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     雪の降る街

                   written by Radical



その日は朝から雪だった。

ここ第三新東京市もうっすらと雪化粧に覆われている。

1年前のあの日、サードインパクトの際に起きた2度目の軌道傾斜変化により、

日本には再び四季が訪れるようになっていた。

そんな雪の商店街をシンジは一人歩いていた。


…寒いなぁ。寒さだけはどうしても慣れないや…。


崩壊した都市復興の工事は、12月に入ってから特に多くなり、あちらこちら

から激しい騒音が響いている。

その音に負けじと商店街のスピーカーからはクリスマスソングが流れている。

やがて1件のコンビニの前で立ち止まった。

入り口のガラスにはサンタとトナカイの絵が描かれている。

「そういえばもうすぐクリスマスかぁ…」

何とはなしに店に入っていった。

「あ、綾波…」

「碇君…」

店の中には彼の(非常に)よく知る蒼銀髪の少女が居た。

「綾波は…買い物?」

「…図書館へ行っていたから、夕食」

「ああ、夕ご飯か…ってお弁当?」

かごの中をさりげなく覗くと、サラダとサンドイッチ、缶ジュースが入っている。


「ええ」

「…寒いんだから、もう少しあったまるものの方がいいと思うよ」

「…そうかしら」

少し考えて缶ジュースを戻し、インスタントのコーンスープをかごに入れる。

…まあ、少しはましかな。あ、そうだ!

シンジは牛乳のパックを手にとり、レジへ向かった。


それぞれに会計を済ませ、店を出た。

「綾波、もう暗いし、送っていくよ」

少し照れながらもシンジが言った。

さすがに1年もすると人間少しは成長するものらしい。

「…お願いするわ」

心なしか、レイの頬も染まってみえる。

やがて雪の街を二人は歩き出した。

「…はい、これ」

シンジはコンビニの袋をレイに差し出した。

「…?」

「牛乳だよ。コーンスープを作るとき、お湯じゃなくて牛乳をあっためて作る

 とおいしいし、体があったまるんだ」

「…いいの?」

「いいよ。綾波にあげようと思って買ったんだから」

「…ありがとう」

素直に袋を受け取る。

「碇君は何も買わなくてよかったの?」

「ああ、僕はいいんだ。寒いのを我慢できなくて入っただけだから」

「ふふっ、そうなの」

少しおどけたシンジの態度に、レイは笑顔を見せる。

あ、笑った…。綾波もずいぶん笑うようになったなぁ。

この1年の間で、レイの表情は驚くほど豊かになった。

もっとも身近な者の前で、という条件はあるが。

この前なんか、アスカと口喧嘩までしていたからなぁ…

「…どうしたの、碇君?」

自分を見つめたまま黙っているシンジに、レイが声をかけた。

「え、あ、いや、綾波もずいぶん笑うようになったなって思ってさ」

「な、何を言うのよ」

照れたように慌てて顔を背ける。

シンジも赤くなった顔を冷ますように上を見上げる。

「…あ」

空からはまた雪が舞い降りてきた。

「また降ってきた…」

レイも空を見上げる。

どのくらいそうしていただろうか。

ぽつりとレイが呟いた。

「…きれいね…私…雪って、好き」

「…そう?僕は寒いのは苦手だけど…」

「…雪は全てを覆って同じ色にしてくれるもの」

雪はだんだんとその数を増し、さらに街を白く染めていく。

「…風邪ひいちゃうよ。もう帰ろう」

「…そうね」

二人はまたゆっくりと歩き出した。

「…それにしても、コンビニ弁当ばっかりじゃ駄目だと思うよ」

「…でも私、料理、できない」

「そうだ!今度ご飯作りにいってあげようか?」

「え!?」

「その時に簡単な料理ぐらいは教えて上げられると思うよ」

…碇君が料理を作ってくれる…私のために…私だけのために…

「…迷惑、かな?」

黙ってしまったレイに、不安そうにたずねる。

「そ、そんなことはないわ…」

「じゃあ、今度、都合のいい日を教えてよ。それなりに準備もあるから」

「わかったわ」

やがてレイのマンションが見えてきた。

「ここでいいわ」

「うん。それじゃあ、また」

「い、碇君」

「なに?」

「都合は…いつでもいいわ。明日でも」

一瞬何のことかわからないシンジだが、すぐさっきの会話を思い出す。

レイの顔はさっきより赤味を増している。

つられてシンジも赤くなる。

「ああ、明日は午後なら僕も予定はないし…じゃあ、食べたいもの考えておい

 てよ。午後一緒に買い物に行こう…それでいいかな」

「…ええ、かまわないわ」

…碇君と買い物…一緒に買い物…

再びトリップしかけるレイを促すようにシンジが声をかける。

「それじゃあ、明日。迎えに来るから」

「わかったわ」

すっかり暗くなった雪の街を、何度も振り返りながら帰っていくシンジをレイは

しばらく見つめていた。


相変わらず何もない部屋の中で、レイは簡素な食事を取っていた。

サンドイッチにサラダだけの食事などたいして時間はかからない。

食べ終わり、ごみを片づける。

小さなテーブルの上では小さなカップが湯気を上らせている。

孤独を具体化したような部屋の中をわずかながら暖かくしているそれを手にとり、

窓の外を見つめる。

…まだ降ってる…でも、あったかい…

シンジの言うとおり、牛乳を温めて作ったスープは、体だけでなく心まで温めて

くれるようだ。

スープを飲み終えると、その暖かさを逃がさないようにベッドで丸くなる。

…明日は碇君が迎えに来てくれる…一緒に買い物に連れていってくれる…食事

を作ってくれる…全て、私のために…

抱えた枕を一層強く抱きしめる。

…明日がこれほど待ち遠しいなんて、始めてかもしれない…

ひとしきりトリップしていたレイも、やがて寝息を立てはじめる。

窓の外では、まだ雪が降り続いていた。





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mal委員長のコメント:
Radicalさんから、ほのぼのした12月の一風景を描いた競作投稿作品を
いただきました! ちょっとだけ(?)女の子っぽくなったレイと、さすがに
料理には積極的な(^^;シンジとのやりとりが暖かいです(え?積極的なのはレイにも?(^^;)
誰かに明日会える・・・とっても待ちどうしい気持ち・・いいですねぇ(^^)
Radicalさんどうもありがとうございました!! UPが遅れて
しまって申し訳ないm(__)m これからも委員会ページをごひいきに!!

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Received Date: 1997.12.11
Upload Date: 97.12.21
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