REALIZE AGAIN 第十三話

shinji

 暗いところに浮かんでいる。
 独りで。
 遠くから風の音が聞こえてくる。
 何か獣の吼えるような音。

 体に触れる冷たい水の感触。
 痺れる手足から感覚が消えていく。
 ……前の時とは違う。
 誰も居ない場所で自分が無くなっていくのが解る。

 このまま、消えてしまえば善い。
 僕は僕が嫌いだ。
 だから、無くなってしまえば善い。
 他人を傷つける事しか出来ない僕は、消えてしまえば善い。
 結局、あそこにも僕の居場所なんて無かった。
 何もできない僕が居て良い所なんか無いんだ。
 皆に迷惑を掛けるだけなんだ。
 もう使徒も、エヴァも無い所に僕の居る理由はない。
 これから皆がどうするのか、どうしたいのかなんて知らない。関係無い。
 アスカにはやっぱり嫌われて、綾波の手を払いのけた僕には関係ない。
 だから、ここにいよう。
 逃げ出してしまおう。……ずっと、そうしたかったんだ。
 最初にこの街に来た時から、エヴァに乗った時から。
 でも、逃げられなかったから、皆と居たいと思ったから、エヴァに乗れって言われたから、誉められて嬉しかったから、必要とされていると勘違いしたから、優しくされたかったから、だから僕は、
 "逃げちゃ駄目だ"って言っていたんだ。自分を誤魔化して。

 それは一度思い知ったはずの事だけれど、あのとき解って溶け合っていた皆から還ろうとした筈だけれど。
 もう居ないんだ。あの時逢いたかった皆は。
 僕を、僕のした事を知らないアスカも、カヲル君も、ミサトさんも、それは僕の逢いたかった人たちじゃない。
 あのアスカは死んでしまった。誰もあの海から戻ってこなかった。

 ……綾波は、良く解らない。
 どうして、僕の事を気にするんだろう。
 そんな資格なんて無いのに。僕は最低で、汚くて、人に心配される資格なんか有るわけ無いんだ。
 こうやって、良く解らないことや、嫌なことから目を逸らしてばかりいる僕には。
 また、こんな所で他人から逃げ出している僕には。

 あの時、みんなに逢いたいと思った。
 それは本当の気持ちだった。
 あの時は、傷ついても……人を傷つけてしまっても、もう一度逢いたいと思った。
 でも、誰に逢いたかったのかな?
 アスカ?綾波?ミサトさん?父さん?カヲル君?
 それが、今の僕にはわからない。

 ……でも、もう良いや。
 ここには僕しか居ないから。
 他人と混ざり合ってはいないから。
 ただ僕だけが居なくなるなら、アスカも、きっと綾波も、その方が好いだろうから。
 だから、消えてしまおう。

 目を閉じた。
 本当の体があるわけじゃないけど、それでも何も見えなくなった。
 遠くから風の音が聞こえてくる。
 何か獣の吼えるような音。
 体に触れる冷たい水の感触。
 痺れる手足から感覚が消えていく。
 微かな波の音。
 僕が消えていく。


 そこに聞こえてくる、柔らかな光。
 青い色。
 目でも、耳で無い何かで感じる光。
 それを追いかけて来るとても強い光。
 赤い色。
 僕のほうに降りてくる、ふたつの光

 綾波とアスカ。

 泣きそうになる。
 なんでさ、どうしてこんな所に二人が来なきゃいけないんだよ。

 僕の所為?
 僕が逃げたした所為?
 だったら、悪いのは僕だ。


maya

 あたしは必死にキーを叩き続けていた。
 先輩の掛けたプロテクトと、元からドグマを守っていたセキュリティを無理矢理こじ開けてる。
「ドグマとの回線を確保!メインモニタに回します!」
 ここに居る全員の目が集る。
 そしてそこに映されたのは、
「あれは、エヴァなのか?」
 呆然とした日向君の声。
 仮面を被った白い巨人、そしてニ体のエヴァ。それを警戒する様子の零号機と弐号機。倒れている一体の量産機。
 揺れる赤い水面。崩れた外壁。
「解らんが、敵さ。二人が戦ってるなら」
 それを見ながら、青葉君が言った。
「……初号機はどうした?」
 いつのまにか降りてきていた副司令が聞いて来る。
「初号機の反応はドグマから移動していません」
 でも、その姿は見えない。
「エヴァとの通信は?」
 日向君に聞かれた。慌てて止まっていた手を動かす。
「少し待って、まだMAGIの機能が……」
 そう言いかけた時、モニタの向こうの状況が変わった。
 巨人の胸が盛り上がり、何本もの紐のようなものが零号機と弐号機に向かって伸びていく。
「何!?」
 後ろに飛んでそれをよける弐号機。
 けれど、青いエヴァは、動こうとしなかった。
 嫌らしくうごめくそれに捕まり、引き寄せられていく。
 弐号機の方を振りかえり、見つめている。
 動きを止める赤いエヴァ。
 そして、一回り大きな白い体に触れた機体が、
「取り込まれていく……」
 それに飲みこまれ、消えた。
「そんな、じゃあシンジ君も……あいつに?」
「恐らく、な」
 日向君に副司令が答える。
「ニ体居たはずだ」
「副司令?」
 日向君が怪訝そうに言う。
「ドグマに降りた量産期はニ体。だがあそこに倒れているのは一体だけだ」
「……やはり、あれに取り込まれたんじゃないんですか?」
 あたしはそう聞いた。
「問題は、初号機とどちらが先だったかだな」
 そう小さな声で言うのが聞こえた。

