REALIZE AGAIN 第十二話

shinji

「僕は、何をしているんだろう」

 僕の部屋で、地下深くに割り当てられた暗い部屋で、そう呟く。
 ベッドの上、仰向けになって。力の入らない重い体を持て余して。
 カヲル君の声を、微笑を、別れの言葉を、思い出す。
「……」
 こぼれそうになった言葉を唇を噛んで押し留めた。
 謝りたくなんてないから、そんな事をしちゃいけないから、もう許して欲しいなんて誰にもいえないから。

 だから、もう終りだから……

 ドアが開く。
 廊下の光に照らされる部屋。
 眩しさに目を細めて見たのは、青い髪。
「綾波……」
 小さな声に震えた肩。
「碇君」
 入り口に立ったままの人影。
「……迷惑、だった?」
 目を逸らして天井を見上げた。
「何がさ?」
「こんなつもりじゃなかった。……ここに来て欲しくはなかったの」
 ああ、そういう事か。
「覚えていない筈だった。関わらないでいて欲しかった」
 どうしてだろう、とても小さな声なのにはっきりと聞こえる。
 そんな事を考えた。
「……ごめんなさい」
 近づく足音。
「でも、それでも私は、」
「もう、いいよ」
 天井を見たまま言う。
 自分でも解るどうしようもなく乾いた声。
 僕にかかった綾波の影が動きを止める。
「どうでもいいんだ、もう」
 繰り返す。
「今は、何も無いのは僕なのかもしれない」
 この街も、トウジも、アスカも、綾波も無事だけれど。
 それは僕のやった事じゃなくて、
「何も出来なかったんだ、今度も」
 目の奥のほうが痛い。
「手が届かなかった。カヲル君に」
 どうするのか迷ったんだ。
 死んで欲しくなかった。でもどうすればいいのか解らなかった。
 だから僕の手は、また間に合わなかった。

 綾波の手が触れてきた。髪に。頬に。
 その温かさを自分に許したくなかった。
 だから、払い除けた。
 力無く振った僕の腕が、柔らかな感触を伝えた。

 綾波が何か言ったような気がした。聞き取れなかったけれど。

 そしてしばらくしてから聞こえてくる声。
「もう、エヴァに乗らないで」
 ゆっくりと口を開いた。
「……何故?」
「槍は、あの人に補完を行わせる為のもの。それに司令達は初号機を取り込むことを付け加えたわ」
 それが地下で見たあの白い巨人の事だとわかった。
「……私は、それをここではない遠くで、そう頼んだ」
 遠く?
「だから、あの人が動き出せばきっと、初号機を連れて行ってしまう」
 僕は硬く響く綾波の言葉を、ただ黙って聞いている。
「何も無い所に」
 そう付け足すように言って、綾波の声が止まった。
 無言に耐えられなくて聞く。
「人が居ないところって事?」
「人も、どんな生き物もいない所。ここではない何処か。エヴァと使徒の欠片を連れて行ってしまう……だから初号機に乗っては駄目」
 よく解らないや。綾波の言うことは。
「でも、翼の生えたエヴァがやって来る」
 あの、弐号機を壊した、アスカを殺した、エヴァが来るんだ。
「でも、必要無いわ」
「僕は初号機に乗る」
 僕はその時やっと綾波の顔を見た。

 ずっと昔に見たのと同じ、なんの表情も無い顔だった。
 僕達はしばらくの間そのままでいた。
 そして、綾波が僕に背を向けて歩いて行く。

 狭い部屋の真中で綾波は立ち止まり、振り返らずに言った。
「私は、あの人を呼ばない」
 静かな声。
「だから、だれもあそこにたどり着けない様にすれば、善いと思う」
 言い終えもう一度歩き出す。
 ドアを開け、外に踏み出そうとした所に声を掛けた。

「ねえ」
「なに?」
 立ち止まる綾波。小さな声。力の入っているのが分かる背中。

 今、何か言わなくちゃいけない。

 でもそれが何か判らなかった。
 だから、きっと間違っていると思いながら聞いた。

「エヴァと使徒の欠片を連れて行く、って行ったよね?」
 初号機だけじゃなくて。
「旅立つのに力が要るから」
 そのために必要なの?
「じゃあ、弐号機も、」

 そう言いかけた僕を遮って、
「アスカには私が言う」
 綾波が言った。

 アスカの事を名前で呼ぶのに驚いたってのも有った。
 でも、それより、そう言った綾波の声がとても寂しそうで、僕に背中を向けうつむいた姿がとても遠くに見えて。
 使徒の欠片ってのがなんなのか、何より綾波はどうするのか、僕は聞く事が出来なかった。

