REALIZE AGAIN 第十一話

rei

 どうしよう。

 寝ていない頭が空回りする。
 同じ所を。何度も。
 あれから。私の変わりの体を壊してから。赤木博士と話してから。
 私が、碇君のことを、好きだとわかってから。
 それで良いのだと、わかってから。

 どうしたらいいの?

 部屋に向かって歩きながら思う。
 何を話そう。どんな顔で会おう。
 まだ、会っていない。
 どうしよう。
 切れ切れの疑問。

 温かだった赤木博士。
 碇君は?
 顔が熱くなった。
 何故か、うつむいて階段を昇る。

 廊下を歩き、部屋の前につく。
 ドアの開く音。
「あ……」
 急に冷える顔。止ってしまった思考。
 アスカが居た。
 ゴミ袋を手にして、私を見て、アスカが立っている。
 言葉を探す。アスカに言う言葉を。嫌われないような言葉を、

 止めた。

「ごめんなさい。私……」
 ただ本当のことを言おう。私の本物の気持ちを。嫌われても。
「私は代わりにしていたのかもしれない」
 アスカを見つめて言い続ける。
「寂しかったから、独りだったから」
 あなたが、似ていると思ったから。
「そして、私は、」
 黙っている、以前のことを。でもそれは言えなくて、でも目を逸らしたくなくて、沈黙の中アスカを見る。
「……最低ね」
 アスカも私を見ながら言う。
 硬い声。
「でも、アタシもそうだったのかもね」
 アスカ? 
「何かにしがみ付きたくて、認めて欲しくて」
 青い瞳が私の中に入ってくるよう。
「アンタを、加持さんの、エヴァの代わりにしていたのかも」
 何を言えばいいのか解らない。
 そう、人の心が解らないと言うこと。それを初めて知る。
 私とアスカは廊下で、見つめ合って、無言で立ち尽くす。
 遠くから聞こえてくる工事の音。
 高くなってきた日差し。
 そしてアスカが口を開く。
「今までは、そうだった」
「そう」
 意味の無い言葉しか出てこない私。
 止ってしまった思考。これが人の感じる不安。独りでなくても寂しいと言うこと。
 ……だから、あんな、
「でも、これからどうしよっか?」
 そこに掛けられた言葉。
 唇の端だけで、笑って見せるアスカ。
 少しだけ嬉しそうな、言葉。
「他人にすがって生きるのは嫌なの。でも独りなのもイヤ」
 私に言うアスカ。
「なら、どうするの?」
「さあ?解らないわよ。でも、」
 一度横を向いて、それから私の方に向き直って言われた言葉を聞いて私は、
「でもさ……取りあえず、ご飯食べない?部屋ん中ちょっと散らかってるけど」
 嬉しいと、おもって、だから、
「ちょ、ちょっと何よ急にぃ」
 アスカに、濡れてしまった頬を拭かれながら、
「ああ、もう、顔拭くぐらい自分でしなさいよ。って聞いてんの?」
 ただ、頷いて笑おうとする。

 最近、泣いてばかりいる。
 昔は違ったのに。こんな私では無かったのに。
 でも仕方ない。
 嬉しいことも、悲しいことも、沢山有るから。
 本当に、沢山。
 これを言おう。碇君に会ったら。
ritsuko

 ドアの開く音。
 四角く切り取られた光の中から踏み出す人影。
「碇司令……」
 思わず漏れる声。
「何故、ダミーシステムを破壊した?」
 冷たい声。冷たい目。
「さあ?何故でしょうか」
 私には解りませんわ。
 どうしてレイをあのまま何も言わずに帰したのか、どうして庇うのか。
 あの子に、時間をあげたいのかも知れないとも思う。
 ……でも、もしかしたら、この人に逆らいたかっただけかも知れないわね。
 その時、私をどうするのか。それが知りたかったのかしら?
 解りきったことでも、確かめたいと思ってしまったのかしら?
「今一度問う、何故だ」
 眼鏡越しに、目線を合わせる。
「貴方のその目が怖くなくなったから、と言うのはどうですか?」
 捨てられるのは、怖いのですけど。でも、それに怯えるのは止めました。
 その冷たい目。私を見ては揺らぐ事のないその目。
 それなのに、それでも私は、まだ、貴方のことを、
「君には失望した」
 向けられた背中。それが貴方の答えですか?
「失望、ですか?」
 私に期待していたことは何ですか?
 母さんの変わりですか?ただの科学者としての私ですか?
 私には、私自身には、何も……。

