参号機を指し示すミサト。
「おそらくね。でも重要では有るわ、これが上手く行きさえすれば、いつか誰もがエヴァを動かせるかもしれないわ」
「"いつか"ね。そんな日が来るのかしら?」
 まず無理でしょうね、それより先に全てが終っているはずよ。
 どんな形にしろ。
「手は打っておいたほうが言いのよ。何もしないで居るのは只の怠慢だもの」
 自分に言い聞かせるように言う
「その日が来るまで、何人子供たちを巻き込むつもり?」
 あなたがそれを言うの?
 まあ、今回はそうも言いたくなるでしょうけどね。
「……必要なら、何人でも」
 きっと、この子で最後よ。

 言えない言葉だけが増えていく。
 私の中に降り積もっていく。
 これが限界に達したとき、私はどうなるのだろう?

「ついて行けないわ、本当」
「そう。でもそれが、あなたの仕事よ」

makoto

「松代で爆発事故だと!?」
 ちくしょう、何てことだ。
 何度聞いても慣れない警報の音にいらつく。
「被害は?」
「地下の仮設ケイジは消滅しましたが、第二実験場の施設そのものは原型をとどめています」
 焦りを押さえて、司令の問いに答えた。
「救助部隊を直ちに派遣、戦自の介入前に全て処理しろ」
 副司令の声にも余裕が無い。
 当然だよな、あそこには赤木博士と、葛城さんが居るんだから。
 もしものことが有ったらってのはもちろん、戦自なんかに救助されて尋問を受けるなんて事になれば……。
「事故現場に未確認移動物体を発見!」
 突然の叫び声。
「パターンオレンジ。使徒とは確認できません」
 なんだってこんなときに……。
 いったい、どうすりゃいいんだ?
「第一種戦闘配置」

 司令の命令に従い、俺たちは、ネルフは、戦いの準備を始める。
 葛城さん抜きで。
 復唱の声と、確認の応答に飲みこまれながら俺は、どうしようもない違和感に悩んでいた。

 無事で居てくださいよ……葛城さん。

gendou

「野辺山で映像、捕らえました」
「やはり、これか」
 冬月が言う。
「停止信号を発信。プラグ強制射出」
 背部外装が弾け、しかしそれ以上の事は起きなかった。
「駄目です!停止信号及び射出コード、認識しません」
 そう、か。
「パイロットは?」
「呼吸、心拍の反応はありますが……」
 仕方が無い。
「エヴァンゲリオン参号機は現時刻を持って破棄。……目標を第13使徒と認定する」
 ならば、必要な事をするまでだ。
「しかし!」
「野辺山で戦線を展開、目標を撃破しろ」
 他にどうしようが有るというのか。
 いまさら、この俺に。

 そうだろう、ユイ。

asuka

「使徒……これが使徒だっていうの!」
 混乱している発令所からの指令で、アタシ達が向かい合ったのは、黒いエヴァ。
『そうだ、目標だ』
「……参号機じゃない」
 乗っている、わよね。もちろん
 戦えってぇの?エヴァと。
『使徒は倒すわ』
 初号機からの声。
「レイ?」
 そんな!?
『使徒は、敵』
 微妙に区切って言われた言葉から、アタシは、アタシだけはレイの意思を読み取る。
「……そうね」
 こんなときだけど、すこし嬉しかった。
 息をそろえて、走り出す。
 二人で。