 そして僕は、この暗い部屋の中、また独りになった。

makoto

 眼鏡を外し机の上に置いた。
 学生の頃から使いつづけてきた椅子が嫌な音を上げる。
 目をつぶり、長時間モニタを見続けて疲れた眼球を揉んだ。
「これが、セカンドインパクトの真意か」
 ペンギンの背中に隠されていたマイクロチップのデータを思い返し呟く。
 セカンドインパクト
 使徒とヒト
 そして……
「もう、時間が無い、な」
 眼鏡をかけ直し、制服に着替える。
 二つの皿に水と魚の切り身をいれて床に置いた。
 まだ寝ているらしいあいつに挨拶するのは諦める事にする。

 本部に行こう。
 自分のいるべき処に。

asuka

 静まり返った廊下を歩く。
 息を潜めた何かがあちこちに居るみたいな嫌な感じがする。
「なんか、雰囲気悪い」
 つい独り言をもらしてしまうぐらい本部の様子が変。

 人型の使徒。それに使われた弐号機。そして自分の部屋に閉じこもったままのサード。

 あれ以来。
 アタシ達の予定表は真っ白。シンクロテストも何にも無し。
 なのに本部の職員はどこか落ち着かないでいる。
 あの日、使徒をサードが倒して以来。

「使徒、だったのよね……」

 どこかレイに似ていた顔を思い出して、そうつぶやいた。

fuyutsuki

「約束の時が来た……だがロンギヌスの槍を失い、唯一リリスの分身たるエヴァ初号機も生命の実を持たぬ。もはや槍のコピーと量産機に頼るしかあるまい」
 正面、01の文字の向こう側から聞こえて来る、枯れた不快な声。
「あくまでシナリオに拘りますか」
 揶揄するかのような碇。
 通じはしないだろうと思いながら続けて言う。
「人はエヴァを生み出すためにその存在があったのです」
「人は新たな世界へと進むべきなのです。そのためのエヴァ・シリーズです」
 そう言うこの男の肩に、ほんのわずかな緊張を見つけた。
 そして、響く彼らの声。
「我らは人の形を捨ててまで、エヴァという名の箱船に乗ることはない」
「これは通過儀式なのだ。閉塞した人類が再生するための。」
「滅びの宿命は新生の喜びでもある」
「神もヒトもすべての生命は死をもって、やがて一つになるために」
 数字でしか区別できない彼等。
 碇は言う。いつもの声で、ただ静かに。 
「死は何も生みませんよ」

 わずかな時間の後、議長は何を思いそれに応えるのか。
「死は君たちに与えよう」
 顔を見せてもよかろうに、最後ぐらい。

 接続が切られる。沈黙と暗闇。

「……頭の硬いやつらだ」
 そんな言葉が漏れたのは、それが自分達にも言えることだからかもしれん。
「ああ」
 おや、聞いていたのか。
「まあ、最悪向こうのシナリオにそって進んでも初号機は巻き込めるがね」
「だがそれでは何処まで広がるか予想できん」
 期待していなかった碇の返答に驚く。
「それを気にするのか?」
 今更、お前が。
「……ユイが嫌がる」
 だからその前にお前とレイだけですべてを終らせるつもりか……。
「ヒトは生きていこうとする処にその存在がある。それが自らエヴァに残った彼女の願いだからな」
 そう口にしながら、ならばあれの……レイの願いとは何なのか。
 そんな事を思う。

ritsuko

 周りを埋め尽くす曲がりくねったパイプに囲まれている。
 ここで、母さんの中で、あの人の為にキーを叩く。
 手を止め、眼鏡を外し言う。
「私、馬鹿な事してる?……ロジックじゃ無いものね」
 あの時の傷に手を伸ばす。
「そうでしょ、母さん」
 冷たいそこに触れた。