 ドアの閉まる音。廊下の向こうで遠くなっていく靴音。
 暗いこの場所に、独り。
 私は冷たい壁に背中を預ける。

「どうしようかしらね、母さん」
kaworu

 僕は歌を歌おう。
 この、人の住む街を見つめながら。
 彼らに送りこまれたこの街に立って。
 僕は歌を歌おう。
 独りで。
 喜びの歌を。人の創りし歌を。
 リリンではない僕だけれど。

 歌詞は忘れてしまった。いや、覚えたくなかったのかな。
 まあ、いいさ、どちらでも。
 それはもしかしたら、同じ事かもしれないしね。

 もうそろそろ、行かなくてはいけないかな。
 僕の行くべき場所に。彼らがそう期待している所に。僕が還るべきモノのある所に。
 でも、もうすこし歌っていようか。

 ……歌は心を潤してくれる……
 ふと浮かんだ言葉に、笑う。
 それを確かめたくて、僕の心を確かめたくて、僕は今ここで歌っているのかもしれない。

 夕日に照らされながら、家路を急ぐ人々を眺めながら、僕は歌う。
 独りで、連れ立って歩く友人たちを見ながら、僕は歌う。

 どちらになるにしても、僕がもう二度と見る事が無いだろう、すべてを見ながら。

kensuke

「しっかし、ガッコも休み続きやと思うたら、とうとう休学とはなぁ」
 駅前を通りかかった頃、いきなりトウジが言い出した。
「仕方ないさ、色々ヤバイらしいって話だからな」
 もうパパのデータの覗き見もほとんど出来なくなったから、よくわかんないんだけどさ。
「さよか……しかし、疎開までせんといかんのかな?」
「まあ、市外への退去勧告がとうとう出たんだから、そう言う事だと思うよ」
 ホント、ここから出ていく事になるなんて考えた事なかったな。
「……」
 立ち止まって考えこむトウジを見る。
「どうしたんだよ?」
「いやな、どうも、こう……納得出来んちゅうか、なんか逃げるみたいでなぁ」
「どうしようもないだろ、そんなの」
 ただの中学生に出来ることなんて、無いよ。
「……そなんやけどな」
 冴えない顔でトウジが言った。
「それよりさ」
「なんや?」
「今日、どうして委員長と来なかったんだ?」
 俺は一人で直接向こうに行っても、構わないんだけど。
「な、なに言うてけつかるねん、いきなりぃ?」
「だって、ここから出ていく前にみんなで惣流達の顔見ていこうって言い出したの委員長だろ?」
「そやからって、なんで、ワシとイインチョが……」
 待ち合わせなんてしないで、二人で行けばよかったんじゃないのか?
「無理すんなって」
「ワシのどこが無理しとるちゅうんや!」
 焦ったトウジの顔を見ながら言う。
「赤い顔して言ってる所、かな」
 やれやれ、これじゃまだ名前で呼んだ事もないんじゃないのか?
「なんやて!いくらダチでも、言うていい事といかん事、」
「!」
 喚いてたトウジの腕が、後ろに立っていたヤツに当った。
「あ……ゴメン」
 そいつが、驚いたような奇妙な顔で言った。
「いや、謝るのはワシのほうや、すまんかったな」
「まったくだよ、こんな街中で……みっとも無いったらありゃしない」
「コラ!元はといえばオマエのせいやないか」
 いきなり耳元で大声出すなよな、もう。
「なんでそうなるんだよ?」
「うるさい、とにかくオマエも謝らんかい!」
「判ったよ……って、ちょっと待てってば」
 言い合っていた俺達をほうって、歩き出していた背中に声をかける。
「ごめんな、こんなトコで騒いでて」
「……いいよ。気付かなかった僕のせいだから」
 顔だけこっちに向けて言い、また歩き出した。
「えらい暗いヤツやな」
「ああ、そだな」
 何となく呆然とする俺とトウジ。
「今の子、誰?」
 そこに委員長が出てきて話し掛ける。
「ん?な、なんやイインチョ、いきなり出てきて?」
「いや、ちょっとトウジがぶつかっちゃって、って見てたのか?」
 まあ道の真中に居たんだから、気付くよな、普通。
「まったく乱暴なんだから、気を付けなさいよね!」
「な、何でワシに言うねん」
「見てたんだから、鈴原がぶつかるの」
 あーあ、トウジは尻にしかれるな、こりゃ。
「そやかて、仕方ないんや、あれは、」
「何が仕方ないのよ?」
 口篭もるトウジ……言えないよな、委員長との事言われて焦ってたなんて。
 ちらちらとこっちを見てくる様子が、何となく不憫で助けてやる事にする。
「それよりさ、もう行こうぜ。あんまり時間ないんだろ?」
「そうね、アスカ達これから用があるみたいだったし」
 トウジを責めるのを止めて、委員長が言う。
「そやな、ほな行こか」
 あからさまにホッとした様子でトウジが言って、俺達は歩き出した。
 ふと、委員長が立ち止まって振り返る。
「どうしたんだ?」
 駅のほうを見ていた所に聞く。
「え?……うん、あっちになんだか不思議な人が居たんだけど、」
 目線の先には、誰も居ない。
「不思議なって?」
「歌ってたの。鼻歌だったけど、上手な……クラッシック、だったのかな?」
「ふーん。それがどないしたんや?」
「さっきの男の子がその人の事見てたのよ。鈴原がぶつかる前に」
「知り合いだったのかな」
 だったら声ぐらい掛けるかな?
「違うと思う。その人は気付いてないみたいだったし。でも、」
 一度、迷うように口を閉ざしてから言う。

