碇シンジ。2001年六月六日生まれ。十四歳。
 三歳で母と死別、父方の伯父の家に引き取られる。
 以後、一時はいじめの対象となったこともあるにせよ、概ね平穏な環境で育っている。
 養父母との関係は良好。聞き分けがよく勉強もできる子供として、それなりに可愛がられていたようだ。正式に養子縁組することも検討されたようだが、それと明言されたことはない。

(備考:2013年九月・担任教師による家庭訪問に際しての養母のコメント

「はい、とても礼儀正しくておとなしい、いい子です。うちに来たばかりの頃は少々引っ込み思案だったものですけどね。いつからか次第に打ち解けてくれたようで。――ただ、時折、他人行儀が抜けてないんじゃないか、とも思えることがあるんですよ。私たち夫婦に甘えてもくれるし頼ってもくれている、けれど実はそれすらも演技であるかのような気がして……。すいません、こんなことを考えること自体、私たちがまだ親になりきれてない証明なんでしょうね。あの子には内緒にしといて下さい」)

 中学一年次三学期・期末試験の平均点は93.00点(学年三位)、ただし数学については100点を記録している。
 年間通算での総合平均点は92.08点(学年四位)。傾向としては理数系。
 学校での交友関係に問題なし。学年でも上位を争う学力で一目置かれつつ、少々素行に問題のある生徒とも気兼ねなく付き合えるという、申し分のない交友関係を築いている。この点、まさに非の打ち所がない生徒として評価される一方、逆に悪い影響を受けるのではないかとも危惧されていた。

(関連資料:2014年十二月実施・クラス内アンケート

 設問5 「クラスの中でもっとも仲がいい友達を、男女それぞれ三人まで、計六人挙げて下さい」
 設問6 「その六人を選んだ理由は何ですか?」

 解答者四十二名中、三十八名が設問5において碇シンジの名を記載。
 設問6において挙げられたその理由として、
「何となく」二十名、
「いい奴だから」六名、
「優しいから」三名、
 その他、「頼りになる」「信頼できる」など)

 部活動の所属歴なし。これは、学外で音楽教室(チェロ)に通っていたことが理由のようだ。生徒会役員に推薦されかけたこともあるが、同様の理由で辞退している。
 性格は温厚篤実。責任感・協調性あり。体育祭の実行委員に選出されたこともあり、大過なくその責務を果たしている。強力に自己を主張するのではなく、まず友人を立てる協調型としての傾向が強いが、緊急時には優れた決断力を示すことが確認されている……

 

 

 ディスプレイに表示される人物報告を眺めながら、綾波レイは無表情の奥に失望を押し殺した。
 あらかじめ予想していたことだが、これでは彼女の知りたいことが何一つ解決されていない。
 彼はいった。
 データ以上のことを知りたければ、自分で考えるしかない、と。
 なるほど、たしかにその通りだ。
 ――自分が何故これほどに彼のことが気になるのか、彼女にはよくわかっていない。
 強いていうならば、その受けた印象故、とでもいおうか。
 透けているのに底が見えない、そんな湖面を覗き込んだ時のような。
 彼はどこまでも澄んでいて、聡明で、陰りがなく、冷たく、穏やかで、鋭く、明晰で、柔らかく――そして、恐ろしい。
 頭のいい人間なら知っているし、優しくしてくれる人間も知っている。
 だが彼は明らかに、赤木リツコとも碇ゲンドウとも異なるタイプだ。
 あの眼で見据えられると、何故か落ちつかない。
 説明のできない恐怖が湧き起こる。
 無関心に通りすぎられるのではなく、無遠慮に観察されるのでもなく、すべてを見透かした上で掌で弄ばれているような。
 ありうるはずのない、そんな錯覚に陥ることがある。
 ――正直にいおう。
 こう思ったことさえある。
 あれは本当に人間なのだろうか、と。