 私の手から熱が奪われていく。

keel

「碇はMAGIに対し第666プロテクトを掛けた。この突破は容易ではない」
「MAGIの接収は中止せざるをえないな」
 もはや誰のものとも意識されない声に答える。
「出来得るだけ穏便に進めたかったのだが致し方あるまい。本部施設の直接占拠を行う」
 それに返される言葉を聞く。
「しかし本部のエヴァ三体はいずれも健在だ」
「この後に及んで無駄な事に使う時間は無い」
 ああ、その通りだ。我々には時間が無い。
「忌むべき存在のエヴァ、またも我らの妨げとなるか……やはり毒は、同じ毒をもって制すべきだな」
 そう言い、自分の言葉が現実に反映されるのを待つ。

 これまでそうして来たのと同じに。

makoto

『第17レーダーサイト、太平洋上に巨大機を感知』
 発令所に響いている報告。
 それ自体は、今までに何度も有った事だ。
「間違いありません、キャリアです。これで計9機!」
 解析データを睨んでいたシゲルが叫ぶ。
 けれど今起きているのは、人相手の……。
 と、新しく表示された情報に気付いた。
「更に超高空にも機体発見!中国領より接近中」
 これは……爆撃機か?
 そして、司令塔から聞こえて来る声。
「やはり最後の敵は同じ人間だったな」
「総員、第一種戦闘配置」
 司令の命令を聞いて、伊吹が目を逸らして下を向きながら言ったのが耳に入った。
「戦闘配置?相手は使徒じゃないのに」

「これもシナリオ通りか……」
 誰にも聞こえないよう、口の中だけで言う。

 その間にもエヴァの起動準備を進める。
 他に出来ることなんか無い。

gendou

 喧騒を見下ろしながら、席を立つ。
「冬月先生、後を頼みます」
 何年か振りにそう呼び、すれ違う。
「……分かっている、ユイ君によろしくな」
 なにも答えず、この場を去る。

 今や言うべき事は何も無い。

rei

 薄暗いエレベータホール。
 非常灯の赤黒い光。
 聞こえて来る足音。
「レイ」
 黙ったまま振り向く。
 碇司令。
 立ち止まり私の方を見ている。
 そして言う。
「約束の時だ……さあ、行こう」
 私に向かって伸ばされる手。
 もう私が触れて欲しいと思わない手。
 一歩、下がる。
「……レイ?」
 私は、この人に伝える。
「……貴方が怖がって逃げ出したものが、私の求めるものだから」
 私はこの人に伝える。そうすべきだと思う。
「だから、駄目」
 言い終え、悲しくなる。

 私は、その私の求める相手に、必要とされていないから。

 けれど、時間が無い。
 私の思うことをしよう。

「レイ……何故だ、お前は……」
 聞こえる声を背に、暗い廊下を歩く。

ritsuko

 監視が外れた私の部屋の中で独り。
 引出しを開ける。
 中に有るのは、拳銃と、小さな端末。
 こんな引出しの中に入るような物。
 けれどその片方は、簡単に人を殺す。
 そしてもう一つは、私の書き換えた自爆コードをMAGIに流す。

 私は、引出しの中を見つめている。

「何時までもこうして居る訳にはいかないわね」
 誰も居ない部屋に響く声。
 手を伸ばす。
 重い鉄の塊を取り、白衣の中にしまう。

 そして、また手を、
「……もう、母親に甘えるって歳じゃないわよね、母さん」

 引出しを閉じ、部屋を出た。

asuka

「どう言う事よ、エヴァに乗るなってのは」

 非常召集を受けて着替え、ゲージに向かいかけた所をレイに呼びとめられた。
 そこでレイがアタシに言ってきたのは到底納得できる事じゃなかった。
「危ないから」
 いつのまにかプラグスーツに着替えていたレイが、あたしの前に立って言う。
「アンタね、んなこと言われてハイって言うと思う?」
 腕を組んで、睨みつけて言い返す。
「……乗っては駄目」
 繰り返し言うレイ。
「理由、言えないっての?」
 黙って頷いた。

