REALIZE AGAIN エピローグ


 よく晴れた日の事。
 アスカは街中のオープンカフェのテーブルに一人で座っていた。
 雑誌を片手に、紅茶を飲む。
 遅れている待ち合わせの相手たちにいらつきながら。
 少しずつ戻り続けている季節が日差しを和らげていなければ、もう少し怒っていただろう。
 けれどこの日は、小春日和といってもいいぐらいの気温。
「のんびりするのも良いわよね。たまには」
 そう独り言を言うぐらいの余裕はある。今の所。

 そしてシンジがやってくる。
 高校の制服を着て。
 アスカが眉をしかめる。
「アンタね、もっとちゃんとした格好してきなさいよ。ホント馬鹿なんだから」
 そういきなり声を掛ける。
「えっと、変かな?」
 首を捻り、自分の服装を見て言うシンジ。
 更にあきれたアスカはもうなにも言い返さない。
 注文を取りに来たウエイターにその場を救われ、席につく。
 やがてシンジも紅茶をのカップを手にして、待つ。
 何となく二人は無言のまま。
 ふとアスカの読んでいた雑誌に気が付いたシンジが手を伸ばす。
「今日はファッション誌とかじゃないんだ?」
 アスカは黙ったまま見出しを指差す。
『ジオフロント封印継続』『第三新東京市への首都移転またも見送り』『復興の遅れは必然か?』
 まあ、それなりに真面目な、しかし新聞や政府発表に比べれば派手目のゴシック体が並んでいる。
「へぇ、そうなんだ」
 のんびりした声。
「なにがよ?」
 頬杖をついて聞くアスカ。
「いや、何となくだけど」
「はぁ?」
 はっきりしないシンジに聞き返す。
「うん、もう二年以上経つんだなって……」
「そりゃそうよ、大体アンタが背の高さでアタシを抜いたりしてるんだもの」
 ―それぐらいはかかるわよ、当然―
 そんな眼でシンジを睨む。頭半分ほど抜かれたのが気に入らないらしい。
「遅いね、綾波」
 その目線に少し怯えるようにして言う。
「仕方ないわよ、お見舞いなんだし」
 そう言ってすぐ、アスカは失敗に気付いた。
「え?……ああ、そっか」
 取り繕うとしているシンジ。
「……アンタ、まだ気にしてんの?」
 小さな声で聞くアスカに、目を伏せて、隠すことを諦めて答える。
「やっぱりね……父さんとちゃんと話せなかった、話そうとしなかったから」
 首を横に振って、それをも振り払おうとする。
「まあ、それは僕の所為だけど」
 口の端だけを歪めて言う。
「アンタねぇ、そんな顔いつまでもしてんじゃないわよ」
「心配してくれるの?」
 驚いたように聞くシンジ。
「馬鹿、レイが気にするでしょ」
「……うん、そうだね。有り難う」
 そう言って笑うシンジ。
 黙りこむアスカ。少し不満そうに。

 そしてレイがやってくる。
 高校の制服を着て。
「あんた等、馬鹿にしてんじゃないの?」
「何?」
「なんでレイまで制服なのよ?」
 テーブルの上に身を乗り出し、レイを指差して言うアスカ。
「仕方ないよ、綾波はお見舞いだったんだし」
「そんなの関係無いでしょ!」
 だいぶ声の大きくなったアスカに構わずレイは答える。
「できるだけちゃんとした服装の方が善い」
「誰よ、そんな事言ったのは」
 レイは、呼ぼうとして出来なくて、口篭もり、
「ぉか……赤木博士」
 結局いつもの様にそう言った。
「最初に言われたらしいよ」
「アンタ、何着て行ったのよ?」
 どんな非常識な格好してたのかと思い聞くアスカと、赤くなり黙りこむレイ。
 ごまかすように鞄を開き、何か探している。
「何してんの?」
「写真」
「写真?誰のよ?」
 答えずシンジにそれを渡す。
「あ!」

 ミサトが写っていた。
 何処かアジアの高山地帯で、現地の人に囲まれて、ミサトがいた。
 隣には、と言うか腕を組んでいるのは加持。恐らくそれが精一杯だったのだろう黒い背広を着ている。
 ミサトは、もちろんウエディングドレスを着ていた。
 教会ではないけれど、笑っている。二人で。