少年期
6th age

七瀬由秋













 その日、たまたま休憩室を通りかかったレイは、ベンチで読書に勤しんでいる少年の姿に思わず足を止めた。
 ネルフ本部で彼を見るのは久しぶりな気がした。
 今更確認するまでもないことだが、碇シンジはサード・チルドレンにしてエヴァ初号機専属パイロットであり、綾波レイはファースト・チルドレンにしてエヴァ零号機専属パイロットである。
 つまり二人は同僚であり、仲間ということになる。少なくとも辞書上での扱いはそうなるだろう。
 しかし現実としては、綾波レイが現状におけるネルフの最強戦力であるのに対し、碇シンジはシンクロに関するデータ収集のための被験者でしかない。
 つまり、同じチルドレンでも接点がほとんどない。
 例えば、レイがシンクロテストに明け暮れている頃、シンジはリツコの部屋で心理・知能テストを受けたりしている。
 これは、別段どちらが優遇されているというわけではなく、単にシンジがテストプラグを用いてのシンクロテストを免除されているのが主な原因である。彼用に調整されたテストプラグがそもそも完成していないのだが、その開発が後回しにされているのもまた事実であった。起動もできないパイロットのために予算と人員を割けるほど、今のネルフに余裕はない。
 もともと、碇シンジがネルフに籍を置いている第一の理由は、何故彼が――マルドゥックに選ばれたチルドレンたる彼が――初号機にシンクロできないのかを調べるためであって、そのためには実際に初号機で起動試験を行うのが一番確実で手っ取り早い。
 結局、レイがシンジと本部で顔を合わせる機会は、エヴァを用いた起動試験が行われるときに限定されているわけだが、実のところそれですら二人にとってはあまり接点になっていない。
 シンジは何故か、レイとは時間をずらして着替えをしてしまうし(もちろんそれは、チルドレン用の更衣室が男女兼用なので、シンジの方が気を使っているだけのことなのだが)、何より二人とも用事が終わればさっさと家に帰って寝てしまう型の人間だからだ。
 ならば学校ではどうかというと、綾波レイは第四使徒戦以来、負傷のため一週間ほど学校を休んでいた。シンジは二度ほど見舞いに来てくれたが、一度はたしなめられる形で会話が終わり、二度目は同級生二人を引き連れていたので(ちなみにこのうち一人は、病室に入るなり土下座したのだけを印象深く記憶している)、ろくな話ができなかった。
 数日前から通学を再開しているが、学校という空間では彼はある意味さらに遠い存在だ。休憩時間ごとに大勢の友人と歓談しているところへ割って入る気にはなれない。
 別段、それを寂しく感じたことなどはなかったが、こうして一人でいる彼の姿を見ると、妙に懐かしい気分が湧き起こっていた。

「…………」

 碇シンジは無言で本に目を落としている。
 レイは何となく休憩室の入り口で足を止めて、彼の姿を観察した。
 かなり珍しいことに、シンジは苛立っているようだった。
 時折ぐしゃぐしゃと頭をかきむしり、時折とんとんとこめかみを指で叩く。
 鋭い視線でページを睨んでいたかと思うと、やっていられるかとばかりに嘆息する。
 常に沈着な彼にしては、まったく珍しい態度だ。
 やがて少年は、年寄りじみた仕草で肩を叩きながら首を捻り――

「…………」
「…………」

 そこでばったりと、レイと視線が合った。

「……………………」

 こちらもかなり珍しいことに、レイはとっさに対応に困った。
 さも今通りかかったように演技する、という思考は彼女にはない。
 ただ彼女は純粋に、自分がどうすべきかを迷っていた。

「ああ、綾波さん。こんにちは」

 素知らぬ顔で、シンジはいつもの如く当たり前の挨拶をしてくる。穏やかな微笑を浮かべたその左眼の下に、治療用テープ(いわゆる絆創膏)が張られていることに、彼女は気づいた。第三使徒戦で負った裂傷の痕を隠しているようだ。

「…………」

 レイはやはり無言のまま、とりあえず会釈した。何気なく彼の表情を確認する。
 ――やはりこの眼だ、と彼女は思った。
 誰よりも優しく、誰よりも冷たい。
 誰かに似通っているようで、しかし誰にも似ていない。
 その正体を見逃すことがためらわれて、彼女はたしかめるように彼に歩み寄った。

 

 

 シンジは柔らかな微笑を浮かべつつ、読みかけの本を閉じた脇に置いた。彼にはクラスメイトを読書の片手間にあしらう趣味はない。

「……何の本?」

 その動作を見咎めたように、レイがいった。
 シンジは苦笑し、

「リツコさんから借りた――というか、押しつけられたというか。まあ、宿題みたいなものかな」
「…………?」

 レイは首を傾げる。
 シンジは肩をすくめつつ、「見る?」と尋ねながら本の背表紙を掲げて見せた。
 解析数学概論という題名が、ハードカバーに張りついている。

「…………」

 レイは無言で首を横に振った。かなり難しい専門書であることがわかったのだろう。
 正常な反応だと思いつつ、シンジは内心で、しまったかな、と舌打ちしていた。
 知識をひけらかすのは、必ずしも対人関係に有益ではない。
 というより、はっきり有害となる場合の方が多いだろう。
 だからこそ彼は、リツコから貸し与えられた専門書を決して学校に持ち込もうとしなかった。
 あいつは小難しい本ばかり読んでる秀才様なんだ、などという評判が立っては、やりにくいことこの上ない。
 第一、ようやくのことで自分を英雄視する空気が和らぎ始めたところなのだ。ここで下手な真似をすれば、憧憬は容易く嫉視に変わる。
 思春期の悪意というものを、シンジは甘く見ていなかった。

「綾波さんは、今日もシンクロテスト? それとも戦闘訓練?」

 少し強引に、話題を変えて見る。

「……両方」
「大変だね。僕には何もできないけど、何かあれば相談に乗るよ」

 文字通りの社交辞令を、シンジは口にした。

「綾波さんは、エヴァに乗って長いんだよね?」
「……ええ」
「立ち入ったことを訊くようだけど、何でまたそれを了承したの? 使徒が来るまでは実験ばかりだったといっても、安全ではなかったろうに――実際怪我もしてたし」
「…………」