 しばらく黙ってレイを見つめた。

 そして、警報の音をうるさく思いながら、ゆっくりと喋り出す。
「……アタシは、エヴァに乗ることしか知らなかった。アタシはアタシを見てもらう為にエヴァを選んだのよ……最初に」
 だから、エヴァが全てだと思いこんだ。
 レイを、サードを、皆を嫌って傷つけた。
「アスカ、」
 レイの言葉を遮り言う。
「でも、今はそれだけじゃ無いのかもしれないと思うの。アタシには何か他にも……」
 唇を噛み締める。代わりが欲しいんじゃない。子供みたいに認めて欲しいんじゃない。
 でも、アタシが解らない。
 言いたい事が分からなくなって、言葉を探し、見つからなくて諦めた。
 結論だけをレイに言う。
「とにかく、絶対エヴァに乗らなくちゃいけないって訳じゃない」
「なら、」
「でも、乗らない理由もないわ」
 拘りたくは無い、けれど、逃げるのは嫌なの。あたしの今までから。
 時間が要るのかも知れない。意味なんてないのかも知れない。
 けれど何より、
「だから、アタシを弐号機に乗せたくない訳を教えて」
 何も考えずにアンタの言う事を聞くのはイヤ。
 誰かの言葉に飲みこまれたくないの。アタシは。

 レイを、その目を、あたしの映っている瞳を覗く。
「もしかしたら、最後かもしれないから」
 迷うように紡がれる言葉。
「決戦って訳?だったらアタシも、」
「違う」
 じゃあ何だってのよ?
「ただ、終るだけ」
 微笑むレイ。
「今日、全てが終るの。だからあなたはエヴァに乗っていては駄目」
 とても、奇麗な顔。
 アタシに向けられた笑顔。
「そんなの、理由に……」

「お願い」
 言い返せないアタシ。

shinji

「体が重いや」
 地上に出されて、ビルに囲まれながら呟いた。
 シンクロ率、落ちてるんだ……。
 本当は、乗りたくないのかもしれない。
 そう思う。

 自分に嘘はつけないから。
 エヴァに乗って嬉しかった事はもう思い出せないから。

「……綾波」
 離れた所に射出された零号機。
 空を見上げている。
 通信は……向こうが接続を拒否、か。

 僕は、何をしているんだろう?

misato

「そろそろ始まってるかしら?」
 握った両手を膝に乗せてあたしは言った。
「ああ」
 加持は短く答えて、懐に手を差し込む。
「ちょっと、こんな時ぐらいタバコ止しなさいよ」
 フロントガラスの向こうを見たまま加持が答える。
「……解っちゃいるんだがな」
 火をつけたタバコが紅く光る。
「まあ、いいけどね」
 あたしも目線を前に戻し、道の先を睨む。

 あたし達の行く先の事を思う。
 あたしの選んだ道を見つめる。

 あの子達のことを考えないようにしながら。

makoto

「零号機、配置完了です」
 モニタに映し出される街、二体のエヴァ。
「所属不明キャリア、以前接近中」
 量産機……。
 手の平ににじむ汗。
「爆撃機第三新東京市まで後500!」
 耳に障る報告を聞く。
「セカンドは?」
 ゲージに拘束されたままの弐号機を見て聞く。
「未だロストのままだ」
 答えるシゲル。
 自閉モードに入ったMAGIは役に立たない、限られた監視システムで見つけるのは無理か。
 これ以上の捜索を諦め、索敵とエヴァのバックアップに全力を回した。

 セカンドチルドレン、あの子はドイツから来た……委員会の息がかかっているのか?
 いや、それなら今はエヴァに乗った方が有利か。
 空回りする思考。

 何もできない、子供たちに頼るだけの自分。
 恐らく葛城さんも感じていた焦燥。

 それを感じながら、エヴァと通信を繋ぐ。

shinji

『不明機が接近中、こちらからの呼びかけは無視された』
 硬い日向さんの声。
 ……ミサトさんはどうしたんだろう。
『恐らく量産機が相手になると思う……』
 あの白いエヴァを思い出す。
 目の奥のほうが赤くなった。
 息を吐く。
 意識していなかったL.C.L.の匂いにむせ返りそうになる。

 逃げ出したい。
 でもそれは駄目だ。

 急に騒がしくなった発令所。
 慌てた日向さんからの通信。
『ここを狙った弾道弾の発射を確認!爆撃機の接近と同時に着弾する!』

 ああ、始まるんだ。
 やっと、終りが始まる。


rei

「A.T.フィールド全開」
 呟き、目を閉じた。
 広がっていく心。
 それに当るミサイルと爆弾。
 N2兵器の爆圧。
 兵装ビルに数を減らされたそれら。
 初号機の、碇君のA.T.フィールドが弱い。

