――何か大きなモノがいる。
 どこか遠くから自分を見つめている。
 そんな気がした。
 彼は周囲を見渡し、視線の主を探した。
 誰もいない。何もいない。
 ただ存在だけが感じ取れる。
 彼は息を吐き、出てきたら? と問いかけた。
 それは何も応えない。
 ただ彼を見つめている。
 何もせず、何もできずに見つめている。
 彼はもう一度息を吐き、頭を振った。
 応えないのなら放っておけばいい、と思った。
 気が向けば出てくるだろう。いずれにしても、どうなろうと知ったことではない。 
 巨大な何かは、いつまでも彼の側にただ存在していた。













少年期
2nd age

七瀬由秋















 とりあえず自分は幸運だったらしい。
 碇シンジは前向きにそう思うことにしていた。
 あのとき、自分は死んだと思った。まったく完全に彼は自分の命を諦めた。
 しかし、攻撃を受けた瞬間、うまい具合に初号機の腕がエントリープラグの納まる腹部を覆い隠す形になり、シンジは命をつないだのだ。
 とはいえ、強烈な衝撃にまたも意識を失い、そして次に気付いたときには、彼にとっての戦争は既に終わっていた。
 半壊したプラグの端末を手当たり次第に操作し、痛みの走る体に苦労しながら外に出てみると、廃墟のような趣を見せる街並に夜が明けかけていた。
 使徒はすでにその場を立ち去っており、どこか遠くで何かが破壊される音と、爆音が轟いていた。
 瓦礫の上に足を投げ出して座り込み、シンジはぼんやりと考えたものだ――税金の無駄遣いもいいところだな、などと。
 それから間もなくしてネルフの回収班が輸送用トレーラーとともに現れ、大破したエヴァ初号機と動けないシンジを収容した。
 不甲斐ない敗戦の当事者を、回収班の男たちは責めなかった。むしろ同情的ですらあったように思う。
 どうやら、シンクロ率1%以下の状態にも関わらず、無理やり出撃させられた事実を聞き知っているらしかった。
 シンジ自身が恐縮するような手厚い応急手当の後、彼はジオフロントの病院に担ぎ込まれた。
 診断によれば、主な負傷は左鎖骨の骨折に、肋骨五本に亀裂。
 そして、左眼の下に裂傷。深さは頬骨にまで達しており、後々まで痕が残るだろうと医師は気の毒そうにいった。もう一センチ上にずれていれば失明確実の負傷である。
 とはいえ、状況を考えれば立派な軽傷といえる。
 原型を留めない遺体で発見される可能性の方がはるかに大きかったはずだ。
 あのエヴァンゲリオンとかいう機体は、パイロットを極端に限定する機体だったが、造りそのものは良心的だったらしい。
 それとも自分の悪運が飛びぬけて強かったせいか。
 生まれてこの方運がいいなどと思ったことはないが、そう思う以外にない。
 あの使徒とかいう化け物はあれからどうなったのか、治療を受けたときに訊ねてみたが、これについては知らないと返された。
 ただ、戦闘はいまだ継続しているらしい、と、後になって看護婦の一人が教えてくれた。
 そのため、退院は少々長引きそうだ、とも。
 ジオフロント内部の病院は平穏そのもののようだが、他の一般的な公共施設、学校、住居などはいまなお戦闘の続いている地上部分に存在しているのだ。
 安全のためにも、しばらくは病院でおとなしくしてもらわなくてはならない――看護婦はそういった。





 一週間が瞬く間に過ぎた。
 退屈この上ない一週間だったが、唯一の救いは、入院三日目にネルフ本部に預けられていた彼の鞄が病院に届けられたことだ。
 おかげで参考書での予習は五科目すべて完了した。
 この頃になると、他の入院患者にも何人か知己ができて、互いに情報交換しあうことができた。
 それらで得た情報を総合すると、一週間たった今でも相変わらず戦闘は続いており、被害は甚大なものになっているという。
 入院患者は詳しいことは知らされておらず、シンジ自身、機密に関わりそうなところ――自分がエヴァに乗せられたことなど――は適当に端折って会話したのだが、シェルターにいて怪我をした人の話などを総合するに、状況が芳しくないのは明らかだった。
 そうしてさらに三日がたった頃、葛城ミサトが面会に訪れた。

「ごめんなさい、シンジ君」

 病室に入るなり頭を下げた彼女の表情には、十日前にはない憔悴の色が浮かんでいた。
 なるほど、苦戦しているというのは間違いないらしい――シンジはそう思い、彼女に同情した。