 レイは表情を変えなかった。
 彼女にとっては当たり前すぎることを問われた表情だった。
 ややあってから、彼女は揺るぎ無い確信とともに答えた。

「……それが、絆だから」
「誰との?」
「……碇司令と、私の絆」
「へぇ……」

 それはまた健気な。
 とっさに漏れかけた本音を、どうにか押し殺した。
 わざわざ訊ねたものの、実のところ質問の内容にはさほど意味はない。単にレイの意識を自分から外すため、もっともらしい質問をでっち上げたというだけのことだ。
 それに、実のところは興味すらなかった。
 あまり詳しくはないが、綾波レイが一人で暮らしているらしいことを、シンジはミサトやクラスメイトの話から聞き知っていた。
 異様なまでに表情と口数に乏しい彼女の性格からして、良好な家庭環境で育ったとも考えにくい。
 つまりは孤児の可能性が高く、そこをネルフが目をつけて引き取ったのではないか、と彼は漠然と想像していた。
 現代のイエニチェリだな、と少し皮肉に考えてもいる。
 王への忠誠を幼児期から擦り込まれ、組織の外に居場所のない。純粋培養の親衛隊。
 これは噂のレベルだが、戦略自衛隊にもセカンド・インパクト孤児を養育した少年兵部隊が存在するらしいという話もある。ネルフが同様のことをしていたとて、驚くには当たらない。
 ネルフの中でのみ生きる場所を見出せる、幼い兵士――
 その想像も、当たらずとも遠からずらしい。
 絆だといったレイの返答から、シンジはそう判断していた。
 同情には値するが、それで彼女が満足し、ネルフと人類が利益を受けるのであれば、文句をいう筋合いではない。
 本人が幸せなら鰯の頭を信仰しようが構うまい、というのが碇シンジの考え方であった。

「父さんは、尊敬に値する上官かい?」

 家の間取りを訊ねるような口調で、シンジは問いを重ねる。

「……私が信じているのは、碇司令だけ」

 綾波レイは躊躇なく答える。
 そりゃよかった、と。
 彼は屈託のない表情で笑った。
 何にせよ、信じるものがあるのは幸せなことだ。
 例えそれが――亡霊に取りつかれた抜け殻のような男だったとしても。

 

 

 正八面体の青い結晶が、空を飛んでいた。
 とりあえず、見たままをいうならばそう評する他はない。

「……今回のはまた……」

 これまでの使徒が非常識というならば、今度のそれは非生物的というべきか。何せ、どこから見ても新種の鉱物か人工的な建造物にしか見えない。
 曲がりなりにも生物らしき外観を保っていたそれまでの使徒とは明らかに異質といえる。
 もっとも……、今更といえば今更だが。使徒自体が、世の生物種からすれば明らかに異質だ。
 葛城ミサトは発令所のメインモニタを睨みながら眉をひそめた。

「使徒、沿岸までの予想到達時刻、1208」

 オペレーターの報告が入る。
 ミサトはうなずきながら、サブモニタの戦略地図に視線を向ける。
 先日来、ネルフと国連軍が構築した早期警戒網に、使徒が探知されたのが五時間前だ。
 太平洋上を移動してきたその使徒に対し、国連軍装甲部隊は既に出撃、第参新東京市南西十五キロの地点に展開している。
 ミサトはその布陣を見て思わず微笑を浮かべた。
 軍事的定石を無視し、見晴らしのよい平原に散開した布陣――防御と隠蔽を完全に度外視した上で、戦車の機動力のみを重視したその構想は、対使徒戦に関する限り完全なまでに正しい。

「現地部隊との通信を開いて」
「はい」

 応じて、日向が端末を操作し、手元のマイクに向けて何事か呼びかける。
 ほどなくして、スピーカーから声が響いた。

『こちら国連軍極東方面軍集団112大隊隊長、善行少佐です。この場での指揮を任されております』

 声の主は名乗った。あくまで協力関係にある軍の通信ということで、符丁を省いている。

「ネルフ作戦本部長、葛城ミサト一尉です」
『存じ上げております。速水中尉からお話は常々』

 上辺だけではない丁重な言葉遣いで、善行少佐はネルフに派遣されている国連軍士官の名を挙げた。速水中尉がつい最近まで善行少佐の配下にいたことを、ミサトは知っていた。

「光栄です。――貴軍の状況をお知らせ願えますか」
『112及び113大隊、戦車総数百三十両。敵性体との距離約25000、ご要望とあらば伝統あるパンツァー・カイルだろうが敵前逃亡だろうがやって見せましょう』