「弐号機、目標に突撃!」

 突然の青葉君の声にモニタを見る。

 赤いエヴァが、殴りかかり、その手から取りこまれ、そして。
 零号機と同じように、消えてしまった弐号機。

 もう、終りなの?

shinji + asuka + rei

―何時の間にかここは夕暮れの海だった。
―アタシは膝を波に濡らされて立っている
―どこまでも海面が続いている。私達の周り全てに。

「そんな、なんで」
―そんな言葉が僕の口から滑り出る。
―アタシ達は繋がっていた。
―思いと、記憶と、心が。

水面に映る幾つもの場面。
―僕の、綾波の記憶。知られてはいけないと思う。でも、
―アタシの意識がそれに集る。隠されようとしたそれに。
―駄目、見ないで。

「お願い、止めて」
―綾波の悲しみ。
―伝わる痛みを振り払う。だって、それはアタシの姿だから。アタシの知らないアタシの姿だから。
―アスカの戸惑う心。

空母の上で胸を張って立つアスカ。サードと特訓するアタシ。碇君に助けられるアスカ。
―こんなの見せないでよ!
―弱弱しい声がアタシの中に入ってくる。
―碇君の苦しみ。

「なんなのよ、コレ?」
―アスカの声は震えている。
―なんでアタシがあんなことしてるのよ。
―知って欲しくなかった。

停電の通路で綾波に食って掛かるアスカ。サードをシンジと呼ぶアタシ。三人でシンクロテストを受けるアスカ。
―昔見た、まだ嬉しいことも有った頃の景色。
―こんなの嘘よ。
―以前の私達の姿。

零号機に乗った僕に話しかけるアスカ。サードにキスをするアタシ。影の中に消えた碇君に戸惑うアスカ。
―苦しさが僕達に満ちる。
―これって、まさか嫉妬?違う、アタシじゃない!
―それは、私の心。

トウジにからかわれて赤くなる僕とアスカ。いらついてサードに当り散らすアタシ。使徒に両腕と頭を落とされた弐号機。
―やめてよ……
―これがアタシなの?
―見ないで。

弐号機の前で地面にしゃがみ込んでいるアスカ。動かない弐号機の中のアタシ。病院のベッドの中で動かないアスカ。
―思い出したくなんかなかった。
―アタシは何も出来なかったの?
―小さくなっていく。アスカと碇君の心が。

そして、
―もう、止めてよ、嫌だ、こんなのは嫌だ!
―叫びがアタシ達を埋め尽くす。
―碇君の拒絶。

僕が汚したアスカ。破壊される弐号機の中のアタシ。砂浜で首を締められるアスカ。
―うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
―嫌、こんなの嫌ぁ!
―拒絶が、悲しみが、怒りが、苦しさが満ちる。そして私達はバラバラになる。


fuyutsuki

 それは、倒れていたままの量産機を取りこんだ。
 そして次々と海に飛び込む鼠の様に降りて来た残り七体のエヴァをも。

 ドグマの中央に浮かぶ、丸く膨れ上がった体。

 しかしそれは、再び人の形を、細く美しい形を取り返していく。
 仮面が落ちた。

 白い髪。赤い瞳。

 発令所には誰かのうめき声だけが在る。

 現れたのは、あの少年の顔。

 ゼーレの送りこんできたシ者。

「アレをダミーの元にしたのか、老人たちは……」
 自然と、そう口にしていた。

shinji

 あそこから、アスカと綾波から、逃げ出した僕は真っ暗な場所で膝を抱えている。
 悔しかった、恥ずかしかった、怖かった、情けなかった。
 思い出したくなかった。知られたくなかった。何も出来ずに傷つけるだけの自分を。
 綾波から逃げ出した自分。カヲル君を殺した自分。浜辺でうずくまるだけだった自分。
 そして、アスカ。
 壊れていくアスカを。僕が汚した、僕が助けられなかった、僕が首を締めた、アスカを。
 あんなことを、アスカは知らなくて良かったのに。
 僕が独りで消えれば善かったのに。
 アスカも、綾波も、ここに来てしまった。
 こんな筈じゃなかったのに。
 僕だけが居なくなれば言いと思っていたのに。

 僕は、僕が嫌いだ。
 人を好きになれない自分。それなのに好きになって欲しいと思う。
 そんなのは無理なのに。自分のことを嫌いで、他人が好きになってくれるなんて信じられないのに。
 なのに、人にすがろうとする、僕。
 それが嫌で、今度は誰にも近づかないようにしたのに。
 結局、綾波は悲しそうだ。
 アスカは苦しんでいる。
 僕の所為で。

 暗闇の向こう、風の音の向こう、遠い所に二人が居るのが分かる。
 まだほんの少しだけ繋がったままだ。
 僕の痛みが、アスカの戸惑いが、綾波の悲しみが、この暗闇に広がっている。