「なんだか、悲しそうな顔、してた」


maya

「このデータに間違いはないんだな」
 先輩の代わりに立ち会っていた副司令が聞く。
「全ての計測システムは正常に作動しています」
「MAGIによるデータ誤差、認められません」
 硬い声で答える日向君とあたし。
「コアの変換も無しに弐号機とシンクロするとはな、この少年が」
 モニタの中で、目を閉じている顔を見る。
「しかし、信じられません!システム上あり得ないです……」
 だって、弐号機はアスカじゃないと、
「でも、事実なのよ。事実をまず受け止めてから、原因を探って」
 葛城さんから掛けられた言葉に、泣きそうになる。

 本当に、解らないのに。
 あたしには、解らない事ばかりなのに。
 あたしと先輩は違うのに。

 もう一度モニタを見る。
 三人の子供たちを見る。
 今回はあっさりと零号機にシンクロして見せた、白い顔を。
 また初号機に乗せられる事になった、どこか張り詰めた顔を。
 不可能なはずのことを平然と起こした、笑顔が小さく張りついた顔を。

 何も解らないんです。
 助けてください、先輩。

rei

 碇君に声、掛けられなかった。
 硬い感じがしたから。私の方を見なかったから。きっと、あの人が来たから。
 使徒でもある人が来たから。
 悲しくなる。時間が無いのに。もう。

 昇っていくエスカレータの先を見ながら思う。
 居ないのなら、構わないと考えていた。
 でも、今、碇君はここに居る。
 それだけじゃない。
 それ以前に、やってはいけない事かもしれない。
 逃げる事なのかもしれない。使徒である事から、人で在る事から、私から。
 ただ、否定するのは。殺すのは。
 死にたいと思わない私が、殺してしまうのは。
 でも……

 エスカレータで上りきった先にいたのは、彼。渚カヲル……同じ感じのする人。
 あまり好きになれない笑み。かけられる声。
「綾波レイ……君は僕と同じだね」
 隠されたままの彼の手。
「同じ?」
 握った私の手の平に汗。
「いいえ、それは形だけのこと」

 違うの。
 私は、あなたじゃないもの。

 少し驚いたような顔。

asuka

 アタシはゲートの前のベンチに座っている。
 まだ帰ってレイに合いたくないからか、それともここでレイが通りかかるのを待っているのかは解らないんだけど。
 って、まったく何考えてんだか、アタシったら。

 ……エヴァとシンクロは出来た。
 前よりだいぶ成績悪かったけど。
 今日来た新入りより悪かったけど。

 まだ、駄目だな。
 どうしても気になる。エヴァが、エヴァに乗るアタシが、それを見る他人の眼が。
 息を吐いて、上を向き、壁に頭を当てた。
 ちょっとだけ、蛍光灯がにじんで見えた。