 歴戦の士官らしい笑みすら含んだ余裕ある口調で、少佐はミサトの「要望」に全面的に従う旨を明言した。

「ありがたいお話です。もっとも、使徒相手にパンツァー・カイルをしていただこうとはさすがに思いませんが」
『それは残念』
「本当に。ただ――これは侮辱に当たるかもしれませんが――、後者についてはわかりません。ご存知でしょうが、使徒の防御と火力はこちらの想像を超えるところがありますので」
『了承しています。そのときは、戦車の機動力の真髄をお見せしますよ』
「お願いします。――では、また後で」
『イエス・マム』

 通信を終えると、葛城ミサトは満足の吐息を発した。派遣士官だけでなく、現場の将校とも着実にパイプがつながっていることに、彼女は満足していた。
 これならば行ける。理想的とはいえないにせよ、現状で望み得る最大の戦力を自分は掌握している。

「始めて」

 ミサトは短く命じた。

 

 

 海上を悠然と進む使徒に向けて、三機の無人戦闘ヘリが距離を詰める。
 このヘリは、本来はあくまで偵察用に造られた機体であり、兵装は皆無に近かった。最新鋭のコンピュータを搭載しているとはいえ、やはり細かな機動は人間のパイロットに比べて著しく拙劣になるからだ。多少経験を積んだパイロットなら、どれほどコンピュータの制御プログラムが優秀でも、空戦で遅れを取ることはまずない。
 付け加えていえば、機体制御を担当するコンピュータを積んでいる分、整備が複雑になる上に、コストもはるかに割高になってしまう。
 値段が高い上に実戦能力の落ちるヘリに兵装を施し、実戦に投入したところで、予算にうるさい官僚が怒り狂うだけのことである。
 諸々の事情から、陸にせよ空にせよ無人機というものはあまり普及していないのだが、対使徒戦に関する限り、パイロットの腕の良し悪しというものはあまり関係がなくなってしまう。むしろ、人間を乗せていては不可能な、無茶苦茶な運用にも耐え得るという点で、極めて使いでがあるといってもよい。
 こうしたミサトの考えを受けて、ネルフはもちろん国連軍でも無人ヘリ・無人車両の開発と配備を進めており、この日使徒への威力偵察の任を受けて飛ばされた三機のヘリはその嚆矢となる存在であった。
 実状は何ということはない、本来非武装の偵察用無人ヘリに突貫工事でミサイルと機関砲をくくりつけただけの代物で、ヘリならではの機動性や運動性は最低ランクといってよい。改装を担当した技術者の一人は、対空砲を逃げることすらおぼつかなくなったと嘆いていたというが、使徒相手の威力偵察に使うには十分なはずだった。

「接敵します」

 オペレーターの報告。
 発令所のメインモニタの中で、使徒を示す光点の表示に、三つの光点が重なろうとしていた。

「! 使徒内部でエネルギー反応!」

 慌てたようなマヤの声。
 ミサトは構わず命令を発していた。

「攻撃開始!」
「了解!」

 射程ギリギリから、三機の無人戦闘ヘリが一斉にミサイルを発射する。
 蒼空をミサイルの噴射煙が貫いていく。
 しかし、それが着弾することはついになかった。
 使徒の体表に触れる寸前、ミサイルは空中であっさりと破裂していた。
 平面状に広がる爆風と破片に混じって、目映く輝く真紅の壁が確認できる。

「……フィールド出力はこれまでで最強クラスね」

 ミサトの傍らで観戦していたリツコがぼそりと呟く。

「エネルギー反応、なおも上昇中……!」

 マヤが叫んだ、その次の瞬間であった。

「!!」

 正八面体の青いクリスタル。
 その角の一端から放たれた巨大な光の帯が、三機の無人戦闘ヘリをこの世から消滅させていた。

 

 

「――つまり、一定以上の質量ないし速度の物体に対して反応、極めて強力な加粒子砲によりこれを迎撃するタイプの使徒であると推測されます」

 日向は淡々と解説した。
 居並ぶ作戦部のスタッフがいっせいに嘆声を発した。
 ミーティング・ルームのモニタに、いくつかの映像が映し出されている。
 ――使徒が初号機を象ったバルーン・ダミーに対して攻撃、これを蒸発させる光景。
 続いて、自走臼砲の砲撃をATフィールドで防御し、若干の間を置いて加粒子砲で迎撃する光景。
 兵装ビルを豆腐のように貫くその破壊力は、彼らの軍事的常識を超えていた。

「防御についてはいうまでもありませんね。相転移空間が肉眼で確認できるほど強力なATフィールドが展開されています。その強度は第三・第四使徒以上」
「鉄壁の防御に強大な火力、まさに要塞ね」

 ミサトが腕を組んでコメントする。
 それに応じたように、モニタの映像が切り替わり、現時点での使徒の様子が映し出されていた。
 ミサトの要請によって、国連軍装甲部隊はすでに撤収。使徒は遮る物とてなく市街地中央に進撃した後、その体からシールドのようなものを突き出して、地中に穴を穿ち始めていた。
 ジオフロントの天井部は二十二層の装甲板で覆われており、その上に第三新東京市街地が乗っかっているわけだが、使徒はまったくもって地味だが堅実な方法で、ジオフロント進入を果たそうとしているわけである。
 土木機械も兼用の移動要塞とはまさに理想的だわね――と、ミサトは皮肉に考えたものだ。