 逃げる場所なんか無い。
 どこにも。

misato

 人気の無い廊下を進んで辿り着いたのは、大きな扉の前。
 何か言おうとした加持を無視して、左手でそれを開ける。

 暗い部屋にさし込む光、伸びるあたし達の影。
 部屋の中心に机。その向こうに座る人影。
 モニタからの照り返しで浮き上がる顔。
 机の上で組まれた手。白い髪。表情を見せないバイザー。
 キール・ローレンツ。
 ゼーレの首魁。

 あたしが、父さんの仇に決めた相手。

 部屋の中に踏み込む。
 無言で。

 右手を伸ばす、息をするように自然に。その先の拳銃の重さを意識せずに。
「私を殺す気かね」
 落ち着いた声。
 あたしはただ見つめている。
 そして加持が口を開く。あたしとこの男の両方を視界に収められる位置に回り込みながら。
「何故です?」
 その短い問いかけに平然と答える姿があたしを苛立たせる。
「何がだね」
「なぜ、警備も何も無しにいたんです?」
 軽薄そうな笑いを貼り付けたままの加持。
「気になるかね、今更」
「どうにも疑り深くなっていましてね。まあ、職業病です」
 肩をすくめ言う間も、その手の銃の狙いは揺るがない。
「われわれを止めたい者も居るだろうと思ってな」
「それでわざわざ警護を止めたんですか?」
 わざとらしく驚いて加持か答えた。
「ああ。放漫は悪だからな……結局の所」
 腕を組んで、背もたれに体重を預けて、言う。

 ふざけんじゃ無いわよ。あんた達、何人殺したと思ってんのよ。
 セカンドインパクトを起こしたのが、放漫以外のなんだって言うのよ。

 そう喚きたかった。出来なかった。
 もう、あたしはそういう単純な言い分を信じることは出来ないから。
 あの子達を見捨ててここに来たあたしに、言えることじゃないから。

 それでも、あたしは、父さんから逃げたくて、あたしの何かに決着をつけたい。
 だから、右手に力を込め、

rei

 聞こえる風のような音は、量産機の壊れた心の音。
 ほんの小さな光は、弐号機の中のアダムの欠片の光。
 私が今浮いているのは、あの人、リリスの心の海。

 遠くから響くのは、碇君とアスカの声。
 私を悲しくする声。
 苦しんでいるのも、戸惑っているのも見たくないのに。
 何がいけなかったの?

 私はこんなことを望みはしなかったのに。
 ただ碇君に苦しんで欲しくなかったのに。
 アスカにひどいことが起きて欲しくなかったのに。
 でも、駄目だった。
 碇君に置いて行かれたくなかったのに。
 アスカには皆と生きていて欲しかったのに。

 辛い。
 碇君が自分を責めるのは。
 悔しい。
 アスカがあんなものを見てしまったのは。

 本当に?

 私の中からわきあがる疑問。
 自分を見てくれない碇君を苦しめたいと思わなかった?
 彼が気にしたアスカが傷つけば良いと思わなかった?
 隠し事をするのは辛いから、知ってしまえば良いと思わなかった?

 そうかもしれない。
 私は、そういう、酷い事を思ったのかも知れない。
 そう、醜いのね。私の心は。
 ……嫌われるのも、拒絶されるのも当たり前。

 人形の外見と、汚い心と。
 誰も、受け入れなくて当然。
 そう思う。

 独りきりになりたい。

 ここではもう叶わない願い。
 ここでは完全なA.T.フィールドは作れない。
 想像する。
 このまま三人の、拒絶したままの永遠。
 暗闇の中、もう逢う事も出来ずに、それでも繋がったままの時間。
 互いの苦しみと、憎しみ、そして悲しさに支配される時の止まった空間。
 それは、絶望。
 わかりあえる事の無い世界。

 好きと言う言葉の行き先を無くした世界。
 これから私が生きる世界。

 涙が流れた。

rei+ yui

「そんな所で生きる為に生まれたの?あなたは」
―突然かけられた声。何時の間にか繋がっていた新しい心。
―わたしに似た姿を、見る。
「……碇、ユイ」
―そう呟いていた。
―久しぶりに呼ばれた自分の名前がくすぐったい。
「答えてくれない?」
―私を見る黒い眼。
―赤い眼がわたしを見返している。
「何?」
―小さく言う。
―可愛そうなほどに震える声。
「ここで腐っていくためにあなたは生まれたの?」
―伝わってくる温かさ。何この感じ?
―そっと触れてくる心を感じる。
「違う」
―違うと思う。私は死ぬために、消えるために、何もできないままにいなくなる為にいるのではないと思う。
―戸惑いと不安に震えているこの子。シンジとは違う子供。
「なら、何故何もかも捨てようとするの?」
―伸ばされた手がわたしに触れる。
―青い髪を撫でる。
「……それは、」
「苦しいから?拒まれるのが嫌だから?それとも独りで自分をかわいそうだと思いこんで泣いているのが楽だから?」
―掛けられる厳しい言葉。でも温かい心。
―そっと微笑む。
「そう、そうかもしれない」
「それで、良いの?あなたは」
―下を向いて言った私に重ねられる問いかけ。
―迷いが伝わってくる。ほんの小さな子供の心。
「嫌。でもどうすれば良いのか判らない」
―私には何も無いもの。
―どうして嫌われると決め付けるの?
「怖いのね。人の心が。自分を見る他人の心が」
「それだけじゃない」
―口篭もる。
―迷っているこの子。唇を噛んでそれから言う。
「……酷い事考えるの。判るでしょう?繋がっているもの」
―私の心は醜い。
―暗い所にはまり込んでいこうとしている。
「それは、人だから」
―思いもよらない言葉。
―抱きしめる。そして言う。
「誰でもそうなのよ。皆自分の心が思いどうりに行かなくて苦しむの」
―嘘。
―本当よ。
「納得できない?」
―だって、そんな。
―背に回していた手をほどき、言う。
「なら、いきなさい」
―押し出される。
―驚いている様子を見る、
「あの子の所に。わたしでは無くあなたが」
―遠くなっていく、この人が。
―少し寂しく思いながら見送る。