 悔しいのかな?
 多分ね。
 どうしてなのかな?
 だって、ずっとエヴァに乗るアタシでいようと思ってきたんだから。
 そんな急に、思いきれないよね。

 唇を噛んだ。

 ゲートが開く。その向こうに、新入りが居た。
「……やあ」
 アタシを見つけて、声を掛けてきた。
「なによ?」
「まだ、ちゃんと挨拶をしていなかったからね。惣流・アスカ・ラングレー君」
 薄く浮かべた微笑。
「……アタシの名前、知ってるんだ?」
「僕もドイツから来たしね。それは知っているさ」
 白いシャツ、白い肌。
 そして、レイを思いださせる赤い瞳。
「アタシはアンタの事なんか知らなかったわよ」
「アンタは酷いな。これでも僕には、渚カヲルって言う名前があるんだけれどね……以後よろしく」
 ゆっくりとした言葉を裏付けているのは、自信?それとも……
「余裕じゃない?アタシなんか目じゃないってワケ?」
「そんな事は無いさ。僕はただ、僕に期待された事をするだけだからね」
 少し大きめの唇。浮かんだままの笑み。
 アタシを笑っているんじゃない。それが向いているのは、コイツ本人?
「ふぅん。……人形みたいに?」
 どこか作りものめいたその顔を見てアタシは聞いた。
「それもまた、僕の選んだ道ならば」
 芝居がかった仕草で肩をすくめ、
「後悔するつもりは無いよ」
 そう言って、歩いていく後ろ姿。

「何だってのよ、一体」
 訳がわからなくなって、そう呟いた。

misato

「ミサト?」
 暗がりからけられた声は、思ったよりしっかりしていた。
「あんた、こんなとこで何やってんの?」
 だから、こんな事を聞いた。
「別に……色々有ったのよ、私も」
 部屋の暗さになれた目が、リツコの顔に苦笑を見つけた。
「そ。あたしも、色々有ったわよ」
 何も言わなくて善いような気がして、そのままで居た。
 あたし達は、お互いを見ていた。
 昔を、相手の目の中に探しながら、何も言わずに居た。
「一つ、聞いてもいいかしら?」
「なに?」
 沈黙の次に有ったのは、あたしへの問いかけだった。
「なぜ、今なの?」
「……」
「言いたくなければ別に、」
「区切りを付けようとする事自体が、奢りだと思うからよ」
「そう」
 無理矢理笑い顔になって言う。
「結局、向いてなかったのかもね」
「そうね」
 怒った声を出す。
「そんな事無いわ、ぐらい言ってみなさいよ」
 唇を尖らせる。
「嫌よ、貴方を甘やかすのはもう御免だわ」
「あら、いつあんたが甘えさせてくれたってぇのよ?」
「……自覚が無いなら、何を言っても無駄ね」
「その口の悪さ、何とかした方が良いわよ」
 そんな事だから、あんた。
「今更?」
「そうかもね」
 笑って、背中を向ける。
「それじゃ」
「ええ」
 短いあたしの言葉に、リツコもそっけなく返す。

 部屋を出かけた所で立ち止まる。
 振りかえらず言う。

「ねえ、ここであんたと出くわした時の事、覚えてる?」
「ええ。それが何?」
「……何となく、言っときたかったから」
 最後に。

gendou

 そこに、シンジがいた。
「何をしている」
 立ち止まり、聞く。初号機の前で。
「父さん」
 こちらを向いて黙り、そして続ける。
「……また、これに乗る事になるんだなと思って」
 もう一度初号機に目線を送り言う。
「怖い思いをして、嫌なことがあって、悔しくて、泣いたりもした。でも、それでも……」
 握り締めた拳が目に入る。
「僕は初号機に乗るよ」

