紅い瞳







僕は、やっとの思いで彼女に追いついた。

「綾波!!」

僕は声にならない声で、かすれた声で、苦しい呼吸に負けないように彼女を呼んだ。
それ以上、何も言えないくらい僕の身体は酸素を欲しがっていた。なんども深呼吸
をするように肩で息をしていた。夕日が西の空を赤く染める時刻。

「・・・」

彼女がゆっくりと僕の方を振り向いた。その紅い瞳がまっすぐに僕を見つめる。
だが、そこには何もなかった。無だ。何も無い紅い瞳。
ゆっくりと風が僕等の間を通り過ぎ、彼女の前髪を揺らした。僕は何も言えず、
突然襲ってきた苦しみとも悲しみともつかないものに飲み込まれていった。

「・・・」

わかっていた。最初からわかっていたことだった。その悲しみはどこから来るのか。
その苦しみは何故生まれるのか。それは彼女の紅い瞳に何もないから。
僕が期待するものなど絶対に存在していないのをこの心で感じてしまったから。

「・・・」

僕はどうすることもできず、涙が流れてくることさえ止められなかった。
僕は泣いていた。苦しすぎた。僕には到底耐えられそうに無かった。
きっと僕はこのまま死んでしまうだろう。そう思った。

「・・・」

「・・・え・・・」

彼女の右手がゆっくりと上がり、僕に向かって差し出された。僕は呆然とその白い手
を見ていた。彼女の紅い瞳は僕を見つめ、僕の瞳は目の前に差し出された白い手を見
つめていた。彼女の紅い瞳には何も無い。

「・・・あ・・ん・・」

僕は衝動に任せて彼女の白い、柔らかな腕をつかむと力任せに引いた。彼女は右肩から
僕の胸に倒れ込むようにぶつかった。僕はそのまま彼女を逃がさないように抱きしめて
いた。

「・・・」

彼女はそれでもその紅い瞳に何も宿さずに僕を見上げていた。彼女の柔らかな匂いが
僕を包む。僕は泣きながら彼女を抱きしめていた。もうすぐ日が沈む時刻。

「・・・」

僕は何度も力を入れ直して彼女を抱きしめていた。彼女はそれでも僕にされるままに
じっとしていた。何もない紅い瞳がぼくを見上げている。

「・・・抵抗・・・しないんだ・・・」

「・・・」

「・・・いきなり・・・抱きしめたのに・・・」

「・・・」

僕は何の反応も示さない彼女を抱きしめながら泣いていた。氷の心。紅い瞳。白い肌。
彼女は紅い瞳で僕を見つめる。何も無い。何も感じて無い・・・きっと何も無い。

「・・・そんなこと・・しない・・・」

彼女が呟いた。僕は驚いて彼女の紅い瞳を見つめる。一番恐いもの、彼女の紅い瞳。
一番欲しいもの、彼女の紅い瞳。そして僕は見た。

「・・・」

何も無い紅い瞳から涙が一粒零れ落ちていた。




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written by shin.(1997.10.14) shin@cinderella.co.jp.
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