「大丈夫なんですか? こんな所へ来て。詳しくは知りませんけど、大変らしいじゃないですか」

 皮肉ではなく本心からいうと、

「大変ではあるけれど、今は小康状態ってところ。反撃の目途もついたし、心配いらないわ」

 そういって笑った彼女の顔は、やつれてはいても生気を失っていなかった。
 ダメモトで詳しい戦況を訊いて見ると、意外なほどあっさりと彼女は答えてくれた。
 それによると、初号機の敗北後、ネルフは国連軍に主導権を委ねつつ、噂通りに戦闘を継続しているらしい。
 使徒には通常兵器は効果がない。
 しかし、N2兵器による攻撃ならば、多少のダメージを与えられることが確認されている。
 国連軍は甚大な被害を払いつつも使徒を都市郊外の放棄区域に誘導、N2爆雷二基による殲滅作戦を展開した。
 これが、三日前のことである。
 この作戦によりさすがの使徒も甚大なダメージを受け、現在は爆心地で自己修復中。
 現在、ネルフはファースト・チルドレンの回復と、過日の事故で損傷したエヴァ零号機の復旧――エヴァ初号機よりもそちらの方がはるかに早いと判断された――を待って、再攻勢の準備を整えているという。
 国連軍はさらに大規模なN2兵器を用いた作戦計画を準備しているが、生態系に与える影響その他も鑑みて、とりあえずネルフの再起を待ちつつ状況を見ているらしい。

「いいんですか、そこまで教えていただいて。機密もあるでしょうに」

 かえってシンジの方が気遣うと、

「いいのよ。使徒とエヴァの存在は、この街では公然の秘密って奴でね。もともと隠し通せるようなものでもなし、このくらいなら構わないわ」

 だけどあまり人には言い触らさないでね――と、ミサトは付け加えた。
 その態度から察するに、今しがたの話はマスコミに報道管制が敷かれるていどには機密であるはずだった。
 ミサトなりのけじめなのだろう。
 あの戦闘、無策に近いネルフのおかげで負傷したシンジには、そのていどの情報は知る権利があると判断したのだ。
 さほど機密性の高い情報ではないというのもむろんあるだろうが。
 それに、と、ミサトは少し言いよどみ、

「シンジ君はまだ、書類の上ではサード・チルドレン――エヴァのパイロットということになっているの。多分、ことが落ち着いたら候補生という形に戻るはずだけど……」
「というと、この街から出るわけにはいかない?」
「――ええ。そうしてもらえるとありがたいわ。むろん、どうしても前の家へ戻りたいというなら、私たちには引き止めることはできないけれど……」

 ミサトは言葉を濁したが、シンジにはその裏に込められた意図が理解できた。
 起動できなかったとはいえ、エヴァという機密に直に触れたシンジは、ただそれだけでネルフにとって無視できない人間になっているのだ。
 仮に無理をいって元いた街に戻っても、監視がつくことは避けられないだろう。

「構いませんよ。もともと引っ越してくるつもりで来たわけですし。住む家の手配はやっていただけるんですよね?」
「え、ええ、それはもちろん。職員用の宿舎か、希望すればどこかに部屋を借りることもできるわ。ただ、総司令――お父さんと住むのは……」
「それこそご心配なく。父も忙しそうですし、もともと一緒に住もうなどとは考えていませんよ」

 できれば学校に近いアパートにでも部屋を一つ借りて欲しい、とシンジは希望し、ミサトはそれを了承した。
 その後、いくつかとりとめのない世間話をしてから、ミサトは「そろそろ帰らないといけないから」と椅子を立った。

「今回のことは、本当にごめんなさい。ネルフはできる限りの補償をさせてもらうわ」
「いえ、こちらこそ。お役に立てずに申し訳ありませんでした」

 シンジは体を起こし、頭を下げた。
 負傷は十日の間にかなり癒えていたが、急に体を動かしたせいか、肋骨が少し痛んだ。
 顔をしかめたシンジをミサトは優しく寝かせつけ、