 どこかで見たことがある。
 そう思った。
 何かを見捨てた所が。信じるものを、それだけを見ている所が。

 追い詰められた、臆病者の後ろ姿。
 それを見送った。

 初号機を見つめる。先ほどのシンジのように。
 押さえられない言葉に、意味はあるのか。
 それさえ判らずにただ、それは溢れる。

「まもなく最後の使徒が現れるはずだ。それを消せば願いが叶う」

 答えは無論なく、ただ右手に痛みが走る。

makoto

「悪いわね、こんなとこに呼び出して」
 ジオフロントに掛かる橋の上、大き目のケースを足もとに置いた葛城さんが言う。
「いいえ、構いません」
 少し硬い声しか出せなかった。
「それで、なんなんですか?」
 何故か声をひそめて聞いた。
「あのね」
 目を閉じ、少し考える様子を見せ、開いた目をこちらに向けて、
「あたし、ここを出て行く事にしたから。だから、後のことよろしく」
 そう言って笑った葛城さんの表情は、とても奇麗で。
「そんな……」
 言葉が出なかった。
「迷惑だろうけど、頼んでおきたくて。……ごめんなさい」
 風になびく長い髪。微笑んだ口元。寂しそうな目。
「わかりました」
 もの分かりの良い自分を演じていると自覚できた。
 だけれど、本当にそうしたかった。
 この人が、それを望んでいるなら、良いんだ。
 それで。
「そう」
 笑みを閉ざし、厳しい顔を近づけて来て葛城さんが言う。
「それと……これ、お願いね」
 トーンを落とした声に、何かを感じて頷く。
「はい」
 金属のケースを受け取る。
「ホント、悪いわね」
 黙って首を振った。

 何時の間にかすぐ後ろに止まっていた車の助手席に乗り込んで、葛城さんがいなくなる。
 ドアが締められる時に届いた煙草の香り。
 どうしようも無くて、立ち尽くす。


「……行っちまったな」
 そうわざと口に出す。
 なんとか気をとり直し、抱えたそれのふたを開くと、
「クェ?」
 黄色いクチバシと赤いトサカ。
 丸い目と見つめ合う。
「そりゃ無いですよ、ミサトさん……」
 笑い声で、でも少しだけ、泣きたくなった。

rei

「綾波」
 碇君に呼びとめられた。
 ネルフの廊下で。
 突然。
 振り返る。
 私を見ている。
 口元を引き締めて。
「何?」
 小さな声で聞く。
 顔が、また熱い。
「綾波、なんだよね?」
 碇君が私の名を呼ぶ。
「ええ」
 意味なくスカートの端を握る。
「やっぱり、そうなんだ」
 ほっとしたような声。すこし、嬉しい。
「それが聞きたかったの?」
 言いたい事と口から出る事。
 違うのに。
 解ってくれればいいのに。
 そして碇君が言う。
「……綾波」
 硬い声で。
 嫌な感じ。
「お願いがあるんだ」
 辛そうな声。

 何故、悲しむの。

asuka

「アンタ、誰にでもいい顔してんじゃないわよ」
 弐号機に向かって言う。バカみたいだけど。
 暗いゲージで。一人で弐号機に話しかけているアタシ。

 でも、あの時、サードと二人で乗った時、確かに何かがいたような気がしたのよね。

 腕を組み、考えこむ。
 昨日のテストでも、ちょっとだけそんな気がしたし。
 やっぱ、あいつに、サードに聞いてみるしかないか。
 多分なんか知ってるのよ、きっと。
「でもねぇ」
 そう、口にしたときだった。
「おや、何をしているんだい?」
 背中から声を掛けられたのは。
「出たわね、このカッコ付けが」
 できるだけ嫌そうな顔をして言ってやる。
「……君はもう少し慎みを覚えるべきだと思うよ」
「あっそ」
 大体人と話してるときに、手ぇポケットに入れたまんまってのは、アンタどういうことよ。
 なぁんか、気に入らないのよね。
 一々噛みつくのはヤなんだけどさ、今は。
「んで、何しに来たのよ」
 そっけなく聞く。
「うん、弐号機にね」
 そう言って目線をアタシから弐号機に移す。
「アンタがなんの用があるって言うのよ?」
 そう聞いたアタシに何も答えず、前に踏み出した。
 何も無い所へ。
「!」
 浮いていた。相変わらず両手を隠したまま、弐号機を見上げて。