「よかった」
 そう呟いたシンジの横に回ってきたアスカが叫ぶ。
「あぁー!!加持さん!?」
 耳元で大声を出され、目を回しているシンジ。
 写真を落としていないだけましか。
 アスカは何でミサトなんかと……騙されてるのよ加持さん……だのなんだの言い続けている。
 レイはようやく落ち着いたシンジが、またその写真を見つめ出したのにほんの少し頬を膨らませた。
 何時の間にか確保していたカップを置き、シンジの手からそれを取り上げる。
「後で返しておかなければいけないから」
 一応そう口にする。
 ―言い訳をするぐらいならやらなきゃ良いのよ―
 そうアスカは思うが、シンジは全く気付いていない。
「返すって?」
「……赤木博士にとどいたの」
「それで、勝手に持って着たの?」
「ええ。返事をしなくなったから」
 なんでアンタが、とか、結局私が最後の、とか、こうなったらMAGIの総力をあげて、とか言っていて怖かった。そうレイは思った。
 ……探すのが写真の二人なのか、それとも自分のお相手なのかは決して聞いては駄目。
 危ないもの。
 そんな事を考えている所に、
「早く返しにいかないと」
 慌てて言うシンジ。
「大丈夫。書置きしてきた」
 それを横目で見てアスカが聞いた。
「なんてよ?」
『借ります』
「それだけ?」
「ええ」
 余計駄目だよ、綾波ぃ。
 そう思いつつも続けて聞いた言葉に納得する。
「平気。今日はリハビリの日だから」
「ああ、マヤと特訓?」
「そう、だから今日一日ぐらいはこの写真のことを思い出す余裕はないと思う」
 マヤにドグマから助け出されて以来、リツコは後輩にあまり強く出る事が出来ないでいる。たとえそれが、少々過酷なリハビリメニューを毎週押し付けられる事でも。

 そしてカヲルがやってくる。
 もちろん高校の制服を着て。
「アンタねぇー」
「どうしたんだい、彼女は?」
 のんきに聞いている場合では無かった。
「アタシを馬鹿にしているのね。そうなのね」
 もう駄目なの。
 何処か間違った思考を暴走させて、殴りかかる。

 もちろん、店を追い出された。

「いや、酷い目にあったねぇ」
「……大丈夫?」
 シンジの声が小さくなるのも無理は無い。
 かなり立派なこぶが出来ていたから。
「こぶが出来るのは平気な印」
 レイが半端な知識を披露する。
「はっ!自業自得よ!」
 アスカはまだ少し怒っている。
「……大体、テスト休みに遊びに出かけるってのに、何でアタシ以外みんな制服着てくるのよ」
 暫くかかりそうだ。まあ、いつまでも怒ってはいないだろう。きっと。
 また誰かが余計なことをしなければ。


 シンジはふと立ち止まった。
 三人が振りかえってシンジを見る。
「どうしたのよ?」
 アスカが聞く。
「うん」
 考えこむような仕草。
「……何よ?」
 つま先でアスファルトをたたきながらアスカが聞く。右手は拳を作りかけている。

 そして、シンジが言う。
「思ったんだ」
「何?」
 アスカの前にレイが聞いた。
「みんなに逢えて、よかった」
 明るい、小春日和の、よく晴れた日に。
 シンジは笑って言った。
 優しく風が吹いた。
 カヲルは静かに微笑んでいる。
 アスカは顔を赤くしている。
 レイは、そっとシンジに一歩近づいた。


 もうすぐ、季節が完全にこの街に戻ってくる。

 けれど、それより先に、友人達が戻ってくるだろう。
 そばかすの消えた少女がお弁当を作って、その娘にジャージを禁止された少年が不貞腐れて、もう一人の少年がそんな二人の写真をこっそり取って、戻ってくるだろう。

 きっと。

 その頃には、アスカは名前で呼べる相手を増やしているだろう。
 その頃には、レイは自分の検査と養母の見舞いに通う必要がなくなっているだろう。
 その頃には、シンジは夜中の悪夢を見なくなるだろう。
 その頃には、カヲルは国連による聞き取りと拘束から開放されるだろう。


 きっと、全てが、良くなるだろう。







THE END
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