 目を開く。

 紅い天井に守られている街。
 遠くに見える初号機。
 その上の壁が揺らぐ。

 碇君の向こう、町外れに落ちた光。
 閃光、爆風。
 通信に混じるノイズ。

 瓦礫が私の体を打つ。

 攻撃がやんだのを感じ、力を抜いた。
『……丈夫か?』
 唐突に復活した回線。
『無事です』
 聞こえて来る碇君の声。
 それに安堵する暇なく、空から意志を感じる。

 見上げた目に映る、白い羽。

EVA-07 + DUMMY PLUG

持偽槍侵地下逢母合母

見地
  似躯
  ニ
   敵

排敵尚進除障逢母合母


 咆

持偽槍侵地下逢母合母


shinji

 嫌らしい口のついた顔を潰して作った時間で、外部電源を繋ぎ直す。
 減り続けていたカウンタが止まった。
 プログナイフを握った右腕をかざして大きな刃物を受け止める。
 飛び散る火花。
 細切れにしか認識できない時間。
 胴体を蹴り上げ、、倒れたところを踏み潰す。
 背中に走る痛み。
 前に踏み出しながら、振りかえる。
 笑っている。
 そいつの顔を見て思う。
 振り上げられた刃。
 横から飛び込んできた零号機が、その腕に切り付ける。
 僕の動きは鈍い。
 何度も綾波に助けられている。
 唇を噛み、両手で持ったナイフを付き立てる。
 何機倒したんだろう?
 勝てる気がしない。
 動きを止めていても、こいつ等の嫌な感じが消えない。
 これぐらいじゃ駄目なのかも知れない。
 もっと……
 焦った日向さんの声が聞こえて来た。
 町外れに開いた大きな穴に飛び込んでいく白いエヴァ達。
 追いかけて走る。

ritsuko

「お待ちしておりましたわ」
 足音を聞き、立ちあがって言う。
 あなたを見る。なにも言ってくれないあなたを。
「お一人、ですか?」
 そっと、聞いた。
「……ああ」
 小さな声。
「レイは、選びました」
 少しだけ意地悪く言う。
 特に嬉しくも無いけれど。
「……」
 何も言わないあなた。ただ立っているあなた。
「他の誰でもない綾波レイとして、あの子は選びました」
 辛いですか。苦しいですか。
 でも、私も今までずっと、そうでした。
「私達は最初から間違っていたのかも知れません」
 私はそう続ける。言いたいことを言う。あなたに向かって。
「あの子の事も、エヴァの事も、自分自身の事すら解らないままここまで来てしまって……」
 もっと早くこうしていれば良かったのかもしれません。
 今更ですけど。本当に、今更。
「そして、」
 ポケットから手を出し、握り締めていた拳銃をあなたに、ゆっくりと向ける。
「私は、私にはこれしか選べませんでした」
 本部配属になったミサトと研修で再会した時のことを思い出す。

 射撃訓練場。
 随分と久しぶりに会ったミサト。
 なんの感慨もなさそうに、私に言った。
 ―そんなんじゃ当りゃしないってば―
 ―構えた手は力入れないで伸ばす!―
 ―銃と利き目と的を重ねんのよ。そう、そんな感じで―
 無邪気に、それが学校で宿題を教えるのと変わらない事のように……
 まあ、ミサトに物を教わるなんてのは、あの時ぐらいのものだったけれどね。

 今に戻り、言う。
「もう、いいでしょう?」
 それを聞いてあなたは、
「そうか」
 虚ろにさ迷うあなたの目線。力無い言葉。
「私で、構わない?」
 少しだけ、甘えたような声。
 自分がこんな事を言えた事に驚き、笑う。
 不思議に落ち着いた気持ちで。

 そしてあなたが口を開く。
「君には、迷惑をかけた」
 そんな言葉が聞きたいのじゃありません。
 本当に、最後まで、

「さよなら」

 銃声


asuka

 レイに押しこまれた薄暗いパイプスペースでアタシは膝を抱えてしゃがみ込んでいる。
 伝わる振動と爆音。鳴り止まない警報。

 あたしは考えている。
 どうすべきかを。本当にこのままじっとしていて善いのかどうかを。

 レイは必死そうだった。
 どうしても、アタシをエヴァに乗せたくないみたいだった。
 結局、ちゃんとした理由を言ってはくれなかった。
 でも、それに反対する確かな何かがアタシには無かった。

 どうして、話してくれないんだろう。
 信用されてないって事?
 嫌だな、そんなの。

 でも、どうしよう?