「――私たちは、あなたの受けた傷の重みを忘れない。約束するわ」

 最後に、非の打ちようがないほど見事な敬礼をして、ミサトは病室を辞した。



 バックミラーに遠ざかる病院を視界の端に留めながら、ミサトは車を走らせていた。
 シンジにはああいったが、現実として戦況が厳しいことには変わりがない。
 レイの復帰は今しばらく時間がかかるし、零号機の復旧も同様だ。
 技術部はほとんど不眠不休で突貫工事に取りかかり、リツコは過労で倒れんばかりだった。
 ドイツ支部には、セカンド・チルドレンとエヴァ弐号機の早期召喚が命じられた。
 弐号機は素体部分以外の各種装甲・拘束具がいまだ未完成のため、訪日予定を一方的に早められたドイツ支部技術陣はパニックに陥っているという話だが、ミサトとしては同情する以外にできることはない。
 どっちにしても、かつてミサトがドイツ支部で知り合ったあの少女と、無傷のエヴァンゲリオンが手元に届くのはまだ先の話になる。
 変わったことがあるとすれば、ネルフ内における作戦部の位置付け、だろうか。
 先だっての初号機の敗北は、それまで冷徹無比の権謀家として畏れられていた碇ゲンドウのカリスマに亀裂を入れた。
 シンクロ率1%未満のパイロットの投入という、およそ常識を無視した行為が、「実戦では無能」「しょせんは政治屋」という認識を下部職員にまで広めてしまったのだ。
 碇ゲンドウは息子を疎んでいたのだ、という推測が出回るに至って、素朴な人間としての義憤も加わり、総司令の威厳は地に落ちた。
 今のところそれらの声は表立ったものではないが、それは単にいまだ戦闘継続中であるからというだけのことで、総司令に向けられる目つきは日々白さを増していた。
 一方、ゲンドウの指令に反抗の意思を示したミサトと、彼女を始めとする作戦部の地位は、反比例するかのように上昇している。
 初号機の敗北以後、ミサトは国連軍と積極的に協調姿勢を取り、使徒の進行阻止に縦横無尽の働きを見せた。
 放棄区域に誘い込んでN2爆撃、というプランも、原案はミサトが構想したものだ。
 協力を行うに当たり、ミサトは国連軍に対して低姿勢で臨み、判明している使徒のデータなども惜しみなく提供した。
 もともと、エヴァを除く通常戦力の欠如はネルフの弱点であり、ミサトにはこれを機に国連軍とのパイプを強化するという腹案もあったのだ。
 国連上層部は大口を叩きながら不甲斐なく敗北したネルフに冷笑的であったが、現場の将校の多くはミサトに友好的な態度を示してくれた。
 お偉方の唱える無理難題に現場が閉口しているのは、古今東西どの軍隊でも変わらない。
 ミサトが一貫して真摯そのものの態度を取ったこともあり、彼女の目論みは功を奏した。
 少なくとも現場レベルでは、国連軍とネルフ――というより、ネルフ作戦部――は手を取り合えることが確認できた。
 国連軍が第参新東京市街への影響を最小限に防ぐため、さらなるN2爆撃を見合わせているのもその成果の一つだ。
 作戦部の風評は否が応にも高まっていた。
 以前まで、ともすれば技術部の添え物として扱われていたのが、綺麗に逆転したのだ。
 ミサトがこの日、シンジの見舞いに来れたのも、それと無縁ではない。
 男も恐れ入るハードワークをこなしていたミサトを見かね、部下たちが休養を勧めてくれたのである。
 彼らは自分たちの女将軍のささやかな休息を確保するために、相当の無理をしてくれたらしい。
 ミサト自身はむしろ逆境に奮い立っており、休む必要を見出さなかったのだが、シンジのその後が気になっていたこともあって、この日午前中だけ本部を抜けてきたのだった。
 ――あと、四日。
 ミサトは心に呟いた。
 ――あと四日以内に、片を付ける。
 それだけの期間を置けば、レイと零号機がどうにか復帰できる(完治できる、ということではないが)。
 国連軍に三度目のN2爆撃を要請し、使徒を弱らせた後に零号機で近接戦闘を挑めば、何とかなる。
 いや、何とかして見せるのだ。
 あの少年、起動もできないのに出撃を強制されたあの少年の、従容と死をも受け入れた表情。
 末期の癌患者にもそうは見かけられないだろう、乾いた諦観。
 正直にいおう。ミサトはあの表情を見たとき、恐怖すら覚えたのだ。
 十四歳の少年をそこまで追い込んだものと、それをごく自然のこととして受け入れた少年自身に、ミサトは恐怖した。
 あんな恐怖は、もう二度と御免だ。
 たしかな誓約を胸に刻みながら、ミサトは彼女を待ちうける戦場に向けて車を走らせた。

 ――そして四日後、彼女の誓約は果たされた。




 碇シンジが病院を出たのは、ミサトの面会からさらに一週間が過ぎた日のことだった。
 その頃にはシンジの負傷も大方癒え、日常生活に支障がないていどには回復していた。
 テレビのニュースでは相変わらず使徒の存在は曖昧にぼかされていたが、例によって入院患者の噂から、どうにかネルフが勝利したらしいことを彼は知っていた。
 おかげで日常に復帰できるというわけだ。自分が怪我をした意味があったのかどうか、今となっては尚更に疑わしい気分だが、まあ、世の中意味のない怪我をしなかった人間がいないわけではない。
 荷物をまとめ、ナースセンターで世話になった看護婦たちに挨拶しようとしたとき、廊下で移動ベッドに乗せられた少女と擦れ違った。
 蒼銀の髪に紅の瞳が印象的な少女だった。
 彼女は何故だろうか、擦れ違いざまに彼の顔をじっと見つめていたようだが、すぐに診療室へ運ばれて行った。
 どこかで見たような顔だ、とシンジは思った。
 しかし、あのような印象的な髪と瞳なら、以前会っていれば忘れるはずもない。
 デジャ・ヴュという奴か、とシンジは解釈をすませると、それきり少女のことを忘れることにした。
 病院からあてがわれた住居までは、日向という名のネルフの職員が送り届けてくれた。
 ミサトの直属の部下らしい。