「さあ、行くよ……おいで、アダムの分身、そしてリリンのしもべ」

 弐号機の眼が光った。
 鳴り響く警報。赤い光。
 その中で、酷い騒音の中で、アタシに謝る声を聞いたような気がした。

fuyutsuki

「セントラルドグマにA.T.フィールドの発生を確認!」
「弐号機か?」
 オペレータ同士の会話が発令所を埋める。
「いや、パターン青、間違いない、使徒だ」
「なんだって!?」
 新たに加わった警報は、我慢の限界を超えさせて、
「葛城三佐はどうした?」
 混乱を見下ろし、声を掛けた。
「所在不明です。現在捜索中!」
 なんと言うことだ、こんな時に。
『目標は第4層を通過。なおも降下中』
 アナウンスの声もいつもに増して余裕がない。
「ダメです!リニアの電源は切れません」
『目標は第5層を通過』
「セントラルドグマの全隔壁を緊急閉鎖!少しでもいい、時間を稼げ」
 声を張り上げる。
 ……こんな仕事は性に合わんのだがな。
『全層緊急閉鎖。総員退避、総員退避』
 放送に紛れ、声をひそめて碇に言う。
「まさか、ゼーレが直接送り込んで来るとはな」
「老人は予定を一つ繰り上げるつもりだ。我々の手で」
 まったく、食えない連中だな。
「装甲隔壁はエヴァ弐号機により、突破されています」
「目標、第二コキュートスを通過」
 やはり止められんか……。
「エヴァに追撃させろ」
 碇が言った。
「いかなる方法をもってしても、目標のターミナルドグマ侵入を阻止しろ」
 ああ、それだけは見過ごすわけにはいかんからな。
 あの少年、いや、最後の使徒は、
「もしや、弐号機との融合を果たすつもりなのか」
 もれた疑問に、碇が答える。
「あるいは、破滅を導くためかだ」

kaworu

 降りていく、暗い空洞を。
 降りていく、赤い腕に守られるようにして。
 降りていく、どこまでも、独りで。

 何所からのものとも知れない光が、僕達を照らす。
 僕がここで逢った人たちのことを思う。

 ふと、上を見上げ、紫色の点を見つけた。

 僕を覆っていた腕を、初号機に掴みかからせる。
 けれど、弐号機に向かって振り下ろされた手には、すでにナイフが光っていた。
 随分と好戦的なんだね、君は。
「ああ、君が来たんだね。碇シンジ君」
 僕の声に対して君は無言のまま。
 答えてはくれないのかい?
 ……君は僕を避けるようにしていたしね。仕方ないか。

 口を閉じ、この目の前の闘争を見つめる。
「エヴァシリーズ。アダムより生まれし、人間にとって、忌むべき存在。それを利用してまで生き延びようとするリリン。ぼくには分からないよ」
 互いに傷付きながら、相手の体に凶器を突き立てようとしている。
 僕がやらせていること。そして恐らくは、彼の望んでいること。
 巨人どうしの戦い。
「人の運命か。人の希望は、悲しみに綴られているね」
 背を向け、目を閉じる。
makoto

 発令所にまで響く衝撃。
「何があった!?」
 副司令の叫び。
「これまでにない強力なA.T.フィールドです」
 必死で答える。
「光波、電磁波、粒子も遮断しています。何もモニターできません!」
 シゲルの報告を自分のモニタでも確認する。
 なんてこった、これじゃ……
「目標、およびエヴァ弐号機、初号機、共にロスト!パイロットとの連絡も取れません!」
 何も解らなくなっちまった。

 逃げ出したい気持ちを押さえる。
 ここが俺の場所だから。
 葛城さんに、任された場所だから。 

rei

「アンタ、何してんのよ!」
 アスカに見つかった。
 そんなはずないのに。
 ちゃんと隠れたはずなのに。誰も来れないようにしたのに。
 他の誰も、見つけられなかったのに。
「ほら、行くわよ!あいつだけに任せてなんておけないんだから」
「どうして?」
 何故私を見つけられたの?
「アンタね、今は使徒が来てるんだから、こんなとこで座り込んでる場合じゃないのよ!」
 そうじゃない。
「もう、早く!アタシの弐号機が、」
「駄目」
 行ってはいけない。
「なんでよ?」
「……」
 言えない。頼まれたから。
「サード?」
 不機嫌な声。
「なぜ、解るの」
「……何となく、レイがそんな顔してたからよ」
 どういう顔?
「手柄を一人占めにしたいって?」
「違う!」
「じゃ何よ?」
「……言えない、でも違うの、だから、」
 酷い事言わないで。
「言っとくけどね、別にアタシが今怒ってるのは、そういうのじゃないから」
「じゃ、なに?」
 そうでなければ、なぜアスカが怒るの?
「アンタが、悲しそうな顔してるからよ」

kaworu

「アダム。我等の母たる存在」
 磔にされたその姿。
「アダムに生まれしモノは、アダムに還らねばならないのか?人を滅ぼしてまで」
 独りその前で、僕は呟く。
 見つめながら。答えてくれないそれの前で。
 そして、気がついてしまった。
「……違う。これはリリス……そうか、そういうことか、リリン」
 あの人たちは知っていて、僕をここへ、
 轟音。激しい水柱。倒れこむ赤い体。突き立てられたナイフ。
 振り返った視界に立ち尽くす、彼。