 もういいや、コイツが居ればいい。
 それできっと大丈夫。
 任せてしまおう。色んな事を。
 今まで一人だったんだから、もういいよね。

makoto

「凄い……」
 送られてくるエヴァの戦いに、圧倒された。
 参号機を挟み、拳を、プログナイフを、踊るように叩きつけるニ体のエヴァ。
 相手の振るう腕は空を切り、あるいは背後からの一撃に的を外す。
 一人で二つの体を使っているような動きだ。
 手足を伸ばして繰り出した攻撃も、苦し紛れの物にしか見えない。
 これなら……
「戦闘区域近辺へ、救助部隊の派遣を提案します!」
 きっとあの娘達は、助け出す。
 だから俺達も手伝おう。
 ……葛城さんも、ここに居たらそうしたはずだ。
「パイロットも汚染されている可能性が有る」
「しかし、みすみす、」
 発令所中からの、こちらを伺う気配に肌を刺されながら、食い下がろうとしたその時、
「構わんのじゃないか、碇」
「!」
 司令の後ろから一歩踏み出し、口を挟んだ副指令に驚かされた。
「ただし、派遣は一斑のみに留め、残りはそのまま第二実験場で作業に当る。そして救助開始は殲滅を確認後……ということでどうだ?」
 沈黙、そして、
「いいだろう」
「有難うございます」
 司令塔に向かい、敬礼した。
「……急げ、もうすぐ終る」
 いつもと変わらない、司令の声。
 だけどその時は、妙に人間臭く聞こえた。

 ……その時には。

rei

 酷い事をしている。
 そう、思う。

 黒い拳をナイフで受ける。

 アスカと二人、ユニゾンしながら思う。
 参号機の、傷だらけの装甲。
 素体から流れ出す血。

 弐号機を狙って伸ばされた腕に、切り付ける。

 きっとシンクロは切れていない。
 痛みを思う。
 普通の人が、鈴原君が、受けるべきで無い痛み。

 アスカが足を払い、私は背を打つ。

 でも、仕方ない。
 必要な事。
 ……洞木さんは、許してくれるだろうか?

 腰の少し上を、膝で押さえる。
 アスカが、プラグを抜き取る。
 私が、参号機のコアを砕く。

 これで、終り。

asuka

 ふふん!楽勝よね!
 抜き取ったエントリープラグを地面に置いた。
 それに救護班が寄ってくるのが見える。
「……ま、少しは見なおしたかな」
 そう口の中でだけ、呟く。
 発令所のやり取りは、聞こえてた。
 あのミサトの部下も、いいとこ有るじゃない……今度、名前覚えとかなきゃ。
「最大効率にて、使徒を殲滅。しかも救出にも成功!ま・さ・に・完璧!やっぱこうでなくちゃ」
 あぁ、久々にいい気分ね。
『……でも、きっと怪我させてしまった』
 レイの声が水を差す。
 ちょっとだけへこんだプラグ。
「あ、アタシじゃないわよ」
 確か、抜こうとした時にはもう、ああなってたと思う。多分。
『ええ、最初のころだと思う、……ずっと剥き出しだったし』
 ああ、一度レイの動きがおかしくなったのって、それに気を取られた所為だったのかな?
「まあ、大丈夫でしょ、あんなのたいした事無いわよ」
『……』
 何考えこんでるんだか。
「そんなに心配する事無いってば、ちょっと冴えない奴だったけど、一応男なんだし。少しぐらいの怪我はむしろ勲章ってもんよ」
 視線を急にプラグからこちらに移して、聞いてくる。
『どう言う事、それ?』
 ん?ああ、言ってなかったっけ。
「加持さんの所で見たのよ、そいつのファイル。……ああ、ちょうどプラグ開いたみたいだし、自分で見てみれば?」


 レイの顔の映るモニタの横に、ズームアップされるエントリープラグの映像。
 ―初号機の中で、同じように表示されているはずのそれを見るレイ。
 救助部隊の背中。
 ―ひそめられた眉。
 ちらりと見えた黒い髪。
 ―動かないレイ。
 額から少しだけ流れた血。
 ―緊張した顔。
 モニタに浮き上がる文字。
 ―凍りついた表情。
 3rd_C
 ―見開かれる、赤い瞳。
 shinji_ikari
 ―震える唇。
 ほつれた髪のかかった、線の細い顔。
 ―音にならない声。




 そして、絶叫。


『嫌あああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』





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