「敵シールドのジオフロントへの予想到達時刻は明朝午前零時六分五十四秒」

 つまり、あと十時間ほど。
 それだけの時間、こちらには手筈を整える余裕がある。ミサトは絵に描いたようなプラス思考でそう考えた。

「大神大尉のご意見は?」

 視線を転じて問いかける。
 国連軍の軍服を着た青年将校が、モニタを睨みながら口を開く。

「零号機で近接戦闘を挑むのは自殺行為ですね。出撃した瞬間を狙い撃ちされるのが関の山です」

 大神はそう前置きした後、

「私は、401号作戦が使えると思います」

 

 

 第四使徒戦以来、ネルフ作戦部と国連軍派遣将校は、対使徒迎撃作戦のシミュレーションを繰り返し、作戦案を練ってきた。
 まず彼らは、使徒を一種の巨大兵器に擬し、無数のカテゴリに分けてその能力を想定した。
 例えば、鉄壁のATフィールドを持っているのは当然として、その強弱を(エヴァが中和できるかどうかを基準に)甲乙丙の三種に分類。
 サイズについてはやはりエヴァの体格を基準とし、超大型・大型・中型・小型・超小型と五種類に分けられた。
 他方、攻撃能力については、衝撃波ないしレーザーなどの遠距離砲、ソードなどを持つ白兵、四肢だけで戦う格闘、あるいはそのすべてを持つ総合型――などなど、多岐に渡って分類がなされた。
 この他、移動手段についても歩行・浮遊・飛行などの分類があり、さらに移動速度の高低なども加わるから、その組み合わせたるや半端な数ではない。
 例えば第三使徒サキエルの場合、「中型・フィールド乙・二足歩行・移動速度中・総合型」という、暫定的ではあるにせよ長ったらしい分類名が付けられることになる。
 まさしく雲をも掴むような膨大な仮定からなる作戦案を、ネルフ作戦部と派遣将校たちは驚嘆すべき勤勉さと緻密さで作り続け、どんな使徒が相手でもまず迎撃作戦の土台となりうるものを築き上げていた。
 ――401号作戦は、そうして造られた作戦案の一つだ。
 想定される使徒のタイプは、サイズは中型、攻撃能力は遠距離砲戦型、移動速度は低、フィールド出力は甲――とにかく火力と防御力だけが突出したという、ある意味極端すぎるタイプではあったが、その想定は難しいものではなかった。現実の軍事兵器にも、似たようなものはあるからだ。
 会議室のモニタに映し出されたその作戦案――そして現状に照らし合わせた場合のシミュレーションを眺めながら、ミサトは一つうなずいて見せた。

「基本はこれでいいわね」
「それでは――」

 応じかけた日向を、ミサトは軽く制した。

「善行少佐」

 列席者の一人に視線を向ける。今回の使徒迎撃に際しての、国連軍実戦部隊の代表として、善行も出席していた。

「何でしょう」
「ご協力をお願いしたいのですが、よろしいでしょうか」
「何なりと、作戦部長」
「あなたの率いておられる戦車百三十両、ことごとくスクラップにしても構いませんか?」

 ミサトはごくさり気なく、とんでもないことを口にした。
 善行はさすがに眉根を寄せて、しかし落ち着いた声で訊き返した。

「……それは乗員ごと、ですか?」
「いえ。車両だけ諦めていただければ結構です」
「それはそれは」

 眼鏡をかけた参謀将校そのものの風貌、そしてそれを裏切る実戦型の野戦士官としてキャリアを重ねてきた善行は、愉快そうに笑って見せた。

「――敵は要塞だ、とあなたはいわれた。要塞一つを攻め落とすのに戦車百三十両、決して悪い取り引きではありませんね」
「ありがとうございます」

 ミサトは感謝を込めて一礼する。
 物問いたげな周囲の視線に向けて、彼女は悪戯を思いついたような微笑を浮かべて続けた。

「少し、細部に凝って見たいのよ」

 

 

