「・・・君は・・・君は・・・・・・」

シンジは続く言葉を口にするのをためらった。全身が震えだして止めようがなかっ
た。それでもシンジは全身の力と最後の精神力を使ってその言葉を絞り出した。

「・・・・・誰・・・なんだ・・・・」

シンジは俯いたまま黙った。繰り返す波の音だけが朽ちた木造のレストランの中を
漂っていた。2人の間の時間の流れは止まっていた。永遠と瞬間の狭間で2人は向
き合って立っていた。

「・・・綾波レイ・・・」

彼女の声にシンジは顔を上げた。シンジの黒い瞳が彼女の紅い瞳をとらえる。
純粋な瞳、そう、純粋無垢な紅い双眸。そこには何もない。シンジの求めるものは
何もなかった。シンジは自分の中の最後の光が消えたのを自覚した。

・・・そん・・・な・・・

「・・・だけど、あなたが求めてくれる綾波レイとは違うのかも知れない・・・」

シンジと彼女は見つめあったまま動かない。

・・・波の音、汐風、汐の香り。

「・・・もう・・・い・・・」

シンジはゆっくりと彼女に背を向けた。彼女はずっとシンジを見つめている。シン
ジがドアに向かって歩き出した時、彼女が瞬きをした。ドアに向かうシンジの背中
に彼女の声がかすかに届いた。


「・・・わたし・・・」



シンジは黙ったままゆっくりと出て行く。



「・・・わたしが話すと・・あなたが・・・」

・・・僕が・・・



シンジは建物を出た。もう波の音しか聞こえなかった。



「・・・あなたが・・・悲しそうな目を・・辛そうな目をするから・・・」



彼女は一人残された白い空間で、遠ざかるシンジの背中をじっと見つめていた。



「初めて・・・あなたと病院で話した時・・・そうだったから・・・」



彼女の紅い瞳から涙が一筋、白い頬を伝って落ちた。





・・・波の音、汐風、汐の香り。







彼女がつぶやいた・・・・・・微かな小さな声。



「・・・わたし・・・」



そして彼女は何もない紅い瞳を遠い海に向けた。


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