「葛城さん本人が来たがっていたんだけど」

 と、軍人に似合わぬ朴訥な青年といった印象の日向はすまなさそうにいった。

「使徒に勝てたのはいいものの、後始末が大変でね。葛城さんはそれにかかりっきりなんだ」

 あえて日向は単純化した説明をしたが、現実はもちろんそれほど単純なものではない。
 使徒と国連軍の激戦の舞台となり、都合四基のN2兵器が使用された結果――うち三基は郊外で使用されたとはいえ――、第参新東京の被害は甚大なものになった。
 兵装ビルの稼動率は一桁に落ち、いまだ未完成のビルの着工もさらに遅延することがほぼ確定している。
 国連軍の損害も、また大きい。
 約二週間の間に、三個師団に相当する戦力を、彼らは失っていた。
 被害の大半が最新鋭の兵器を装備した航空及び装甲部隊であったことを考えると、実質的な損失はさらに大きいといえる。
 国連軍極東方面司令部の幕僚たちは、その穴埋めにかかる時間と費用を試算して卒倒しかけたという。
 緒戦で惨敗した初号機はもちろん、N2兵器で弱体化していたとはいえ使徒に近接戦闘を挑んだ零号機も無傷ではない。
 もともと零号機は、凍結されていたところを無理やり実戦にもっていったために、細部の修復はかなり荒っぽいものだったらしい。
 すべて合わせた諸々の損害額は軽く兆に達し、国が一つ二つ破産しかねないと副司令などは頭を抱えている。
 唯一の救いは、一連の不手際にもかかわらずネルフを責める声が予想外に少なく、むしろ劣勢下で奮闘した作戦部の功績が内外で評価されていることだろう。
 その代わりというべきか、総司令個人の声望は下落の一途をたどっている。
 緒戦におけるエヴァ初号機の一方的な敗北の理由が、どこからかリークされたのだ。
 ソースは不明だが、どうも政治的な謀略が絡んでいるらしいと、諜報部に同期の知己がいる日向は耳にしていた。
 当の総司令は追加予算の獲得と弁明のために先日から国外へ出ているが、誰もそれを心細く思う者はいなかった。
 日向自身も例外ではない。
 もともとミサト直属の発令所スタッフという位置付けにあり、ある意味で彼女にもっとも近い腹心といえる日向は、作戦部長の声望の高まりを率直に喜び、シンジにも純粋な同情を抱いていた。
 公用車の後部座席にシンジを乗せ、ハンドルを握りながら日向は口を開いた。

「とりあえず、君の住居として第七区画のマンションに部屋を確保した。これはネルフが職員用に保有している官舎みたいなもので、君の場合は家賃光熱費の心配はいらない。それとは別に、銀行口座に――ああ、これは君の名義で作ってあるんだけど――、三百万が振り込まれている。当面の生活費はこれでまかなってくれ」
「何から何まで、事細かな配慮に心から感謝します」
「君はそれだけのことをしてくれたんだよ」

 そういった日向の目は、ミラー越しにシンジの顔――左眼の下に張られたガーゼに向けられていた。
 もっとも、シンジはシンジで、ただ突っ立って半殺しにされたことがどれだけのことだったのか、かなりの疑問を覚えていたが、さすがに口には出さない。

「転校の手続きもすませてある。市立第壱中学校の二年A組だよ。教科書は――」

 その後も日向はいくつかの連絡事項を伝え、その内容は概ねシンジの満足いくものだった。
 なるほど、ネルフは少なくとも吝嗇とは縁遠いらしい。
 こちらとしては、衣食住が確保されているならば、まったく問題はない。
 車が用意されたマンションにたどりついてから、最後に日向は二枚のメモ用紙をシンジに差し出した。

「一枚は僕の携帯の番号と住所、もう一枚は葛城さんのだよ。困ったことがあればいつでも連絡してくれ。できうる限り力になる」

 気持ちはありがたいですが、一、二度会っただけの人に相談を持ち掛けることはまずありませんよ――
 そんなことを考えながら、シンジは慎み深くそのメモを受け取った。






 その日の夕刻には前の家から荷物が届いた。
 随分手回しがいい、と思ったが、よくよく考えればシンジがこの街に来てからすでに二週間が経過している。
 彼は最初から転居してくるつもりでその手配をしていたから、むしろ引越会社はまる二週間足止めを食っていたことになる。
 荷物の整理と身の回りのものを買い揃えるのに三日が費やされた。
 学校に通い始めたのは四日目からだ。
 転校初日、おそらくは転校してきたタイミングのせいだろう、彼がエヴァのパイロットではないかという噂がたち、その確認のメールが授業中に送られてきた。
 少し考えてからシンジは返信した。