 嫌われるのが怖い?レイの言うことを聞かないで嫌われるのが怖い?
 違うと思う。

 エヴァに乗りたくない?アタシの価値をそれに縛るのが嫌?
 違うと思う。

 じゃあ、何故?
 解らない。


 目の前の黒い壁を睨む。
 その向こうに何かを探すように。
「何やってんのよ、アタシ」
 こんなの、ただ理屈をこね回してるだけじゃない。
 アタシは、立ち止まっていたくない。

 立ちあがる。
 何も解らなくなっても、自分の居場所がわからなくても、それでも、アタシが今やりたい事をしよう。
 邪魔だと言われても、善い。
 傷ついたって、善い。

 心配されるだけなんてのは嫌よ。
 後悔なんてしない。

 弐号機と一緒に、あいに行こう。


fuyutsuki

「量産機二体がメインシャフトに侵入!」
 押されているな……。
 無理も無いか、S2機間搭載型エヴァ9体相手ではな。
「隔壁閉鎖!ターミナルドグマの分断を再優先しろ!」
 こうして、柄に無く怒鳴るのもこれで最後だな。
「初号機、零号機共に中破」
 リフトに乗った零号機を見る。
 レイがそこに居る。
「戦闘は可能だ、ジオフロントから撤退。直ちにドグマに回せ」
 碇のいるであろう場所の事を思う。

 ……これは誰の望んだシナリオだ?
 答えが得られる筈も無い疑問。

 其れを問い続ける事に疲れ、人は死ぬのかもしれんな。

shinji

 落ちていく感じ。
 普通のエレベータのそれを、何十倍にもした浮遊感。

「痛いや……」
 初号機は傷だらけだ。
 シンクロは切れない。修理なんてしてる時間も無い。

 隣に居た零号機からのウインドウが開いた。
「……」
 無言で僕を見ている綾波。
 見返す。
 何も感じずに。疲れているから、考えるのが嫌だから、優しくなんてされたくないから。
 綾波が言う。
「もう、いいでしょう」
「何?」
 かすれた声しか出ない。
「無理しなくていい」
 僕を見つめて言って来る綾波。
「大丈夫だから」
 何でそんなことを言うのさ?何で僕なんかに優しくしようとするの?
 ……カヲル君みたいに。
「駄目だ」
 目を逸らして言った。
「そうやって、逃げるの?」
 聞きたくなくて、通信を切った。
 それでも声が聞こえるようで、耳を塞ぐ。

「僕は駄目だ、エヴァに乗っても、ただこれから降りても、何もできない、行く場所なんて無いんだ」
 もう嫌なんだ。
 何もかも、全部。
 自分の考えている事に吐き気がする。
 結局何も変わってない、僕は僕のままだ。
 あの時と同じに、僕は、

 リフトが止まる。
 外部電源を繋ぎかえ、飛び出す。カヲル君を殺した場所に。
 何も考えずに。

gendou

 胸に開いた穴から、寒さが忍び込んでくる。
 代わりに何かが流れ出していく。
 それに耐えられず、閉じていた目を開く。

 赤黒い天井。只でさえ暗いそれが、血の気のうせた視界にはより陰気に映る。
 倒れている自分に気付く。
 暗い世界の端に居るのは……君か。
 ―ここから離れた方がいいだろう―
 そう言おうとするが、声は出ない。
 振動。
 巨大な何かの足音。
 よろめきながら歩く白い巨人。
 その頭に刺さったままのナイフ。
 手にしているのは、紅い槍。

 ……ロンギヌスの槍の、コピー。

 あの老人たちの顔が浮かぶ。
 それを最後に思うものにしたくは無い。

 だが、俺の中にユイは居ない。
 求めるものはどこにも無い。
 全ては今、終る。

 夜が来る。
 世界より先に、俺は終る。
 目はもう何も映さない。白い暗闇。
 何も聞こえない。奏音の静寂
 わずかに体に伝わる振動だけが俺だ。

 何か暖かい物が俺を包んだ。
 ……ユイ?