 肩書きだけのパイロットであっても、戦闘時に召集はかけられる。
 模範的なまでの軍人であり、人に対して平等に接することを旨としている葛城ミサトは、その点でレイとシンジの扱いに差をつけようとはしなかった。融通が利かない面もあるにせよ、紛れもない誠実さの現れである。
 とはいえ、駆り出される方がある種のやるせなさを覚えるのもまた当然といえよう。
 碇シンジはミサトの誠実さを評価しつつ、ため息を漏らしたい気分でパイロット用控え室のベンチに腰掛けていた。
 正直、今の自分の立場こそバカバカしさの局地だと思う。まったくもって虚しい上に非生産的なことこの上ない。
 しかし、大人の社会とは往々にしてその種の部分を含むものである。お役所ともなれば尚更だ。軍隊だって、例外ではない。
 あざといほどに実益を追求しつつ、上辺の名分を遵守することが社会のルールなのだ。それを仕方ないと受け入れることこそが、大人になる第一歩ともいえる。
 碇シンジはそのようにして自分の立場に納得し、せめて虚しい一時を前向きに過ごそうと努力していた。
 レイの姿はない。本部に来るまでは一緒だったのだが、彼女は今頃ミーティング・ルームで詳細な説明を受けているはずだ。
 さすがのミサトも、そこまでシンジに付き合えとはいわず、すべてが終わるまで本部内で待機していてくれと申し訳なさそうにいったものであった。本部内にいる分には――与えられたIDカードが許す空間にいる分には――、自由にしてくれて構わないから、と付け加えて。
 まあ、考えようによっては、ありがたい仰せといえる。とりあえず本部にさえいれば給料を貰えるのだから、楽なものである。
 シンジはこの恵まれた退屈を、読書で費やすことに決めていた。
 休憩室で購入してきた缶コーヒーを片手に、持参してきた鞄から数冊の本を取り出す。ちなみに、休憩室に陣取らないのは、彼なりに気を使った結果である。実戦の最中に休憩しにきた職員が、気楽に読書を続ける少年の姿を目の当たりにした場合、控え目にいっても愉快な気分にはなるまい。
 どっちにせよ、場所などどうでもいいことだ。
 この「待機任務」がいつまで続くかはわからないが、まぁ充実した読書タイムになることは疑いないだろう。
 ――戦いに加われない己の無力を嘆くという思考は、シンジにはなかった。
 鳥のように空を飛びたいと切望しても、人体に翼が生えるわけでもない。であれば、せいぜい分際を知って、可能なことを数え上げるのみ。
 そして今、自分にできる最善のことは、邪魔にならないよう慎ましく引っ込んでいること。
 後は、まあ。
 戦地に赴く「戦友」を、快く送り出すことくらいか。
「がんばって」、あるいは「武運を祈る」、それとも「生きて帰って来て」。
 綾波レイにかける言葉はどれが相応しいか。
 シンジにとって悩むべきことといえば、そのていどのことであった。

 

 

 肩書きだけのパイロットが、悠然と専門書を開いていたその頃。
 肩書きだけではない軍人たちは、もちろん必死で戦闘準備を整えていた。

「ゆっくり――そう、速度を出す必要はない。八時間後までに到達すればそれでいいのだ」

 善行少佐は指揮戦車の操縦手に向けて、落ち着いた声音で指示した。
 ハッチから上半身を乗り出した彼の視界には、薄闇の中に正八面体の青いクリスタルが浮かんでいる。
 彼の乗る指揮戦車と、続く五両の戦車は、今まさにそれに向けて進撃していた。
 何台かの無人車両で実験済みのことだが、ゆっくりと近寄る限りにおいて――また、こちらから攻撃を仕掛けない限りにおいて、使徒が加粒子砲を放つことはないようだ。
 使徒とてそれほど暇でもこまめでもないということか。あのクリスタルもどきにいかなる思考が存在するのかは想像を絶するが。
 しかしやはり、その気になれば一瞬でこちらを吹き飛ばせる敵性体に近寄っていくというのは、実に心臓によろしくない。
 表面ふてぶてしいほどの落ち着きを保っている善行も、それは例外ではなかった。
 今頃は六両単位で小隊を組んだ彼の部下たちが、市内二十ヶ所で等しく緩やかな進撃を行っているはずだ。
 善行が直接指揮するこの小隊は、距離的には使徒にもっとも近い地点を先導している。このような場合、我が身をもって範を示すのは、中級指揮官にとっては一つの義務ですらある。自分たちと同じように命を賭けてくれる指揮官にこそ、兵士たちは信頼を置く。そして善行少佐は、間違いなく一級の指揮官であった。
 まったく、ネルフの作戦部長も思い切ったことを考えてくれる。
 国連軍少佐は眼前の脅威を一時的に忘れるためにも、この作戦における最高責任者のことを考えた。
 速水中尉から話は聞いていたが、実物はある意味それ以上だった。
 大胆にして細心。豪放にして繊細。
 子供のように突飛な発想を、専門家の知識で形にできる女。
 世渡りが上手ではない(つまり、どう間違っても将官には出世できそうにない)のが欠点だが、軍人としてはまず間違いなく尊敬に値する。少なくとも彼女は、使徒と対するに当たって見栄だの功名心だのが欠片もない。
 善行は、ビル街のさらに向こうの山岳地帯――彼の乗る戦車からはぼんやりかすんで見えるほど遠くの、双子山へと視線を凝らした。
 ここからは見えないが、仮の作戦本部がそこに置かれるはずだった。
 そして、401号作戦の要となる戦力も。

 

 