「あの子達の事を好きなあなたが」

―どうして?あなたが行かないの?その方が碇君は、
―あの子はもうわたしを求めていないからよ。そして……あなたも、わたしにつながる人だから。


asuka

 あたしはもう何がなんだか分からなくなっていた。
 目の前の水面に他人の記憶が映っている。
 アタシの望むままに。
 ぼんやりとした光の中それを見つめ続ける。

 三人のチルドレン。アタシの知っているのとは違う戦いの経過。
 二度目だって言うわけ?今が。
 それもアイツ等だけが、レイとサードだけが今を繰り返していたって事?
 
 レイの生まれ。サードの預けられた家。一人で暮らしていた二人。
 司令に絆を求めていたレイ。アタシの知らないアタシやミサトに縋り付こうとするサード。
 アタシの嫌いな生き方。アタシがほんの少し前まで自分もそうだと知らなかった生き方。


 でも、そんな事より我慢できなかったのは、二人の記憶の中のアタシ。
 エヴァにしがみ付いて、それだけを自分の価値だと信じて、それを脅かす相手を否定するアタシ。

 サードに、レイに、酷いことをするアタシ。
 自分のプライドの為に。自分が一番であるために。自分を誰よりも認めてもらうために。
 他人の価値を自分のことをどれくらい見てくれるかで決める傲慢さ。
 酷い顔をしている。
 歪んでいると思う。
 でも、きっとそうなっていたはず。
 あれはアタシだから。間違い無くアタシのもう一つの姿だったから。

 壊れていくアタシの姿。エヴァが動かなくて、助けてくれなくて、誰もアタシを見てくれなくて、壊れていく。
 レイを、ミサトを、フィフスを殺した自分を、他人全てを怖がってアタシにすがろうとするサード……シンジ。
 その中でアタシはサードを呼び捨てにしていた。レイを名前で呼ばなかった。
 
 そして、弐号機。
 白い手に掴まれぶら下げられた、右手の裂けた、眼球のはみ出した、背骨の見えた、弐号機。
 ……死んじゃったのかな。
 この"アタシ"は。
 だから、アタシだけ二人と違うのかな。
 アタシだけ何も知らなくて、馬鹿みたい。
 勝手にレイの事恨んだり、サードとの事気にしたり、それでも会いたいと思ったり、心配して、追いかけて……ホントに馬鹿ね、アタシ。
 だけど、レイはどう思ったんだろう?
 前と違い過ぎるレイの態度。どうしてアタシのこと気にしたんだろう?
 ……同情?サードの代わり?
 そうなのかな?
 でもそれでも良いと前思ったの。
 それでも、全てが嘘じゃないと思ったから。アタシもレイをエヴァの代わりにしている所があったから。

 まさかこんな事を隠していたなんて思いもしなかったし。
 アタシだけが除け者にされてるなんて思わなかった。


 悔しくて、寂しくて、痛い。


 ……でも、
 この自虐的な気持ちはホントにアタシの物なのかな?
 ふと思う。
 もしかしたら、アイツ等のが広がっているのかも知れない。
 同じ事かもしれない。繋がってしまったんだから。
 もうどうしようもないのかも知れない。
 何もかも手遅れなのかもしれない。

 そう考えていた時、声が聞こえた。
 考えないようにしていた声が。
 エヴァのことを知ってしまったアタシが今は考えたく無くて、怖がっていた声が。

「アスカちゃん」

 ママの声。

asuka + kyouko

「やっぱり、ママもここに居たんだ」
―もうぼんやりとしか覚えていなかった顔。流れそうな涙。
―大きくなったこの子を見る。久しぶりに私の目で。
「ええ」
―ゆっくりとした、優しい声。耳を塞ぎたいのか、抱きつきたいのか解からない。
―全身に力を込めている。伝わってくる痛々しさ。
「当たり前よね。弐号機も一緒に来たんだから」
―声の震えを押さえきれない。どうせ伝わってしまうけど、それでも。
―アスカは我慢している。私に甘えたくなくて、私に触れてしまえば全てが嘘になりそうで。
「そうね」
―心苦しさが流れて来る。そうよね、全部解かっちゃうものね。
―邪魔をしたくは無いから、寂しいけれど短くしか言えない。
「……」
―何も言えなくなる。アタシは選んだから。今、決めたから。
―わたしも、アスカも、触れ合いたくて、でもそうできなくて……。
「じゃあ、アタシ行くから」
―だって、アイツ等ほっとけないもの。
―そうね。あなたの大事なお友達のことだもの。
「行ってらっしゃい。……気をつけて」
―ずっと聞きたかった、言葉。あたしを見てくれる、なにが有ってもあたしを許してくれる言葉。
―でも、それは今更。この子がこれから頼りにするには遅すぎる。

