あと一歩の、距離

                    written by PROF.K



・p.m.21:33、第3新東京市市内のコンビニ


「綾波?」
 シンジは思わず声を掛けた。

「……碇くん」
 特徴的な空色のショートカットが少し揺れた。

 今日に限って、シンクロ実験が夜の8時までかかってしまい。
 (当然、アスカはブチブチ言っていた)
 シンジはアスカの『食後のおやつが食べたぁーい攻撃』を受け
 こうして家から少し離れたこのコンビニまで
 アスカ指定の銘柄のおやつを買いに来ているのだ。

「…………なに?」
 レイが沈黙を破る。
 実は話し掛けたはいいが、アスカとは違ってレイでは話が続かないのだ。

「あっ、そのさ……綾波、いつもこんなところまで買いに来るの?」
「…ええ」
 抑揚のあまりない声で答えるレイ。

(……こ、困ったな。アスカは強引が怖いけど、綾波は沈黙が怖いや)

「綾波は何を買うの?」
「……これ」
 レイが見せたカゴの中身はサプリメントとミネラル・ウォーターだった。
「綾波―――ちゃんと食べてる?」

「…………いいの」
「ダメだよ!」
 シンジがレイの華奢な肩を掴む。
「……!」
 シンジの上げた大声に店内の人たちは振り向き、レイは身を硬くした。

「あ……ご、ごめん……でも……良くないと思うよ、それじゃ……」
 シンジが真っ赤になりながら、レイの肩から手を離す。
「………そう。―――――じゃあ。教えて、碇くん」
 心持ち、上目遣いでレイがシンジを見上げる。
「………うん」

 シンジとレイは連れ立って、幾つかの食品を選ぶ。


(……綾波と居ると、やっぱり落ち着くな)

「…………くん?」
「……かりくん」

(……あ、いい匂い……そう、髪の毛の……えっ!?)

「…碇くん?」
 真横にレイの顔があった。
 ショート・カットがほとんどシンジの顔に触れる距離だ。

「え…… なに、綾波?」
 かなりうわずった声だが、レイは気にしていないように商品を見比べている。
「…これは、どちらが良いの?」
 バターとマーガリンだった。

「えっ、あー、えっとバターかな。ちょっと高いけど、料理にも使えるし……」
「…………そう」
 シンジが食生活に干渉し始めてからは、パンなどを食べるようになったらしいが、
 やはりシンジが言わないと、元のタブレットと水の生活になってしまうらしい。

「じゃあ、会計しようか」
「…ええ」
 レイはシンジに連れられ、レジへと向かった。

・p.m.21:50、コンビニ前


 第3新東京市の夜は比較的、静かだ。

「………じゃ、さよなら」
 レイはそう言って歩きだそうとする。

「あ! 待ってよ、綾波!」
「なに?」

 シンジは右手を軽く開き。―――力を込めて、握った。

「お、送ってくよ!」
 思わず声に力が入ってしまう。
「……そう」

 シンジはレイの荷物も持って、並んで歩き出した。
 (ちなみにシンジの荷物は、アスカのおやつとミサトのつまみだ)

・p.m.22:10 レイのマンション前


「……月が、綺麗だね」
 シンジが言う。まるで意識せずに自然と出たような言葉だった。

「……そうね」
 レイが珍しく、それに答える。

 2人の並んだ影が、月明かりで道に伸びている。

「月が、満ちていくわ」
 15日までにはまだ間がある。
 今は上弦の月、そこから段々、満月に近づく。
「そうだね」

 散文的だが、今の二人には充分に会話として成り立つ、途切れ途切れの言葉。

「―――綾波ってさ、月みたいだ」
「……そう」

「うん。見てると落ち着いて……それに、き、綺麗だしさ……」
「…そう」
 その声が、幾分、嬉しさを含んでたと感じたのは
 シンジの錯覚だっただろうか。

・p.m.22:12 402号室、玄関前



「――――――着いたわ」

「え…?」
 シンジは、言われて初めて気づいたようにドアを見た。

 無造作に積めこまれたダイレクト・メール。
 下のほうにあるものはグシャグシャで、色も薄れている。
 今、レイの家のドアを彩っているのは、機械的に印刷された冷たい色彩。

「あ……、ごめん。ぼーっとしてて……」
「………そう」

「荷物、部屋に入れようか?」
「――――もう遅いわ」
 言われてシンジは手元のデジタル時計に目を落とす。

  p.m.22:13

 家を出てきてから1時間以上経っている。

 レイと買い物をしている時には、全く時間を意識していなかった。
 それ程までに、シンジにとって心地よい時間だったのかもしれない。

「あ…失礼だよね。こんな時間に女の子の部屋に来るなんて……」
「………………」
 レイは心持ち、下を向いて黙っている。

「…………………………」
「…………………………」

 シンジとレイは見つめ合っている。

 あと一歩の距離を残して……






「………………」

「…………………」

「………」

「…………」


 Pi ri ri ri……






「……また、明日」

「ええ。…また、明日」



 Fin


 One more Final
     or Superfluity



 シンジは、あと一歩の距離を踏み出した。

 足が、一歩分だけ絶対の領域を侵す。



 軽く、触れ合う。



「………………………………」
「………………委員会にはナイショだよ。ルール違反だからね」
「…………委員会って、何?
「ぎくっ☆」


 Pi ri ri ri……


『こらーっ、バカシンジっ、どこで油うってんのよ!!』

 ―――――これは、あくまで或る一つの可能性。



 Fin


Please Mail to PROF.K <xey@mfi.or.jp>



Writer's Postscript


綾波補完委員会サマに初めて投稿させていただきます。

PROF.Kという者です。

突然、競作で書いてしまいました。

レイとシンジの或る日常風景です。何が起こるわけでもありません。

Superfluity(蛇足)はあくまで僕の中だけの可能性です。

何が起こったのか、僕にこっそり教えてくれたら嬉しいです。

では、また。いずれ、いつか。お会いできますように……

list
Project
Top Page

Received Date: 99.3.15
Upload Date: 99.3.17
Last Modified: 99.
inserted by FC2 system