『その候補ではあったらしいよ』

 周囲を見まわし、メールの送信者らしい女子を見つけてから、おもむろに左頬のガーゼを剥がす。
 治りかけてはいても、一目で深手であったとわかる傷口があらわにされる。
 その女子のみならず、周囲の全員が顔を強張らせた。

『正規のパイロットが負傷していたらしくて、代役で一度だけ乗せられたんだ。あっさり惨敗してこうなったけど。で、才能なしってことでお役御免。このていどの傷で辞めさせられたのはむしろ幸運だったと思う』

 返答は来ず、替わりに痛々しいものを見る視線が返された。
 その後、噂を確認しようとする者はいなくなった。
 そうした事例を除けば、転校後の学校生活はまず無難に始まった。
 もともとシンジは交友関係の構築が不得手ではない。
 常識に乗っ取った当たり障りのない対応を心がけていれば、とりあえず友人には困らないことを彼は知っていた。
 そうして数日が経過した昼休み、特に親しくなったクラスメイト、相田ケンスケが昼食に誘ってくれた。

「よ、シンジ。飯食おうぜ」

 ケンスケは自他共に認めるミリタリーマニアで、しかも多少平均を逸している型のマニアだった。
 休み時間中に戦闘機のプラモデルを使って一人芝居をしていたこともある。休日には近くの山で一人軍事演習に明け暮れるのが趣味だとも公言していた。
 しかし、そうした趣味の面を除けば、むしろ頭のいい人間ではないかとシンジは評価していた。

「エヴァの話、また聞かせてくれよ」

 コンビニの袋からパンを出しながらシンジにせがむ。
 彼はクラスの中では唯一の例外で、シンジにパイロットとして見聞きしたことを何かと知りたがった。
 もちろん最初は遠慮していたようだが、当のシンジがまったくそのことを気にしていないのを見て取ると、本当に遠慮しなくなった。
 そうした見切りの早さ、思い切りのよさが、シンジは嫌いではない。

「こら、ケンスケ。シンジが困っとるで。少しは怪我人の気持ちを考えたらんかい」

 横合いから、ジャージ姿の少年が割って入る。
 鈴原トウジ。ケンスケを介して親しくなった友人だ。
 彼の妹は先だっての使徒戦で、シンジが一方的に敗北したすぐ側のシェルターにいたらしく、直接の戦闘には巻き込まれなかったものの、無残な姿になった初号機をちらりとだが目撃したらしい。
 その話を聞いていたせいだろうか、トウジはケンスケとは違い、シンジに同情的だった。

「別に構わないけど、僕が知ってることはもう全部話したと思うよ。なんてったって、僕は一度乗っただけでクビになったんだから」
「それでもいいっ。同じことのくり返しでもいいんだっ。俺の燃え立つ魂は情報を求めているっっ」
「ま、いいけどね」

 いいつつ、シンジは何とはなしに視線をそらし、窓際の机に座る少女の横顔を眺めた。
 ――綾波レイ。蒼銀の髪と真紅の瞳の少女。極端に口数が少なく、表情も変えないため、クラスで孤立しているという。
 昨日から登校してきたのだが、右腕に包帯、右眼に眼帯という物々しい出で立ちだ。
 シンジはミサトとリツコの会話で「レイ」という名前が出ていたこと、正規のパイロットが負傷しているので自分が呼び出されたという話を覚えていた。
 そして、病院で一度だけ擦れ違ったことも。
 もっとも、だからといって彼女に興味もなかったし、話しかけるつもりも毛頭ない。
 ただ、もしレイが本当にパイロットだったなら、エヴァの話は彼女に訊いた方がいいだろうな、と思っただけだ。

「やっぱさー、巨大ロボットって男の浪漫だと思うんだよ。シンジには悪いけど、やっぱり憧れるよ、俺」
「そんなにいいものじゃないと思うけどね。実際乗ってみて実感したけど、どうせならフェラーリの方が憧れるよ、僕は」
「夢がないぞ、シンジ! どうせならレオパルドやファントムに憧れろ!」
「――なにそれ?」
「あー、訊かんでええで、シンジ。どうせ戦車か何かの名前やろ」

 他愛のない会話をしながら昼食を取っている最中、レイが席を立ち、教室を出て行くのが視界の端に見えた。
 どうしたことか、彼女は教室を出る寸前、自分の顔をちらりと一瞥していったように見えた。

 


 放課後、鞄を手にして教室を出るとき、たまたまレイと一緒になった。
 シンジは特に興味もなく歩を進める。
 無視するつもりはないが、特に親しいわけでもない相手に会話を弾ませる理由も持たないだけだ。
 それでも一応、クラスメイトに対する礼儀として声はかけることにした。