「さよなら、ママ」

―何とか、涙を出さずに言えた。
―さよなら、アスカちゃん。


makoto

 あの少年の姿をしたソレは、静かに周りを見渡していた。
 何もその中に無い表情をして。

「アレが、人なの……」
「だがMAGIはそう判断したんだ」
 シゲルが伊吹の呟きにそう答える。モニタから目を離さずに。

 何かを見付けたようにソレの動きが止まる。
 身をかがめ、目線の先に手を伸ばす。
 そこには、崩れた瓦礫と、
「先輩!?」
 その悲鳴のままに、足を埋めて倒れている赤木博士。
 カメラがそこを切り取り、拡大する。

 瓦礫の下からはみ出している、制服の腕。
 それを見て副司令が、名前を呼んだ。
「碇……」
 白い細く見える、けれどエヴァのそれよりも大きな指が、そっと触れた。
 後に残ったのは、袖の途中で中身を失った制服。
 一見なんの変わりもない赤木博士。身動き一つしていない。

 椅子を倒れる音がした。伊吹が立ちあがり、走り出す。
 そして俺は、
「シゲル、付いて行ってやってくれ」
 そう頼んだ。
「え、いや、しかし……」
 振り向き、モニタを見続ける細い眼に向かい言う。
「構いませんね?」
「ああ。好きにしたまえ。」
 副司令の言葉を聞き、シゲルを見る。
 しばらく迷っていたが、やがて走っていった。

「君は、ここに居るのかね」
 頷き答える。
「葛城さんに、頼まれましたから」
「そうかね」
 静かな声。余計なことだと思いながらも、聞く。
「副司令も、ですか?」
「ああ、あいつは勝手な男だからな」

 その言葉に、あえて過去形を使わない副司令に、何も言うべきことは無かった。


shinji

 突然の強い光。
 目が焼けるように痛い。
 慌てて目を閉じ、それでも目蓋を通してくる光を両腕で遮る。
 涙がこぼれそうになった。
 ……ほんとの目じゃないはずなのに……
 何故かそんな事を考えた。

 そんな余裕は聞こえて来た声に吹き飛ばされたけど。

「アダムを取りこんだからね。それがここでは光として直接感じられるのさ」

 カヲル君!?

misato

 だから、右手に力を込め、
「もう、良いかしら?」
 自分が何も感じない事に驚きながらあたしは言った。
「少し、待ちたまえ」
「時間稼ぎのつもり?」
 一歩近づいて、額に銃を押しつける。
「いや、だがこれの結果を見てからでもよかろう?」
 そして映し出される、ジオフロントと、
「エヴァ?……いいえこれは、リリス!?」
 仮面の外れた顔はあの少年の物だけど、それは本部の地下で十字架に磔になって居たモノだった。 
「ああ、そうだ。我々人類の希望だよ」
 歪んだ笑みが貼り付いている顔。
「……人類補完計画」
「閉塞した現状を打破する唯一の手段だ」
「ただの馴れ合いよ」
 吐き捨てるように言う。
「その意見の相違が無くなるのだ。決して分かり合うことの無い人が安寧を手に入れる唯一の方法でもある」