 僕に伸ばされた手。
 それに体を捕まれる。

 君は何も言ってくれないんだね。
 どんな声をしているのか解らなかった、それが心残りだな。
 残念に思いながら、言うことにする。
「ぼくが生き続けることが、僕の運命だったよ。結果、人が滅びてもね」
 どんなモノにも、避けられない流れがあるのだろうね、きっと。
「だが、このまま死ぬこともできる。生と死は等価値なんだ、僕にとってはね」
 そして、僕には選ぶことが出来る。
「自らの死、それが唯一の絶対的自由なんだよ」
 少し寂しいけれど。でもそれは、どちらにしろ同じ、か。
「さあ、僕を消してくれ」
 冷たい手の中で続ける。
「そうしなければ君らが消えることになる。滅びの時をまぬがれ、未来を与えられる生命体は、一つしか選ばれないんだ」

 そして最後の、僕が誰かに伝えておきたいと思う、言葉。


「君たちには、未来が必要だ」
 僕以外の、皆には。


 そして長い長い沈黙の後、



 君の声が聞こえて来た。



「話したい事が、あるんだ」

 驚いて、聞く。
「なんだい?」
「……言いたいことがあるんだ、だから、綾波に頼んだんだ、ここに僕一人でこれるように頼んだんだ」
 僕の声が聞こえていないのか、ただ彼の言葉は続く。
「何が正しいのかなんて、解らない。なのに、そうしないといけないって、皆が言うんだ。でも僕は、殺したくなんかなかった。たった一人の僕の友達だったから、初めて僕を好きだと言ってくれたから、もしかしたら、好きになれたかも知れないから」
 君は……
「それなのに、僕がころした」
 途切れた言葉、理由の解らない痛み。
「後悔、しているのかい?」
「……うん」
 ああ、やっと答えてくれたね。
「その友達は、いい人だったのかな?」
「……僕なんかより、ずっと」
 泣き声。とてもとても、悲しそうな声。
「それで君は、どうしたいんだい」
 聞こえてくる嗚咽。
 震える、僕を握ったままの手。
「僕は……」
 微笑んで、先を促した。
「僕は、君を殺す」
 絞り出された、声。
「人に言われたからなんかじゃない!アスカに、綾波に、みんなに生きていて欲しいから、僕が、そう思うから!」
 辛いのかい?
「……でも、それだけじゃない……友達に、僕が殺した友達に、似ている君が生きているのが悔しいから。僕の出来なかった事が大きすぎるから。僕の罪を思い出させるから!!だから……だから、そんな汚い僕は、君を殺すんだ」
 あまりにも苦しそうで、
「……僕を憎んでよ!……そんな顔で……笑って僕を見ないでよ!」
 君は、君の心は、ガラスのように繊細だね。
 でも、好きにはなれないけど。
 その誰かの事が妬ましいから。僕と同じような状況で、君に思われた誰かが。
 
「ありがとう。君に会えて、嬉しかったよ」
 出来れば、もう少し早く出会いたかったけれどね。
 その君の友達よりも先に。
 だから。
 僕は、息を飲む君の声が聞こえたその時に、君の手の中から抜け出す。
 赤い光が、僕の心の壁が、君の手の平を焼いた。

「ごめん、シンジ君。……君に、殺されたくないんだ」

 力なく立つ君の向こう。弐号機に刺さったままのナイフに意識を集める。
 浮かび上がる凶器。血のついた刃。
 それを、動かす。

 僕に向かって、伸ばされる手。
「カヲル君!!」
 その指を吹き飛ばして、僕を半分にするナイフ。

 ああ、御免よ、君を傷つけたくは、なかったのだけれど。
 最後に、思う。


 ……痛く……なかったかい……シンジ君……





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