「――以上の理由により、こちらの自走陽電子砲は本日十五時より、特務機関ネルフが徴収いたします」

 借金取りよろしく日本政府公認の徴発令状を示すミサトに向けて、戦自研の技術主任は深々とため息を漏らした。

「お話は伺っています。どうぞご自由に」

 我が子を奉公に出す親のような表情で、渋々うなずく。異様な聞き分けのよさは、ミサトが前もって大神大尉らを通じて繋ぎを取っておいたためである。国連軍はいわば列国の正規軍の連合体であって、その将校は母国における最エリートである。いいかえれば、戦略自衛隊内部に強力なパイプを持っている。
 ミサトはうなずいて、

「レイ、やっちゃって」

 背後に向けてそう呼びかける。彼女たちのいた格納庫の天井をこじ開け、エヴァ零号機が顔を出す。ゆっくりと手を伸ばし、銃身だけは完成している――本来は自走砲として設計されているのだ――巨大な砲を慎重に持ち上げていく。
 その様子を哀しげに見送る技術主任が、すがるように呟いた。

「事が終われば返していただけるんですよね……?」
「そうなるよう、努力はいたします。ただ、これはご理解いただきたいのですが――」

 ネルフの作戦部長は、静かに、しかし決然といった。

「――これは兵器で、私たちは戦争をしています」

 そうでしたね、と、技術主任はほろ苦く笑い、

「よろしければ、私も同道させていただけますか。こいつの改良についてなら、私どももいささか助言ができると思います」

 

 

『本日午後十一時三十分より明日未明にかけて、全国で大規模な停電があります。
 皆様のご協力をお願いいたします。
 くり返しお伝えいたします。
 本日午後……』

 その日夕刻、日本全国のテレビのチャンネルが強制的に切り替わり、国営放送のアナウンサーがそう伝達した。
 直後に国営放送に寄せられた抗議の電話は、史上最多を記録した。

 

 

 ――また無茶を考えたものね。
 発令所で端末を眺めながら、赤木リツコはため息をついた。
 まったくミサトらしい。率直にそう思う。
 いや、草案を考えたのは作戦部と派遣将校らによる参謀チームだが、まさか彼らにもミサトの考え方が伝染したのだろうか。
 何より驚きだったのは、碇ゲンドウがいともあっさりその作戦案を了承したことだ。
 最近人望が失墜しつつあるので、おとなしく身を慎んでいる――わけでは、断じてない。あの総司令にそんな可愛げはない。
 ということは、彼なりに葛城ミサトを評価し、信用しているということだろう。
 碇ゲンドウは冷徹で倣岸で不遜な男だが、そのあたりの器の大きさは素直に尊敬できる。
 ――今頃、彼女の配下にある技術開発部は結構な騒ぎになっているはずだ。
 作戦開始時刻までに徴発されてきた陽電子砲を改造するというのは、控え目にいってもかなりの難行である。
 職員たちはしかし、名誉にかけてやり抜いて見せると息巻いている。作戦部の鼻息の荒さが伝染しているらしい。まあ、士気が高いのは喜ばしいことではあるが。
 その一方で、生体工学についてはともかく兵器開発に関してさほどの知識はないリツコは、こうしてMAGIの調整と接続に専念している。
 この作戦は、タイミングが命だ。MAGIの果たすべき役割は大きい。
 ちなみに、リツコたちにこの作戦の概要を説明したかの親友は、最後にこう付け加えた。
 ――以後、この作戦をヤシマ作戦と呼称します。

 

 

 午後十一時――
 綾波レイは、零号機の中で開始の時を待っていた。
 取り立てて緊張はない。肝が据わっているわけではなく、単に「死」という概念が大した意味を持たないだけのことだが。
 プラグに入る直前、パイロットの控え室でシンジと交わした言葉を、彼女は何となく思い出していた。


 

「無事を祈るよ。勝ち負けはともかく、生きて帰って来て欲しい」

 模範的なまでに誠実な表情でそういった後、彼はにわかに肩をすくめて見せたものだ。

「――と、いったところで君にはありがたくも何ともないんだろうな。まあ、これも形式ということで受け入れてもらえるとありがたい」
「………………」

 レイは答えなかった。いみじくも彼が自嘲したように、彼女には実戦に際して生きて帰るという前提がない。頭を占めるのは、上から与えられた命題に自分が応えられるかどうか。生きるの死ぬのは二の次、三の次でしかない。
 シンジはつくづくと彼女の表情を観察し、苦笑を含んだため息をついた。

「実戦前にこんなことをいうのは非常識だと思うけれど、ひとつだけ訊いていいかな」
「…………なに?」
「綾波さんにとって、生きているというのはどういうことなのかな? 間違っていたら謝るけれど、君は死というものを恐れていないのではなく、ただ単にまるで関心がないように思える。裏を返せば生きているということにも価値を置いていない」

 ――それは、自分が死んでも替わりはいるから。
 今の自分が朽ち果てても、その魂を受け継ぐ次の自分がいるから。
 綾波レイは心の中だけで応えた。もちろん、口に出せることではない。