 もうその言葉を聞きたくなかった。
「私を殺すのは構わんが、人がどうなるかを見てか、」
 だから、引き金を引いた。

 何故か、あたしの耳に銃声は聞こえなかった。
 何の現実感も無かった。
 嬉しくも、無い。
 もう何も感じない。

 でも、あたしの手を、拳銃を落としたあたしの手を、加持が握った。
 その顔を、あたしの隣に居る加持の顔を見て、何かを言いかけた。

 だけど、その言葉は警報音にかき消された。

shinji + kaworu

「やあ、碇シンジ君」
―目を開くと本当にカヲル君が居た。
―シンジ君が驚いて見詰める。僕を。
「なんで、どうしてここに……」
―言葉が上手く出ない。
―伝わる動揺に流されないようにしながら言う。
「体はダミープラグに、心はこの外のL.C.L.の中に有ったからね。そして魂を形作る力は、今、アダムから分けられたんだよ。シンジ君」
―あの微笑。
―強張りが取れていく顔を見る。
「本当に、カヲル君なの?」
―やっと口を開いて聞いた言葉に、カヲル君が答える。
―少し嬉しくなって言う。
「そうだよ……もっとも、君と最初に出会った僕ではないけれどね」
「どうしてそれを、」
―言いかけて気付いた。
―そう、僕と君は今繋がっているからね。
「御免よ、覗き見するつもりは無かったのだけれどね」
―上目づかいに僕を見て、
―恥ずかしく思いながら謝った。
「いいよ、そんなの」
―慌てて答える僕。
―流れ込む心。
「有り難う。許してくれて嬉しいよ」
―僕を見る赤い瞳。
―鼓動が早くなったのは僕だろうか?それとも、シンジ君なのかな?
「優しいね、君は」
「そんな事無いよ!」
―かけられた言葉に反射的に叫んだ。
―穴の開くような気持ち……これが、寂しさ、か。
「僕は優しくなんか無い!嫌われるのが怖いだけなんだ。他人の言葉が怖いだけなんだ!」
―怖くて叫ぶ、
―僕も怖いのかい?
「でも、それは人を傷つけると君の心が痛むと言うことの裏返しでも有るのさ」
―いつか見捨てられるのが怖いんだ。だからカヲル君の言うことも、
―怖いんだね。僕の言葉も。
「でも、僕は君の事が好きだよ」
「!」
―でも、
―何時か居なくなるかもしれないね。たしかに。
「信じてはくれないのかい?」
―信じられるわけ無いよ。
―そうだろうね。人の心は変わるから。一度希望を見つけたはずの君が、再び迷っているようにね。それを知ってしまった君……それでも、
「それに僕は……カヲル君を殺して、」
「それは僕じゃない、君の記憶の中の人だよ」
―うつむいた僕に、
―そっと声をかける。
「でも僕は人殺しだ」
―小さな声で言う。
―僕は悲しさを知る。
「……シンジ君」
「それはホントの事だよ。僕がこの手で殺したんだ」
―もう誰にも許してなんかもらえない。
―自分にできる事を探す。それが、理由だから。
「僕が居る」
「え?」
「ぼくが君を許そう」
―笑みの消えた顔を見つめ続ける。息もしないで。
―僕のすべてを賭けて言う。
「僕は君を傷つけた。解かっていたのにね、僕が死を選べば君が悲しむ事は」
―そんな……
―それが僕の罪なのさ。
「でも、それはカヲル君の所為じゃない」
「いいや、僕は嫉妬したんだ」
―言葉を失った。
―あの時の君の言葉に。目の前の僕を見ずに、どこかの誰かを思う君に。
「それって……」
「まさか自分の事だとは思わなかったけどね」
―カヲル君の声から力が抜ける。
―肩をすくめる。僕と君の両方から緊張を取り除こうとして。
「間違った事もして、遠回りして、後悔する。それで良いのじゃないかな」
―自分を笑うかのような声。
―僕が言うのも変だけれど、それが人の生きていくと言う事なのかもしれないよ。
「……でも、きっと、それは心がある限り続くんだ」
「そうだね」
―振り絞るようにして言った。
―まだ、駄目なのかな?シンジ君。
「だったら、」
「消えてしまえば良い?それは僕と同じだよ?」
―遮られた言葉。
―少しだけ厳しい声を出した。
「……」
―なにも言えない。
―ただ僕の思いを伝える。せっかく今繋がっているのだから。
「僕は君に生きていて欲しい。……そしてこれはただの純粋な好意だけでもないのさ。解るだろう」
―解るよ。でも、
―そう、だからね、
「……僕に出来ると思うの?」
―こんな僕に。
―君だから頼むのさ。それに、
「君は独りではないからね」
―遠くから近づいてくる。
―あの二人が。
「ほら、行くといい。迎えてくれる人が居る。……帰るべき場所が有るのは善い事だよ。昔、僕が言った通りにね」
―泣きそうになる。嬉しいのか、悲しいのか解からない。
―それは僕も同じさ。
「うん」
―昇っていく、僕の体。
―沈んでいく、僕の体。


「じゃあ、またね。シンジ君」
「またね、カヲル君」


misato

 あたし達は、何かの冗談みたいに長い廊下を、全力で走っていた。
「まったく、自分が死んだら動き出す自爆装置なんて、そんなのいまどき有りぃ!?」
 警報音とカウントダウンにかき消されて、自分の声も聞こえやしない。
「……」
 加持がなんか答えたみたいだけど、さっぱりわかんなかった。
 とにかく、息を切らしながら走り続ける。
 横を走ってる加持が、あたしのほうを向いた。
「何よ、もう限界?」
 タバコ吸い過ぎだって、言ったでしょ。
 聞こえやしないだろうけど、そう叫んだ。

「……」

 真面目な顔で、口を動かすのを横目に見る。
 全力で走りながら、横向いて話すってなんか馬鹿みたいね、あんた。

「……」

 また何か言ったみたい、そのままあたしを見ている。
「危ないわよ、それ」
 ちゃんと前向きなさいよ。
 当たり前だけど聞こえてないんだろう、返事は無い。
 いや、言われたってわかんないけど。