「綾波さん、怪我は大丈夫? 病院にはまだ通ってるの?」
「…………」

 予想はしていたが、返事はなかった。
 別に気分を害しはしなかった。そういう少女だと、すでに聞いている。
 むろん、それ以上無理に話しかける必要も覚えなかったが。
 無言のままに廊下を歩いていると、驚いたことに今度は彼女から口を開いた。

「貴方はどうして、エヴァに心を閉ざすの?」

 シンジはわずかに驚き、彼女に視線を向けた。紅い瞳がじっと彼を見つめている。

「ロボット相手に心を開くも何もないと思うけど」

 僕はそれほど博愛主義者じゃないよ、と続けかけて、相手の目が思いもかけず強い光を持っていることに口を噤む。
 シンジは苦笑するような表情になり、

「――僕は誰にも心を閉ざさないよ。君がどう考えているかは知らないけれどね」

 探るような目で、レイの表情を観察する。人形を思わせる無機的な容貌。
 少々踏み込んだことをいっても他に漏れる心配はない、とシンジは判断した。

「同時に、僕は誰にも心を開かない。その点において、君の観察は正しいといえる」
「……いっていることが、矛盾しているわ」
「僕にとってはその論理は矛盾しない。主体となる僕自身の定義は変化しないから」
「……よく、わからない」
「ああ、僕もいっててよくわからない。思考は自由だけど、言葉の定義は有限だ。――忘れてもらっていいよ。むしろそうした方がお互いのためだ」

 笑っていった彼の言葉をどう解釈したのか、綾波レイはそれから何もいってこなくなった。




 警報が鳴ったのは、翌日の昼休みのことだった。
 いつものようにトウジとケンスケとつるんでいる最中、耳慣れないサイレンの音がスピーカーから流れ出したのだ。
 何事かと首を傾げるシンジに、ケンスケがいった。

「非常事態宣言が出たってさ」

 彼は素早くテレビ機能付きのビデオカメラを取り出し、その情報を確認していた。
 委員長の洞木ヒカリが誘導を始め、シンジはクラスメイトたちに混じってシェルターに避難した。
 その際、レイだけが一人群れから外れてどこかへ消えるのを、シンジは確認していた。
 シェルターに入るのは初めてだったので、実は第二次大戦時の防空壕じみたものを予想していたのだが、実物は意外なほど小奇麗なものだった。
 さすがにエアコン完備とは行かないが、日光その他が完全に遮断されているので案外涼しい。案内図で確認して見ると、食料や水の保管庫、発電設備も完備され、第参新東京が要塞都市として構想されたことを無言で物語っている。
 ただし、さすがにコンビニの類があるはずもない。
 シンジは、どれだけの間ここに隔離されることになるのだろう、かと考えた――先の使徒戦では、住民は二週間に渡る避難生活を強いられたはずだ。
 とりあえず、退屈を紛らわす手段は必須だろう。シンジは愛用のS−DATを鞄に入れて持ってきていた。
 ヘッドフォンを取り出して耳につけようとしたとき、ケンスケが声をひそめて語り掛けてきた。

「なあ、シンジ、トウジ。外に出てみないか?」
「アホかい。危険やろが」

 すかさず呆れてトウジが応える。

「だからだよ。死ぬ前に一度だけ、生でエヴァを見てみたいんだ! もしこのまま穴倉で死ぬなんて、虚しいと思わないか?」
「まったく思わん。触らぬ神に祟りなしや」

 概ねトウジに同意見だったので、シンジはうなずいて同意を示したが、ケンスケはしつこく食い下がった。

「――綾波ってさ、エヴァのパイロットなんだろ?」

 そのことにケンスケが気付いていたとはさすがに意外だったので、シンジは彼を見直した。

「ホンマか!?」
「声がデカい! 綾波があんだけ大きな怪我してたことと、今この場にいないことを考えればそう思うしかないじゃないか。シンジの話を聞くまで、まさか同級生にパイロットがいるとは信じられなかったけどさ」

 そこに気付いただけでも大したものだといえるだろう。やはりケンスケは頭がいい人間だな、とシンジは感心する。

「いいのか、トウジ、シンジ? あいつはあんなに怪我してるのに、俺たちを守って戦ってくれてるんだぞ。その戦いを見届けるのはせめてもの義務じゃないか?」
「それが彼女の選んだ生き方なんだろう」

 何気ない台詞は、思ったよりも冷たく、突き放すような響きを伴っていた。
 ケンスケとトウジは驚いたようにシンジを見やる。
 二人の表情にシンジは気付き、意図して口調を和らげた。

「それに、それなら尚更、大人しくしているのが彼女のためだとも思うけど。戦場に民間人がいたら、邪魔になるだけだよ」
「遠くから見守るだけだって! 俺だって命は大切にするさ」

 戦場に観覧席はない――どこで読んだ言葉だったか。
 シンジはつらつらと考えた。
 あそこにいるのは生者と死者だけだ。
 ケンスケはたしかに頭がいいが、そのことは知らないらしい。
 そのことを責めようとは思わなかった。シンジとて、経験しなければ実感できないことだったろう。
 それに――シンジは困ったように微笑みながら考えた――命の値段は人それぞれ。例え級友が自分の命にどんな値札をつけようが、知ったことではない。