「――あなたはどうなの?」

 そう逆に問い返したことに、彼女自身の方が驚いていた。

「あなたも生きていること、死ぬことに、それほど関心があるようにも見えない」

 ――そうだ。
 多分、自分が彼に感じていたことの正体は、それなのだろう。
 碇シンジはどことなく、自分に似ている。
 自分自身を含めたこの世のすべてを他人事のように見据えて、実感として捉えていないような。
 人間であるのに人間らしくない。そんなところに、自分は興味を抱いたはずだ。

「一本取られたな」

 彼は怒った様子もなく肩をすくめ、

「僕にとっての生き死にとは、要は現象であり幻想だ。林檎が木から落ちるのと何ら変わることはない、世にありふれた現象であると同時に、自我という概念を通して見ることのできる幻想でもある」

 だが、と彼は続けた。

「一つだけ訂正すると、僕は死を恐れないわけじゃない。これでも凡人のつもりなんでね。死に対する恐怖は常にある。ただ、死を現象の一つとして理解してもいるから、まぁ恐怖に我を忘れるということもないんだけど」
「……生と死を見切っている、と?」
「見切るというほど自惚れたことはいわない。生の意味も死の正体も肌で感じたことがある。感じたことを記憶している。泣いても喚いても感じざるを得なかったことを記憶している」

 碇シンジはいつしか、どこか遠くを見定める眼をしていた。
 目の前の彼女ではない、何か遠くの者へと語りかけているような。
 あるいは、自分の中にある何かの墓標を読み上げているような。

「世界を現象の歯車で回る機械とするならば――、僕はその無数の歯車の噛み合う音を聞き取った。地響き立てて回り続ける、鼓膜が破れるほどの機械音。耳を塞いでも聞こえてくる。他の人は当たり前のように聞き流してる。歯車はすぐ目の前にも無数にあるのに。いや、誰も彼もが歯車だ。自分自身の立てる音に、誰もいちいち気にしない。世界中の歯車と繋がってるから、世界それ自体の立てる音にも気付かない。僕はそれをただ知っている。嫌というほど聞かされ続けている。嫌だといっても聞かされることを知っている。――僕に他の人たちと違う点があるとすれば、ただそれだけのこと」

 

 

 ――あのとき、レイは自分の過ちを知った。
 碇シンジは自分と同じではなかった。
 彼は人間らしくないのではない。生きることに興味がないのでもない。
 誰よりも人間であることを実感している。生きていることを実感している。
 だからこそ逆に、人間からも生からも隔たって存在している。
 自分というもの、自分を構成するすべての事象を、絵に描けるほど明快に捉えているからこそ、それに囚われることもなくなってしまっているのだ。
 ……それはおそらく、絶望に近い感覚なのだろう。
 幻想を抱くことすらできない感覚を、できることとできないことのすべてを知ってしまう感覚を、他にどう表現すればいいのか彼女は知らない。
 そうでありながら、彼は同時に絶望から最も遠い場所にいる。
 何故なら彼は、ただ限界を知っていて、それを境界として明確に線引きしているだけなのだから。白を白、黒を黒といいきることに、絶望などという余分な物がつけ込む余地はない。
 人間ではないから人間らしいことを実感できない自分とは、完全に逆のところに彼は立っている。
 ――正直、恐ろしい。
 恐ろしくて仕方ない。
 自分とまったく違う彼が、誰よりも何よりも恐ろしい。
 けれど、彼女はこうも感じていた。
 あの少年、碇シンジが、自分とは違う場所から何を見て、何を感じているのか。
 自分の想像もつかない場所で、世界をどう知覚しているのか。
 綾波レイは、それが知りたかった。

『――レイ、準備はいい?』

 プラグ端末のデジタルは、いつしか「23:30:00」を示していた。
 夢から覚めたような感覚で、彼女はそのことを知る。

『総員、そのままの姿勢で聞きなさい。タイムリミットは残り三十分少々。冗談のようだけど、この三十分に人類の命運が定まるわ』

 葛城ミサトは全作戦参加者に向けて呼びかけているようだ。

『勝つための算段はすべて整えた。この上は実行あるのみ。それはネルフ全職員、国連軍将兵、誰一人が欠けたところでできはしない。けれども、そうでないなら、できないはずはない』

 通信波に乗って、作戦部長の号令が飛ぶ。

『ヤシマ作戦、状況を開始せよ!』

 後の世に「極東の戦女神」の名声を刻み付けたその戦いが、幕を開けようとしていた。






続劇


後書き

 2005年新年更新第一段です。
 つか、本当は2004年内に更新する予定だったのですが。
 年末の忙しさを甘く見ていた報いですな、ははは(虚ろな笑い)。
 葛城ミサト女史、絶好調。年長組がやたら出張る作品です。
 善行少佐についてのツッコミはご勘弁を。大神とか速水と同じ類のジョークのつもりです。くどいようですが、嫉妬するとナイフで刺してくるエンジニアな元恋人がいたりはしません。ええ、しませんとも。

 

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