 あたしのほうを見続けているから、何か聞かれたんだと思って、取り合えず首を縦に振った。

 そしたら加持は、笑って、前を向いた。
 そしてあたし達は、走り続ける。二人で。


asuka + rei +shinji

―そしてアタシ達は、
―碇君に追いついて、
―僕に向かって二人が言う。
「……見つけた」
「なにやってんのよ!アンタは!」
―そう言えたのは、レイの心の所為かもしれない。
―私が、そうして欲しいから?
―本当は僕を嫌いなのに?
「そんな事無いわよ」
―それは胸を張って言える。
―どうして?
―そんな疑問の答えを繋がった心が見つける前に、アスカが言った。
「なにが有っても、どんな状況でも、アタシはアタシだもの!」
―そうよ。アタシは飲みこまれたりなんかしないもの。
―何故そんなに自信が持てるの?
―僕は信じられない。自分も、そう言うアスカも。
「いい?アンタ達。これは一つになったわけじゃないのよ」
―不思議がっているレイと、怯えが消せない……コイツに、言う。
―私は私。そう、そうなのね。
―ただ聞いている僕。
「そうね、ほんの少し壁が破れただけ」
―レイが呟く、
―少し微笑んで。
―だけど僕は思う。
「でも、影響を受けてるのは確かだ」
―そうね。
―硬い碇君の心。
―きっとこれは今だけなんだ。僕は何時かまた嫌われるんだ……
「だからなによ?」
―言い放つ。
―そっけない言葉。でも、
―込められたのは、優しさ?
「そんなの何時だってそうじゃない」
―笑って言う。それにアンタ等がアタシと違うのがなんだってーのよ!繰り返しなんてアタシに関係無いもの。
―アスカ?
―関係無くなんか無い!僕は、
「何度でも言うけどね、アタシはアタシなの」
―遮り、言う。
―明るい顔、
―どうしてそんな風に僕を見られるのさ?
「アンタ達二人の知ってる誰かと似ていてもね」
―別人なのよ、所詮。
―でもアスカだわ。
―僕はどうしようもなくて言う。
「でも、僕のしたことは、僕の出来なかった事は、消えない」
―震えながらあたしを見詰め、
―自分の手を固く結んで碇君が言う。
―僕は罰を受けなきゃいけないと思う。
「そんなのアタシは知らないわよ」
―アタシは、今ここにいるのがアタシなんだから。
―強い心。
―眩しい表情。
「自分の事は、自分が何とかするしかないのね」
―レイが言う。
―本当は心は自分だけのものだから。
―人に許されても、意味なんか無いから?
「自分で自分を嫌っている間は、どうしようもないって事か」
―今にも消えそうな声。
―入り込んでくる、痛み。
―うつむいた僕に向かって、アスカが言う。
「だってアタシは、今ここにいるアタシはアンタ達が最初に有ったアタシと違うんだから」
―だから、その痛みは、アンタが自分で消しなさい。アタシがただ慰めたって、あたしに縋ったって消せやしないんだから。
―それは正しいこと、でも、
―綾波が言う。
「そうでもない」
―なにがよ?
―世界も、時間も、一つしかないもの。
―事実だけを口にしている感じ。
「だから、同じ人」
―そう言ってまた黙るレイ。
―アスカはアスカだもの。
―同じ事を言っているような気もする。でもなにか違う。
「だとしても、アタシはああならなかった」
―まあ、それはどうでも良いのよ。結局、ね。
―そうなの?
―でも、それは、僕が嫌われないのは、
「そう思えるのは、ここだから、今だからじゃないの?」
―同じよ。
―伝わるアスカの思い。
―それを感じて言う綾波。
「人の言葉や思いや心に影響されるのは何時でも同じ……そう言うこと?」
―そうよ。
―笑うアスカ。それを見て、少し嬉しくなる私。
―柔らかな雰囲気が広がった。
「ま、これはちょっとだけ極端だけどね」
「一寸じゃ無いわ」
―久しぶりに軽口をたたく。
―それに口を挟む。
―そして僕も、我慢できなくなった。
「……反則だよね。こう言うの」
―やっと小さく口の端だけで笑って、
―碇君が言う。
―そして僕にアスカが近づいて聞いてくる。
「なによ?文句有るってぇの?」
―コイツの鼻先に指を突きつけて、
―アスカが碇君を睨んで、
―それでも優しい声で言われた。
「今だけなんじゃないかな。こんな素直に言えるのは」
―そうかもしれないわね、
―でも、
―きっと、
「それでも、善い」
―レイが言う、
―笑いながら、
―僕とアスカを見詰めて。
「そうね。これは、今この時の本当の事だもの」
―アタシも笑い返す、
―嬉しく思いながら、
―僕と綾波を見ながら。
「そうなのかもしれない」
―まだ少し怯えている。
―だけど、それは仕方の無いこと。
―人と人は、何時までも何処までも完全には分かり合えないから。だから、言葉を使う。
「アタシは、別に嫌ってなんか無いわよ」
「私は碇君にそばにいて欲しい」
「僕は……人を好きになりたかったんだ。誰かにここに居てもいいって言って欲しかった」
―やっと、
―碇君も、
―笑えた。
「ようやくわかったの?、アンタ達!」
―眩しい光。
―私達は昇って行く。
―そして僕は話す。