「な、トウジ。頼むよ……」
「しょうがない奴やなぁ……」

 トウジは顔をしかめつつも、ケンスケの提案を受け入れる方向に傾きつつあるようだ。
 今時珍しい昔気質の彼は、同じクラスの女子が命がけで戦っているという話に、負い目のようなものを感じたらしい。
 シンジは気付かれないほど冷ややかな視線でその様子を一瞥すると、おもむろに口を開いた。

「やめといた方がいいよ。命を大切にするなんていうけど、それが選択できる状況だと思う? 流れ弾は誰にも手加減しないよ」

 正直馬鹿らしさを覚えつつ、やんわりとたしなめる。彼らに実感できるとは思わなかったが。

「堅いこというなよー」
「忠告だよ。まさかとは思うけど、大怪我したからといって僕が死に急いでいたと思ってるわけじゃないだろうね?」

 少々語調を強くすると、ケンスケは沈黙した。



 碇シンジがある意味予想通りの運命に出くわすのは、それからわずか十分後のことである。
 別のクラスメイトに話しかけられ、適当に世間話をしていたところ、いつの間にかケンスケもトウジも視界からいなくなっていることに気付いたのだ。

「あの二人がどこ行ったか知らない?」
「え? ああ、その……御手洗いに行くって」

 クラス委員長の洞木ヒカリは何故か怒ったように答えた。
 シンジは念のため、手近なトイレを覗いて見たが、そこにはサラリーマンらしき中年の男性がいただけである。

「……同級生に死人が出るのかぁ」

 彼らの弔辞を読むのは自分になるのかな、と思いつつ、シンジは一人肩をすくめた。
 さしあたり、制止はしたわけだし、友人としての義務は果たしたと思う。
 己が命にどんな値札をつけたか、本人たちが自覚できることはあるのだろうか。
 まあ、今際の際にでもできるかも知れない。少なくとも自分の場合はそうだったのだから。
 一応、誰かに知らせて置くのもよいかも知れない。
 シンジは鞄から携帯電話を取り出した。


 第四使徒来襲――
 その事実は、少なくとも中級以下の作戦部職員の士気を奮い立たせた。
 すでにして一体の使徒を屠っている、という自負が、彼らの自信と気概を支えている。
 それによってネルフ内での地位と声望を確立したという現実も、もちろんである。
 意気軒昂ともいうべき部下たちの様子はミサトにとって心地よいものだったが、作戦部長たる身としてはただ発奮しているばかりでもいられない。
 今のネルフの実情は満身創痍に近いのだ。
 実際、先の第三使徒戦以来、不眠不休のハードワークが続いている技術部などは、第四使徒の来襲に対して卒倒寸前の表情を浮かべている者が少なくない。
 文人肌の副司令からして、頭痛を堪える表情であった。万全とはいいがたい状態の零号機とファースト・チルドレンでは苦戦は免れないし、つまりそれは第参新東京市の被害が拡大することを示している。
 兵装ビルの稼動率が理想値に達するのはいつのことになるやら、もはや真面目に試算する気も冬月はなくなっていた。
 もっとも頭を痛めるべき碇ゲンドウは、先日からずっと国外を飛び回っており、今も発令所にその姿はない。
 いなくて清々する、とまでは誰もいわなかったが、心細い表情をする者が皆無だったのもまた事実であった。