 何故か、見えた。それが。
 俺を、胸元に抱いた、白衣を着た姿が。
 柔らかい白い手。あたたかな胸。金色の髪。
 そして、大きな振動と、真上から落ちてくる瓦礫。
 それを、最後に見た。

 両手に力を込め、動かした。
 何故か解らないが、誰かが笑ったような気がした。
 覚えの有る誰かが。

rei

 もう、駄目かもしれない。
 そう思う。
 右足の折れた体は上手く動かない。
 紅いあの人の血の中にたおれている初号機。
 今は動きを止めている頭を潰した量産機。
 そして、ゆっくりと近づいてくる、もう一機のエヴァ。手に槍を持って。
 私はあの人と、量産機に挟まれて立つ。
 初号機に手は届かない。
 エントリープラグを抜けない。
 どうしよう。
 轟音。
 落ちてきた三体目の量産機。

 そう、駄目なのね。もう。

 槍をふりかぶる二体のエヴァ。
 片方は私に。もう片方は碇君に。
 駄目。

 無理矢理体を動かし、飛び掛る。
 碇君を狙っていたエヴァに。
 殴り倒し、踏みつける。
 潰れる白い腕。

 そして、飛んでくる槍。

asuka

 最後の数百メートルを飛び降り、走りこんだ先で、レイを狙っていたヤツを串刺しにした。
 ギリギリでそれた槍はレイをかすめ壁に突き刺さる。
「レイ!」
 叫んでいた。
『アスカ……』
 驚いた顔に笑いかける。
「アンタ、こんなの相手に手間取ってんじゃないわよ!」
『……なぜ?』
 まだそんな事言ってんの?
「そんなの、決まってるじゃない」
 レイを見て、
「アタシがそうしようと思ったからよ!」
 胸をはって言えた。

EVA-11 + DUMMY PLUG



見母









為合母

rei

 私は、アスカに見惚れた。
 それがいけなかった。
 最初の一体が立ちあがっていた、私の後ろで。
 倒れたままの初号機の後ろで。
 あの人との間を、何にも遮られずに。

 振り向いた時には遅かった。
 槍が、刺さっていた。

 槍から色が消える。
 白い槍の反対側が伸び、量産機に刺さる。
 手足がちぢんだ。
 細く伸びるその体を槍に巻き付けながら、あの人に近づいていく。

『……なによ、あれ?』
 震えるアスカの声。

 大きく口を開き、あの人に食らいつく量産機。
 潜りこんでいく。

 これで、終り。

 エヴァの、使徒の、最後。

 でも、人は生き続ける。

 だから、
 初号機に手を伸ばす、碇君を、連れて行かれないように。
 プラグを抜こう。
 アスカにもエヴァから降りてもらおう。
 そして、私は……

 生き続ける事も出来る。
 取り込まれる事も出来る。
 無に帰る?皆と生きる?

 ……でも、今は、プラグを、

 伸ばした手は届かなかった。

 立ちあがった。
 初号機が。

shinji

 もう、逃げてもいいかな?


  ごめん
   みんな


ritsuko

 突き飛ばされた私。

 落ちてきた瓦礫に両足が潰されていた。
 私とあの人の血が、交じり合って流れている
 何も感じない。
 痛みを感じる神経が麻痺していた。
 もしかしたら狂っているのかもしれない。私は。

「なんで、こうなったのかしらね」

 私の声はかき消される。
 巨人の動く音に。
 エヴァが戦っている……いいえ、食われている。
 リリスに。

 膨らんだ白いからだから伸びた触手が、初号機を飲みこんだ。

 誰かの謝る声が聞こえる。

rei

 いってしまう。

 私を置いて。

 嫌。

 一緒に、

 だから、踏み出す。

asuka

『今すぐエヴァから降りて』
『さよなら、アスカ』
『ごめんなさい』

 それだけ言って、レイはサードに付いて行った。
 そう、付いて行ったんだと思う。
 あの訳の解らないのにやられたんじゃ無い。

 行っちゃった。

 許せなかった。
 レイがいないのは嫌だから。アタシを見なくても、いて欲しいから。

 だから、追いかけた。





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