「あのさ、頼みがあるんだ」
―解かってるわよ。
―ええ。知っているわ。
―ありがとう。


「じゃあ、行くわよ」
「ええ」
「うん、還ろう。僕達のいるべき所に」


fuyutsuki

 目の前をそれが、老人たちの意を受け、エヴァを、碇の息子を、レイを、碇を、望みすべてを食らったモノが通り過ぎていく。

 発令所の天井を抜け、ジオフロントに出た所で止まった。
 戸惑うように。

 体を丸めるようにして、苦しんでいる。
 その背中から突き出たのは、一本の腕。

 血で汚れたそれは、紫と青と赤色。装甲に似た形、けれど素体のような質感。

 自らを生み出すようにもがいている。

 もう片方の腕が、そして頭が見えた。

 兜のような顔。両目の更に横側に在る四つの目。額に生えた角の根元に更にもう一つの目。

「エヴァンゲリオン……」

 やがて全身が生まれ出る。
 曲がっていた背や、細すぎた手足が変わっていた。
 何処か優美さを持ったラインに。けれど逞しい物に。
 真に人とシンクロすべき者の姿に。
 ユイ君の理想とした姿に。

「未来は、子供たちに委ねられたか」
 それも善かろう。
 それこそが正しいのかもしれん。
asuka + rei +shinji

―まだアタシ達は繋がっていた。
―これも、エヴァの一つの形だから。人と人の掛け橋としての。
―ひとつになったエヴァの中で、僕達は繋がりながら立っている。

―目の前には、
―私達の出てきた人がいて、
―カヲル君がまだその中にいる。

―白いその顔を見詰める。
―目だけが赤い、何時かの私の姿と同じそれを。
―カヲル君と同じ顔を。

―で、このままだと逃げられちゃうかもしれないのよね?
―ええ、私達を取りこもうとするか、それともこのまま遠くに行こうとするか……
―どっちも、させる訳にいかないんだ。

―当然!またあんな所に引き摺りこまれるのなんか御免よ!
―でも、逃げても駄目。
―カヲル君を連れて行ってしまうから。

―だから、
―取り戻すの、
―僕達の手で。

―頼まれたものね。
―碇君に。
―カヲル君に。

―前に踏み出す。
―手を伸ばす。
―僕達に向かって振り上げられた腕を避ける。

―はん!やろうってぇの?
―あまり、傷つけないで。悪意があるわけじゃない。
―ただ他人の望みで動いているんだ。

―まったく!手間掛けさせるんじゃないっての。
―でも、あそこからあの人が自分で抜け出すのは無理。
―使徒としての思いが、使徒を連れていこうとする心が強いから。

―解かってるわよ。
―外からの力が必要。
―それを、僕が、僕達がやるんだ。

―下がって開いてしまった距離をまた詰める。
―回りこむ。背中側に。
―その白い背が、弾けた。

―とがった翼がアタシ達に向かって伸ばされる。
―フィールドは無駄。
―だから避けようとした。避けきれなかった。

―ちょっとだけ触れた腕から血が吹き出す。
―痛みを無視して動く。
―間合いを開けずに残りの翼をかわした。

―何とか本体に触れなきゃ!
―私達は見詰めながら動き続ける。
―隙を探して。七つの目で見詰める。

―避け続ける。
―沢山の傷を作りながら。
―どうしても、そうしたいから。アスカと綾波に迷惑をかけるけれど、僕の望みだから。希望だから。カヲル君に頼まれたから。僕達を、信じてくれたから。

―まあ、悪い気はしないわよ?
―迷惑なんかじゃない。
―そんな二人が嬉しい。

―にしても、しつこいわね、コイツ!逃げることなんて考えてもいないんじゃないの?
―多分、彼の所為……翼を避け、近づこうとしては遠ざかるのを繰り返しながら伝える。
―カヲル君が?

―なるほど、一応アイツも努力してるって事?
―きっと、そう。
―僕は、カヲル君に似た、けれど表情の無い顔を睨んだ。

―もうどれくらいこうしているのか判らなくなった頃、
―とうとうその瞬間を見付けた。
―焦りか、それとも他のなにかの理由かで、少しだけずれた翼と、その体の動き。

―アタシ達がそれを見逃すわけも無く、
―私達は懐に飛びこみ、
―右手を、僕達の右手を、その胸に突き立てた。

―痙攣が伝わる。
―それだけじゃない。
―掴まって来る感じ。

―そっと、
―手を握り、
―引き抜く。

―そしてアタシ達は視線を降ろす。
―私達の軽く握った手に。
―僕達はカヲル君を見る。

―飛びのく。
―あの人は、苦しんでいる。
―大きな白い体を震わせて。

―ここに引き止めていた心を抜き取られて、
―もう旅立とうとしている。翼をゆっくりと広げている。
―光が、ジオフロント中から集っていく。

―何処か遠くに目線を向けて、
―翼を一度だけ震わせて、
―消えてしまった。

―息を吐いて右手を見ると、
―私達を見上げて、
―僕の手の中で笑ってくれている。今度こそ、本当にカヲル君が笑っている。



yui + kyouko

―いってしまったわね。アレは。
―ええ。

―後はこの子達を孵すだけ。
―ええ。

―泣いているの?
―そうかもしれない。

―でも、いいじゃない。
―なに?

―独りじゃないもの、わたし達。ずっと。
―そうね……そう、いい事かもしれないわね。きっと。





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