「レイ、作戦を説明するわ」

 いつも通り、日向、青葉、マヤのオペレーター三人組の背後に立ちながら、ミサトは口を開いた。

「零号機で使徒に肉弾戦を挑むのは極力避けて。間合いを取りつつATフィールドを中和、パレットガンでダメージを積み重ねて。いいわね?」
『……了解』

 モニタの中からレイは無表情にそう答える。シンジとはまた違った意味で、彼女にも恐慌や恐怖の色はない。命令にのみ忠実な、兵士としての理想に近い性質ともいえる。
 しかし、それはそれで、こちらの命令の趣旨がちゃんと伝わっているかわかりにくいというのも事実であった。
 ミサトが肉弾戦を禁止したのは、まったくもってやむを得ざる消極的理由からである。負傷はあらかた癒えているとはいえ、レイも決して完治したわけでもないのだ。強烈な衝撃を与えられれば、くっつきかけた肋骨がまた折れかねないと主治医は警告していた。
 零号機自体、プロトタイプという位置付けから、あまり実戦的な仕様にはなっておらず、装甲にいくつかの脆弱な部分を含んでいる。さらに付け加えるなら、先だっての第三使徒戦で負った損傷すら満足に修復できていない。
 発令所メインモニタに映る第四使徒は、例によって常軌を逸した姿形をしていた。シルエットだけなら、足のないイカか、さもなくばプラナリアのような形――ということもできるかも知れない。どういう生態で、どんな攻撃をしてくるかはまったくの不明。ミサトは国連軍の無人機に威力偵察を依頼したが、国連軍司令部は「該当戦力なし」という理由でそれを拒絶した。先に三個師団を失った衝撃がよほど効いているらしい。
 使徒に敗れれば戦力温存も何もないはずだが、これ以上の損害を出したくないという考え方も理解できる。実際、国連軍の大損害の理由は、まず初号機が破れたからであって、その点強く出ることもできないのだった。
 結局、諸々の悪条件から、ミサトとしては消極的な命令に徹せざるを得なかったのだが、だからといって彼女は敗北するとも思っていない。
 部下たちの熱気が感染したわけではないが、戦力が少ないなら少ないでやって見せようではないかと奮い立っている。このあたりのプラス思考が、葛城ミサトをして作戦部長に就任した大きな理由であった。

「シンクロ率38.98%。パイロットの心拍・血圧その他のコンディションも平均値に納まっています」
「運用可能な兵装ビル、マップに出します」

 オペレーターたちも忙しなく端末を操作している中、不意に場違いとも思える電話の呼び出し音が響いた。

「……もう、こんなときにっ」

 ミサトは苛立たしげに呟きつつ、懐から自分の携帯電話を取り出す。
 無視すべきかとも思ったが、作戦部長の携帯電話の番号を知る者は限られており、それらはいずれも決して無下にできる相手ではない。
 睨みつけるように着信画面を確認したその眼が、驚いたように見開かれた。
 慌てて通話ボタンを押し、耳に当てる。

「――もしもし、シンジ君?」

 周囲を気遣ってか小声だが、側にいたリツコや日向たちが、意外な名前にぴくりと反応した。

『お忙しいところすいません。一つお知らせしておきたいことが』

 相変わらず呑気ともいえる落ち着いた声で、シンジはいってきた。

『子供が二人、外に出ました』

 単刀直入な要約は、そうであるがゆえにミサトの反応を一瞬遅らせた。

「……どういうこと?」
『僕の同級生、相田ケンスケと鈴原トウジの二名が、シェルターから外に出たようです』
「どうして!」
『相田ケンスケ曰く、一度でいいから生でエヴァを見てみたかったそうです。鈴原トウジはそれの付き添いですね』
「馬鹿……っっ!」

 顔も知れぬ中学生を、思わずミサトは罵った。

『まったく同感です。本人たちが生き残ったら是非言い聞かせてやって下さい』

 相変わらず他人事のように語るシンジの口調に、ミサトは我に返った。

「二人が外に出たのはいつ?」
『つい先ほど。長くても十分以内でしょう』
「連れ戻せる?」
『努力して見ます』

 熱意のない返答に、ミサトは気力が萎えるのを感じた。
 件の馬鹿な中学生二名がシンジとどれほど親しいのかは知らないが、彼がさほど友人の身の上を案じていないのは明らかだった。あいつら煙草を吸ってるんですよ、というのと同じような調子といえる。
 何と気楽な――
 そう思いかけて、ミサトは思い直した。それは戦慄にも似た感覚だった。
 つい先日、使徒との戦いで文字通り死ぬような目にあった碇シンジが、同級生の愚行の意味を把握できないはずがない。
 その上で彼は、まったく平易に同級生たちの命に値札をつけている。
 生死の概念が曖昧だから?
 いや、まったくその逆。
 命の値段を骨身に染みて知っているからこそできる芸当だ。

「――教えてくれてありがとう。何とか助かるよう手を尽くすわ」

 かろうじてそういって、ミサトは電話を切った。



 沈黙した携帯電話をポケットに納めながら、シンジはため息をついた。
 今しがたのミサトの言葉についてつらつらと考察する。
 手を尽くす、とミサトはいってくれたが、それがどこまであてになることか。
 彼女本来の気質は別として、戦場に迷い込んだ民間人の保護に熱心な軍隊の事例はあまり聞いたことがない。
 逆に、誤射だの誤爆だのという事例は大いに聞き覚えがある。
 いざ戦端の開かれた戦場に――それも常軌を逸した戦場に――、ネルフの職員を派遣して、ケンスケたちを取り押さえてくれるとは、あまり思えない。
 さらにいえば、あの使徒との戦いには人類の存亡がかかっているともいう。冗談のような話だがネルフの主張を素直に受け取ればそうなる。全人類の命と中学生二人の命、天秤にかける意味すらもないだろう。
 とりあえず自分がすべきことは二つだな、とシンジは結論した。
 さしあたり、自分の力の及ぶ範囲において二人を連れ戻すよう試みること。
 そしてもう一つ。
 彼らの葬式で読むことになるだろう、気の利いた弔辞の文句を考えることだった。


 

続劇


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